2011-06-28 驚いた・・・!
2010-03-17 さくらとのりちゃん
さくらの季節になるといつも思い出すことがあります。小学校1年生のお見知り遠足の時のことです。1年生が学校になじむために、6年生と手をつないで遠足に行き楽しく過ごすというものでした。
私が手をつないでくれたのは、向かいに住んでいた「のりちゃん」という女の子です。のりちゃんはお父さんの連れ子で、義理のお母さんからとても厳しくされていました。毎朝早くからトイレ掃除、玄関掃除をどんな寒い日もきっちりしてから学校に行っていました。
他にもお家の仕事をしっかりとしていたようで、冷たい水を使うためいつも手は赤切れだらけで、とても小学生の手には見えなかったものです。団地住まいだったため、子どもたちはよくつるんで遊んでいたものですが、のりちゃんはいつも掃除や洗濯をしていて、一度も一緒に遊んだ記憶がありません。
そんなのりちゃんの義理のお母さんから、遠足の前日「のりこが、ハンドクリームを貸してくれと言ってきた」と、ききました。なんでも、私と手をつなぐのに、赤切れでガサガサの手だと嫌だろうと、ハンドクリームで手をやわらかくしようと思ってくれたようです。小学校1年生の私はそれをきかされ、遠足の日にのりちゃんの荒れた手ばかりを見ていたように思います。
お友だちと遊ぶことはほとんどなく、お家の仕事ばかりしていたのりちゃんは、中学生になったときに、全寮制の家政学校へ行ったとききました。いつも義理のお母さんに厳しく叱られて、じっと堪えていたのりちゃん。子どもらしい遊びを一切していなかったのりちゃんを大人になり思うと、いつもせつなくて涙がこぼれてきます。そして、毎年さくらを見ながら思うのです。のりちゃんがやわらかいきれいな手をして、しあわせに過ごしているといいな。と。
2007-05-02 母の日に私の気づいたこと・・・
実は、私、母の日の企画は、1月から練りにねっていたんです。
なのに、こんなギリギリになって紹介をすることになってしまいました。
本当にごめんなさい。
http://www.binchoutan.com/event/2007_0513mother.html
「早く情報をお渡ししたい!」
そう思いながら、今日までズルズルとのばしてしまいましたのは、
私がこの“母の日”についての紹介コメントを書くことができなかったからなのです。
紹介の文章には、今回とっても素敵なお花を準備してくださった、
「フロー・デ・リー」の渡邊先生のお話をさせていただこうと思っていたんですね。
でも、そのことを私が書こうとしたときに、やっぱりただそれだけで
書くことができなかったんです。
“母の日”の贈り物。
だから、
私の母の顔が、書こうとするたびに、目の前にちらついたのです。
私は高校を卒業したときに親元を離れました。それからというもの、
どちらかというと、私から連絡を積極的にとっていくような関係ではありませんでした。
何か私から母親の前でシャッターを下ろしてしまっているようなものでした。
それは、どこかで私が強がっていて
「私はひとりで生きていけるんだから。心配しないでいいから」
って、とってもつまらない自己主張をしていたからなんじゃないかな。
と、思います。
「元気にしているの?」
「たまには、葉月さんから電話をしてくれたらいいのに」
「親子といっても、お母さんは一期一会の縁だと思うわ」
「あと何回お母さんは葉月さんに会うことができるのかしら」
そして、先日はメールで
“お母さんは、アッケラカンとさりげなく・・・をモットーとした子育てが望みだったのだけど、
ふんわりと笑顔の葉月で過ごしてください。
葉月が幸せでありますように・・・”
というメールが、私の携帯電話にとびこんできました。
そのメールがビビッと私の心に刺さったまま、返信ができずにいました。
母から私への想いがあまりにもいっぱいで、私はそれをうまく受け止めることが
できなかったのです。
どうやって私の中に受けいればいいのかすらわからなかったのです。
なんの見返りもなく、ただただ私を愛し続けてくれている母に対して、
私はどの言葉を発することもできなくなってしまいました。
うわべだけで受け止めて言葉を連ねられるほど、浅い愛の表現だと思えなかったのです。
ところが、プレマの母の日贈り物に添えるお花をデザインしていただいた、
「フロー・デ・リー」の渡邊先生と話をさせていただいたときに、
"求めているところへ連れていく"という考え方のもと、「ココロに効く花レッスン」
というお花のレッスンをしているんですよ。
って、おっしゃったんです。
お花をデザインしながら、求めるところへお花と一緒に連れて行ってもらえる。
今回母へ贈るこの花束。
“じゃぁ、私は母との関係で、何を求めているんだろう”
渡邊先生とのお話を終えてからは、そのことばかりが私の頭の中をぐるぐると巡り続けました。
今までただ目の前のシャッターを閉じて、母の愛からまるで逃げるようにしていた私。
なんで、そんな行動をとってしまうのか、今の私にはわかりません。
でも、
その行動を変えたら。
もしかしたら、本当に私が望んでいる。そして母の望んでいる
親子の関係がみえるんじゃないだろうか。って思ったのです。
そしてその翌日・・。
「フロー・デ・リー」のカラーセラピストである竹嵜みきさんより、
今回のお花に込めた想いをいただきました。
○アンジメントへ込めた想い
全体的にピンク系のお花でまとめています。「愛」の色。
いくつになっても親子の関係は変わらず、いつもはお母さんからは
愛情をもらうことの方が多いのでは?
