S嬢 はてな

2016-06-23

[]はてなブログ

去年の10月から始めたはてなブログは、エントリー数が103件になった。

コミュニティというものがある。ガーデニング関連のコミュニティに入ろうかと思ったが、ざガーデニングみたいなセレブ臭が見える参加ブログが目についたとこで参加する気がなくなった。

コミュニティは誰でも作れるようなので、自分で自分が入りたいコミュニティを勝手に作って、自分の好きな画像をアイコンにして満足した。たった一人でコミュニティというのも変な気はするが、自分がそれでいいので問題はない。

10月から始めて途中でほったらかしはしたが、またコツコツと更新する。増え続ける植物の名前と個性を忘れないための記録なので、誰のことも考えていない。

放置した時期の植物の記録がなくて、時々呆然とする。死んでしまった植物ならなおのこと。

植物ブログは育児日記のようだ。今を記録したつもりでもその日の「今」は、すぐ過去になる。

はてなダイアリーの住人を長くやってきたが、はてなブログについてはよくわからない。時々はてなスターが付くが、三個単位の人が多い。はてなスターからリンクでとんでも、スターは三個単位のところが多い。そういう慣習か。

まあコツコツとまだ記録は続けると思う。愛想のない存在のしかたをしているのだが、最近わたしが作ったコミュニティの参加者がぽつんぽつんと現れる。なんかすごい。

http://satomies.hateblo.jp/

2008-11-25

[][]はてなブックマークが変わった

はてなブックマークが変わった。

なんだかんだと変える理由だのなんだのというのがあったみたいだけれどよく見てないのでよくわからない。ベータ版のテストが始まってふむふむとベータ版を見に行ってみたけれど、普段使っているのと違った景色になっていて戸惑ってた。

でもまあきっと変わってしまえば慣れるんだろうと思った。提供されるサービスを使っているので、提供側がユーザー側の意見を聞きつつも「これがいいのでこうします」というならば、それが提供されるサービスになるのでまあ慣れるかな、というところ。使ってりゃまた、ここをこう使おうかなみたいなのも自分なりに見つかるだろと。

ベータ版の状態で背景デザインカスタマイズできるとのことで、背景色を緑にしてみた。なんか急に自分のモノ感覚が生まれるような感じ。

はてなブックマーク > S:BOOKMARK

で、今日の午後からベータ版ではなく正式バージョンになったようで。ふむふむこんな感じかあと、結局もう慣れていく道を歩み始めているような感じ。

ちょこちょこっと巡回して、さすが!と思って大笑い。背景に画像入れられるという機能でとっとと遊んでる人発見。

はてなブックマーク > CROOK-BM

さすがだね、さすがだよ、さすが。スターんときもどう使おうか感覚は早かったもんね。

じゃああの人はどうしてんのかと飛んでみる。ああ確かにこう来るか、という感じ。グレーベースは「らしい」という感じ。でもって画像背景は重くなってうんぬんとかまた一言あるだろうと思うので選択しないだろうとも思うし。

はてなブックマーク > ekken!

じゃあ、あの人はなんかやってるかしらと見て回ったけど、自分の狭い巡回範囲では背景変更してる人はもう見つからなかった。これからかな。

2008-07-23

[][]情報、おっせ〜

ngmkzさんとこのはてダを久々に開いたら、見慣れない画面が出てきた。なぞなぞ認証だって。ページを開くことには成功したけど、なんかドキドキしちゃったぜ。

はてなダイアリーに「なぞなぞ認証」 - ITmedia News

今年一月に始まった機能だって、情報おっせ〜。半年以上経って、そんな機能があることを知るユーザー

つまり「通常はプライベートモード、管理者が出した質問に答えられる人だけページを開くことができる」と。

プライベートモードにする気はないんだけど、なんかちょっとやってみたくなるこの機能。なんていうんですか、要するに「特定ダイアリー限定トリビア機能」。人んとこで設定されていたら、なんかやってみたくなる。ブブー、残念でした。いや、んじゃこっちの答えでどうだ、とか。

なんてことで、ちょっと設問作ってみた。いや、なんとなく。

  • わたしの現在の愛車の色は?(漢字で)
  • わたしの現在の愛車の前の車の色は?(漢字で)
  • 「好きな本」としてあげたことのある小説の題名で「少女」に続くカタカナ四文字は?
  • 音楽でよく話題に出すバンド名は?
  • 大好きアメリカ人映画俳優といえば?
  • わたしの足はでかいか、小さいか
  • 娘の通称は?
  • 息子が苦手としている動物は?

