勢川びきのX記 (4コマblog)

日々・世界の全てを4コマで

宇宙4コマ

昨日行われたあるイベントで、著名な岡村定矩先生(東京大学名誉教授、法政大学教授)と高梨直紘先生(東京大学特任准教授)から「宇宙」の話をしていただいた。むちゃくちゃ面白かった。

  • 星(恒星)同士はすごく離れていて、スカスカだけど、銀河は結構混んでいるので、時々ぶつかる。
  • ランダムに打たれた沢山の点をちょっと拡大して元の画像に重ねると、その重ね方で色々なところが中心になってあたかもそこから点が移動しているように見える。これが、「宇宙が拡大している状態」と同じで、地球から見てどの星もあたかも地球を中心にして離れて行っているように見えるけど、どの星から見ても他の星は同じように離れている。
  • 夜空を見上げて、沢山の星を見て「宇宙って広いですねー」と言っている人がいるけど、人間の目に見える星は地球のほんの近傍にある星ばかりで「広い宇宙」は見ていない。

とか。むちゃくちゃ面白かった。
このイベントでの「宇宙の話」に参加者の皆さんに関心をもってもらうためのプロモーションとして、私が宇宙に関して4コマを書いて、なんと岡村先生・高梨先生がその話題を解説していただくという、かなり無茶苦茶な企画をやって、以下の5本の4コマと、それに対しての本当に丁寧に岡村先生・高梨先生から解説をいただいた。恐縮とともに結構プレッシャーを感じたのが正直なところ(漫画ですから許して下さいね〜)。
昨日は岡村先生ともお話でき、とても偉い方とは思えない気さくな方で、大変嬉しかった。
で、一挙掲載です。宇宙に関する科学4コマというのも珍しいかも。
  
■第1回「宇宙の色は」
岡村先生の解説は こちら

 
■第2回「光より速い」
岡村先生の解説は こちら

 
■第3回「一番星(ファースト スター)」
岡村先生の解説は こちら

 
■第4回「地球外生命」
岡村先生&高梨先生の解説は こちら

 
■第5回 「宇宙の距離はしご」
岡村先生の解説は こちら

岡村 定矩 先生 

東京大学名誉教授。現在は、法政大学理工学部創生科学科 教授。
東京大学理学部天文学科卒業、同大学院理学系研究科天文学専攻修士課程修了、同博士課程単位取得、理学博士号を取得。

日本学術振興会奨励研究員、東大東京天文台木曽観測所助手、連合王国エジンバラ王立天文台客員研究員、東大東京天文台木曽観測所助教授、東大天文学教育研究センター木曽観測所助教授と国立天文台助教授を併任。その後、東京大学理学部天文学科教授、同大学院理学系研究科教授、理学系研究科長・理学部長、理事・副学長、東京大学国際高等研究所長などを経て、2012年3月定年。 2012年4月より現職。

専門は銀河天文学、観測的宇宙論。銀河・銀河団の構造と進化および宇宙構造パラメータに関する観測的研究をしている。主に可視光と近赤外線の観測に基づいて、宇宙初期の銀河・銀河団とそれらが織りなす大規模構造を探査し、どのようにしてそれらが現在の姿に進化してきたかを描き出す。誕生時にすでに銀河に付与された性質と、進化の過程で環境によって変成された性質の違いを明らかにする。ハッブル定数など宇宙論パラメータの研究も行う。観測手段としての多様なモザイクCCDカメラと天体画像処理システムの開発も行ってきた。ハワイ島にあるすばる望遠鏡の主焦点広視野カメラSuprime-Camの開発責任者。

主な著書に、『天文学辞典』(編著、日本評論社)、『宇宙のアルバム』(共著、福音館書店)、『木曽シュミットアトラス』(編著、丸善)、『銀河系と銀河宇宙』(東京大学出版会)、『オックスフォード天文学辞典』(監訳、朝倉書店)、『人類の住む宇宙(シリーズ現代の天文学Ⅰ)』(編著、日本評論社)、『見えない宇宙を観る』(訳書、丸善)、『宇宙はどこまで分かったか』(編著、数ゼミ別冊、日本評論社)、『宇宙観5000年史 人類は宇宙をどうみてきたか』(共著、東大出版会)など。他に論文多数。

