DeSeanの日記 旦⊂(´-` )お茶ドゾー

2018-02-25

もっけの幸い

そんなこんなで、しばらくは、長期の出張は行けなさそうです。

長期といっても1ヶ月とかですらなく、せいぜい1泊が限界、という感じ。

で、落胆したかというと、もちろんゼロではないのですが、心のなかでは「まあそれでもいいか」という思いがあるのも確かです。

そもそもお出かけ、そこまで好きじゃないんですよ。

趣味はと聞かれるとたいてい「海外旅行」と答えてますが、実際にはそこまででもない。家でゴロゴロするのが一番好き。ただ「趣味は家でゴロゴロ」じゃあ格好悪いので、ひとまずこう答えてるだけ。

でも一方で、「家でゴロゴロしてちゃダメ」という意識も、あるのですよ。それだと世間体が悪いだけじゃなく、自分自身もダメになってしまう。サークルとかは無理なので、せめて年に数回海外に行くぐらいはしなきゃ、と。

で、本当はそこまで行きたくないのかもしれない海外に、年に数回行ってたわけです。まあほとんど中国ですが。

しかしこのたび、こういう事情で、行けなくなりそう。よかった、これでごろごろする大義名分ができた。「私がゴロゴロするのはしたくてしてるんじゃないんですよ、しかたなくやってるんですよ」といえるようになった。


というわけでみなさま、私がゴロゴロするのは不可抗力ですので、そこのところお間違いなきよう。

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2018-02-24

後ろめたさ

介護を「外注」するのって、どこか後ろめたさがあるんですよね。

私の場合、「大切な家族を自分で面倒見てあげられないなんて」という方向性ではなく、「自分の家族の、しかも「イヤ」なことを、他の人にやらせるなんて」という後ろめたさ。

正直な話、介護のお仕事、嫌ですよね。もちろんご老人の笑顔がとか、なくはないだろうけど、逆にいえば、そう思わないとやってられない、というのもあるんだと思います。

そういうお仕事を、カネで他人にやらせる。しかも仕事をされる方は、たぶん私より給料がずっと少ない。こういう構図に、ものすごく後ろめたさを感じるですよ。

とはいえ外注しないといろいろ困るのも事実。そして父はふたたび施設を移ることになりそう。なんとも落ち着かない、バタバタした春休みです。

かつて少し袖触れ合った者ですかつて少し袖触れ合った者です 2018/02/24 18:48 日記とツイッターを拝見。幼いお子さんがおられ、奥様が重い病、その上、施設に入れられているとはいえ、ご母堂に見捨てられたご尊父を介護しておられ、その重圧たるや相当のものでしょうが、愚痴らしい愚痴もこぼされず、平静を保っておられるご様子。誠に敬服の至りです。

sean97sean97 2018/02/25 08:17 はっはっ、そういわれると、なんか自分がスーパーマンな気分になってきました。仕事(研究教育校務ともに)を減らし、家でゴロゴロする時間を増やしたら、そこまで消耗せずにやれることがわかってきました。

かつて少し袖触れ合った者ですかつて少し袖触れ合った者です 2018/02/25 11:02 差し出がましいようですが、ご尊父を他のご兄弟姉妹に任せるか、ご母堂に任せるかされた方が宜しいのではないでしょうか。
傍から見て、現在のような状況に置かれたseanさんにご尊父の介護を丸投げするというのは、あまりにも酷いと存じます。
今は一番に奥様とお子さんに寄り添われるべきだと存じますが、ご尊父の状態からして、それは無理でしょうから。

sean97sean97 2018/02/26 08:23 それがですねえ、両親はすでに離婚済み、姉も遠くに住んでいる上に夫の両親の介護があって、任せられる人もいないのですよね。なので父をグループホームなんかに入れるのが一番いいと思ってるのですが、ケアマネさんが「そういうところに入れるとあっという間に認知症が進むのでできるだけう今のままで」と勧めてて、もうほんと、板挟みです。

