新入社員の頃の話です

 久しぶりに、『普段法螺など全く言いそうもない身近な人間が真剣に主張する、ありえない話』略して、『みぢかえない話』、です。

 新入社員の頃の話です。

 青ちゃんは大阪生まれの大阪育ち、で会社の同じ部門の同期です。仕事もよくできますが、大阪人らしく、とても愉快な男です。
 しかも、曾壁山中學頭が良いです。

 僕が、青ちゃんは頭が良いなあ、と思った理由は、入社当時、僕ら新入社員全員が東京本社に集められて研修を受けておるときに『世間一般の関西人以外の人が抱いているステレオタイプの大阪人像を逆手にとる』ことで巧妙にみんなの笑いをとっていたのを見たからです。
 『世間一般の関西人以外の人が抱いているステレオタイプの大阪人像を逆手にとる』ということは具体的にどういうことかというと、これは実際に青ちゃんが、
 「こないだの休みにな、新宿行ってん、ほんでな・・・」
 と『実際にやったこと』として話してくれたんですけど、同期のこれまた大阪人とふたりで新宿の大きな有名百貨店に行き、
 「店員のお姉ちゃん相手に、値切りたおしたった。」
 んだそうです。
 よくよく聞くと、真剣に買う気はなかったようで、単に店員さんをからかって受けをとって喜んでいた、だけのようです。
 「しかもな、値切れません、ゆう相手に、とどめにな、『ほな、ええわ、あんたが、社員割引でこうたらなんぼになるんや、俺らはそれよりちょっと高めにあんたから買うがな。それでも定価より安いやろ?』て真剣にいうたってん。」
 「そしたらどうだった?」
 「いや、そらもう、姉ちゃん、口を抑えて爆笑やで。あはは。」
 青ちゃんが大阪の百貨店でも、そうですね、例えば梅田の阪急百貨店でもこれと同じことをしているのか、というとそんなことは、まずないわけです。
 これは、つまり『関西人は金銭感覚に鋭くて、どこでもなんでも値切る』というステレオタイプな印象を逆手にとってあえてそういう関西人を『演じた』わけです。
 なかなか頭がいいです。

 そんな、青ちゃんが、研修中にある日いつものように冗談を言いました。
 「俺な、大阪におる、連れにな、言うたってん。」
 「なにを?」
 「『東京っちゅうのはさすがやで』いうてな、『俺らの建物の最上階からな、あの建物が見えてな・・』」
 そんな会社はゴマンとあると思いますが、僕らの会社の東京本社も一応、通りとお堀を隔てて東京都千代田区のかしこき場所に面しています。僕らは入社してすぐに、そこで新人研修を受けてから、東京本社を含め、いろんなところに配属されるわけです(蛇足ながら、僕も研修後、そのかしこき場所に面している東京本社とは違う場所に配属になりました。)。
 「うん。」
 「それでな、『俺がたまたま最上階から、そこを見てたら、天皇が散歩してたんや。それで、俺が試しに手を振ってみたら、天皇が俺にな手を振り返してきたんや!東京はやっぱ、ちゃうやろ?』ってゆうたってん。」
 「がははは、そんなわけねえだろ!」
 「がはは、そうやねん、、そんなわけないわな!」
 かしこきところは広大で、実際にはどこにかしこきお方がいるのか、さえさすがに僕らの東京本社の最上階からも見えないし、だいたい、そんなに簡単にかしこきお方がうろうろされているのが一般人に見えちゃうんじゃ、これは治安上の、しかも国家的レベルでの問題である、というもんです。
 でも、冗談としてはなかなか秀逸です。
 僕らはひとしきり、笑いました。
 
 ところが、青ちゃんの話はそれで終わらなかったのです。

 「あはは、そうやろ?おかしいやろ?そんなん冗談に決まってるやんか。」
 「あはは、うん、そうだよな。」
 「ところがやな、その連れがやな、」
 と、青ちゃん曾璧山中學、急に真剣な顔になり、
 「うん?」
 「そいつがやな、ごっつい興奮して『ほんまか!?天皇が手え振りよったんか!さすがに東京はちゃうなあ!』言うて、まじで信じてしもうたんや!」
 これは、ありえません!
 「がはは、青ちゃん、そこはうそだろ〜〜、うそつけ!」
 「あほ、ほんまやて、俺も、うわ!?こいつ俺の冗談信用して本気にしよった、どないしょ、っておもたんや。」
 「ぜってえ、うそ!そんなの信じる奴なんかいるわけないだろ。芸能人じゃあるまいし、てんのーだぞ、天皇!」
 とみんなして、笑いながらも、法螺ふくんじゃねえよ、と否定しましたが、青ちゃんはまだ真剣に、主張します。
 「いやいや、ほんまやて、大阪の人間の中にはそういう奴が、たまああに、おるんや、て!そいつはほんまに信じよったんや!」
 
 これは、『生粋の関西人は東京のことを全然知らなくて、ある種憧憬を抱いているらしい』というステレオタイプなイメージを巧妙に利用した青ちゃんの法螺にきまってます。
 しかし、ステレオタイプの演じ方が行き過ぎたために、冗談転じて、『みぢかえない話』になってしまったわけです。
 
 でも、ほんとうに、かしこき方が、気軽にあのかしこき敷地内をうろうろしていても意外に誰も気付かないかもしれないです。
 『かしこきところ御用達』の寝巻きのまんま、朝からお堀の鯉に『ほれ、ほれ』って、餌なんか投げてたりしてね。

 青ちゃんは、今では、要職にあり、バリバリと仕事をしておられます。今度機会があったら、『天皇に手を振ったら、手を振り返してきた話を信じた友人がいる』話の真相を白状させてみたいと思います。青ちゃんの今の肩書きが例え部長補佐であろうと、この話は、どう考えても法螺だと思うので。