高梨 直紘 先生

東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム 特任准教授
東京大学理学部天文学科卒業、同大学院理学系研究科天文学専攻修了。理学博士。

国立天文台 広報普及員、研究員(ハワイ観測所)、東京大学 生産技術研究所特任助教(東大EMP担当)を経て、2014年より現職。東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム室の運営を担当している。

主な研究テーマは「知の構造化と統合化」。天文学を基礎に、知の構造化・統合化の実践的研究に取り組んでいる。特に、専門分野の知をどのような方法論で構造化し、それをどのような手段で社会に編み込んでいくか、という点を中心に研究を行っている。

主な著作物は、「一家に1枚宇宙図2007/2013」、「太陽系図」など。

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<<岡村先生&高梨先生の解説>>

1. 「宇宙の色は」
皆さん、夜空の星の色は同じでないことに気がついていますか?
星の色はその星の表面の温度で決まります。例えば青白いシリウス
おおいぬ座)は約1万度、赤いアンタレス(さそり座)は約3500度
です。この星の表面の温度を決めるのは星の質量で、重い星ほど
高温で青白く、軽い星ほど赤く輝きます。最近あまり見かけませんが、
電気コンロのニクロム線が温度が低いときは赤く、温度が上がる
に連れて、黄色から白色に変わる様子と対応しているのです
ニクロム線も星も、理論上「黒体放射」と言われる放射に似た
放射を出しているので、この例えは悪くありません)。

さて、夜空に見える星々はすべて銀河系という巨大な星の集団に属して
います。銀河系には太陽と同じように自ら輝く星が1000億から2000億個
もあります。この中には青白い星も、黄色の星も、オレンジの星も、
赤い星も混じり合っています。従って、銀河系を外から見たとしたら、
その色は、星々の色が混じり合って見えます。

銀河系は、太陽が所属する星の集団ですが、宇宙にはこのような
集団(銀河)が1000億個もあると考えられています。それぞれの
銀河の中には1000-2000億個の星があり、その星の種類(混じり合い
かた)は銀河によって少し違うので、銀河の色も皆同じではありません。
(銀河の中には100億個以下の星しか含まない小規模のものもあります)

「宇宙の色」とは、このようなさまざまな銀河の色を混ぜ合わせた
平均の色を指すのです。さまざまな色をしたほとんど無数ともいえる
星々が、銀河という集団を作ってさまざまな色の光を出していて、
その多数の銀河の色を平均したのが宇宙の色なのです。

宇宙の色は現在はベージュに近い色と言われていますが、昔の
宇宙はもっと青っぽかったと言われています。それは銀河の中に
ある星の種類が現在とは異なっていたためです。
このような研究結果を報告したニュースが以下にあります。

http://www.eso.org/public/switzerland-fr/news/eso0339/
http://www.eso.org/public/switzerland-fr/images/eso0339a/

2.「光より速い」
物体の速度とは、物体が移動した距離を時間で割った値を指します。
このときには、物体が移動する空間があって、そこには座標系が設定
できる、すなわち、物体が移動した距離を原理的には物差しで測る
ことができると(暗黙のうちに)仮定されています。日常では空間が
膨張する影響など考える必要がないので、移動距離は明確に定義でき
ます。このような意味での物体の取り得る最高速度は(真空中での)
光速度です。光(光子)は質量がありませんが一応実態のある物質
と考えて下さい。光子以外の物質においては、上述の移動速度は、
決して光速度を超えることはありません。

