S嬢 はてな

2016-11-27

[]友達がいない/機械編

家を建てた19年前にテレビ受信でケーブルテレビ会社と契約したのですけれど。ローカルなテレビ会社は数回より大きな会社に飲み込まれまして。受信の機器もテレビもネットも何度か変わった。そして今度は契約のシステムが変わったのだということで、めんどくさいからそこそこ放置はしていたのだが、放置が完全損だという計算で機器全部新しくしてもらったのが今月のこと。工事費は無料、かなり快適になった。

Smart TV Boxなるものがわが家にやってきた。なんだかんだあるが、まあいろいろできる。クソ簡単に言うと、テレビでYouTubeが見られ、スマートフォンタブレットでテレビが見られるということだ。テレビをつけなくてもテレビ番組の録画予約もできる。テレビをつけなくてもスマートフォンタブレットで録画した番組が見られる。ユーザー指定ができ、自分だけの好きな番組表は作れるし、自分だけの録画フォルダが持てる。

このなんとかかんとかができるスマートフォンについては、対応機種の制限がある。Android機に制限があるが、ios機は使える。それでだ。iPhone4sの出番だ。息子が高校生の時に使っていたiPhone4s16gb。お古で譲り受け、格安SIMを入れて使っていたがバッテリーのへたりがひどく、時々出して使う「ipod」になってた。ただもうホント、出番はかなり少なくなっていた。

「起きなさい、起きなさい、起きなさい。あなたに活躍してもらえる日がまたやってきたわ。」

Smart TV Boxなるものがやってきて、とにかくやたらにつないでいる番組が「MUSIC ON! TV」。ひたすらミュージックビデオが流れる局だ。台所にいるときはたいがいこれを手元でつけっぱなしになっていることが多い。特に画面を見てはいない、音楽流しっぱだから。流れる音楽に時々「だれ?これ」と覗きこむ程度のことが多い。これを利用するのに別に現役iPhoneである必要は無い。活躍できるんだよ、君が!と、iPhone4sを揺り起こす。中身を整理し、osを7から9にあげる。あら君、まだまだいけるよ、かっこいいよすてきよすてき。

ちっこいちっこい古い機械が、最新のシステムでイキイキ動く。ホントまじ、機械大好き。忘れられそうな機械が役目もって生き返るの大好き。生き返ったiPhone4sを見てるとにこにこにこにこしてしまう。でも。それを話せる友達がいない。

iPhone4sは、使い続けてケースがぼろぼろになった。だから。きれいに保存してあげるために新しいケースを去年買った。だから。とてもきれいよ、ピカピカ。かわいいよ。でも。それを話せる友達がいない。

ついでに言えば。iPadの初代機は、古いタイプのドックにつながれて電気で動くアナログ時計として動いている。これはもう、ホームボタンも機能しない。でも、なにげで時計を見たくなる位置に鎮座して立派に働いている。元気に働くiPad初代機を見るとにこにこにこにこしてしまう。でも。それを話せる友達がいない。

2016-11-21

[]友達がいない/ポケモンgo

7月に入った頃、オーストラリアに住む姉からのメールに「ポケモンgoが大変で」という話が出るようになった。とにかく騒ぎだ、毎日ニュースで大騒ぎだというが、こっちは話がさっぱり見えない。そのうちにテレビで海外の動向としてポケモンgoが取り上げられるようになって、やっと話が見えた。大学生になる寸前の休暇中の甥っ子がスマートフォンを片手に毎日あちこち歩きまわってくるという。ポケモンgoのためにモバイルバッテリーも買ったという。向こうは物価が高いというが、姉はかなり息子に金を使う方なのでそれでなのか、とにかく7千円のモバイルバッテリーを買ったと言ってた。

そして日本でもポケモンgoは始まった。息子とわたしは同時スタートでさっそく手を出した。息子は友達たちと話し合って所属チームを黄色に決めた。わたしは感覚で青に決めた。当然のように息子の方がどんどん先に進んでいった。おばちゃんトレーナーは地道にこつこつ進めていった。

そして11月も後半に入った。甥っ子はとっくにやめてしまっていた。レベル14でやめたそうだ。うちだったら7千円のバッテリーを買って14でやめるなど許されたものではないが、ひとんちの子のことなので別にいいといえばいい。ただ、甥っ子や姉とポケモンgoの話をすることはできなくなった。

息子のレベルは22までは聞いてた。その後言わないし聞かないし、そして彼がポケモンgoを開いてるかどうかも知らない。そこらのジムの景色を見て「カイリューカイリューカイリューかよ」と悔しそうに言う。わたしは野生のカイリューを持っているのだ、わたしのレベルは25だ。集めたポケモンは111種1907匹。ジム戦は好きだ。しかしそれを話せる友達がいない。

家の周囲のジムを見る。強い人のIDをだいたい覚えてきた。行動する時間帯も、ああ今頃ラプラス使ったあの人があのジムを赤くする頃だとかわかる。でも友達じゃない。友達がいない。

話せる友達がいないから、友達がいたら言いたいことをぶつぶつと書く。あのね、今日、10キロのタマゴが孵った。やったね、カイロスじゃなかった。持ってなかったものだから図鑑に新しく登録されたからそれはそれでうれしいけれど、イワークって弱い。ラプラスとかカビゴンとか欲しいよ。カイロスはさ、あんまり集まってくるものだから、チームカイロスを作って時々カイロスだけでジムで戦う。これはこれで楽しい。

2016-11-17

[]嵐と折り紙とさよならと

娘の作業所利用者さんの一人が亡くなった。娘より5歳だか6歳だか上の男の子だった。懐っこく笑う明るい青年だった。心臓病だったそうだ。先天性ではない、数年前に拡張型心筋症を発症したのだそうだ。

