S嬢 はてな

2008-12-16

[]女優さんの活躍

ダウン症の女優さんがダウン症の役を演じる”LAW & ORDER” 性犯罪特捜班 シーズン3 #22@FOX /天漢日乗

ドラマの内容の深刻さもさることながら、うれしかったのはAndrea F. Friedmanが女優として活躍しているという文章。

Andrea F. Friedmanの英語のプロフがここでは紹介されているんですが。そのプロフの中で。

ほらほらほら、ここだよここだよ。

In 1991, she auditioned for and won the continuing part of Amanda, Corky's (Chris Burke) girlfriend in the TV series 'Life Goes On' and became a permanent member of the cast for two seasons.

ダウン症の女優さんがダウン症の役を演じる”LAW & ORDER” 性犯罪特捜班 シーズン3 #22@FOX /天漢日乗

あいあいあい、'Life Goes On'ですね、「コーキーとともに」ですね。

D

このテレビドラマで人気をかっさらっていったコーキー君。このコーキー君にガールフレンドを、という要望が上がり、オーディションが行われたと。そしてそのオーディションにより決定したのがアンドリアさん。(シーズン2は日本では放映はされていない)。

このアンドリアさんのお父様、10年ほど前だったかに来日されていて、ダウン症児の親御さんたちにお話しをされる機会がありました。行けなかったけど。

残念ながら、すべてのダウン症患者さんが、Andrea F. Friedmanのような成功を収めるわけではないが、こうした生きた成功者が一人でもいる、ということは、ダウン症の家族を抱える人たちにとっては、一筋の光明になるのではないかと思う。

ダウン症の女優さんがダウン症の役を演じる”LAW & ORDER” 性犯罪特捜班 シーズン3 #22@FOX /天漢日乗

娘が乳幼児期に「コーキーとともに」をNHK海外ドラマ放送で見ていて。クリス・バーク氏はダウン症者の中では知的レベルが高いということを各所で思い知らされはしたけれど。それでもダウン症の子を産んで育て始めたばかりの自分にとって、クリス・バーク氏のイキイキと活躍する姿は見ていてうれしかったですね。「一筋の光明」というか、なんかこう、お日様の下でにこにこできる感じ。

それと、海外製品DVDを購入して再視聴する中で思ったのは、クリス・バーク氏が現場で育てられていく様子だった。チャンスを与えられて、その仕事を作っていく人々の中でさらに育てられていったのだなあということ。

俳優 Chris Burkeの活躍がある一人の女の子にチャンスを生み出し、 Andrea F. Friedmanという女優が生まれていった。そして「"LAW & ORDER" 性犯罪特捜班 シーズン3 #22@FOX」という難しい仕事をこなしていくようになったのだなあと大きく感慨だった。ご紹介くださったことに感謝。

2008-03-27

[][][]ひとまずココまで

英語だよ〜

第一話から第四話まで、6枚パックのDVDの一枚目を見終わった。いや〜、字幕も吹き替えも無しに英語だけでドラマを観るのはどうなることかと思いましたが、とりあえずなんとかなってるという感じか。なんとかなってるというよりは、なんとかついていこうと一話一話何度も、時にはシーンを止めて少しだけシーンを戻したりしながら必死。今言った単語なに?みたいな感じで辞書を引いたり。スペルも頭文字とあと推測ぐらいの程度で辞書を引く状態。「オーディション」って単語なんて、最初「ディション」としか聞こえず、な、なに?みたいな。おお、そうか、この「ディション」の前に「オー」って出てくるのは「OH!」ではなく「オーディションのオー」なのか、って膝ぽんだった。そのくれ〜大変なのよ。

いろんなシーンの中で(このシーンのここは日本での放映時にどんな風に吹き替えをしていたのだろうか)とか思いながら。吹き替えは直訳ではなく意訳でしょう。だからこうやって原文にぶち当たってるのは「意訳をそのまま信じる」よりももしかしたらストレートな意味があるのかも…、なんてことを思ったり。

しかし、しかし、しかしなんだけど。もうホント、どうにもならないほどバンザイお手上げのシーンがある。中身に非常に興味があるのに、まくしたてられる状態にもうお手上げ。これは原文プリントが欲しいよ。

そのシーンってどんな場面? あいあい、web上でしっかり観られますよ、このシーン。Warner BrosによるDVD紹介サイトでこの部分の動画が観られる。

DVD紹介サイト/Warner Bros. Online(英語)

上部写真のママんとこをクリックして出てくる動画の「No Trust」ってとこ。ベッカとタイラーが話してるシーン。タイラーの激昂の中身が知りたい。タイラーが自分の弟のことは誰にも言わない、ってとこはなんとかわかる。うちの父親がどうのこうの、ってとこも推測がつく。ベッカにそのことを「wrong」って言われてるのもわかる。でもタイラー、早口過ぎるよ〜〜。ホント、お手上げ。

