Hatena::ブログ(Diary)

日々是好日

2019-01-28

書店が消える

が〜〜〜ん。大阪府下で12店舗を展開していた天牛堺書店が
破産申請だよ。しかも、前日までは普通に営業していたのに、
今日になったら閉店の張り紙。

新刊書と古本の、両方を取り扱う珍しいチェーン店だったのに
なぁ。毎月一回、仕事の為に宝塚へ通っていた頃、宿泊先は
大坂市内のホテルにして堺市まで足を延ばして何度か訪れた
思い出がある。

やっぱりリアル書店の経営は厳しいのだろうな。街から書店が
どんどん消えて行ってしまうのは哀しい。

『復讐者マレルバ 巨大マフィアに挑んだ男』(ジュゼッペ・
グラッソネッリ/カルメーロ・サルド 早川書房)を読み始める。

シチリア生まれの悪ガキ・アントニオは長じて二枚目のジャンブラー
となった。しかし、彼とその家族はある日巨大マフィアに襲われる。
復讐を誓ったアントニオは新興マフィアのボスとなり、300人もの
犠牲者を出した抗争の中心人物となる。

今なお服役中の男が半生を綴った記録だ。

2019-01-27

マス様ファンクラブへの入会方法を教えて下さいっ!

マスード 伝説のアフガン司令官の素顔』(マルセラ・グラッド
 アニカ)読了。

大学在学中にアフガニスタンに共産主義政権が誕生し、ソ連の侵攻が
始まった。祖国の独立を守る為、大学在学中だった青年は抵抗運動に
身を投じる。

そうして彼は優れた指導者となり、死後には「アフガニスタン国家
英雄」の称号を与えられた。

強大な軍事力を誇るソ連軍も、一時はアフガニスタンの90%を掌握した
タリバンも、どうしても落とせない地域があった。

パンジシール渓谷。そこは「パンジシールの獅子」と呼ばれたアフマド・
シャー・マスードが本拠とした生まれ故郷だ。

日本語で書かれたマスードに関する作品で入手できるのは、長くマスード
を取材した日本人カメラマン長倉洋海氏によるものがほとんど。なので、
海外で出版されたマスード関連の作品の日本語訳はとっても嬉しい。

でも、本書は客観的視点に立ったマスードの評伝ではない。マスードの
華族、共に闘ったムシャヒディン、研究者、海外からマスードを支援し
た亡命アフガン人、取材をきっかけにマスードに魅せられた欧米の
ジャーナリスト等々へのインタビューからマスードはいかなる人物だっ
たのかを描いている。

著者をはじめ、本書に登場する人々は軒並みマスードにひとかたならぬ
思い入れを持っているので内容は最大のマスード礼賛だ。ただ、それを
批判することは私には出来ない。だって、マスードは私の英雄のひとり
でもあるのだもの。

アフガニスタンで抵抗運動を指揮した司令官の多くが、近隣諸国から指示
を出していたのにマスードは国内に留まり、ムシャヒディンたちと行動を
共にし、権力や金銭への執着も持たなかった。

対ソ連戦のさなか、マスード軍の捕虜となったソ連兵は解放されたのに
も係わらず、自ら改宗し、金髪だった髪を染め、ムシャヒディンとなり、
マスードの護衛を務めるまでになった。

捕虜への虐待を許さず、不正を働いた自軍の指揮官には厳しい叱責を
与え、女性が医療を受けられるようにパンジシールへ女医を招き、女性
への教育の大切さを理解し、民族・性別・宗教を理由にした差別があって
はならないと説く。

詩を愛し、寝る間を惜しんで読書にいそしみ、敬虔なイスラム教徒として
どのような環境にあっても1日5回のお祈りは欠かさない。戦闘の合間に
も行く先々の村で子供たちと戯れ、彼ら・彼女らの未来を見据え、学校
建設にも尽力する。

あぁ…やられるよね。本書に記されているマスードの人物像に、更に
心を鷲掴みにされるわ。

「もしブッシュ大統領に一言申し上げられるのであれば、こう言いたい。
アフガニスタンで起きている問題をないがしろにすると、アフガニスタン
だけでなくアメリカ国民も被害を受けることになる」