「通夜告別式に出席される方は平服で」と連絡があった。ご両親の希望で「喪服は着ないで欲しい」とのことだった。この青年を忍んで「明るく送りたい」というご意向だということだった。

なんか、わかる、と思った。娘が赤ん坊の時に、先天性の心疾患と重い肺炎とで命の危険がちらちらしていた頃。この子は死ぬのだろうか、この子を送ることになるのだろうか、と思ったときに。イヤだと思った。この子の「生」がまだ始まっていない時に、この子の「生」を知らない人ともっともらしく手を合わせてだのなんだのというのがたまらなくイヤだった。そんな気持ちを思い出して、これは「彼の『生』を実感して送りたい」みたいなことなんだろうなと思った。

行こう、と思った。わたしは彼の笑顔が好きだった。彼を知っていると思った。彼が生きていたことをちゃんと知っている、と思った。送りに行こう、と思った。「ちぃちゃん、今日は○○くんにさよならの会、行こうね」と娘に言った。

このお通夜の日、娘は作業所を休んでいた。台風が4つ来てたから。朝から嵐だったから。だから作業所を休んだ。でも、行くんだ、絶対行くんだ、と、娘の分とわたしの分とレインシューズを出してレインコートを準備した。午後もまだ嵐だった。車で行っても駐車場から会場までのそこからそこまでくらいのところでもずぶ濡れになりそうな日だった。

ざばざばざばざば、と降る雨。じゃっじゃかじゃっじゃか動くワイパー。わたしたちは会場に一番乗りだった。おかあさまが娘が一緒のことをとても喜んでくれた。そうだ、娘は彼の「社会」の人間だ。と、改めて思った。棺にたくさんの折り紙が飾ってあった。「わたしも折りたい」と言うとおかあさまが「折って折って」と折り紙をたくさん出してくれた。わたしは。なんだか無心に折り始めた。娘もせっせせっせと折り続け、そして折った鶴だのセミだのに自分の名前を書いていった。

嵐が少し落ち着いた頃、会場には次々にたくさんの人が訪れた。会場には彼のアルバムや彼を思うものがたくさん展示されていた。いらしたたくさんの人と、おとうさまとおかあさまは笑顔で挨拶し、みんなでずっと彼の話をし続けた夜だった。祭壇はあったが読経の時間もなく僧侶もいず、ただお別れの会としての夜だった。

おかあさまに「明日も来てもいい?」と聞いた。「来てね来てね」とおかあさまが答えた。わたしの服の袖を引っ張って「同じ服、着てきてね」と言った。要するに明日も喪服はやめてくれということなんだなと理解した。でも同じ服はイヤだなあと思ったが、それは言うことではないのでにこにこしながら「わかったー」と言った。いや、いくら喪服避けるのでもさすがに告別式にジーンズとレインシューズはわたしがイヤだ。明日は嵐じゃないんだもの。

告別式は、僧侶がいらしてそこそこ普通に告別式だった。お通夜は喪服じゃなかったご両親もごきょうだいも、さすがにこの日は喪服だった。わたしも娘も昨夜よりはちゃんとした服を着ていった。周囲も迷いながら黒を避け、紺とかグレーとかが多かった。ご両親はこの日もやっぱり笑顔で迎えてくれた。

参列者がお焼香のときに。たくさん出席している利用者さんが焼香の列に並んだ。3つ並んだ焼香台で斎場の方がひとりひとりに丁寧に焼香を教え、支援をした。とても丁寧で、スタッフの方の「いいお仕事」を見せてもらっている気がした。娘は「アタシはちゃんと知ってるから」的ツッパリ態度でおかしかった。一人できちんと焼香を終えた。それは姑や父が逝くことで娘に教えたことだ。

告別式の最後の喪主挨拶のときに。おとうさまがご挨拶をされながらボフッと咳き込むような声を出し、むせび泣かれた。たまらなかった。さみしかった。あれから日が過ぎ、49日もとうに終わった。会いたいなあ。彼にも、彼のおかあさまにもおとうさまにも。さみしいなあ。

2016-11-12

[]鳩が死んでた

一昨日のこと。パートから帰ってきて、外に置いてある植木鉢の様子を見ていた。鉢と鉢の間になんだか黒っぽいものがあった。道を通る人で時々ゴミを投げ捨てていく人がいる。ひどい人になると植え込みの陰から庭に向かって缶やらゴミやら投げ込む。鉢と鉢の間にあるなんだか黒っぽいものを見て、またコンビニ食品のカラとか投げ捨てた人がいたんだと思った。

しょうがないなあとかがみこんで拾い上げようと手を出して近づいたら、ゴミだと思ったものと目が合った。

目が合った、と思っただけで、正確には、その、ゴミだと思ったものに目があったんだ。うぎゃあとかなんとか、変な声を出して飛びのいた。飛びのいてから、やっぱりなんとかしなきゃならんから、勇気を出しておそるおそる近づいてよく見た。

鳩だった。死んでた。いつ死んだんだろう。前日は冷たい雨だった。雨が降っていたから鉢の様子は見なかった。

よく見てからやっぱりまた飛びのいて、それからどうしようか考えた。どこかに埋めるのか、シャベルとかもってくるのか、どこか掘るのか、でもどうすればいいんだろう。ああそうだ。役所にそんな窓口があったような気がする。深呼吸して家に入って、google先生に聞いてみた。「横浜市 動物の死骸」。資源循環局というところに電話しろという。電話してみた。横浜市の委託業者が引取にいくという。連絡先は聞くが、基本的に業者が何も告げずに引き取っていくという段取りになっているんだそうだ。役所の人は、なんだかとても優しい口調で説明してくれた。死骸を見つけて連絡するということは、そういう口調で説明してくれる段取りになっているんだろうか。なんだかそう思えるような優しい話し方をしてくれるおじさんだった。こっちは鳩の死体を見つけたおばさんだが、それでもおじさんの優しい口調はなんだかとても暖かかった。