写真撮った

第一話に加えて、第二話も写真撮った。

Fotolife > satomies’s fotolife > Life Goes On

この後、続けるかどうかは未定。

はてなダイアリーでキーワード作った

はてなダイアリー > キーワード > Life Goes On

はてなダイアリーで「Life Goes On」と入力すると、はてなダイアリーのキーワードにリンクされる。このドラマ以外の「Life goes on」に関してすでに二種のキーワードが存在していた。どうしよっかな〜と思っていたけど、結局このドラマのキーワードを作る

作ろうかどうしようか迷っていて、結局作成しようかと思ってなんとなく後押しになったこと。「コーキーとともに」というワードで検索すると、10年以上経過していても「あのドラマはおもしろかった」という評が出てくること。検索で出てくるダウン症揶揄するような2ちゃんねる過去のスレッドでも、登場キャラの名前を全部出している人が存在していたり。それからmixiに「コーキーとともに」コミュニティがあることを知ったり。そんなのを見ながら(作ってもいっかな〜)とか思った。

キーワード文中に英語のサイトを三つ、リンクした。英語版のWikipediaが詳しい。シリーズがすすんでいくと、HIVを扱っているってことにちょっと驚く。それと。海外での放映で南アフリカ、南米、フィンランド、フランス、イタリア、ポーランド、ドイツ、アイルランドで放映されたと記載されている。でも日本は書いてなかった。日本でも放映されたんだよ〜だ。

2008-03-26

[][]「コーキーとともに」その5

「コーキーとともに」

このサイトでは’91年にNHKで放映があったと記載されている。’91年の放映はわたしは知らない。わたしが知っているのは’92年で、新聞のテレビ欄には「再放送」の表示があった。確か’92年中に二度、こうした再放送があったと思う。最初の再放送のときに途中から人に聞いて観て、そして二度目の放送のときに一度目に観られなかったものを観たんだった。’91年の秋に娘が生まれた。生後一ヶ月から入院し、昏睡し、手術をし、恢復し、’92年の5月にやっと手元に戻ってきた。’92年の夏に知り合ったダウン症児親仲間の友人に教えてもらった番組だった。

ダウン症の子がいる家庭のホームドラマ、ダウン症者の俳優が出ている。そんなドラマは当たり前に存在しているのかと思った。テレビをつければあっさりとその番組は観られた。録画できなかった回があっても、そんなに惜しいとも思わなかった。そんなドラマは当たり前に存在しているのかと思った、わたしが今まで知らなかっただけで。

それから何年も時が経ていく中で。障害が主とした線で出てくるドラマを観ながら、いつも思うのは「『コーキーとともに』とはどこか違う」ってことだった。ああ、アレはこんな風じゃなかった、みたいな感覚。

あの、娘が小さい頃に観たドラマを自分の中でどこか理想化してるのかなあ、みたいなとこもあった。でも今、16年ほど年数を経てから観ていて、ああ、と思う。わたしはあの頃、わかってなかったね。わかってたのはストーリーの展開だけだね。吹き替えに助けられながら。そして。印象的なとこ以外は忘れていて、それから「印象的」となるポイントがあの頃より増えているんだなあと思った。

赤ちゃんだったわたしの娘は、コーキーと同じくらいの年頃になった。ヤバい、ヤバすぎる。第四話は泣けて泣けて仕方がなかった。

第四話ではコーキーが生まれたときの医師によるダウン症の告知シーンが出てくる。このシーンは記憶がある。だから観たんだろうと思う。でも重要となるその前後のシーンはさっぱり覚えてなかった。記憶があるシーンは確かにある。でもモザイク上の記憶でその記憶につながりが無かったなあと思う。それからこの第四話は、観ながら泣いた覚えがないんだな。

この第四話、わたしの中にストレートにどっかんどっかん来るのに、わたしにはわたしにとっては16年が必要だったのかもしれない。あの頃は…。第四話はわたしにとってシリアス過ぎて、心の蓋を閉じていようとすることがわたしにとっての防衛だったのかもね。

あと…。ママ役のPatti LuPoneの歌はパワフルですごかった。この人のCD欲しい。

第四話/邦題「歌より大切なもの」

まず動画。冒頭。学校にある?ドライビングスクールでのシーン。

YouTube - Life Goes On ---Corky Behind The Wheel -----

学校にあるドライビングスクールでの自動車の運転の練習で、クラスメートの運転の練習を見ながら順番を待っているコーキー。コーキーの順番が来る。講師はコーキーを見るなりはっとした顔をして、そして優しく言う。キミには難しい、キミはスペシャルだから、と言う。それにステイツのパスは出ないだろ、と。コーキーがうれしそうに「パスはもってる」と差し出す(これは学科かなんかでパスしたってことなんだろうか…?)。講師は「Great!」と言って練習を許可する。車に乗り込むコーキー。講師が隣に乗るためにドアを開けろと言う。そこで、ミスがつながりこのシーンに(っつ〜か、コレっていわゆる昔の車だから起きる事故? ケツの力でパーキングからシフトは動かんだろ?)。