世界がパキスタンのタリバン支援に反対するよう訴える記者会見で、
マスードは言っていた。だが、国際社会はマスードの言葉を真剣に
受け止めることをしなかった。

そうして、9.11アメリカ同時多発テロが発生する2日前、ジャーナリスト
を装った自爆テロによって、戦乱後のアフガニスタンを背負って立つはず
だったマスードは爆殺された。

今の日本ではアフガニスタン情勢の報道はほとんどなされない。それでも、
時折ニュースでアフガニスタンの現状が伝えられるとマスードが生きてい
れば…と思うことが多々ある。

祖国が平和になったら国のことは政治家に任せて、建築の勉強に戻りたいと
口にしていたマスード。願い叶わず48歳で神の国へと旅立った。

イスラム教では偶像崇拝を禁じているのは理解している。でも、マスード
はやっぱり私のなかの英雄であることに変わりはない。

世界中に散らばっているマスード礼賛者。その末席に私も連なりたい。

2019-01-23

奪われた命に誰も責任を負わない

プーチン閣下、またもや安倍晋三との会談に50分近くの
遅刻である。とことん、舐められているよなぁ。

それでもまた、尻尾フリフリでモスクワに行くんだろうな。
馬鹿だから。

『狙われた自治体 ごみ行政の闇に消えた命』(下野新聞
「鹿沼事件」取材班 岩波書店)読了。

2001年10月31日。栃木県鹿沼市役所の環境対策部参事で
廃棄物処理場のセンター長を務める男性が、帰宅途中で姿を
消した。

自宅に残されていた一枚のメモにはふたつの会社名と、家族が
男性の名前が記されていたほかに「受け取り拒否」の文言。

男性職員は家族に厳命していた。このメモに記された相手から
贈り物があっても絶対に受け取らないように…と。

メモに記されていたのは廃棄物関連会社名と、その経営者の名前
だった。

後に遺体なき殺人事件及び行政対象暴力事件として注目されること
になる「鹿沼事件」を、地元紙・下野新聞が連載で詳細を追った
優れた事件報道である。

ごみ行政は金になる。そこに目をつけた廃棄物関連会社の経営者は、
政治家に近づき、行政に食い込んで行く。時には秒力団との繋がり
があることをちらつかせて。

甘い汁を吸い続けられるはずだった。だが、鹿沼市の担当者が変わっ
たことで事態は一変する。自治体からの指導が厳しくなり、これまで
通用していた脅しも効かない。苛立つ経営者が思いついたのは、目の
上のたんこぶである市職員を消してしまうこと。

