S嬢 はてな

2010-10-02

[]きょうだい児の配偶者/その2:きょうだいとその配偶者の環境や課題

配偶者の兄弟・姉妹が知的障害者の人

「配偶者の兄弟・姉妹が知的障害者」の場合、結婚時に「知的障害をもつきょうだいのことで配偶者に迷惑をかけない」約束をするという話は一般的になってきているのではないか、とは思う。

ただ上記スレッドを読む限り、この約束が事情事態によっては非常に曖昧なものになりかねないことがわかる。

文献で読んだり耳にしたりで(ああ、こういう例は確かにあるな)という事態も、このスレッドには出てくる。それは「きょうだい結婚による影響」で、同居のきょうだいがいなくなることの不安だったり、結婚願望だったり、その結婚願望が叶わぬことによる欝状態だったりとパターンはいろいろ。上記スレッドで出てくるのは「弟の妻に対する執着」「姉の結婚を主因とする不安状態からの問題行動」「兄に影響されて結婚願望をもち、知的障害者の女の子との結婚へ」など。この「支援付きの結婚」に関しては親の支援の要素が強く、では親が死んだ後はどうするのか?ということになると、確かにきょうだい及びきょうだいの配偶者は頭が痛いことだろうと思う。軽度等で結婚を考える場合は、最初から福祉的支援のレールを敷いていくこと、その誘導導入に対しての「支援」の方が「実際に手や金を出す」よりも重要なことなのではないかと思う。

こうした「結婚前は起きていなかったこと」が「結婚後に起きた」場合、「迷惑をかけない」という漠然とした表現がいかに曖昧なことか、特にきょうだいの配偶者は思うと思うし、ある意味それは当然の感想なのではないか、とも思う。

そこで難しいのは、配偶者がもつ不安や不満を「こぼせる」人がなかなかいないということだと思う。上記スレッドでも「配偶者がきょうだいに不安不満をストレートに言って、そして円満解決」という話は出てこない。配偶者は「夫や妻の身内」ということで気を遣う部分はあるし、きょうだいにとってウィークポイントになってる場合もあり「言うと落ち込むから言えない」話も上記のスレッドには出てくる。上記スレッドでは「配偶者側から差別的な視点での発言」が多々出てくるが、これは配偶者がきょうだいとその家族に対して抱く「感覚を共にできない疎外感」が影響している要素はあるとも思う。

などの感想を前提に、以下、環境や課題などを整理。

きょうだいの配偶者」のおかれる環境

  • きょうだいの配偶者は、障害に関する、というより「その人」についての具体的なことが結婚前にはわかりにくい。
  • きょうだいの配偶者は、障害をもつ人の家族内の「距離感覚」が理解しにくい。
  • 親の「迷惑をかけない」という言葉の「迷惑」という言葉の範囲は、家庭によるそれぞれなりの「前提の状況」の上にあり、その「前提の状況」がきょうだいの配偶者にはわかりにくい。
  • きょうだいの配偶者は、ある程度の障害受容を、突然、早急に、必要とされる場合がある。
  • きょうだいの配偶者にとっては、自分の結婚相手が最大の頼りである。
  • きょうだいの配偶者は、「同様の立場をもつ仲間」を見つけにくい。「同様の立場をもつ仲間」と愚痴を言い合いたいと思うことがある。

きょうだい」の恋愛の葛藤や課題

  • 気になる異性がいる場合、またつきあい始めた異性がいる場合、どの時期どんなきっかけで「障害をもつきょうだい」の話をしていいかわからない。
    • 引かれるか、嫌われるか。
    • 結婚を意識していると思われることが相手の重荷にならないか。
    • 告げる時期やタイミングで「うまくいくものもうまくいかなくなる」ことにならないか。

きょうだいの恋人」に渡される葛藤や課題

  • 「まだまだ結婚はしたくないし、でも今別れる理由も無い」ケースの場合、「障害のあるきょうだいを話題にされること」で結婚に対してプレッシャー?
  • 自分は「障害のあるきょうだい」とのトラブルが薄そうだという理由で選ばれているのではないか、本当に愛されているわけではないのでは?という不安。