コーキーはひどく落ち込む。続く自己卑下。その自己卑下はがんばっているお勉強にも影響していく。

そんな中、ママの昔の写真が出てくる。ママはね、歌手だったんだよ。パパと出会ったのもママが歌手だったからだ。ママはスターだったのか…。

ママは、ママは、ボクがいるから、ボクがダウン症の子どもだから、だからママはママの人生を捨てたのではないか。コーキーはそう思い始める。

コーキー「You had a accident,didn't you?」

ママ  「No,I don't think so.」

コーキー「Yes,you did. (ママを見据えて)Me.」

この「Me」の一言でママは心臓わしづかみって顔をして、何も答えることができない。イライラしてしまい家族につい当たってしまう。その晩、眠りについたコーキーのそばで、コーキーが生まれたときの医師の告知を思い出す。

医師は言う。ベビーに会わせられない。ベビーはダウン症だった。話すことも歩くことも、自分で自分の世話をすることもできない。この子にとって適切な施設に入所させるのが一番いいことなんだ。医師の言葉に対してママは怒りにも似た表情で繰り返す。「I want to see my baby.」「I want to see my son.」

コーキーは、問題の出てきた学習のために、小さい子のクラスで補習することをすすめられる。コーキーは「I'm not baby!」と主張してそれを嫌がる。しかし、ふと思いつき、ママに提案する。「ママがミュージカルのオーディションを受けるなら、ボクはあのクラスで勉強してもいい」。

そのオーディションで。選ぶ側の責任者は歌手時代のママを知っている人だった。オーディションに合格というより、強く望まれてミュージカルに出演を依頼される。ベッカが、コーキーが、それを強くすすめる。パパもペイジも微笑んでGoサインを出す。ママはミュージカルに出演することになる。ママがママのやりたいことをやる。コーキーはうれしくて仕方がない。そのことはお勉強にもプラスに影響していく。でも…。ステージのリハーサル、スタッフのあり得ないミスの続出。ステージングにプライドと力量のあるママは憤懣やるかたない。

そのステージのいよいよ本番という当日の日中、コーキーは。学校に車で迎えにきてくれるペイジを待ってた。タイラーがオープンカーを運転して帰るのを見送りながら、ふと、ドライビングスクールの練習車に目をやる。ドアを開く。キーを回してエンジンをかける。アクセルをふかしてしばらくエンジン音を聞いている。そして。シフトキーをパーキングから動かした。車は暴走。木に激突して止まる。コーキーの起こした暴走による事故。コーキーは病院に運ばれる。幸い大きなケガには至らなかったものの、その日の安静を言い渡される。

今日はママのステージの日。でもママは「行かない」と言う。ママは家にいてコーキーの世話をすると言う。「ママ!」コーキーが言う、「ママはボクがいるから…」。

コーキー、あなたの存在はママの幸せなんだよ。ママは歌が好きだ、ステージが好きだ、でもね、それはセカンドなんだよ。ママはコーキーがベッカがパパがペイジが、ママはファミリーが一番なんだよ。

コーキーがママに歌って欲しいと言う。オーケー、たった一人の聴衆のためのパフォーマンスだ。ママは歌う、ママのステージ。ママは歌い終わってコーキーを抱きしめる、抱きしめながら声を出さず口だけで「I love you.」それがラストシーン。

2008-03-25

[][][]「コーキーとともに」その4

第三話。シリーズ始まってふむふむと見ていた視聴者は、まあここでやられちゃいますタイトルかもなあと。やっぱりChris Burke、すごいよね。

ダウン症者としてはレベルは高い方だと思う。それは前提であると思う。でもストーリー展開の中でChris Burkeの健闘が無かったらこの番組のヒットは無かったと思う。そしてただがんばるだけじゃなく、見ている人をおいていかない。豊かに動く彼の表情が、見ている人をそのストーリー展開のシチュエーションにちゃんと連れていってくれるんだな。つまり立派に俳優としての仕事をこなしている、とても魅力的にね。

あと。Chris Burkeの英語は聞き取りやすい。文を構成する単語一個一個が聞こえやすいんだよね。早口でべらべらべらっていかれちゃうのが多い中で、単語一個一個が聞き取りやすい。これは英語圏の人間にとって「たどたどしい」ということになるのかもしれない。

家の中のどっかにあるはずの、アメリカのChris Burkeに関する記事を翻訳されたコピー。捨ててないと思うからあると思うんだけど、もうどこをさがしていいかわかりゃしないとこに突っ込んである。その文章の記憶を引っ張り出すと、なんだけど。

