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誰かの妄想・はてな版

2017-03-28

DV冤罪による親子引き離しとDV見過ごしによるDV虐待が両立するメカニズム

DV冤罪による親子引き離し」についてはリベラル系の人たちが存在自体を否定することがあります。

むしろ、離婚後の親子交流を推奨することでDVの危険が見過ごされDV虐待の被害が増えるのではないか、という懸念が強い傾向があるかと思います。

ただ、両方とも現実に起こっていることで、どちらかしか存在しないわけじゃありません。

ところで私も親子断絶防止法関連で賛成派と反対派のやり取りを見ているのですが、敢えて左右の色分けをするならば、賛成派が右、反対派が左という傾向は確かに見られます。賛成派で、排外差別肯定的だったり、反民主・反社民反共産といった発言も確かに多く、ネトウヨが多いという印象は確かに否定できません。

社民党共産党法案には反対の姿勢のようですから、左派は反対の傾向が強いというのも否定できません。

困ったことに、家庭教育支援法案というガチの日本会議案件と、この親子断絶防止法案を混同している人も結構見かけます。

“伝統的家族観”大好きの日本会議にとって、離婚家庭はそもそも興味の範囲外なので親子断絶防止法案日本会議案件であるわけもないんですけどね。親子断絶防止法案を推進してきた別居親の団体は、社民共産といったリベラル系から相手にされなかったこともあり、保守系に助けを求める以外なかったという事情を考慮すべきです。

ハーグ拉致条約の際、排外主義団体と並んで最も激しく抵抗したのが、リベラルの牙城たる日弁連だったこと*1は、これを理解するうえで重要なポイントです。

左派は伝統的にDV被害を受ける女性を救済する方向で活動し、それに特化し過ぎたため、DV防止法が“悪用”されている実態の把握や対処ができていません。

“悪用”という言い方は適切ではないかもしれません。むしろ特化しすぎたため袋小路に迷い込んだという方が適切かもしれません。

DV原因の離婚でもDVの事実性が重視されない

殺人や傷害のレベルのDVが行われた場合は言うまでもなく刑事事件として対応されます。その場合は離婚は容易に成立するでしょう。

ところが証拠の残りにくいDV、怪我の残らない暴行や暴言、脅迫などは、刑事事件として扱うことが難しくなります。家庭内において行われるそのような行為について証拠を残すことは困難だからです。

そこでDV防止法が出来てDV被害者は避難ができるようになりました。シェルターなどに避難しつつ、裁判所に離婚を申し立て離婚を成立させることが出来るようになったわけです。

しかし、そこでDVの事実認定による離婚ではなく避難・別居に伴う婚姻関係の破綻による離婚という手段が成立し、実態との乖離が生まれました。

刑事事件とはならずとも婚姻関係を継続するには困難なレベルのDVがあったことの事実認定を裁判所が行った上で離婚を認める、という原則になっていれば良かったのですが、それは離婚したい側にとっても裁判所にとっても不都合でした。

なぜなら、離婚したい側にとってはDVの立証が非常に困難でしたし、裁判所にとってはどのようなレベルのDVをもって婚姻関係を継続できないとみなすか判断するための拠り所が無かったからです。そこで、離婚したい側と裁判所の暗黙の了解のうちに生まれたのが、破綻主義適用です。

現実問題として離婚したい側はDV防止法の適用により避難・別居しているわけですから、それをもって婚姻関係が破綻しているとみなせば、離婚したい側にも裁判所にも効率よく解決できるようになります。

離婚したい側の弁護士も困難なDV立証よりも別居の実績を作る方が、効率良く“DV被害者”を救済できるわけですからこれに異を唱えたりはしません。

しかしその結果、離婚するために破綻実績を作ることが目的化していきます。DVの要件は際限なく拡大でき、極端な話、離婚したいのに離婚を認めないのがDVであるかのような状態になっていきます。裁判所側も、DVであるから離婚とするわけではなく、破綻しているから離婚としているため、DVが事実かどうかには触れなくても構いません。

離婚したい側の主張する“DV”に対して冤罪だと反論すればするほど、“婚姻関係が破綻している証拠”になってしまい裁判所としては、DVが事実かどうかに関係なく破綻していると判断できるようになったわけです。

夫婦二人だけであれば、“DV夫”呼ばわりされた側が事実無根であったとしても、そのような相手と縁切りできたことで諦めることもできるしょう。別れた元配偶者が自分のことをDV加害者呼ばわりしたとしてもそれが事実上の非公開に留まり、自らの交友関係内に悪い噂を広められない限り、“悪い相手に捕まった”と諦め、忘れてしまっても大きな問題にはなりませんでした。

DV冤罪の土壌がここにできあがりました。

DVのレベル

第一条  この法律において「配偶者からの暴力」とは、配偶者からの身体に対する暴力(身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすものをいう。以下同じ。)又はこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動(以下この項及び第二十八条の二において「身体に対する暴力等」と総称する。)をいい、配偶者からの身体に対する暴力等を受けた後に、その者が離婚をし、又はその婚姻が取り消された場合にあっては、当該配偶者であった者から引き続き受ける身体に対する暴力等を含むものとする。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H13/H13HO031.html

DV防止法上の定義では、「配偶者からの身体に対する暴力(身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの」と「これに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動」とありますが、前者は「不法な攻撃」とあるようにそもそもが違法行為で、立証はさほど難しくなく、難しいのは後者です。

