ダイエット、、、

 ここ一年程のことだろうか、アメリカで末恐ろしいダイエットが流行っているそうだ。たまたま目にしたアメリカのドキュメンタリーでこのことを知ったのだが、その名は「低炭水化物(ロー・カーボ)ダイエット」。考案者の名前から「アトキンス式ダイエット」とも呼ばれる。どんなダイエットかと言うと、精製された炭水化物はなるべく採らずに、タンパク質や脂質の高い食材を摂取すれば痩せるというもの。具体的に言ってしまえば、肉・卵・チーズは食いまくって良し。ただし、白米や白パン、パスタやジャガイモ、砂糖は駄目。朝っぱらから脂ギトギトのベーコンに目玉焼き3個くらい、食ってしまえ。遠慮するな肉を喰え! 炭水化物さえ避ければ痩せるぞコンチキショー!!! といった感じであろうか。一見アメリカの人口を減らそうという陰謀に見えなくもないこの変なダイエット。ちゃんとそれなりの根拠がある。
 炭水化物は食べるとブドウ糖に分解され、そのまま体内に吸収されて太る元になる。この糖質こそがダイエットの妨げとなっているのでこれらをなるべく抑え、代わりに脂質やタンパク質が多く含まれる食材を摂取すれば結果的に痩せるというのだ。更に、炭水化物はすぐにお腹が空くが、肉を食っておけばより長く空腹を抑えておけるという点においても、このダイエットはよろしい。とにかくこの方法は糖質というのを敵視する。だから炭水化物に限らず、糖質の高いものはだめ。例えば、オレンジは糖質が多く含まれるのでよろしくない。他にも、牛乳より生クリームの方がよろしい、などわれわれのダイエットの常識である「脂質を減らす」ということの、真逆を行うのがアトキンス式ダイエットの特徴である。そして、このダイエットによって不足する栄養はサプリメントで補う。詳しくはアトキンス博士による食品ピラミッド*1などを見ていただきたいのだが、このピラミッド、まるでアメリカの農務省みたいなお役所(USDA)が推奨する食品ピラミッド*2をそっくりそのままひっくり返したかのようである。
 日本食に親しんでいる人ならばこのようなダイエットに魅力を感じることはないだろうが、多くのアメリカ人は肉が大好きだ。肉無しの食生活など考えられない彼らは、狂牛病を気にかける余裕さえない。また、フレンチフライやハンバーガーのパンといった炭水化物は、主食の役割を果たしているのではなく、肉料理の付け合わせに過ぎない。そして今まで肉好きの肥満者たちは、痩せるためには肉を減らし炭水化物を増やせと言われ続けてきた。だがここで逆風が吹いたのだ。肉を絶つことができなかったダイエッターにとって、これは大万歳のダイエットといえるだろう。実際アメリカにはロー・カーボ・ダイエッターが2000万〜3000万人もいるという。これだけの規模ともなると、様々なところに影響がでてくる。食品会社がロー・カーボ食品の開発に力を入れるようになったのは言うまでもない。そしてうまくゆけば、食品会社は業績を延ばすこともできるのかもしれない。だが逆もあり得る。例えば、あるドーナッツ会社では、炭水化物排除の煽りを諸に受けたことで、2004年の売り上げは2003年の同時期に比べて半減し、株価は10パーセントも下がったそうだ。また、これまでヘルシーだとされてきたオレンジジュースの売り上げが減り、オレンジジュースを頼りにして来た企業は、ロー・カーボな新商品の開発を迫られていると言う。
 実は、日本にも低炭水化物飲料が登場している。2004年に発売された「C2」とか言うコーラ、炭水化物が少ないことが売りになっているのを御存じだろうか。私は、ダイエット・コークがあるのに何で今さら低カロリーコーラなど開発するのかと疑問に思っていたのだが、あの商品、実は低炭水化物ダイエットブームに乗って開発されたもので、ロー・カロリーではなく、ロー・カーボなコーラだったのだ。
 また、アメリカの大手ファミリーレストランでは「アトキンス式メニュー」というものが導入されたそうだし、あのサンドイッチで有名なサブウェイは、「ロー・カーボ・ラップ」を開発したという。パンが悪者にされるのだからサブウェイはたまったものじゃないだろう。更には、パン抜きハンバーガーというものまで登場しているそうだ。パンの代わりにレタスで肉を包んである。これはもはやハンバーガーではない。(似たようなものが日本のモスバーガーで売られていたそうだが、モスも低炭水化物ダイエッターをターゲットにしていたのだろうか。)またマクドナルドは、新商品の開発とまではいかないが、一部の店鋪で、ビックマックのパンを食べなければ炭水化物摂取量が何グラム減ります、などといった宣伝(?)を行っているそうだ。自ら客にハンバーガーを売っておきながら「パンはおよしなさい」など、よくぞ言えたものだ。
