S嬢 はてな

2016-06-26

[]スマホレンズでお遊び

買っちゃった!

日経PC21は「3種のスマホ用レンズ」が付いて690円!セブンイレブンに急げッ/かみあぷ

写真を撮るのになんか特別なことをやったことがない、「用意されてる機能のみで、安いデジカメや携帯/スマホのカメラを『普通に』しか使ったことがない」全くの普通のオバちゃん。

が、雑誌おまけレンズマクロというものをやってみて、楽しく遊びました。

fire hdレンズくっつけて撮ったローズマリーの花。

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205shにレンズくっつけて撮った斑入りブルーデージーの葉。

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2016-06-23

[]はてなブログ

去年の10月から始めたはてなブログは、エントリー数が103件になった。

コミュニティというものがある。ガーデニング関連のコミュニティに入ろうかと思ったが、ざガーデニングみたいなセレブ臭が見える参加ブログが目についたとこで参加する気がなくなった。

コミュニティは誰でも作れるようなので、自分で自分が入りたいコミュニティを勝手に作って、自分の好きな画像をアイコンにして満足した。たった一人でコミュニティというのも変な気はするが、自分がそれでいいので問題はない。

10月から始めて途中でほったらかしはしたが、またコツコツと更新する。増え続ける植物の名前と個性を忘れないための記録なので、誰のことも考えていない。

放置した時期の植物の記録がなくて、時々呆然とする。死んでしまった植物ならなおのこと。

植物ブログは育児日記のようだ。今を記録したつもりでもその日の「今」は、すぐ過去になる。

はてなダイアリーの住人を長くやってきたが、はてなブログについてはよくわからない。時々はてなスターが付くが、三個単位の人が多い。はてなスターからリンクでとんでも、スターは三個単位のところが多い。そういう慣習か。

まあコツコツとまだ記録は続けると思う。愛想のない存在のしかたをしているのだが、最近わたしが作ったコミュニティの参加者がぽつんぽつんと現れる。なんかすごい。

http://satomies.hateblo.jp/

2016-06-07

[]グッドおすすめと、バッドヤバいぜ

amazonプライムを申し込んで早半年ですか。有料会員としてのプライム。例えば動画換算でレンタルDVD旧作100円として20本観てトントンですか?

ケチくさい換算はいいか。アレ申し込むのは完全個人的な感覚だと思う。わたし自身はプライム会員であること自体をまだまだ楽しんでいる感じ。

さて。プライム会員が無料で観られる動画をあれこれ観ている。邦画をよく観る。なんでかっていうと、家事をしながら観られるからだ。ただ、観てるものによっては結局「ながら」で観られなくなる。

で。いろいろ観ているのだけれど。これはすげーぞ、と思ったものと、なんかもう金の使い方まちがってねーか?思ったものの記録。両方とも小説の映画化。両方ともわたし自身は原作を知らないまま見た。

  • すごくよかった方。

D

映画館で観なくて本当によかったと思う。泣いたから。声出して泣いたから。じわじわ泣くのではなく、あるシーンで息を呑み、そしてひいいっと変な声を出してから泣いた。セーブできなかった。映画館じゃ自分、ヤバい。

重要な登場人物の「父」。実はわたしはこの俳優が好きじゃない。いや、好きじゃないんじゃなくて嫌い。「こういう風に演技してます」的しゃべりとか動きとかがとにかく鼻についてキツい。とても上手な学芸会みたい。なんかいわゆる子役芝居が大きくなった人みたい。この人が苦手であの有名な人気ドラマはまったく観られなかった。

しかしこの作品では我慢はできた。たぶん主役の二人が良すぎて、その二人に完全にもっていかれたからだと思う。女優さんの方はあまりよく知らない人だったので、観たあとに調べた。いや、思わず調べさせられたといった方が正しいと思う。変な男と関わったためにスクリーンから消えることになったらしい。非常に残念だと思った。

タイムトラベルものはフィクションの中によくあるけれど。うまい。そして原作の大事な線を大切に作った映画だと思う。あと、田中泯が素晴らしい。

  • ダメダメな方

D

陳腐。ミステリー要素ということで一生懸命最後まで観た。そうしたらクライマックスあたりがまたひどくてげんなりした。

女優がひどすぎて、ストーリーにのれない。ヒロイン父親と叔母がさらにひどい。この二人が出てくる場所もなんかわざとらしく、説明くさいセレブぶりも陳腐。「問題の過去のその時」の回想映像がなんかまたひどい。お金をかけた紙芝居。この原作、この女優、この俳優、はいできあがり的。要はあのヒロイン役の女優の「外見」が好きな人のための作品ではないかと思う。あとあの独特の声か。あの声を聞くだけで満足できる層は、あの、学生の自主制作映画に出てくる女の子のお芝居みたいな数々のシーンに耐えられるんだろう。いやそれも一生懸命自主制作映画を作っている学生さんたちに失礼か。

この作品は、小説を読まなきゃいけなかった。小説読んで自分の想像力の中で迷子になっていき、そしてラストがくる構造だ。こんな映画観てしまったら、こんなふうな実写観てしまったら、もうこの原作は読んでも楽しめないだろうと思う。ひどいもんだ。

ただし。木村多江がとてもよかった。木村多江に関しての演出もとてもよかった。岸谷五朗の女性にはまっていく様とみっともなさがリアルでとてもよかった。

2016-02-04

[]人気ドラマ

amazonプライムで「愛していると言ってくれ」を見て、ざらざらといろいろ残った。うーん、なんというか、これが人気ドラマだったのか、と。自分の中に残った最大の感想は「ウルトラマン」だった。ウルトラマンには「物語導入部→怪獣出現→人間が戦う→ウルトラマン」という構造がある。水戸黄門でもいい。物語の導入部から黄門様の庶民的扱われシーンがあって、周囲のキャラ立ての分数があり、格闘があってその末の印籠。わかりきったそうした構造がある。「愛していると言ってくれ」は、なんかそういうわかりやすい構成みたいなのがちらちら見えて、なんかねという感じだった。ラブラブ→事件→ラブラブ→事件と、ジェットコースターの上り下りのように刺激的な展開が起きる。その展開の構成の計算がすけて見えている感じ。