「これに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動」を暴言や脅迫とすれば、常軌を逸した怒号や殺害予告のような言動のレベルが相当すると考えられますが、夫婦の関係性や生育環境によっては、そもそも実際の言動第三者が観察しても判断の難しい場合が生じます。

普通の口論レベル(例えば、テレビの討論番組でヒートアップしている時のような口調)について「心身に有害な影響を及ぼす言動」だと感じる人もいれば、それほどのことではないと感じる人もいます。

もちろん、それでもされた側がどう感じたか、という視点は大事です。

ただし、された側がどう感じたか、という基準を適用すると、双方がDV加害者となる相互DVの可能性を真剣に考慮する必要が生じます。つまり、一方がDVを受けたと感じるのと同様に他方もDVを受けたと感じる場合がありえるわけです。

この場合に、どちらがDV加害者でどちらが被害者かを判断するのは極めて困難です。裁判所はそういう困難な判断を避けたいのが普通で、それが故にDVが原因とは言わず、“破綻したから離婚”というロジックを好みます。

その結果、DV防止法での保護を経た場合でも裁判所での離婚(調停離婚・裁判離婚)においてDV認定されるとは限らず、同時に冤罪であってもそれが晴れることなく離婚が成立してしまいます。

裁判所の理屈としては、これでも筋が通っています。破綻しているとさえ判断できれば離婚を認める上で、DVの有無は問題ではないからです*2

子のいる夫婦の場合

問題は、この裁判所的なロジックが子のいる夫婦間でも適用されてしまうことです。そして、親権者の認定にあたって裁判所自身が指針となるべきものを何も持っていないことが、それに拍車をかけています。

離婚時の親権に関連する民法上の条項は以下の2つです。

(離婚後の子の監護に関する事項の定め等)

第七百六十六条  父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。

2  前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、同項の事項を定める。

3  家庭裁判所は、必要があると認めるときは、前二項の規定による定めを変更し、その他子の監護について相当な処分を命ずることができる。

(略)

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/M29/M29HO089.html

(離婚又は認知の場合の親権者

第八百十九条  父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その一方を親権者と定めなければならない。

2  裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の一方を親権者と定める。

(略)

5  第一項、第三項又は前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所は、父又は母の請求によって、協議に代わる審判をすることができる。

6  子の利益のため必要があると認めるときは、家庭裁判所は、子の親族の請求によって、親権者を他の一方に変更することができる。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/M29/M29HO089.html

第766条に「子の利益を最も優先」とあり、第819条に「子の利益のため必要があると認めるとき」とあるくらいで、「子の利益」とは何なのか、何を基準にして判断するのかについては全く曖昧です。現状では、“現状優先(継続性優先)”、“母性優先”がその基準になっていると言われますが、明確ではありません。

イギリスオーストラリア家族法では、その辺はかなり詳細に定義されています。

イギリス家族法の場合は、

単純に“子どもの意思”の一言ではなく、年齢や理解の度合い、意思が表明された状況を考慮する必要があり(a)、反対する証拠が無い場合(in the absence of evidence to the contrary)は、親やその家族との交流すること(c(i))や双方の親との良好な関係を継続すること(c(ii))が、子の最善の利益に適うということ一般的な原則とする、と明記されています。

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20170203/1486137871

オーストラリア家族法では、

双方の親と良好な関係を維持することが「子の利益」(The benefit to children)であるとはっきり謳っています。もちろん虐待などがある場合は例外となり、虐待リスクについてより重きを置くようにとなっています。

ただし、これは同居親がDVだと主張すれば、立証責任が別居親側に一方的に課されて、立証できない限り面会が停止されるわけではありません。

(略)

この61条DA(4)には、双方の親に等しい共同養育責任を負わすことが子どもの最善の利益に適うという前提が覆されるための条件として、裁判所を納得させるだけの証拠(evidence that satisfies the court)が必要だとされています。その証拠が示せなければ、双方の親は等しい共同養育責任を負う( for the child's parents to have equal shared parental responsibility for the child)ことになります。

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20170203/1486137871

つまり、原則として、双方の親と良好な関係を維持することが「子の利益」であり、双方の親は等しい共同養育責任を負うべきであると法律上に明記された上で、「裁判所を納得させるだけの証拠(evidence that satisfies the court)」をもって示された場合のみ、一方の親との交流を制限できるとされています。

日本の民法のようにただ「子の利益」とだけ書かれていて、何を持って「子の利益」とするかは個々の裁判官任せの状態とは全く違います。

そして、個々の裁判官任せになっているが故に起こる問題があります。

調停・審判で起こること

DV見過ごしによるDV虐待」が発生するメカニズム

明確に証拠を挙げにくいレベルではあるものの実際にDV被害を受け、DV防止法を用いて避難し、離婚調停・審判を起こしている場合に何が起こるかを見てみましょう。

この想定では相手方は実際にDV加害者です。

当然、DV被害者側は離婚の成立と子の親権を求めますし、支援する弁護士もそれを支持します。

相手方はDVの事実を否定し離婚に同意しませんが、調停委員らの説得の末、ようやく子供との面会交流が認められるなら離婚にも同意し、養育費も出すという条件を提示します。態度は強硬です。それも拒否するなら裁判で際限なく争う姿勢を示しています。

こういう調停をやる場合、調停委員らが陥りやすい落としどころは、譲歩しそうな側を説得するというものです。

DV被害者側が際限なく続く裁判に疲れ果ててくると、離婚できるならそれでいいという判断をしてしまう場合がありますし、そういう状態になってくると調停委員らもDV被害者側を説得するように傾きます。

