S嬢 はてな

2017-01-12

[]補聴器

父が亡くなって一ヶ月がたった頃、母が80歳になった。今年の春には84になる。とても元気。そんじょそこらの80代とはちょっと違う。身体能力は確実に70代のものだと思う。無駄な脂肪はついていず、動きも生きる姿勢ももっさりとはしていない。たったか歩き、実に活動的な生活を送っている。お嬢さん育ちで母親という役割にはあまり合わないキャラでやってきたが、興味関心については常に能動的な生き方をしてきたと思う。

50代から近所のジムの平日会員になっている。健康のためのジム通いだったらしいが、同じ頃に同じくらいに入った人たちがみな高齢化。父のように死んでしまった人は死んでしまったらしいが、元気な人は元気に残っており、お達者老人クラブ的な場にはなっているらしい。母がiPadを使うようになったのは、そのジムの、ばーさんたちに人気のあるインストラクターがしきりにすすめたからってのが発端。実際、母がiPadを使いこなしてくれるのはわたしと姉にとっては非常にありがたいことばかりで、ばーさんたちのアイドルには非常に感謝をしている。

その母が。だんだん耳が遠くなってきた。二年くらい前に薄々程度だったのが、最近はかなり誤魔化しができなくなっている。文脈理解で聞こえたふりができる部分と、本当に聞こえない部分と、話していてもかなりわかるようになってきた。そこそこ気にはしているようなので、「え?」という聞き返しにあんまり反応せずに「え?」と言われたら単純に声の高さや音量を調整する。電話での会話は反応が少し鈍くなると相手にわからないようなタイミングで、受話器の受信器部分に手のひらで筒を作る。「え?」がなくなるのでとりあえず集音にはなっているらしい。

ふーん、と思うのは。聞こえなくなってくることを認めたがってないことだ。ジムの仲間が一人、ジムをやめると言ったと。その理由というのが、耳が遠くなってきて、インストラクターの話やら仲間の話やらが聞こえにくくなってきていてつらいということだそうだ。それをそのばーさんが口にしたら、あらあたしだって聞こえない、とか、なんかそんな打ち明けごっこで盛り上がったという話を本当にうれしそうに話す。みんなが聞こえなくなってきてるのはうれしいし、ほっとするらしい。

聞こえにくいというのならば。世の中は便利な器具がたくさんあるではないか、と思う。簡易版の安い補聴器を田舎の親戚にすすめられたとかで持ってはいる。試しに使わせてもらったが、ほうこんな器具がこんな値段であるのかそうかと思った。しかし使わない。まあ実際あれは、高齢者一般に不人気なものではあるらしい。

金額張るが、世の中にはもっと性能の良い機械があるではないか、と思う。わたしが機械好きだからか、わたしはものすごく興味がある。どんな風に簡易版と違うのか。加齢により聴力はどんな風に落ちていて、どんな風な能力支援ができるものか、とても興味がある。しかし母は全く興味が無いらしい。あの人もこの人もそんなものはいらないって言う。あのね、なんとかさんが何十万出して作ったんですって、でもいらないって。そんな話ばかりうれしそうに言う。

わたしはたいがいの人が老眼になる頃、遠くが見えなくなった。結局のところ、今は近くも遠くも視力が落ちた。免許更新のときに裸眼で検査がギリギリやばいくらいの視力で、運転時にはメガネを使っている。乱視と近視。老眼はたいして進んでいず、ふつうの老眼鏡だと一番軽いヤツがいるかいらんか程度だけど、近くを見るのにも乱視が悪さをしている感じ。メガネはあれこれいっぱいもってる。しかし、かけたい時にしかかけない。めんどくさいから。要は欲しかったからあれこれ作ったが、欲しかったから欲しかっただけで、常時使用とはいえない状況。その状況で母に補聴器とか実は勝手なものだと思う。

ただし、わたし補聴器にとても興味がある。加齢による聴力低下がどんな風なものなのか、どんな風に機械がカバーするのかとても興味がある。自分が年取ったら絶対に自分の体で試してみたい。しかしそこまで生きていられるかが、実は課題。

2017-01-09

[]学生終了

2017年が始まりました。ぶーこらぶーこらウェブになんだか書き残すようになったのがミレニアム頃なので、あと数年で20年くらいどーたらこーたらやってきてるということになる。最初に作ったサイトはブロバイダのサービス停止によりウェブから消えました。別のサーバーを用意しようかとは思ったが、個人テキストサイトの時代はとっくに終わってるし、過去の遺物的コンテンツばかりなのでやめた。

gooの方のブログはまだアクセスが定期的にあるらしい。なんでもちょっとした検索で上がってくるらしい。閲覧した方からメールで連絡がくることもある。これももう10年以上前のものばかりなので再読は赤面しそうな部分がある。しかし再読はしない。あの、死んでしまった友人の陰がちらちらしてヤバい。

個人サイトの頃は子どもたちは小学生だった。娘のこともよく文章に残してきたが、息子のことも書いてきた。いわゆるアクセス数というものを稼いだのは息子ネタの方だと思う。現実の息子の人格とは別にうちの坊やイメージをもっている人は一定数この箱の向こうに存在すると思う。成長しながら姉の障害を理解したり受入れたりしていき、サンタに夢を持ち続け、お勉強もたいしてできる方でもないし特にどうという取り柄もない。しかし母とのコミュニケートは素直でおもしろい。「おくさん、おくさん」で爆笑した方も多いと思う。本人の知らないところで母に勝手に初恋を詳細に暴露されたりもした。高校受験のときは、たくさんの人に応援をいただいた。この人、この春、大学を卒業します。

息子ネタを書くのをやめたこと。本人は文章読むのが大嫌いなので個人ブログなどとんと読まない。SNSも自分からの発信はしない。携帯をもたせたのもiPhoneをもたせたのも早かったが、前略うんぬんの時代の頃から全くこの手の世界には入らない。しかし、同世代の友人たちはどんどん入り込んできた。娘を知っている人ならわたしの文章の端っこくらいですぐにわたしも娘も特定できると思う。息子ネタを息子にバレるより、息子友人に息子ネタが特定される方が息子に対して迷惑な気がしたのでやめた。