ウルトラマンも水戸黄門もこうした構成は見えてていい。そういうお約束すら楽しめる方のドラマだと思う。でも、恋愛ドラマにこういう構成のための計算がちらちら見えるってどうなんだ?と思う。構成は存在しても、ちゃんとストーリー展開でその構成の上にちゃんとのったリアルなドラマが必要なタイプの方なんじゃないの?恋愛ものってと思う。ドラマの展開のための骨組みがちらちら見えるのはなんとも興ざめだと思う。

とにかくストーリー展開の裏付けがお粗末なところが多い。ヒロインの友人が妊娠しているのだけれど、この友人が三ヶ月のあたりでまだはっきり付き合ってなくて、五ヶ月にはもう別れてる。しかもその間に同棲も始まっていてそして終わっている。どんだけ忙しいんだ。その間にヒロインは不安で大騒ぎしまくって、好きだのなんだのきゃーだの不安だのと叫びまくり、しかもそのたった二ヶ月かそこらのうちに二人の男と寝てる。すげーよ。

何年も付き合って結婚まで考えた元カノより、この前知り合って大騒ぎしまくってる今カノの方が存在が大きい。ストーリー上はこういうことになっているけれど、そういうことになっていますというからそうですかと理解して見てるけれど。今カノの方が彼にとって存在が大きくなる確固とした理由はぜんぜんわからなかった。まあむりやりこじつけて納得することはできるけれども。そうやって見てる側にむりやり隙間を埋めさせるってどういうことだと思う。

まあ人気ドラマであったということは、見てる側がそうやってむりやり隙間を埋めたということだ。それはとにかく豊川悦司の力だと思う。なんだあのイケメンぶりは。力なく笑うみたいなとこの破壊力がすごいね。

お粗末過ぎて笑えるのは、元カノが雨の夜に男のとこに現れる回。雨に濡れまくって男のとこに駆けつける。男が家に入れるのを拒否すると雨に打たれながら踏切に飛び込もうとする。なんだそのすごい傷つき方の問題ってのはなんだ。なんでも子どもをとられたとかなんとか。は?なんでいきなりそういうことになるんだ?伏線もなくいきなりだ。女と逃げた元夫がなぜ母親から子どもを取り上げにくるんだ?しかも急に。そしてその後、ほんとに急に子どもは取り戻せる。わけがわからない。なんかしらけて見てた時間はあるので、そのときになんか大事なことを誰かが言ってそれをわたしが聞き逃してるとかなんとかなのか。わからなかった。変なの。

要するにこういうお粗末さがしらけるんだ。これはあれだ、元カノが飛び込んできて疑惑のネタを落としていく。その展開に男を協力させるための「出来事」が「構成上」必要だったというか。そのために多少の辻褄合わないことは我慢してください、ってことですかと思うんだよね。すみませんわたしはぜんぜん我慢できませんでした。LoveLoveLoveの魔法にはかからんかったよ。

ドラマ見終わってちょこちょこ周辺の情報をネットで拾って閲覧してたら、ちょっとおもしろエピソードがあった。常盤貴子が徹子の部屋に出たときに言ってたと。豊川悦司がいろんな出演者と話してるのに自分とは話してくれない。で、第八話の脚本についてどう思う?とある日聞いてきたのだけれど、その時なにも答えられなかった。そうしたらその後全く話してくれなかったとかいう話。この話を読んで、八話ね、ふうんと思った。いやなんでもいいんだけれど。あの、構成がちらちらして各所で変なところがある脚本の隙間を見事に埋めていったトヨエツは、八話の何を共演者と話したかったのかなあと思ったので。九話の方が変だけどね。

まあ変でもなんでも、かなり遅れたタイミングでトヨエツの洗礼を受けた。次にプライムで見たのは豊川悦司で検索して出した映画でしたとさ。ああ、言いたくてたまらなかったことをずらずら書いたらすっとした。こんなこと誰かをとっつかまえてべらべら話したら相手にとって迷惑以外のなにものでもない。大声で誰かにしゃべってる気になれるネットって便利ね。

2016-01-27

[]12月から1月

12にamazonプライムを申し込んだ。申し込んでから今までに見たプライムビデオ

amazonプライムビデオで配信されているトーク番組。土田晃之の喫茶店に芸人が訪れて話していくというコンセプト。聞き方、話の引き出し方がうまく、ゲストの方々から素直に出てくる一面がおもしろい。お話の中から紹介されるネタを披露する演芸場のコーナーもあり、人としての一面を見ながらまたそのネタに笑う、というのがほっこりおもしろい。


2014年にテレビ東京で放映されていたドラマで、ドラマも原作も人気があったものらしい。ほとんど知らなかったけれど、第一話からすぐに夢中になった。三匹のおっさんたちもよいけれど、中田喜子の美しくちょっと意地悪な姑がいい。「美人、ちょっと意地悪、姑」、このワードを組み合わせたらたいがいヤバめのオバハンになると思うのだけれど、美しい可愛らしさが小気味いい感じに仕上がっていてマンガちっくで楽しい。中心になる登場人物がみな優しく、ほっこりする。ドラマの構造は最後にパターン通りに主人公が大活躍する安定路線


テレビ朝日の深夜放送のバラエティ番組、らしい。よくわからず見始めて、すぐにはまる。プライベートの話も多く、子どもの話題おもしろい。大竹家のご長男幼児期ヤンチャぶりとそれにふりまわされる両親の話が特に好き。