DV被害者側が何が何でも面会交流も認めない、という態度を示し続けないと、調停では弱ってる側が説得されるようになるわけです。

DV被害者というのは家庭内で精神的に抑圧されてきているため、自分の意思を強く示すことに不得手なことが多く、結果として面会交流の条件を受け入れてしまうことがあります。

なぜ裁判所がそういう説得をするのか、というと「子の利益」についての明確な指針をもっていないからです。

同居親であるDV被害者を説得する際には“面会交流は子の利益”だという主張をしてきますが、明確な指針ではないため、いかなる場合が例外にあたるかを真剣には考えません。

これが「DV見過ごしによるDV虐待」が発生するメカニズムです。

DV冤罪による親子引き離し」が発生するメカニズム

一方で、実際にはDVとは言えないレベルの口論をDVだと主張した場合はどうでしょうか。

この想定では相手方は実際にはDV加害者ではありません。

にもかかわらず、子と引き離された状態で離婚を迫られ、面会交流すら拒否されています。

離婚はやむをえないが、せめて子どもと面会交流できるよう認めてほしい、と主張し、自分は子どものことを愛しているのだと訴えても、愛しているなら婚姻費用を払ってあげなさい、同居親は傷ついているのでしばらくそっとしておいてあげたらどうか、などと調停委員は相手方の説得にかかります。

養育費を払うのが子への愛情だ、子どもは会いたくなったら自分で会いに来る、などと面会交流の約束を曖昧にして説得してくるわけです。

相手方(別居親)の方が譲歩しそうだと見れば、そちらに譲歩させようとして調停委員は説得にかかり、面会交流の条件を曖昧にしたまま離婚に同意させてしまいます。

民法766条改正前は、面会交流の条件が完全に消滅することも少なかったでしょう。現在は民法766条で「父又は母と子との面会及びその他の交流」を定めるよう書かれているため、裁判所関与下で面会交流の条件が完全消滅することは少ないと思いますが、事実上、面会交流を消滅させうる条件がつくことは珍しくありません。

例えば「子の意思を尊重する」といった文言を追加すれば、実際に面会交流する段階になっても「子が嫌だと言っている」と主張し拒絶できます。それが事実かどうかを確かめる術は別居親側にはありません。その他、時期を曖昧にしたりするなどで事実上、面会交流を拒絶することは容易にできます。

もちろん、あくまで同居親側がDV被害を主張し、面会交流条件を消滅させることもできなくはないでしょうが、以前よりそれは難しくなっているので、それを指して“裁判所では面会交流が強制されている”と弁護士が主張しているかと思います。

しかし、実際に被害を立証できるのであれば、今もって面会交流が制限される可能性が高いでしょうね(子に対する虐待懸念が無ければ、第三者関与でやれば良いわけですし、子に対する虐待の懸念があっても、同居親側代理人による監視があれば問題ないと判断されることもあるでしょう*3。)。

いずれにせよ、引き離された別居親は、事実上であっても面会交流が禁止され、「DV冤罪による親子引き離し」が成立してしまうわけです。

これもどうしてこうなるのか、結局これも、裁判所が「子の利益」についての明確な指針をもっていないからです。

明確な指針の不在が、事件当事者のうちより弱い方へのしわ寄せとなっている

子連れ離婚事件における裁判所の役割は子の親権者を決めて離婚事件を解決することです。そこに「子の利益」についての明確な指針がないとどうなるか、が上で見てきた事態です。

「子の利益」についての明確な指針がないと、子の親権者を決めて離婚事件を解決することが裁判所の仕事である以上、裁判所は離婚事件を解決するのに便利な方向で「子の利益」を解釈します。

DV被害者側が弱そうな場合は“面会交流は子の利益”だと解釈し、連れ去られ親が弱そうな場合は“子どもは会いたくなったら自分で会いに来る”と言い“子の意思の尊重こそ子の利益”であると解釈します。

弱い方を説得する方が事件を解決させやすく、効率良く事件を処理できるからです。

「子の利益」とは何か、明確に決まっていない以上、個々の裁判官がその場その場で判断することになり、その時、事件処理の効率性を考慮すると、事件当事者のうち弱そうな方にしわ寄せすることになります。

そしてこの結果、全ての離婚事件を俯瞰してみると、DV冤罪による親子引き離しもDV見過ごしによるDV虐待も両立して存在することになるわけです。


「子の利益」とは何か

先進国での一般的な考え方は、原則として、双方の親と良好な関係を維持することが「子の利益」(The benefit to children)であり、それは明確な証拠によって「子の利益」にならないと示される場合のみ否定できる、というものです。

日本の裁判所は何をするべきか

・同居親がDV虐待を主張した場合は、それが十分な根拠を伴う場合は面会交流を制限する。

・同居親がDV虐待を主張した場合で、十分な根拠を伴わないが懸念が払拭できない場合は、監視付などの条件下での面会交流を認めつつ、一定期間経過して問題が無ければ条件を解除する。問題が生じた場合は再度、裁判所関与下で対応を決める。

・同居親がDV虐待を主張した場合で、根拠が一切無く懸念もない場合は、親権者・監護権者変更を検討する。

・いずれの場合も、面会交流を停止するに相当するDV虐待であるかについての評価を行う。

以上のような対応が最低限必要で、裁判所DV虐待について事実認定を行い、それが面会交流を停止するに相当する内容かを評価し、その上で面会交流をどうするべきか、裁判所として責任を持って決めるべきです。

