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yoku yomu

2016-03-01

再開予告

1年半も更新していなかったのですね。ブログが消滅していなかったことに驚きました。この間、生活がすっかり変わり、これからも変わり続ける模様。身の丈の文章をときおり更新していきたいと思います。

2014-09-09

建築家っておもしろい 古谷誠章 ☆☆

アンパンマン(古谷さん)のポケット(ってドラえもんじゃないんだけど)を見せてもらえる読みやすい一冊。学部一年時のレクチャーがよみがえる。

早稲田では教授をさん付けで呼ぶ。石山さん、入江さん、しかり。本書では古谷研の面々がカタカナで登場。ひとの呼び方は建築への取り組み方と連関があるように思う。

前評判どおりヤギさんのコラムが効いている。古谷さんの語り口調は、本ではあまり好感がもてない。あの独特の滑らかさに隠された強引さが凄いんだがなぁ。あと、アンパンマンぽい見た目も。

2014-08-28

世界の美しさをひとつでも多く見つけたい 石井光太 ☆☆

教科書のような一面的な擁護や非難はたやすい。一行から削ぎ落とされる多面的な現実には、計り知れない物語の連鎖がある。現実のままを伝えんとする著者の姿勢がストレートにわかる一冊。「現場を背負う責任」のひとことに集約される覚悟が凄まじい。「物乞う仏陀」はぜひとも読みたい。

(140828/2013ポプラ社)

2014-08-25

弱さの思想〜たそがれを抱きしめる(辻信一+高橋源一郎、大月書店)

「女性と建築」をテーマに、大学で表現におけるマイノリティの研究にとりくんだ。成人白人男性か否か、欧米/日本、作家/職人という二極に図式化するのは容易だが、修士論文では、大正時代の女性と建築の数奇な結節点を描いた。(主婦という新階層、カリスマ主婦羽仁もと子建築家ライト、日本の建築界のダイナミックな関係)

本書は、様々な社会的弱者を中心としたコミュニティを多く紹介している。「世話する―世話される」構図ではない、有機的な関係が築かれいることに驚く。

私たちは生まれたその日から社会の競争に晒され、階級分けされた環境で育つ。わが家は自営業だったが、級友の父親たちには自営業も公務員もいなかった。典型的な4人の核家族ばかりで、不幸にして片親を早くになくすと「かわいそうな子」になるのだった。その感覚は私に染みついていた。社会に出て知り合った友達が、父親を亡くしているとあるとき言った。私は気付かないうちに「かわいそうに」という顔をしていたようだ。「そんな顔しないでいいよ」とけろっと言われたことが忘れられない。私たちの多くは、多様な在り方を知らずに育ち、敗退への恐怖におののき、負けるその日まで走り続ける。

土着の建築は美しい。そこにある土と太陽がつくる家。木陰につるされたハンモック。勝ちでもない、負けでもない。そういう建築と、マイノリティの有機的共同体はどこかで繋がっている。

2014-08-24

ジプシー・フラメンコ ☆☆☆☆

伝説のフラメンコダンサーカルメン・アマジャ生誕100年を記念して制作されたドキュメンタリー。(母も私も彼女を知りませんでした。)彼女を大叔母に持つカリメを中心に、歌い手、ギター弾き、そしてカリメの母がステージをつくる。響きあう彼らの魂。(ステージシーンはわずかで残念。)

途中に挿入されるファニートの物語が雰囲気を和まず。生活のちょっとした動きもすべてフラメンコのリズムと振り。少しおっさんぽくも、愛嬌のある顔つき。彼の周りには「よくわからない」人がたくさんいる。鶏に色をほどこす父親はテキヤ?闘鶏屋?この唄のおじさんたちは近所の人?親戚?といった具合。血縁、地縁の強い生き方をみる。

今やフラメンコは芸術、ご婦人の趣味になってしまったが、その原型<共同体そのものであり、生活にあるフラメンコ>をみた。

作品の焦点はフラメンコだけではない。母娘・父子の物語でもある。踊り手としての母を理解し、踊り手として娘の成長をみてとるふたり。ファニートと父親の会話は率直で少し気まま。立派に男同士の間柄だ。初めてのフラメンコシューズをつくりに行く一幕では、赤がいい、白がいいと、移り気なところも微笑ましい。

人対人として向き合う親子を日本ではあまり見ない。独特の甘えの構造ー親はひとりの人間である以前に親であり、子はいつまでも子だ。母の隣で私は少し恥ずかしい思いがした。自立を漸く意識し始めた今、歳も経験も母に追いつけるわけではないが、母との会話は有難くとても楽しい。

(ユーロスペース/140823)