宇宙膨張の速度は上記とはそもそも前提条件が違います。
宇宙の膨張速度とよく言われますが、厳密にはそのような量は存在し
ません。どこからどこまで何が移動したかが定義されないからです。
「宇宙の膨張速度」という時には、宇宙の中にある二つの点(二つの
天体)の間の距離が伸びる様子を速度に例えていいます。そして、
その「速度」は二点間の距離によって異なります。例えば、326万光年
の距離にある二点の一方からもう一方を見ると、それは約70 km/sの
速度で遠ざかっているように見えます。これが652万光年の距離だった
ら、遠ざかる速度は2倍の140 km/sとなります。「宇宙の膨張速度」
という概念が定義できないことはわかりましたでしょうか?
正確には、上記の326万光年当たり70 km/sという数値(ハッブル定数
という宇宙論の基本パラメータで、理論ではなく観測から決まるもの
です)は宇宙の膨張速度ではなく、「宇宙の膨張率」を表しています。
膨張率とは単位時間の間に何倍の大きさになるかという数値です。

さて、宇宙は広大なので、ずっとずっと遠い距離にある天体を見れば
どんどん大きな速度(後退速度)で遠ざかっているように見えます。
当然ある距離で後退速度は光速度になり、それより遠方になると光速度
を超えます。しかし、だからといって、空間内を物質が光速度を超えて
移動しているわけではありません。空間の膨張によって、二点間の距離
があたかも光速度を超える速度でのびている「ように見える」だけなの
です。それは、「なにものも光速度を超える速度で空間を移動できない」
とする相対性理論とは矛盾しないのです。

3.「一番星(ファースト スター)」
宇宙で最初に生まれた星、ファーストスター。それは私たちが知っている
太陽など現在見られる星とどのように違うのでしょうか?当時宇宙にあった
元素は水素とヘリウムだけでした。ほんの少しだけ、リチウムとベリリウ
ムなど軽い元素がありましたが、問題にならないくらい少量でした。
宇宙初期に水素とヘリウムだけからなるガスから、どんな星がどのように
できるのか、それは現在銀河の中で星ができる状況とはとても違って
います。この研究が進んできたのは大規模なコンピュータシミュレー
ションが可能になったここ10年くらいです。

宇宙を満たす物質(ダークマターとガス)の中に何らかの原因で密度の
ゆらぎ(濃淡)が生じると、密度の濃いところは万有引力で周辺から物
質を引き寄せ、より密度が高まてゆきます。最初に重要な役割を果たす
のはダークマターです。ダークマターが集まって太陽の100万倍くらい
の塊をつくるとその中でファーストスター誕生へのプロセスが始まりま
す。塊の中に水素とヘリウムのガスは、ダークマターの5分の1程度含ま
れています。温度は1000度程度ですので、化学反応によりファーストス
ターの元になる分子ガス雲ができます。これが冷えて密度が高まり十分
な重さになると、自分の圧力で自分を支えられなくなり、重力崩壊によ
って星ができるのです。

東京大学吉田直紀さん達は、ファーストスターのできた当時の宇宙を
コンピュータの中に忠実に再現し、そこで起きる上述の物理過程を記述
する方程式全てを解くことで、ガスからファーストスターができるまで
を再現して見せたのです。まさに宇宙の一番星を理論的に「見つけた」
のです。それによると、ファーストスターが誕生したのは、ビッグバン
から約3億年後です。最初は太陽の100分の1くらいの小さな星として生ま
れるが、周囲からどんどんガスが降り積もって、最終的には太陽の40倍
くらいまで大きくなり、高温の青い光を放ちます。

ファーストスターといっても文字通り最初の 1個を指すわけではありま
せん。水素とヘリウムだけしかなかった時代に誕生し、宇宙を光で満ち
た世界に導いて、宇宙の暗黒時代に幕を下ろした第一世代の星々のこと
を指します(天文学では「種族IIIの天体」と分類します)。これらの
星々は、1000万年以下の短い寿命を終えて次々と超新星爆発を起こし、
私たちの体や地球のもとになっている炭素、窒素、酸素、鉄などの重元
素を宇宙で初めて作り出したのです。