たとえ、当事者間の合意を目指す調停であっても、「子の利益」のためにどうあるべきかを裁判所として示した上で、それをベースとして当事者間で調整すべきであって、何の指針も与えず、ただ当事者同士で主張させても、“強い方”の意見が通るだけで、「子の利益」に対して十分な考慮が払われることはありません。

子の身分が関わる問題では、「子の利益」とは何かを明示しなければならず、出廷している当事者はいずれも子ども自身ではない以上、「子の利益」の代弁者でもありません。

本来、裁判所はその辺を理解するべきです。

*1http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20120405/1333645932

*2DV被害に対する慰謝料請求とかがあればもっと複雑な状況になるでしょうが。

*3第三者監視が適切かという問題はあります

2017-03-27

千田有紀‏氏のダブルスタンダードについて・1

支援があっても、「危険」は回避できない―監視付き面会交流は、子どもの利益か?」という記事を千田有紀氏があげています。

内容についても色々言いたいことはあるんですが、とりあえずタイトルの「支援があっても、「危険」は回避できない」の部分について指摘します。

この部分は要するに、“面会交流にあたって監視付などの支援があっても回避できない危険があるから、面会交流は禁止すべきだ”という千田氏の主張です。これ自体がひどい印象操作ですが、それは別記事に譲るとして、ここでは千田氏のダブルスタンダードを指摘しておきます。

以前、私は、大阪二児遺棄致死事件について面会交流がされていれば、子どもを助けることができたという記事を書きました。

それに対して、千田氏はこう書いています。

千田有紀‏ @chitaponta

高卒で勤務経験もなく、子育ては無理という彼女に親権を押し付け、助けを無視し、子どもの誕生日に連絡もしなかった元夫。生きるための売春で性暴力のトラウマを再燃させ、解離性人格障害を悪化させた彼女に必要だったのは、養育費や社会からの援助で、元夫からの監視ではない。モラハラ思考そのもの。

https://twitter.com/chitaponta/status/842130302596141057

このツイートに対する事実誤認や曲解については以前書いていますので繰り返しません。ここでの問題は千田氏が、

大阪二児遺棄致死事件に対して、“面会交流は不要、「養育費や社会からの援助」が必要だった、と主張している点です。

20代そこそこの元夫からの養育費では大した額にはなりようがありません。元夫が餓死寸前の状態で資金援助し続けるべきだったとでも主張しない限り、養育費があれば事件を回避できたとは言えません。「社会からの援助」についても、行政にできることにもリソース上、限界があります。

つまり、大阪二児遺棄致死事件は、「養育費や社会からの援助」があったとしても回避できなかった可能性の方が高いんですよね。にもかかわらず、千田氏は「元夫からの監視ではない」と面会交流を拒絶しており、現在「危険」にさらされている母子家庭を何ら代案なく放置することを推奨しているわけです。

・面会交流は支援があっても危険だからやめろ。

母子家庭内での虐待ネグレクト対策は支援だけで十分だから面会交流はやめろ。

千田氏の主張で一貫しているのは面会交流反対の一点だけで、子どもの安全とか福祉とかではないとしか思えませんよ。

千田有紀‏氏のダブルスタンダードについて・2

支援があっても、「危険」は回避できない―監視付き面会交流は、子どもの利益か?」という記事にある千田有紀氏のダブルスタンダードの2つ目。

「離婚は家族の終わり」?

子どもを第三者機関による監視つきの面会交流をさせている田中道代さん(仮名)はいう。「(略)

離婚は家族の終わりです。そのことをまず受け入れなければ。そして裁判所は、誰も求めてもいなかった面会交流を押し付けるのを、やめて欲しいです。争いを激化させるだけだと思います。私たちのようなケースまで、「面会交流の申し立て数」に入れられていると思うと、冷ややかな気持ちになります。専門家もいる裁判所でもこうなのに、親子断絶防止法にあるような行政窓口での判断なんて、恐ろしいことになるんじゃないかと思います」。

https://news.yahoo.co.jp/byline/sendayuki/20170324-00069061/

「離婚は家族の終わり」という同居親の言葉をそのまま引いていますが、これ自体がひどい自己矛盾を抱えています。

「離婚は家族の終わり」というなら、どうしてその同居親は子どもと一緒にいるのでしょうか?

“家族が終わった”のなら、親も子もそれこそ子どもを施設に預けるなりしてでも全員ばらばらになるはずですよね?なぜ、同居親と子どもは離婚後も“家族”でいられるのでしょうか?そこに矛盾があります。

答えは簡単です。「離婚は家族の終わり」ではないからです。

離婚は夫婦の終わりではありますが、家族の終わりではありません。そこをすり替え、あるいは誤認し、別居親を子どもから遠ざけるために「離婚は家族の終わり」という方便を使い、同居親と子どもは、「離婚は家族の終わり」という言葉に反して“家族”でい続けようとするわけです。

一言で言えば、自らを中心とする“家族”から別居親を排除するための言葉です。

ちなみに半世紀前までは離婚後の親権は父親が取ることが多かったのですが、特に戦前は離婚=母親の排除、でした。

家父長制下の「イエ」から母親が排除されたわけです。

戦前のイエ制度では子どもは「イエ」の所有物であり、「イエ」を独裁的に支配したのが戸主でした。戸主は女性でもなれましたが、多くの場合男性でした。だからこそ、離婚して「イエ」との縁が無くなった女性は排除され、母親としての地位を失い、子どもとの関係も失われたわけです。