たまには素直にありがとうの気持ち、娘(息子)から母へ愛情を伝えたいという
気持ちが込められています。
○花束に込めた想い
全体にオレンジ系でまとめています。オレンジはハッピーを創る色!
お母さんの笑顔が家一杯に広がるようなハッピーを届ける花束です。
それぞれの家族の持つあたたかいつながり・絆を感じて欲しい☆
年にたった一回だけど、贈った人も幸せな温かい気持ちになり、
贈られた方も自然と笑顔がこぼれるような、やさしい印象のあたたかみのある
色使いに仕上げています。白いふんわりとした布も、真っ白ではなくほんのり黄みがかった
艶っぽいものを選んでいます。
そうだったんです。
私は、いつもいつも母からの愛をいっぱいにもらっているのに、
私が決して伝えていない言葉があることに気づかされました。
いつも、いつも私の心にあって、伝えていない言葉
「お母さん 私のお母さんでいてくれてありがとう」
本当は、家族のもつあたたかいつながりや絆を家族みんなで感じあっていたいのに、
父と母が離婚をしたときに、私は「私が強くならないといけない」と思いこんでしまい、
本当に家族として感じあいたいことを、心から追い出してしまっていたのではないだろうか・・・。
家族のもつあたたかいつながり・絆は、きっと誰もが求めているもので、
いつもそれを感じあえる家族でありたいって、思っているものだと思います。
今回デザインをしていただいたお花は、その想いをのせるためにデザインしていただいたものです。
お花の花びら一枚一枚。葉っぱの一枚一枚。すべてに、お母さんへの「ありがとう」がのるように、
愛いっぱいに渡邊先生に作っていただきました。
私は今年、初めて母に「ありがとう」の言葉をのせて、このお花を贈ります。
2007-02-26 大切な人
内なる自分を無視して、自分勝手に生きていると、わからなくなります。
とても大切な人に、愛いっぱいに大きく深いハグをし続けてもらっていたことに、
気づかずに相手を深く傷つけてしまったり、
それと同時に自分を傷つけてしまったり。
私は何もできない人間です。
というのは、一見謙虚そうに思いますが、実は、謙虚でもなんでもなくて、
ただ、甘えて傲慢に過ごしていることだと思います。
何ができるのかと考えることもせず、今起こっていることの意味を深く追求
することもなく、何もしないで与えてもらうことを正当化するだけの手段です。
自分がいっぱいいっぱいになってしまっていたときでも、
それは、いったい何の言い訳になるでしょうか。
ただ、相手に深い悲しみを与え、そして自分自身も深く傷つくだけです。
私は大切な人から、常にしてもらっている愛いっぱいのハグを、
どこか当たり前に感じすぎていたのではと気づきました。
私は、私のまわりにいるすべての大切な人を、愛いっぱいにどんなときも
ハグし続けられる人になろう。
やっと、そんなことを考えられるようになった私を、
今、愛いっぱいのハグでまず、つつみこんでやろうと思います。
私と一緒に一番長くいて、私が一番最初に愛さなくてはならない、
大切な人だから。
そして、気づきを与えてくださった神様を、愛いっぱいにハグをします。
自分を大切にできない人は、他の誰をも大切になんかできない。
2007-02-22 「ごめんなさい」は感謝言葉じゃない
一日のうちに、「ありがとう」と「ごめんなさい」をどれくらいの頻度で使っているでしょうか。
「ごめんね。疲れているのに突然こんな時間に電話をしちゃって。本当にごめん!」
って、友人に電話をした時のことです。
「いいよ。謝ることじゃないよ。私は電話をもらってうれしいし、もし眠たかったら
“眠たいから明日でいいかな?”ってちゃんというから。
それよりも“ありがとう”っていってもらったほうがうれしいな」
って、言われました。
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!