電話を切って、これで終わりなのかと思った。これで終わりなんだろう。鳩は業者の人がもっていくんだろう。だけどなんだか落ち着かなかった。線香をもってきて、鳩にあげることにした。線香をあげようと思って鳩のところにいくと、さっきと違って鳩を見るのが怖くなくなった。よく見たら、まわりに羽根がたくさん散らばっていた。鳩はうずくまってた。投げ捨てられたのではなく、逃げ込んでうずくまって、死んだようだった。横腹にえぐられたような穴があり、そこから出ただろう血が固まってた。怖かっただろう、痛かっただろう、と思った。線香をあげた。香がつきそうな頃、また外に出て線香をあげた。

夕方、外で車の音がした。あ、もしかして、と思って出てみたら、もう誰もいなかった。鳩もいなかった。鳩がいたところに燃え尽きた線香の灰が残ってた。さよなら。

2016-11-11

[]機器いろいろ

東京から横浜に転居して19年になりました。夫の実家の近くに家を建てたのだけれど。ガスはプロパン。そしてテレビのアンテナはとっても高く建てないとマズいんだとかで、新築時からケーブルテレビを導入しました。それから2年くらいして、そのケーブルテレビの会社がインターネット接続を開始した。で、ネット接続をISDNからケーブル接続に変更。当時、時間接続がまだ主流だったから「つなぎっぱ」に移行が扉があいた感じがしてとてもうれしかった。

テレビがあるリビングにケーブル回線、デスクトップパソコンやらFAXやらがある部屋にインターネット回線。という別部屋体制でしたが。昨日、ケーブル会社が工事にきて、両方ともリビングに。テレビとその子機的にタブレットを使うためには同部屋がいいんだそうだ。ケーブル会社の機器がいろいろ古くなったり変わったりで契約を変えるついでに機器を全部新しくしてもらった。

デスクトップパソコンはまだまだ現役使用のVISTAインターネットの大半の利用をiPhoneだのタブレットだのがもっていった現在、デスクトップパソコン年賀状作成やら、娘のなんやかんやの事務処理やら、CDの取り込みやら、DVD焼きやらがもっぱらの「お仕事」。このパソコン、無線LANが内蔵されていない。さてどうするかということで、無線LANの子機をとりつけた。ああ、快適に動く。と、デスクトップパソコンをいじりたくてはてダログインしてつらつら。

このパソコンの中身は、かなりの「みさえの押入れ」状態で大変なことになっている。断捨離が必要。しかしこの15年くらいの間に機器の発展がとんでもないことになっていて、要するに「押入れ」が一畳程度から大きな寺の本堂くらいに飛躍的に大きくなっている。外付けHDDもけっこうな年数使用になってきたので、新しいのにファイルを移そうと思っているのだけれど、中身の多さを見てげんなりする。ばしばし捨てちまえばいいのに「捨てるもの」とかいうフォルダを作ろうとする自分を叱りたい。

「押入れ」が一畳程度から大きな寺の本堂くらい。最初の外付けHDDは20ギガだった。次に160ギガにした時に「すげー」と思った。そろそろ耐用年数ヤバいかと新しく買うときに1テラとか2テラとか、すげーよね、ホント。そんなにあったらとんでもないことになると思って500ギガにしてある。移行が進まず併行使用状態だけど。

このデスクトップCDの取り込みも重要な仕事のひとつだった。しかし。ストリーミング時代ですな音楽も。現在のわたしの音楽状況ですが。googleに金を払わず、Appleに金を払わず、LINEに金を払わず。年間3900円で一切合切のamazonプライムにくっついてきてるサービスの「amazon music」と、「Spotify Free」。両方とも邦楽はとても層が薄い。amazon musicは古いものを見つけて懐かしむことはできる。Spotifyは、そこそこ興味があるアルバムを見つけたときに、フリーユーザーの壁にぶち当たる。アルバムを初聴きの状態で本来の曲順をぶっ壊して聴くのは創り手側に本当に失礼な行為だと思う。だからって毎月980円払うかというとそういうことではない。「これは」と思うアルバムがあったらそこでSpotifyから引き上げてtsutayaにいくということだ。

ただなんというか。ストリーミングで音楽というのは、本当は疑問がある。好きなものに対しては本当は一枚一枚「聴きます」チケットを払わなくてはいけないのではないかと思う。それが購入であるかレンタルであるかは選択ではあるけれど、やっぱり一曲一曲に対価があるべきなんではないかと思う。それが得られる側にとってだけではなく、支払う側にとっても必要なことなんではないかと思う。なんというか、定額制でいろいろ流れていくというのは、どこか感性がざらざらしていくような気がしなくもないからだ。

とは言いつつも。昨日からまた新しい音楽の聴き方が始まった。タブレットiPhoneでケーブルテレビの番組が見られる。「MUSIC ON! TV」やら「スペースシャワーTV」やらでMVがただ流れ続ける時間の視聴がとても楽しい。機器の進歩ってほんとすごい。

2016-06-26

[]スマホレンズでお遊び

買っちゃった!