Chris Burkeの家庭はChrisの上にお兄ちゃんやお姉ちゃんがいて、きょうだいたちは子どもの頃からモデルをやっていたそうで、そういうステージママ系ファミリーだったと。そこでChrisだけに仕事を与えられない、Chrisはいつもお兄ちゃんやお姉ちゃんの撮影を見るばっかりだ。Chris自身が「ボクもおにいちゃんやおねえちゃんのようにカメラの前に立ちたい」と。そんなこと言ったって…、と頭を抱える両親、という構図が続いていたらしい。

そしてChrisにもチャンスがやってくる、テレビドラマ「Life Goes On」のオーディション。そして撮影開始。第一話でカンニング汚名を着せられ、長文を暗唱してみせるシーンでは、誰もが本当にそれができるのかと緊張したそうだ。母親役の女優のこのシーンに対しての感情移入なんてこともそういえば書いてあったと思う。

第三話では体を張ったシーンがある。Chris Burkeはダウン症者としてはその運動機能はかなり高い方だと思うんだけど。それでも驚きでしたね。

第三話/邦題「ベビーシッター」

2008.3.24更新分/「コーキーとともに」その3 の続き。

ベビーシッター宅にファイヤーマンがやってきてすぐに避難しろと言う。パパとママに電話で連絡を取ろうとするコーキー。つながらない電話。パパとママはコーキーの様子を見に出かけてきてからの帰路の途中で家は留守。電話には出られない。ベビーシッターのテストの時、ビリーの父親に「火事になったらどうする?」と聞かれたコーキー。「ビリーを連れてanother houseに行く」と答えた。それは回答としては正解。でも今、一人でビリーを連れてどこに行ったらいいのか、パパとママには連絡が取れない。

ファイヤーマンが再度玄関のチャイムを鳴らす。避難してください。コーキーは覚悟を決めてビリーとともに外に出る。

ビリーのおうちのご近所には、コーキーに好意的なじいさんがいた。ベビーシッターのテストのときに「やあコーキー」とにこやかにコーキーに手を振るじいさんがいた。外に出るとこのじいさんがすぐにコーキーを見つけてくれる。じいさんは自分の車にコーキーとビリー、そしてビリーの仲良しの犬「ラッキー」を乗せて一行はコーキーの家に向かって走り出す。

じいさんは…、途中で道がわかんなくなっちゃう。ビリーはトイレに行きたいと言う。まあその辺でやってきな、ってことで車を停める。

ビリーは、ラッキーを連れて山の入り口に。ラッキーの引き綱を放してしまう。ラッキーは山の中に向かって走り出す。「ラッキー、ラッキー」。ビリーはどんどん山の中に入り込んでいく。

じいさんは地図を出して、う〜ん、おかしいな、どこで迷ったんだろ…。そこに聞こえてくるビリーの声、「ラッキー、ラッキー」。コーキーはその声にすぐに反応、「ビリー、ビリー」。コーキーも山の中に入っていく。じいさんは…、地図を見てる。う〜ん、おかしいな、どこで迷ったんだろ…。

「ラッキー、ラッキー」。ラッキーは急斜面を降りていってしまう。草も生えていない土だけの急斜面、ビリーはラッキーを追ってその急斜面をすべっていく。そしてラッキーをつかまえて見上げる。上れない。

「ビリー、ビリー」「コーキー、コーキー」。コーキーがビリーを見つける。ビリーは上れない。コーキーはビリーを助けられない。コーキーはビリーに歌を歌うように言う。真っ暗な中、ビリーが寂しがらないように。コーキーが誘うように先に歌い出す、ビリーがそれに続く。その声を聞きながら、コーキーはビリーを助ける手段を探す。

じいさんがや〜っと、あれれ?boysたちはどこだ?と異変に気づく。

コーキーは、山の中に捨てられていた廃車の中からロープを見つけだす。歌い続けるビリーの元に戻ってきて斜面に向かってロープを投げる。

届かない。そしてこのロープだけではビリーとラッキーを助けられないと判断する。

「I'll be back! Keep singing!」

コーキーは古タイヤを探し出してくる、歌い続けているビリーの元に。古タイヤにロープを縛り付け、崖の上にある木にロープの端をしっかりと結び、古タイヤをビリーに向かって滑らせて降ろす。そしてコーキーはその斜面をロープをつたって下りていく。ビリーの元に着いたコーキー。古タイヤに腹這いになり、ビリーを背に乗せ、腕の力でロープをたぐり寄せて顔を真っ赤にしながら斜面を上っていく。上りきった上で迎えてくれたのは、やっとそこまで来てくれたじいさん。

ビリーの両親が家に帰ろうとして異変に気づく、避難所に向かう。ビリーとコーキーはどこにもいない。「きっとコーキーんちにコーキーが連れて行ったんだ」。コーキーの家に急ぐビリーの両親。でもビリーとコーキーはいない。コーキーのパパとママもそんな異変は何も知らない。