あと、おつきあい系。

  • しょっちゅう話題に出す、特別支援学校の教職をやってる人のはてなidは?
  • はてなユーザー界だのといった狭い世界でなんか変な有名人になってる、それでもってすげ〜要所でマヌケな誤字をやったりするウンコな人のはてなidは?
  • 「半熟卵炎上事件」で有名な、はてな大嫌いだけどはてなのブックマークは使っている人のはてなidは?
  • 「○○ぽん」といえば?

おつきあい系、もっとトリビア。

  • gooブログ時代、一番最初にウチからリンクもっていった個人ニュースサイトは?
  • gooブログ時代、はてなダイアリー時代含めて、最も多くリンクをもっていった個人ニュースサイトは?
  • 「ぼくらの発達障害者支援法」の著者名は?

うわっはっは。なんてまあ独りよがり。こんなの「知ってる人じゃなきゃ公開しないもんね」なんて事情は今のとこないし、言う気も全然ないけれど。それでもって、丸々自己満の世界だなあ。しかもすぐ↑の二番目の設問なんて、自分自身でも実はわかってない。駄文にゅうすid:yas-toroさんとこかのどっちか。なんてまあいい加減なトリビア。

でも人んちのトリビアは、ちょっとやってみたい。

2008-02-27

[]CUBEが走る

はてなダイアリーの対応ブログパーツ一覧にCUBEシリーズを見つける。赤い車が出てくるものを選択、試しにちょいと貼り付け。いっひっひっひとささやかに喜んでいるオアソビ。飽きたらはずす予定。

2007-07-13

[][]はてなスター

 予想通りはてなスター評論はあちこちに怒濤のように生まれていっていて、ふにゃふにゃ利用者はその情報に追いつけない。自分が追いつけなくてもちゃんと整理しておいてくれる人が出てくるもん、って思ってたら早々にまなめ氏とyas-toroさんが着手。他にもいらっしゃるんだろうけれど、ふにゃふにゃ利用者はリンクでお呼び出しがかかるのが楽チン。

 っつ〜か、自分のぶつくさがこういうとこに入ってくるとは思わなかった。リンクに「はろ〜」とのんきに挨拶。

 突然の標準装備の絶対制や、クソ重くなった状態。ふひゃ〜とは思うけれどサービス提供側の都合によるなんだかんだは、わたし自身はgoo利用時にすっかり慣れっこになったかもしれない。

 しかし感じるのはgooとはてなの違い。gooのスタッフブログは言葉は丁寧でもユーザー無視感覚は感じたのと、スタッフブログのコメント欄にだらだらと続くユーザーからの「アンタはこうするべきだ」と怒鳴るような「べき嵐」。はてなはユーザーの希望を通すかどうかは別にして下記みたいなことをやっていて、そしてふにゃふにゃ閲覧でながめている限り、言葉の使用だけで言えばユーザーからの「べき嵐」は発生していない模様。サービス側に「べき」を叫ぶより、考察や評論に向かうのがはてなユーザーかも。

はてなアイデアにお寄せいただいたアイデアについて/はてなスター日記

 gooのあの頃は、gooの動きに対して冷静なまとめをもってきてくれるのはえっけん氏ぐらいのような印象があったのだけれど。gooのスタッフがgooスタッフであることを明記した「個人ブログ」で、エントリ上から「えっけんさんどうですか?」と問いかけたのにはかなりウケたけど。それに比べればはてなは層が厚いね。最近のgooはどうなんだろ。

 「突然の標準装備」に関しては、いきなり自分トコにぼこんと設置された抵抗で、自分とこ自分とこって感覚を呼び起こされるようにも思うけれど、要するに「借りてる畑」だから。それに管理ができる、ってだけでパブリックにしてトラックバックやコメント受付状態にしていれば、厳密に自分とことは言い難いとも思う。