日経PC21は「3種のスマホ用レンズ」が付いて690円!セブンイレブンに急げッ/かみあぷ

写真を撮るのになんか特別なことをやったことがない、「用意されてる機能のみで、安いデジカメや携帯/スマホのカメラを『普通に』しか使ったことがない」全くの普通のオバちゃん。

が、雑誌おまけレンズマクロというものをやってみて、楽しく遊びました。

fire hdレンズくっつけて撮ったローズマリーの花。

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205shにレンズくっつけて撮った斑入りブルーデージーの葉。

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2016-06-23

[]はてなブログ

去年の10月から始めたはてなブログは、エントリー数が103件になった。

コミュニティというものがある。ガーデニング関連のコミュニティに入ろうかと思ったが、ざガーデニングみたいなセレブ臭が見える参加ブログが目についたとこで参加する気がなくなった。

コミュニティは誰でも作れるようなので、自分で自分が入りたいコミュニティを勝手に作って、自分の好きな画像をアイコンにして満足した。たった一人でコミュニティというのも変な気はするが、自分がそれでいいので問題はない。

10月から始めて途中でほったらかしはしたが、またコツコツと更新する。増え続ける植物の名前と個性を忘れないための記録なので、誰のことも考えていない。

放置した時期の植物の記録がなくて、時々呆然とする。死んでしまった植物ならなおのこと。

植物ブログは育児日記のようだ。今を記録したつもりでもその日の「今」は、すぐ過去になる。

はてなダイアリーの住人を長くやってきたが、はてなブログについてはよくわからない。時々はてなスターが付くが、三個単位の人が多い。はてなスターからリンクでとんでも、スターは三個単位のところが多い。そういう慣習か。

まあコツコツとまだ記録は続けると思う。愛想のない存在のしかたをしているのだが、最近わたしが作ったコミュニティの参加者がぽつんぽつんと現れる。なんかすごい。

http://satomies.hateblo.jp/

2016-06-07

[]グッドおすすめと、バッドヤバいぜ

amazonプライムを申し込んで早半年ですか。有料会員としてのプライム。例えば動画換算でレンタルDVD旧作100円として20本観てトントンですか?

ケチくさい換算はいいか。アレ申し込むのは完全個人的な感覚だと思う。わたし自身はプライム会員であること自体をまだまだ楽しんでいる感じ。

さて。プライム会員が無料で観られる動画をあれこれ観ている。邦画をよく観る。なんでかっていうと、家事をしながら観られるからだ。ただ、観てるものによっては結局「ながら」で観られなくなる。

で。いろいろ観ているのだけれど。これはすげーぞ、と思ったものと、なんかもう金の使い方まちがってねーか?思ったものの記録。両方とも小説の映画化。両方ともわたし自身は原作を知らないまま見た。

  • すごくよかった方。

D

映画館で観なくて本当によかったと思う。泣いたから。声出して泣いたから。じわじわ泣くのではなく、あるシーンで息を呑み、そしてひいいっと変な声を出してから泣いた。セーブできなかった。映画館じゃ自分、ヤバい。

重要な登場人物の「父」。実はわたしはこの俳優が好きじゃない。いや、好きじゃないんじゃなくて嫌い。「こういう風に演技してます」的しゃべりとか動きとかがとにかく鼻についてキツい。とても上手な学芸会みたい。なんかいわゆる子役芝居が大きくなった人みたい。この人が苦手であの有名な人気ドラマはまったく観られなかった。

しかしこの作品では我慢はできた。たぶん主役の二人が良すぎて、その二人に完全にもっていかれたからだと思う。女優さんの方はあまりよく知らない人だったので、観たあとに調べた。いや、思わず調べさせられたといった方が正しいと思う。変な男と関わったためにスクリーンから消えることになったらしい。非常に残念だと思った。

タイムトラベルものはフィクションの中によくあるけれど。うまい。そして原作の大事な線を大切に作った映画だと思う。あと、田中泯が素晴らしい。

  • ダメダメな方

D

陳腐。ミステリー要素ということで一生懸命最後まで観た。そうしたらクライマックスあたりがまたひどくてげんなりした。

女優がひどすぎて、ストーリーにのれない。ヒロイン父親と叔母がさらにひどい。この二人が出てくる場所もなんかわざとらしく、説明くさいセレブぶりも陳腐。「問題の過去のその時」の回想映像がなんかまたひどい。お金をかけた紙芝居。この原作、この女優、この俳優、はいできあがり的。要はあのヒロイン役の女優の「外見」が好きな人のための作品ではないかと思う。あとあの独特の声か。あの声を聞くだけで満足できる層は、あの、学生の自主制作映画に出てくる女の子のお芝居みたいな数々のシーンに耐えられるんだろう。いやそれも一生懸命自主制作映画を作っている学生さんたちに失礼か。

この作品は、小説を読まなきゃいけなかった。小説読んで自分の想像力の中で迷子になっていき、そしてラストがくる構造だ。こんな映画観てしまったら、こんなふうな実写観てしまったら、もうこの原作は読んでも楽しめないだろうと思う。ひどいもんだ。

ただし。木村多江がとてもよかった。木村多江に関しての演出もとてもよかった。岸谷五朗の女性にはまっていく様とみっともなさがリアルでとてもよかった。

2016-02-04

[]人気ドラマ

amazonプライムで「愛していると言ってくれ」を見て、ざらざらといろいろ残った。うーん、なんというか、これが人気ドラマだったのか、と。自分の中に残った最大の感想は「ウルトラマン」だった。ウルトラマンには「物語導入部→怪獣出現→人間が戦う→ウルトラマン」という構造がある。水戸黄門でもいい。物語の導入部から黄門様の庶民的扱われシーンがあって、周囲のキャラ立ての分数があり、格闘があってその末の印籠。わかりきったそうした構造がある。「愛していると言ってくれ」は、なんかそういうわかりやすい構成みたいなのがちらちら見えて、なんかねという感じだった。ラブラブ→事件→ラブラブ→事件と、ジェットコースターの上り下りのように刺激的な展開が起きる。その展開の構成の計算がすけて見えている感じ。

