「Once in a blue moon」(95)


※ こちらは「Half moon」という話のオリキャラ(蓮)が中心となった話で未来話です。
爽風も出ますが、主人公ではないので受け入れられる方以外はゴーバックで。

★「Half moon」は 目次 から。
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☆ 爽子に「話したいことがある」と告げて会社に行った翔太。その夜・・・翔太目線です。












・‥…━━━☆ Once in a blue moon 95 ‥…━━━☆















「ふぅ・・」


ちゃぽんっ


翔太は湯船に浸かって大きく息を吐いた。今日は早く出勤し、昨日の分も迅速で仕事
を片付けてきた。先延ばしにしたくなかったからだ。昨日・・あの後、会社に行けな
かった。どうしても行く気にならなかった。昼間っから泥酔するまで飲んで、それで
も意識がどこかにあって。そして気づいたら蓮の事故が起こった公園に来ていた。


どんな思いでこの場所を歩いていたのだろう・・・


日蓮の苦しみを知って改めて俺は自分のことしか考えてない人間だと実感した。蓮
のことを分かりたい、支えになりたいと言いながら蓮の心の闇に気づいた時から真実
から目を背けてきたのだから。自己中心的に蓮のことを心配してきただけじゃないか?
そんなことを考え出すとどんどん後ろ向きになる自分がいる。今から考えたら蓮の翳
りのある眼が全てを語っていたというのに。原因は自分にあったのだ。


”『いい大人が何やってるのかって頭では分かっててもどうすることも出来なくて、
 こんな自分は初めてだった』”


逃げ切れるものなら逃げたい、この事実から、この想いから・・それは俺自身の心情
そのものだったと思う。公園内を歩きながら様々な想いが駆け巡る。
”ちゃんと爽子と向き合った方がいい”なんてよく言えたものだ。自分でも驚いている。
蓮と向き合う前はそんなこと頭の片隅にも思っていなかったのだから。だけどこれだ
けは言える、その言葉に嘘はないこと。これだけ独占欲が強く自己中な俺がそう思え
たのは蓮だから。焦燥感や自己嫌悪、話した後も複雑な思いは残ってる。すべてを割
り切れるほど人間が出来ているわけじゃない。ただ、蓮が苦しんでもなお、この場所
に戻ってきてくれたことが嬉しかった。素直に嬉しかった・・・


「・・爽子?」


風呂から上がると緊張しているようでガチガチに固まっている爽子がテーブルの前で
座って待っていた。『話たいことがある』と告げて今朝家を出た。大事な話だと思っ
たのだろう。結月は黒沼家に預けてきたらしい。蓮が事故に遭ってからめまぐるしく
起こる自分たちの変化に戸惑っていたのは俺だけじゃない。そして”あの夜”から向き
合えていないことに気づいている。今夜が向き合う時だということも・・・爽子の覚
悟を感じるほどいつもの様子と違った。爽子は翔太の存在に気づくとハッとして立ち
上がった。


「あ・・、ごはんっ!」
「いいよ。後で」


分かりやすい爽子の様子に翔太は小さな笑みを浮かべた。全身に伝わる爽子の緊張感。
息をのむ音さえ聞こえるように感じた。翔太は髪をタオルでゴシゴシと拭きながら爽子
の前に座ると真っ直ぐ見つめて言った。


「まず、ごめん」
「え・・・」


勢いよく頭を下げる翔太に爽子の目が大きくなる。


「爽子に嘘はつかないって言ってたけど昨日嘘をつきました」
「・・・っ」


頭を下げたまま言った翔太がゆっくりと顔を上げると爽子が言葉を発せず驚愕の表情を
していた。すぐさま爽子を不安にさせないように補足する。


「あ、浮気とかじゃないから!!」
「あ・・うん」


それでも不安そうな様子が消えない爽子に翔太は優しく微笑むと落ち着いた表情で語り
出した。


「昨日、普通に出勤したように見せて、実は会社休んだんだ」
「え・・!」
「蓮のところに行くつもりで家を出た」


驚いた顔で呆然としている爽子を翔太は真っ直ぐ見つめる。迷いのない真摯な目だった。


「実は昼から会社に行くつもりだったんだけど行けなくなったんだ」
「行けなく・・なった?」
「ん・・うまく切り替えらんなかった」


翔太は複雑そうに言うと前にあったお茶を一口飲んでふーっと息を吐いた。じっと翔太
を見つめていた爽子はふと視線を上げた翔太と目が合い、あわあわと焦ったようにぎこ
ちない動きを繰り返す。翔太は思わず笑みが零れた。