高校受験がうまくいき、大学受験は早くからチャレンジ姿勢で臨んでいた。部活も下手なりに頑張ってた。早起きして朝練に行き、部活終わりで塾に行く。とにかくよく頑張った3年間だったと思う。しかし大学受験はうまくいかなかった。センター試験が目前に迫った日程で、滑り止めをセンター受験で締め切りギリギリで出願し、その滑り止め校を上位層で合格ラインにのせた状態で大学を受験し続けて全部落ちた。一校だけの合格通知を手にしたが、通行手形のようなもので他の受験をしていたために「喜ぶ」というタイミングを逸したまま大学受験が終わった。

偉いなあと思って見ていたのは。大学生活で「どこどこ大を受けたが」という話を一度もしなかった。入学直後の所属学部学科のなんだかとかの学力テストで上位10人が表彰されるとかいう行事があった。スタートから成績よくなりそうな学生をあげて、給付奨学生に向かってほら頑張れとかいうものみたいだった。そのメンバーの中では「何処大を受けた」とか「一浪して結局ここだった」とか、そういう会話があったらしい。そうした会話がある中で、落ちたのは事実なんだからそんな大学名を言うのはナンセンスというスタンスだった。

表彰されたことに対しては、たかが受験勉強の名残で出た点数だ。受験勉強なんてものは繰り返しの訓練だ。これから新しい勉強が始まる。新しいものに対してのスタートは、どうせ自分は出遅れる。こんな表彰はたいしたことなんてないんだよ、と。そうかと言いつつ、並んだ写真のイケメンのことばかり聞く母に失笑する坊やでした。そんなスタートで始まった大学生活は。給付奨学生など雲の上で手なんか届かず。成績はトップ層ではなく、でも上の方という順位で四年を終える。華やかな大学生活ともいえないような、まあふつうの理系男子大学生という感じ。

就活は大変で、しかし見ていて興味深いことばかりだった。そこそこうまくいくが、最終面接までたどりつかない。階段を中くらいまで登ったところで突き落とされる日々が続いた。そうした一部上場企業チャレンジに疲れてきたころ、「呼ばれるところがどこかにあって、呼んでくれるところにいければいいよ」という母の言葉に素直に耳を傾ける頃、おいでといきたいがつながった会社に呼ばれることになり、彼の就活は終わった。

もうすぐ学生終了。今、卒業研究の仕上げの段階みたい。実験用だとかでうちに研究室所有のNexusとかのAndroid端末がたくさん。そういう学科のそういうヤツ。そういう社会にいってやっていけるのか、母はまだまだずっと心配。まだまだ人生は続いていく。

2017-01-05

[]友達がいたよ

年始にですな、「みきちゃん、おひさ!」というメールを出しました。年賀状のやり取りはしていたが、メールという文字媒体とはいえ彼女と直接的なやり取りをしたのは何十年ぶりになるでしょうか、みきちゃんはろー。今年のみきちゃんからの年賀状にですな、オメーのブログを見つけたぞと書いてあったのだ。

よくリアルばれがどうのという話がありますがな。わたしはわざわざ教えてもいないが、勝手に見つけるのはぜんぜんオッケーおばさんなのだ。実際よくある。近所のかーちゃんが「台風」を調べていて出てきたから、ってこともあった。あと、役所の福祉課で「中学生だと思うのですが、ダウン症のちぃちゃんのおかあさんという方はこの区の方ですか」と聞かれたとかって話があった。

あんまり気にならないってポイントはですな、たいがいの「ふつうの人」は個人のブログに関しては、どっかの誰かの話だろうが、ちょっと知ってる人のものだろうが、そんなに興味があるものでもない、という認識でいます、わたしは。いろいろ読む人は存在する。しかしリアル友達とそうそうかぶるわけではない。という認識。だからfacebookというものは面倒だろうなと思う。そんなに真剣に興味が続くものでもない他人の話を、そこそこずっと聞き続けなきゃならないのは苦痛でもあるだろうなと思うから。勝手につらつらして、ほったらかしたりできる程度がわたしはテキトーに「出し場」としてちょうどいい。

この話ができる友達がいない、あの話ができる友達がいない、だからぶつぶつ書いておくんだ。とかなんとかって文章をここんとこ出してた。友達がいない、友達がいない。いたよ。「見たよ」って。みきちゃん、はろー。

ご無沙汰、おひさ。生活が全く違ってしまって、おうちもホントに遠くなってしまって、とんと付き合いができなくなってしまって季節がいっぱい過ぎたけれど。みきちゃん、大好き。近所で「ねえ」って呼び合って、ぐだぐだと飲んでしゃべってた日々は懐かしい。なんだかごしょごしょ言っちゃたくさん笑って話してたね。わたしより年上で、ちょっと人生先に行ってたみきちゃん。わたしはあなたの才能も大好きだった。あの頃のあなたのシーンはわたしの中にたくさん残ってる。

たくさん思い出す。ああ忘れてた。友達がいたよ。こんな風にまた接点ができるきっかけにもなるのね、世界に差し出す落書きは。

2016-11-27

[]友達がいない/機械編

家を建てた19年前にテレビ受信でケーブルテレビ会社と契約したのですけれど。ローカルなテレビ会社は数回より大きな会社に飲み込まれまして。受信の機器もテレビもネットも何度か変わった。そして今度は契約のシステムが変わったのだということで、めんどくさいからそこそこ放置はしていたのだが、放置が完全損だという計算で機器全部新しくしてもらったのが今月のこと。工事費は無料、かなり快適になった。