ウルトラマンも水戸黄門もこうした構成は見えてていい。そういうお約束すら楽しめる方のドラマだと思う。でも、恋愛ドラマにこういう構成のための計算がちらちら見えるってどうなんだ?と思う。構成は存在しても、ちゃんとストーリー展開でその構成の上にちゃんとのったリアルなドラマが必要なタイプの方なんじゃないの?恋愛ものってと思う。ドラマの展開のための骨組みがちらちら見えるのはなんとも興ざめだと思う。

とにかくストーリー展開の裏付けがお粗末なところが多い。ヒロインの友人が妊娠しているのだけれど、この友人が三ヶ月のあたりでまだはっきり付き合ってなくて、五ヶ月にはもう別れてる。しかもその間に同棲も始まっていてそして終わっている。どんだけ忙しいんだ。その間にヒロインは不安で大騒ぎしまくって、好きだのなんだのきゃーだの不安だのと叫びまくり、しかもそのたった二ヶ月かそこらのうちに二人の男と寝てる。すげーよ。

何年も付き合って結婚まで考えた元カノより、この前知り合って大騒ぎしまくってる今カノの方が存在が大きい。ストーリー上はこういうことになっているけれど、そういうことになっていますというからそうですかと理解して見てるけれど。今カノの方が彼にとって存在が大きくなる確固とした理由はぜんぜんわからなかった。まあむりやりこじつけて納得することはできるけれども。そうやって見てる側にむりやり隙間を埋めさせるってどういうことだと思う。

まあ人気ドラマであったということは、見てる側がそうやってむりやり隙間を埋めたということだ。それはとにかく豊川悦司の力だと思う。なんだあのイケメンぶりは。力なく笑うみたいなとこの破壊力がすごいね。

お粗末過ぎて笑えるのは、元カノが雨の夜に男のとこに現れる回。雨に濡れまくって男のとこに駆けつける。男が家に入れるのを拒否すると雨に打たれながら踏切に飛び込もうとする。なんだそのすごい傷つき方の問題ってのはなんだ。なんでも子どもをとられたとかなんとか。は?なんでいきなりそういうことになるんだ?伏線もなくいきなりだ。女と逃げた元夫がなぜ母親から子どもを取り上げにくるんだ?しかも急に。そしてその後、ほんとに急に子どもは取り戻せる。わけがわからない。なんかしらけて見てた時間はあるので、そのときになんか大事なことを誰かが言ってそれをわたしが聞き逃してるとかなんとかなのか。わからなかった。変なの。

要するにこういうお粗末さがしらけるんだ。これはあれだ、元カノが飛び込んできて疑惑のネタを落としていく。その展開に男を協力させるための「出来事」が「構成上」必要だったというか。そのために多少の辻褄合わないことは我慢してください、ってことですかと思うんだよね。すみませんわたしはぜんぜん我慢できませんでした。LoveLoveLoveの魔法にはかからんかったよ。

ドラマ見終わってちょこちょこ周辺の情報をネットで拾って閲覧してたら、ちょっとおもしろエピソードがあった。常盤貴子が徹子の部屋に出たときに言ってたと。豊川悦司がいろんな出演者と話してるのに自分とは話してくれない。で、第八話の脚本についてどう思う?とある日聞いてきたのだけれど、その時なにも答えられなかった。そうしたらその後全く話してくれなかったとかいう話。この話を読んで、八話ね、ふうんと思った。いやなんでもいいんだけれど。あの、構成がちらちらして各所で変なところがある脚本の隙間を見事に埋めていったトヨエツは、八話の何を共演者と話したかったのかなあと思ったので。九話の方が変だけどね。

まあ変でもなんでも、かなり遅れたタイミングでトヨエツの洗礼を受けた。次にプライムで見たのは豊川悦司で検索して出した映画でしたとさ。ああ、言いたくてたまらなかったことをずらずら書いたらすっとした。こんなこと誰かをとっつかまえてべらべら話したら相手にとって迷惑以外のなにものでもない。大声で誰かにしゃべってる気になれるネットって便利ね。

2016-01-27

[]12月から1月

12にamazonプライムを申し込んだ。申し込んでから今までに見たプライムビデオ

amazonプライムビデオで配信されているトーク番組。土田晃之の喫茶店に芸人が訪れて話していくというコンセプト。聞き方、話の引き出し方がうまく、ゲストの方々から素直に出てくる一面がおもしろい。お話の中から紹介されるネタを披露する演芸場のコーナーもあり、人としての一面を見ながらまたそのネタに笑う、というのがほっこりおもしろい。


2014年にテレビ東京で放映されていたドラマで、ドラマも原作も人気があったものらしい。ほとんど知らなかったけれど、第一話からすぐに夢中になった。三匹のおっさんたちもよいけれど、中田喜子の美しくちょっと意地悪な姑がいい。「美人、ちょっと意地悪、姑」、このワードを組み合わせたらたいがいヤバめのオバハンになると思うのだけれど、美しい可愛らしさが小気味いい感じに仕上がっていてマンガちっくで楽しい。中心になる登場人物がみな優しく、ほっこりする。ドラマの構造は最後にパターン通りに主人公が大活躍する安定路線


テレビ朝日の深夜放送のバラエティ番組、らしい。よくわからず見始めて、すぐにはまる。プライベートの話も多く、子どもの話題がおもしろい。大竹家のご長男幼児期ヤンチャぶりとそれにふりまわされる両親の話が特に好き。