事件の裏の途轍もない闇を感じた。市役所と民間企業との間に交わさ
れた謎の念書の存在。鹿沼市に存在した政争。市上層部に引き継がれ
ていたであろう特定企業への優遇。

多くの市職員が薄々は感じていたが、表立って正そうとはしなかった
ことにあえて挑んだ一職員が逆恨みされた事件ではないだろうか。

主犯格と目された経営者こそ立憲前に自殺しているが、実行犯4人は
その供述を根拠として裁判に付されている。

報酬目当てに罪もない市職員を殺害した4人は、勿論、罪に問われる
べきだ。しかし、それだけでいいのだろうか。

殺害された男性職員が廃棄物処理場のセンター長へ異動になる際、
当時の鹿沼市長は「君にしかできない」と言っている。市長も
官業の癒着を把握していたのではないのか。

市が独自に設けた百条委員会での調査結果も、どこか歯切れが悪い。

遺体も見つからない。事件を引き起こした背景もうやむや。残された
家族はたまったものではないだろう。

正しいことをしようとして奪われた命がある。責任はどこにあるのか。

2019-01-22

ジャーナリズムは死にはしない

秋篠宮眞子内親王殿下の婚約内定者(この言葉もどうかと思うが)の
小室圭氏が、報道機関に対して母親の金銭トラブルについての文書を
公表した。

一応、全文に目を通したのだがこれまで週刊誌等で報道されていた
内容そのままなんだが。

秋篠宮殿下が求めた「それ相応の対応」ってこういうことなのか?
なんかなぁ…。

『ジャーナリズムは歴史の第一稿である。 「石橋湛山記念
 早稲田ジャーナリズム大賞」記念講座2018』(瀬川至朗:
編著 成文堂)読了。

私が勝手に名付けて敬愛している「言論四天王」のひとりが
石橋湛山である。だから、湛山の名を冠したジャーナリズム
賞が創設された時から、受賞作には注目していた。

でも、うっかりしていた。早稲田大学で学生に向けて記念講義が
開かれていたことも、その抗議がほぼ毎年書籍となって発行され
ていたことにも気づかなかった。

なので、本書を手に出来たことに大変感謝している。講師陣は
前年の受賞者やファイナリスト等、ジャーナリズムの第一銭で
活躍している人々だ。書籍でも映像でも、ノンフィクションに
関心があれば見逃すことが出来ない講座内容だ。

本書は「公文書問題を問い直す」「「真実」をいかに掘り越すか」
「日本は弱者に優しいか」「ジャーナリズムの新たな可能性」の
4章で各3人の講義をまとめ、最終章は「いま求められる「検証の
ジャーナリズム」」として、総括を行っている。

どの章も興味深く読んだが、特に印象に残ったのは第一章の「公文書
問題を問い直す」に収められた「公文書から見た戦後日米関係の一断
面」だ。

ロッキード事件を引きながら、日米双方に保管されている公文書の
相違点はもとより、公文書保存・公開に対する日本とアメリカの
大幅な違いを検証している。

捏造・改竄・破棄は日本のお役所のお家芸なのかと思うほど、ここ
数年で急激に増えている印象を受けるし、情報公開請求をしても
ほぼ全面黒塗りの文書を堂々と出して来るお役所の姿勢を見ている
と「国民、舐めてんのか」と感じる。

ロッキード事件時代は昭和の時代の事件だが、たとえどれだけ年月
が経とうともその裏側にあるものを掘り起し、報道することこそが
ジャーナリズムのあるべき姿だと思う。

そして、第三章「日本は弱者に優しいか」に収められている「過去で
はない水俣。遠くない水俣」では福島第一原子力発電所事故で東京電力
に補償を求めた人々との共通性を気付かせてくれた。

私も時々「マスゴミ」という言葉を使う。それは、権力側の情報をその
まま垂れ流し、政権PRか?との印象を受ける報道に触れた時などだ。

その一方で、優れた報道に触れた際には唸らされる。「これだ、これが
私の知りたかったことだ」と感銘を受け、送り手に盛大な拍手を送り
たくなる。

記事が、番組が、反響や共感を呼ぶには、世に送り出されるまでには
地道な調査が続けられている。

問題点を発掘し、検証し、報道する。メディアが多様化しようとも
各メディアに優れた送り手がいる限り、ジャーナリズムは死にはし
ない。

2019-01-20

おのずとわかる

発行早々から多くの盗用箇所を指摘されて話題になっている
百田尚樹大センセイの『日本国紀』。

書籍ってさ、発行元がきちんとした校閲をした上で読者の
手元に届けるものだと思うのよ。

でも、本書の発行元・幻冬舎は違うみたい。

「そもそも、Wikipediaそのものが多くの文献や資料、説や
伝聞をまとめたもの。いわば事典のようなものですよね。
歴史的作品を書く人は意識的にせよ、無意識的にせよ、
参考にするでしょう。そういうことや知識を得るために
Wikipediaはあるんじゃないの?そこから何を引き出すか
が作家の力量じゃないの?」

社長である見城徹氏がTwitterでこんなことを呟いているの
だものな。「参考にする」ことと「コピペする」ことの区別が
ついていないんじゃないか。

まぁ、幻冬舎だしな。所詮、こんなものなんだろうな。こんな
ことを言っている時点で出版社としてのクオリティの低さを
感じさせるわ。

『ジャーナリズムは歴史の第一稿である。 「石橋湛山記念
 早稲田ジャーナリズム大賞」記念講座2018』(瀬川至朗:
編著 成文堂)を読み始める。

公文書の改竄と隠蔽、ネットに溢れるフェイクニュース。ジャーナ
リズムは危機に瀕しているのか。メディアに関わる人たちが自身の
取材経験を交えてジャーナリズムの在り方を語る。