軍事評論家=佐藤守のブログ日記

軍事を語らずして日本を語る勿れ

「憂国忌」に思う

25日夜、文豪三島由紀夫憲法改正を訴えて憂国の諌死を遂げた第46回「憂国忌」に参加した。珍しく11月の雪に見舞われた日の翌日だったがこの日は好天だった。

松本徹・三島文学館館長の開会の辞に続いて行われた「憲法改正三島由紀夫の檄文」と題するシンポジウムに登壇したのだが、登壇者は潮匡人・拓大客員教授藤井厳喜国際政治学者、富岡幸一郎鎌倉文学館長、司会は葛城奈海予備自衛官”であった。

私は当初の25分間で問題提議させられたのだが、概要は昨年11月に青林堂から上梓した「安保法制と自衛隊」を簡略化したもので、速やかに憲法を改正して自衛隊を「皇軍」と位置づけ、政治状況に左右されることのない国家戦略に基づく組織に改編せよというものであったから、聴衆は少し驚いたようだったがこれは三島由紀夫が命を懸けて主張した内容に一致するはずだ。
実は私は現役時代から「軍は政治とかかわりなく国民と直接つながる方法はないのか?」という疑問を持っていたのだが、それを裏付けてくれたのが三島の『檄文』だった。
防大に入校した昭和34年、新一年生を対象に学生舎(寄宿舎)ではよく「戦後生まれ変わった主権在民・民主主義国日本の自衛隊は何から何を守るべきか」というガイダンスという精神教育が開かれたのだが、ある日「その選挙で共産党政権が生まれた時、自衛隊はどうあるべきか」と出題された。
戦後民主主義…」と指導された同期のほとんどは「命令に従うべきだ」と答えたが、私は断固反対した。
その理由は、今は自民党政権下だから「自衛隊の敵はソ連」だが、共産政権になれば「敵はアメリカ」になる。その極端な戦略変化に自衛隊は対応できるのか?。
ゆえに自衛隊は、政情の変化にかかわらず直接国民と繋がるべきであり、守るべき主体は「人民」ではなく「国体」であるというものだった。
これもまた三島の檄文に明白に示されている。


防大入校当初はいずれ我が国もまっとうになり、憲法を改正して再軍備した暁には、へんてこな「自衛隊」などという組織ではなく、陸海空3軍が創設される、と私は期待していた。だから1尉になるころには当然「空軍大尉」と呼称されるはずだ、と思っていた。


そしてその1尉になって、浜松基地で戦闘機操縦教官として勤務していた昭和45年11月に事件は起きた。
この日、学生に1対1の空中戦を指導するため、午前中に続いて午後の訓練を終えて着陸すると、整備員が飛び乗ってきて「佐藤教官、三島由紀夫が死にました」といった。「なに、事故か?」と答えたことを今でも覚えている。それほどこの事件は唐突だったのだ。

その後の経過は省略するが、個人的には「3尉(少尉)」に任官して以降書きなぐっていた[将校日誌]に次のように記録している。
今更墓場に持っていくものでもなかろうから、これを機に紹介するが、若気の至りで文語調もどきであることをお許しいただきたい。


≪「昭和45年12月2日の記」将校日誌から

先日の三島事件については、いろいろな方面から各種の意見が聞かれるが、余はこの件に関して次のように考える。

1、檄文にあるごとく、現代の日本は真剣に現状を考察するの要あり。斯くの如き事勿れの風潮が、次代を担う若き青年たちに夢を与えることなく、虚無的に陥らせ、有望なる人生を狂わせるが如きは、国家の損失也。国家百年の計を立てたる政治家なし。

2、自衛隊の現状について
(1) 三島氏の誘いに乗ることなく、軍が不動たりしことは極めて意義あることにして、国民はこの件につき再考を要する。
一人の狂気に一国の軍隊が左右されるが如きことは、後進国のやるべきことにして、少なくとも大国として責任を有するわが日本国に在っては、このことは過去の歴史的事件から考察して偉大なる進歩なりと言うべき也。
 今後とも、国家の存立を左右する力を有する我々としては真に民主主義、平和と国民の幸福を見極めるべく、行動すべきことなり。

(2) ただし、今回のあの結末については、余は一概に我が軍のとりし行動が斯くの如き深慮遠謀の結果であるとは思われず、極言するならば、一般的な風潮に犯され“波風立てず”の配慮無きにしも非ずと考える。
 三島氏も意外なる自衛官の反応に、ますます悲しみを大とし自決の道を急ぎたる感あり。 
(3) 体験入隊如きでは(自衛官個人の)真の考え方を把握することあたわず。まだまだ裏もあり、特に高官たればたるほどその真意掴みがたし。
  三島氏はあまりにも現在の自衛隊を買いかぶりたるの感あり。気の毒なる事なり。
  
