S嬢 はてな

2019-01-18

さよなら

https://satomies.hatenadiary.com/

移行先のはてなブログを作った。移行処理の最後のボタンでここは閲覧できなくなる。ここに来たら新しいところに飛ばされる。でもそこはここじゃない。

大家が家を畳むと言う。引っ越してくれと言う。引っ越すよ、荷物も運んだ。家がなくなるのも了解だよ。

ただ、最後のその日まで時々眺めに来させてくれないか。だから最後のボタンはまだ押さない。

ここはたくさんの人との思い出のアルバムだ。

出会った人、ありがとう。

話をしてくれた人、ありがとう。

考えさせてくれた人、ありがとう。

遊んでくれた人、ありがとう。

いろんな場面でふと思い出す。あの話をした時にこんな話をしてくれた人がいた。あれはこれはそれは。まだ考え続けていたりもする。

ありがとう。さよなら。

わたしはまた、歩き始めます。

2019-01-17

[]移行

2019年を迎え、覚悟を決めてはてなブログへの移行処理を進めています。

新しい場所を作って、中身を移行させて、ブックマークも移行させて。最後の「全部」のボタンが押せないでいる。

はてなブログには中身は引っ越せるけれど、デザインが変わる。もうあれこれいじるのも面倒だなあと思う。

もう誰かが気にするでもない、自分が固執するでもない。ブログタイトル変えたったわい。

https://satomies.hatenadiary.com/about

2018-12-12

[]おはよう

週三回、パートに行ってるんですが。その行き道の途中で会う人がいる。いつも会うわけじゃない。何曜日に会うのかよくわからない。その人の姿が見えると、あああの人だと思う。姿が見えると見知った人だと思い出す。すれちがうと忘れてしまう。すれちがうのは住宅街の中にある、すこし広めの道路。右と左とそれぞれの車線を余裕で通れるような道。ただ、歩道に関しては引いてあったり消えてたりの頼りない白線がある程度。そんなありきたりな普通の道。

あっちからその人が来るのが見える。ああ、今日もあの人とすれちがうんだなと思う。その人は遠目からでもよくわかる。ゆっくりゆっくり、体を大きく左右に振りながら歩いてくる。表情が引きつったような怖い顔をして歩いてくる。よくわからないけれど、脳性まひあたりなんではないかと思う。男の人。年のころはわたしより若い。40代くらいかなあ。体の動きからは年齢よくわからないし、おっかない顔して歩いてくるのでしげしげと顔を見てるわけでもないのでよくわからない。おっかない顔して歩いてるだけで若いのかなあ。よくわからない。

わたしはその道の右側のはしっこを歩く。その人は向こう側から同じはしっこを歩いてくる。だから間近ですれ違う。大きく体をゆすりながらおっかない顔で歩いてくる人とどうやってすれ違う?あの人が見えたら反対側のはしっこに行く?それってすげー感じ悪くない?だからわたしはそのまままっすぐ歩く。じゃどうやってすれ違う?そのまま普通にすれ違おうとしたら、体がぼっこんぶつかるぜ?だって体大きくふって歩いてくるんだもの。

一番最初、どうやってすれ違ったかもう忘れた。たぶん、すれ違う瞬間にちょこっとよけたくらいだと思う。その次に会った時、その次にこの人が遠くから歩いてくるのが見えたときには、わたしは挨拶をすることにした。どうやって挨拶しよう、どのくらいで挨拶しよう。結局わたしはすれ違うときに、ちょっと横を向いて視線をそらしながら「おはようございます」って言ったんだ。

善人くさく元気よく「おはようございます」って、なんかいやじゃない?なんかくせーよな。だからちょっとぷいって横向く感じで言ったんだ。でもさ。自分、根本が愛嬌女なのよね。人と目が合うと口角上がっちゃうようなヤツ。だからなんとなく、なんかそういう懐っこいババアってのはたぶんバレたんだろうなと思う。次にすれ違った時、おっかない顔の端っこでふわって柔らかい顔をわたしに向けて、小さくぺこって頭をこくんってやってくれたんだ。あーおはようって言っていいんだって思って、わたしはそれからその人を見ると、当たり前のふつうの笑顔で「おはようございます」って言うようになったの。おっかない顔の端っこでふわってやわらかく、すごく小さな声で「おはようございます」って言ってくれるようになったの。

ある日ね、向こうからその人が来たときに、すれ違うときに大きく大きく動いたの。あれ?って思った。ああそうか、ってすぐわかった。きゃって思った。あのね。彼、わたしとすれ違うときに自分の体を車道側に出したんだよ。彼はナイトになって、おばちゃんは女の子にしてもらったよ。うふふ。

2018-11-06

[]パソコン

パソコン出して立ち上げてたら、そばにいた息子が「年賀状?」とか言いやがった。

「違うよ、助成金関連の書類作るんだよ」

娘の余暇支援活動に関しての中間報告書類ですがな。要は息子の目から見てそうした母の活動がすっかり減ったってことだなと思う。それと。わざわざパソコン立ち上げることが本当に減ったということだ。あー、新しいiPad欲しい。

いやなんだ。そうじゃなくて。パソコン立ち上げてちゃんと移動しなきゃな、はてなブログに。まあなんだ、とにかく今日はもうシャットダウン。

2018-09-26

[]ゲロ話、再び

なんとなく日記としてゲロの話を書き留めて。まあ単なる日記ではあったのですが、なんだかものすごい反響が当時あったというか、そんなことがあったなあと。振り返ってみれば10年が経っていましたな。

