S嬢 はてな

2007-01-07

[][]映画静かな生活

 ケーブルテレビの日本映画専門チャンネル伊丹十三特集のひとつ「静かな生活」を観る。映画としてはおもしろかったのだけれど、なんとも言えない怒りで、腹が立ってしょうがなかった。

 このなんとも言えない腹立ちってのを他に感じている人はいないのか、と思って、検索なんぞかけてみる。検索エンジンに入れたワードは「静かな生活 伊丹十三 障害 きょうだい」。そう、腹立ちのポイントはこの映画の主人公になる妹、つまりきょうだい児に関してのこと。

 大江健三郎がモデルであるパパはなんともすっとこどっこいで、オーストラリアに長期出張に行くということで、「パパがピンチなの」と、母親はついていってしまう。もう充分大きいとはいえ、三人の子どもたちを残して。

 「パパがピンチなの」ってあーた、そりゃアンタの男がピンチなのってことなんだろうが、その「ピンチなの」ってことで、自動的に障害をもつ兄の生活含め、家庭を守ることってのをゆだねられる「妹」に相談とかないのかい?みたいな。そのなんとも言えない「当然」って、「自然」ともいうような空気ってのはなんなんだ?と。

 てめーがすっとこどっこい、てめーの男が「ピンチなの」って、そりゃ個人ってのを守る守りたいのはいいけれど、そこでなんもかんも自動的に手渡される「妹」ってのはなんなんだよ、と。

 「妹」だって、少しは「聞いてねーよ」とか言えよ、あたしがなんもかんもするのか?とか言えよ。なんでなんもかんもそんな自然な顔して引き受けて、それでパトカーサイレンや近所の無責任な噂話にビビったりするんだよ、と。

 映画冒頭で、性的反応を示す息子を見ながら「エネルギーの発散のために水泳でもやらせなきゃならんな」というパパ。言うだけだよこのオヤジ。プールに連れて行くのは妹だ。そしてこの、性的反応を示す兄に対して、性的犯罪を起こすんじゃないかと具体的にビビるのも妹だ。両親は「パパは仕事」「パパがピンチなの」で飛行機乗って行っちまったんだから。んじゃ、娘に起きるかもしれないピンチの可能性ってのはいいのかよ。

 家族全体で障害の受容、なんてことを言ってるけど、この映画だけを見る限り、一時期とはいえ障害の受容ってのを生活面で、ってのは全て妹の肩に背負わされるわけだ。そこでこの妹は文句も言わないし、泣き言さえ言わない。

 障害当事者のイーヨーが、美しい存在であるなんてユーザレビューは山ほどあるけど、そうなのか、本当にそうなのか、と思う。この泣き言言わずに毒を持たずに、真摯に自分に与えられたことを真面目にこなしていこうとする妹の方がずっと美しいや。

 美しいや、美しいけどさ、でもこの映画を見る限り、この妹にはそうならない自由ってのは与えられていない。真摯であることを要求されてきた生育歴だからこそ、という風に解釈もできるわけだ。いいのか、本当にそれでいいのか。

 ストーリー展開の中で、身内ともいえる人間関係の重要な相手が「彼に障害が無かったら」という仮定というフレーズをちょこっと使う場面。別に差別でも否定でもなんでもない、彼はユニークだねえ、という感じで、障害が無かったらどんな若者だっただろう、と。

 これに対して間髪入れずに妹は反論する、ウチの家族はそういう風には思わない、と。この手の話にこういう「間髪入れずに」ってタイミングでの反論ってのは、わたしはついつい親の刷り込みなんてのを思う。きょうだい児ってのは育ちながらきょうだいの障害に気づいていく。そのときにまあ折々に親になんか聞いたりするわけだ。そのときに答えたことってのを、刷り込みとして支えにしていったりするものだ、きょうだい児ってのは。

 でもなんで「障害が無かったら」ってのを禁句にしなきゃいけないんだ? 別に障害の否定でも嘆息でもなんでもなく、本当に単なる仮定でもそれは否定されなきゃいけないことなのか?

 いいじゃん別に。今持ってる個性ってのは、障害をもちながら生きてきたってことに由来する個性ってのはあるかもしれないが、そこに持って生まれた個性なんてことが関係しているのだったら、そこ、ちょこっと想像したりするなんてことも禁止なのか?と思う。いいじゃん別に。イコールで本人否定に間髪入れずにつながっていくととらえる方が不自然じゃないのか?

 っつ〜か、この「間髪入れずに」反論が出るってのは、親の刷り込みだよな、と思っちゃうし、その時点で親の縛りなんてのを思っちゃうんだよね、わたしは。

 そもそも家族だからって、そんなに絶対的なものなのか、障害を否定してはいけませんみたいなこと。いいじゃん別に。きょうだい児にだって、否定肯定迷路をたどる権利や自由を認めろよ。親だって否定肯定迷路をいっぱいたどるんだから。そのくせきょうだい児にはそれを認めないって、おかしいよ。

 こんなに物わかりのいいきょうだい児になんてなる必要は無いと思う。親を甘やかすなよ。こんなストーリーがまかり通っちゃうから、自分自身に刃を向けるきょうだい児ってのが生まれるんじゃないか、と思う。やあねえ、ホントイヤ、こういうの。

