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スリランカ好き小僧、インド・デリー&グルガオンに行く。 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2013-05-06

はてな ブログへ移行しました。

このたび、はてなブログへ移行しました。
過去の記事も今まで通り下記のブログから閲覧可能です。
よろしくお願いいたします。
http://seiji0731.hatenablog.com/

2012-09-06

勝海舟の「どうして武士道が廃れるのか」の理由に納得。

 友人の家の本棚にあった「勝海舟全集」を借りて読みました。

勝海舟全集〈14〉 (1970年)

勝海舟全集〈14〉 (1970年)

 勝海舟が晩年に後述した話が口語で書かれていて読みやすいです。
今まで幕末小説はいろいろ読んだけど、歴史資料としての原文を読んだのは初めてだったので新鮮。数あまたある歴史漫画勝海舟はここから描かれていることがよくわかります。

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子どもの頃、日本橋でお使いをたのまれたお餅を地面に全部落としてしまった話
子どもの頃、野犬に股間を噛まれ、金玉が一つない話
・どん底に貧乏だったときに、人の紹介で書物の費用として大金を援助された話
・人切り以蔵に命を守ってもらった話
西郷隆盛との品川での江戸城開城の話
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 いろんな人物の批評がちゃきちゃき江戸っ子言葉で書かれていて、面白いというか痛快。
何十人も人物批評(西郷隆盛とか、井上馨とか、伊藤博文とか)がされているのに、坂本竜馬について記載がなかったことに驚き。その中でも、西郷どんへの評価がダントツで高いです。やっぱり、人望という点では幕末時代の中でも飛びぬけていたんでしょうね。


ちなみに坂本竜馬勝海舟の死後、大正時代以降にスポットを浴び、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」で脚光を浴びて、一躍幕末界のトップスターとされ現在に至っています。「竜馬がゆく」の中でも、明治時代坂本竜馬を知る人は皆無だったと記述があります。

竜馬がゆく (新装版) 文庫 全8巻 完結セット (文春文庫)

竜馬がゆく (新装版) 文庫 全8巻 完結セット (文春文庫)

歴史って本当に芸術作品と同じで、良き擁護者に出会うなんでしょうね。勝海舟坂本竜馬への記述がどこかにないか・・・日本に帰ったら読みたいです。


この本の中で一番気になったのが勝海舟が考える「どうして武士道が廃れるのか」という問いへの答えについてでした。下記、引用。

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 武士気的気風は、日をおうてくずれてくる。これはもとより困ったことに相違ないが、しかしおれはいまさらのようには驚かない。それは封建制度が破れれば、こうなるということは、ちゃんと前からわかっていたのだ。
 
 今でも俺が非常な大金持ちであったら、四、五年のうちにはきっとこの風をばん回してみせる。それはほかでもない。全体、封建時代の武士というものは、田を耕すこともいらねば、物を売買することもいらず、そんなことは百姓や町人にさせておいて、自分らはお上から禄を貰って、朝から晩まで遊んでいても決して食うことに困るなどという心配はないのだ。それゆえにいやでもおうでもぜひに書物でも読んで、忠義とか廉恥とか騒がなければしかたがなかったのだ。
それだから封建制度が破れて、武士の常禄というものがなくなれば、従って武士気質もだんだん衰えるのは当たり前ということさ。その証拠には、今もし彼らに金をくれてやって、昔のごとく気楽なことばかり言われるようにしてやりさえすれば、きっと武士道もばん回することができるに相異ない。
勝海舟全集14 氷川清話P192−193」

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勝海舟的の言葉をもっと砕くと「武士道ができたのは、田畑を耕す必要もないし、時間が有り余ってるから」だそうです。実質的な理由で妙に納得というか、これが本質なんだろうなと感じました。

幕末小説はわりと読むタイプですが、凝り固まった空想の「武士道」を振り回す人に、違和感を感じることがあるので納得。
 
 幕末の歴史人物の中では個人的には、勝海舟が一番好きです。坂本竜馬よりも、勝海舟
上記の長いメモをとっていても、ざっくばらんな話言葉でタイプがし易かった
(150年前に生きた人の言葉とは思えない)

 本質を見抜き、自分の言葉で語れる人。
しかも江戸幕府の体制の人間でありながら、倒幕の流れを読みつつ、終着地点「江戸城無血開城」を導いたところが本当にすごい。坂本竜馬を引っ張りあげたのも、勝海舟
維新後、平民に下がった旧武士をどうやって食べさせるかに奔走し、旧武士からは悪口をたたかれ、明治新政府にも登場しようとしなかった人。


武士道ができた理由について書きたかったのに、勝海舟ファンである説明のほうが長くなってしまいました。

2012-09-05

世代。僕らの子どもたちを。

大岡昇平の「俘虜記」を読み、気になった部分がありました。

俘虜記 (新潮文庫)

俘虜記 (新潮文庫)

 この小説は、太平洋戦争中にフィリピンミンダナオ島での兵士、また捕虜期間を記した著者の私小説です。
兵士としての自己の変化、軍隊組織中の人間の生しい息遣いは、他の戦争小説と一線を画す部分があります。

あわせて「野火」もぜひ。ゆっくり読む本。戦争地における人肉粗食。人は極限のときに何をするのか。

野火(のび) (新潮文庫)

野火(のび) (新潮文庫)



前にもFacebook で書いたのですが、「俘虜記」の中で一番気になったのは「世代」についてでした。
明治末期生まれの著者は、自分の上の世代と自分の世代の違いについて語っている文章です。