コンビニでゲロ吐いてたの、小さい子が

さて、再びのゲロ話。ゲロ日記。

お彼岸の連休の一日、実家に行こうとしていました。その日の朝、娘が朝食後変なゲップをした。ん?とちょっと気になったのでゲロ対策グッズをかなり久しぶりに用意した。使い古しのハンディタオルを二枚。小さいビニール袋を一枚。それをスーパーの袋に入れてバッグに入れた。

湘南新宿ラインで横浜から新宿へ。娘は特に気分が悪くなることもなく、実に普通。ちょうどよく座っていけたので、わたしはうつらうつらしていた。正面のシートに座っている親子連れがなんとなく目に入ってた。年中かそこらの女の子の幼児と、父親らしき人と母親らしき人。おとうさん、おかあさん、子ども、の順に座っていて、おとうさんとおかあさんがずっと仲良さそうになんだかんだとおしゃべりをしていて、お嬢さんはお行儀が悪くない程度に楽し気にしていた。なんでもない、そんな親子連れの光景。そのこちら側、ダウン症の女性とうつらうつらおばはん。そんな光景。そんな光景のまま、電車は渋谷駅を出た。次は新宿。湘南新宿ラインだから一駅とは言ってもそこそこの距離はある。そろそろ目をちゃんと覚まさなきゃな、と、うつらうつらおばはんは思ってた。ちょうどそのとき。

ちょうどそのとき、正面の女の子が変なゲップをした。ぐ、ぐふ。うつらうつらおばはんがくわっと覚醒した。これはくる!

ぐふ。ぐふぐふ、ぐええ。

女の子が吐いた。吐き始めたときに父親が女の子の口のあたりを手で押さえようとした。しかし女の子のゲロは勢いづいて飛び出し始めた。そのとき。

そのときには、うつらうつらおばはんははっきりと覚醒して、スーパーゲロ対策おばはんに変身していた。スーパーゲロ対策おばはんは、手にハンディタオルをにぎり、対面の席に数歩で走り寄り、父親の手にハンディタオルを即座に渡す。ゲロはハンディタオルが受け止める。しかし勢いのついたゲロはシートと床を汚した。そのとき。

スーパーゲロ対策おばはんは次の手に出る。おばはんはカニ飛びで自分の席に戻り、かばんからポケットティッシュとハンディタオルをもう一枚取り出してまたカニ飛びで戻る。スーパーゲロ対策おばはんは床に這いつくばってティッシュでゲロをふき取っていく。あー。なんでポケットティッシュなのだ。箱ではないのだ。タマが足りないではないか。ぎりぎりではないか。周囲からタマが飛んでこないのは、たぶん季節のせいだ。風邪の時期でもなく、花粉症の時期でもない。人々は鼻水とゲロの危険でもなければ今どきティッシュなど持ち歩かないのかもしれない。しかしスーパーゲロ対策おばはんは無敵だからな。床はきれいにできたわい。

汚れたティッシュをスーパーの袋に入れたら、父親がこれもこれもとゲロにまみれたハンディタオルを入れた。お。躊躇なくゴミと判断したな、それを。いやもちろんそうだ、それはもうゴミだ。しかしそれはうちの歴史が積み重ねられてきたハンディタオルだ。と、思わず思うほどにはスーパーゲロ対策おばはんは俗物だ。

その煩悩を振り払うように、スーパーゲロ対策おばはんは、もう一枚のうちの歴史が積み重ねられてきたハンディタオルでシートの汚れをふきとっていく。ファブリーズが欲しい。申し訳ない。そしてこのタオルもゴミだ。さよなら。うちの歴史が積み重ねられたミニーのタオルよ。

ま、とりあえずなんとかなったなと思うタイミングで新宿だ。カニ飛びではなく普通移動で娘のそばに戻る。さあ降りよう。かーちゃんのおててには触らないでね。駅出たらトイレ飛び込んで手を洗おう。

ホームでさっきの夫婦が追いかけてきた。「ありがとうございました」。いや、なんのなんの。この二人、フィリピンあたりの方かしらという顔貌。在住か訪日か知らんがそんな感じの方々。いや、あのタイミングは驚くだろうと思う。だってこの子元気だったもの。ただ、かなりベタベタしたもの食べてたからかもしれないな。ゲロはバターライスのにおいがした。

床に這いつくばってゲロ片付けながら、10年前のゲロの自分の文章を思い出してた。他人のゲロを素手で触れるなんて、というコメントは多かったな。でもあのときはコンビニで、それはいわゆる「ひとんち」だった。店員という「そこんちの人」もいる。それにそのときは箱ティッシュ雑巾もあった。そこそこ余裕はあった。今はどうだ。誰も助けはない。誰にも頼れない。ティッシュの量もヤバいくらい少なかった。

でも無理。無理だな、と思った。他人のゲロを触るのが無理な人がいるのと同じくらい、わたしは自身がスーパーゲロ対策おばはんへの変身することを止めるのが無理だ。考えるより先に飛んでる。これはたぶん、誰かがわたしにそのスイッチを仕込んでる。

新宿から私鉄に乗り換えた。わたしは娘に言った。「ちぃちゃん、おかあさんのこと、ほめて」「おかあさん、えらい!」「わー、ありがとう!」。私鉄の駅を降りて実家に着いた。「おかーさん、おかーさん、わたし一仕事してきた。ビールちょうだい!」一仕事終えたあとのビールは最高だね。