結婚後の課題

  • 「障害」とその現状についての夫婦間での共通理解。
  • 「障害受容」「障害から起きる状況や環境」に対しての理解について、夫婦間で「差」が起きやすいことを相互に認識しておくことが重要。その上で「相手への譲歩」が相互に行われるのが「理想」。
  • 道徳」や「正義」をものさしにするのではなく、相互が「相手に出会うまでに積み重ねてきた価値観の尊重」が必要。

tamaki0121ccinotamaki0121ccino 2016/01/15 08:05 貴ブログを読み、思うところがあり、コメントします。

私は、片親がとある精神疾患を持っています。
その事で、子どもの頃はいじめに遭いましたし、片親からは危害(暴力・暴言)を加えられ、子どもの頃の記憶は墨や黒の絵の具で塗り潰したいくらい、苦痛でしかありません。
いじめの原因は、片親から受けた暴力で出来た傷や痣、片親が外出先にて大声で叫んでいたところを同級生に見られてしまったからです。
「お前の片親はき●●●、だからお前もき●●●。」と、私を異常者扱いしたり、除け者にされたり…。

私が17〜20歳くらいの頃、お付き合いをしていた異性に片親のことを伝えると、次第に距離を置かれました。

自分の所為ではない、自分の力ではどうしようも出来ないことでいじめられたり、不利になったり、嫌な思いをさせられるのは理不尽以外の何者でもありませんし、何年経っても笑い話にはなりません。

『きょうだい児と恋愛』という記事も読みましたが、親御さん方の「それはそれでいいではないですか。」、「初めから縁がなかったんだ。」、もっと酷いのは「(相手が)それだけの人間性しかなかったんだと思いなさい。」という言い分には、私も納得行きません。

正直、親にだけは言われたくないですよ。
自分が好きになった相手を貶められて嬉しい人間って、どこにいますか?
言いにくいのですが、私は片親がいなければ、あのとき、お付き合いを継続したり、結婚出来たかも知れない。
割り切れと言われても、割り切れません。

≫現実的に結婚は相手とのことだけでなく、家も関係してくる。
≫差別的侮蔑的視点を持った女性とだって恋愛する権利がある。

その通りです。
だからこそ、相手側だって慎重になります。
私は幸い、私自身や、私が(結果的に)片親と疎遠になることに対し、理解がある方と巡り会えましたが、夫がきょうだい児の立場で、きょうだいが日常的に介助が必要且つ、目が離せない、在宅で…となれば、夫のことが大好きでも、私は迷ったと思います。
きょうだい児というだけで、理不尽な制限が生じること自体がおかしいのですが、自分に降り掛かるとなると考えてしまいます。

日本では、まだまだ女性側に家のこと(家事・育児・介護)をするのが当たり前という考え方が多数で、同居・介護となると、「私の勤務は?子どもは?」と、どうしても制限が出てきてしまいます。

きょうだい児を取り上げた某サイトで言われていたことですが、『障がい者の世話を親やきょうだい児に一任するシステム』を変えないと、家族みんなが共倒れになってしまいます。
福祉は、被介護者だけでなく、全ての人のためにあって欲しいです。

長々と失礼しました。

satomiessatomies 2016/01/16 13:47 こんにちは、コメントありがとうございました。

5年前に書いた文章です。書き残してよかったと今、思っています。
5年前の熱量を感じて、がんばって書いたなあと再読して思いました。

さて。
福祉の面で、最近変わってきたなと思います。
成年後見人制度で、親族が後見人になることが家裁により認められなくなってきているようです。
お金の使い方が、親族だと財布ごちゃごちゃになりやすく、「譲渡ができない」の線でごちゃごちゃになりやすいからのようです。
わかりやすく言うと、後見される側の障害者の移動に同行する家族のための交通費を障害者の財布で後見人が支払う判断をしちゃいけない、と。
それは同行する人間のために同行する人間の交通費を払うと「譲渡」になるからのようです。
介護サービスの移動としての経費なら「譲渡」にはならない。
このあたりが「親族が後見人」だとわかりにくく、トラブルが増えていることが「親族が成年後見人と認められなくなってきている」理由のようです。

福祉が契約制度になってきています。
親が死んだ時に、成年後見人制度の利用が成立していないと、相続自体が終了しないケースも出てきているようです。
成年後見人制度を利用する状態が開始すると、福祉施設との契約に成年後見人が入るようになるでしょう。

おや。
これはきょうだいの負担が軽くなっていくことかな? と、今は動向を見ています。
そして、障害のある子どもの名義に金銭遺すより、きょうだいの名義に遺した方がよさげ?とも思います。
成年後見人に財布握られると、絶対にそっちのお金に手がつけられない。
でも、譲渡とか固いこと言わなくても、それそっちの負担じゃなきゃ割合わんだろう的なことは確実にあるだろうと思うので。