千田氏らが主張しているのは結局のところ、戦前の「イエ」制度の戸主の地位に女性が納まることの主張でしかありません。

その意味で千田氏らは極めて保守的であり前時代的であり、それゆえに彼女らは先進国中に類例を見ない離婚後単独親権制に固執している、と言えるでしょう。

児童虐待の場合でも親子再統合が目指される一方で、離婚後別居親は虐待が無くとも一方的に引き離される

1 家族再統合とは

 家族再統合(家族機能再生)=親子が安全かつ安心できる状態でお互いを受け入れられるようになること

 児童虐待子どもに対する重大な権利侵害であり、虐待問題への取り組みは、子どもの侵害された権利を回復するためになされるべきであり、何よりも被虐待児童の最善の利益(=福祉)を最優先した対応が考慮されなければならない。

 ここで言う家族再統合とは、「親子が親子であり続けられる親子関係・親子形態の再構築」であり、「親子が安全かつ安心できる状態で互いを受け入れられるようになること」で、必ずしも親子が一緒に住み暮らすことではない。

 「多面的な支援を提供して、子どもと家族との関係を再構築していく過程で、最適とされる統合形態」がその家族にとっての再統合の形である。従って、虐待の重症度、分離の有無にかかわらず、家族機能の再生・回復を広く家族再統合と考える。また、ここでの家族は、子どもを養育する環境の担い手と広義に捉える。従って、核家族のみならず、祖父母や親類も含む拡大家族なども含む。子どもと家族との関係を再構築する一連の支援プロセスの結果、最適とされる統合形態は、何よりも子どもの利益に立つという視点が明確に貫かれ、子どもと家族のニーズを考慮し、さらに子ども、家族、援助者が納得できる形で導き出されることが必要である。

 児童虐待、特に緊急性の高い重症事例では、親は虐待否認していることが多く、そのため介入に対して怒りや被害感が生じ、支援機関と関係を結ぶことが困難になる。たとえ子どもの安全を保障するためになされた意思決定であっても、子どもは家族から離れることを望まず、家族からの分離が心理的な外傷体験となることも少なくない。そのため分離を余儀なくされた後の子どもと家族への手厚い支援プログラムが必要となる。子どもと家族に対して、初期対応における支援方針のみならず、中・長期的な支援プランの中での家庭復帰の見通しを告げた上で、虐待行為と向き合えるような支援とケアを行うことが必要となる。

https://www.pref.aichi.jp/owari-fukushi/jiso/annai/manyu/chiiki/manyu_chiiki_1.html

児童虐待を行った場合でも、基本的には親子が再統合できるように配慮されますし、法律上も公的機関は「児童虐待を行った保護者に対する親子の再統合の促進への配慮」をした指導・支援を行うことになっています(児童虐待防止法第4条)。

ところが離婚した途端、別居親は虐待の有無に関わらず、再生・再統合の価値のない他人として疎外されるのが今の日本の現状で、それはおかしいと私は考えています。

支援があっても、「危険」は回避できない―監視付き面会交流は、子どもの利益か?」と主張する千田有紀氏は、こういった家族再統合にもおそらく反対なのでしょう。

千田氏は「親子が安全かつ安心できる状態で互いを受け入れられるようになること」に全く興味がないか、少なくとも別居親はその対象外という認識のようです。

どうにも困ったものです。

2017-03-24

「■子を自分だけのものにできました日本最高]」に関する件

(2017-03-10)■子を自分だけのものにできました日本最高」の件。

この増田が実際に連れ去り当事者かどうかは判断できませんが、違うような気もするのは確かです。

ただ、その根拠は、

・明らかに悪意を持った自身の行動について当事者がこのような犯罪自慢まがいの告白をする点

くらいです。

要するに、悪行を為してると自覚しながら悪行を為すことに抵抗感が薄い点に違和感を覚えたに過ぎません。

多くの場合、自身の悪行に対して理由をつけて正当化すると思いますので、増田のような記事では「夫」側の問題を書き連ねたり、弁護士など周りに流されたことを強調したりしそうな気がします。とはいえ、あまりにもうまくいった犯行を自慢したいという欲求だってありえますから、事実、増田が連れ去り当事者である可能性も否定はできません。

で、この増田記事で重要なのは、現在の制度上、これが実際に実行可能だという点です。

というより必勝法ですね。

別にこの手に限定されるわけではなく、いろんなパターンがありますけど、共通するのは(1)子供の身柄を抑えている方が圧倒的に有利、(2)子連れ女性からのDV被害申立は周囲の同情を得やすい、という点です。(1)が一般的に「現状優先」と呼ばれ、(2)は「母性優先」に相当します。

この2つは離婚関連の紛争における最強カードです。このカードが破られる場合というのは、連れ去り親による誰の目にも明らかな身体的暴力や餓死寸前に至るまでのネグレクトが明らかになった場合くらいです。連れ去った側が暴力や深刻なネグレクトの加害者でなければ破ることができませんし、仮に加害者であったとしても明らかにならなければ、やはり破ることができません。それ以外は事故や病気・災害によって明らかに養育できないレベルのダメージを負った時くらいですかね。一言で言えば、連れ去り側に誰の目にも明らかな問題が無ければ、連れ去られた側の親が何をやっても、このカードに勝つことはできないわけです。