吉田さん達のシミュレーションでできたファーストスターはまだ観測で
は見つかっていません。当時の宇宙を直接観ることができるNASAJWST
望遠鏡(2018年打ち上げ予定)に期待がかかっています。一方で、過去
の宇宙を見なくても、銀河系のどこかにもファーストスターの名残(重
元素が極めて少ない星)が見つかるかも知れません。
最近のニュースですが、Planck衛星の観測から、ファーストスターの誕
生、すなわち宇宙の暗黒時代終了は従来の予想より少し遅く、ビッグバ
ンの約5.5億年後だと見積もられました。
http://astronomynow.com/2015/02/06/planck-reveals-first-stars-were-born-later/

4.「地球外生命」
【質問】
最近、土星の惑星の中に生物が存在する可能性がある星があるというニュースがありました。宇宙の生物を地球に持ち帰った場合、地球上に地球に存在しなかった生物が存在してしまうことになります。その場合、例えば地球上の生物(人間など)を死滅させてしまうリスクは無いのでしょうか?エイリアンのような事にならないのか心配です。
宜しくお願いします。
【回答】(岡村定矩教授)
エンケラドスの話しですね。これは難しい(考える側面がたくさんある)問題です。
「生物が存在する可能性がある」のかどうか、どれくらいあるのかが実際上は最大の問題ですが、この方の質問は、そこにポイントがあるのではないと思われます。
(1)地球上にこれまで全く存在しなかった生物か、存在したことがあったが今はいない生物か?地上の生物と同じような有機物からなる生物か?
(2)死滅させるリスクはあるかないかがポイントかなと思います。(2)については、「ないことを証明するのは、あることを証明するより遥かに難しい」ことを念頭におかないといけません。
今回は、まず高梨君が回答案を作ってみませんか?

(高梨直紘、東大EMP特任准教授)
ご指名がありましたので、私から回答させていただきます。この質問は、SF作品では昔からよく出てきた、人類にとっては関心深いテーマのひとつですね。
天文学者よりは、生態学者や生物学者に聞くのが適切かと思いますが、私の考えは以下の通りです。
先に結論を言えば、リスクがないとは言い切れないですが、それは「杞憂」の故事と同じようなレベルの話だと思います。
今回のエンケラドゥスの件については、地球の深海底にある熱水噴出口のような環境がエンケラドゥスにもあるらしいことが示唆されましたが、そこに生物がいるとすれば、その環境に適合するように進化した生物であるかと思います。
その生物を地球に持ち帰ったところで、深海底とは異なる環境下では、先にいる生物を駆逐する勢いで繁殖することは不可能なのではないかと思います。
それは、地球の深海底の生き物を地上に連れてきても、特になにもおこらないおこならい(おきていない)のと同程度のリスクだと見なしてもいいと思います。
エンケラドゥスではなくより一般化した状況を考えると、私たちが住む地球の表面と同様の環境で見つけた生き物を地球に連れ帰った時には、地球上で繁殖するリスクはより高い確率であるかと思います。
しかし、それが人間などに悪影響をもたらすような場合は、裏を返せば、地球上の生命と共通する仕組みを持つという事にもなるかと思いますので、現代の科学知識のレベルがあれば、封じ込める手段を考える事ができると思われます。
したがって、あったとしてもエボラウイルスのようなリスクの程度ではないかと思い
ます。
科学の理解を超えたなにかが…ということも想像する事はできますが、そのリスクはそもそも考えようがないので、冒頭の「杞憂」のような状況になるのかと思います。
(岡村定矩教授)
地上と全く別の環境で発生進化した生物が、地上の環境でどのような振る舞いをするか(出来るか)は、生物学者でないとよくわかりませんね(生物学者でもわからないかも)。

(高梨直紘、東大EMP特任准教授)
「地上と全く別の環境」が、私たちの理解を超えるのか、それともある程度、科学的思考の下に想像がつくのか、それによって答えが変わってきそうですね。
このあたりはいろいろな分野の研究者に意見を聞いたら、なにかが見えてきそうで面白そうだな、と思いました。

