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2013-10-26

『セカンドアフターvol.3』目次

ブース番号:オ‐40

第十七回文学フリマ
会場:東京流通センター 第二展示場(E・Fホール)
開催日:2013年11月4日(月・祝)
時間:11:00〜17:00
サークル名:セカンドアフター
価格:800円

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目次

二〇一三年のサブカルチャーの風景――巻頭言に代えて
志津A

Web漫画における書字方向とコマ割りについて
すぱんくtheはにー

The Phantom of the Atom――伊藤計劃について、或いは幻肢痛ファントム・ペイン
tacker10

二〇一〇年代の日常と表現――マイクロポップから花見2.0へ
てらまっと

映画対談
震災後の連帯と分断 ――園子温クリストファー・ノーランを中心に
熱海いかほ × 志津A

アメリカナイゼーションへの抵抗としての郊外――島田雅彦試論
kei_ex

失われた世界の「フォークロア」――今こことは別の水脈をたどって
兎男

ガールズ&パンツァー』を見るヒトラー総統――サブカルチャーにおけるナショナリティについて
志津A


Web漫画における書字方向とコマ割りについて
すぱんくtheはにー(@SpANK888)
インターネットの普及によってウェブ上にも掲載されるようになったマンガ作品。単に紙面からウェブへと掲載場所が変わっただけのようにも見えるが、実際には紙面とウェブの間には大きな違いがあり、そこには新たな表現ジャンルが出現しつつある。「Web漫画」という独自の表現ジャンルに対して書字方向やコマ割りなどを通して分析を行なうマンガ論。今年の春に竹熊健太郎を中心にTwitter上などで盛んに行なわれた、マンガにおける縦書き/横書きという書字方向の議論に示唆を与える論考でもある。

The Phantom of the Atom――伊藤計劃について、或いは幻肢痛ファントム・ペイン
tacker10(@tackerx)
伊藤計劃が多大な影響を受けた作家に小島秀夫がいる。小島の手がけたメタルギアシリーズが「ビッグ・ボス」という冷戦時代の亡霊を取り扱うゲーム作品ならば、伊藤計劃においてもそのような冷戦以後の問題系を如実に見出すことができる。小島‐伊藤という継承関係を中心に、死・テクノロジー・言語といった観点から論じられる伊藤計劃論。伊藤のノベライズ作品である『METAL GEAR SOLID GUNS OF THE PATRIOTS』をメタルギアシリーズの中に適切に位置づけることによって伊藤の他の小説作品のテーマ設定がより明確になることだろう。

二〇一〇年代の日常と表現――マイクロポップから花見2.0へ
てらまっと(@teramat)
アニメにおいて「日常系」と呼ばれるような傾向性が出現したのと歩調を合わすかのようにアートの領域においても日常性に根差した表現がゼロ年代に登場した。そのような日常性に根差した表現が震災以後も意味を持ちうるのかどうかという問いを出発点に、椹木野衣の議論などを参照しつつ、震災以後の2010年代に相応しいアート表現の方向性が摸索される。花見2.0という慣習のヴァージョンアップが示す新たな日常性とはどのようなものなのか。

映画対談
震災後の連帯と分断――園子温クリストファー・ノーランを中心に
熱海いかほ(@atamiikaho)× 志津A(@ashizu)
震災と関わりの深い作品を取り上げて話し合う対談シリーズ。今回のテーマは映画。震災を取り扱った園子温の二つの作品(『ヒミズ』『希望の国』)を出発点に、ノーランのバットマンシリーズなどを迂回して、新たな連帯の可能性が摸索される。とりわけ園子温とノーランに共通して見出されるテーマとして父の問題があるが、そうした父子間の継承の物語が連帯の問題系とどのように接続されるのか/されないのかが問われる。

アメリカナイゼーションへの抵抗としての郊外――島田雅彦試論
kei_ex(@kei_ex)
90年代からゼロ年代にかけて、ある種の都市文化論として、幅の広い議論が展開されてきた郊外論。そうした様々な議論に先立つかのように80年代において明確に郊外という観点から小説を書いてきた作家が島田雅彦だった。冷戦以後、「帝国」という観念さえも持ち出されていたグローバルな世界状況において、果たして郊外という立脚点なき足場はどのように抵抗の拠点となりえるのか。

失われた世界の「フォークロア」――今こことは別の水脈をたどって
兎男(@Usagi_Otoko)
村上春樹の小説においてはしばしば、現代の消費社会に対して、あたかもそれを一種の説話のように距離を取って語られることがある。「喪失」に対して春樹が向ける視点はそのような極めて個人的な「フォークロア(民間伝承)」の形を取っていると言える。春樹の小説を軸に、フィッツジェラルドグレート・ギャツビー』、夏目漱石『こころ』、東浩紀クォンタム・ファミリーズ』などを参照し、『1Q84』や『多崎つくる』といったここ最近の春樹の作品に至るまで、その「喪失」を巡るテーマが論じられる。

ガールズ&パンツァー』を見るヒトラー総統――サブカルチャーにおけるナショナリティについて
志津A(@ashizu)
今日のアニメ作品においてはナショナリティを意識させるような表現がしばしば避けられる。しかしながら、対外的にはナショナリティという枠組みは確固として存在し、それを無視することはできない。こうしたナショナルな共同性を中心に、今日における擬似的・仮構的な共同性をニコニコ動画MAD作品を見ることによって問題にしていく論考。アニメガールズ&パンツァー』で提示された「戦車道」という優れて戦後的な倫理観をどこまで肯定することができるのか。



文フリ当日はよろしくお願いいたします。(志津A)

【追記】
今回の文学フリマでは、お隣のブース(オ-41〜42)のアニバタさんとのコラボ企画として、両サークルの新刊に寄稿されているすぱんくtheはにーさんのサイン色紙を、『アニバタ Vol.6 [特集]最近の京都アニメーション』と『セカンドアフターvol.3』の両方をご購入の方を対象に、ご希望の方先着10名様にプレゼントします。この機会に両新刊をぜひご購入ください。

『アニバタ Vol.6 [特集]最近の京都アニメーション』の詳細はこちら