ははは、ゲロ話の続き。もう10年もたった。あの時のようなアクセス嵐は来ないだろう。これは書き留めておく日記よ。

2018-09-13

[]娘の歯医者、息子の歯医者

娘の歯科受診について。障害児・者の予防的歯科に熱心な歯科医院にずっと通っていた。こちらが障害児・者に熱心に関わるのは。院長が元々障害児・者の歯科治療センターのようなところに勤務。全身麻酔をかけて治療を繰り返すことに疑問を感じていたということが発端だったそう。

この歯科医院、処置のとき、どんなことでも「10数えながら」やる。「我慢する時間の見通しをたてさせる」ためだそうだ。いーち、にー、とゆっくり数えても「10」で終わらない処置の場合は、10を一区切りに繰り返す。麻酔をかけた虫歯治療もうまくこなせていて助かってた。

しかしこの歯科医院、近くない。まあ遠くもないが車で30分くらいかかる。それとものすごく混んでいて、なかなか予約が取れない。なんとなく足が遠くなって、いかなきゃいけない頻度の間隔がどんどん遠のいてしまった。

あるとき。近所の自分がかかっていた歯科医院で、歯科医が10数えながら処置をする声が聞こえてきた。そばにいた衛生士さんに聞くと、子どもの治療でああいう風にすることがあること。それならば、と。うちの娘もお世話になれないか、とお願いしてみた。

これこれこういう風に10数えながら関わってくれ、まずは歯磨き指導と健診だけでいい、紹介状ももらってくる。虫歯等処置が必要な場合は先方にまた戻ることも考える。こうして近所でお世話になることが始まった。

40代になりたての歯科医師は、とても丁寧に優しく関わってくれる。娘は先生が大好きだ。少しずつ処置を進めて、残念ながら作ってしまった虫歯の処置に対しても問題ない。歯科医師が「これもできた、これもさせてくれた」とうれしそうに報告してくれ、またそれがどんどん増えるととてもうれしい。なにより歯科医師自身がすごく喜んで「させてくれた」という言い方をすることが本当にありがたい。

この歯科医院、何人かの歯科医師が曜日別に担当している。娘の担当医はわたしの担当医で木曜日の先生。先日、土日の予約を取りに行った。熟知の受付の女性に言う。

「あのね、わたしにはもうひとり子どもがいるの。子どもではなく大人なんだけれど。この子の予約を取りたいの、土日で」

「それでね、お願いがあるの。ドクターの希望。『優しい先生』をお願いしたいの」

「あのね、もう大人なんだけど。この人、医療系ビビりなの。それで歯医者さんなんだけど。医療系ビビりだからずっと娘の歯科医院に一緒に行ってたの」

「娘がこっち来ちゃったでしょ。だから息子、歯医者に行けてないの」

娘もかかっているが、実は夫もこの歯科医院に世話になっている。彼は土日に受診。この歯科医院は水曜以外休診が無い。つまり、夫もこの歯科医院の歯科医を何人かなんとなく知っている。

「あのね、夫と言ってたんだけど。毛がいっぱい生えてる先生、土曜日にいたよねって。あの先生優しいよねって」

にこにこ聞いていた受付の女性がここで爆笑した。涙流して。「毛がいっぱい生えてる先生」のことがすぐわかったから。

体毛、濃いの。手にいっぱい毛が生えてるの。マスクもあるし、口あけて上向いてるし、歯科医の顔なんてそんなにはっきり覚えてるもんでもないと思う。でもこの先生、手やら腕やらにいっぱい毛が生えてるの。色白な手と腕。

「取れる土日で最短は〇月×日のここです。残念ながらその日は毛がいっぱい生えてる先生は来ないんですが、優しい先生が担当になるように手配します。スタッフにも優しい配慮をするようにしておきます」

歯科が苦手で何年も来られなかったという方は珍しくないです。対応するので大丈夫です」

まあ心強い。スタッフがなんとなくワクワクしてるようなムードがある。「ちゃんと大人ぶらせてくれ」とはお願いしたので本人にはバレないでほしい。ちなみに「優しいドクターを希望、と要望出していい、いやむしろしてくれ」と本人に頼まれたのでわたしは頼まれたことを忠実にやっただけだ。

おねえちゃんのスタッフたちはワクワクで当日を迎えるんだろう。モテる子ではないが、とにかくおばちゃんとおねえちゃんにはウケのいい外見をしている。ちょっとかわいい子が大人ぶった顔をしてやってきた、と、さぞおねえちゃんたちは楽しめるだろう。かーちゃんは非常に楽しみだ。息子は今月24歳になる。

2018-09-06

[]はてなダイアリーが終わるそうだ

2019年春「はてなダイアリー」終了のお知らせと「はてなブログ」への移行のお願い

移行処理をとっとと行わなきゃいけないようだと思うが、なんだか気が進まない。そのまま眺めていたいような気もする。これ、このダイアリーが思い出のアルバムのようなものだからなのかな。

