Hatena::ブログ(Diary)

誰かの妄想・はてな版

2014-10-25

記者の質問がバカすぎるし、こんな問題に焦点があてられること自体、日本社会の政治的未熟さを感じさせる

少し治まってきた感がありますが、この件。

「私はそういう趣味はない」SMバーに政治活動費で宮沢経産相

2014.10.23 13:12

 宮沢洋一経済産業相資金管理団体「宮沢会」が平成22年、広島市内のSMバーに政治活動費を支出していた問題で、宮沢氏は経産省で記者団に「初めて知った。支出したのは事実。私自身は行っていない。事務所関係者が誤って政治資金として支出してしまった」として、政治資金収支報告書を訂正する考えを示した。

 この店は、下着姿の女性をロープで縛り、客も参加する形のショーを開催しており、政治資金支出先として良識が問われる。野党の追及は必至といえそうだ。

 宮沢会の22年分の政治資金収支報告書によると、同年9月6日に「交際費」の目的で広島市の繁華街にあるSMバーに1万8230円を支出していた。

 宮沢氏は23日昼、所属する自民党岸田派総会で「私はそういう趣味はない。収支報告書を見ていたが、店の名前だけでは分からなかった」と釈明した。

http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/141023/plt14102313120009-n1.html

まあ、政治活動費が不正に使われたという点で問題なのは確かですけど、「SMバー」だから盛り上がっているこの状況はどうかと思います。政治活動上の調査目的であれば、別に「SMバー」にお金を使っても問題ないですし、逆に普通の飲食店であっても政治活動目的以外であれば問題です。言うまでもないことですけど。

宮沢経産相が「私はそういう趣味はない」とか言ってますがこれテレビで見ると、記者が「大臣自身にそういう趣味は?」とか聞いてるんですよね。これ聞く必要あるんですか?仮にそういう趣味があったとしても、公務外時間に私費で地位を利用せず内密にやる分には、それこそ個人の自由ですよ。もちろん体裁のいい話ではないですが違法でも反社会的でもない以上、私的な趣味としての範囲なら問題ないでしょうに。結局、この問題に対する批判と下品な軽蔑との境界が、社会全体において曖昧なんでしょうね。

国家公安委員長が排外差別団体と親密であることよりも、こっちの方が盛り上がり問題視される現状を見ると、社会の問題意識の低レベルさにうんざりさせられます。

この件は、追及する野党のレベルという問題ではありませんよ。野党は排外差別団体との関連についても追及してたんですから、メディアや社会が、どの追及に同調して食いついたか、という問題です。

2014-10-23

「あいつらもやっている」以外の主張ができない右翼活動家

最近は右翼活動家を紙面で好意的に紹介することに全くためらいのない産経新聞です。

慰安婦像は日本人を侮辱している」テキサス親父市議会で発言

産経新聞 10月22日(水)15時2分配信

続きを読む

チンピラがわめいて虚構の対立の構図を描くことで第三者を忌避させるという手法はアメリカでも有効

慰安婦像設置に動く米加州の地元紙発行人 朝日の撤回は把握」という記事があります。

ここにこう書かれています。

 同紙には興味深い寄稿も掲載された。加州立大フラトン校のビンス・バック名誉教授(政治学)が執筆した『本当は平和を唱えていない平和モニュメント』(9月上旬号)と題した文章にはこうある。

慰安婦像建立を求める団体加州韓国米国人フォーラム)のウェブサイトを見ると、『日本政府は謝罪せよ』という目的に終始していて、女性の人権問題はそのための口実に過ぎない。下院決議121号(※注)を金科玉条のように主張するが、議会全体のコンセンサスではないし、ましてや米国政府の公式見解でもない。この団体はフラトン市を利用して日本政府圧力をかけることが狙いであることは明白だ」

 そうした米国知識人の意見、そして強制連行の根拠となった朝日報道が虚報となった事実を、フラトンの推進派はどの程度理解しているのか。像の設置案に賛成したチャーフィー市長や市議、そして博物館理事に見解を求めるべく直撃したが、締め切りまでに回答は得られなかった。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20141023-00000005-pseven-int

