日韓両外相共同記者発表の内容に関する雑感

基本的に2015年12月28日の共同記者発表で述べられた内容が合意の全てであって、これに書かれていないことを“合意”のように偽装するのは捏造です。この捏造行為を日本政府の閣僚や与党政治家から出るようでは、日本側による合意違反だと言われても仕方ないでしょうね。

1.日本側の合意内容

岸田外相が発言した内容について見てみましょう。

(1) 安倍首相による元慰安婦に対する謝罪

(1)慰安婦問題は,当時の軍の関与の下に,多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり,かかる観点から,日本政府は責任を痛感している。
 安倍内閣総理大臣は,日本国の内閣総理大臣として改めて,慰安婦として数多の苦痛を経験され,心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し,心からおわびと反省の気持ちを表明する。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001664.html

この内容は、河野談話とほぼ同じ内容です。

河野談話
本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kono.html

河野談話は当時の河野洋平官房長官が政府を代表して述べたものですが、会見に臨んだ河野官房長官の名を冠して“河野談話”と呼ばれています。しかし、今回の日韓共同発表では「政府は」ではなく、「安倍内閣総理大臣は」と書かれており、この点が異なります。
普通に解釈すれば、安倍首相自らが元慰安婦に対し謝罪するという内容ですから、岸田外相が日韓共同発表で代読したことをもって安倍首相による謝罪がされたことにはなりません。この共同発表後、安倍首相は電話で朴大統領に対して「おわびと反省の気持ちを表明」*1していますが、これでは「慰安婦として数多の苦痛を経験され,心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し」て謝罪したことにはなりません。
もちろん、朴大統領は安倍首相による「おわびと反省の気持ち」を元慰安婦らに伝えるとは言っていますが、元慰安婦が韓国政府を経由した「おわびと反省の気持ち」を受け取るかどうかは元慰安婦次第です。
日本側が、日本国首相による元慰安婦に対する謝罪を確実に示すためには、首相自らが元慰安婦らに直接対面して謝罪するか、公式の首相会見において元慰安婦に呼びかける形で謝罪の言葉を伝えるしかありません。
この意味では、2015年12月31日現在において、安倍首相による元慰安婦に対する謝罪、という合意は未だ実行されていませんので、なるべく早急に対応するべきでしょうね。

(2) 元慰安婦支援財団への日本政府予算からの出資

次がこれです。

(2)日本政府は,これまでも本問題に真摯に取り組んできたところ,その経験に立って,今般,日本政府の予算により,全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒やす措置を講じる。具体的には,韓国政府が,元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し,これに日本政府の予算で資金を一括で拠出し,日韓両政府が協力し,全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復,心の傷の癒やしのための事業を行うこととする。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001664.html

アジア女性基金と違って元慰安婦を直接支援する資金を日本の国家予算から出すということが明示されています。金額は10億円程度と報じられていますが、金額的には日本にとっても韓国にとっても経済規模から見れば微々たるものです。韓国政府が元慰安婦支援の為に支出している金額は年2〜4億円程度で、10億円なら3〜5年分程度に過ぎません。戦前日本の美化という歴史修正主義PRに500億円投じる日本政府からすれば10億円ははした金でしょう。
今回の合意において金額の多寡は大して重要ではなく、日本の国家予算から出されているという点が重要です。アジア女性基金の時は、政府予算からは出さないと言ったために反感を買ったわけですから。
もちろん、岸田外相は共同発表後、早速この日本政府予算からの出資を「国家賠償ではない」と主張していますが、日本側が共同発表の文言どおりに合意を実行するなら、韓国側が設立する財団の名称が、“元慰安婦に対する賠償のための財団”というものであっても、日本政府には予算から資金を拠出しなければなりません。まあ、韓国政府側がそこまでやるかはわかりませんが。

(3)最終的かつ不可逆的に解決

よく引用される部分です。

(3)日本政府は上記を表明するとともに,上記(2)の措置を着実に実施するとの前提で,今回の発表により,この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。
 あわせて,日本政府は,韓国政府と共に,今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001664.html

但し、上記(2)の元慰安婦支援財団への日本政府予算からの出資が前提条件となります。日本政府関係者によるリークと思われる“資金拠出は、慰安婦像撤去が条件”という報道がありますが、その様な条件は共同発表中には存在しませんし、その場合は「この問題が最終的かつ不可逆的に解決されること」の前提条件が崩れることになり、結局問題は「解決」されることなく継続することになります。
また、この共同発表はあくまで日韓政府間の合意にすぎず民間団体の活動を何ら拘束することはありませんし、合意内容が国内法に抵触する場合はもちろん、条約に准ずる国内手続により合意が無効化されることも当然ありえます。例えば、アメリカはベルサイユ条約に調印はしましたが、国内の手続による批准は拒否しています。

「最終的かつ不可逆的に解決される」というのもあくまで日韓政府間の問題としての解決であって、慰安婦問題そのものが解決するわけでもありません。つまり韓国政府が日本政府に対して元慰安婦らに対する謝罪と賠償を求めることはなくなるというだけであって、元慰安婦が直接日本政府に対して謝罪と賠償を求めることについてまで韓国政府が制止する義務を負うわけではありません。
国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える」については、未解決の問題であると韓国政府が主張することが出来なくなるくらいですかね。例えば、“日本は戦時中に性奴隷制度を運用したが、戦後その非を認めて謝罪した”という主張を韓国政府がしたとしても合意違反にはならないでしょうね。

2.韓国側の合意内容

次に尹外相が発言した内容について。

(1)韓国政府は,日本政府の表明と今回の発表に至るまでの取組を評価し,日本政府が上記1.(2)で表明した措置が着実に実施されるとの前提で,今回の発表により,日本政府と共に,この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。韓国政府は,日本政府の実施する措置に協力する。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001664.html

慰安婦支援財団への日本政府予算からの出資を前提として、韓国政府も「この問題が最終的かつ不可逆的に解決される」と判断するという内容で、上記(3)の説明で述べたとおりです。

(2)韓国政府は,日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し,公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し,韓国政府としても,可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001664.html

慰安婦像の件です。日本の右翼は、国際法違反だとか韓国の国内法違反だとか言ってますが、それに関しては全く認めていません*2。日本政府が懸念していることを「認知」しただけです。懸念を共有するわけでも理解するわけでもなく「認知」です。韓国側としては全く理解できないし共有もしないが、日本側が懸念しているということを認めただけですね。
もちろん、慰安婦像の撤去も移転も共同発表中には明記されていません。「適切に解決されるよう努力する」とあるだけです。仮に韓国政府が“努力したけど駄目でした”という態度を取ったとしても合意違反にはなりません。あるいは慰安婦像の隣に、韓国政府が安倍首相による謝罪や河野談話を記した碑を設置して日韓和解の象徴とするのが、適切な解決だと主張されても、日本政府としては文句言えないでしょう。
個人的には、是非その形で「解決」してほしいものだと思ってますが。

(3)韓国政府は,今般日本政府の表明した措置が着実に実施されるとの前提で,日本政府と共に,今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001664.html

これは、上記日本側の(3)と同じです。

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