ホワイトカラー・エグゼンプションはアッパークラス・エグゼンプション

Yahoo!ニュース - 時事通信 - 残業代ゼロ、実際の対象は2万人=年収900万円以上の1割−塩崎官房長官
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070111-00000156-jij-pol


塩崎官房長官が11日、ホワイトカラー・エグゼンプションの適用対象を年収900万円以上とする場合、2万人程度であるとの試算を明らかにした。この数字をはじき出した根拠はネットではわからないが、全くのでたらめでもないだろう。では今回の制度の影響を受ける2万人とは、全労働者の内どの程度なのかイメージしてみよう。 (追記:本エントリー最深部に試算の根拠を示す記事をリンク)


リクルートワークス研究所が先日発表した最新のデータによると、就業者数は6410万人、このうち雇用者は5494万人が相当する。ちなみに完全失業者は259万人とある。


雇用の現状2007年1月号(2006年11月データ)(リクルートワークス研究所
http://www.works-i.com/article/db/aid1320.html


ホワイトカラー・エグゼンプションは、労働時間に関する一律的な規定を適用除外をする(exempt)のが目的である。この制度を残業代ゼロ制と名づけ、働き手一般の生活を脅かすかのように報じるマスコミの印象操作はひどすぎる。また社会の不安に乗じて、労働者の権利を守れと呼びかけ、ホワ・エグ批判を展開する人々は、働き手にとって本当の意味でのセーフティネットを創出する発想に欠けている。今回のホワ・エグが適用されるには、いったいどれほどの要件が必要か、どれだけの人が理解しているだろう?昨年末の労働政策審議会で報告された対象労働者の要件は、厚労省のサイトの資料をもとに簡略化すると、以下のようになる。


厚生労働省労働政策審議会労働条件分科会 第72回資料http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/12/s1227-15a.html


鄯 労働時間では成果を適切に評価できない仕事をしている人、
鄱 重要な権限や責任を相当程度伴なう地位にある人、
鄴 仕事の時間配分について使用者が具体的な指示をするまでもない人、
鄽 年収が相当程度高いものであること(これが今回、900万円と設定予定)


さらに制度の導入に当たっては労使の間で、労使委員会を設置し、行政官庁に届け出るとしている。この労使委員会で休日や健康・福祉についての措置を取決める。そういった要件は労使間で合意すれば、何をしてもいいというのではなく、年間104日(週休2日相当)以上の休日の確保、年次有給休暇の規定の適用などが課される。これら法令遵守がなされない場合は、罰則を付すことも明記されている。


こういった要件から、厚労省がはじき出した数字が2万人というわけだ。これらの人々を定額報酬制で遇するようにするのが、今回のホワイトカラー・エグゼンプションである。この制度が適用されるのは、そもそも雇用者として雇われている人々である。では、その人々の割合を見てみよう。今週号の週刊東洋経済掲載のデータをもとにすると、最新の平成17年、総務省労働力調査年報にある。


平成17年労働力調査年報(総務省
http://www.stat.go.jp/data/roudou/report/2005/ft/index.htm


サラリーマンである雇用者は5407万人(うち正規雇用が3774万人、非正規雇用が1633万人)、自営業者(およびその家族従事者)が928万人。この自営業者の範疇には医者や弁護士、家業を継いだ経営者、農家から個人タクシー、軽急便、バイク便ライダーといった個人請負業者まで含まれている。この範疇はサラリーマンと違って自営業者であるから、現在でも労働基準法の時間規制の対象外である。ここには高額所得者もいれば、ワーキングプアもいて、その圧倒的部分が今回のホワ・エグの対象年収、900万に届かない。ちなみにこの928万人のうち、個人請負業者は70万人だという(経済産業省・人材ニーズ調査2003をソースとする)。これらの人々は労働基準法とも労災保険法とも無縁の状態で働いている。失業保険もなく、健康保険も全額自己負担、国民年金をかけても厚生年金の比例報酬に相当する部分もない。


人材ニーズ調査(経済産業省
http://www.cin.or.jp/needs2004/report/index.html


次に年収要件について参考になる数字を見てみる。国税庁の民間給与実態調査によると、1年間勤続労働者の平均給与額はピーク時の97年、467万円から下がり始め、05年には437万円へ右肩下がりに下がっている。付言すると、この統計の対象は1年間勤続労働者であるので、納税の枠外にいる労働者も、短期労働を繰り返す者も、働いてない者も含まれておらず、国民の所得は一層低いレベルにあることは明らかだ。


統計情報・・・民間給与実態調査(国税庁
http://www.nta.go.jp/category/toukei/tokei.htm


年収900万円にはとても手が届かない人、労働時間規制の枠外で働いている膨大な人、雇用そのものを得ていない失業者、さらには労働力年齢にありながら求職活動すらしないため失業者としてすらカウントされない人、これらの人は今回のホワ・エグと無縁である。


ホワ・エグに反対している人々の多くが抱いているのは、自らの待遇がこれまで以上に下がり続ける不安である。だが彼らは自らの不安は訴えても、現実的に貧困に陥り、希望すら抱けない状況に置かれた個人請負業者ら、弱者のことが見えていない。助けることは必要だが・・・と口にするものの、実際に既存の労働法制の枠外にある人々のことはイメージできていない。良心的なふりをして労働問題を取りあげるマスコミは、非正規のワーキングプアの悲惨さを取り上げる一方で、正規の長時間労働の悲惨さを語るのが、定番の文章構成になっている。ではどちらが相対的に悲惨なのか?それは言うまでもないだろう。今の労働環境に不満がある者は、それを会社に告げているだろうか?違法行為があるなら行政官庁に届け出ているだろうか?さらにそういう会社から離脱することを検討しているだろうか?彼らの目には、労働時間規制からも、平均的な収入からも、雇用からも、幾重にも排除された下層階級(ロウアークラス)が見えていない。


今回のホワイトカラー・エグゼンプションはアッパークラス・エグゼンプションである。サラリーマンの中でも限定的な上流階層に、成果にもとづく評価制を導入し、その生産性を問う小さな試金石である。この制度の導入は、就労さえはたせば既得権が確保された、これまでの日本の労働市場の転換を促すのであり、働き手一般にとってみれば、ためになる試みなのだ。なんとホワ・エグに反対している民主党ですら、「官・民とも管理職については徹底した自由競争の仕組みを導入する」などと政策に掲げているのが今という時代なのだ。政府と反対派では、どちらがトータルな労働市場改革について、正直に、そして真剣に、考えていると言えるだろうか?


追記:上記のように統計数字から比較していくのに正当な数字は、20万人のようです。その中から労使契約に至るのが推計で2万人とみられているようです。
asahi.com残業代ゼロ法案、提出へ 厚労相「対象は20万人」 - 就職・転職
http://www.asahi.com/job/news/TKY200701100425.html

同省の賃金構造基本統計(05年)などに基づく推計では、年収900万円以上の会社員は約540万人。このうち部課長など管理監督者としてもともと労働時間規制の対象外が約300万人を占める。さらに業務内容を上司から指示され自分で決められないと見られる人も除くと40万人が残る。ホワイトカラーが半数とみて、対象者を全労働者5400万人の0.4%の20万人とはじいた。制度ができても「実際に企業が導入し、適用されるのは2万人程度」と同省は見ている。