これだけ読むとVince Buck氏が、慰安婦問題韓国団体による日本攻撃の手段とみなし、まるで慰安婦問題そのものを否定・軽視しているかのようにも読めます。

Vince Buck氏の実際の発言は以下のようなものです。

FULLERTON OBSERVER Page 5, EARLY SEPTEMBER 2014

If we are to proceed, the monument should have a full public vetting. The goal of the Korean American Forum of California is clear: to put pressure on Japan by placing a monument in Fullerton. This seems unlikely to be an effective tactic, but it is effective in creating dissention and division. No matter how worthy the ultimate goal of the Korean American Forum campaign, it is not one destined to strengthen community in Fullerton. The council should think twice before unnecessarily allowing an external group to embroil the city in controversy. We have enough controversies of our own.

http://www.fullertonobserver.com/#!services/cee5

フラトン市は解決すべきフラトンの問題を十分に抱えている。外部の対立を持ち込むべきではない、というのがVince Buck氏の結論です。単純な平和記念碑の話ではなく、日韓対立が持ち込まれることを懸念しているわけです。それでも記念碑設置を進めるなら十分な調査する必要がある、と言っています。韓国団体の目標は、記念碑設置によって日本政府圧力をかけるというものだが、フラトンのコミュニティの結束を強化するものではなく、むしろ不和と分裂を生むとVince Buck氏は懸念しているわけですが、さりとて『日本政府は謝罪せよ』に否定的なわけでもありません。“No matter how worthy the ultimate goal of the Korean American Forum campaign”と部分からもそれがわかりますし、前段には以下のようにも述べています。

FULLERTON OBSERVER Page 5, EARLY SEPTEMBER 2014

Japan committed many horrendous war crimes in WWII some of which have gone unpunished. Sexual slavery was one of those crimes and Japan has not done a good job of acknowledging responsibility for these crimes; Japan is also inclined to deny or rewrite history.

http://www.fullertonobserver.com/#!services/cee5

第二次大戦時に裁かれなかった日本の戦争犯罪があり、従軍慰安婦という性奴隷制もそのひとつであり、日本政府はその責任を取るための十分な対応をしてこなかったばかりか、その歴史を否定し書き換えようとしている、とVince Buck氏は明確に述べています。

もちろん「在米ジャーナリスト高濱賛氏」はその部分については口を閉ざし、日本の読者に伝えようとはしません。ジャーナリストではなくデマゴギーであるので当然ではありますが。

Vince Buck氏は慰安婦問題について日本の戦争犯罪であり、現在の日本政府の対応を歴史修正主義であることを認識しているようですが、それでも他所の揉め事に巻き込まれたくない、という主張をしているわけです。在米日本人右翼が難癖をつけて、対立の構図を描く行為はアメリカでも有効だということですね。

ちなみに、FULLERTON OBSERVERにはもうひとつ日系退役軍人による寄稿があります。これもVince Buck氏と同じ理由で慰安婦像の設置に反対していますが、慰安婦問題に対する見解は明確に書かれています。

My objection to this monument in no way means I condone or defend the actions of Japan. I am merely defending the integrity of our Japanese American communities across our nation. An apology for this issue is due from Japan for any atrocities it committed and not by governmental agencies in the U.S. or by individuals.

http://www.fullertonobserver.com/#!services/cee5

慰安婦問題に対する謝罪はこの残虐行為を行った日本によって為されるべきで、アメリカ政府機関や個人によって為されるべきではない、と日本社会以外ではごく真っ当な見解です。

2014-10-22

小樽高等商業学校軍事教練事件(小樽高商軍教事件)

最近は関東大震災の時の朝鮮人虐殺ですら否定する傾向が強くなっていますので、関連する事件を備忘的に。

日本による朝鮮支配の40年 (朝日文庫)

(P252-257)

関東大震災小樽高商事件

 日本人との連帯で忘れることのできない非常に重要な運動が、一九二五年十月の小樽高商事件です。この年はどういう年かというと、四月から学校軍事教練がはじまっており、また治安維持法もできています。つまり、ファッショ化が急速に進んだ年なのです。そういう背景があって、十月十五日に小樽高商の野外演習があった、ところがその想定は、小樽の天狗岳に地震が起こり、無政府主義者朝鮮人暴動を起こす、だから小樽高等商業学校の学生たちは、在郷軍人会と一緒になって暴動討伐をするというものなのです。ですから、一九二三年の関東大震災とまったく同じ想定です。

 当時、日本には学生社会科学研究会というものがあって、それは小樽高商にもありました。小樽高商は北海道の思想運動の中心的な役割を果たし、優秀な人材もかなり出ています。これに外部の政治研究会小樽および札幌支部や、小樽労働組合朝鮮人親睦会、北潮新報社などが呼応して、学校当局に抗議活動をする。そして小樽高商社会科学研究会の名で、全国的に「全国の学生諸君に檄す!」というアピールを出すわけです。