かつて少し袖触れ合った者ですかつて少し袖触れ合った者です 2018/02/26 10:03 苦衷をお察し申し上げます。無礼を承知の上で、さらに差し出がましいことを申しお上げることをお許し願えるのならば、やはりたとえご尊父の認知症が進もうとも、グループ・ホームに預けられるのが、宜しいのではないでしょうか。ここは割り切るしかないと存じます。今、一番大切なのはお子様でしょう。お子様は愛着形成の時期にあり、生い先の短いご尊父と違い、これから80年、90年近く生きなければならないわけですから、今後、奥様がそばにいてやれないのであれば、seanさんができる限りそばにいてあげる必要があるかと存じます。また奥様とのこれまでの関係性については、全く存じ上げませんが、深刻な病状とお察し致しますので、できる限り奥様の気持ちに寄り添われる方が宜しいかと存じます。万が一の場合でも(と書いて失礼致します。そのようなことが起きぬよう祈っております)、やるだけやれば、いつかその事実を受容できるでしょうが、後々ああすればよかった、こうすればよかったと悔いが残るようならば、死ぬまで引きずるような気がします。

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2018-02-10

「他人の見る私」を見る私

最近、本を読まなくなりました。

ちょっと前、娘がいた時には、読んでたんですよ。

みなさんもご存知と思いますが、「子供を本好きにするには、「本を読め」というのではなく、本を読んでいる姿を見せることが大事」というの、あれを実践してたわけです。

娘はあんまり絵本に興味を示してませんが、まあいいやと、長い目で見てました。

ところが娘がいなくなった。すると、私も本を読まなくなりました。

わかりやすいですね。自分が何を原動力に生きているかがよく分かる。つまり、「他人からどう見られるか」を原動力に生きてるわけです。

我ながらなんだかなあですが、もう多分治らないでしょう。一生他人の目を気にしつつ生きていきます。

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2018-02-09

医は仁術

前にも書いたように、最近、ものすごい勢いで病院に行っています。

たいてい、他人の付き添い。

で、思いますが、医者って、キャラクターが大事だなあと。

高圧的な医者って、いるんですよ。「早くしてよ!」と怒ったりとか。

ただでさえ病気で弱っている身に、高圧的な態度取られちゃ、治るものも治りませんわ。


……という考えって、もしかしたら現代的なんですかね。

よくいわれるように、現代社会においては、「他人と接しない職業」など、ほぼありません。

同僚であれ、上司であれ、顧客であれ、学生・生徒であれ、必ず他人と接する。

で、そうなると、キャラクターが重要になる。卑近にいえばコミュ力ですか。ある人の「実力」とか「仕事ができる/できない」とか、「コミュ力がある/ない」と、ほぼ同義になっています。

医者もそうなのかなあと。「腕」の善し悪しよりも、「患者が何を求めているかを一番に考える」とか「患者に寄り添う」とか、そっちに注目が集まるようになってきている。


いいのか悪いのか、わかりません。ただ私は、コミュ力にはそれなりに価値をおいています。やっぱり人当たりのいい人のほうがいいですし。

ハーネスハーネス 2018/02/10 00:43 大きな病院の医師や年齢が上の医師は高圧的な方が多い印象ですね。
僕は病弱で、昔から病院通いしてますが、最近の医師はだいぶ人当たりが良くなったように思います。
医療の不確実性に医師も患者も気づいてきて、「ダメだったとしてもやれることはやったし、しょうがない」という関係性を作れるようにしてるのかもしれません。
見も蓋もないことを言えば医療訴訟対策もあるでしょうけど。

sean97sean97 2018/02/10 07:48 それがですねえ、父が今通っている某町医者、私よりちょい上ぐらいですが、高圧的なんですよね。これでよくやってるな、というくらい。
大病院の医者は、良くも悪くも機械的な印象です。「ああそうですか。じゃあこうしておきます」と顔も見ずにいう、みたいな。
でも全体的に見れば、最近はマシになってるんでしょうね。

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2018-02-07

結果的に不快な思い

「悪意はなかったが、結果的に不快な思いをさせたので謝罪します」という「謝罪」、評判が悪いですよね。まあそりゃそうです。

が、SNS やってると、こっちの意図とはまったく違う風に読んで、批判されること、しばしばあるんですよね。いやいや、そういうつもりじゃないんだけど、というの。

この場合、どっちの主張が正しいのか。書いた方か、読んだ方か。

で、実はこれ、文学研究の定番なんですよね。書き手と読み手、どちらに主導権があるのか、というの。

SNSでいえば、最近は読んだ方が優勢ですよね。「そういう意図じゃない」といっても無駄。だってそう読めるもん、が強い。もちろん、多数決的要素はありますが。

なので「結果的に不快な思いをさせた」という謝罪、私はそこまで批判する気にはなれなかったりするのでした。

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