私って、友人にたくさんの「ごめんなさい」はいったけれども、
いったい何回感謝の言葉を口にしただろうか。。。
いつも時間を拘束してしまって、“申し訳ない!!”という気持ちが先にきてしまって
本当に心から感謝をしているのに、「ごめんなさい」といって済ませてしまっていることは、
思い返せばとっても多い・・・。
そういえば、いつのころからかとっても感謝をしていてうれしいときに、
なぜか「ごめんなさい」を、日々、いっぱいいっている私がいました。
なんで感謝なのに「ごめんなさい」って、言っていたんだろう。
私という存在に自信がなくなって、それが現れていたのかもしれません。
「ありがとう!」というと、そこにはお互いに“歓び”がうまれるように思います。
そして、そこには相手の存在を歓ぶ私と、それを歓ぶ相手がいるとってもステキな空間になるんじゃないかな。
ということに、気づかされました。
2007-02-16 陰と陽
突然ですが、私の名前は、「葉月(はつき)」といいます。
この名前は結構気に入ってはいるのですが、ちょっと意味不足?があって
そこに納得ができていませんでした。
というのも、「葉月」=「八月生まれ」以外に特になんの意味も持っていないからなんです。
語源的にはあるのでしょうが、いろんな節もあるようですし、
“葉落ち月”が転じてとなると、ちょっともの悲しい・・・。
小学生くらいのときに「どうしてこの名前になったのかを聞いてみましょう」
という課題があった時に、他の子は
「優しい人になるように、“優子”」
「元気でたくましくなるように“太”」
ということをいっていたからなのです。私が母親にききますと、
「八月生まれだったから、この名前を付けたかったのよ。“はづき”じゃなくて“はつき”って濁らないで読ませたかった」
だけでした。名前の響きは気に入っているけれども、子どもながらに、
ちょっとしたコンプレックスをもち、そのまま現在にいたっていたように思います。
が、大転機!!
友人と名前の話しになったときに、
「“葉月”っていうのは、一年の中で唯一“陰陽”のバランスのいい名前だよね」
といわれました。“????”意味がよくわからなかったのですが、
葉=光合成を行い、太陽の象徴 「陽」
月=そのままお月様 「陰」
ということなのですね。
なるほど・・・。
そんな考え方を今までしてもいませんでした。
神様から“「陰」「陽」のバランスを整えて幸せになってね”というメッセージなのかもしれませんね。
どうも、私は「陰」に傾いた生き方を今までしていたように思います。
これはメッセージに反してしまうので、「陽」を意識して体にいれていかないと!
ということで、太陽の光をいっぱい食べて、体のバランスをとろう!
そういえば、先日も他の友人と電話をしていたときに
「はっちゃんさぁ、朝陽をとにかく体にいれるといいって!気持ちいいよぉ」
っていってくれていたことを思い出しました。
今日も一日たくさん太陽さんにエネルギーをいただこう!
