どう感じるかは個人の自由ですが・・・

こういうブクマ。

双方、国益や面子になってて、犠牲者一人一人の人生に向いていない感じには虚しく思う。日中双方も、否定論とその叩きにも。 2012/03/02

http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/scopedog/20120301/1330608799

典型的な自称中立にしか見えません。
別に「犠牲者一人一人の人生に向いていない」と感じる分には個人の感性の問題ですし、「虚しく思う」のも勝手ではあります。
ですが、そもそも「日中双方」について「国益や面子になってて、犠牲者一人一人の人生に向いていない」というのが事実かどうか、加害国で虐殺否定論が蔓延している日本はともかく、被害国である中国側が「国益や面子になってて、犠牲者一人一人の人生に向いていない」など呼べる状況なのか、それをどの程度調べた上での発言なのか、極めて疑問です。

夏淑琴さんはじめ判明している南京事件生存者たちに対して、中華人民共和国は証言を残すなどそれなりに対応しています。姜根福氏のように、南京事件で生き別れた兄弟との再会を支援したりもしています。
こういった犠牲者・遺族個々人の証言を日本に紹介したのが本多勝一氏の「中国の旅」であり、それ故に本多氏の著作は貴重で優れたルポと言えるわけです。

これに対して、本多氏への誹謗中傷や夏淑琴氏に対する「ニセ犠牲者」呼ばわりをしてきたのが東中野修道亜細亜大学教授をはじめとする否定論者の面々でした。

これらを「双方」と等価に見下した表現で扱う手法については「自称中立」というのが一番適した表現でしょう*1

〜日本の首相の南京訪問に期待する〜
斎藤文男(南京大学日本語学部専家)

(略)
◇事件の記憶新たな中国と風化する日本◇
南京事件は両国で事あるごとに問題となる。毎年12月13日に追悼集会が南京市の「大虐殺記念館」で開催されていることを、多くの日本人は知らない。南京市の地元の新聞では1週間ほど前から連日事件に関する記事が掲載されている。しかし、日本のメディアでは、毎年、ほとんと取り上げられていない。南京市内にいる日本人ですら、12・13がどのような日なのか知らない人も多い。
私は南京に滞在している2001年から、毎年この日の集会に参加している。同記念舘は1985年に開館した後、南京事件65周年(02年)には、記念館近くにある莫愁湖の湖畔に65台のピアノを並べて鎮魂の曲を演奏した。66周年(03年)には、重さ6.6トンで66周年を示し、口径1.937㍍では1937年を表し、3メートルの石柱の上に0を示す輪が5つあり30万人を意味する「和平大鐘」と名付けられた平和の鐘が設置された。
(略)
◇5000人が参加し74周年の追悼集会◇
74周年の11年も、12月13日午前10時から警報が鳴らされ追悼集会が始まった。会場には南京市や江蘇省政府の関係者、小・中・大学生、大虐殺からの生存者のほか、米国、ロシア、韓国などの関係者ら5000人が参加した。日本からは愛知県一宮市真宗大谷派圓光寺の大東仁住職ら僧侶関係者、JR東日本旅客鉄道労働組合からそれぞれ約40人の計80人ほどが参加した。
式典では66周年に設置された「和平大鐘」が日中の僧侶や生存者、小学生らによって突かれ、犠牲者を供養した。式典の最後には、04年86歳で亡くなった大虐殺事件の生存者・李秀英さんが語っていた言葉「恨みではなく、歴史をしっかり記憶しよう」で締めくくった「平和宣言」が読み上げられた。
(略)

http://www.jaslon.org/?action-viewnews-itemid-3304

このように犠牲者に向き合う人たちはたくさんいます。
原爆の被害から目を反らすアメリカのように、日本は南京事件の被害から目を反らし続けています。しかし、被害を受けた側は原爆記念と同様に、南京事件を追悼しているわけです。

南京事件を風化させないようにこのような追悼式典を行うと、否定派からは「いつまでも恨み続ける奴ら」扱いされ、行われなければ、自称中立から「犠牲者に向き合っていない」と揶揄される。
相手にするだけ、時間の無駄ってことでしょうね。

*1:自称中立」表現に対しては、「「自称中立」という言葉尻から中立=悪と勘違いされるんじゃないか」とかわけのわからない理由で否定する人もいますが、そんなMy定義を振りかざして批判されても困りますので。