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2006-09-08

[]元東京地下鉄(旧営団地下鉄を含む)の第2の人生

今週配布しているR25の記事に今月から営業開始の東京地下鉄有楽町線の10000系事が取り上げていてその際に新型投入後旧形車はどうなるの?問いに答えていましたがちょっと簡単に紹介していたので今日はR25の補足としてマニアックにならない程度に詳しく紹介します。

昭和58年に登場して01系の投入により2000形以前の車両が廃車となりました、この廃車の中には営団地下鉄の前身の東京地下鉄道株式会社(今の社名とは違います現在は東京地下鉄株式会社)が作った車両も(形式は1200形)も含まれていました、1991年までは全部解体処分でしたが1991年に茨城県の日立電鉄に譲渡すると言う大サプライズな話が出ました。

何故サプライズかと言えば銀座線は架線がありません、銀座線は第3軌条式と言ってレールの右側(場所によっては左側)に電気が流れているレールがあり台車についてる集電装置で電気を取り入れています、一方の日立電鉄はごく普通のパンタグラフ方式でありそのままでは走る事が出来ません、そこで旧日比谷線の車両の部品を使い2000形に取り付け日立電鉄に旅立ちました、日立電鉄には24両が行きましたがその内の7両は片方にしか付いていなかった運転台をやはり廃車になった2000形の運転台をくっつき両方に運転台をつけた車両も有ります。

こうして日立電鉄は近代化を進めましたがモータリーゼーションと沿線に勤務する従業員の減少、おまけに2000形は冷房装置がつけられないと言う致命的な弱点もあり乗客が減少をしてしまいとうとう2005年4月1日を持って廃線となり一部を除き解体処分となりました。

銚子電鉄千葉県銚子市銚子駅から外川を結ぶ僅か6.4キロのミニ鉄道です、ここもあんまりいい状況ではありませんが最近ではぬれ煎餅を販売して話題になった鉄道会社と言えば解ると思います、この銚子電鉄に1994年にデハ1001形、としてデビューしました、基本的な改造は日立電鉄と変わりませんが部分が山梨県富士急行富士急ハイランドを運営している会社)の車両の部品を使いました、こちらは現在も運行しています。

丸の内線の旧形車は赤い車体と白いオビそしてステンレスの波状のサインカーブを入れるなど斬新なデザインで登場しましたが02系の登場により池袋-荻窪間の本線は95年、中野坂上-方南町間の丸の内支線は96年に消滅しました、銀座線同様第3軌条式の上、冷房装置が搭載できない為に全車廃車かと思われたがちょうど近代化したいが資金が無い為困っていたブエノスアイレル市の地下鉄運営会社がたまたま見つけた当時の営団地下鉄の関連会社メトロ車両の広告を見て交易会社を通じて購入をしました。

アルゼンチンに譲渡に当たっては軌間、集電方式は同じでも車体幅が違う為ステップを取り付け乗降時乗客の転落防止を行なっています、後はATSとワンマン運転対応工事を行ない95年に営業を開始しました、中は中吊り広告が電飾板になった以外は殆ど日本と変わっていません、しかも一部の車両は中間改造はされているものの丸ノ内線開業当初から現在でも運行をしる車両も有ります。

なおこの電車の投入で評判が良かったので今度は別の路線でも元名古屋市交通局東山線の車両も運行しています*1、でもこの元丸ノ内線の車両、実はトリビアの泉で紹介されたのでご存知の方も多いかもしれない。

    • 銚子電気鉄道(1両)

あれさっき紹介したじゃないかと思いますが実は1000形のもう一本のデハ1002形は元丸ノ内支線の車両です、実は2000形は銀座線の車両と思われがちですが丸ノ内支線にも走っていてその内の営団時代の2040が銚子電鉄に移動しました、この為1001が白色の車内に対し1002は丸ノ内線に合わせてピンク系となっています。