Smart TV Boxなるものがわが家にやってきた。なんだかんだあるが、まあいろいろできる。クソ簡単に言うと、テレビでYouTubeが見られ、スマートフォンタブレットでテレビが見られるということだ。テレビをつけなくてもテレビ番組の録画予約もできる。テレビをつけなくてもスマートフォンタブレットで録画した番組が見られる。ユーザー指定ができ、自分だけの好きな番組表は作れるし、自分だけの録画フォルダが持てる。

このなんとかかんとかができるスマートフォンについては、対応機種の制限がある。Android機に制限があるが、ios機は使える。それでだ。iPhone4sの出番だ。息子が高校生の時に使っていたiPhone4s16gb。お古で譲り受け、格安SIMを入れて使っていたがバッテリーのへたりがひどく、時々出して使う「ipod」になってた。ただもうホント、出番はかなり少なくなっていた。

「起きなさい、起きなさい、起きなさい。あなたに活躍してもらえる日がまたやってきたわ。」

Smart TV Boxなるものがやってきて、とにかくやたらにつないでいる番組が「MUSIC ON! TV」。ひたすらミュージックビデオが流れる局だ。台所にいるときはたいがいこれを手元でつけっぱなしになっていることが多い。特に画面を見てはいない、音楽流しっぱだから。流れる音楽に時々「だれ?これ」と覗きこむ程度のことが多い。これを利用するのに別に現役iPhoneである必要は無い。活躍できるんだよ、君が!と、iPhone4sを揺り起こす。中身を整理し、osを7から9にあげる。あら君、まだまだいけるよ、かっこいいよすてきよすてき。

ちっこいちっこい古い機械が、最新のシステムでイキイキ動く。ホントまじ、機械大好き。忘れられそうな機械が役目もって生き返るの大好き。生き返ったiPhone4sを見てるとにこにこにこにこしてしまう。でも。それを話せる友達がいない。

iPhone4sは、使い続けてケースがぼろぼろになった。だから。きれいに保存してあげるために新しいケースを去年買った。だから。とてもきれいよ、ピカピカ。かわいいよ。でも。それを話せる友達がいない。

ついでに言えば。iPadの初代機は、古いタイプのドックにつながれて電気で動くアナログ時計として動いている。これはもう、ホームボタンも機能しない。でも、なにげで時計を見たくなる位置に鎮座して立派に働いている。元気に働くiPad初代機を見るとにこにこにこにこしてしまう。でも。それを話せる友達がいない。

2016-11-21

[]友達がいない/ポケモンgo

7月に入った頃、オーストラリアに住む姉からのメールに「ポケモンgoが大変で」という話が出るようになった。とにかく騒ぎだ、毎日ニュースで大騒ぎだというが、こっちは話がさっぱり見えない。そのうちにテレビで海外の動向としてポケモンgoが取り上げられるようになって、やっと話が見えた。大学生になる寸前の休暇中の甥っ子がスマートフォンを片手に毎日あちこち歩きまわってくるという。ポケモンgoのためにモバイルバッテリーも買ったという。向こうは物価が高いというが、姉はかなり息子に金を使う方なのでそれでなのか、とにかく7千円のモバイルバッテリーを買ったと言ってた。

そして日本でもポケモンgoは始まった。息子とわたしは同時スタートでさっそく手を出した。息子は友達たちと話し合って所属チームを黄色に決めた。わたしは感覚で青に決めた。当然のように息子の方がどんどん先に進んでいった。おばちゃんトレーナーは地道にこつこつ進めていった。

そして11月も後半に入った。甥っ子はとっくにやめてしまっていた。レベル14でやめたそうだ。うちだったら7千円のバッテリーを買って14でやめるなど許されたものではないが、ひとんちの子のことなので別にいいといえばいい。ただ、甥っ子や姉とポケモンgoの話をすることはできなくなった。

息子のレベルは22までは聞いてた。その後言わないし聞かないし、そして彼がポケモンgoを開いてるかどうかも知らない。そこらのジムの景色を見て「カイリューカイリューカイリューかよ」と悔しそうに言う。わたしは野生のカイリューを持っているのだ、わたしのレベルは25だ。集めたポケモンは111種1907匹。ジム戦は好きだ。しかしそれを話せる友達がいない。

家の周囲のジムを見る。強い人のIDをだいたい覚えてきた。行動する時間帯も、ああ今頃ラプラス使ったあの人があのジムを赤くする頃だとかわかる。でも友達じゃない。友達がいない。

話せる友達がいないから、友達がいたら言いたいことをぶつぶつと書く。あのね、今日、10キロのタマゴが孵った。やったね、カイロスじゃなかった。持ってなかったものだから図鑑に新しく登録されたからそれはそれでうれしいけれど、イワークって弱い。ラプラスとかカビゴンとか欲しいよ。カイロスはさ、あんまり集まってくるものだから、チームカイロスを作って時々カイロスだけでジムで戦う。これはこれで楽しい。

2016-11-17

[]嵐と折り紙とさよならと

娘の作業所利用者さんの一人が亡くなった。娘より5歳だか6歳だか上の男の子だった。懐っこく笑う明るい青年だった。心臓病だったそうだ。先天性ではない、数年前に拡張型心筋症を発症したのだそうだ。

「通夜告別式に出席される方は平服で」と連絡があった。ご両親の希望で「喪服は着ないで欲しい」とのことだった。この青年を忍んで「明るく送りたい」というご意向だということだった。

なんか、わかる、と思った。娘が赤ん坊の時に、先天性の心疾患と重い肺炎とで命の危険がちらちらしていた頃。この子は死ぬのだろうか、この子を送ることになるのだろうか、と思ったときに。イヤだと思った。この子の「生」がまだ始まっていない時に、この子の「生」を知らない人ともっともらしく手を合わせてだのなんだのというのがたまらなくイヤだった。そんな気持ちを思い出して、これは「彼の『生』を実感して送りたい」みたいなことなんだろうなと思った。