2018-03-19

[]セイちゃんのこと

小学生の時のこと。不可解な思い出。謎。あの日のあの時のあのことの意味、を、わたしは知りたかった。

あれは5年生か6年生の時だったと思う。5年生の二学期あたりでスズキくんが転校した。この思い出の中にスズキくんがいないから、たぶんそのあとなんだと思う。それはある日突然始まって、毎日毎日続いた。最初は黙って我慢した。黙って我慢してから、やめて欲しいと懇願した。それからあとは、毎日毎日毎日毎日大声でキレてた。キレて叫んで抗議して、それから思いっきり力を込めて、ヒステリックに仕返しをした。それでも毎日毎日毎日毎日、同じことが続いた。疲れ切ったころ、ある日突然終わった。なぜ終わったんだろうと思ったら、ターゲットが別の女の子に変わってた。そういう出来事。

セイちゃん。男の子。ちょっと変わった子。成績はすごくいいんだそうだ。ただ周囲の男の子と話したり遊んだりしているシーンの記憶が全く無い。集団の風景の写真の中に、なんとなくいない子。みたいな男の子。家も遠くて、高学年でクラスが一緒になるまで接点は全く無かった。よく知らない。特になにかを誰かから聞いたということも無い。まっさらな状態で新しいクラスメート。

セイちゃんが近寄ってくる。わたしのそばを通り過ぎる。そのときに、思いっきり足を踏む。足の裏全体で足の甲を思いっきり踏みつけて、ぐりっと踏みにじるように足を動かす。ものすごく痛い。涙ぐみそうになるほど痛い。驚いて顔を見ると、笑ってる。にたにたと、笑う。そして後は無視される。やめて欲しいと懇願しても終わらない。突然近づいてきてぎゅうっと踏む、踏みしめてくる。にたにたと笑いながら。

担任は評判の悪いおばさん。もともと頼りにもならない大人。にやにやしながら言う。「セイちゃんはあなたのことが好きなんだからしょうがないわよ」。しょうがなくない。痛い、泣きたい。「セイちゃんはあなたのことが好きなんだからしょうがないわよ」と大人が言うと、子どもは「好きなんだから」とみんな言う。知らないそんなの。わたしは足が痛い。味方なんて誰もいない。

「やめてよ!なにすんのよ!ふざけんな!」とか、もう歯止めがきかないくらい怒鳴ってた。怒鳴って怒鳴って、セイちゃんの足をがんがんがんがん踏みつけて踏みしめて。セイちゃんはちらっとわたしを見て、なんでもない顔をしてた。そして彼はやめなかった。隙さえあれば、彼はわたしに近づいてきた。ぎゅうって足を踏むために。そして笑う。にたにたと笑う。

ヤマダさんにターゲットが移ったとき、わたしは心底ほっとした。そして少ししたら毎日毎日ヤマダさんの叫び声が響くようになった。「やめてよ!なにすんのよ!」。そしてヤマダさんもわたしと同じように、思いっきり彼の足を踏みまくってた。そして先生は「セイちゃんはあなたのことが好きなんだからしょうがないわよ」とにやにやしながら言った。わたしはヤマダさんがどんなにつらいかよくわかってた。でもじっとしてた。助けなかった。もう一度ターゲットにされるのが耐えられなかったから。

さて。わたしが知りたいこと。あの男の子のあの行動は、あの人が成長していく中でもつ「性癖」に関係しているのではないだろうかと思うようになった。彼はどんな風な立派な変態になったのだろうかという興味がむくむく湧くようになった。彼がターゲットにしたわたしとヤマダさんの共通点は「学級委員になるような女の子で、気の強い子」。ぎゃんぎゃんと叫んで怒りをこめてがんがん踏み返して仕返しをした。ということは、Mなのか?でもあのハードな踏みしめ方はなんなんだ?どういうことなんだろう。

昨日、小学校の同級生同窓会があった。ねえ聞いて?どう思う?彼はどんな風な変態になったのかな。当時の教室にいた元男の子たちに聞いた。わたしは私学の中学に行った。彼のその後は全く知らない。男の子たちはちょっと顔を見合わせて、言っちゃっていいのかなと相談した。そしてわたしに言った。「あいつね、40代くらいの時にね」。自死だそうだ。それから言った。「好きだったんだと思うよ」って。

違うの、そうじゃないの。あの行動の意味が知りたいの、わたしは。なんでああいう行動になったんだろう。なんでにたにたしてたんだろう。「気を惹きたかったんじゃないかな」。違う違う違う。なんでそれがああいう行動になるのか。その「普通じゃないこと」の根源がわたしは知りたかったんだ。男子たちとほとんど接点がなかったから、あいつのことはよくわからないって。小学校も中学も、誰かと関わるとか無かったと思うって。

ヤマダさんに聞いた、覚えてる?って。「なんかすごい不快なほど、なんかされたような記憶はあるけど、よく覚えてない」。にたにたにたにた、うれしそうだったんだよ、セイちゃん。にたにたしてた。うれしかったのかな。なんだったんだろう。死んじゃったんだって。くっそー。わたしは忘れないみたいだ、たぶん。合掌。

2017-10-19

[]選挙ハウツー

過去のエントリにコメントが入りました。

知的障害者と選挙

さて。この過去エントリから7年が経過しています。この時19歳だった娘は先日26歳になりました。結論から言いますと、娘は選挙権を手にしてから今日まで一度も棄権をしていません。果たしてそれが正解かどうかは、人によってまた親によってかなり考えに違いがあると思います。わたしは、憲法で保障されている国民の権利としての選挙権を娘から奪わないという選択をしただけです。このことについて誰かと議論する気は全くありません。わたしわたし選択をしただけです。

