S嬢 はてな

2017-09-26

[]昨日見た夢

夢というものは、朝起きたときにかなりはっきりとした記憶があっても、数時間たつとたいがい忘れてしまう。起きたときはなんだか鮮明な記憶にいろいろ考えたりしているのだが、たった数時間でそれがなんだったか忘れてしまう。そんなことばっかりなんだけど。

昨日見た夢の記憶ははっきりしている。半日たってもはっきりしている。なんてこともない夢なんだけれど、パソコン開いたついでに記録しておこうかなと思う。日記だし。

誰かの葬式があった。気持ちを強く動かされるとかそういうことではなく、なんか町内の役員だか元役員だかのじいさんが亡くなったかとかいう、そういう感じのやつだった。横浜の中の田舎と都会の中間みたいな中途半端なうちあたりでも、最近は家族葬が増えた。葬式というものは元々、知ってる人が亡くなったらお別れに行く的な参列があったものだと思うのだが、どこまで知っている人かうんぬん的なラインも昔より上がったような気がする。そんな感じで、そうかという感じの、わたし自身が喪服を引っ張り出すわけでもないような、そんな葬式だった。

あ、そうだ。と思った。うちに処分したい植木鋏があったんだった、と思った。ガーデニングとか華道とかで使うような小さいやつ。ここからがまさに「夢」という勝手なフィクションの世界なんだけれど、この夢の世界では「誰かの葬儀のときに、使わなくなった植木鋏を奉納とかいう形で回収するコーナー」が存在する。このフィクションの世界の住人であるわたしは、葬儀があるのを横目で見て、さも常識であるかのように思い出し、鋏をもって会場に行った。

よく催し物で外に出ているような、長い机があった。そこに鋏が上下をそろえていくつも並べてあった。そこにわたしは鋏を置くと、うちと親しくしている(というか舅姑の代から親しくしている)近所のおじさんが、神妙な顔をして傍らの用紙を指した。そのおじさんは町内会の役員をしていて、近所のじいさんの葬儀によく手伝いで出ている。この日もそんな感じで、目線わたしにその用紙に何やら書けと目線で指示をした。

たいしたことない紙質の適当な大きさの紙が、ばらっとその机の上に載っていて、そばに鉛筆が何本かあった。名前を書くとかそういうことだったような気がするが、その辺の詳しいことは覚えていない。名前となにか数行だったような気がする。たいしたことない紙質で、たいしたこともない内容のことをざらっと鉛筆で書く。その程度のもので、ぐちゃぐちゃと適当に書いた。

ふと気づくと、周囲には大人の男の人が何人かいた。自分だっていい加減いい年齢なんだけれど、「大人の男の人」と言いたくなるような人が周囲に何人かいた。その何人かは長い机に鋏を置き、さらさらと鉛筆で書いてそこに置いていった。「大人の男の人」たちは、みな美しい文字を書いていた。ぎょっとして自分の手の中の紙を見たら、情けないほどぐちゃぐちゃの適当な文字列があって情けなかった。

ちゃんとしてなきゃ。いつもちゃんとしてなきゃ。こういうときに「お育ち」みたいなものが出るんだ。こんなの出せないじゃないか。すごくそう思った。文字はいつも丁寧に書かなきゃ。いつだってそう思ってたのになんでこんなことになるんだろう、と、すごく自己嫌悪だった。

わたしは「書く文字」というものに、昔からものすごくムラがあります。丁寧にそこそこ大人の女の人の文字も書ける。しかし気を抜いた文字は、クソひどい。アベレージがちょー高い美しい文字を常に書ける人っているじゃない。そういう人にすごくコンプレックスがあるような気がする。しかしなぜ、今更、こんなに大人の年齢になって。もうおばさんじゃなくてばあさんが近づいているような年齢になって、いまさら文字がどうのという夢を見るんだと。人間の頭の中というのはすごく不思議なものだと思う。変な夢。

2017-09-15

[]ばあさんIT

母が友達からタブレット端末が欲しいと相談を受けたそうだ。母がiPadを使っているのを知っているという前提で。「あなたみたいのが欲しい」「でもあなたが持っているのはどうやら高いらしいというのはわかる。5〜6万するんでしょう?」「でも似たようなので一万五千円くらいなのもあるんでしょう?そういうのが欲しい」。

まあ、要はこんなことのようだ。(あなたのそれをあなたが使えるようにしているあなたの娘に、わたしが欲しい機械もなんとかしてほしい)。母はそれに対して、あなたはあなたの息子さんや娘さんに頼んでみたら?と言ってみたそうだ。その返答は忙しくて相手にしてもらえない、ということだそうだ。

「これより小さいのがあるの?それはもっと安いの?」と、母がわたしに聞く。ううん、たぶん、先方の言っているのはアップル製品ではない。アンドロイド端末のことだと思う。それよりあなたたちは。あなたたちは通信費のことを理解しているのか?