言わずと知れた超有名恋愛テレビドラマですね。知ってる知ってる、名前と主題歌と登場人物と聴覚障害がどうたらくらいは。それ以外よく知らなかった。1995年7月の22時台のドラマ。この頃、ダウン症娘3歳にその弟0歳後半期。しっちゃかめっちゃかくっそ大変な時期だった。夜の10時にぽかんと他人恋愛なんて悠長に見てられる時代じゃない。

しかし並の時間にも宣伝よくやってたなという記憶はある。大人の男性が大人の社会をもっていて、ガキに毛が生えたような女の子がその周りをきゃーきゃーとこうるさいなあと思っていた。実際にドラマを見てみたら、この時のこの番宣などを見た印象の感想は、画廊の女性の目線そのままでちょっと笑えた。

このドラマは豊川悦司の豊かな表情を鑑賞する作品ですね。女性が書いた脚本なのだけれど、男性陣が愛情深く寛容で、女がみなズルい。ズルくない女は、嫌な女の子として出てくる妹役のみ。この妹も序盤で嘘ついたりなんなりとちょこちょこやるけれど、他の女のずるさが桁違いなのでかわいいものだ。

あと、バブル期はいつ終わったんだっけとふと思った。95年だとすでに崩壊しているはずなんだけれど、現在から見るとまだかなりバブル期。登場人物がとにかくすぐにタクシーを使う。六本木のディスコが出てきて、そのシーンがかなりあの時代チック。あと、女性の髪型やスーツの形など、今絶対に無理な「あの頃のスタイル」ばかり出てきて懐かしかった。それと豊川悦司がとにかくタバコをよく吸う。そういう時代だった。あんなにタバコ臭い男は今は嫌がられると思う。

固定電話コンビニから送るFAX、公衆電話リアルタイムで連絡がとりあえないすれ違い。タイムラグによる誤解のからまり。会えるかどうかわからないけれど会いたい時に会うために街を走る。全ては過去のもので、この不便さが呼ぶすれ違いのドラマ性が全編に満ちている。この構造は現在ではもう無理。懐古的にどうのというより、ラインやメールを使っての気持ちのすれ違い的ドラマが見てみたい。便利になったって恋人同士の気持ちは常にすれ違う。それは自信の無さや不安が誤解を呼び、気持ちが波立ち恋しさが増すことは、そもそも恋愛副作用であり、その存在自体は小道具には左右されないと思うので。そして、このすっかり小道具が新しくなった時代の若い恋のドラマを見てみたい。もう絶対に自分には経験できないものなので。

2016-01-21

[]あかいくるま

昨日、車の定期点検でした。2008年2月納車のキューブキュービック。去年7年の車検通して今年で8年です。来年の車検も通す気満々です。経年劣化の部品交換が、セレナの時は7年でもうちょっとあったような気がするんだけれど、今回の車は大きい出費はあまり無い。

エアコンが壊れたけど。10万かかったけど。これはでかいか、6年でこれはでかいか。あと、ナビがCDが読み込めなくなった。純正なので治すと高くつくようなのでそのまま。ハードディスクに今まで読み込ませた音楽は聞けるけれど、新しいものは聞くことはできない。Bluetoothで音楽を飛ばせないかとよく聞かれるのだけれど、年式的に惜しい。Bluetooth携帯電話をつなぐことができ、ハンドルあたりについているマイクとスピーカーで「電話相手と会話ができる」。これは非常にありがたい機能だったけれど、このナビがBluetoothでできるのはこれだけ。ほんのちょっとの月日の経過で飛躍的に機能が増えて今やあたり前のようだけれど、このナビにはできない。新しい曲を聞きたいときはFMトランスミッターでiPodをつなぐ。ああ、そこそこもう古くなってるわね、この車は。

だからなに? ラブだからあかいくるま。昨日ディーラーの人に言ったの、まだまだ長く乗るからって。メンテ丁寧に入れるからって。この子とまだまだ仲良くしていくから、どうぞ協力お願いしますって。

古くなったと思う。時代がどんどん新しくなっていってると思う。でもね、この車以上に欲しい車が世の中に存在しない。キューブモデルチェンジの噂があった時にはけっこう期待した。でもさ、なんだあのマイナーモデルチェンジは。だいたい今のニッサンキューブ自体を売る気が無いとしか思えない。

今のキューブも好きじゃない。ボディの変な丸みがダサい。以前2ちゃんねるをのぞいたら、「便所のスリッパ」「あのデザインを考えたヤツの罪は深い」とか出ていて爆笑した。同意の拍手。あれは好きじゃない。いや、実際あのキューブレンタカーで借りて運転した時、トランクルームがやだった。ぼこっと下が深くて狭い。キューブキュービックのたくましい荷物積める空間にはとてもかなわない。

キューブキュービックはいい車だ。三列シートをシートとして使ってる人はほとんどいないと思う。あれは二列シートで荷物積める空間が四角で積みやすく広いことが素晴らしいんだ。バーベキューのセットとか折りたたみ椅子とか積めるぜなんといっても車椅子が簡易折りたたみで積めるぜ。娘が足の指の骨折った時には、改めて感動モノのたくましさだった。

「他に欲しい車が見つからないの」。そう言ったわたしにディーラーの人が言った。そうなんですよね、キューブキュービックのお客様にそういう方がたくさんいらっしゃるんですよね。先日もね、という話が始まった。キューブキュービックに乗ってるお客さんが、まあコトがあって、その車が使えない車になった。車を買う、新車を買う、ということだった。で、結局そのお客さんが悩みに悩んだ末に出した結論は「中古車でキューブキュービック」だったそうだ。

「わかる!」と、思わず叫んでしまいました。ああ、それはわかる。そうしたら、ディーラーの人が続けて言うことには。でもね、キューブキュービックは、なかなか中古車で出てこないんですよ。手放さない方が多いんですよね。そのお客様もかなり待たれたんですよ、結局。はあ、なるほど。