5.「宇宙の距離はしご」
宇宙の距離尺度(天体の距離決定)の話しは天文学の最重要課題の一つで、大学で1学期の講義でも足りないくらいです。そこで少し長いですが以下の説明を書きました。

宇宙では、天体までの距離に応じてさまざまな距離の測り方があります。定規では手の大きさを測れても、隣町までの距離を測ったり、バクテリアのサイズを測るのが無理であるのと同じように、天体までの距離のスケールに応じた測り方があるのです。小さな距離の測り方から順々に距離の測り方をつないでいって、最終的に大きな距離までを測るという手法で、「宇宙の距離はしご(Cosmological Distance Ladder)」と呼ばれています。
大事なのは、より大きな距離を測るための物差しのチューニングは、ひとつ手前のスケールの距離の測定結果を使うという点です。

宇宙の距離はしごで使われる手法を大別すると、地上の三角測量と同じ「通常の測距法」と天文学特有の「標準光源法」という二つがあり、前者は近距離の天体に適用され、後者はより遠方の天体に適用されます。標準光源法というのは、真の明るさがわかっている天体(標準光源と呼びます)の見かけの明るさを観測して、明るさは距離の2乗に逆比例する(距離が2倍, 3倍, ...となると明るさは 1/4, 1/9, ...になる)ことを利用して距離を測定する方法です。100Wの電球がどれくらいの明るさに見えるかで電球までの距離を測るのと同じです。真の明るさがどれくらい精度良くわかっているかによって標準光源の質(と得られる距離精度)が決まります。また、当然の事ですが、真の明るさが明るい標準光源ほど遠くまで距離が測れます。

宇宙の距離はしごの詳細は、観測技術の進歩により少しずつ変わってきています。しかし、距離はしごという言葉が出てきた1970年代の話(添付の図)の方がイメージが伝わりやすいので、まずそれを述べます。当時は最も精度が高い標準光源を1次距離指標、少し質の落ちるものを2次距離指標と呼んでいました。一般に、精度が高いものは近くまでしか届かず、遠くまで届くものは精度が低いという状況がありました。添付図にあるように、宇宙の距離はしごは5つのステップからなっていました。

第1ステップは近傍の星の距離測定の基礎となる太陽-地球間の距離(1天文単位)の測定です。この距離は星の年周視差(三角測量)の基線長となるものです。この決定は、ケプラーの第三法則と、惑星探査機を用いた電波計測、惑星のレーダー反射などでとても精度良く求められています。有効数字10桁です(1.495978707x10^{11} m)。

第2ステップは、多数の近距離の星の距離を年周視差で測定し、見かけの明るさから真の明るさ(絶対等級)を求めて、いわゆるH-R図を作るものです。縦軸に絶対等級、横軸にスペクトル型(色指数で代用することが多い。この場合は色ー等級図という)をとったH-R図ができればそこに主系列というくっきりとした星の系列ができます。

第3ステップは、セファイドという最も重要な1次距離指標の真の明るさ(絶対等級)を決めるものです。セファイドは脈動変光星で、変光の周期と絶対等級の間に精密な関係(周期ー光度関係)があり、変光周期を測定すれば絶対等級がわかるのです。セファイドは明るい星なので、銀河系の中だけでなく、近傍の銀河に中にあるものも観測できます。アメリカの女性天文学者のリービットが、小マゼラン雲(近傍銀河)の写真を調べて周期ー光度関係を発見した話は有名です。周期ー光度関係に絶対等級の目盛り付けをしてはじめてセファイドを用いて距離測定ができるようになります。ところが、銀河系の中の最も近距離のセファイドでさえ、当時は年周視差が測れない距離にありました。そこで、セファイドが所属する星団までの距離を、H-R図を用いて「主系列フィット法」という方法で決める必要があったのです。そのために第2ステップが必要だったのです。