 はてなスターのコメント機能だとかFavoritesだとかは、使う人が使いたいように使えばいいと思う。ツールや機能はどう生かすかは自由だし、使わないのも自由かな、と。わたしの感覚で「この人使い方上手だなあ」と思うものも生まれるかもしれないし、生まれないかもしれない。よくわからない。ただ「この人使い方上手だなあ」ってのは、ツールが生まれないと見られないもの、ってことはあると思う。

 自分がどう使うか、ということ。それもわたしはよくわからない。ふ〜んと眺めてる状態、かな。はてなブックマークは完全に「再読の可能性のための栞」に使っているので、単純に「わい!」って感じのポジティブ拍手に使えるかな、とは思うのだけれど、自分がどこにいくつ付けたか記録がつかないのはな、と思う。ちゃんと覚えておきたいのよね、自分。

 まあどう使うか、ってことで真っ先に思いついたのはlegnumさんとこの下ネタね。カラっとおもしろくてうっきゃっきゃ状態なんだけど、パブリックのブクマにもってくるのちょっと恥ずかしいんだもの。

 ポジティブ評価ツール、ってことに対してのうんぬんという評論も生まれているようだけれど。肯定は否定の発生に影響し、否定は肯定の発生に影響する。これ自体はツールがどうにかできることでもないんじゃないか、と思う。ツールが動き出して数ヶ月たった頃に、また見えてくるものがあるんだろ。

2007-04-07

satomies2007-04-07

[]はてなダイアリーのプロフィール画像

 巡回をしていて、はてなの方のところでおや、と思う。コメント欄に画像が出てくる。

コメントの先頭にプロフィール画像を表示しました/はてなダイアリー日記

 へーへーへー。画像が小さいので重くもならんかな、と。ん〜では自分も作るかな、と。

 ってことで作った。やたらに小さいとこに自己主張ってことで「緑」と「S」。

 緑は好きです。特に草系緑。あとペパーミントグリーン。深緑も好き。ペリドットの色も好きです。4月5月の新緑の緑も好き。画像は作るセンスもテクも無いので文字で。

 霞先生の反応に笑う。霞先生も文字にしたのね、霞だ霞。

 ではこのプロフィール画像、はてなSNSを使って、わたしが好きな画像を紹介。

 さて、はてなダイアリーのコメント欄にこうしたプロフィール画像が付くってことになってるわけですが、わたしんとこのコメント欄にはなぜかこれが付かない。理由はわからん。チョイスしているテンプレの仕様ですかね。

2007-03-11

[]カテゴリが機能してない

 gooで整理してはてなで書き散らして、なんてとこではてな使ってたもんだから、はてなのカテゴリがほとんど機能してない。なんでもかんでも雑記なんてとこで、しかもTBってタグだって統一性なんてありゃしない。

 今回一連の知的障害話題なんてものをひとつのカテゴリにしちゃおうかなんてことを思って、思いつくタグなんてのは「あの頃2」なんてもので。なんだそら。

 いやその時期に集中した話題に関してってとこで「あの頃」なんてカテゴリ名を思いつくわけで。んじゃなんだ2ってのはなんだ1じゃないのか、ってこともあるわけで。

 なんで2なのか。それははてな使ってて「あの頃」ってワードですぐに思いつくのは去年の1月の末から2月の始め頃。姑の急逝に対しての喪の作業なんてのを一生懸命やってた頃だったなあ、と思うから。

 そんなこと思うと過去ログカテゴリを整理したいなんてことを思うのだけど、めんどくさくなってまあいいやと。たかがweb上でも整理下手を露見させてしまう自分。

2007-01-09

[]キーワード作った

はてなダイアリー > キーワード > きょうだい

 ええい、もっと早く作れば良かった…。

2006-11-20

[]はてダのタイトル変更

 凝りもなんもできやしない、ホント名前の付け方って下手だ、自分。どうしようかと思っていたとこで、トラックバック受信。エントリ文中に出てくるタイトルが変わっちまうこと、申し訳ないと思う。

 gooの「S嬢のPC日記」。このブログタイトルは当初は単なる「PC日記」。まあ自分のためのタイトルでしかありませんでしたね。でもって、πさんと遊んでもらって、戯れに「S嬢」と。で、そんなこんなやりつつ、アクセス波をやたらに引き起こし引き連れて、って傾向をもたれるえっけん氏がなんだかんだと取り上げてくれた。彼が取り上げなければ、あっちゃこっちゃのニュースサイトの方々とは、いまだ未知の関係だったんじゃないかとも思う。