警察が呼ばれる。事情を聞かれる。コーキーのパパがコーキーの説明をする、「He is Special.」。ビリーの父親が言う、「ビリーはまだたったの6歳なのに、スペシャルキッズなんかと…」。その言い方をビリーの母親がとがめ、コーキーのパパはその表現にぴくんと反応して振り返り、警察官がまあまあと止める。ベッカが「わたしが悪い」「I'm so sorry」とビリーの両親に言い、ママが「ベッカ…」とベッカをいたわる。

コーキーの家のチャイムが鳴る。扉を開けて入ってきたのは土まみれのコーキーとビリー、そしてじいさん。コーキーを抱きとめるママ、母親に抱き上げられるビリー。険しい顔をコーキーに向けるビリーの父親。じいさんが簡単にコトを説明。なんでそんなことになったんだと険しい顔をコーキーに向け続けるビリーの父親。その父親にビリーが言う。「Dad,Corky is safe to me and Lucky. Stop to malign him.」。

ビリーの両親は帰っていく。じいさんは涙ぐみながらコーキーを褒め、帰っていく。コーキーを抱きしめるパパ。Good jobだよコーキー。「さあみんなお腹すいちゃったわよね、何か食べましょう」とキッチンに誘うママ。ってラスト。

コーキーとベッカとパパとママの他にペイジもこの家族にいるんだけどね、この第三話にも出てくるしラストシーンにもいるし。でもペイジのシーンはいろいろと難しいんだな、コーキーストーリーと別ラインがあるし。ちなみにペイジはこの家では一番おねえちゃん。ベッカとケンカするけどコーキーには優しいって役所。ペイジはパパの前妻の娘です。継母のママとやり合ったり、ごめんなさいと抱き合ったり、まあそんなシーンもアリです、「Life goes on」。

2008-03-24

[][][]「コーキーとともに」その3

第三話はコーキーがベビーシッターをやる。ここでそのお話の前に。

これはわたしだけの経験かもしれんが。娘が赤ちゃんの頃、(まいるよなあ…)ってことが時々あった。ダウン症関連のイベントとかで、赤ちゃんをかまいたがる女の子がいること。そのこと自体はいい、それはいい、そうなんだけれど。(まいるよなあ…)って思ったのは親。

赤ん坊のオムツ替えをする、ミルクをやる。そうすると赤ん坊の世話をしたくて寄ってくる女の子が出てくる。やりたいんだけど、まあ要するに下手だし、乱暴だ。やりたい、やらせて、が先行してるために赤ん坊の扱いが乱暴になる。ではいっしょにやろうね、ってもっていってもわたしの手から紙オムツを取り上げて返してくれない。ほ乳瓶を取り上げて返してくれず、赤ん坊の口に無理矢理突っ込む。アタシがやりたいの、で、かんしゃく起こされても、その対象になるのは人形ではないんだよ。わたしの宝物なんですけれど…。

(なんとかして欲しいこの子…)、って思っても、親は、その場に居合わせた周囲は、微笑ましい目で見たりなんかしてくれる。微笑ましい目でそれを遠目で眺め、そしてわたしたちはほったらかしだ。大事な大事な赤ん坊を単に自分の欲求の対象にされて、わたしはうれしくも微笑ましくもなんともなかった。目の前のこの子に対しての理解よりも、わたしはわたしの赤ん坊の方が大事だよ。この子のコレを迷惑だと思うのは差別ですか?

ダウン症の赤ん坊を手にしたばかりの自分にとって、障害を受け入れる踏み絵のように感じたなあと思い出す。「親」に思った。ダウン症の子どもを育てて何年も経っているあなたとわたしは違う。あなたのその感覚にわたしは合わせられない。この子に迷惑そうな態度をあからさまに取ったら、それはわたしは加害者ですか?

まあ必死に、微笑みつつ、なんとか格闘しましたよ、ゴキゲンそこねないようにしながら。だって微笑ましい視線の中で、誰も助けてくれなかったもん。でもって、人間関係トラブらないように気を付けながら、そのことは後日それなりに伝えたけどね。

今思えば。疑いの視点からスタートしてるところがわたしの中の差別っちゃ差別だっただろうと思う。そしてその大元には、わたしは娘が初めての子どもで、子どもというもの自体を知らなかったということもあると思う。二番目の子どもが赤ん坊のときは、それは余裕でしたね。子どもというもの自体を少しはわかってきてたところは大きいとも思う。そして。娘がだんだん大きくなっていって、赤ちゃんに興味を示すようになってきたときに、あのときの自分の視点を忘れちゃいけないんじゃないか、なんてことは思ったし、今でもよく思う。周囲の変な微笑ましさの中の居心地の悪さはやっぱりちょっと忘れられないですね。アレを作る側には自分はなりたくないと思う。でもって、だから、第三話のベビーシッターの「ビリーの父親」の視点や反応はわかるなあってとこがあるなあ。