 このアピールを受けた日本学生社会科学連合会は、二十二日に別掲したような、「小樽高商軍事教育事件に関して」というサブタイトルのついたアピール「全日本の学生諸君に訴ふ!」を発表しました。このようにして小樽高商事件は、全国の大学、高等学校、専門学校の軍事教育反対運動に発展するのです。もちろんこれには、在日朝鮮労働総同盟をはじめとする各団体も呼応して、日本国民にその真相を訴えます。つまり、学校軍事教練はこういう目的のためじゃないかということですね。なかでも、東大新人会の林房雄さんや東北大学島木健作さんなどが非常に活躍します。それが近畿地方にも波及し、運動がはげしくなって、とくに京大同志社大学などでは最初の治安維持法違反事件として三〇名余りの逮捕者を出します。

 ところが小樽高商事件でおどろくことは、その二年前の一九二三年九月一日に関東大震災が起きたとき、日本政府の治安当局や軍部が、朝鮮人社会主義者無政府主義者に対する一般民衆の偏見や恐怖心をあおって虐殺するという、天災人災に変えたにがい経験から、何一つ教訓を引き出していないという思考パターンです。

 震災当時日本政府内務大臣は水野錬太郎、警視総監赤池濃でした。水野は三・一運動直後の一九一九年九月、斎藤実総督の政務総監としてソウル駅に降りた途端、姜宇奎の爆弾の洗礼を受けた人です。赤池はその水野によって総督府警務局長に起用された人です。

 震災と同時に朝鮮人が放火する、来襲するなどの流言が伝わると、水野内相は勅令をもって戒厳令を試行して軍隊を出動させ、警察や各町内の自警団と一緒になって東京をはじめ神奈川埼玉千葉などで六〇〇〇名余りの朝鮮人を殺し、東京亀戸では純労働者組合の平沢計七、南葛労働会の川合義虎ら八名が、近衛師団騎兵第十三連隊の兵士によって殺されました。また大杉栄夫妻や六歳の甥までが憲兵大尉甘粕正彦によって殺され、中国人も約二〇〇名が軍隊に殺されています。

 この虐殺の真相については、朝鮮人側でも北星会をはじめとする青年団体朝鮮人迫害事実調査会をつくって調査していますが、日本の文化人のなかでも吉野作造、金子洋文、江口渙らが、また国会では永井柳太郎らが真相糾明に活躍しています。

 それから二年後の小樽高商事件が教えてくれた貴重な教訓は、他民族に対する偏見と離間のデマゴギーが、日本国民軍国主義化の方向に引きずっていくうえで、重要な思想動員の武器となっていること、それに対して学生たちが、学園内の軍事教育反対闘争と結びつけて闘い、社会的に広くアピールしたことではないか、と思います。

参考:小樽高商軍教事件(pdf)


関東大震災での朝鮮人虐殺という社会的経験を経てなお、わずか2年しか経っていない時点で朝鮮人による暴動を想定した軍事教練をやろうとする発想が異常です。結局、関東大震災時の虐殺を政府隠蔽し、社会が忘却しようとしたことで何の教訓も得られなかったのでしょう。

小樽高商は背景的にこういった問題にかなり敏感であったため、表面化し問題化したわけですが、表面化しなかっただけでこれと同様のことは結構あったのではないかと思います。

ちなみにほぼ同時期の1921年内務省警保局長から各都道府県(当時は、庁府県)長官に以下のような注意がだされています。

「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.A06030000200、新聞紙取締ニ関スル例規(国立公文書館)」

 大正十年十一月十二日

                  警保局長

 庁府県長官宛

近時朝鮮人に関する新聞紙の記事中往々僅少なる一部不逞の徒の言動を誇大に報道し又何等拠る所なきに拘らず朝鮮人を以て犯罪嫌疑者なる如く伝え若くは特別注意に値せざる市井の一瑣事朝鮮人に関するの故を以て特に之を掲載する等の嫌あるもの有之候処右は瞑々の中に彼等の心裡に悪影響を及ぼすこと少からず又時に外交上不利の影響を及ぼす場合も有之現に殊更に或種の浮説新聞紙法に照し処分せらるることも有之際にて場合に依り事の選択報道に就きては特に慎重の態度をとり事の真相を誤らざる様管下各社に対し厳重御注意相成度