言わずと知れた超有名恋愛テレビドラマですね。知ってる知ってる、名前と主題歌と登場人物と聴覚障害がどうたらくらいは。それ以外よく知らなかった。1995年7月の22時台のドラマ。この頃、ダウン症娘3歳にその弟0歳後半期。しっちゃかめっちゃかくっそ大変な時期だった。夜の10時にぽかんと他人恋愛なんて悠長に見てられる時代じゃない。

しかし並の時間にも宣伝よくやってたなという記憶はある。大人の男性が大人の社会をもっていて、ガキに毛が生えたような女の子がその周りをきゃーきゃーとこうるさいなあと思っていた。実際にドラマを見てみたら、この時のこの番宣などを見た印象の感想は、画廊の女性の目線そのままでちょっと笑えた。

このドラマは豊川悦司の豊かな表情を鑑賞する作品ですね。女性が書いた脚本なのだけれど、男性陣が愛情深く寛容で、女がみなズルい。ズルくない女は、嫌な女の子として出てくる妹役のみ。この妹も序盤で嘘ついたりなんなりとちょこちょこやるけれど、他の女のずるさが桁違いなのでかわいいものだ。

あと、バブル期はいつ終わったんだっけとふと思った。95年だとすでに崩壊しているはずなんだけれど、現在から見るとまだかなりバブル期。登場人物がとにかくすぐにタクシーを使う。六本木のディスコが出てきて、そのシーンがかなりあの時代チック。あと、女性の髪型やスーツの形など、今絶対に無理な「あの頃のスタイル」ばかり出てきて懐かしかった。それと豊川悦司がとにかくタバコをよく吸う。そういう時代だった。あんなにタバコ臭い男は今は嫌がられると思う。

固定電話コンビニから送るFAX、公衆電話リアルタイムで連絡がとりあえないすれ違い。タイムラグによる誤解のからまり。会えるかどうかわからないけれど会いたい時に会うために街を走る。全ては過去のもので、この不便さが呼ぶすれ違いのドラマ性が全編に満ちている。この構造は現在ではもう無理。懐古的にどうのというより、ラインやメールを使っての気持ちのすれ違い的ドラマが見てみたい。便利になったって恋人同士の気持ちは常にすれ違う。それは自信の無さや不安が誤解を呼び、気持ちが波立ち恋しさが増すことは、そもそも恋愛副作用であり、その存在自体は小道具には左右されないと思うので。そして、このすっかり小道具が新しくなった時代の若い恋のドラマを見てみたい。もう絶対に自分には経験できないものなので。

2016-01-21

[]あかいくるま

昨日、車の定期点検でした。2008年2月納車のキューブキュービック。去年7年の車検通して今年で8年です。来年の車検も通す気満々です。経年劣化の部品交換が、セレナの時は7年でもうちょっとあったような気がするんだけれど、今回の車は大きい出費はあまり無い。

エアコンが壊れたけど。10万かかったけど。これはでかいか、6年でこれはでかいか。あと、ナビがCDが読み込めなくなった。純正なので治すと高くつくようなのでそのまま。ハードディスクに今まで読み込ませた音楽は聞けるけれど、新しいものは聞くことはできない。Bluetoothで音楽を飛ばせないかとよく聞かれるのだけれど、年式的に惜しい。Bluetooth携帯電話をつなぐことができ、ハンドルあたりについているマイクとスピーカーで「電話相手と会話ができる」。これは非常にありがたい機能だったけれど、このナビがBluetoothでできるのはこれだけ。ほんのちょっとの月日の経過で飛躍的に機能が増えて今やあたり前のようだけれど、このナビにはできない。新しい曲を聞きたいときはFMトランスミッターでiPodをつなぐ。ああ、そこそこもう古くなってるわね、この車は。

だからなに? ラブだからあかいくるま。昨日ディーラーの人に言ったの、まだまだ長く乗るからって。メンテ丁寧に入れるからって。この子とまだまだ仲良くしていくから、どうぞ協力お願いしますって。

古くなったと思う。時代がどんどん新しくなっていってると思う。でもね、この車以上に欲しい車が世の中に存在しない。キューブモデルチェンジの噂があった時にはけっこう期待した。でもさ、なんだあのマイナーモデルチェンジは。だいたい今のニッサンキューブ自体を売る気が無いとしか思えない。

今のキューブも好きじゃない。ボディの変な丸みがダサい。以前2ちゃんねるをのぞいたら、「便所のスリッパ」「あのデザインを考えたヤツの罪は深い」とか出ていて爆笑した。同意の拍手。あれは好きじゃない。いや、実際あのキューブレンタカーで借りて運転した時、トランクルームがやだった。ぼこっと下が深くて狭い。キューブキュービックのたくましい荷物積める空間にはとてもかなわない。

キューブキュービックはいい車だ。三列シートをシートとして使ってる人はほとんどいないと思う。あれは二列シートで荷物積める空間が四角で積みやすく広いことが素晴らしいんだ。バーベキューのセットとか折りたたみ椅子とか積めるぜなんといっても車椅子が簡易折りたたみで積めるぜ。娘が足の指の骨折った時には、改めて感動モノのたくましさだった。

「他に欲しい車が見つからないの」。そう言ったわたしにディーラーの人が言った。そうなんですよね、キューブキュービックのお客様にそういう方がたくさんいらっしゃるんですよね。先日もね、という話が始まった。キューブキュービックに乗ってるお客さんが、まあコトがあって、その車が使えない車になった。車を買う、新車を買う、ということだった。で、結局そのお客さんが悩みに悩んだ末に出した結論は「中古車でキューブキュービック」だったそうだ。

「わかる!」と、思わず叫んでしまいました。ああ、それはわかる。そうしたら、ディーラーの人が続けて言うことには。でもね、キューブキュービックは、なかなか中古車で出てこないんですよ。手放さない方が多いんですよね。そのお客様もかなり待たれたんですよ、結局。はあ、なるほど。