第三話/邦題「ベビーシッター」

コーキーの妹ベッカはベビーシッターをやることになってた。でもその約束の日に、映画に行こうという誘いが出てくる。いろんな友人に電話をかけまくって代理をさがすが見つからない。あきらめられないベッカはコーキーに自分のかわりにベビーシッターをやらないかと持ちかける。パパがベッカを呼ぶ、コーキーに会話を聞かれない場所に。ベッカ、コーキーにはできない。コーキーはシチュエーションに応じた行動を常に取るのは難しいんだよ。「But dad,Corky want to do it.」。パパ、う〜〜〜ん。まあパパにとって痛いとこついてくる「妹」だよな。

結局、ベビーシッターを頼まれた家庭でコーキーのテストが行われる。両親がそろった状態でコーキーの両親もその家庭にいながら、コーキーにベビーシッターをさせる子ども、ベビーじゃなくて幼児のビリーの世話をさせてみる。この家庭の母親の視点はコーキーに暖かく、そして父親の視線はコーキーに厳しい。コーキーはビリーに優しい。上手に遊んでやることができる。そしてビリーを寝かしつけた後はビリーの父親の面接が行われる。シチュエーションのテスト。家が火事になったときにどう対応する? ビリーが急に発熱した場合はどう対応する? こういうときは?ああいう場合は?

コーキーは、ビリーの父親の繰り出す質問に相手が満足できる回答を出すことができる。ビリーの父親は「Great answer」だとコーキーを褒めつつも、コーキーにビリーを任せること自体には「I don't think」が回答。

コーキーのパパはビリーの父親の職場を訪ねる(ビリーの父親は歯医者さん)。ビリーの父親は「Corky is great kid.」だと言いつつも、自分の不在にビリーを任せられるかといえば…、と苦い顔。コーキーのパパはビリーの父親に話し続け、ビリーの父親の表情は少しずつ変化が出始める。

そして。ビリーの父親からコーキーに電話。ビリーの父親からベビーシッター依頼の電話。いよいよコーキーがベビーシッターをやる日が来る。ビリーはコーキーになついていて、なんの問題も無い。コーキーはビリーと上手に遊び、上手にビリーを寝かしつける。後はビリーの両親の帰宅の時間を待つだけ。コーキーと眠っているビリー、扉が閉まった家の中ではなんの問題も無い。でもトラブルはその後玄関のチャイムとともにやってくる。

まずやってくるのはタイラーとその仲間達。ベッカが映画を観に行っているその映画館にタイラーたちはやってくる。上映中に騒ぎながら入ってきて、そのまま上映中の映画館で大騒ぎ。映画館側からつまみ出される。そしてその一行は、コーキーのベビーシッターを見物しに、コーキーがいるその家にやってくる。ビリーが寝付いてほっとしているコーキーのところに。コーキーがなんか金持ちのでかい家でベビーシッターをやるらしい。そんなことを聞いていたから。

一行は家の中で大騒ぎ、「Big house」だとかなんとか言いながら、冷蔵庫の中の飲み物を勝手に出し、テレビをつけ、ビリーのおもちゃで騒ぎまくる。タイラーの一喝で集団は帰るんだけど。タイラーはコーキーにすまなそうな顔を向け(こんなつもりじゃなかった)みたいな。オメ、そういう流れになりかねないことはわかってただろ、ああまたここにタイラーの葛藤シーンがあるんだな。

荒れた家の中をきれいに片づけ、ほっとしているコーキー。そこでまた玄関のチャイムが鳴る。来たのはコーキーのパパとママ。コーキー不在のおうちでコーキーの両親は、「子どもたちがみんなお出かけなんだから」と、パパの用意でシャンパン。夫婦いちゃいちゃタイム。でもついついコーキーを思い出してしまい、コーキーの様子を見に行く。オッケー、なんの問題も無い。パパとママは帰る。

そしてまた鳴る玄関のチャイム。扉を開けるとファイヤーマン。すみません、コーキー以上にファイヤーマンの言ってることがわからんわたし。とにかくすぐに避難しなきゃいけないシチュエーションが外で起きています。家の外は大変なムードで、ご近所の方々が避難を開始しています。ビリーは寝ている、コーキーは早く早くとせかすファイヤーマンを待たせて、次の判断をあおぐためにコーキーのパパとママに電話を入れるんだけど、電話のベルはひたすら鳴り響くだけ。パパとママには連絡が取れない。