このわずか2年後の1923年、関東大震災の混乱に乗じて多数の朝鮮人を虐殺し、さらに2年後の1925年朝鮮人暴動を起こしたという想定での軍事教練をやったわけです。

90年前の出来事ですが、今とどれほど違うでしょうかね。

2014-10-21

もはや焚書と同レベルの主張

この件。

2014.10.17 21:13更新

辞書や辞典の慰安婦強制」記述の是正を 朝日誤報受け、衆院委で議論 中には「女子挺身隊」との混同も

 一部の国語辞典などに「従軍慰安婦」の項目があり、日本軍による強制と説明していることが議論を呼んでいる。17日の衆院文部科学委員会でも取り上げられ、辞典を使う子供たちへの影響を懸念する声も上がった。下村博文文部科学相は「表現の自由は尊重されるべきだが、(誤った説明を)教育現場に持ち込むことは問題」と話している。

 現在使用されている主な国語辞典の記述では、「広辞苑・第六版」(岩波書店)が「従軍慰安婦」の項目で「日本軍によって将兵の性の対象となることを強いられた女性」と、日本軍による強制性を説明。平成11年発行の「新辞林」(三省堂・品切れ中)でも、軍需工場などに徴用された「女子挺身隊」と慰安婦とを混同して説明している。

 17日の衆院文科委では、元文科政務官義家弘介ひろゆき衆院議員が「辞書や辞典は子供たちが必ず使う教材」と指摘。朝日新聞が8月、慰安婦強制連行したとする証言が虚偽だったとして関連記事を取り消したことで、軍による強制性などの根拠が崩れたと強調し、「文科省は(学校で使われる)辞典などの記述にも注意すべきだ」と求めた。

 衆院文科委ではこのほか、朝日新聞記事取り消しを受け、教材などに書かれた慰安婦の説明の是正を求める意見も相次いだ。

 これに対し、岩波書店の担当者は産経新聞の取材に、「時期が来れば学問の進展状況を踏まえ考えていきたい」と将来的な訂正に含みを持たせている。

http://www.sankei.com/life/news/141017/lif1410170044-n1.html

時の政権にとって気に入らない記述は削除させるというやり方は、独裁国家による焚書と変わりません。

日本の有権者はこれでもまだ自民党に投票するんでしょうけどね。

この自民党議員らの姑息なやり方は、「天安門」という情報へのアクセスを制限している中共政府とどこが違うんでしょうか?

「戦時中、日本軍兵士らの性の相手を強いられた女性がいた事実を消すことはできません」

義家弘介議員には読めなかったのかも知れませんが、朝日記事にはこう書かれています。

慰安婦問題の本質 直視を

2014年8月5日05時00分

 こうした一部の不正確な報道が、慰安婦問題理解を混乱させている、との指摘もあります。しかし、そのことを理由とした「慰安婦問題は捏造」という主張や「元慰安婦に謝る理由はない」といった議論には決して同意できません。

 被害者を「売春婦」などとおとしめることで自国の名誉を守ろうとする一部の論調が、日韓両国ナショナリズムを刺激し、問題をこじらせる原因を作っているからです。見たくない過去から目を背け、感情的対立をあおる内向きの言論が広がっていることを危惧します。

 戦時中、日本軍兵士らの性の相手を強いられた女性がいた事実を消すことはできません。慰安婦として自由を奪われ、女性としての尊厳を踏みにじられたことが問題の本質なのです。

http://www.asahi.com/articles/ASG7X6753G7XUTIL053.html

この記述を読んでもなお「朝日新聞が8月、慰安婦強制連行したとする証言が虚偽だったとして関連記事を取り消したことで、軍による強制性などの根拠が崩れた」などと主張するのは義家弘介議員の頭が悪いのか、根性が悪いのか、多分両方なんでしょうが。

2014-10-15

「インターネット上で、日本の読者に日本語で掲載したこうした記事が名誉棄損罪にあたると言うのだろうか」と言えば、それはあたるでしょうよ。

産経新聞韓国大統領に対する性的侮辱記事を書き、韓国政府がそれを弾圧した事件についてですが、こういう意見が散見されます。

深谷隆司2014年10月10日 15:59

韓国法治国家にあらず

(略)