でも限りはある、そのうち別れはくるのでしょう。丁寧にメンテ入れながら、次の時代のことも考え始めよう。大事にしてもあと数年。

2016-01-19

[][]amazon プライム

ずっとどうしようか迷っていたんですが、暮れにギフト券をいただくことがあったことをきっかけに「えいや」とプライム会員になりました。理由はプライムミュージックとプライムビデオとKindle本月一冊に惹かれたからです。今、けっこう満足してます。一年後にどうなるかわかりませんが、今年は存分に活用するつもりです。

家族へのクリスマスプレゼントのいくつかをamazonで購入。娘がジグソーパズルにはまっています。イベントごとに新しいのが欲しい。「108ピース ディズニー」です。いっぱい持ってるし、108ピースがどこのお店にもたくさんあるわけでもなく。しかしamazonにはそこそこある。あと、買いそこねた何年も前の発売のものが安くなってたり高くなってたり。安くなってるとラッキーだし、高くなってると(それもってる)とウハウハします。

夫がナッツが好きです。これ、おいしい。

無添加ミックスナッツ 1kg (くるみ,アーモンド,カシューナッツ) 食塩、オイル使用無し

  • Prime Music

よくない。でも悪くない。よくないのは最近の曲が無い。J-pop少ない。レンタル屋でいえばとっくに旧譜、そして人気者の陰にあるような感じのもの、あとは人気曲をカバーしたものとか。悪くないのは洋楽懐メロは盛りだくさんかなということ。AKB網羅は娘が喜ぶ。

悪くない。映画のリスト見るとそんなに魅力的にも感じないけれど、なんとなくテレビ番組を順々に見てる。悪くない。いや、よいかも。

一月に一冊で、次の一冊を読むためには今の一冊を手放す方式らしい。つまり貸本。まだそんなに見ていないので取り揃えについてはなんとも言えないところ。一冊目に写真多い本を選んでダウンロードに時間かかってビビった。

2016-01-16

[]ただいま

ブログ閲覧していただいている方から立て続けにメールをいただき、コメント欄にコメント入り。思い出したようにこっちにログイン

「ただいま」

過去に書いた文章読むと、熱入ってるなあと思います。いろいろと頑張る時期に頑張って書いてよかったなあと思う。

笑える話なんだけれど。自分の書いた過去文章読んで、がしがしと入り込むんですね、自分が。あったりまえなんですが。過去の自分と今の自分と感性似てるどころか本人なんだから。本人が好きなものはたいがいその先の本人も好きでしょう、よほどの変化がない限り。

よほどの変化は。やはり土いじってばっかりいることですね、最近。「あれ?そんなの全然好きじゃなかったよね?」と言われます。はい、そうです。変貌ですね。楽しいよ。

息子は大学三年生も終盤になり、いよいよ就活に入っていくようですよ。大学に入った時に言ったんですが。「今までのアンタのお勉強については、こっちの財布が関係してくる。しかしこれからのアンタのお勉強については、将来のアンタのお財布に影響することだ。まあがんばれ」。いやー、気楽なものですね。

高校受験が終わった時にiPhone3Sを手にした息子。この頃は中高生ガラケー当たり前時代。そこから4S、5Sと進み、年末に6Sに機種変しました。そして6Sから「自分で払う」体制が始まりました。学生時代は一部援助ありでその分少し口座に振り込みましたが。しかしもう、支払い移動してなんか気楽なものだ。

家族はソフトバンクなのですが。家のケーブル会社がauにしろauにしろとアピールしてくる。ただうちはソフトバンクなのよ、とそのままだったのだけれど。おおそうだ、アンタauにすれば?オトクみたいよ。ということで彼のみauに。支払いは自分の口座からという手続き完了です。

今の番号は彼が中3の時だったのでわたしの名義だった。なので新機契約の折には同席なんだけれど。au側が家族で乗り換えろ家族で乗り換えろ、万札万札とうるさい。いえ家庭の事情で乗り換えはしません。はい人チェンジ、家族で乗り換えろ乗り換えろ。

「あのね。成人している娘に知的障害ありましてね。ちっちゃい位置検索かける機器がソフトバンクのがいいの。母が高齢一人暮らしでしてね。ちっちゃい位置検索かける電話を持たせておくのにソフトバンクのいいの」。

ということです。だいたい乗り換えてトクなのはスマホだろ。うちは夫、わたし、息子、娘、母、と5台契約していて、スマホは息子一台のみだったんだから、乗り換える必要はさらさら無いのだ。夫はスマホいらんガラケーで充分おっさんで、ガラケーも電話利用オンリー。そしてわたしOCNモバイルSIM利用iPhone4S利用の二台持ち。乗り換えいらん。あと息子が5S使うか?言ってきたけど、それもいらん言った。4Sに比べて5Sはソフトバンクロック外しがやや困難そうなこと、そしてわたしはやっぱり持ち歩くのにはちっこいのが好きみたいだ。それより大きいのは家でwifi環境で使えばいい。

ガラケーはうちには絶対必要だと思う。あの地震の時、揺れと同時に電気を失った経験は二度と忘れない。娘のことを考えると電池の心配が無い連絡機器は絶対に必要だと思う。

2015-10-27

[]ゼラニウム

今朝、ゴミ出しに行ったときのこと。数軒先の家の玄関先の小さな庭に、真っ赤なゼラニウムがたくさん咲いているのがふと目に入った。

(うちにあるのと同じだ。ゼラニウムはあまり地植えにしないらしいけれど、ここの家は鉢植えじゃないんだ。地植えでたくさん咲いているなあ)

最近急に初心者ガーデニングに目覚めているわたしは、同じ品種の季節一周の経験が無い。地植えにして山のように今花を咲かせているゼラニウムが、冬どうなるのかよくわからない。