娘の投票行為には準備が必要です。本人への支援の準備の部分はカット。これはそれぞれの判断をされた方々の個々のことだと思いますし、わたしわたし判断選択について誰かとディスカッションする気もジャッジされる気も無いので。

今回は「投票当日のハウツー」だけ、アップしておきます。

1.投票支援カードを作成

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用紙はL版写真用紙。候補者の写真と候補者の氏名をひらがなで記したカードをワードで作成。候補者の写真は公平を保つために同じサイトから抽出。2017年衆議院選挙の今回は読売新聞のサイトから。また、比例区投票のために各政党の略称をひらがなで記したカードを作成。公示後に作り、投票日の数日前に本人には渡しておく。

2.投票当日

受付で名前を呼ばれて、「はい」と答えて投票用紙をもらう。このタイミングで母が「支援お願いします」と言う。ここで毎度なんとなく手持無沙汰な感じでそこらに待機している選挙管理委員会の人が、そそくさとすっ飛んでくる。二名立ち会うという形になる。

ここでお世話になる方に、持参した投票カードを見せる。投票カードは全部持っていくので、けっこう枚数は多い。「このカードを見ながら一枚を本人が選んでひらがなで投票を行いますので、支援お願いします」と伝える。

「本人が書きますか?」と聞かれる場合があるので「書きますが、支援が必要な場合は支援をお願いします」と言う。本人が書かないで、指示した候補者を選管の人が書くという方法もできるらしい。以前は「本人が書きます」とだけ言っていたけれど、娘が書いた文字のひとつが読み難いものだったとのことで、「このたった一文字で無効票になるのは良くないので、こちらでその文字を書く支援をさせていただきたい」と言われたことがあった。そんなことも起きうるかと、「支援が必要な場合はお願いします」と言うことにしている。

まあ最近は、そんなことを言っている間に娘がそそくさと投票コーナーに行ってしまう。もう慣れたものだ。ばたばたと二人の方がそれを追う。そこから先は、わたしノータッチ。娘は支援されながら投票を終える。わたしは選管の方にすっかりゆだねてしまうので、娘が誰にどの政党に投票したかはわたしにはわからない。

2017-10-10

[]髪の毛とかヘナとか

「50代 ロングヘア」で検索すると、いろいろひどいことになる。「ありか?」とか「痛い」とかの言葉が飛び交う。思わず笑ってしまうのは「節約型」という言葉。女としての投資金額を捨てた上での「美容院に行かない成れの果て」の上でのロングヘアという意味らしい。

わたしの髪の毛は長い。とても長い。ありか無しかは知らん。長い髪に対して「痛い」と言われるような扱い方はたぶんしてない。そして堂々とこれだと思うが、「節約型」としてのロングだと思う。節約するというか、美容院に行かなくなって長いこと経つのであそこに払う紙幣がいまやもう惜しくて仕方がない。前髪を時々切り、くるくるとまとめて裾を時々切る。定期的にヘナをかける。あんず油を毛先につける。日常的には髪はまとめている。

ヘナはとてもいいと思う。わたしはとてもいいと思うが、周囲には誰も定着しない。染める時間が長いことや、白髪が多くなると赤くなり過ぎることとかが嫌われる理由らしい。ヘナを練って手袋をはめた手でべたべたと髪に塗る。キャップをかぶって二時間放置する。よくすすぐ。それだけだ。おでこだの生え際だのヘナがついた皮膚はオレンジになるが、すぐ洗えば落ちる。植物染めなのでついても特になんてこともない。最近はおばはんの生え際がうっすらオレンジなんぞ、どこの誰が気にするものかという気にもなってる。一生懸命ガードすれば生え際がオレンジになることもないが、オレンジにしてしまっても風呂に入ってる生活してればそのうち落ちる。べたべたと髪に塗って、長い髪をぐるぐると巻くとべたっと頭にはりついてくる。ロングヘアで不便が無い、というより長いほうが扱いやすい。

ヘナはヤバい。パーマがかからなくなる。ヘナのトリートメント効果で髪の毛がばんばん丈夫になるらしく、髪の毛にパーマ液が浸透しないということらしい。家族が行きつけの美容院が以前けっこうがんばってくれた。やり方次第でいけるというチャレンジを続けてくれた。結論はかからないこともなかったが、なんか割が合わない感じがしてやめた。さんざんヘナ使用を続けてきたわたしの髪の毛にパーマがかかったという到達点は「ハードな液を使って一度かけて数日後にまたかける」というやり方で、そして手に入れた髪の毛は「力の無いゆるふわパーマ」だった。パーマとヘナとどっちを取るかという選択肢になるんだと思う。わたしはヘナを取って人生からパーマを捨てた。

ヘナはヤバい。白髪のみが染まる。ヘナをかけた人の髪を見ればその人の白髪分布がわかる。最近若い子から「きれいな茶髪」と褒められることが増えた。最初は「これは白髪だ、これはヘナだ」といちいち言っていたが、若い子には関係の無い興味も無い話だということがよくわかった。ので最近は「うふふ」とだけ返す。笑えたのは娘を連れて行った美容院で若い美容師に「わあずいぶん髪色明るくしたんですね、イメチェンですか?」と言われたこと。この若い美容師がヘナに気づいていないのか知らないのか、わたしのヘナ歴をよく知っている店長が後ろでアワアワしていて本気で笑えた。(ちょっと見ない間にすげー白髪増えたなオメー)という声が素直に上がるほど、わたしの髪の白髪の割合はどんどん大きくなってきている。ただ、どうもわたしの髪は白髪が真っ赤には染まらないらしい。赤やオレンジというより赤銅色っぽい。これでなんとか真っ白になってもいけるかもしれないと思う。真っ赤になるからいやだという人も多いので、ちょっとほっとしてる。インディゴを重ねるのもめんどくさいし、ずっと純粋ヘナを使い続けてきたので混ぜ物ヘナは今更使いたくない。