 で、まあ、ありゃりゃんという間に「S嬢のPC日記」はブログの海に旗を翻していくことが増えていき、そこにはイメージが生まれているんだな、と。んじゃ、数々のツッコミをはね返し、コレでいくさ。女王様好きには申し訳ないけどね。

2006-11-19

[]はてな利用に関して

 はてなを使うようになったのは、RSSリーダーを使いたかったから。はてなのおもしろいところは、ひとつの機能を利用すると、他の機能も利用したくなってくること。

 はてなの特徴として、つながりやすいということをあげる人が多いようだと、あちこちを眺めながら思う。キーワードリンクはてなブックマークはてなブックマークリンクされるダイアリーなどからくるものか。

 この中でキーワードリンク以外は、はてなブックマークを利用、またははてなブックマークでとりあげられる傾向の高い話題に関しての文章をはてなダイアリーに記すかどうか、ということが関わってくるようにも思う。

 それ以外では、はてな記法によるIDトラックバックや、自動トラックバック機能からくる「つながりやすさ」かと思う。

 トラックバックに関して、はてなはリンクが無いものに関して、トラックバック送信を受け付けない。これはわたしとしてはありがたい機能のように思う。なぜこれをトラックバック?と困惑するトラックバックには出会いにくい機能だと思う。ここを越えて、ソースにリンクアドレスを仕込んだり妙なリンク欄を作ったりして、大量のリンクを作り送信してくるトラックバックには、他のブログサービスでいわゆる大量送信トラックバックを受信したときよりも、不快感は大きい。

 はてな村という表現は、ぴんと来ない。これはわたしはてなブックマークの更新をあまり行わないからか、とも思う。ブックマーカー同士の顔合わせのような場面にあまり出くわさないからかもしれない。

 はてなブックマークで取り上げられるものは、はてなダイアリーが比較的多いようにも思う。はてなブックマークを閲覧していると、いつのまにかはてなダイアリーばっかり見てるような感じになってくる。はてなブックマークに記されたコメントに関心をもち、そのはてなユーザーのダイアリーまでいってみたり、ということも関わっているかもしれない。

 はてなをうろうろしていると、入ってくる情報量がとても多くなる。それはそれでいいのだけれど、入ってくる情報の閲覧ではなく、自分が欲しい情報を閲覧するために検索する、という行為が妙に少なくなっていくように思う。自分が探し出す、という欲を忘れないようにしていたい、とも思う。

2006-11-09

[]はてなブックマークにコメント

 わたしにとってのはてなブックマークは、自分のための書庫、自分のためのURLの記録、再読したいもの、あとで引っ張り出してくる可能性の高いものなどを「アドレスをなくさない」ためにおいている場所という位置づけ。だから自分がわかればいいので、ほとんどコメントをつけることはない。

 ただ、昨日、珍しくコメント入れ。書いた人間がそのブックマークを見ることがあったなら、「この理由で入れたのよ」という理由を渡すようなコメント。

 コメントを入れたのはコレ

言葉の汚さについて (セックスなんてくそくらえ)

2006年11月08日

[blog]「きれいはきたない きたないはきれい」 文体 文学的実験

 「きれいはきたない きたないはきれい」は、知ってる人に対しては、わざわざ出すことがうんちくたれるようで気恥ずかしいので出さなかったけれど、これはマクベスの魔女のセリフ「Fair is foul, and foul is fair.」

  → ウィリアム・シェイクスピア/フリー引用句集『ウィキクォート(Wikiquote)

 「セックスなんてくそくらえ」というタイトルをつけたはてなの方のブログは、わたしは過去ログは6月末に完読。同じ方が書いたであろう小説を、検索でウェブ上から引っ張り出して読んでもいる。

 「きれいはきたない きたないはきれい」だけでなく、この方が書くものは「愛情と憎悪 憎悪と愛情」「誠実と嘘 嘘と誠実」という要素もある。以前は情景を語る手法でもってくるものも多かったけれど、最近はブログを語る切り口でもってきている、と解釈。