 余談ながら、フレンチフライの扱いがどうなっているかが少々気になる。勿論、フレンチフライはロー・カーボ・ダイエッターの天敵、イモである。だが、パンを捨てながら、「イモは野菜だ」と言いながらフレンチフライをほうばるダイエッターの姿をついつい想像してしまうのは私だけだろうか。いずれにせよこのパン離れ、どう考えても大げさだとしか思えない。第一このダイエットは精製炭水化物を避けるように指示しているのであって、黒パンや玄米は摂って良い。なのに、どうしてパンをレタスに代えてまでパンを避けるのだろう。先ほど挙げたファミリーレストランの「アトキンス式メニュー」にもパンはついてこない。そして、代わりと言ってはなんだが、ブロッコリーがついてくるそうだ。
 アメリカでは80年代から最近にかけて、食品に含まれる脂質が肥満の元であるとして槍玉に挙げられてきた。そのため、様々な「ロー・ファット」食品が生まれ、恐らく売れてきた。日本でも同様の現象が多小なりとも起きているはずだ。だが実は、低(無)脂肪食品=低カロリーという訳では必ずしもないのだ。例えば低脂肪のアイスクリームとやらは、脂肪の代わりに何らかの炭水化物を入れていて、結果としてカロリーは脂肪が入っているものと大して変わらないのだという。むしろ、ロー・ファット食品は高炭水化物食品である場合が多いという。だからこそ、ここ20年でいくら低脂肪ものが流行ってもアメリカにおける肥満率は上がる一方であった。そこで、アトキンス博士の提案である。今度からは脂肪は気にしなくてよろしい、代わりに炭水化物を控えよう、と。
 しかしどう考えても、病死への道を全速力で駆け抜けるかのようなダイエットであるように感じられる。そしてもちろん、この方法に異議を唱える医師や栄養士はアメリカにもいる。動物性タンパク質ばかりを摂取していたら、大抵の人は心臓をやられ、癌にもなりやすくなる。結局肥満状態の時と同じような危険を身の内に抱え込むことになる、と彼らは主張する。だが残念ながらと言うべきだろうか、この議論の受け手となるべきアトキンス博士本人は低炭水化物ブームが盛り上がりをみせる少し前に、冬の凍った道で滑って死んでしまった。享年72歳。そして死後、この気狂いじみたダイエットが流行り始めると、彼の死因について「肥満が原因の心臓発作であった」とする報道が流れた。十分納得のゆく報道であるが、彼の妻に言わせるとこれは嫌肉派のヴェジタリアンによる陰謀だとのこと。それもまた納得のゆく反論だが、やはり身体に悪そうなダイエットであることには変わりがない。
 そもそもダイエットとは、痩せることを目的とするのではなく、本人にとってベストなコンディションを作ることを目指した生活のことを言う。だから例えば、相撲取りの食生活もダイエットなのである。いくらアトキンス式で痩せることが出来ても、不健康になるようではダイエットとは言いがたいだろう。アトキンス式に反対するあるアメリカ人の栄養専門家は、ドキュメンタリーの中で「ステーキで痩せても、あの世に逝ってしまっては元も子もない」と的を得た発言をしていた。また、このダイエットが敵視する炭水化物が分解されてできるブドウ糖は、言うなれば脳への栄養である。アトキンス式ダイエッター達は自らの身体が痩せこけるのを観て大喜びしながら、どんどんおつむが鈍い人間になっていくのだろうか…。
 さて、この低炭水化物フィーバー、一体いつまで続くのか全く検討がつかない。一方ではこのまま流行り続た方が良いのかもしれない。なぜなら、一旦このダイエットを始め、高タンパク質の食生活に身体が慣れ、実際に痩せた人は、元の食生活に戻ったとたんに激太りしてしまう危険性があるからだ。だがその一方で、流行り続ければ、タンパク質の摂り過ぎが原因の病気に罹る人が増える可能性がある。流行り続けるとしても、廃れるとしても、いずれにせよなんとも危険なダイエットだ。痩せる人が大量発生するのは喜ばしいことだが、同時にブドウ糖が欠如して頭がぼうっとする人も大量発生するかもしれない。
 だが何よりもの突っ込みどころは、2000万〜3000万人もの人が一気に同じダイエット方法に傾倒するという、アメリカという国の現状である。いくら人口が3億に達しようとしている大国とはいえども、この人数は多過ぎやしないだろうか。ダイエット一つでこれだけのアメリカ国民を動員できるとは、ビ○・ラディ○も今頃「その手があったかっ!」と悔しがっているのではないだろうか。(いや、今からでも遅くないぞっ! それに、もしかしたらこれも彼の作戦の一つなのかもしれない。)今後このロー・カーボ・フィーバーが如何なる結果を生み出しながらどのような進展をみせるか、ニューヨークにいる友人の協力を得ながら少々注意深く見守っていきたい。