行こう、と思った。わたしは彼の笑顔が好きだった。彼を知っていると思った。彼が生きていたことをちゃんと知っている、と思った。送りに行こう、と思った。「ちぃちゃん、今日は○○くんにさよならの会、行こうね」と娘に言った。

このお通夜の日、娘は作業所を休んでいた。台風が4つ来てたから。朝から嵐だったから。だから作業所を休んだ。でも、行くんだ、絶対行くんだ、と、娘の分とわたしの分とレインシューズを出してレインコートを準備した。午後もまだ嵐だった。車で行っても駐車場から会場までのそこからそこまでくらいのところでもずぶ濡れになりそうな日だった。

ざばざばざばざば、と降る雨。じゃっじゃかじゃっじゃか動くワイパー。わたしたちは会場に一番乗りだった。おかあさまが娘が一緒のことをとても喜んでくれた。そうだ、娘は彼の「社会」の人間だ。と、改めて思った。棺にたくさんの折り紙が飾ってあった。「わたしも折りたい」と言うとおかあさまが「折って折って」と折り紙をたくさん出してくれた。わたしは。なんだか無心に折り始めた。娘もせっせせっせと折り続け、そして折った鶴だのセミだのに自分の名前を書いていった。

嵐が少し落ち着いた頃、会場には次々にたくさんの人が訪れた。会場には彼のアルバムや彼を思うものがたくさん展示されていた。いらしたたくさんの人と、おとうさまとおかあさまは笑顔で挨拶し、みんなでずっと彼の話をし続けた夜だった。祭壇はあったが読経の時間もなく僧侶もいず、ただお別れの会としての夜だった。

おかあさまに「明日も来てもいい?」と聞いた。「来てね来てね」とおかあさまが答えた。わたしの服の袖を引っ張って「同じ服、着てきてね」と言った。要するに明日も喪服はやめてくれということなんだなと理解した。でも同じ服はイヤだなあと思ったが、それは言うことではないのでにこにこしながら「わかったー」と言った。いや、いくら喪服避けるのでもさすがに告別式にジーンズとレインシューズはわたしがイヤだ。明日は嵐じゃないんだもの。

告別式は、僧侶がいらしてそこそこ普通に告別式だった。お通夜は喪服じゃなかったご両親もごきょうだいも、さすがにこの日は喪服だった。わたしも娘も昨夜よりはちゃんとした服を着ていった。周囲も迷いながら黒を避け、紺とかグレーとかが多かった。ご両親はこの日もやっぱり笑顔で迎えてくれた。

参列者がお焼香のときに。たくさん出席している利用者さんが焼香の列に並んだ。3つ並んだ焼香台で斎場の方がひとりひとりに丁寧に焼香を教え、支援をした。とても丁寧で、スタッフの方の「いいお仕事」を見せてもらっている気がした。娘は「アタシはちゃんと知ってるから」的ツッパリ態度でおかしかった。一人できちんと焼香を終えた。それは姑や父が逝くことで娘に教えたことだ。

告別式の最後の喪主挨拶のときに。おとうさまがご挨拶をされながらボフッと咳き込むような声を出し、むせび泣かれた。たまらなかった。さみしかった。あれから日が過ぎ、49日もとうに終わった。会いたいなあ。彼にも、彼のおかあさまにもおとうさまにも。さみしいなあ。

2016-11-12

[]鳩が死んでた

一昨日のこと。パートから帰ってきて、外に置いてある植木鉢の様子を見ていた。鉢と鉢の間になんだか黒っぽいものがあった。道を通る人で時々ゴミを投げ捨てていく人がいる。ひどい人になると植え込みの陰から庭に向かって缶やらゴミやら投げ込む。鉢と鉢の間にあるなんだか黒っぽいものを見て、またコンビニ食品のカラとか投げ捨てた人がいたんだと思った。

しょうがないなあとかがみこんで拾い上げようと手を出して近づいたら、ゴミだと思ったものと目が合った。

目が合った、と思っただけで、正確には、その、ゴミだと思ったものに目があったんだ。うぎゃあとかなんとか、変な声を出して飛びのいた。飛びのいてから、やっぱりなんとかしなきゃならんから、勇気を出しておそるおそる近づいてよく見た。

鳩だった。死んでた。いつ死んだんだろう。前日は冷たい雨だった。雨が降っていたから鉢の様子は見なかった。

よく見てからやっぱりまた飛びのいて、それからどうしようか考えた。どこかに埋めるのか、シャベルとかもってくるのか、どこか掘るのか、でもどうすればいいんだろう。ああそうだ。役所にそんな窓口があったような気がする。深呼吸して家に入って、google先生に聞いてみた。「横浜市 動物の死骸」。資源循環局というところに電話しろという。電話してみた。横浜市の委託業者が引取にいくという。連絡先は聞くが、基本的に業者が何も告げずに引き取っていくという段取りになっているんだそうだ。役所の人は、なんだかとても優しい口調で説明してくれた。死骸を見つけて連絡するということは、そういう口調で説明してくれる段取りになっているんだろうか。なんだかそう思えるような優しい話し方をしてくれるおじさんだった。こっちは鳩の死体を見つけたおばさんだが、それでもおじさんの優しい口調はなんだかとても暖かかった。

電話を切って、これで終わりなのかと思った。これで終わりなんだろう。鳩は業者の人がもっていくんだろう。だけどなんだか落ち着かなかった。線香をもってきて、鳩にあげることにした。線香をあげようと思って鳩のところにいくと、さっきと違って鳩を見るのが怖くなくなった。よく見たら、まわりに羽根がたくさん散らばっていた。鳩はうずくまってた。投げ捨てられたのではなく、逃げ込んでうずくまって、死んだようだった。横腹にえぐられたような穴があり、そこから出ただろう血が固まってた。怖かっただろう、痛かっただろう、と思った。線香をあげた。香がつきそうな頃、また外に出て線香をあげた。