 文体としての実験。ワンセンテンスの長さ、句読点の使い方。これは以前、きをふしもよくやっていたなあと思う。単純に言って読みにくく、言葉とその言葉の連続の意味はとらえにくく、だからこそ読むものを引っ張るものがなければただの悪文にしかならない文体。やってみるとわかると思うけれど、わたしはかなり難しいやり方だと思う。今のところはきをふしと、このブログの筆者である正午さん以外の書き手でこのやり方を取っても、多分わたしは「読みにくい」で投げ出すような気もする。

 今回のこの「言葉の汚さについて」についてのこの手法は、少なくともわたしにとっては成功していて、充分に魅力があったということでブックマーク

[]「あの人キライ」について

 はてなブックマークの数に加えて、RinRin王国のリンクも加わり、なんというか大反響。個々の方の経験の感覚を呼び込んで伸びてるアクセスかもしれないと思う。

 いじめを語る、というかなんというか、冒頭の□囲みで書いた内容は、自分が嫌いな人をイメージして自分の中から拾い出したものをデフォルメ。以前どこかで「加害者視点で語るものが無い」とあったのが印象に残っていた、ということもあると思う。

 自分の中に溜まってしまうものの排出。「うんこ排出」と出したのは、実際こういうシチュエーションでは、わたしは「うんこ」という言葉を使用しているケースはある。出さなきゃいけないもの、いけなくなってしまっているもの、という感じには「うんこ」という言葉は自分にとってぴったり来る。

 ただ、「うんこ排出」の難しいところは、やりようによっちゃ、「密室で誰かの腕を引っ張る行為」になりかねないことだと思う。また、人を選ばずところかまわずでは、今度は自分が信用されなくなる。とうとうと人の批判をする人の批判を聞きながら、(この人はわたしのことも、きっとこうしてどこかで話すんだろう)などと思ったことがある人ってのは、特に女性ならいるんじゃないかと思う。わたしは、そう思ったことがある。

 全ての人を嫌うな、みんなと仲良くしろ、っていう教えのようなものは、いわば非現実的なもので、人は人を嫌うのだ、ってことがまず大前提であることだと思う。そのときどう行動するか、ってことをなかなか誰も教えてはくれない。「仲良くしなさい」の連呼ばっかりじゃ、抜け落ちるものもあって、それは毒となって蔓延する場合だってあると思う。

 嫌うな、とか、仲良くしろ、とかってよりも、集団のもつ力ってもの、そのことの意味の方が重要だと思う。集団というものは陽や動の力をもつこともできるけれど、隠や毒の力を増大させる場合があること。

 誰かが誰かを嫌うときに、自分以外の人間を引っ張り込むと、自分の中に生まれる「嫌悪」は少し軽いものになる。引っ張り込む数を増やせば、その数に正当性のようなものを加えていって、嫌悪の後ろめたさはどんどん薄れていくんじゃないかと思う。ただその集団の一人一人にとっては軽くなったものが、反比例するようなパワーをもって個に集中される場合があることを、忘れてはいけないのだと思う。

2006-10-28

[]「自分にとって、ココなんぞや」はてダの場合

10月16日更新分■[goo]自分にとって、ココなんぞや

 いわゆるweb日記ってものに対してのアクセス数。ここで想定する不特定多数、ってのに対しての価値観というのは人によって違うのだろうなあ、と思う。

 わたしは、といえば。はてダに関しては、「アンタ、どうしてる?」って、そう思ってくれる人の数だけでいいなあ、とも思う。

2006-10-24

[]左メニューにはてなブックマーク

 左メニューに、はてなブックマークの更新情報なんぞ入れてみました。やってみたかったのがその理由。そのうち引っ込めるかもしれません。どうせほんのたまにしか更新しないし…。

2006-09-19

[]はてなの機能利用に関して二点

自動トラックバック

 はてなでは、他のはてなユーザーのIDをリンクさせたり、他のはてなダイアリーでのエントリーリンクさせたりすると、自動でトラックバックを送信してくれる機能があるわけで。