最近のネットは便利だ。髪の毛のまとめ方の動画がたくさんある。なかなか飽きない。こっちにまとめたりあっちにまとめたり、楽しい。ただし要注意ポイントがある。お若い方の「ゆるふわ」に騙されてはいけない。お若い方のまとめ髪のゆるふわは、50代ではただの「やつれ髪」だ。おくれ毛なんてもってのほかだと思う。

ヘナは最初は生協から買った。ドラッグストアで買ったこともある。結局マハラニヘナで落ち着いた。年度の古いのをキロ買いして一回300円程度で染められた時期が長かったが、そうしたセール品が無くなってしまって残念。

アートビーング オンラインショップ マハラニヘナ

2017-09-26

[]昨日見た夢

夢というものは、朝起きたときにかなりはっきりとした記憶があっても、数時間たつとたいがい忘れてしまう。起きたときはなんだか鮮明な記憶にいろいろ考えたりしているのだが、たった数時間でそれがなんだったか忘れてしまう。そんなことばっかりなんだけど。

昨日見た夢の記憶ははっきりしている。半日たってもはっきりしている。なんてこともない夢なんだけれど、パソコン開いたついでに記録しておこうかなと思う。日記だし。

誰かの葬式があった。気持ちを強く動かされるとかそういうことではなく、なんか町内の役員だか元役員だかのじいさんが亡くなったかとかいう、そういう感じのやつだった。横浜の中の田舎と都会の中間みたいな中途半端なうちあたりでも、最近は家族葬が増えた。葬式というものは元々、知ってる人が亡くなったらお別れに行く的な参列があったものだと思うのだが、どこまで知っている人かうんぬん的なラインも昔より上がったような気がする。そんな感じで、そうかという感じの、わたし自身が喪服を引っ張り出すわけでもないような、そんな葬式だった。

あ、そうだ。と思った。うちに処分したい植木鋏があったんだった、と思った。ガーデニングとか華道とかで使うような小さいやつ。ここからがまさに「夢」という勝手なフィクションの世界なんだけれど、この夢の世界では「誰かの葬儀のときに、使わなくなった植木鋏を奉納とかいう形で回収するコーナー」が存在する。このフィクションの世界の住人であるわたしは、葬儀があるのを横目で見て、さも常識であるかのように思い出し、鋏をもって会場に行った。

よく催し物で外に出ているような、長い机があった。そこに鋏が上下をそろえていくつも並べてあった。そこにわたしは鋏を置くと、うちと親しくしている(というか舅姑の代から親しくしている)近所のおじさんが、神妙な顔をして傍らの用紙を指した。そのおじさんは町内会の役員をしていて、近所のじいさんの葬儀によく手伝いで出ている。この日もそんな感じで、目線わたしにその用紙に何やら書けと目線で指示をした。

たいしたことない紙質の適当な大きさの紙が、ばらっとその机の上に載っていて、そばに鉛筆が何本かあった。名前を書くとかそういうことだったような気がするが、その辺の詳しいことは覚えていない。名前となにか数行だったような気がする。たいしたことない紙質で、たいしたこともない内容のことをざらっと鉛筆で書く。その程度のもので、ぐちゃぐちゃと適当に書いた。

ふと気づくと、周囲には大人の男の人が何人かいた。自分だっていい加減いい年齢なんだけれど、「大人の男の人」と言いたくなるような人が周囲に何人かいた。その何人かは長い机に鋏を置き、さらさらと鉛筆で書いてそこに置いていった。「大人の男の人」たちは、みな美しい文字を書いていた。ぎょっとして自分の手の中の紙を見たら、情けないほどぐちゃぐちゃの適当な文字列があって情けなかった。

ちゃんとしてなきゃ。いつもちゃんとしてなきゃ。こういうときに「お育ち」みたいなものが出るんだ。こんなの出せないじゃないか。すごくそう思った。文字はいつも丁寧に書かなきゃ。いつだってそう思ってたのになんでこんなことになるんだろう、と、すごく自己嫌悪だった。

わたしは「書く文字」というものに、昔からものすごくムラがあります。丁寧にそこそこ大人の女の人の文字も書ける。しかし気を抜いた文字は、クソひどい。アベレージがちょー高い美しい文字を常に書ける人っているじゃない。そういう人にすごくコンプレックスがあるような気がする。しかしなぜ、今更、こんなに大人の年齢になって。もうおばさんじゃなくてばあさんが近づいているような年齢になって、いまさら文字がどうのという夢を見るんだと。人間の頭の中というのはすごく不思議なものだと思う。変な夢。

2017-09-15

[]ばあさんIT

母が友達からタブレット端末が欲しいと相談を受けたそうだ。母がiPadを使っているのを知っているという前提で。「あなたみたいのが欲しい」「でもあなたが持っているのはどうやら高いらしいというのはわかる。5〜6万するんでしょう?」「でも似たようなので一万五千円くらいなのもあるんでしょう?そういうのが欲しい」。

まあ、要はこんなことのようだ。(あなたのそれをあなたが使えるようにしているあなたの娘に、わたしが欲しい機械もなんとかしてほしい)。母はそれに対して、あなたはあなたの息子さんや娘さんに頼んでみたら?と言ってみたそうだ。その返答は忙しくて相手にしてもらえない、ということだそうだ。

「これより小さいのがあるの?それはもっと安いの?」と、母がわたしに聞く。ううん、たぶん、先方の言っているのはアップル製品ではない。アンドロイド端末のことだと思う。それよりあなたたちは。あなたたちは通信費のことを理解しているのか?