でも限りはある、そのうち別れはくるのでしょう。丁寧にメンテ入れながら、次の時代のことも考え始めよう。大事にしてもあと数年。

2016-01-19

[][]amazon プライム

ずっとどうしようか迷っていたんですが、暮れにギフト券をいただくことがあったことをきっかけに「えいや」とプライム会員になりました。理由プライムミュージックとプライムビデオとKindle本月一冊に惹かれたからです。今、けっこう満足してます。一年後にどうなるかわかりませんが、今年は存分に活用するつもりです。

家族へのクリスマスプレゼントのいくつかをamazonで購入。娘がジグソーパズルにはまっています。イベントごとに新しいのが欲しい。「108ピース ディズニー」です。いっぱい持ってるし、108ピースがどこのお店にもたくさんあるわけでもなく。しかしamazonにはそこそこある。あと、買いそこねた何年も前の発売のものが安くなってたり高くなってたり。安くなってるとラッキーだし、高くなってると(それもってる)とウハウハします。

夫がナッツが好きです。これ、おいしい。

無添加ミックスナッツ 1kg (くるみ,アーモンド,カシューナッツ) 食塩、オイル使用無し

  • Prime Music

よくない。でも悪くない。よくないのは最近の曲が無い。J-pop少ない。レンタル屋でいえばとっくに旧譜、そして人気者の陰にあるような感じのもの、あとは人気曲をカバーしたものとか。悪くないのは洋楽懐メロは盛りだくさんかなということ。AKB網羅は娘が喜ぶ。

悪くない。映画のリスト見るとそんなに魅力的にも感じないけれど、なんとなくテレビ番組を順々に見てる。悪くない。いや、よいかも。

一月に一冊で、次の一冊を読むためには今の一冊を手放す方式らしい。つまり貸本。まだそんなに見ていないので取り揃えについてはなんとも言えないところ。一冊目に写真多い本を選んでダウンロードに時間かかってビビった。

2016-01-16

[]ただいま

ブログ閲覧していただいている方から立て続けにメールをいただき、コメント欄にコメント入り。思い出したようにこっちにログイン

「ただいま」

過去に書いた文章読むと、熱入ってるなあと思います。いろいろと頑張る時期に頑張って書いてよかったなあと思う。

笑える話なんだけれど。自分の書いた過去文章読んで、がしがしと入り込むんですね、自分が。あったりまえなんですが。過去の自分と今の自分と感性似てるどころか本人なんだから。本人が好きなものはたいがいその先の本人も好きでしょう、よほどの変化がない限り。

よほどの変化は。やはり土いじってばっかりいることですね、最近。「あれ?そんなの全然好きじゃなかったよね?」と言われます。はい、そうです。変貌ですね。楽しいよ。

息子は大学三年生も終盤になり、いよいよ就活に入っていくようですよ。大学に入った時に言ったんですが。「今までのアンタのお勉強については、こっちの財布が関係してくる。しかしこれからのアンタのお勉強については、将来のアンタのお財布に影響することだ。まあがんばれ」。いやー、気楽なものですね。

高校受験が終わった時にiPhone3Sを手にした息子。この頃は中高生ガラケー当たり前時代。そこから4S、5Sと進み、年末に6Sに機種変しました。そして6Sから「自分で払う」体制が始まりました。学生時代は一部援助ありでその分少し口座に振り込みましたが。しかしもう、支払い移動してなんか気楽なものだ。

家族はソフトバンクなのですが。家のケーブル会社がauにしろauにしろとアピールしてくる。ただうちはソフトバンクなのよ、とそのままだったのだけれど。おおそうだ、アンタauにすれば?オトクみたいよ。ということで彼のみauに。支払いは自分の口座からという手続き完了です。

今の番号は彼が中3の時だったのでわたしの名義だった。なので新機契約の折には同席なんだけれど。au側が家族で乗り換えろ家族で乗り換えろ、万札万札とうるさい。いえ家庭の事情で乗り換えはしません。はい人チェンジ、家族で乗り換えろ乗り換えろ。

「あのね。成人している娘に知的障害ありましてね。ちっちゃい位置検索かける機器がソフトバンクのがいいの。母が高齢一人暮らしでしてね。ちっちゃい位置検索かける電話を持たせておくのにソフトバンクのいいの」。

ということです。だいたい乗り換えてトクなのはスマホだろ。うちは夫、わたし、息子、娘、母、と5台契約していて、スマホは息子一台のみだったんだから、乗り換える必要はさらさら無いのだ。夫はスマホいらんガラケーで充分おっさんで、ガラケーも電話利用オンリー。そしてわたしOCNモバイルSIM利用iPhone4S利用の二台持ち。乗り換えいらん。あと息子が5S使うか?言ってきたけど、それもいらん言った。4Sに比べて5Sはソフトバンクロック外しがやや困難そうなこと、そしてわたしはやっぱり持ち歩くのにはちっこいのが好きみたいだ。それより大きいのは家でwifi環境で使えばいい。

ガラケーはうちには絶対必要だと思う。あの地震の時、揺れと同時に電気を失った経験は二度と忘れない。娘のことを考えると電池の心配が無い連絡機器は絶対に必要だと思う。

2015-10-27

[]ゼラニウム

今朝、ゴミ出しに行ったときのこと。数軒先の家の玄関先の小さな庭に、真っ赤なゼラニウムがたくさん咲いているのがふと目に入った。

(うちにあるのと同じだ。ゼラニウムはあまり地植えにしないらしいけれど、ここの家は鉢植えじゃないんだ。地植えでたくさん咲いているなあ)