夕方、外で車の音がした。あ、もしかして、と思って出てみたら、もう誰もいなかった。鳩もいなかった。鳩がいたところに燃え尽きた線香の灰が残ってた。さよなら。

2016-11-11

[]機器いろいろ

東京から横浜に転居して19年になりました。夫の実家の近くに家を建てたのだけれど。ガスはプロパン。そしてテレビのアンテナはとっても高く建てないとマズいんだとかで、新築時からケーブルテレビを導入しました。それから2年くらいして、そのケーブルテレビの会社がインターネット接続を開始した。で、ネット接続をISDNからケーブル接続に変更。当時、時間接続がまだ主流だったから「つなぎっぱ」に移行が扉があいた感じがしてとてもうれしかった。

テレビがあるリビングケーブル回線、デスクトップパソコンやらFAXやらがある部屋にインターネット回線。という別部屋体制でしたが。昨日、ケーブル会社が工事にきて、両方ともリビングに。テレビとその子機的にタブレットを使うためには同部屋がいいんだそうだ。ケーブル会社の機器がいろいろ古くなったり変わったりで契約を変えるついでに機器を全部新しくしてもらった。

デスクトップパソコンはまだまだ現役使用のVISTAインターネットの大半の利用をiPhoneだのタブレットだのがもっていった現在、デスクトップパソコン年賀状作成やら、娘のなんやかんやの事務処理やら、CDの取り込みやら、DVD焼きやらがもっぱらの「お仕事」。このパソコン、無線LANが内蔵されていない。さてどうするかということで、無線LANの子機をとりつけた。ああ、快適に動く。と、デスクトップパソコンをいじりたくてはてダログインしてつらつら。

このパソコンの中身は、かなりの「みさえの押入れ」状態で大変なことになっている。断捨離が必要。しかしこの15年くらいの間に機器の発展がとんでもないことになっていて、要するに「押入れ」が一畳程度から大きな寺の本堂くらいに飛躍的に大きくなっている。外付けHDDもけっこうな年数使用になってきたので、新しいのにファイルを移そうと思っているのだけれど、中身の多さを見てげんなりする。ばしばし捨てちまえばいいのに「捨てるもの」とかいうフォルダを作ろうとする自分を叱りたい。

「押入れ」が一畳程度から大きな寺の本堂くらい。最初の外付けHDDは20ギガだった。次に160ギガにした時に「すげー」と思った。そろそろ耐用年数ヤバいかと新しく買うときに1テラとか2テラとか、すげーよね、ホント。そんなにあったらとんでもないことになると思って500ギガにしてある。移行が進まず併行使用状態だけど。

このデスクトップCDの取り込みも重要な仕事のひとつだった。しかし。ストリーミング時代ですな音楽も。現在のわたしの音楽状況ですが。googleに金を払わず、Appleに金を払わず、LINEに金を払わず。年間3900円で一切合切のamazonプライムにくっついてきてるサービスの「amazon music」と、「Spotify Free」。両方とも邦楽はとても層が薄い。amazon musicは古いものを見つけて懐かしむことはできる。Spotifyは、そこそこ興味があるアルバムを見つけたときに、フリーユーザーの壁にぶち当たる。アルバムを初聴きの状態で本来の曲順をぶっ壊して聴くのは創り手側に本当に失礼な行為だと思う。だからって毎月980円払うかというとそういうことではない。「これは」と思うアルバムがあったらそこでSpotifyから引き上げてtsutayaにいくということだ。

ただなんというか。ストリーミングで音楽というのは、本当は疑問がある。好きなものに対しては本当は一枚一枚「聴きます」チケットを払わなくてはいけないのではないかと思う。それが購入であるかレンタルであるかは選択ではあるけれど、やっぱり一曲一曲に対価があるべきなんではないかと思う。それが得られる側にとってだけではなく、支払う側にとっても必要なことなんではないかと思う。なんというか、定額制でいろいろ流れていくというのは、どこか感性がざらざらしていくような気がしなくもないからだ。

とは言いつつも。昨日からまた新しい音楽の聴き方が始まった。タブレットiPhoneケーブルテレビの番組が見られる。「MUSIC ON! TV」やら「スペースシャワーTV」やらでMVがただ流れ続ける時間の視聴がとても楽しい。機器の進歩ってほんとすごい。

2016-06-26

[]スマホレンズでお遊び

買っちゃった!

日経PC21は「3種のスマホ用レンズ」が付いて690円!セブンイレブンに急げッ/かみあぷ

写真を撮るのになんか特別なことをやったことがない、「用意されてる機能のみで、安いデジカメや携帯/スマホのカメラを『普通に』しか使ったことがない」全くの普通のオバちゃん。

が、雑誌おまけレンズマクロというものをやってみて、楽しく遊びました。

fire hdレンズくっつけて撮ったローズマリーの花。

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205shにレンズくっつけて撮った斑入りブルーデージーの葉。

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2016-06-23

[]はてなブログ

去年の10月から始めたはてなブログは、エントリー数が103件になった。

コミュニティというものがある。ガーデニング関連のコミュニティに入ろうかと思ったが、ざガーデニングみたいなセレブ臭が見える参加ブログが目についたとこで参加する気がなくなった。

コミュニティは誰でも作れるようなので、自分で自分が入りたいコミュニティを勝手に作って、自分の好きな画像をアイコンにして満足した。たった一人でコミュニティというのも変な気はするが、自分がそれでいいので問題はない。

10月から始めて途中でほったらかしはしたが、またコツコツと更新する。増え続ける植物の名前と個性を忘れないための記録なので、誰のことも考えていない。

放置した時期の植物の記録がなくて、時々呆然とする。死んでしまった植物ならなおのこと。

植物ブログは育児日記のようだ。今を記録したつもりでもその日の「今」は、すぐ過去になる。

はてなダイアリーの住人を長くやってきたが、はてなブログについてはよくわからない。時々はてなスターが付くが、三個単位の人が多い。はてなスターからリンクでとんでも、スターは三個単位のところが多い。そういう慣習か。

まあコツコツとまだ記録は続けると思う。愛想のない存在のしかたをしているのだが、最近わたしが作ったコミュニティの参加者がぽつんぽつんと現れる。なんかすごい。

http://satomies.hateblo.jp/

2016-06-07

[]グッドおすすめと、バッドヤバいぜ

amazonプライムを申し込んで早半年ですか。有料会員としてのプライム。例えば動画換算でレンタルDVD旧作100円として20本観てトントンですか?