母はiPadの初代機をSoftbankで契約し、Softbank機種変をして毎月Softbankにいくらだったか6千円だかそこらを支払い続けてきた。いろいろな会社がSIMカードを発売したのを機に、Softbankを解約した。わたしアップルオンラインから機器を買い、わたしイオンモバイルと契約し、すべてセットアップして母に渡した。母の銀行口座からSoftbankにお金が支払われなくなった時点で、母は通信費がかかるということをころっと忘れてしまったらしい。いろいろ元気だし、いろいろ聡明だが、まあこういうところやはり80代だなあと思う。自分の興味関心が動かないことに関しては、一度は理解したはずの情報がどんどん抜け落ちていく。「毎月お金かかるの?」。

そのお友達が欲しいというなら、そのお友達のためにわたしが動くのはわたしはちっともかまわない。機器を買って終わりではなく、機器を買ったらその機器が動いて用をなすためになんらかの会社と契約をすることになる。そして毎月いくばくかのお金を払い続けることになる。その理解が難しい人に他人が関わるのはかなり危ない話だと思うよ。

母はそのお友達に聞いたそうだ。「買ってその機械で何がしたいの?」。よくわからないけど、なんか最近そういうのがあったほうがいいような話を聞くから、だから欲しい。ということだそうだ。電化製品をひとつ増やしたいくらいの話なんだろう。そういう人はなんとなく増えているのかなと思う。

母がiPadを使いこなしているのは。あの人は昔から、そして今でもたくさんの「文化に対する欲」がある。絵が見たい、音楽が聴きたい。そこそこ高尚で幅広い。母のiPadからは美術館、劇場、コンサートホールなどの検索履歴がざくざくある。そしてもともとお手紙屋さんで、お手紙を書くのが大好きな人なのでメールもかなり使いこなす。年若い友達が多く、交友関係が広いのでアドレス帳もたくさん埋まる。海外に住む姉とのSkypeは日常的だ。要するに必要な機械なんだよね。この用途というのも大きいんだと思う。

メルマガもとっている。楽しみに読んでいるらしい。先日母と親戚の家に行って、そんな話が出たときに「あのね、ツケメンのファンなの」と母が言った。周囲は目を白黒だ。ラーメン屋とはおよそ似合わない感じのこじゃれたばあさんが、ラーメン屋巡りでも趣味になったのか。いやいや違う。お若い人にはこう付け加える。「あとでアルファベット表記で『THUKEMEN』って検索してみて」。まあそういうことだ。大好きなんだそうだ。

このご友人に関しては「いろいろ関わると難しそうだから、『84歳だからわからない』でかわせ」と母に言った。この友人も母より若いんだそうだ。お金が関わることはやっぱり難しいよね。欲しい用途がもっとはっきりしていたら、いくらでも力になるんだけどな。

2017-09-13

[]大きい子の親

ダウン症がある赤ちゃんが自分の子どもとしてやってきて、たいがいにおいて仲間と手をつなぎ始める。最近では、インターネットの中に情報と仲間をさがす。親たちはだいたい「赤ちゃんのパパママ」「小さい子のおとうさんおかあさん」「大きい子の親」みたいな感じでカテゴリー化されていく。

だいたいというか、一般的にというか、わたし個人の印象というか、もりもりと元気で活動的なのは「小さい子のおかあさん」たちだと思う。赤ちゃんのママを助け、導き、明日を考えて行動する人が多く、そういう時代なのではないかと思う。ネット上でも圧倒的に元気なのは「小さい子のおとうさんおかあさん」だと思う。見えてきにくいのが「大きい子の親」だ。

わたしは「大きい子の親」になり「大人の人の親」になった。「小さい子のおかあさん」だった時にこの層が存在感が薄く見えにくかった理由がわかる気がするようになってきた。障害告知を経て、育つ子どもの姿を見てその子どもの姿に励まされ、しあわせを教えられ、親たちは育っていく。幼児から小学生へ進む時代に子どもがすくすくと目に見えて育っていく期間に、親たちもたくさんの経験を手に大きく成長していく。その時代の意味がよくわかるからこそ、その上の親の存在感は薄いくらいでちょうどいいんではないかと思う。