なお「現状優先」カードと「母性優先」カードでは「現状優先」カードの方が強いので、父親が子供を連れ去ってしまうと母親はいかに母性を強調しても勝てません*1

松戸事件の東京高裁判決は「現状優先」カードの最強さを改めて見せ付ける判決でした。

ただし、「(2017-03-10)■子を自分だけのものにできました日本最高」について、いくつかの点では、そこは運が良かっただけでは?と思えるところもあります。


というわけで見ていきましょう。

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*1父親側に養育できない明らかな事情がない限り

2017-03-23

アメリカ下院外交委員長(共和党)は慰安婦像をどうとらえているか

2017年3月7日、アメリカ下院外交委員長である共和党のロイス議員カリフォルニア州グレンデール市にある少女像慰安婦像)の前で行われた日中韓市民団体による集会にメッセージを送りました。

その中で、ロイス外交委員長はこう述べています。

And yet sadly some in the Japanese government continue to deny the existence of comfort women or the plight they suffered at the hands of the Imperial Army. It is equally egregious that the Japanese government continues to support efforts to force Glendale to remove this memorial to hundreds of thousands of victims of military sexual slavery.

This is unacceptable and I will continue to work with you to fight for justice and recognition for the victims of these abuses.

しかし悲しいことに日本政府の何人かは、慰安婦の存在や彼女らが旧日本軍によって苦しめられた窮状を否定し続けています。日本政府グレンデール市に圧力をかけ、この数十万の軍事性的奴隷犠牲者を記念する碑を撤去させようとし続けているが、それはまったく間違っています。

これは受け入れられないものであり、私はあなた方と共に、これら虐待犠牲者たちの存在を忘れず、その記憶と正義のために戦い続けるつもりです。

http://royce.house.gov/news/documentsingle.aspx?DocumentID=398277

一応、朝日、毎日、日経読売産経WEBサイトで「ロイス 慰安婦」で検索してみましたが、この件は一件も引っかかりませんでした。

まあ、日本においては“あらゆる慰安婦像・碑は全て撤去されるべき”という認識で公論が統一されていて異論が許されていませんから、全国紙レベルでそれに反する報道がされないのは今や不思議でもありませんけどね。

さすがに韓国系のメディアでは報じられています。

少女像撤去しようとする日本の動向「容認できない」=米下院外交委員長

聯合ニュース 3/8(水) 11:22配信

ロサンゼルス聯合ニュース】米下院のロイス外交委員長共和党カリフォルニア州)は7日、「日本政府グレンデール市の『平和の少女像』を撤去しようとする試みは慰安婦の存在を否定するもので、容認できない」と主張した。

 カリフォルニア州グレンデール市の市立公園前に立つ旧日本軍慰安婦の被害者を象徴する少女像前で行われた韓国中国、日本の市民団体による集会で、補佐官がロイス氏の書簡を代読した。

 ロイス氏は「少女像第2次世界大戦当時、アジア太平洋地域で日本軍に連れ去られ、踏みにじられた数万人余りの韓国中国フィリピン女性の性奴隷の逆境を代弁する重要な記念物」と強調した。

 集会は、現地の日系住民らがグレンデール市の像の撤去を求めた訴訟について日本政府請求は認められるべきだとする意見書を米連邦最高裁判所に提出したことや、ジョージア州アトランタ少女像設置を阻止するためのロビー活動を展開していることを非難する目的で開かれた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170308-00000021-yonh-kr

日本もすっかり恥ずべき国になってしまいましたねぇ。

この10年、日本という国・社会が正気を失っていく有様をリアルタイムで見てきたわけですが、その有様に絶望的な気分になるのは、自分が日本人で今も日本社会に希望を持っているからですかね。


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日本のヘリ空母と中国の航母

日本自衛隊日本軍

艦名就役基準排水量全長
DDH181:ひゅうが200913950t197m
DDH182:いせ  201113950t197m
DDH183:いずも 201519500t248m
DDH184:かが  201719500t248m

中国人民解放軍中国軍

艦名就役基準排水量全長
(001型航母)遼寧201253000t305m

個別の艦で比較すれば、基準排水量5万3000tの遼寧は日本のヘリ空母より圧倒的に大型で固定翼機の運用可能性を考慮すると潜在的には戦力的に勝っていると言えるかも知れません。ただ、就役隻数は日本軍4隻に対して中国軍は1隻のみ、合計トン数で見ると日本軍ヘリ空母66900tに対して中国軍航母53000tとなり、中国側が劣勢となります。

その他、日本側には輸送艦名目の艦もあります。

艦名就役基準排水量全長
LST4001:おおすみ19988900t178m
LST4002:しもきた20028900t178m
LST4003:くにさき20038900t178m

中国側にも似たようなものが無いではありません。

艦名就役満載排水量全長
891A型練習艦:世昌199610000t120.8m

ただ、世昌を考慮しても中国軍が劣勢であることに変わりはありませんね。


中国側にとっては軍備増強の根拠となる

中国よ、これが日本の実力だ 海自最大の空母型護衛艦「かが」就役(産経新聞 3/22(水) 12:50配信 )

産経新聞は「DDH184:かが」の就役に大はしゃぎしていますが、中国側からすれば「DDH183:いずも」の南シナ海派遣のニュースとあわせて、南シナ海領土問題日本軍が介入してくるということになりますから、今後全力で航母戦力の拡充に努めることになるでしょうし、それを正当化できる根拠を日本側が準備してくれたとも言えます。

さて日中両陣営による軍拡競争が本格化するのかどうか、見ものです。

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2017-03-22

「元天皇」とか「前天皇」で十分だろうに

この件。

退位後「上皇」、敬称は「陛下」=有識者会議専門家見解

時事通信 3/22(水) 9:48配信

 天皇陛下の退位をめぐる政府の「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」(座長・今井敬経団連名誉会長)は22日午前、約2カ月ぶりに会合を首相官邸で開き、今の陛下の退位を認める特例法制定に向けた検討に着手した。