あい、ここからまた長くなるのでまた明日。↓動画は、ビリーと遊んでやるコーキー。

D

2008-03-23

[][][]「コーキーとともに」その2

タイトル「その2」。やっぱり続ける。このドラマ、やっぱりおもしろい。どこまでいけるかわからんけど、「Life Goes On」カテゴリ、作ったろ。

日本のドラマで障害者モンは増えたけれど。なんらかのストーリー展開(特にピュア路線)のために登場人物が作られていて、設定のための動きを展開させるという感じがどうもするよね、って印象があるなあと。まあ元々ドラマってのはそういうモンかもしれないが、それがにおっちゃうかどうかってとこは重要なんじゃないかと。「コーキーとともに」は登場人物が登場人物の世界を生きているという感じ。これは日本のドラマのようにワンクールが短い設定じゃないからか。いや日本にもってくる海外ドラマがいくつかのシーズンを経るような人気ドラマだからなのか。

日本で放送された海外ドラマのシーズンの多さは、日本で言えば「渡鬼」バリですね。そこまで続けられるような設定じゃなきゃ、登場人物自体が生きてる感じがしないのかもしれない、わかんないけど。

第二話/邦題「委員長選挙」。

コレ、展開の細部理解が英語だけでは難しかった。コーキーのクラスで「スクール・プレジデント」を推薦することになる。推薦された人間は選挙に出る。さあさて誰を推薦するか。

ってとこで、ブロンド美女に隣の男の子がにやっとしながら耳元でささやく。ブロンド美女はにやりと同意して、すっと挙手して「コーキーを推薦する」と言う。先生はブロンド美女を前に呼び、「Funny joke」とかなんとか言う。ブロンド美女はいいえ真面目ですから、なんてことを言い、コーキーを推薦することが決まる。

自分が他者から認められないってことをぶつくさと気に病んでいる男の子が、自分自身を自薦する。誰も相手にしない。だってコーキーの推薦ってことでみんなおもしろがってるから、真面目に好意的な顔をしながら。彼のぶつくさをいつも聞いて知っているコーキーが、ただ一人この男の子を推薦しようとするが、ただ一人なので否決。

この男の子はコーキーを応援することを決める。主とした応援者になる。コーキーの側で頑張りながら、コーキーの良さをしみじみとわかっていく。この男の子がコーキーの妹ベッカに「神様を信じるか」って聞いてるシーンがあるんだけど、だからなんなのか、それでこの男の子が何を語ってるのかってとこがわたしには全く理解できず歯がゆい思いをする。

コーキーはこの、応援してくれる男の子の力を借りながら、この男の子と接しながら、友情を育んでいくんだけど、コーキーの推薦をおもしろがってるフットボール部の男の子たちやブロンド美女(チア・リーダー)たちのいかにも応援しているようなとこにもニコニコと寄っていき、ブロンド美女にデレデレ。そこでどうやらコーキーが、応援してくれる友人の男の子に対して重大なミステイクをするってことになるんだけど、ここがまたどうミステイクなのかわたしにはわからず。

コーキーは、この友人の男の子に謝りに行く。許してはもらえない。ミステイクの中身がわたしにはわからなかったのだけれど、この男の子がコーキーに向かって叫ぶところはずきんと痛かった。「Out of my room! Out of my house! Out of my life!」

選挙の重要な応援者を失ったコーキー。妹ベッカが言う「わたしがやる」。ベッカを伴い、いよいよコーキーの選挙演説。スーツを着て壇上に上がるコーキー。緊張のあまり「I...I...I...」と「I」から言葉を進めることがなかなかできないコーキー。さあミモノだとおもしろがろうとするフットボール部の男の子たち。そこで同じスタジャンを着た、フットボール部のひとりであるタイラーが、強い調子でそれを止める。

このドラマの重要な登場人物であるタイラー。ブロンド美女を彼女にしているかっこいい男の子。自分の弟がダウン症であることをベッカやコーキーには話したし、コーキーの家にも弟を連れて行ったりもしたのだけれど、でも学校の自分の周囲の人間関係には弟のことをヒミツにしているタイラー。コーキーをなんだかんだとからかい、おとしいれようとするのはいつも自分の周囲の人間関係であるタイラーの仲間達。そして、自分の彼女のブロンド美女。タイラーがブロンド美女にコーキーに対しての扱い方みたいなのをとがめると、ブロンド美女にしゃあしゃあと「I like Corky.」とか言われちゃったりする。それを複雑な思いで眺めるタイラー。まあ要するに「オマエのLikeはペットだろ」みたいなとこなんだろけれど、言えないタイラー。

タイラーの葛藤もこのドラマの見どころっちゃ見どころ。そしてドラマの作り手の視点はタイラーに優しい。それから。タイラーは学校では「かっこいい男の子」だけれど、タイラーにとってベッカは「ダウン症児のきょうだい児として『かっこいい妹』」だったりするんだな。

最初は口ごもってスピーチができなくなったコーキー、舞台袖のベッカから「Forget speech. Speak from your heart.」と言われて力を取り戻す。

以下、なんとか聞き取った?部分のコーキーのスピーチ。

I wish the kids whose handicap people could stand inside about yours.

