S嬢 はてな

2006-10-19

[]要するに、だからなんだよ、という話

 いや、タイトルは、書く前にたぶんそんな結論のことしか書けないだろうという予感。でも、ちょっと書いておこうかな、と思うこと。

言葉が場を作る/304 Not Modified

 いわゆる言及とかなんとかってヤツじゃなくて、単に思考のきっかけ。

 ダウン症赤ちゃんのママになって間もない人の話を聞く。実生活でもネットでも、この機会は多い。保健所から、産院から、人から人へという伝達から、そうしたものを経由してくるくるとわたしの連絡先は流れ家の電話が鳴り、ネット上では自分が出した内容が検索エンジンに流れていく。

 相手の話を聞く。相手の話の中で、肯定的に見られるポイントを探す。その話の中で目立つこと、というよりも、たとえ目立たなくても探す。それは、肯定的ポイントで見られることがとても必要な時期だから。

 安心感を渡すことができるポイントを探す。それはその人によってポイントは変わる。でも、どんな小さなことでも安心感を渡すことのできるポイントを手渡すこと。それはその人が歩き始める力になる。

 ネガティブなこと、心配なこと。これは受容という姿勢であまり指摘はしない。ダウン症の赤ん坊の親になって間もないこの時期だから芽生えること。時間がたてば変わること。その時間の流れ自体の方が、時間の流れや生活の中で自然と変化していくということが有効なことで、途中でがたがた言われなくたっていいことは山ほどある。通らなければ進めない経過点というものは存在する。妙にしゃべりすぎてしまうことで、ダウン症の赤ん坊と出会ったばかりの頃に他者によって何かを「ふくらませられてしまう」ことはセーブした方がいい。ネガティブは必ずその人が乗り越えていくはずだと信じる。その人の個性をもって、また、生きた経過をたどるために必要なことでもある。時間はその人の時計の中で流れ、個人差は大きい。その時間の流れを有効にしていくために、ポジティブと安心感を渡す。ネガティブの否定ではなく。そのためにそのポジティブと安心感を渡せる材料を、相手の話の中から、相手の持ち札から見つけだす。

 この結果、赤ん坊のしあわせに向かっていく流れを支援していくことができるという可能性が生まれるが、そこで副産物として出現するものがある。それはその流れを支援した人間が「いい人である」という印象。

 実生活はいろいろある。隠していたって隠しきれない人間性なんてものがチラ見えの機会はたくさんある。しかし、ウェブ上で切り取られた「場面」では、出した言葉と「いい人っぽい感じ」だけがそこに残る。

 自分がウェブ上に残したものを見ると、時々とても息苦しくなる。自分が書き残したことに対しては、自分自身がその意図がわかっているから、それはそれでいいのだけれど、息苦しくなるのはそこに存在する「この言葉を書いた人間の印象」というもの。受容し、共感を渡し、無理のないヒントを手渡し、そして微笑んでいる印象を残す。

 こうした場面ではこれが自分の価値観では、作るべく流れだと思う。でもその印象が人物の印象にまで向かっていく流れ、それはなんというか、逃げ出したいような気持ちを持つこともある。

 あのね、たかがそれ、部分だから。人物像は作ってないけど、でも流れってのは作ってるから。嘘はついてないけど、計算はしてるから。

 だからさ、思うんだよね。ウェブ上ってとこに、自分が飛んだり跳ねたり騒いだりする場所って、わたしにとって必要なんだろうな、って。そうやって呼吸しながら、ウェブ上での生きるってのをやってるんだと思う。

ももかママももかママ 2006/10/21 06:37 お久しぶりです。って言っても多分覚えていませんよね。
でもいつも読ませてもらってます。
今日は特に共感したので、でてきちゃいました。と言うのも、「自然な流れ・・」のところが私が日々実感しているから。そして、今度、全く受け入れることが出来ないお母さんと保健士さんの仲介で会うことに。
毎日泣き暮らしていた私がいいの?と躊躇したのだけれど、その時期があって中途過程があって今があるってことを、相手の負担にならないように伝えたいと思ってます。すいません、久々なのに自分のことばかりで。しかもまとまってないし・・

satomiessatomies 2006/10/21 12:29 はいはい、お久しぶり。
来月の末に二歳になる、ももかちゃんとこですね。

 さてさて、赤ちゃんのママに会いに行かれるとのこと。
まずですね、できたら、ももかちゃんは誰かに預けていかれるのが吉です。
どんなにかわいい我が子でも、怖れている人にはダウン症の子どもです。
預けられなければ、一緒に行かれる保健師さんに、ももかちゃんの保育に徹していただいてください。