  • 元日比谷線の車両のその後

長野市を中心に走る長野電鉄にも元東京地下鉄の車両が走っています、こちらは元日比谷線で3000系です、投入のきっかけは元東急の旧5000系の車両が老朽化した為長野オリンピックまでに置き換えたいと言う思惑から日比谷線の車両が抜擢されました、長野電鉄の長野線長野善光寺下間は地下線と言うこともあり地下鉄と同様の車両の防火対策をしないと運行できないので元々対策をとっているこの車両はちょうどいい車両と言えます。

長野電鉄に移籍に際し形式を3500(2両車)3600系(3両車)として、ATSの長野電鉄仕様、ワンマン改造車はバスと同じ運賃箱と運賃表示機の設置などを行ない、2001年には冷房改造をした車両もありますが木島線の廃止による余剰と一部を除き非冷房車と言う事もあり冷房車以外は廃車する事になりました、なお代わりに投入される車両は何と元東急田園都市線の8500系でやってきた電車はかつて東横線にも走っていた経歴もあるので「あれ久しぶりじゃないか」と言う会話をしているかもしれない。

私のお気に入り車両の一つである東西線の5000系も05系の投入で姿を消し一部は別の鉄道会社に移動となりました、その鉄道会社とは…何と東葉高速鉄道です「はぁ、東西線の乗り入れ先の一つじゃないか」と思いますが実は元5000系を大改造して運行に就いていたのです。

何故こんな事をしたのかと言うと用地買収の遅れなどによる建設費にお金を掛け過ぎた為、新型車が買えずだったらと言う事で05系に置き換えられた5000系を購入したわけです、安全装置もJRのATSを撤去するだけで良いし後は冷房化はもちろん、前面と車内の更新を行ない96年に営業を開始しました、でも改造の方は開業には間に合わず一部は非冷房のまま帯を東葉高速色にしただけの手抜き電車も運行していました、また八千代緑ヶ丘駅近くにある車庫には増発用で購入した車両が2編成ありました、面白いのは一本は東西線の時のままでしたがもう一本は片方は東西線色、もう片方は東葉高速色と言うこのまま営業したら絶対乗客が混乱する奇妙な色をしていましたが増発も無く結局そのまま解体となりました。

本当だったらこのまま使いたい所だけど東西線が安全装置の更新により古い車両が使えなくなるので、結局日立製の05系と同じ設計の2000系が登場をした為、僅か10年弱で廃車となってしまい現在は10編成の内の3編製しか残っていません。

  • 元有楽町線の車両のその後

上でも紹介した通り10000系を投入により余剰車が出るために一部の車両を別の所に移動する事になりました、移動するのは07系の4編成で移動先は何と東西線、更に話を色々と聞くと形式変更しないらしい…変更しない場合、07系は有楽町線と東西線両方に走る事になります。

ちなみに東京地下鉄における同一形式の車両が2つの路線に走るのはさっきの2000形(銀座線と丸ノ内線)と5000系(東西線と千代田線)そして10両化による車両不足の為に東西線を走った半蔵門線の8000系の4例目となります。

現在は殆ど新型化もしくは廃車期に達して無い為にしばらくは移籍話はありませんが千代田線の6000系が廃車の時期になったら出てくるか…でもあれ長いから無理かぁ…

  • おまけ

元銀座線の車両が移籍した日立電鉄には実は営団地下鉄の車両になり損ねた車両が在籍していました、11形、12形車両がそうで1948年製です運転台隣りの扉が当時の営団地下鉄の車両とそっくりなので何らかの理由で発注が流れて日立電鉄に行ったと言う話です、なお書類上は自社発注の車両になっています。

しかしこの車両置き換えられたのは正真証明の元営団地下鉄車2000形に置き換えられるとは…これも運命かもしれない。

[]今日のbB

【前回の総走行距離】2631Km

【今回の総走行距離】2643km

【本日の走行距離】 11.5km

利用目的は通勤です。

*1東山線も集電方式は丸ノ内線と同じだがこちらは装置は新車並みに改造の上、パンタグラフをつけた