Then, then We know,We have a life,We have dreams,We have homes,We laugh and cry,Just like you.

? ? (よくわからなかった単語) this chanse,to be your friend.

Thank you very much.

コーキーの推薦を当初「Funny joke」と言った教師も演説に拍手。選挙には敗れるが、健闘して堂々とした数の票を獲得する。その票はみんな自分の友達なんだねと喜ぶコーキー。そして、仲違いしてしまった友人とも仲直り。ラストシーンはこの友人との抱擁。

(2008.3.24 一部修正)

2008-03-22

[][][]「コーキーとともに」その1

タイトルの「その1」ってのは、その先続けるのか? いやわからんけどとりあえず。原題「Life Goes On」、NHK放送時のタイトル「コーキーとともに」という、ダウン症の男の子がいる家庭のアメリカ版ホームドラマ。

D

観てるのはDVDソフトなんだけど、映画じゃないし海外ドラマだからカテゴリは「テレビ」でいいや。

アマゾンから届きました、アメリカDVDソフト。オーストラリア製DVDでリージョンフリーであることを確認したプレイヤーで無事再生を確認。

ただひとつだけ誤算があった。アマゾンの嘘つき。アマゾンには「字幕 英語」って表示があったのに英語の字幕が無かった。日本語吹き替えも日本語字幕もついてないことがわかっていた上で、英語の字幕は頼みの綱でもあったわけで。フランス語とスペイン語の字幕でどうせいっちゅうんじゃと。いいけど。いやよくないけど。でも仕方ないからまあいいけど。

って〜ことで、今日は第二話の途中まで観ました。会話の詳細はほぼちんぷんかんぷんで画面にかじりつき。以前観たのでストーリーはだいたいわかっているとはいえ、細かいとこはわすれてるんだし。

第一話/邦題「新しい学校」。

コーキーは普通の高校に行く。妹のベッカのいる学校。学校の人となんだか両親が話してるんだけど、そんな高尚な会話の聞き取りは無理。雰囲気だけしかわからず。

イジメ? ありますよ〜。コマイのもあるが、なんつったってというのがブロンド美女。アメリカハイスクール映画で必ずと言っていいくらい登場する派手目の女の子。この子が目の前にくるとコーキーはどっきんこどっきんこクラクラ妄想炸裂常態になるんだけど、このブロンド美女は巧妙に微笑みつつ、やるこたやるわな。

このドラマ、妹役の役名「ベッカ」の存在感が大きい。容姿にコンプレックスをもったおチビさんのメガネちゃん。このベッカがコーキーを利用したブロンド美女が許せんわけで。

男の子の取り巻きを引き連れたブロンド美女に「コーキーにあんなことしやがって」と食堂で堂々とケンカをふっかけ、そのブロンド美女が持っている料理がのったトレイを彼女に向かってばこんとやる。胸元を強調させた白いニットが盛大に汚れるすごいシーン。

このブロンド美女の彼氏である、これまたかっこよくて目立ってます役柄の男の子が彼女ほったらかしてベッカのとこに走ってくる。それでもってなんだかんだ言ってそして「My brother」がどうとかこうのとかおっしゃる。

はいはいはいはい、学校で目立ってるかっこいい男の子、実はダウン症の弟がいるわけです。そしてそれは周囲にはヒミツにしているなんていう背景アリ。

検索で出したもの紹介

「コーキーとともに」というワードで検索して、おもしろいとこ見つけた。2000年の日付がある2ちゃんねる。ちなみに↑の「かっこいい男の子」というのが↓リンクで出てくる「タイラー」です。

コーキーと共に

この↑リンクで「コーキーのファミリーって、レストラン開いてたよね。」ってのが出てくるんですが。冒頭ではコーキーのパパは建築関係のお仕事をしてらっしゃいます。たしか…、と記憶をやたらに探り出して出てくるところなんだけれど。「第8話/伝説のオオカミ」「第9話/証言台に立つ」あたりがパパの転職に関わっていたはず。ちがったかなあ。

つまり、ですね。パパがお仕事で開発しようとしている土地がインディアンの聖地であるって背景があり、そこでコーキーが伝説のオオカミを目撃するわけだ。それが事実とはっきりするならば、そこは保護する場所となり開発ができなくなる。

でも、目撃者が目撃者なんですよね。そのことによる裁判で開発したい側が「こんな知的障害者の証言なんて証言にならん」みたいなことを言うんだな。でもって仕事上、本当はコーキーの証言をねじ伏せなきゃならん立場のパパが、コーキーの証言を後押ししたことで職を追われ、レストランのオヤジになった、ってことだったと思うんだけど。

しかし難しいなあ、こんな小難しくなりそうな会話なんて絶対に聞き取れん。再放送、やって欲しいなあNHK。