伊丹十三DVDコレクション 静かな生活

さるさるさーさるさるさー 2007/01/07 09:09 この作品は見たことがないのですが。satomiesさまのコメントを見て
昨日のメールを見て
「私も親の刷り込み?」と思ってしまいました。
私の高校入学式の時、私が自分で大丈夫だ1人で行ける
と言いましたが、本当に、父のお見舞い優先していきました。
やっぱりなと思いつつ悲しかったです。

私は、自分さえ我慢していれば言いやと思うのです。
私は自分に刃を向けているかも、今ごろになってその傷でズタボロです。

satomiessatomies 2007/01/07 11:08 「自分さえ我慢していれば」の闇値は、たまるとどこに行くんでしょう。
本当はこうして欲しかったのよね、って言ってくれる人は、どこにいるんでしょう。
自分に向けなければならないのは、刃ではなく、自分自身の本当の気持ちに対しての理解だと思う。

さるさるさーさるさるさー 2007/01/07 11:17 些細な事が、どんどんたまって我慢しすぎて膨れ上がって
自分の事が嫌いになりました。
でも、どこまでが、甘えなのかがわかりません。
どこまでが普通なのかわかりません。
自分を理解は難しいです。今までこれが当たり前だと思って生活をしてきた。
親にも旦那にもお前はいつまでたっての子供のようだといわれます。
(特に風邪引くと)自分の事を大事にしてみたいです。でも難しいな・・・。

satomiessatomies 2007/01/07 12:37 難しいと思う。でもね、自分で理解しなくては。
他者に許される範囲ではなく、許されなくったってこう思ってるんだって。
そういうことってのをまず見る、ってことも大事だと思う。
ああ、そういう風に思ってるのね、って。
そしてその上で出てくることだと思うんですよ、まあこりゃ通らん甘えかもしれんな、って。

難しいかもしれないけれど、まず自分で理解しなくては。
理解ってのをしてくれるのは親でもなくご主人でもなく、そしてわたしでもない。
なぜかっていうとね、さるさるさーさんは相手を大事にしたいばっかりに、自分を変容させようとする。
その悪循環をどこかで断っていかなきゃならない。
ご両親だって、ご主人だって、そしてわたしだって、あなたを変容させてしまう失言を、いつ犯すかわからないんですよ。

あなたのお母様は重要なルール違反を何度もやっていると思う。
あなたが本当の気持ちを書いたノートに対して、そのやり方を責めて、内容を受け取らなかった。
あなたに「嫌い」という言葉を使って、あなたの行動を否定した。
これはお母様に対しての個人批判や個人否定ではなく、重要な事実の認識として、とても大事なことだと思う。
そのことをあなたが自分の手で自分の場としてのブログに書き始めたこと。
これはとても重要な行動だと思うし、大事にして欲しいと思います。

公開の場を使っていくこと。
それはきっと、いろいろな場に存在する、立場としての小さなあなたの後輩たちにとっても、意味のあることだとわたしは思います。

わたしのこのエントリ。
こんなこと、一人で怒ってたってしょうがないんですよ、本当は。
でも、いつか、この映画の「妹」に対して、そしてこのストーリーの中のきょうだい児に「息苦しい」と思う人のために。
って思ってあげたんです、ホンネを言えばね。

mithmith 2014/06/30 06:51 この映画、不気味ですよね。
予備校通いの弟はほとんど不可視の存在だし、アライくんはそりゃ「いちばん狂ってる」のかもしれないけれどだいたいみんな狂ってる。

ある作品のVaas Montenegroというヴィランは"狂気"は同じことを何度も何度も何度も繰り返すことだと断言していましたが、そういう意味では最後の方に「キッチンでさえドブさらいを試みてしまうパパ」を持ってきたのはこの映画は全編通じて狂気の映画だということを強調するためなんじゃないかなあ、と。
大江健三郎も伊丹十三も日常の「静かな狂気」を、"静かな生活"という「イイ話」に擬態させて世に送り出したのではないかとわたしには思われます。

まあ、その結果多数のオーディエンスがウツクシーイなんて言って無邪気に喜んでるのですからsatomiesさんの不満もごもっともなのですが。

satomiessatomies 2014/07/11 14:33 mithさん、こんにちは。
二重コメント削除等、遅くなってしまってごめんなさい。
ご意見、興味深く読みました。

んー、でもヤだなあと。
父親と伯父が、こんな風にプライベートな場面を材料にした作品とか作る環境って、ヤだなあと。
で、その「材料の使い方」が、わたしはとても気に入らなかった。
この映画の女の子の立場になっちゃうと、なんかすごくイヤでした。
「狂気の映画」を作るんなら、尚更です。

まあ、要はひとんちのことなんですけどね。
ちょっと変わった家、なんでしょう、きっと。

通りすがり通りすがり 2016/07/16 13:59  昔見ました。一番良かったのは、レイプシーンです。シャツが破られたのはいいですが、まさか、ブラをずらされ、おっぱい丸出しになるとは思わず、かわいそうと思いながら、おっぱいに目がくぎづけになりました。今となってはなつかしいです。

通りすがり通りすがり 2016/07/16 14:02  レイプシーンがよかったです。服を破られ、ブラをずらされ、おっぱい丸出しになるのは、かわいそうと思いつつ、ぱいぱいに見入ってしまいました。

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