ケチくさい換算はいいか。アレ申し込むのは完全個人的な感覚だと思う。わたし自身はプライム会員であること自体をまだまだ楽しんでいる感じ。

さて。プライム会員が無料で観られる動画をあれこれ観ている。邦画をよく観る。なんでかっていうと、家事をしながら観られるからだ。ただ、観てるものによっては結局「ながら」で観られなくなる。

で。いろいろ観ているのだけれど。これはすげーぞ、と思ったものと、なんかもう金の使い方まちがってねーか?思ったものの記録。両方とも小説の映画化。両方ともわたし自身は原作を知らないまま見た。

  • すごくよかった方。

D

映画館で観なくて本当によかったと思う。泣いたから。声出して泣いたから。じわじわ泣くのではなく、あるシーンで息を呑み、そしてひいいっと変な声を出してから泣いた。セーブできなかった。映画館じゃ自分、ヤバい。

重要な登場人物の「父」。実はわたしはこの俳優が好きじゃない。いや、好きじゃないんじゃなくて嫌い。「こういう風に演技してます」的しゃべりとか動きとかがとにかく鼻についてキツい。とても上手な学芸会みたい。なんかいわゆる子役芝居が大きくなった人みたい。この人が苦手であの有名な人気ドラマはまったく観られなかった。

しかしこの作品では我慢はできた。たぶん主役の二人が良すぎて、その二人に完全にもっていかれたからだと思う。女優さんの方はあまりよく知らない人だったので、観たあとに調べた。いや、思わず調べさせられたといった方が正しいと思う。変な男と関わったためにスクリーンから消えることになったらしい。非常に残念だと思った。

タイムトラベルものはフィクションの中によくあるけれど。うまい。そして原作の大事な線を大切に作った映画だと思う。あと、田中泯が素晴らしい。

  • ダメダメな方

D

陳腐。ミステリー要素ということで一生懸命最後まで観た。そうしたらクライマックスあたりがまたひどくてげんなりした。

女優がひどすぎて、ストーリーにのれない。ヒロイン父親と叔母がさらにひどい。この二人が出てくる場所もなんかわざとらしく、説明くさいセレブぶりも陳腐。「問題の過去のその時」の回想映像がなんかまたひどい。お金をかけた紙芝居。この原作、この女優、この俳優、はいできあがり的。要はあのヒロイン役の女優の「外見」が好きな人のための作品ではないかと思う。あとあの独特の声か。あの声を聞くだけで満足できる層は、あの、学生の自主制作映画に出てくる女の子のお芝居みたいな数々のシーンに耐えられるんだろう。いやそれも一生懸命自主制作映画を作っている学生さんたちに失礼か。

この作品は、小説を読まなきゃいけなかった。小説読んで自分の想像力の中で迷子になっていき、そしてラストがくる構造だ。こんな映画観てしまったら、こんなふうな実写観てしまったら、もうこの原作は読んでも楽しめないだろうと思う。ひどいもんだ。

ただし。木村多江がとてもよかった。木村多江に関しての演出もとてもよかった。岸谷五朗の女性にはまっていく様とみっともなさがリアルでとてもよかった。

2016-02-04

[]人気ドラマ

amazonプライムで「愛していると言ってくれ」を見て、ざらざらといろいろ残った。うーん、なんというか、これが人気ドラマだったのか、と。自分の中に残った最大の感想は「ウルトラマン」だった。ウルトラマンには「物語導入部→怪獣出現→人間が戦う→ウルトラマン」という構造がある。水戸黄門でもいい。物語の導入部から黄門様の庶民的扱われシーンがあって、周囲のキャラ立ての分数があり、格闘があってその末の印籠。わかりきったそうした構造がある。「愛していると言ってくれ」は、なんかそういうわかりやすい構成みたいなのがちらちら見えて、なんかねという感じだった。ラブラブ→事件→ラブラブ→事件と、ジェットコースターの上り下りのように刺激的な展開が起きる。その展開の構成の計算がすけて見えている感じ。

ウルトラマンも水戸黄門もこうした構成は見えてていい。そういうお約束すら楽しめる方のドラマだと思う。でも、恋愛ドラマにこういう構成のための計算がちらちら見えるってどうなんだ?と思う。構成は存在しても、ちゃんとストーリー展開でその構成の上にちゃんとのったリアルなドラマが必要なタイプの方なんじゃないの?恋愛ものってと思う。ドラマの展開のための骨組みがちらちら見えるのはなんとも興ざめだと思う。

とにかくストーリー展開の裏付けがお粗末なところが多い。ヒロインの友人が妊娠しているのだけれど、この友人が三ヶ月のあたりでまだはっきり付き合ってなくて、五ヶ月にはもう別れてる。しかもその間に同棲も始まっていてそして終わっている。どんだけ忙しいんだ。その間にヒロインは不安で大騒ぎしまくって、好きだのなんだのきゃーだの不安だのと叫びまくり、しかもそのたった二ヶ月かそこらのうちに二人の男と寝てる。すげーよ。

何年も付き合って結婚まで考えた元カノより、この前知り合って大騒ぎしまくってる今カノの方が存在が大きい。ストーリー上はこういうことになっているけれど、そういうことになっていますというからそうですかと理解して見てるけれど。今カノの方が彼にとって存在が大きくなる確固とした理由はぜんぜんわからなかった。まあむりやりこじつけて納得することはできるけれども。そうやって見てる側にむりやり隙間を埋めさせるってどういうことだと思う。