 わたしはコレをずっとオフにしてきたのだけれど、そうするとトラックバックを送信するときに、送信エントリのタイトルで送ることになるわけで。

 なんかコレがさ、はてなの中ではかっちょ悪いな、などと思うようになりました。なぜかっちょ悪いかっつ〜と、もうとにかくわたしのとこのエントリタイトル変だ、ってことは関係するかもしれない。昨日送ったヤツは特に、トラックバックを送信するのには変だ、と思った。

 で、自動トラックバックをオンにしてみたわけです。またそのうち気が向いたらオフに戻すかも。

はてなブックマークのコメント表示

 数日前からはてなブックマークユーザー数を表示する設定に変えました。はてなユーザー以外の閲覧者にわかりやすいかな、と思ったから。

 で、また新しい機能がプラスされて、そのユーザー数の横に、はてなブックマークのコメントが表示できるアイコンがつきました。ってことで、表示させてみた。はてなブックマークのコメント機能が生かされる場合もあるんでしょうね。

 わたし自身ははてなブックマークは自分のメモとして使っているので、ほとんどコメントは入れない。こうした機能がプラスされるならば、コメントも今後入れてみようかな。

っつ〜ことで

 なんだかどんどんはてなユーザーらしい人になっていくのか、自分。なんとなく使いやすさを日に日に感じている最近です。

 はてなは、ダイアリー以外の機能が充実しているな、と思う。はてな記法も慣れてしまえば実に使いやすい。閲覧者としてはキーワードの自動リンクがうっとうしい感じがしていたけれど、わかりきった言葉でも時々飛んでみて記載を読んでふうんなんて思ったりすることが実はあるわけで。

 しかし、「うつむく」で「うつ」にリンクとかは、実はツッコミ入れてますけどね、なんだこりゃ、とか。ま、仕方ないことでしょうな、と、鷹揚に構える程度に自分ははてな化してるな、と思う最近。

2006-09-18

[][]はてなキーワードを作ってみた

はてなダイアリーキーワード「ボランティア保険」

 初めてのことってのは、緊張するもので。コレでいい?コレでいい?などと思いながら作る。今後、編集により、よりわかりやすいものになっていくことに期待。

 作った動機は以下のエントリーへの敬意。

■[NPO]ボランティアを受け入れる側の事情。/TRANS

 ボランティアを受け入れる現場というものが、なぜ「マナーや道徳がなってない人間」の教育係を引き受けなければならないのか、甚だ疑問。ボランティア活動に参加することで得るもの、というのは行動の結果に対してであり、その行動に関してのレディネスが整っていない人が教育的効果を得るために現場があるのではないと思う。あそこに行かせりゃ学ぶだろう、って、そんな簡単なものではないと思うし、そんなイメージで人間送り込まれたら、現場は迷惑だ。

 このエントリーで思ったことは、高齢者が対象であるから説得力があったのではないか、ということ。これが障害者の現場になったら、同じことを言っても、だから障害者は、とか、権利意識がどうだとか、そういう反論が出てくるように思う。でも、ボランティアを受け入れる現場としては同様のことが言えると思う。

 以下、個人的体験。知的障害児の活動にボランティア参加したいと見学者を受け入れる。その方の感想として出てきたのは、活動のメンバーにいた、ある行動障害の傾向の強い子どもに対しての「あんな子」発言の数々。返したのは「あの子はうちの大事な子どもたちの大事な一人ですから」と一言。この方のご希望で一回限りのご縁になりましたが、はっきり言ってこちらからもご縁が無かったものにさせていただきたかった。やってあげる的満足感をこの方が得るレベルを超える子がいたのは、この方にとって想定外だったんだろう。そうした感想をもつのは仕方がない。その方の個人的関係の方にそうした感想を告げられるのも仕方がない。ただそれを「障害」を嫌悪する表情で活動主体者に言ってどうしろっていうんだろう、というのは強く思った。いちいち当然のように同意を求めてくる表情はなかなかに印象的だった、程度のことは言わせてもらいたい。

 教育係、を、させられるのだったら、この子の障害とその特性と理解に関しての説明をめんめんとしなければならないのだろう。あからさまに嫌悪する顔でべらべらとしゃべり続ける人にそこまでのエネルギーを使って説明をしなければならないのだろうか。それをできる人はいるのかもしれない。でも少なくとも未熟者のわたしにはできなかった。人間関係上のその程度のマナーが成立している人とでなければできない対話というものもあると、わたしは思う。