母はiPadの初代機をSoftbankで契約し、Softbank機種変をして毎月Softbankにいくらだったか6千円だかそこらを支払い続けてきた。いろいろな会社がSIMカードを発売したのを機に、Softbankを解約した。わたしアップルオンラインから機器を買い、わたしイオンモバイルと契約し、すべてセットアップして母に渡した。母の銀行口座からSoftbankにお金が支払われなくなった時点で、母は通信費がかかるということをころっと忘れてしまったらしい。いろいろ元気だし、いろいろ聡明だが、まあこういうところやはり80代だなあと思う。自分の興味関心が動かないことに関しては、一度は理解したはずの情報がどんどん抜け落ちていく。「毎月お金かかるの?」。

そのお友達が欲しいというなら、そのお友達のためにわたしが動くのはわたしはちっともかまわない。機器を買って終わりではなく、機器を買ったらその機器が動いて用をなすためになんらかの会社と契約をすることになる。そして毎月いくばくかのお金を払い続けることになる。その理解が難しい人に他人が関わるのはかなり危ない話だと思うよ。

母はそのお友達に聞いたそうだ。「買ってその機械で何がしたいの?」。よくわからないけど、なんか最近そういうのがあったほうがいいような話を聞くから、だから欲しい。ということだそうだ。電化製品をひとつ増やしたいくらいの話なんだろう。そういう人はなんとなく増えているのかなと思う。

母がiPadを使いこなしているのは。あの人は昔から、そして今でもたくさんの「文化に対する欲」がある。絵が見たい、音楽が聴きたい。そこそこ高尚で幅広い。母のiPadからは美術館、劇場、コンサートホールなどの検索履歴がざくざくある。そしてもともとお手紙屋さんで、お手紙を書くのが大好きな人なのでメールもかなり使いこなす。年若い友達が多く、交友関係が広いのでアドレス帳もたくさん埋まる。海外に住む姉とのSkypeは日常的だ。要するに必要な機械なんだよね。この用途というのも大きいんだと思う。

メルマガもとっている。楽しみに読んでいるらしい。先日母と親戚の家に行って、そんな話が出たときに「あのね、ツケメンのファンなの」と母が言った。周囲は目を白黒だ。ラーメン屋とはおよそ似合わない感じのこじゃれたばあさんが、ラーメン屋巡りでも趣味になったのか。いやいや違う。お若い人にはこう付け加える。「あとでアルファベット表記で『THUKEMEN』って検索してみて」。まあそういうことだ。大好きなんだそうだ。

このご友人に関しては「いろいろ関わると難しそうだから、『84歳だからわからない』でかわせ」と母に言った。この友人も母より若いんだそうだ。お金が関わることはやっぱり難しいよね。欲しい用途がもっとはっきりしていたら、いくらでも力になるんだけどな。

2017-09-13

[]大きい子の親

ダウン症がある赤ちゃんが自分の子どもとしてやってきて、たいがいにおいて仲間と手をつなぎ始める。最近では、インターネットの中に情報と仲間をさがす。親たちはだいたい「赤ちゃんのパパママ」「小さい子のおとうさんおかあさん」「大きい子の親」みたいな感じでカテゴリー化されていく。

だいたいというか、一般的にというか、わたし個人の印象というか、もりもりと元気で活動的なのは「小さい子のおかあさん」たちだと思う。赤ちゃんのママを助け、導き、明日を考えて行動する人が多く、そういう時代なのではないかと思う。ネット上でも圧倒的に元気なのは「小さい子のおとうさんおかあさん」だと思う。見えてきにくいのが「大きい子の親」だ。

わたしは「大きい子の親」になり「大人の人の親」になった。「小さい子のおかあさん」だった時にこの層が存在感が薄く見えにくかった理由がわかる気がするようになってきた。障害告知を経て、育つ子どもの姿を見てその子どもの姿に励まされ、しあわせを教えられ、親たちは育っていく。幼児から小学生へ進む時代に子どもがすくすくと目に見えて育っていく期間に、親たちもたくさんの経験を手に大きく成長していく。その時代の意味がよくわかるからこそ、その上の親の存在感は薄いくらいでちょうどいいんではないかと思う。

啓蒙、啓発、キャンペーン的なものに対して、あんまり関心が無くなった。なんつーか、人にもよると思うが、障害というものに対して完全に肩の力が抜けているような気がする。障害自体が軽くなるとかではない。障害自体については、年齢があがってくると非常に現実的な側面が現れ、個人差も大きい。それが自分ちに起きているということが当たり前の生活になっているというか、そういう感じだと思う。