まあ人気ドラマであったということは、見てる側がそうやってむりやり隙間を埋めたということだ。それはとにかく豊川悦司の力だと思う。なんだあのイケメンぶりは。力なく笑うみたいなとこの破壊力がすごいね。

お粗末過ぎて笑えるのは、元カノが雨の夜に男のとこに現れる回。雨に濡れまくって男のとこに駆けつける。男が家に入れるのを拒否すると雨に打たれながら踏切に飛び込もうとする。なんだそのすごい傷つき方の問題ってのはなんだ。なんでも子どもをとられたとかなんとか。は?なんでいきなりそういうことになるんだ?伏線もなくいきなりだ。女と逃げた元夫がなぜ母親から子どもを取り上げにくるんだ?しかも急に。そしてその後、ほんとに急に子どもは取り戻せる。わけがわからない。なんかしらけて見てた時間はあるので、そのときになんか大事なことを誰かが言ってそれをわたしが聞き逃してるとかなんとかなのか。わからなかった。変なの。

要するにこういうお粗末さがしらけるんだ。これはあれだ、元カノが飛び込んできて疑惑のネタを落としていく。その展開に男を協力させるための「出来事」が「構成上」必要だったというか。そのために多少の辻褄合わないことは我慢してください、ってことですかと思うんだよね。すみませんわたしはぜんぜん我慢できませんでした。LoveLoveLoveの魔法にはかからんかったよ。

ドラマ見終わってちょこちょこ周辺の情報をネットで拾って閲覧してたら、ちょっとおもしろエピソードがあった。常盤貴子が徹子の部屋に出たときに言ってたと。豊川悦司がいろんな出演者と話してるのに自分とは話してくれない。で、第八話の脚本についてどう思う?とある日聞いてきたのだけれど、その時なにも答えられなかった。そうしたらその後全く話してくれなかったとかいう話。この話を読んで、八話ね、ふうんと思った。いやなんでもいいんだけれど。あの、構成がちらちらして各所で変なところがある脚本の隙間を見事に埋めていったトヨエツは、八話の何を共演者と話したかったのかなあと思ったので。九話の方が変だけどね。

まあ変でもなんでも、かなり遅れたタイミングでトヨエツの洗礼を受けた。次にプライムで見たのは豊川悦司で検索して出した映画でしたとさ。ああ、言いたくてたまらなかったことをずらずら書いたらすっとした。こんなこと誰かをとっつかまえてべらべら話したら相手にとって迷惑以外のなにものでもない。大声で誰かにしゃべってる気になれるネットって便利ね。

2016-01-27

[]12月から1月

12にamazonプライムを申し込んだ。申し込んでから今までに見たプライムビデオ

amazonプライムビデオで配信されているトーク番組。土田晃之の喫茶店に芸人が訪れて話していくというコンセプト。聞き方、話の引き出し方がうまく、ゲストの方々から素直に出てくる一面がおもしろい。お話の中から紹介されるネタを披露する演芸場のコーナーもあり、人としての一面を見ながらまたそのネタに笑う、というのがほっこりおもしろい。


2014年にテレビ東京で放映されていたドラマで、ドラマも原作も人気があったものらしい。ほとんど知らなかったけれど、第一話からすぐに夢中になった。三匹のおっさんたちもよいけれど、中田喜子の美しくちょっと意地悪な姑がいい。「美人、ちょっと意地悪、姑」、このワードを組み合わせたらたいがいヤバめのオバハンになると思うのだけれど、美しい可愛らしさが小気味いい感じに仕上がっていてマンガちっくで楽しい。中心になる登場人物がみな優しく、ほっこりする。ドラマの構造は最後にパターン通りに主人公が大活躍する安定路線


テレビ朝日の深夜放送のバラエティ番組、らしい。よくわからず見始めて、すぐにはまる。プライベートの話も多く、子どもの話題がおもしろい。大竹家のご長男幼児期ヤンチャぶりとそれにふりまわされる両親の話が特に好き。


言わずと知れた超有名恋愛テレビドラマですね。知ってる知ってる、名前と主題歌と登場人物と聴覚障害がどうたらくらいは。それ以外よく知らなかった。1995年7月の22時台のドラマ。この頃、ダウン症娘3歳にその弟0歳後半期。しっちゃかめっちゃかくっそ大変な時期だった。夜の10時にぽかんと他人恋愛なんて悠長に見てられる時代じゃない。

しかし並の時間にも宣伝よくやってたなという記憶はある。大人の男性が大人の社会をもっていて、ガキに毛が生えたような女の子がその周りをきゃーきゃーとこうるさいなあと思っていた。実際にドラマを見てみたら、この時のこの番宣などを見た印象の感想は、画廊の女性の目線そのままでちょっと笑えた。

このドラマは豊川悦司の豊かな表情を鑑賞する作品ですね。女性が書いた脚本なのだけれど、男性陣が愛情深く寛容で、女がみなズルい。ズルくない女は、嫌な女の子として出てくる妹役のみ。この妹も序盤で嘘ついたりなんなりとちょこちょこやるけれど、他の女のずるさが桁違いなのでかわいいものだ。

あと、バブル期はいつ終わったんだっけとふと思った。95年だとすでに崩壊しているはずなんだけれど、現在から見るとまだかなりバブル期。登場人物がとにかくすぐにタクシーを使う。六本木のディスコが出てきて、そのシーンがかなりあの時代チック。あと、女性の髪型やスーツの形など、今絶対に無理な「あの頃のスタイル」ばかり出てきて懐かしかった。それと豊川悦司がとにかくタバコをよく吸う。そういう時代だった。あんなにタバコ臭い男は今は嫌がられると思う。

