おおかみこどもと腹式呼吸。

自分のことを「女だなあ」と感じるのは、胸式呼吸をしていることに気がつくときだ。  
 
男の子みたいに育ったので、私にはいわゆる女の子成分みたいなものがとても希薄だ。感覚や性格でより、身体のしくみで性別の違いにはっとすることが多い。  
小学校の理科か保健の授業で「いつも女の子は胸式呼吸を、男の子は腹式呼吸をしています」と言われた時、なぜだか傷ついたことを覚えている。
違いがそんな身近なところにあったなんて知らなかった、どうしてそんな大切なことをもっと早く教えてくれなかったんだ、という気持ちだったように今となっては思う。  
 
だから一時期、失ったものをすこしでも取り戻すべく、私は呼吸のすべてを腹式呼吸にしていた。
 
その頃の私は、クラスに1人はいる、男子と校庭を駆け回るような子どもで、みんなと違う呼吸をしていることになんとなく焦ったのだと思う。
一方で、その頃の弟はといえばスカートに憧れていて、私の持つ数少ないスカートを家で嬉しそうに試着していた。  
 
そのころはちぐはぐで平和だった。  
 

 


「おおかみこども」のサントラが、そんな記憶を連れてきた。  
 
あの雪山を駆け下りるシーンが私は大好きだ。あのシーンで流れる曲がそれはそれは好きなのだけれど、聴くたびどこか寂しくて、恐くなる。  
 
あの雪と雨が、腹式呼吸の私とスカートの弟とだぶってみえるからだと思う。  
一番満ち足りていて幸せそうなシーンが、ちぐはぐで平和な生活のおわりを静かに告げているように感じてしまう。  
 
それからしばらくして訪れる姉弟げんかは、けんかの種類としては一生にたった一度しか訪れないものだ。雪が雨に負けるきっと最初で最後のけんかだから。  
 
私も弟に負けたときをはっきり覚えている。
いつものようにけんかして、取っ組み合いで負けた。弟にがっしり握られた指がのしかかる力に耐えきれず、悲鳴をあげて振りほどいた。私と弟の間に、不自然で物理的な距離ができた。私は弟を見た。「怖い」と、はじめて思った。頭のうしろで「こいつにはもう、力では勝てない」という声がガンガン鳴り響いて痛かった。  
    
だから、けんかのシーンがとても苦しい。  
負けたことに対する悔しさからくる苦しさではなくて、一緒にあの雪山には戻らないことを理解してしまった苦しさ。絶対的なものを目の前にした苦しさだった。


 
     
 
腹式呼吸を心がけていた私は、この方法が私にとってものすごく体力を必要とすることで、加えてあんまり上手にできないことを知って自然にやめた。自然にやめて、そのことはすぐ忘れた。  
 
それから長い時を経て、「おおかみこども」に呼び出されるような形で、私のもとに、腹式呼吸が戻ってきた。       
 
久しぶりの腹式呼吸は、もう悲しくも羨ましくも、そして辛くも、なんともなかった。
   
 

コメント
0件
トラックバック
0件
ブックマーク
0 users
satomi1031b
satomi1031b