あと、障害のある子どものデイケアサービスが最近けっこう増えてきています。
子どもの時点から、福祉的サービスにケアされるきょうだいを見て育つ世代が出てきています。
このあたりも、新しい世代の価値観が、今後出てくるかなあとも思っています。

それと、tamaki0121ccinoさんの親御さんのこと。
そのご病気のこと以前に、tamaki0121ccinoさんが「自分が親からもらえなかったこと」というカードを持ってらっしゃるのではないかと思いました。

わたしは先日、母にばばんと何かを叩きつけたいような気持ちになりました。
わかっている、彼女がこういう人なんだということはわかっている。
それを理解して、彼女の人格と個性を尊重してわたしは生きてきたのだと思う。
それでも、ああ、この人はこういうところがある人なのだ。
そして、その、こういうところがある人ということで、わたしは母親というものからもらうことをあきらめたものがあるのだ。

という穴に落ちてるんですよ、今。
で、そこで自分の中で明確になっていく「考察」について、誰にも言えないんです。
明確になっていくのは、自分自身の形成のルーツなんです。
そのルーツが見ていくことを口に出してしまいたいんです。
でも、そこには母の人格否定があり、それができないんです。
気持ちがざらつく自分と、考察により自己形成のルーツが見える自分と、ひっそりと自分で完結させていくしかないんです。

そういうことを、やってこられたんではないかな、と、今、思ったんです。
ほかの人がもらっていて、多分自分がもらっていないんじゃないかと思うこと。

失礼な物言いだったらごめんなさい。
自己形成のルーツというものは、デコボコだなあと。
でも、むしゃむしゃと食って次の扉をあける人生でありたいです。

tamaki0121ccinotamaki0121ccino 2016/01/17 14:12 ご返信ありがとうございます。

私は、カウンセリング等により、片親を客観的に観つつ考察を繰り返しましたが、結論として片親と距離を置くという選択肢を選びました。

ちなみに、『やってもらった、やってもらっていない』という問題ではなく、私の置かれていた状況は、きょうだい児の方と似ている部分もあるのかなと思い、コメントしました。

片親の疾患(敢えて疾患と表現します)は、片親が自覚しない限り治らないものです。

もう片親と共に受診を勧めましたが、『異常者扱い、病人扱いするな!!』と大暴れされ、不必要に傷付いただけに終わりました。

きょうだい児の場合も、兄弟姉妹の状況によって違うと思うんですよね。

・他害行為の有無
・在宅か施設か?
・兄弟姉妹の性格
・両親からの対応
・介護量、自立度 等

福祉の制度は以前よりも充実しつつありますが、周りからの理解度はまだまだかと思います。

私は以前、片親のことを相談し浴びせられた言葉は、「あなたは木の股から生まれたのか?」、「あなたは歪んでいる。」です。
どこぞの世界に、理不尽な暴言や暴力を奮う、治療する気もない、娘や伴侶の我慢すれば『家庭内が上手くいく』と思っている親を大切にする人間がいますか?

きょうだい児の方々の中にも、他害行為や親御さんからの重圧、自身に負わされた重荷に耐えれず、疎遠になる、関わらないようにする、逃げたいと言えば、『冷たい、ヒトデナシ』と心無い言葉を浴びせられたり、罵られます。

距離を置かざるを得なかったきょうだい児や、私のような立場の者に対し、侮蔑の言葉ではなく『そういう人もいるんだなぁ。』というように思ってくれる方々が増えたら、気持ち的にもラクになります。

私は障害を持つ兄弟姉妹を阻害したいのではなく、きょうだい児の方々にも兄弟姉妹か?、伴侶?かだけの選択肢だけでなく、無限大の選択肢が選択できる状況にあって欲しいと願っています。

ただ、距離を置かざるを得ないきょうだい児の言い分を聞こうとしなかったり、そういう気持ちに至るまでの経緯も知りもしないで理想論を語る親御さんや、第3者には憤りを感じます。
(※勿論、S嬢さまのことではありません。)

satomiessatomies 2016/01/19 11:21 そうですね。なかなか難しいところがたくさんありますよね。

自分がマメに更新していた時は、きょうだいの方がコメントにいらしたり閲覧にいらしたりすることが少なくなく、そういう方の閲覧があればまた広がるお話だなあと思いましたが。
なかなか動かさなくなっていて、申し訳ない限りです。

「あなたは歪んでいる」はひどい。
おつらい思いをされた中でしあわせな結婚をされたこと、こちらもうれしく思いました。
お話、ありがとうございました。

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