 退位後の呼称については、制度設計の意見聴取に招いた3人の専門家がいずれも歴史上使用された「上皇」か「太上天皇」のどちらかを推し、敬称は一致して「陛下」とするのが妥当との見解を示した。

 同日の会合は通算10回目。制度設計に関しては、皇室史に詳しい本郷恵子東大史料編さん所教授、君塚直隆関東学院大教授、新田均皇学館大現代日本社会学部長から、(1)退位後の称号・敬称(2)退位後に再び天皇即位することなどの是非(3)退位後に崩御された場合の葬儀や陵墓の在り方(4)退位後の補佐機関や待遇(5)秋篠宮さまの新たな呼称―などについて意見を聴いた。

 葬儀と陵墓については、3氏とも天皇崩御の場合と同じ「大喪の礼」「陵」とすることで一致。退位後の即位にはいずれも否定的な見解を表明した。また、退位後の天皇には何らかの補佐機関を新設することを3氏とも提言した。

 一方、秋篠宮さまの呼称については、本郷氏が「皇太弟」、君塚、新田両氏は「皇太子」を推し、意見が割れた。

 会合には老年医学が専門の秋下雅弘東大院教授も招き、「高齢」の定義について説明を聴取。秋下氏は「老化に伴う自立度の変化には個人差がある。高齢者だから働いてはいけないわけでは全くない」と述べた。 

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170322-00000035-jij-pol

天皇辞めても、下らない話題がついて回る。天皇教のご本尊に祀り上げられると、普通に生きることもままならないらしい。

「老化に伴う自立度の変化には個人差がある。高齢者だから働いてはいけないわけでは全くない」というコメントが何ともなぁ・・・。

辞めたくても辞められないのが問題なのに、全力でそこから目を逸らしている様がもう、お前ら全員、天皇人権に一切興味ないだろ、と言いたくなります。

しかしまあ、平成は近代化以降の日本が唯一戦争しなかった時代になるかもなぁ・・・。

明治も大正も昭和もトンでもなかったし、多分次の時代もトンでもないことになるだろうし。

モラハラに関する話、あるいは、モラハラという言葉は被害当事者以外が加害者を非難する文脈で使用されるべきではない件

どうにも「モラハラ」という言葉を便利な罵倒語として利用している人がいるようですのでまとめ的に書いておきます。

定義のあいまいさ

名古屋離婚解決ネットにはこのように書かれています。

モラハラは暴力です

肉体的暴力ではないと言っても精神的暴力も暴力には違いありません。

そのため、DV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律)の1条でも、「配偶者からの暴力」を次のように定義しています。

(1)配偶者からの身体に対する暴力

(身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの)

(2)(1)に準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動

モラハラのような精神的暴力は法律上も暴力と定義づけられているわけです。

http://www.nagoya-rikon.jp/tisiki7.html

モラハラ」は「精神的暴力」であり、法律上も暴力と定義されている、とのことです。

配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律 (平成十三年四月十三日法律第三十一号)

(定義) 

第一条  この法律において「配偶者からの暴力」とは、配偶者からの身体に対する暴力(身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすものをいう。以下同じ。)又はこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動(以下この項及び第二十八条の二において「身体に対する暴力等」と総称する。)をいい、配偶者からの身体に対する暴力等を受けた後に、その者が離婚をし、又はその婚姻が取り消された場合にあっては、当該配偶者であった者から引き続き受ける身体に対する暴力等を含むものとする。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H13/H13HO031.html

ここでいう「モラハラ」は、「身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの」に準ずる「心身に有害な影響を及ぼす言動」となっています。

殴る・蹴るといった物理的な暴力行為に「準ずる」言動ですから、普通に考えれば、大声での罵倒・暴言や脅迫といったそれ単独でも一般に問題視されるような言動を指すと言えるでしょう。

つまり、いやみや侮辱、からかい程度では、DV防止法上の「(身体に対する暴力)に準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動」とは考えにくいと思います(判例を調べていませんのでなんともいえませんが)。

もし「モラハラ」をDV防止法の「(身体に対する暴力)に準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動」と定義するなら、「モラハラ」と呼ばれうる言動はかなり制限されることになります。

しかし、もともとの「モラハラ」の定義は「(身体に対する暴力)に準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動」といった意味とはだいぶん異なっています。

モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする

パワー・ハラスメントは、多くの場合、怒鳴ったり大声で責めたりなど、周りからみても明らかにやりすぎだというケースが多く、それを指摘するのは、それほど難しいことではありません。例えば、課長や先輩社員が、新人に対して、繰り返し必要以上に大声で怒鳴ったり、厳しく叱責したりするようなケースでは、そのパワー・ハラスメントを指摘することはそれほど難しくありません。

モラル・ハラスメントという言葉を提唱した、イルゴイエンヌの最大の貢献は、「いじめ」や「パワー・ハラスメント」という概念では説明できない、微妙な精神的な嫌がらせの特徴を、うまく捉えているからだと管理人は考えています。

それはつまり、モラル・ハラスメントが「静かに・じめじめと・陰湿に」行われることであり、それによって他人の人格や尊厳を傷つけることができるということです。

http://work-harassment.com/faq-morahara.html

マリー=フランス・イルゴイエンヌによれば、「怒鳴ったり大声で責めたりなど、周りからみても明らかにやりすぎだというケース」は「パワー・ハラスメント」であり、その「概念では説明できない、微妙な精神的な嫌がらせ」を「モラル・ハラスメント」となっています。

