軍事評論家=佐藤守のブログ日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

■軍事を語らずして、日本を語るなかれ!!■

2007-03-17 無知が招く“誤解”

無知が招く“誤解”

 先日のインドネシアの現状報告会で、異文化に無知だったために招いた“誤解”と、それを解いた善意の話があったのでご紹介しておこう。

 1984年のある日、茨城県で3人のインドネシア人青年が不法滞在者で捕まった。彼らは日本への研修生として来日し、静岡県で働いていたのだが、当初の約束と違って農家で家畜の世話をさせられていたという。彼らは大学卒で、日本に夢を抱いてきたのだが、悪辣な手配師?によって、約束を無視した作業に従事させられていたのだが、とうとう耐えかねてそこを脱出して茨城まで逃げてきたのである。 彼らを雇っていた農家は「連中は全く働かない!」と憤ったそうだが、「我々は下級労働者として来日したのではない」と3人は抗議した。当時の日本の関係者達は、インドネシア人はイスラム教なので「豚小屋掃除」は彼らが最も忌避するところであることを知らなかったのである。たまたま警察の通訳官をしているN氏が彼らを保護し、法務省の了解の下、近所の農家でイチゴやメロン栽培技術を身につけさせ、そのアルバイト料で帰国費用を捻出して無事帰国させた。そのときN氏は、日本人の宗教に関する無理解を詫び、帰国後の独立資金として50万円を持たせたそうだが、帰国した彼らはイチゴ栽培に成功し、その後上下水道設備が不備な彼の国で飲料水の販売に成功するなど、企業を立ち上げた。そして利益を村に還元し、多くの慈善事業に協力し、ついに政界に進出して県会議長にまで出世した。

 今年一月、是非来てほしいという彼らの要請に答えたN氏はインドネシアに自ら出向いて彼らと再会したそうだが、感激の対面だったという。そして、N氏が「同胞の無知のお詫び」として提供した50万円を、彼らは借金と受け取り、返済するため利益の一部をこつこつと貯めていたという。

 N氏は、開発途上国からの研修者達を、その制度を悪用してこき使う日本の一部の悪辣な業者に怒りをあらわにしていたが、その前に少なくとも「イスラム教徒に豚は禁物」だというような一般常識が欠落していることが情けない、といった。

 N氏が、彼らを救わなかったら、1984年の時点で、少なくともインドネシアに強制送還?された3人と、その周辺には「反日活動家」が生まれていたということになる。「善意」が無知によって「誤解」になることだけは避けなければなるまい。

 さて、今朝の産経新聞22面のコラム「断」に、評論家・潮匡人氏が担当を交代するに当たっての感想を書いていた。このコラムは「歯に衣着せぬ」ところが特色で、「風刺や揶揄を利かせて、批判対象を斜めからバッサリ断罪する。辛らつな批評が売り」だから私は「遮断機」の頃から楽しく目を通してきた。潮氏は言う。

「思い起こせば、多数の対象を『遮断』してきた。私に批判され、当欄の連載を降りた筆者もいる。産経文化部に抗議した著名人もいた。私が降りることで内心、胸を撫で下ろしたり、溜飲を下げたりしている方も少なくあるまい・・・ただ、断言し断罪するのが当欄の使命である。少なくとも私はそう考えてきた。マスコミ世論に同調したり、政治家の『失言』を咎めたりするだけなら、素人にも書ける。誰を批判したのか分からない文章なら、そもそも『断』の名に値しない。ペンは剣より強し。実名を挙げれば、返り血を浴びる。私自身、仕事を失ってきた。リスクを回避すべく、歯に衣着せるのは簡単だが、それは読者への裏切りとなる。ペンも剣も、返り血を恐れないものだけが手に出来る。研かれたペンと剣だけが武器となる・・・」

 何時の世も「ペンにはペンで」という物書きは居ないらしい。言論で封じられると、卑怯な裏技を使って相手を潰そうとする“物書き”がまだウヨウヨ居るようだ。日航機墜落事故の時に、私は「官姓名を名乗って」物書きや評論家達の無知に反論したが、正面から堂々と反論、または修正してきた者は殆ど居なかった。一人、航空評論家のS氏だけが、テレビスタジオで「航空自衛隊の標的機が衝突・・・」した事を肯定するかのような発言をしたことについて、その後私に謝罪してくれただけで、他の多くの物書きたちは、直接私に抗議することなく、防衛庁、空幕の高官達を通じて私への嫌がらせと脅迫をしてきたものであった。

 その体験がある私は、潮氏が『産経文化部に抗議してきた著名人』『私自身、仕事を失ってきた』と書いたのはそのことを意味していると受け取った。

 ペンが剣よりも強いというのは、正しいペンである時と、剣が竹光の時であろう。正しくないペンほど卑怯な“裏技”を使うものである。それは剣に正面から立ち向かう『勇気』がない者が使う常套手段である。読者が記事やコラムの裏面を読み取る能力を身に付ける事が今ほど肝要な時はあるまい・・・。

『無知』が『誤解』どころか『悲劇』を生まないためにも。



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