固定電話コンビニから送るFAX、公衆電話リアルタイムで連絡がとりあえないすれ違い。タイムラグによる誤解のからまり。会えるかどうかわからないけれど会いたい時に会うために街を走る。全ては過去のもので、この不便さが呼ぶすれ違いのドラマ性が全編に満ちている。この構造は現在ではもう無理。懐古的にどうのというより、ラインやメールを使っての気持ちのすれ違い的ドラマが見てみたい。便利になったって恋人同士の気持ちは常にすれ違う。それは自信の無さや不安が誤解を呼び、気持ちが波立ち恋しさが増すことは、そもそも恋愛副作用であり、その存在自体は小道具には左右されないと思うので。そして、このすっかり小道具が新しくなった時代の若い恋のドラマを見てみたい。もう絶対に自分には経験できないものなので。

2016-01-21

[]あかいくるま

昨日、車の定期点検でした。2008年2月納車のキューブキュービック。去年7年の車検通して今年で8年です。来年の車検も通す気満々です。経年劣化の部品交換が、セレナの時は7年でもうちょっとあったような気がするんだけれど、今回の車は大きい出費はあまり無い。

エアコンが壊れたけど。10万かかったけど。これはでかいか、6年でこれはでかいか。あと、ナビがCDが読み込めなくなった。純正なので治すと高くつくようなのでそのまま。ハードディスクに今まで読み込ませた音楽は聞けるけれど、新しいものは聞くことはできない。Bluetoothで音楽を飛ばせないかとよく聞かれるのだけれど、年式的に惜しい。Bluetooth携帯電話をつなぐことができ、ハンドルあたりについているマイクとスピーカーで「電話相手と会話ができる」。これは非常にありがたい機能だったけれど、このナビがBluetoothでできるのはこれだけ。ほんのちょっとの月日の経過で飛躍的に機能が増えて今やあたり前のようだけれど、このナビにはできない。新しい曲を聞きたいときはFMトランスミッターでiPodをつなぐ。ああ、そこそこもう古くなってるわね、この車は。

だからなに? ラブだからあかいくるま。昨日ディーラーの人に言ったの、まだまだ長く乗るからって。メンテ丁寧に入れるからって。この子とまだまだ仲良くしていくから、どうぞ協力お願いしますって。

古くなったと思う。時代がどんどん新しくなっていってると思う。でもね、この車以上に欲しい車が世の中に存在しない。キューブモデルチェンジの噂があった時にはけっこう期待した。でもさ、なんだあのマイナーモデルチェンジは。だいたい今のニッサンキューブ自体を売る気が無いとしか思えない。

今のキューブも好きじゃない。ボディの変な丸みがダサい。以前2ちゃんねるをのぞいたら、「便所のスリッパ」「あのデザインを考えたヤツの罪は深い」とか出ていて爆笑した。同意の拍手。あれは好きじゃない。いや、実際あのキューブレンタカーで借りて運転した時、トランクルームがやだった。ぼこっと下が深くて狭い。キューブキュービックのたくましい荷物積める空間にはとてもかなわない。

キューブキュービックはいい車だ。三列シートをシートとして使ってる人はほとんどいないと思う。あれは二列シートで荷物積める空間が四角で積みやすく広いことが素晴らしいんだ。バーベキューのセットとか折りたたみ椅子とか積めるぜなんといっても車椅子が簡易折りたたみで積めるぜ。娘が足の指の骨折った時には、改めて感動モノのたくましさだった。

「他に欲しい車が見つからないの」。そう言ったわたしにディーラーの人が言った。そうなんですよね、キューブキュービックのお客様にそういう方がたくさんいらっしゃるんですよね。先日もね、という話が始まった。キューブキュービックに乗ってるお客さんが、まあコトがあって、その車が使えない車になった。車を買う、新車を買う、ということだった。で、結局そのお客さんが悩みに悩んだ末に出した結論は「中古車でキューブキュービック」だったそうだ。

「わかる!」と、思わず叫んでしまいました。ああ、それはわかる。そうしたら、ディーラーの人が続けて言うことには。でもね、キューブキュービックは、なかなか中古車で出てこないんですよ。手放さない方が多いんですよね。そのお客様もかなり待たれたんですよ、結局。はあ、なるほど。

でも限りはある、そのうち別れはくるのでしょう。丁寧にメンテ入れながら、次の時代のことも考え始めよう。大事にしてもあと数年。

2016-01-19

[][]amazon プライム

ずっとどうしようか迷っていたんですが、暮れにギフト券をいただくことがあったことをきっかけに「えいや」とプライム会員になりました。理由はプライムミュージックとプライムビデオとKindle本月一冊に惹かれたからです。今、けっこう満足してます。一年後にどうなるかわかりませんが、今年は存分に活用するつもりです。

家族へのクリスマスプレゼントのいくつかをamazonで購入。娘がジグソーパズルにはまっています。イベントごとに新しいのが欲しい。「108ピース ディズニー」です。いっぱい持ってるし、108ピースがどこのお店にもたくさんあるわけでもなく。しかしamazonにはそこそこある。あと、買いそこねた何年も前の発売のものが安くなってたり高くなってたり。安くなってるとラッキーだし、高くなってると(それもってる)とウハウハします。

夫がナッツが好きです。これ、おいしい。

無添加ミックスナッツ 1kg (くるみ,アーモンド,カシューナッツ) 食塩、オイル使用無し

  • Prime Music

よくない。でも悪くない。よくないのは最近の曲が無い。J-pop少ない。レンタル屋でいえばとっくに旧譜、そして人気者の陰にあるような感じのもの、あとは人気曲をカバーしたものとか。悪くないのは洋楽懐メロは盛りだくさんかなということ。AKB網羅は娘が喜ぶ。

悪くない。映画のリスト見るとそんなに魅力的にも感じないけれど、なんとなくテレビ番組を順々に見てる。悪くない。いや、よいかも。

一月に一冊で、次の一冊を読むためには今の一冊を手放す方式らしい。つまり貸本。まだそんなに見ていないので取り揃えについてはなんとも言えないところ。一冊目に写真多い本を選んでダウンロードに時間かかってビビった。