啓蒙、啓発、キャンペーン的なものに対して、あんまり関心が無くなった。なんつーか、人にもよると思うが、障害というものに対して完全に肩の力が抜けているような気がする。障害自体が軽くなるとかではない。障害自体については、年齢があがってくると非常に現実的な側面が現れ、個人差も大きい。それが自分ちに起きているということが当たり前の生活になっているというか、そういう感じだと思う。

娘は10月に26歳になる。学校を出て今の事業所の「8年生」だ。今までの同じところに通う最長6年という長さを去年超えた。平日は軽作業をこなし、土日はゆっくり過ごし、一年の流れを意識して過ごす。「新幹線 旅行 おばあちゃん」がキーワードとなり、何度となくこのこと話しながら楽しみにしていたお盆が終わり、これまた非常に楽しみにしていた事業所の旅行が先日終わった。今週の週末にはボウリングに行き、連休中におばあちゃんのところに行く。来月は誕生日があり、11月には事業所が出店する地域の大型イベントがある。12月はクリスマス会だ。1月には事業所のおまつりがある。そうやって日々が過ぎる。

今月末にはダウン症専門外来での健診がある。甲状腺採血をすることになっている。採血は本人は大嫌いだ。でも、採血する人には気を使って平気なふりをする。「病院にいく」というと必ず「注射?」と聞き、「いやだ」と言い張るこの人に、たぶん「お願い」をしまくって連れていくことになるんだろう。

採血は、昔は平気だった。平然と手を出し、処置をした。予防接種もすべてそうだった。ケガの類もこの人は豪傑だった。小さいときは転んでも泣きもしなかった。今の事業所に入り毎年の健診で採血があり、それも全然平気だった。それが4年ほど前から採血をとても怖がるようになった。前よりちゃんと自分の気持ちを出すようになったんではないか、という解釈もある。わからない。

ただ嘘も誤魔化しもできないと思う。知的障害という垣根を通して、わたしたちはできる限りのコミュニケーションを築いてきた。曖昧な誤魔化しは信頼に関わるよね。うん、誠意を込めてがんばります。

2017-09-11

[]プロフ編集

プロフの文章を編集した。

「子どもに関して」を「家族に関して」にかえた。子どもがどうのという年齢ではなくなった。わたしも、子どもたちも。息子は社会人になった。娘の認定区分がまた変化した。

娘について「ダウン症者」から「ダウン症のある成人女性」にかえた。ダウン症についての言い方だが、「ダウン症児/ダウン症者」から「ダウン症のある赤ちゃん/子ども/人」という呼び方に変化していこうとしている。わたしはそれに沿う形に変更した。

障害について「しょうがい」「障がい」「障碍」など、いくつかの表記で論争があった。わたしは「障害」に違和感がない立場なので、普通に「障害」と表記する。横浜市は「障害」を使用。これについては当事者や関係団体学識経験者による「横浜市障害施策推進協議会」で話し合われて決定したもの。横浜市で他の表記が採択されたら自分はどうしただろうかと思う。横浜市に関しては、当事者団体がけっこう強い印象があり、そこで採択される方向に従うかもなとも思う。今回は一致したということに。

ダウン症のある」については、日本ダウン症協会がこの表記を選択し、表現を統一した。わたし日本ダウン症協会が歩いてきた軌跡に敬意をもち、日本ダウン症協会に沿う形にした。個人的にはなんとなく変な感じはするが、そのうち慣れるだろう。

ダウン症の言い方について、今回いろいろ検索してみたが。「ダウンちゃん」という呼び方のアンチが昔より増えているようで、こっそりうれしい。

2017-09-10

[]わたしのなまえ

昨日久々に投稿し、ついでに過去エントリーをいくつか読む。ははは、そうか。ふむふむ。自分のセンスで好きなように遊んでいるのだから、過去エントリーも自分勝手にただおもしろい。

6月に、まるでそこらにいるかのようなネット上の名前を作って使うお遊びの話を入れている。これがだな、へーということになっている。

お遊びで作った名前の三文判が欲しい。これが前提なので、そんなに珍しい苗字にはしなかった。名前の方は、どちらかというとダサい。ダサいからどうでもよく、なんかおもしろい。そんなお遊びだった。ホント、てきとーにちょちょいのちょいのお遊びだった。