娘は10月に26歳になる。学校を出て今の事業所の「8年生」だ。今までの同じところに通う最長6年という長さを去年超えた。平日は軽作業をこなし、土日はゆっくり過ごし、一年の流れを意識して過ごす。「新幹線 旅行 おばあちゃん」がキーワードとなり、何度となくこのこと話しながら楽しみにしていたお盆が終わり、これまた非常に楽しみにしていた事業所の旅行が先日終わった。今週の週末にはボウリングに行き、連休中におばあちゃんのところに行く。来月は誕生日があり、11月には事業所が出店する地域の大型イベントがある。12月はクリスマス会だ。1月には事業所のおまつりがある。そうやって日々が過ぎる。

今月末にはダウン症専門外来での健診がある。甲状腺採血をすることになっている。採血は本人は大嫌いだ。でも、採血する人には気を使って平気なふりをする。「病院にいく」というと必ず「注射?」と聞き、「いやだ」と言い張るこの人に、たぶん「お願い」をしまくって連れていくことになるんだろう。

採血は、昔は平気だった。平然と手を出し、処置をした。予防接種もすべてそうだった。ケガの類もこの人は豪傑だった。小さいときは転んでも泣きもしなかった。今の事業所に入り毎年の健診で採血があり、それも全然平気だった。それが4年ほど前から採血をとても怖がるようになった。前よりちゃんと自分の気持ちを出すようになったんではないか、という解釈もある。わからない。

ただ嘘も誤魔化しもできないと思う。知的障害という垣根を通して、わたしたちはできる限りのコミュニケーションを築いてきた。曖昧な誤魔化しは信頼に関わるよね。うん、誠意を込めてがんばります。

2017-09-11

[]プロフ編集

プロフの文章を編集した。

「子どもに関して」を「家族に関して」にかえた。子どもがどうのという年齢ではなくなった。わたしも、子どもたちも。息子は社会人になった。娘の認定区分がまた変化した。

娘について「ダウン症者」から「ダウン症のある成人女性」にかえた。ダウン症についての言い方だが、「ダウン症児/ダウン症者」から「ダウン症のある赤ちゃん/子ども/人」という呼び方に変化していこうとしている。わたしはそれに沿う形に変更した。

障害について「しょうがい」「障がい」「障碍」など、いくつかの表記で論争があった。わたしは「障害」に違和感がない立場なので、普通に「障害」と表記する。横浜市は「障害」を使用。これについては当事者や関係団体学識経験者による「横浜市障害施策推進協議会」で話し合われて決定したもの。横浜市で他の表記が採択されたら自分はどうしただろうかと思う。横浜市に関しては、当事者団体がけっこう強い印象があり、そこで採択される方向に従うかもなとも思う。今回は一致したということに。

ダウン症のある」については、日本ダウン症協会がこの表記を選択し、表現を統一した。わたし日本ダウン症協会が歩いてきた軌跡に敬意をもち、日本ダウン症協会に沿う形にした。個人的にはなんとなく変な感じはするが、そのうち慣れるだろう。

ダウン症の言い方について、今回いろいろ検索してみたが。「ダウンちゃん」という呼び方のアンチが昔より増えているようで、こっそりうれしい。

2017-09-10

[]わたしのなまえ

昨日久々に投稿し、ついでに過去エントリーをいくつか読む。ははは、そうか。ふむふむ。自分のセンスで好きなように遊んでいるのだから、過去エントリーも自分勝手にただおもしろい。

6月に、まるでそこらにいるかのようなネット上の名前を作って使うお遊びの話を入れている。これがだな、へーということになっている。

お遊びで作った名前の三文判が欲しい。これが前提なので、そんなに珍しい苗字にはしなかった。名前の方は、どちらかというとダサい。ダサいからどうでもよく、なんかおもしろい。そんなお遊びだった。ホント、てきとーにちょちょいのちょいのお遊びだった。

しかしこの名前、当たりだった。フルネームでアドレスががんがん取れる。Tポイントヤフーアドレスと連携しろというヤツを、なんかやだなと思って放置していたのだが、そうだと思ってこの名前でヤフーアドレス取った。数字を混ぜたりしなくても一発で取れた。調子に乗ってGoogleアドも取った。取れた。この名前、生き始めた。

この名前、まあなんだ、みーちゃんとしよう。みーちゃんamazonでコツコツとレビューを書いている。レビューをもっと長く語るブログでもやってやろうかと調子にのりそうだけど、やらない。satomiesのエネルギーみーちゃんにのっとられるのはイヤだ。

みーちゃんのフルネームをGoogleで検索すると、みーちゃんamazonレビューがずらずらと並ぶ。それ以外は姓名判断サイトくらいだ。みーちゃんの名前は、もう絶対トップシークレットだなと思う。

ちなみに昨日の投稿は、しーちゃんから入れた。今日は凹太から入れる。これはOCNモバイルSIMを入れているiPhone5s。去年の春にヤフオクで買った。凹太は底辺部にボコボコの傷がある。中古で流れたものではなく、オーナーが出品。ボコボコがあるが使用歴少なくバッテリーの状態はいいはずだとあった。しかしボコボコは嫌がられ、入札は無く、さらに値を下げて出品したらしい。まあボコが派手につく落とし方してるから事故車かい?とも思うだろう。でもわたしは欲しくなった。これは縁だ。ライバルは出現せず、わたし一人の入札で凹太はわたしの元にやってきた。

凹太は素晴らしいよ。がちっと覆うケースに入れてるから、凹太の凹など全く支障はない。オーナーさんが言うとおり、バッテリーはバリバリいい感じだった。がっちり64あり、わたし生活をしっかり支援する。もうすぐAppleで新製品の発表がある。それがなんだ、わたしはまだまだ凹太と生きる。