「正直・・話したいことがあると言っておきながら何を話したらいいか分からないんだ」


唖然としている爽子に苦笑いをして翔太が言った。すべての誤解が解けた今、もう蓮を
疑うことはなくなった。俺と同じように蓮も俺のことを思っていてくれてるということ
・・・それは素直に嬉しかった。でもその代償は気づき始めた事実に真正面から受け止
めることだった。知ることが出来た喜びと苦しさ。お互いに大事過ぎて苦しい。
蓮だから苦しい、そして蓮だから・・自信がなくなる。


「翔太・・くん?」


無言になった翔太に爽子は瞳を不安そうに揺らす。翔太は爽子を熱い眼差しで見つめた。
何も言わないで見つめられ、爽子はさらに瞳が揺れた。


「・・・」


蓮は爽子に伝える気はないと言った。それは本音だと思う。どうにかなりたいのではな
いと。そんなこと考えてもなかったのだろう。すごく蓮らしいと思った。


(本当にこのままでいいんだろうか・・・)


このままいつもの関係に戻りたいというのが本音だ。俺の偏見がそうさせているのかも
しれないが、爽子が蓮のことを考える時、心なしかいつもと違う表情をする。
柔和な、温かい視線。通じ合っているような・・


「・・何を蓮と話したか、気になる?」
「・・・・」


爽子は表情を固くして翔太を見上げる。二人はお互い何も言わずに見つめ合った。翔太
はその時、爽子は何か勘づいていると思った。でも鈍感な爽子が恋愛感情に気づくだろ
うか?その疑問はずっと自分の中にある。あの夜、蓮は何もなかったと言っていた。
何もなかったと・・・


「ごめん、何もな・・「「あのね、翔太くん!!」」
「え?」
「・・・私、蓮さんと話そうと思う」


想いを振り切るように言った翔太の言葉を遮られ、爽子が告げた言葉に翔太は驚きを隠
せない。そしてその真摯な目に翔太の心臓が大きく脈打った。


「翔太くんがそう言ってくれたん・・だよ」
「え・・?」
「・・昨晩酔って帰った時に・・」
「え?なんて・・?」
「”蓮と話して”って」
「マジ!?」


(・・ウソ・・??まるで覚えとらん・・)


翔太は思わず顔を手で覆った。全く記憶がない。でもそれが本音だということだ。呆然
としている翔太に爽子は言った。


「ゆづちゃんも・・そう言ったの」
「えっ・・ゆづ!?」
「うん。ゆづちゃんも蓮さんが待ってるって・・・」
「・・・」


もうこれは自分のことだけ言ってられないと思った。ゆづがそう言うのならそうすべき
だと翔太は覚悟を決めた。目を瞑り大きく深呼吸すると真っ直ぐ爽子を見つめた。


「うん。蓮と・・話をして欲しい。俺からも、もう一度お願いするよ」
「・・・・」


翔太は一息吐くと、緊張した面持ちで言った。


「・・正直に話すと、仙台七夕まつりの時、蓮が仙台で熱を出した夜からずっと気にな
 ってた。爽子の様子が」
「・・・!」


翔太は少し寂しさを含んだ目で爽子を見つめる。蓮、逃げていたのは俺も同じだ。ずっ
と爽子の本音に向き合うことから逃げていた。もし爽子の気持ちが全部俺に向いてない
ことを知った自分を想像するだけで怖かったから。変に信じていた。”蓮だから大丈夫”
だと。そう信じようと自分を保っていたんだ。俺は蓮の気持ちが痛いとほど分かった。
失いたくないから逃げてしまう。それほど大切なもの・・・。でも、もうこの目を逸ら
してはいけない。爽子なしでは生きていけないけど、同じ気持ちでないと一緒に居ても
意味がない。