 お会いしたら、まず、赤ちゃんのお名前を聞いてください。保健師さんにすでに聞いていらっしゃるなら、「○○ちゃんですね」と言ってください。そこから、何かっちゅ〜と、「○○ちゃん」「○○ちゃん」と、赤ちゃんの名前を連呼しながらお話しします。
これはね、なんでかっちゅ〜とですが。ダウン症の赤ちゃんに出会ったばかりの頃は、目の前の赤ん坊よりも、どうしても「ダウン症」という説明書きばかりに頭が行ってしまう時期だからです。まるで赤ん坊に「ダウン症」というタグがついているような。そしてそのタグの説明書ばかりに目がいってしまうようなそんな時期です。そこを「○○ちゃん」と名前を連呼することで、この子がダウン症児である前にひとりの赤ん坊であることを外側から認知するという材料をたくさん仕込むわけです。
そしてできたら、その赤ちゃんを早めに抱かせていただくこと。そしてこれらの話をその赤ちゃんを抱きながらすることです。

 それからですね、次にその赤ちゃんの話をママからたくさん誘導してください。指導的なことは一切省くこと。話題なんつ〜のはなんでもいい。そのママが赤ちゃんの話を、ダウン症がどうのってことではなく、その赤ちゃんの話をできればいいわけです。ダウン症であるという事実でいっぱいになっているときに、一番欠けているのはこの経験です。
そんなに必死に熱心に聞かなくてもいいです。熱心にやることは、抱いている赤ちゃんのかわいらしさやぬくもりを存分に楽しむこと。これはむっちゃくちゃ楽しんでください。ママが(取り返したい)と嫉妬するほど、というのが理想的です。

 それから、もしもそのママが初めての出産の場合は、抱きながら赤ちゃんをあやす仕草をたくさん見せてあげてください。ももかママさんとこはももかちゃんがお二人目なので、すでに赤ちゃんを抱く、あやす、ってことは自分の中に定着している行為だと思います。しかし、一人目がダウン症児の場合は、こうしたことを全く経験していず、しかもダウン症の赤ちゃんはこうした経験をママにさせてくれるにはあまりにも反応が薄い赤ん坊であることが多いです。赤ん坊にどう接していいのかよくわからない。他の人の仕草は全て「普通の子にやること」に見えることも多いです。ももかママさんがその赤ちゃんがダウン症児であること自体を思いっきり前提の上でたくさん楽しんであやすこと。たとえその赤ちゃんの反応が薄くても、ももかママさんが楽しんでそれをやること、そしてそれを見せることはものすごく意味が大きく残るはずです。

 また、お宅にご訪問の場合は、その家の中に見られそうなママの趣味的なもの、好みのもの、そうしたものに関しての質問なんぞもたくさんしてください。普通に会話するということができにくくなっています。こうした趣味的なものに対しての質問は、そしてその質問に答えることを誘導していくことは、その方がその方であることを取り戻すための扉にもなります。
世界は変わった、と思っていることは多い。いいえ変わらないわ、あなたはずっとあなたのままだわと。そういうことを誘導していく扉を作っていくわけです。

 そうした、「関係に安心できる前提」を仕込んでください。いきなりやってきた人間は指導者なのか味方なのか闖入者なのか。自分を助けてくれるのか丸め込もうとしているのか。まあ、極端なことを言えばそんな心境になる場合もあります。扉はゆっくりと作っていく方が吉です。介入の結果や動きにあせってはいけないと思う。

 以上、グッドラック。質問があったら、どぞ。

ももかママももかママ 2006/10/22 05:40 丁寧な返信、ありがとうございました。
そうです。来月2歳になります。そして、最近すごく(どうして誕生直後にもっと愛しんであげなかったのか)と後悔しております。SATOMIESさんが教えてくれた事は記憶の中の自分と重なりますね。久々に思い出しました。

satomiessatomies 2006/10/22 08:55  ダウン症の赤ちゃんは、共通する特徴がいくつかあります。衝撃を受けているときに、その特徴を頭で考えて忌むべきものと悲しむことは多い。

 でもね、時間と共に自分が変化していっても、その特徴を特徴としてとらえ、忌むべきものという感覚が薄くなっていっても、その特徴の感触の記憶自体はもっているもの。
 ダウン症の赤ちゃんは、やわらかい、んですよ。普通の赤ちゃんより。筋肉の低緊張は、抱いたときにくにゃっとした感触をもたせる。体全体で体重を預けてくるような、くにゃっとした感じが、抱いたときに隙間なくもたれかかってくるような感触がある。

 抱かせていただいたときに、自分の中のこの感触の記憶をさがしてください。感触の記憶は、感情を思い出させることにつながることも多い。その感情の記憶を自分の中に見つけたら、そのことを話してさしあげてください。この感触のときにかわいいとは思えなかったと。取り戻せるものなら取り戻したいと。

 そうした自分の記憶の中から出てくる、記憶から生まれるお話というものは、何よりも説得力があります。頭で考えてわかってることを話す、ってことよりもよほど強い。共通の感情体験をもつ、ということは強いです。そこを通らなければ今の自分はなかったのだ、と、そんな風に伝えてさしあげてください。それがももかママさんだからこそ、伝えられることなのだと思います。
 答なんかいらない。ヒントが渡せればそれでいいんです。歩いていくのはその方です。

 お話しするときに赤ちゃんを抱く、というのは、とても大事なことです。抱いているのは赤ちゃんだけではなく、その方の心情も抱くのだと、そんなことも心に留めておいてください。

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