 セウォル号沈没事故当日の大統領の所在が様々な憶測を生んで、色々なメディアで面白おかしく書かれているが、インターネット上で、日本の読者に日本語で掲載したこうした記事が名誉棄損罪にあたると言うのだろうか。

 一応、市民団体からの告発という形をとっているが、如何にも検察側の「やらせ」であること見え見えだ。まず出国禁止にし、遂に在宅起訴、この不当な処置に、日本のみならず、アメリカ国連で、言論の自由を侵害していると批判が起こるのも当然である。

http://blogos.com/article/96305/

引用後半の批判はもっともであり、同意しますが、前半はどうでしょうか。

日本の特定個人を侮辱し名誉を毀損する記事を海外サイトに英語で書けば、名誉毀損罪は成立しないんでしょうか?日本に住む英語話者が海外サイトに深谷氏を性的に侮辱する記事を書き、それが現地で大きな話題になった場合、深谷氏はその記事を書いた在日英語話者を名誉毀損で訴えることはできないんでしょうか?

日本の法律でもそうは解釈されないと思うんですけどね。

在日外国人記者が天皇を性的に侮辱する記事を海外の言語で書いても、今の日本人は“報道表現の自由”と言って擁護できるんですかね?

以前書いた、別段天皇を批判するわけでもない「天皇こそ役に立たないんだから心置きなく静養に行けばいいと思うんだが。」という記事に対する反応を見る限り、とてもそうは思えませんけど。

それにもう忘れているのかも知れませんが、重慶青年報がきのこ雲を掲載した件で日本中が烈火のごとく怒り狂ってましたよね*1。あれは、日本語で日本人向けに書かれた記事でしたか?

産経新聞記事名誉毀損に該当すること自体は、否定できるようなものではありません。特定個人に対する性的侮辱記事を書いた産経加藤達也前ソウル支局長が名誉毀損告発を受けること自体は問題とは言えないでしょう。

この件で問題なのは、権力者に対する名誉毀損検察が容易に認めたことにあります。「検察側の「やらせ」であること見え見え」というのもその通りでしょう。これが「検察側の「やらせ」であること」を見抜く目を持ってすれば、慰安婦問題における河野談話潰しや排外差別団体による外国に対する誹謗中傷が、安倍政権による「やらせ」であることもわかるはずですけどね。

なお私は以前こう書きました。

さらに言えば、大統領に対する侮辱以外に大統領と接触したと噂を流された相手に対する侮辱であることも否定できず、その当人が「加藤支局長を強く処罰してほしい」と要請していることは、その噂が否定されたことも踏まえるとないがしろにはできないでしょう。通常の司法手続きに則る限り、起訴されて当然と言える事案ではあります。

しかしながら、権力者が絡む場合は当然とは言いがたいわけです。

司法手続き上の瑕疵が無いとしても、大統領が自身を侮辱した報道機関刑事罰を科そうとしている、という形態になる以上、そこには最大限の慎重さが求められます。権力者は一般人とは違う制約がなされるべきということですね。

私人としての行為」だという言い逃れが平気で通用するどこかの国を真似るべきではありません。権力者は自らを律する誠実さを国民に対して示す必要があります。

また、これが外国の報道機関であるということも重要な点です。

外交上の問題となることを避けることもまた政府の責任ではあり、国内法の筋だけ通せばいいというわけではありません。殺人などの重大な犯罪を見逃すわけにはいかないでしょうが、軽微なものであれば見逃すというのも現実的外交のためには必要な選択でしょう。領有権で争いのある海域での衝突事件に対し、逮捕だ起訴だ筋を通せと騒ぎ立て外交関係を著しく悪化させたどこかの国を真似るべきではありません。

国の責任者は教条的になってはならないのです。

さらに言えば、たとえ形式的には極右団体告発であり青瓦台とは関係なくとも、極右団体青瓦台の意を受けて告発したであろうというのは誰が見てもわかります。ただ、それを法的に証明できないだけに過ぎません。日本で排外主義団体が行っているヘイトスピーチが誰の意を汲んでいるか、誰でも知っているのと同じことです。

法的に証明さえされなければ何やっても構わないというのは、少なくとも政治指導者がやるべきことではありません。ただ冠を直したに過ぎないにしても、それが李下であれば責任を取るのが政治指導者のあるべき姿でしょう。

市民の政治活動を締め付ける一方で政治指導者には過剰な信教の自由を認めるどこぞの国の風潮をうらやんではいけません。

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20140910/1410282867

この認識は特に変わっていません。