つまり、DV防止法上の「(身体に対する暴力)に準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動」というのは、イルゴイエンヌの定義だと「パワハラ」に相当し、「モラハラ」とは言いにくいということになります。

「(「静かに・じめじめと・陰湿に」行われる)微妙な精神的な嫌がらせ」と「(身体に対する暴力)に準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動

イルゴイエンヌ定義の「モラハラ」と、DV防止法に規定される精神的暴力とでは、形態に随分と差があると言えます。

これを総称して「モラハラ」と定義することもできなくは無いでしょうが、これは少し大雑把過ぎる定義です。

本来なら、「(「静かに・じめじめと・陰湿に」行われる)微妙な精神的な嫌がらせ」をモラハラとし、「(身体に対する暴力)に準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動」をパワハラと言った方が適切でしょう。

逆にこれらを総称してしまうと、次のような弊害が起こります。

以下、「(「静かに・じめじめと・陰湿に」行われる)微妙な精神的な嫌がらせ」を「狭義のモラハラ」、「狭義のモラハラ」と「(身体に対する暴力)に準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動」を合わせたものを「広義のモラハラ」と定義します。


やたらと広い範囲の言動を「モラハラ」認定して、排除・糾弾の根拠とする手法

つまり「狭義のモラハラ」に該当しそうな言動を何でもかんでも取り上げて「モラハラ」認定し、「広義のモラハラ」の一部である「パワハラ」に対する規制を適用手法です。言ってみれば「モラハラ」のロンダリングを行うわけです。

「(「静かに・じめじめと・陰湿に」行われる)微妙な精神的な嫌がらせ」程度の“いやみ”や“侮辱”を「広義のモラハラ」だと認定することで、“いやみ”や“侮辱”が「(身体に対する暴力)に準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動」(パワハラ)であるかのようにすりかえ、DV防止法違反だと主張するやり方です。

この論法を使う人の特徴は、自身の言動に対しては「モラハラ」であることをみとめない点にあります。

それも当然で、「(「静かに・じめじめと・陰湿に」行われる)微妙な精神的な嫌がらせ」を「(身体に対する暴力)に準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動」であるかのようにすりかえて相手を糾弾する行為、それそのものが「(「静かに・じめじめと・陰湿に」行われる)微妙な精神的な嫌がらせ」であるからです。

簡単に言えば、何でもかんでも「モラハラだ」と騒いで相手を精神的に追い込む行為がまさにモラハラである、ということです。

例えばこんな感じ。

千田有紀‏ @chitaponta

高卒で勤務経験もなく、子育ては無理という彼女に親権を押し付け、助けを無視し、子どもの誕生日に連絡もしなかった元夫。生きるための売春で性暴力のトラウマを再燃させ、解離性人格障害を悪化させた彼女に必要だったのは、養育費や社会からの援助で、元夫からの監視ではない。モラハラ思考そのもの。

https://twitter.com/chitaponta/status/842130302596141057

大阪の事件における元夫や私に対する「(「静かに・じめじめと・陰湿に」行われる)微妙な精神的な嫌がらせ」と言える言動です。

フランス精神科医、マリー=フランス・イルゴイエンヌは、著書『モラル・ハラスメント』のなかで、加害者が相手を不安に陥れるためによく使う方法について、次のように記しています。

•政治的な意見や趣味など、相手の考えを嘲弄し、確信を揺るがせる

•相手に言葉をかけない

•人前で笑い者にする

•他人の前で悪口を言う

•釈明する機会を奪う

•相手の欠陥をからかう

•不愉快なほのめかしをしておいて、それがどういうことか説明しない

•相手の判断力や決定に疑いをさしはさむ

https://allabout.co.jp/gm/gc/301547/3/

「相手の考えを嘲弄」「人前で笑い者にする」「他人の前で悪口を言う」「不愉快なほのめかしをしておいて、それがどういうことか説明しない」あたりに当てはまりますかね。

ところで名古屋離婚解決ネットにはこのように書かれています。

どんな人がモラハラをするの?

モラハラの加害者は、高収入・高額歴の方に多いです。

たとえば、大企業のエリートサラリーマン医師、上級国家・地方公務員、高度専門職政治家などです。対して被害者となる妻は専業主婦無職という場合が多いため、被害者としては加害者に逆らってはいけない、自分が我慢しなくてはならない、と思い込んでしまうのです。

http://www.nagoya-rikon.jp/tisiki7.html

おや、大学教授である千田氏などは、このモラハラの加害者像にピタリと当てはまるではないですか。

まあ、私はこの手のモラハラ加害者像は信じないので、以前もこう書いているんですよね。

「モラハラ加害者の特徴」なるものの使用法、あるいは使用時の留意点

「モラ夫」という表現

モラハラ関係では「モラハラ加害者の特徴」が一人歩きし離婚などに際して相手を攻撃する手段としてのモラハラ加害者扱いに利用されているようにも思われます。「「モラハラ加害者の特徴」なるものの使用法、あるいは使用時の留意点」でも書いたように、「モラハラ加害者の特徴」をあくまで被害者自身の「気づき」を支援するツールに過ぎない点に留意し、被害者の支援者はじめ第三者不用意に利用するのは控えるべきだと考えます。

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20130312/1363102014

不用意な「モラハラ」認定は冤罪人権侵害の温床であると私は考えています。