猿虎日記(さるとらにっき) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2005年02月26日

ためらいのためらい

 吉本隆明私の「戦争論」 (ちくま文庫)』(http://d.hatena.ne.jp/aian/20050224/1109254073よりの孫引き)

──人間性というものを考えると,「戦争自体がダメだ」とはなかなかいい切れない気がしますが?

吉本 そうですね。だから,僕も「本音の本音でいっちゃうと」といういい方をしたんです。それはなぜかというと,「俺はそこまでは,ちょっと実感的になかなかいい切る器量がないよな」「声を大にしてそれをいうと,自分にはあまりできそうもないことをいっていることになるな」っていう気がするものですから。

 私もこの本読みました。意外と面白かったですが、やはり笑っちゃうようなところも多かったです(そう言う意味でも面白かったですが)。吉本ファンの方だったらごめんなさい。それはともかく、上の吉本の「「俺はそこまでは,ちょっと実感的になかなかいい切る器量がないよな」「声を大にしてそれをいうと,自分にはあまりできそうもないことをいっていることになるな」っていう気がする」というのはわかります。これは「私は、戦争反対と発言したりするほど戦争について考えているわけじゃない。そんな負い目のようなものを常に持っています。」という『ダ・ヴィンチ』の三崎氏の発言も同じですよね。それを批判したり、情けないと叱咤したりするようなつもりは毛頭ありません。ていうか私だってヘタレもいいとこの人間なので。「授業中しゃべっている学生をもっときつく叱って下さい。それが教師の責任でしょう」と学生にしばしばきつく叱られています(<授業アンケートによくこう書かれることがある)。それこそ「俺はそこまでは,ちょっとなかなかきつく叱ったりする器量がないよな」「声を大にしてそれをいうと,自分にはあまりできそうもないことをいっていることになるな」っていう気がするものですから。

 脱線しましたが、えーと、内田さん的な、「ためらい」こそが大事なんだ、とか、他罰的な語り口が……とか、ソフトであるためにハードに努力する、とか、そういう話もなんとなくわかります。わかるんですが……しかし……。というわけで、私は、「ためらうこと」と「ためらわないこと」の間でためらってるわけですよ。これは一段レベルの高い「ためらい」じゃないか……なんつって。

 むしろ気になるのは、インタビュアーの「人間性というものを考えると,「戦争自体がダメだ」とはなかなかいい切れない気がしますが?」という発言です。これ、疑問形にしてますが、巧妙に断定してますよね。こういうソフトな断定の方が気になる。

nozakiynozakiy 2005/02/27 07:52 少し前まで「思考のエチュード」という日記をやっていた者です。わけあって引っ越しました(そのわけも書いていますが)。新しいURLはhttp://blog5.fc2.com/taishin/です。今後ともよろしくお願いいたします。さて、こちらも2月23日に同じようなことを書きました、っていうことだけなのですが…。sarutoraさんの記述を拝見して、少しうれしくなりました。「ためらい」にためらってる方が、いらっしゃるって(笑)。こちらは、「ためらうことで居直ること」と、「そんな自分をさらにためらうことで自己を変容させていくこと」は違うんだ、と書きました。青い芝の会の「脳性マヒ者であるということを自覚する」とか、田中美津の「あたしは子殺しの女であることを自覚する」というように、「肯定できないものを、それじしん肯定できないものとして受け入れる」ことこそ、私たちが求めるべき「ためらい」のような気がします。もちろん、社会がそうした人たちに「ためらい」を偏在して押し付けていることも、言わねばなりませんが。

sarutorasarutora 2005/02/28 22:42 こんばんは。ちょっと風邪がぶり返してしまいました。げほげほ。私の場合実名さらしまくってますが、たしかにちょっと気を使うのでめんどくさいと思うときもあります(ていいつつ結局あんまり気を使ってないですが)。が、匿名だとしても、実名がばれないように気を使うのでしょうね。

miyutomo2miyutomo2 2005/03/03 12:44 お風邪いかがですか?のどがやられたときは就寝時にマスクをぬらすといいですよ。

吉本氏はふにゃふにゃですね。いまの文学界全般にいえることですが、湾岸戦争のときは声明も出したのにイラク戦争については沈黙している。なぜかなと思ったときに、やはり戦争反対と断定することに「ためらい」を感じさせる社会状況にあるんだろうと思います。自分の立場をはっきりさせてしまうことによってどちらの陣営につくか宣言することの責任が怖いというか。

つまり「人間も動物だから本能として戦争をする。だから仕方ない」などと好戦でもないが反戦でもないというビミョーな立場にたっとけなんですね。でもそれがいまはラクなんでしょう。お仕事的にも。

ちょうど、きのう朝日夕刊で読んで気になっていた山崎浩一氏の文章と重なるところがあるので引用しておきます。

(前略)そういえば最近、マスコミでもネットでもやけに軽々と「覚悟」を口にするひとが増えた気がする。「親になる覚悟」くらいならまだしも、一国の安全保障や危機管理に関わる覚悟となると、聞き捨ててばかりもいられない。曰く「日本人には覚悟がない」「日本はそろそろ覚悟を決めるべきだ」。そうおっしゃる当人も日本人だと思われるんだが、とにかく勇ましい。いや別に「いつか来た道」だの「軍靴の響き」だのと空念仏を唱える趣味はない。ただそれを「日本人という他人」に強いる前に、彼らだけがすでに決めたらしい覚悟の内容を、もっと具体的に教えていただきたいものだ。(後略)

どうも好戦的なひとたちには「ためらいがなく」そうではない人間たちの態度に「ためらいがある」。山崎氏の文章にある「空念仏を唱える趣味はない」とありますが、戦争の覚悟はないけど反戦団体にも共感はしないよ、と言ってるわけですよね。

また長くなったのでこの辺で。お大事に〜。

sarutorasarutora 2005/03/04 02:50 風邪は、一回治りかけていたのですが、日曜ぐらいにまたぶり返して、微熱が出たり結構具合が悪くなりました。でも、昨日あたりからかなり調子良いです。今度は本当に治ったと思いたいのですが、油断は禁物ですね。気を付けます。空念仏については、本文で書きます。