しかしこの名前、当たりだった。フルネームでアドレスががんがん取れる。Tポイントヤフーアドレスと連携しろというヤツを、なんかやだなと思って放置していたのだが、そうだと思ってこの名前でヤフーアドレス取った。数字を混ぜたりしなくても一発で取れた。調子に乗ってGoogleアドも取った。取れた。この名前、生き始めた。

この名前、まあなんだ、みーちゃんとしよう。みーちゃんamazonでコツコツとレビューを書いている。レビューをもっと長く語るブログでもやってやろうかと調子にのりそうだけど、やらない。satomiesのエネルギーみーちゃんにのっとられるのはイヤだ。

みーちゃんのフルネームをGoogleで検索すると、みーちゃんamazonレビューがずらずらと並ぶ。それ以外は姓名判断サイトくらいだ。みーちゃんの名前は、もう絶対トップシークレットだなと思う。

ちなみに昨日の投稿は、しーちゃんから入れた。今日は凹太から入れる。これはOCNモバイルSIMを入れているiPhone5s。去年の春にヤフオクで買った。凹太は底辺部にボコボコの傷がある。中古で流れたものではなく、オーナーが出品。ボコボコがあるが使用歴少なくバッテリーの状態はいいはずだとあった。しかしボコボコは嫌がられ、入札は無く、さらに値を下げて出品したらしい。まあボコが派手につく落とし方してるから事故車かい?とも思うだろう。でもわたしは欲しくなった。これは縁だ。ライバルは出現せず、わたし一人の入札で凹太はわたしの元にやってきた。

凹太は素晴らしいよ。がちっと覆うケースに入れてるから、凹太の凹など全く支障はない。オーナーさんが言うとおり、バッテリーはバリバリいい感じだった。がっちり64あり、わたし生活をしっかり支援する。もうすぐAppleで新製品の発表がある。それがなんだ、わたしはまだまだ凹太と生きる。

2017-09-09

[]いまさら4s

結論からいうと、いまさらiPhone4sを買った。ヤフオクで。

ドライブレコーダーが欲しくなった。欲しくなっただけで、買おうとかまでは思っていなかった。欲しいなと思いながら、眺めていただけ。値段にピンキリあるんだなあとか、そのうち標準装備になるんだろうかとか、そんな程度。

そんなある日、スマートフォンアプリドライブレコーダーがあることを知った。Googleブラウザで、オマエの興味があるのはこれだろうとか出てくる情報の中にそれがあった。これこれ、こういう風にやるんだよ。使わないiPhoneがあったらやってごらんと書いてあった。

残念ながら、うちには空いてるiPhoneなど無い。それぞれの役目をもち、それぞれが現役だ。

ふと思った。今、4sの中古って、いくらなんだろう。5千円くらいかなあ。ヤフオク開いたら、もっと安かった。

4sは大好きだ。うちでは働き者だ。ケーブルテレビのモニターになり、録画した番組も見られる。ストリーミングの音楽やら、YouTubeやら、重要な家事のパートナーだ。iOS9で使うためにいろんな設定で動作が重くならないようにしてある。サイズの可愛さだけが引き立つ使い方でバリバリ現役。時代はデカいディスプレイを求めているらしいが、わたしはこのサイズが好きだ。

ヤフオク見たら、安かった。買おうと思った。状態のいいものなんて、たぶんもはや存在しない。運任せで入札を続けた。

わたしの予算は送料含めて4千円以下。締切時刻1時間以下のタイミングで最高額をもっていかれ、予算から百円くらいの超過で数回見送った。熱くなるな、機械の状態は運だ。たぶんこの機械には縁が無い。

結局、自分が決めた予算よりはるかに安く、その4sはわたしのところにやってきた。しかも純正の充電器もついてきた。

明日、手元にやってくるというその前夜、うれしくてドキドキした。あはは、変ね。世間の人にとっちゃ6年も前のガラクタなのにね。

手元にやってきたその子は、とてもきれいな状態だったので、クリアなケースをamazonで注文して着せた。ガラスフィルムも着せた。音楽系とドライブレコーダーアプリしか入れず、重くならないための設定もした。バッテリーの状態はもちろん良くは無いが嘆くほど悪くもない。

車に乗せて、ドライブレコーダーアプリも動かしてみた。ふむふむ。

要するにね、新しい子がかわいくて仕方がない。たかが4sだけれど、すごくかわいい。名前はしーちゃん。もう1台の現役4s(息子のお古)はくーちゃん。まあ白黒だね。ちなみにこの投稿はしーちゃんから。