温暖化メモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-08-06

ぐるりのこと。

gururi公式サイト橋口亮輔監督、木村多江リリー・フランキー倍賞美津子寺島進、安藤玉恵、八嶋智人寺田農柄本明。色々と、色々な意味で性的な肉体と、それに伴う出産のイメージ、死産のイメージの様態が折に触れてバリエーションを付けて描かれる。

まず冒頭の翔子(木村多江)が足のマッサージを受けるシーン。両脚を放り出して股を開き気味にして足の裏を揉んでもらう。出産のイメージが重ねあわされている。

法廷画家になったカナオ(リリー・フランキー)とやる時、「あっちの方(つまり出産と無関係な方)は嫌だと言ったのに」と翔子が裸でトイレに駆け込むシーン。母(倍賞美津子)が肩から鬱血を取り出す怪しげな治療をしていること。あの大きな水瓶が羊水の入った子宮を表し、それが子供たちによって壊され水浸しになってしまうことの暗喩。

法廷で被告が殺した子供の肉を生で食ったり、焼いて食ったりしたと言い放つこと。溢れた血をどうしたかと質問されること。これも流産のイメージとどこかかぶさる。

子供の素晴らしさを説いたベストセラー作家のサイン会に翔子の鬱が重篤化し、子供とぶつかって倒してしまうシーン。さりげない描写で翔子が病んでいく様をさりげなく描くシーンのうまさ。

1990年代から2000年初頭までの実際に起きた事件が平行して描かれるが、単純に漫然と平行しているわけではなく、常に生と死と血の背景にされ、子供を通した人間の絆とその喪失、その否定が対照されている。

頼りなげな癒し系距離置き男としっかり者の女という組み合わせは最近の流行らしい。とりわけ木村多江の熱演が際立つ。(ちなみに、この人、数年前まで女優デビューした早見優と思っていた)

ただ、カナオの法廷画家としての初仕事。交通事故による業務上過失致死の被告はどう考えても法廷画家の必要なマスコミの耳目を集める裁判には見えない。ましてや判決を裁判官が読んで即、記者がダッシュなんてあるわけない。ここら辺、最初で白けさせられるのが残念。

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