ここの家は、玄関先の小さい庭によく計算された配置でいつもきれいに花を咲かせていた。このゼラニウムも昨日今日植えたものじゃない。どうやってこうやって上手に地植えで季節回せるのか、できるものならご教授いただきたかった。できるものなら。

この家は、今年の始め頃から、もう誰も住んでいない。お話し好きなおばあちゃんが一人で住んでいて、死んでしまったから。お話し好きで、噂好きな、よくいる近所のおばあちゃん。めんどくさい話多かったから、話しかけられてもわたしは笑顔でにっこりと長話NOな後ずさりばかりしてた。ゼラニウムの話、聞きたかったなあ。タイミングが遅すぎた。

夕方、業者の人が来た。木曜から近所で解体工事がある。工事車両が出入りする、ご迷惑かけますのご挨拶。「ああAさんとこの工事ですね、あそこの位置だと車はこっちからこう入ってきますね、狭い路地なので工事車両の駐車はこことかあそことか避けてください」とかなんとかなんとかかんとか、わたしは答える。

とかなんとかかんとかかんとかなんとかで、これこれこうで…。と言いながら、「あ!」と、わたしの声が止まる。「ううう」と声にならない声が喉から出る。

「どうされました?」と、業者の人。たいがいこういう時はおっさんが来るのだけれど、今日はスーツ着た女性だった、30代くらいの。急に変な声を出したわたしに「どうされました?」と優しく聞いてくれた。

解体工事、ですよね。Aさんとこで、家を壊す、んですよね」。「一人暮らしのおばあちゃんがいたんです。今日、その方のことを考えていたんです」。「工事、ってことで、これとあれと、頭が別に動いてたんですけど、今急にそれがつながったんです」。「ごめんね、変な声出して」。

「いえ」と言ってから、小さく優しくほんのちょっと口角上げて業者の女性が答えた。「お気持ち、動きますよね」。いい人だ、この人。挨拶周りにうってつけだぞ、この会社、エラいぞ。

今日、なんとなく、ゼラニウムが目に入ったのは、お別れの合図だったのかなあ。

2015-10-22

[]古い映画いっぱい

海洋天堂が、明日、テレビ放映されるそうだ。

以前DVD化されて、そのうち借りに行こうと思っている間に地元のTSUTAYAから消えた。結局そういう扱いか、と思う。昨今のレンタル屋にはすっかりスペース的に品揃えの余裕が無くなった。しかし、これはいつまでも棚に置いておいて欲しい作品だと思う。この映画に比べたら、はよ片付けちまえと思われる「ヒューマンドラマもの」などくさるほどあると思う。

地元のTSUTAYAから海洋天堂のDVDが消えた時に、TSUTAYAアプリで海洋天堂を置いてある店を検索した。自分が行けそうな範囲にはどこにも無かった。そうかと思った。そのまま日が過ぎていた。

今回テレビ放映の話を聞いて、なんとなくまたアプリを検索してみた。あった。ちょっと離れたところだけれど車でちょっと行けば行けるような距離のところで「ここにあるよ」とアプリが教えてくれた。その店をアプリ登録したら、まもなくクーポンが来た。旧作準新作が百円だという。

ということで先週末に海洋天堂を借りに行った。ああここか、ここがTSUTAYAになったのか。そこは元々古いレンタル店だった。チェーン店では無かったと思う。ビデオの頃からのレンタルとゲームの中古とかの看板が出てたのをけっこう前に外から見たなあと思った。

店に入る。地元のTSUTAYAにある在庫検索のモニターなど無い。初めて入る店で自分で探す。多分、このへん、多分このあたり。映画 海外 ドラマ とかなんとかのワードでそのコーナーに行く。

驚いた。海洋天堂はあったんだけれど。棚に並ぶDVDがなんか、なんていうか、古臭い。見慣れたTSUTAYAの景色とは違う。これはあれだ、レンタルビデオ店のあれだ。昔のレンタルビデオ店は新しい映画もあったけれど、古い映画の在庫もたくさんあった。

もしかして。と思う。海洋天堂をカゴに入れながら、自分の記憶の中で、見たかったもの、もう近所のレンタルでは入手が難しいもの、そういった映画のタイトルの記憶を繰る。探す、探す、指で探す、あいうえお順に並んだ棚を丁寧に探す。

あった。あった。あった。わあ、すごい。あったねえ。いそいそと海洋天堂とあわせて4本をカゴに入れる。とりあえず今日はこのへんにしておこうとレジに行く。レジでアプリのクーポンを見せる。そうしたら店員さんに言われたこと。

「このクーポンが無くても、うちは旧作はいつも百円なんですよ」。

つまりこのクーポンは実質「準新作が100円クーポン」という意味らしい。わたしのようにうれしそうに古臭い映画をいそいそともっていく人には必要の無いクーポンだった。

ヤバい、あそこの店、通いそう。明日、返しにいくので明日借りたいものをネットで物色中。

先週借りたもの

1995年の映画。乙羽信子の遺作となるという思いで夫の進藤監督が撮った映画というエピソードだけを知っていて、見たいと思っていたもの。老いるというテーマの中で「黄昏」というヘンリー・フォンダの映画が好きで、その延長上でこの映画にも興味があった。

1968年のアメリカ映画。「アルジャーノンに花束を」の最初の映画化ということで興味があった。

1970年伊仏ソ連の合作映画。戦争に引き裂かれるカップルの、別れのシーンがかなりきつく切ないと、若い頃に誰かのエッセイで読んだ。そのまま映画自体を知らずにここまできていたので。