(4) 我々青年将校は、今こそ真の世界平和、日本民族の幸福のために考える時期なりと信ずる。三島氏のご冥福を祈るや切なり。≫


 私は当時31歳の下級幹部に過ぎなかった。上を見ると錚々たる?先輩方がいたが、年に似あわず精神が衰えて感じられた背景(事勿れ)には、昭和40年2月10日に、当時社会党委員長だった岡田春夫が国会で暴露した「三矢事件」の後遺症があるとみていた。


この事件は当時の統合幕僚会議事務局が昭和38年2月1日から同6月30日までの間、佐官級36名に対して実施した統幕図上演習(三矢研究)と呼ばれるもので、朝鮮半島有事に対処すべき図上演習だったが、こともあろうに事務局に侵入した某新聞記者が、3等空佐の机の上から盗み出して岡田に手渡した「演習機密文書」であった。

処がこれが大問題になるや当時の政府と防衛庁は、文書の盗難に遭った3佐を処罰し、盗んだ記者は追及しなかったのである。
これが引き金となって、部内には「まじめに仕事をする者」が処罰され、「盗人が出世するのか!」という怒りと同時に虚無感が蔓延し、こんな組織や政府のために命をかけるのか!という!“不快感”が漂った。
自衛官と言えども人の子である。正しいことをしても評価されないことに耐えられるほどの“聖人君子”ばかりではない。
私が空幕広報室長だったときも乱入してきた新聞記者ともめたことがあったが、役所は「公務執行妨害」で記者を追求しなかった。


ところが三島事件直後の昭和46年7月30日に雫石事故が発生したのだが、これまた民間機に追突された“被害者”であった自衛隊機、それも追突された学生ではなく、下方前方で学生を指導していた教官が有罪になったのであった。
一般に刑事罰は「当事者罰」が適用されるはずだが、自衛隊に対しては適用されなかった。それは指揮官が負うとする「軍事刑法?」を適用したからである。
 そしてこれを利用?して出世した高官が出たから、現場にはますますやる気が失せた。

その後の「なだしお事故」もそうであった。すべて部下を泣き寝入りさせてことを収めてきたのが当時の政府だったのである。
そんな政府の指示命令がいかに空虚であるかは、現場で命を懸けている“弱卒”は身をもって体験していたのである。

そんな背景が三島氏の最後にどんな影響を与えたかは知る由もないが、未だに浮かばれずに彷徨っている二人の亡霊を見るにつけ、まさに二人は「憂国」の象徴であると思わされる。


あれからすでに46年、意気に燃えて防大の門をくぐった私は喜寿を過ぎたが、未だに憲法も変わらず、自衛隊というまがいモノのままで、後輩たちは手直し法律を根拠に海外に派遣され、黙々と使命を果たしている。

こんな姿を三島由紀夫は想像もできなかったであろう。


実は文学に疎い私は、三島の作品の中では「美しい星」をバイブルにしているのだが、この作品で三島はこの国の先行きを予言していると感じている。

今回の会合の後で、参加者の一人が「今回、今までの憂国忌では感じられないモノがあったのは、今までは多くの“文学者たち”の発言しか聞かされていなかったからでは?」と語ったのが印象的だった。

そういえばシンポジウムの後は「三島由紀夫が愛した十人の美女たち」について文芸評論家の岡山典弘氏が語り、三島と切っても切れない師弟関係にあった名女優・村松英子女史が「三島演劇のこんにち」と題して思い出を語ったことからも伺える。

一介の元戦闘機のりの発言が、有名な文学者や文芸評論家らに歪みきった国の“現実の一端”を意識させることが出来たとしたら、望外の幸せ、三島由紀夫、森田必勝両烈士に対する供養の一助になったとすれば光栄である。


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≪雑誌「丸」1月号≫
自衛隊の最前線特集である。「親は無くとも子は育つ」というが、頼りない親であっても子供たちはすくすくと育っている現場がよくわかる。

穢れた政治から切り離して、軍人としての任務にまい進できる環境を作ってやりたいものだ。


≪雑誌「WILL」1月号≫
トランプ特集号?だが、誰がこれを予想したか?
既にオバマはかすみ、トランプ氏は実在の大統領的存在になっているが、来年には何が起きるか知れたものじゃない。安倍首相には、世界の平和よりも先に自国の再建強化を推進してもらいものだ。来年は勝負の年ですぞ〜〜



≪「Hanada」1月号≫

こちらはトランプもさることながら、崩壊寸前の隣国に焦点をあてているが、取り上げるほどのことでもあるまい。
沖縄で、本土で食いはぐれ沖縄で食っている県外活動家らから一方的に難詰され罵詈雑言を浴びせられている警備担当警察官の「土人」発言が問題にされ、左翼の横暴は問題にされない、そんな異常な沖縄の問題を潮教授が解説している。
昔の「三矢事件」「雫石事件」「なだしお事件」から政府は全く学んでいないことがよくわかる。偽善であり弱腰である政府の事なかれ主義が目に余る。
小池都知事には大阪府警にも切り込んでほしいと思いたくなるような男どもの“惨状”には言葉もない。

安保法制と自衛隊

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美しい星 (新潮文庫)

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