第4ステップは、絶対等級で目盛り付けされた周期ー光度関係を用いて、近傍銀河の中にあるセファイドを観測してその銀河までの距離を決めるステップです。当時は、約1千万光年以内にある数個の銀河にしか適用できませんでした。しかしそれら数個の銀河が、その先にある銀河の距離を決めるための重要な役割を果たしました。

第5ステップで、ようやく遠方の銀河の距離を決定する段階が来るのです。ここではさまざまな2次距離指標が研究されました。また、銀河の回転速度と絶対等級の間に良い相関関係がある事がわかり、回転速度を測れば絶対等級がわかることから銀河そのものを標準光源とする手法も開拓されました。このような銀河の性質(測定量)に見られる距離徹底に有用な関係は距離指標関係と呼ばれ、さまざまな研究がなされました。このステップは10億光年程度まで届きました。

これで宇宙の距離はしごは終わりです。しかしこれでは宇宙の果てまでは届いていません。そこであえて第6ステップを加えますが、これは距離を直接測っていないので、これまでのステップとは性格が異なります。

第6ステップでは、宇宙膨張に関するハッブルの法則を使って銀河の距離を推定します。ハッブルの法則は、「遠い銀河ほど我々から速い速度で遠ざかるように見える」というもので、遠ざかる速度をV (km/s)として、距離をR (Mpc=10^6 パーセク、1パーセクは3.26光年)として、V = H_0 x R という比例式で書かれます。比例定数 H_0はハッブル定数と呼ばれるもので、上記のステップ1-5までの方法 で距離が測られた銀河のデータから決められます。約10億光年より遠い銀河は、スペクトル観測から得られるVを測定して、距離をこの式から計算で求めているのです。

以上が(古典的な)宇宙の距離はしごの解説ですが、近年の技術進歩について少しだけ触れておきます。

(1) 「通常の測距法」の適用限界は、天体の精密位置測定専用のヒッパルコス衛星(1989-93年)により大きく広がりました。ヒッパルコス衛星の後継機ガイア衛星(2013年12月打ち上げ)のデータが出て来ればさらに大きく広がるはずです。このため、銀河系のなかの近距離のセファイドの距離は年周視差で決められるようになり、ステップ2と3が統合されました。

(2) ハッブル宇宙望遠鏡によって、セファイドの観測限界が従来の5倍以上拡大されたので、セファイドの周期ー光度関係の目盛り付けの精度があがり、全体として銀河の距離決定精度が大きく向上しました。セファイドで距離が決められた銀河は約30個にも達しています。ハッブル定数の決定精度も大きく向上しました。

(3) Ia型超新星はそれを含む銀河全体の明るさに匹敵するほど明るく、また、その真の明るさが精度良く決められる良い標準光源です。しかし、一つの銀河では100年に1回くらいしか起きない現象なので、個々の銀河の距離決定には使われていませんでした。しかし、近年遠方の多数の銀河を一挙に観測してIa型超新星を多数見つけることができるようになり、数十億光年という遠方銀河の距離決定に使われるようになりました。この結果、宇宙膨張が加速していることがわかり、その原因となる正体不明のものが「ダークエネルギー」と呼ばれるようになりました。

(4) どんどん遠方の銀河が見つかってきたので、第6ステップで近似的な比例式を使うのでは具合が悪くなり、宇宙モデルを作って厳密な計算をしなければならなくなりました。現在の標準的な宇宙モデルは2015年のプランク衛星チームの結果で、ダークエネルギー68.5%、ダークマター26.6%、普通の物質4.9%からなるもので、ハッブル定数が67 (km/s/Mpc)です。この宇宙モデルの基礎として 採用されている数値(宇宙論パラメータという)が違うと、同じ天体の距離が少し異なって計算されます。報道などで数値が食い違っているのはおもにこれが原因です。

それぞれの手法についての説明はここでは省きますが、関心があれば「距離のはしご」をキーワードに検索をかけてみると、いろいろな解説を読むことができるでしょう。ただし、ここで述べたような歴史を踏まえていないと混乱する記述に出くわすかも知れません。

(古典的「宇宙の距離はしご」の図)