2015-10-10

[]旧機活用とか処分品とか

へなちょこガーデニングブログ、楽しい。まあなにが楽しいというかというと、趣味2つがからんでいるからだ。

一つはなんだかいっぱい増えてきた植物の情報と「思い出」を整理したいこと。そしてもう一つは、大好きな小さい機械の活用ですね。

おひさおひさで愛機の話/2015-03-03

ここで並べた愛機たちのうち、iPhone4Sには格安SIMが入りました。シムロックはずしの海外製のアダプタを入れ、OCNのカードを入れる。自宅Wi-Fiを離れた時間に使うのには充分過ぎる状態になった。ただこの子は世の中的にはもう古い。使えないアプリが増えてきた。

その使えないアプリに、はてなブログアプリがある。そしてそのアプリは、AQUOS PHONE ss 205SHでは使えるわけです。そしてこっちはSDカードが使えるので、容量気にせずがんがん写真も撮れる。はてなブログアプリって便利ね、楽しいわ。そして最近すっかりラジオ録音専用になってきていた(Android機はラジオ録音アプリが使える)205SHちゃんがあらたな使いみちで大活躍ってほんと楽しい。

その、楽しい楽しいへなちょこガーデニングブログ、ひとつひとつの鉢を何の気無しに選んでいるだけなんだけれど、たった数日でまあ出てくる回数が多い多いある言葉「処分品」。ちゃんとしたお値段で買ったものだってあるんだからね、いや「処分品苗」のパーセンテージやたら高いけど。

花屋の隅にはたいがい「処分品」が並ぶコーナーがある。表舞台には季節を先取りさせた「これからの苗」がこれから咲きますムードをまきちらして華やかな雰囲気を作っている。処分品コーナーはどんよりとしている。華やかさがまるでない枝とか茎とか、季節遅れのものとか、咲くシーズンはずっと先の今シーズン終了の多年草とか、そんな感じ。そしてあるときと無いときがある。こんなどんよりとしたエリアでの宝探し楽しい。知らない多年草は、しゃがみこんでiPhone4Sに聞いてみる。(手をかければみちがえるかもよ)というヒントを手に、「うちにくる?」と連れて帰る。まあそんな機会は多いですな。ついつい花屋の隅に足が向く。楽しい。

2015-10-08

[]話しかけるとかきょうだいとか

ダウン症の赤ちゃんのママと話すボラを長く続けている。世の中では出生前診断の話や中絶率の話が賑やかだが、それでもやっぱりダウン症の赤ちゃんは生まれてくる。時々思う。生まれてくる赤ちゃんが生まれてきたくて生まれてこられる道を選んで生まれてきてるのかもしれない。

産院を選ぶときに、家から近いとか実家に近いとかそういうことに加えて、母子同室だとか夫立ち会いができるかどうかだとか母乳主義だとか、まあそんな選択基準はある。そんな選択基準に加えて「出生前診断絶対遺伝カウンセリング重要」と、握りこぶしで突き進んでいる人はどれくらいいるかといえば、まあそんなにはいないんじゃないかと思う。主義主張イデオロギー倫理観、そんなたいそうなことを持ちださなくても、生まれるときは生まれるし、的な感覚の産院はけっこう多いように思う。そしてそうやって、胎児は上手に母体にそういう産院を選ばせて、生まれてきたよとやってくるように思う。

生まれてきた赤ちゃんがダウン症だった。このときに。母親にとって一人目の赤ちゃんか二人目以降の赤ちゃんか、で、いろいろ違いがある。一人目の赤ちゃんの時に、困ったもんだと思うことは、たいがい医者とか看護師とか周囲の人が言ってくる次の言葉がわからない。

「普通に育ててください」

普通ってなに?普通なんて知らん、こっちはマジ初心者だ。いやホント、これはけっこう困るのよ。普通の赤ちゃんはそれなりに、初心者新米ママに対してなんだかんだ反応してうまく誘導してくれる力がある。ダウン症の赤ちゃんはそこそこ個人差はあるとはいえ、生まれて二ヶ月かそこらくらいなんてぼーーーっとしてる。泣き声も小さいし、夜の授乳なんて泣いて母親起こすどころか、ほっときゃぼーっとしてるか眠り続けるかでこっちがなんとかしなきゃ朝が来てしまう。自ずと授乳量は少なくなり、ヤバい。なんてことは珍しくない。夜でさえそうなんだから、昼間なんて母親誘導してくれることもなく、もうどうしていいかわからない。ダウン症ダウン症だこの子はダウン症なんだ…。

まあつらいのはこの時期ですね。そのうちむっくりとどの子も自我を見せ始める。このスタートが遅いのがダウン症育児の最初の試練。「うちの子離乳が進まない」なんて時期には個性をキラキラさせていて、あの停滞の時期を塗り替えていく生活は始まっていく。かわいいよ、ホントかわいいよ、ダウン症の赤ん坊は。

この停滞期にもうひとつ、一人目赤ちゃんを抱いたママがもらって困っちゃう言葉がある。

「たくさん話しかけてください」

ねえちぃちゃん、ぼーーー。あのさ、ちぃちゃん、ぼーーーー。…はあ、ぼーーーーーーー。ここでタフな精神力を持ち続けられる人ってエラいと思う。わたしはとっとと開き直った。なんかこれ、花に「きれいに咲いてね」「まあ咲いたわ、ぱちぱち」とかっていう気味の悪いオバハンがやってることみたいだ。悪い、おりるわ、こっぱずかしくてやってられん。まあそのうちばんばん反応し始めたので、そこそこラクにはなりましたが。あの停滞期の呪文のような会話はやっぱりキツいと思う。息子生んでわかったけど、普通の赤ん坊ってくだらん話しかけでもそこそこちゃんと反応するのね、やっぱ違ったね。あと、普通の赤ん坊にそれ経験させてもらってる母親は、二番目三番目にダウン症の赤ちゃん来た場合、ふつうにこの話しかけってやってるよね、すごいなと思う。要するに、経験値の違いで超えられるかどうか変わる壁かもとも思う。