”全部欲しい”


想いが通じた高二の文化祭で爽子はそう言った。それは俺と同じ”全部”であってもきっ
とその重さは違う。俺は君の全てが欲しい。誰にも見せないように閉じ込めておきたい
ぐらいの全部。だからこそ気持ちごと全部俺に向いていないとダメなんだ。どこまでも
欲深い男だと自覚はある。


「あの夜・・何かあった?」


爽子の瞳が微かに揺れた。
蓮・・・同じ重さで想っている。魂が震える感覚を蓮も味わったことを知った。だから
こそ分かる。俺たちが欲しいのは中途半端なグレーという色ではない。


” 全部 ”


同じ想いを抱えている男が苦しい思いをやっと吐き出してくれたのだから俺も真正面か
らその想いを受け止めたい。逃げたくない。
もう、間違えたくないんだ。仙台のあの時のように・・・


(・・だろ?蓮)


爽子は真っ直ぐと真摯に向き合う翔太の目に感動さえ覚えた。そこに何の揺らぎもない。
どんな時でも嘘偽わりのない目を向けてくれる翔太はとても眩しかった。


「翔太くんは・・すごいね」
「え?」
「いつも気持ちを言ってくれる・・」


そう言って爽子はほんの少し瞳を曇らせて言った。


「私、そんな風にいつも気持ちを言えてないね」
「・・・」


爽子は瞳を潤ませながら翔太を見つめた。翔太はそんな爽子に感情が昂るのと同時にな
ぜか焦燥感に駆られる。


ドクンッ


「あの夜ね・・「ちょ・・ちょっと待って!」
「え?」


翔太は手を前にして思わず爽子の次の言葉を制止する。爽子は驚いた表情で翔太を見つ
めた。


「やっぱ、蓮と会ってから聞かせて欲しい」
「え?・・会ってから?」
「うん。とにかく話をしてからでいい。無理に・・今気持ちを言うことないんだ。
 それに・・」


翔太は言葉を区切るとせつない表情で言った。


「俺は爽子が思っているほど正直に生きてない。何でも言葉にできるほど・・そんなに
 強い人間じゃないよ」


だって今だって覚悟を決めてすぐに揺らいでる。なぜかすごく怖くなった。全てが壊れ
ていきそうな恐怖感。


「爽子を前にすると何も出来ないような情けない男なんだ・・貪欲で自己中で」
「そ、そんなことないよっ!!翔太くんはいつも一生懸命私たちのことを考えてくれてる。
 貪欲なんて、そんな・・っ」


必死で言う爽子を見て翔太は嘲笑気味に言った。


「・・貪欲だよ。爽子のことになると」
「翔太くん・・」
「自分でも怖いぐらい」


翔太の憂いを感じる顔を爽子は複雑そうに見つめる。そして考え込むようにぎゅっと
目を閉じた。


「私・・・あのっ・・・」


俯いたまま次の言葉を発することが出来ない爽子を翔太はせつない目で見つめる。爽子
の身体は密かに震えていた。翔太はたまらず爽子を自分の胸に抱き寄せた。


「もう、いいよっ・・・今は何も言わなくていい」
「・・・」
「・・・本当は蓮と話して欲しくないんだ。でも・・話して欲しいんだ」
「翔太・・くんっ・・ひっく」
「これが俺の本音。嘘偽りないよ・・・それだけは覚えておいて」
「・・っ」


爽子は嗚咽するように身体を震わせるとぎゅっと翔太の服を握りしめ、こくんっ・・
こくこくっと何度も頷いた。


翔太は爽子を抱きしめながら窓から覗く月を眺める。


今夜は皮肉にも Half moon だった。




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あとがき↓

次こそ、爽×蓮です。長いかも・・・(まだ書いてないけど)そこに爽子の気持ちも入
れたいと思います。