1対1ガチンコ勝負ではかなわない

 精神病患者の診察をしていてツクヅク思わされることは、患者と意見が対立した場合、1対1のガチンコ勝負では絶対に適わない、ということである。こちら側に権威や権力が幾らあろうと、また、話がいかに論理的理性的であろうと、患者の信じるリアリティー幻想であると説得することは出来ない。最終的にはこちらは「多数決になったらこっちが勝ちますよ」となるのだが、向うは多数意見など尊重するつもりはないのだ。精神科医として修行を積んだら、そのうち患者を説得出来るようになるのでは、と思って、いろいろ試行錯誤してみたが、上手く行かない。多分、彼らは、僕が話すようなことは既に自分でも考えたことがあり、その上で、彼らは自分の信じる道を選んでいるのだから、説得は時間のムダであるようだ。患者家族などに「本人を説得して」と言われるが、それはムリなお願いというものである。だから、精神病理学的には「了解不能」ということになっているだろう。
 患者に幻想があるのは間違いないが、僕にも幻想がある。「話せば分かる」とか、「真実は1つ」とか、「科学は万能」などがそうだと思う。これらは、いわゆる共同幻想で、一般社会で普通に生活するのにはカナリ有効な信念であるが、これが患者との話しを妨害している。だからといってこの共同幻想をいちいち疑っていたのでは、こちらのこころが持たない。患者の幻想を一緒になって信じた所で、患者は救われない(と思う)。患者とは同床異夢で共存するしかない、と腹をくくって、具体的には、生活の技術的なコーチに徹するようにしているのでありますネ。