私の中で、陰と陽が混じり合って、きっとステキなハーモニーを奏でてくれるでしょう。
今までよりも、私のことを身近に感じて、少し好きになりました。
2006-10-19 今ここで、私を許してやろう。
私が小学校5年生の時でした。
母親が働きに行き始めて、初めての夏休みをむかえました。
私には弟がひとりいて、その弟は当時2年生。
夏休みの私は、
朝、ラジオ体操に出た後、
お布団をあげる
洗濯物を干す
朝の食器を洗い片づける
お昼ごはんを私と弟の分を作る
お昼の食器を洗い片づける
お部屋に掃除機をかける
夕方洗濯物を取り入れてたたむ
ということが夏休みの主な日課になりました。
小さな頃から、それなりにお手伝いをしていましたし、
そんなに時間のかかるものではありません。
でも、私は、この毎日の日課をこなすことを理由に、
いまだに、心にずーーっとしこりになっている行動をとってしまいました。
夏休みの宿題。
毎日2ページの漢字ドリルの宿題がありました。
私は、その宿題をごまかしたのです。
5年生の1学期に、毎日書いていた漢字ノートの日付を全部消し、
夏休みの日付として、提出をしました。
先生の「確認」はんこのないものは、すべて、夏休みの宿題として
日付の改ざんを行いました。
そして、その後、今までずっと私は自分に言い続けていました。
「だって、夏休み、私は大変だったんだもん。お家のことを全部しないと
いけなかったから。時間がなかったんだもん」
小学校5年生から十数年間、ずっとこのいい訳をし続けて、
私を正当化してきました。
でも、違うんです。
本当に、これは、ただのいい訳です。
私は、夏休みなどは、学校で大量に借りてきた図書館の本と、
家の天井まで積み上げられていた本を、片っ端から読んでいくのが、
何よりもの楽しみでした。
お部屋でごろんとしながら、自分の好きな本を読んでいました。
お家の日課も後回しにして、学校の宿題も後回しにして、
私は、大好きな読書にふけったのです。
そうすると、気が付けば夕方近くなり、
あわててお家のことをバタバタとこなして、
まるで一日がんばってお家のことと、宿題をがんばっていたように、
母親が帰ってくるのを待ちました。
さも、大変そうに・・・・。
母親は、夏休みの間、お家のことをしっかり私ができたと、
ほめてくれました。
でも、本当は、全然違います。
私は、漢字の宿題の日付を改ざんして、そしてバタバタとお家のことを
していたのです。
自分がやりたい、読書の時間にどっぷりとつかるために・・・。
小学校5年生から今日まで、このことがずっとずっと、
私の心でしこりになっていたことでした。
どれだけほめられても、本当は私は「悪い子」なんだ。
そう思って今まできました。
でも、今、ふと思います。
母親は、私のそんな生活をわかっていただろうな。
先生は、私が日付を改ざんしたことをわかっていただろうな。
それでもなお、すべてをひっくるめて、
私をほめてくれたのではないだろうか。。
だから、私は、
あの、小学校5年生の私を許してやろうと思います。
何をしても、「だって」って、いい訳をしてきました。
そして、そのときに私をかすめるのは、この小学校5年生の時の私。
あぁ。私はあの頃のまま、なーんにも変わってない・・・
そう思って、ずっとずっと、小学校5年生の私を責めていました。
彼女はもう関係ないはずなのに。
今の私を生きるために、
私は今日、この瞬間に、あの頃の私を許してやります。
あの時の私も、私なりに
一生懸命生きていたんだということを、受け入れてやろうと思います。


学生時代、同じお部屋で同じ部活をしていたいっこです。
T県にある某学校を卒業してもう10年以上経過しますが
何気に楽天をみてたらはつきちゃんの姿があり
びっくりしました。
同姓同名?って思って写真をみたら
間違いなくはつきちゃんだったから
おどろいたのなんのって(笑)
数年前、マザータッチをこのお店でかってから
時々、お店の商品をチェックしてるんだよ〜!
またお店の商品かいにいきます★
短大時代に同じ学科だったのりこです。
無添加食品や国産の粉類を探していて、いろんなHPを見て いたら葉月ちゃんの名前があったので懐かしくなってメール をしてみたんだけど、うまく送れなかったので、ここにコメ ント残します。
お元気ですか?びんちょうたんコムのらくなちゅらる通信を 読んでいて、丁寧にいきいきと暮しているんだなぁと感じる 文章だね。
いっこちゃんものりこちゃんも、よく覚えています。
ちょっと信じられません・・・。びっくりしています。
短大を卒業して京都の大学に入りまして、そのまま京都にうずもれています。
とてもとても時間がたってしまったけれど、もし、ここを再度ごらんになったら、
メールをぜひぜひください。