最近急に初心者ガーデニングに目覚めているわたしは、同じ品種の季節一周の経験が無い。地植えにして山のように今花を咲かせているゼラニウムが、冬どうなるのかよくわからない。

ここの家は、玄関先の小さい庭によく計算された配置でいつもきれいに花を咲かせていた。このゼラニウムも昨日今日植えたものじゃない。どうやってこうやって上手に地植えで季節回せるのか、できるものならご教授いただきたかった。できるものなら。

この家は、今年の始め頃から、もう誰も住んでいない。お話し好きなおばあちゃんが一人で住んでいて、死んでしまったから。お話し好きで、噂好きな、よくいる近所のおばあちゃん。めんどくさい話多かったから、話しかけられてもわたしは笑顔でにっこりと長話NOな後ずさりばかりしてた。ゼラニウムの話、聞きたかったなあ。タイミングが遅すぎた。

夕方、業者の人が来た。木曜から近所で解体工事がある。工事車両が出入りする、ご迷惑かけますのご挨拶。「ああAさんとこの工事ですね、あそこの位置だと車はこっちからこう入ってきますね、狭い路地なので工事車両の駐車はこことかあそことか避けてください」とかなんとかなんとかかんとか、わたしは答える。

とかなんとかかんとかかんとかなんとかで、これこれこうで…。と言いながら、「あ!」と、わたしの声が止まる。「ううう」と声にならない声が喉から出る。

「どうされました?」と、業者の人。たいがいこういう時はおっさんが来るのだけれど、今日はスーツ着た女性だった、30代くらいの。急に変な声を出したわたしに「どうされました?」と優しく聞いてくれた。

解体工事、ですよね。Aさんとこで、家を壊す、んですよね」。「一人暮らしのおばあちゃんがいたんです。今日、その方のことを考えていたんです」。「工事、ってことで、これとあれと、頭が別に動いてたんですけど、今急にそれがつながったんです」。「ごめんね、変な声出して」。

「いえ」と言ってから、小さく優しくほんのちょっと口角上げて業者の女性が答えた。「お気持ち、動きますよね」。いい人だ、この人。挨拶周りにうってつけだぞ、この会社、エラいぞ。

今日、なんとなく、ゼラニウムが目に入ったのは、お別れの合図だったのかなあ。

2015-10-22

[]古い映画いっぱい

海洋天堂が、明日、テレビ放映されるそうだ。

以前DVD化されて、そのうち借りに行こうと思っている間に地元のTSUTAYAから消えた。結局そういう扱いか、と思う。昨今のレンタル屋にはすっかりスペース的に品揃えの余裕が無くなった。しかし、これはいつまでも棚に置いておいて欲しい作品だと思う。この映画に比べたら、はよ片付けちまえと思われる「ヒューマンドラマもの」などくさるほどあると思う。

地元のTSUTAYAから海洋天堂のDVDが消えた時に、TSUTAYAアプリで海洋天堂を置いてある店を検索した。自分が行けそうな範囲にはどこにも無かった。そうかと思った。そのまま日が過ぎていた。

今回テレビ放映の話を聞いて、なんとなくまたアプリを検索してみた。あった。ちょっと離れたところだけれど車でちょっと行けば行けるような距離のところで「ここにあるよ」とアプリが教えてくれた。その店をアプリ登録したら、まもなくクーポンが来た。旧作準新作が百円だという。

ということで先週末に海洋天堂を借りに行った。ああここか、ここがTSUTAYAになったのか。そこは元々古いレンタル店だった。チェーン店では無かったと思う。ビデオの頃からのレンタルとゲームの中古とかの看板が出てたのをけっこう前に外から見たなあと思った。

店に入る。地元のTSUTAYAにある在庫検索のモニターなど無い。初めて入る店で自分で探す。多分、このへん、多分このあたり。映画 海外 ドラマ とかなんとかのワードでそのコーナーに行く。

驚いた。海洋天堂はあったんだけれど。棚に並ぶDVDがなんか、なんていうか、古臭い。見慣れたTSUTAYAの景色とは違う。これはあれだ、レンタルビデオ店のあれだ。昔のレンタルビデオ店は新しい映画もあったけれど、古い映画の在庫もたくさんあった。

もしかして。と思う。海洋天堂をカゴに入れながら、自分の記憶の中で、見たかったもの、もう近所のレンタルでは入手が難しいもの、そういった映画のタイトルの記憶を繰る。探す、探す、指で探す、あいうえお順に並んだ棚を丁寧に探す。

あった。あった。あった。わあ、すごい。あったねえ。いそいそと海洋天堂とあわせて4本をカゴに入れる。とりあえず今日はこのへんにしておこうとレジに行く。レジでアプリのクーポンを見せる。そうしたら店員さんに言われたこと。

「このクーポンが無くても、うちは旧作はいつも百円なんですよ」。

つまりこのクーポンは実質「準新作が100円クーポン」という意味らしい。わたしのようにうれしそうに古臭い映画をいそいそともっていく人には必要の無いクーポンだった。

ヤバい、あそこの店、通いそう。明日、返しにいくので明日借りたいものをネットで物色中。

先週借りたもの

1995年の映画。乙羽信子の遺作となるという思いで夫の進藤監督が撮った映画というエピソードだけを知っていて、見たいと思っていたもの。老いるというテーマの中で「黄昏」というヘンリー・フォンダの映画が好きで、その延長上でこの映画にも興味があった。

1968年のアメリカ映画。「アルジャーノンに花束を」の最初の映画化ということで興味があった。

1970年伊仏ソ連の合作映画。戦争に引き裂かれるカップルの、別れのシーンがかなりきつく切ないと、若い頃に誰かのエッセイで読んだ。そのまま映画自体を知らずにここまできていたので。