なんてことがありましてね、わたしの歴史の中には。そして、そんな風にわかったわかったと思うことが、誰かの役にたつこともある。なんですがね。

わたくし、変わりましたのよ、びっくり。あの、あれですよ、あれ。

花に「きれいに咲いてね」「まあ咲いたわ、ぱちぱち」とかっていう気味の悪いオバハンがやってることみたいだ。悪い、おりるわ、こっぱずかしくてやってられん。

これ、やってんのよ、今、わたしが。咲いた花に「きれいだよ」とか言うのよ、マジキモいですわね。誰も聞いてないからかまわんけどね。

まあ、娘も息子も成人して、わたしも立派にキモいオバハンですわね。そんな時代になった今、ちょっと驚いたことがありました。息子の同級生の子のママで、ひょんなことから最近ちょこちょこ話す仲の人がいるんですが。会話してたらね、言われたんですよ。

「ひらがなでね、『きょうだい』って書くの、障害児者のきょうだいのこと。それでその人たちが自分の問題を考えたり仲間と集まったりするんですって。『きょうだい』で検索してみて」

いや。もう、なんと返しましょうか。まずは「ありがとう」ですな。そして彼女が説明してくれた中の、理解が薄い点と微妙に誤解してる点を説明したりもしたんですが。

でもさ、なんか感動した。きょうだいという当事者カードの存在が、そこそこ認知度上がってるんだなあって。時代は動いているんですね。

2015-10-07

[]久々に新しいこと

一昨年くらいからぼちぼちと、去年からほそぼそと、今年からがっつりと、やってます。ガーデニング。

しかしアレですね、育てるということには知識がいる。これはなんだ、どういうものだ、どうするんだ? 目の前の植物の名前といっしょに「育て方」と入れて検索する。ああ、わたしはまた何か育てたくなっているらしい。

もう子どもは大きい。ペットもそこそこ大変だ。そうか、植物はうんこもしないし文句も言わない。咲くか実るか枯れるか死ぬか。失敗すると簡単に死んでしまう。死んでしまうものに悲しくなるが、咲いたり実ったりするととてもうれしい。そして知る。ガーデニングというものは、死んでいくものに慣れるという側面がある。まだ生きるはずのものだったのではないかと思うととてもつらいが、命をきらきらと見せてくるものが次に控えて顔を見せてくると、その流れに飲み込まれる。

水が欲しいが多湿が苦手だ、高温オッケー、日当たりは好むが夏の直射は避けてね。その子その子によってほしい扱いがそこそこ違うし、季節で変わる日差しの位置を眺めて、鉢をもってうろうろする。ああこの子はどうすればいいんだっけ、あの子は何が苦手なんだっけ。いちいち調べて覚えた気になってはいても、ついつい別の子を入手してしまってまたわからなくなる。

こういうの管理するアプリってないの? そんなこと思ってあちこち見たりダウンロードしたりもしたけれど、結局挫折。こまごまこまごま自分で情報入力しとかなきゃならない。めんどくさくなって結局投げた。

育て方のリンクがすぐ自分で取り出せて、自分なりに管理ができて、自分でながめてふむふむできて、そこそこ整理ができる方法ってなに?わたしができるやり方ってなに?

結局のとこ、こつこつこつこつ使っていた古巣に戻る。過去、日記をつけてきたweb。その日記から自分の記憶を時々取り出していたりした日々。ああ、多分この方法が自分にとってやりやすい方法かもしれない。

ってことで、作りました。はてブロで。以前ちょっと使ってみていたはてブロは、逝ってしまったらしい友人の影がちらちらしていていつらいので放置。新しいのを作ってこつこつ自分のためにやってみる。

久々に新しいこと、っていうか、新しくはないね、久々に今までやってたことをまた別側面から新しく。アレよアレ、デザインいじるとかの細々が、なんか懐かしかったわ。

ははははなはな、ときどきやさい

2015-10-06

[]時計

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セイコードルチェです。1984年製だそうだ。革ベルトでしたが好きな色に変えた。ヨドバシで割引後に700円かそこらの革ベルトに替えた。元々は高級だったんだぞお的主張がある感じのベルトはすでに歴史を感じすぎる状態になっていたのでそのまま使うのはちょっとアレだったから。

父の、です。要介護状態になってから訪問医療を受けていたけれど、たまに車椅子で病院に行くときはつけていた。その頃は動いていたと母は言う。父が死んで、それから取り出してみたら動かなくなっていた。

父が死んで、姉がどんどん遺品を整理していった。これはいるこれはいらない、どんどん片付けてもらえるのは周囲にとってはありがたい。その処分する中にこの時計は入れられてしまっていたらしい。革ベルトボロボロだったし、そんな感じにはなっていたんだろうと思う。

父は。処分されたくなかったらしい。処分する中に入っていたはずなのだけれど、そこからこぼれてそっと家の中に残っていた。姉がオーストラリアに帰って随分してから、姉が処分する中に入れていたけれど、と、母がそっとそのボロボロの時計を取り出してわたしに見せた。うん、そうか。ならわたしが持って帰ろうか。と言った。そして実家に訪れていたその日、わたしはその時計を持って帰ろうとした。そうしたら。

突然、ぞくっとした。ぞくぞくっとした。父は、まだこの家に置いといて欲しかったらしい。そうかそうかと、父がその時計をいつも入れていた引き出しにしまって帰った。

それからまた随分経って。わたしが実家に行っていたとき。なんとなくその時計を出した。そして何の気無しにひっくり返して裏を見た。

刻印があった。父が勤めていた会社から表彰された記念品として贈られていた時計だとそこに書いてあった。そしてその贈られた日の年月日が、その手に取った日の30年前だった。わたしと父はちょうど30の年の差があり、父がこの時計を贈られた年齢が今のわたしの年齢だった。

そうか、この日を待っていたのか、と思った。そうかそうか、わかったわかった、と言って持って帰った。その日はぞくっともぞくぞくっとも、別になんとも感じなかった。

動いていないのは電池が切れているからだと、近くの時計屋に持って行った。「残念ですが」と時計屋は言った。電池交換では治らない、これはオーバーホールが必要だ、と言われた。メーカーにオーバーホールを発注しなければ動かない。オーバーホールには二万四千円ほどかかる。そして、今発注してももしかしたら間に合わないかもしれない。

(ずいぶん高くつくんだな)と思った。(どうする?)と父に聞いた。ぞくぞくもなにも感じなかった。これはオヤジたぶん遠慮してるんだろうと解釈した。「お願いします」と預けて帰った。

それからしばらくして、時計屋から電話がきた。「残念ですが」と時計屋が言った。もうメーカーにも部品が無く、オーバーホールができないとのことだった。

ダメだと言われれば燃える。絶対道はあるはずだ、と思った。型番片手にネットで検索し続けた。ダメ元で「応相談」と書いてあった横浜市の時計工場にメールを入れた。

「見てみなければわかりません、できたらお持ちいただきたい」

そう返答がきて、もっていった。どうなるんだろうこの物語は、と、どきどきした。

「ちょっと中を見てみますね」

そう言われて待たされた。どきどき。どんな答えが返ってくるんだろう。わかりました、ありがとうございました。そう笑顔で答える用意をして待っていた。そんなものだろう、この結末は。ここまでだってよくやったんじゃない?わたしは。

電池を入れると動きますね。でも電池交換だけではかなり危うい。やはりオーバーホールは必要でしょう」。

おおおお、そういう展開か、と思った。電池交換してみたけれど動かないね、と、最初にそう言われたんじゃなかったのか、どういうことだよ父ちゃん。まあそれはそれ。それはそれなんだけど、オーバーホールってできないって言われたよな。できる前提で言ってるよね、今。あれれと思ったので聞いてみた。もう部品がなくてオーバーホールはできないというのがメーカーからの回答だったんですが。

「メーカーはね、もう部品無いですよ、確かに。ただね、メーカーが受注してくるうちみたいな工場には、まだ部品もってるとこがちょこちょこあるんですよ」

なるほど、なるほど、なるほーどなるほど。そして、メーカー発注より二割ほど安くなるんだそうだ。

こうして父の時計はよみがえりました。工場の人には、裏蓋はきれいにしてきちんとそのままにしました、そしてこの時計に「次」はありません、大事にしてください。しまいこんではダメです、ちゃんと使ってください。と言われました。非防水なのでいつもは使わないし雨の日のお出かけも使わない。でもしまい込まずに「はろー」と振り返ればあるような位置には置いてある。

というストーリーをもって、三回忌に間に合った。父ちゃん、いい父親ではなかったですよ。おい!という思い出は山程ある。でも、テメーがやったことさんざん棚に上げて、俺を絶対に助けてくれる子とわたしのことを信じてた。ばかやろー、ホントにそういうことになるんだよ。おれ、ちょっとよくやったと思う。それでもって緑のベルトに替えたこの時計、わたしにとってもよく似合う。

2015-10-05

[]放置の弊害と炊飯器

自分のwebダイアリーほったらかしている人は誰ですか? そうですわたしがはてダほったらかしおばさんです。そんなおばさんとは関係なく、世界はどんどん動いています。

こつこつこつこつ書いていたweb日記。中断するとどんどん不便が始まります。あれっていつだっけ、これ買ったのっていつだっけ。長くこつこつ書いていると、その日記のどこかにその「いつだっけ」のヒントがあります、とても便利だった。それをやめてしまった最近は、記憶の迷子に陥る。これが最近、けっこう不便。

そういえば車を買った時、買う前からなんだかんだ日記として書いた。そしてそれを読んだ人にいろいろ相談にのってもらった、楽しい思い出。その時の車、今年三回目の車検を通しました。早いね。去年の夏、あらびっくりのエアコン故障があり、コンプレッサー交換になって10万円もかかった。その後、大きな金額の部品交換はおきてはおりません。このあかいくるま、まだまだ仲良しして欲しい。がんばれ。

炊飯器のことは、どこにも書いてないと思う。だから、今使ってるのをいつ買ったかもう思い出せない。多分、息子が高三の頃だったような気がする。炊飯器、特に壊れてもいない、順調に動く。でもある日気づいた「おいしくない」。

高級品を買ったわけでもないが、そんなに安物を買った覚えもない。そしておいしく炊けていたはずだった、この炊飯器。なんとかのなんとか釜とかいうヤツだった。それでもある日気づいた「おいしくない」。新潟の親戚が送ってくれる新米を炊いたとき、なんかがっくりときた、「こんなはずはない」「なにかがおかしい」。息子のお弁当を作る生活がもうすぐ終わる。こんなご飯をもたせたくないわ、わたしは。

そして電器屋に行った。電器屋が言った、「今の炊飯器、壊れはしないが、3〜4年で味は落ちる」。電気の高温にする仕組みのなんとかこうとかがどうとかとか言った。そんなに高級なものを買わなくても、予算がこのくらいならこれで充分違いがわかると思う。そう言われて、確か1万5千円とか6千円とかで買った。

「おいしい!」。なんかもう全然違った。お米の一粒一粒がぷつぷつと粒を主張していて感激だった。それまでの炊飯器のご飯になんの不満ももっていなかった夫と息子が、「そんなに違うわけない」ぱくぱく「おいしい!」。明石家さんまのギャグみたいだった。

その炊飯器、最近は。おいしくなくはない。いや、まずくなんてない。でも、あの日のぷつぷつの粒の自己主張の感激は小さくなっているように思う。新潟の親戚から送られた新米を眺めて思う。炊飯器買いたいなあ。でも、まだ今年買うのはぜいたくかなあ。