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私の世代は映画館へ行くのが都会の習慣となったおそらく初めての世代であるが、7歳年長の人々と我々と分かつ軽佻浮薄(けいちょうふはく)の風は、一部はたしかにこういう映像の受動的鑑賞による精神の怠惰からくるものと思われる。

 我々の観念はアメリカ映画的でなくとも、感情と行為はいつかアメリカ的となっている。(中略)そうしてこうして我々の感情と行為に影響した映像の氾濫は、結局我々の思考まで彩らずにはおかなかったであろう。映画濫観の習慣を持たない我々の前の世代の人士が、あれほど重厚であるのは、彼らの思考が余計な映像に煩わされないからである。
 P279[俘虜記]
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大岡昇平1909年明治42年生まれで、終戦時36歳。
7歳年上の人だったら、1902年の明治35年生まれ。終戦時43歳。

 大岡昇平自身は明治末期の生まれで青年期を、平和で欧米文化に親しんだ大正時代に生きています。
彼曰く、大正時代に生きた人と、明治を生きた人とでは内面や立ち振る舞いを含めた外目も何か違いがあるとのこと。
その理由のひとつが、ラジオや映画を若い頃に観て吸収した初めての世代。
なんだかSNSインターネットの影響を受けたか僕らの世代に近いのかなと感じました。


残念ながら明治時代生まれの人にお会いした事が少なく、明治という具体例の出会いが自分の中にない。

今も元気な父方の祖母は、今年90歳を向かえる。それでも1922年の大正12年生まれ。
終戦時は23歳。(まさか祖母が23歳で今の自分より若いとは・・)
昨年亡くなった母方の祖母は、1917年生まれで大正7年生まれ。終戦時には28歳。


 父方の祖母は何度か「あの人はほんま頑固やったわ。まあ、明治生まれの人はみんなあんな感じやったけな」
と話してくれたことがあります。


それ以来、「明治=頑固な人が多い」というイメージがあって、どうも上の文章がひっかかってきました。
昔の人が偉いとか、思考的に独立しているとか、武士道の心得があるとか、若いやつはだめだとか、年代論争は好きじゃないです。

 大岡昇平の「戦中世代」にとっては、今の「団塊の世代」は軟弱だと感じただろうし、団塊世代にとってみれば、「団塊ジュニアバブル世代」はまあ、それはそれは恵まれていると思ったはず。1980年代中盤生まれの僕らは「86世代」(86年生まれだからどんぴしゃ。何で数字なの?お願いだから言葉にして・・とつっこみたいが)とかいわれます。


以下、よく言われる例と自分の個人的コメント。ちょっと強気。

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・酒を飲まない→飲み会で一気飲みをさせるような事はかっこ悪いと思っている。僕は酒は好きだし、お酒の席だからこそ話せることがあるとの思える。でも、意図的につぶれるさせるまで飲むませる、飲む事に意味があると思えない。


・車を買わない→必要ないから買わないだけでしょう。すでに車を持っていることだけが、ステータスの時代は終わっている。購買意欲を、世代の問題のようにされるのはこまる。


タバコをすわない→健康に悪いし、1箱400円?とかお金の無駄と感じるのは当然かと。


・メールやネットの狭い世界で生きている→昔はメールがなかったんだから、比べる対象がない。20年前の人はポケベルでがんばっていたはず。


・海外に出たがらない→僕は海外で働いているけど、殊更海外に絶対でる必要性はないとさえ思う。自分はあくまでも例外。やりたい目的があるからだけ。
 海外にでることもいいけど、それ以上に地元で安定して、結婚して子どもを育てる生き方を選んでいる人を尊敬したいです。

・就職も安定志向→これだけ非正規雇用の構造を生み出したのは誰ですか?製造業を中心に収益改善のため、人件費を究極的に削っていったツケです。その構造を作ったのは、2000年初期の企業経営者の方々と政治家です。そのころ僕らは果敢な中学生から高校生です。どう生きるかを少しずつ考え時期です。当時は年末になると飛び込み自殺をする人が本当に多かった。そういう時代を僕らはしっかり見ています。

終身雇用が約束され、定時に帰れる仕事として公務員公務員でも激務の中ガンバる方も知っています)等が喜ばれるのは必然だと思います。

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愚痴っぽくなっているので軌道修正。


僕ら「86世代」が考えないといけないのは、自分たちのこれから。
自分たちの子どもの世代へどう繋いでいくのかということ。

2010年代から2030年代までの僕らの時代とするなら、
それ以降の2000年代中盤を担うのは僕らの子ども世代。


 例えば2030年代に僕らの子ども世代(まだ結婚もしていない自分がいうのも問題ですが)深刻な社会問題を引き起こし、取り返しのつかない問題が続くのであれば、こらは子どもたちの問題以上に僕らの「世代」の責任です。


今を飛び越えて未来をよりよく導く魔法はないけれど、僕たち自身が世の中の問題に関心を持ち、関わり方に多様性を持たせ、情報を共有させ、いろんな方向から問題へ取り組んでいくしかないのかと感じる。国だけ、企業だけ、市民組織だけ、では到底太刀打ちできません。

僕らにできることは、幸運なことに昔よりもよっぽど間口が増えている。いろんな社会の現実を、SNSやネットを使いながら、収集しながら、行動への足がかりを作れます。


インドにいるからこそ日本人としてできること。
地元にいるからこそできること。
大阪東京に出ているからこそできること。


その場所ごとで、自分の関心をきちっち把握して、世の中へ仕事や趣味を交差させる生き方。

Facebook の友人たちのかわいい子ども写真をみながら、そんなことを考えました。


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引用にはないけど、司馬遼太郎の「21世紀を生きる君たちへ」が頭に浮かんできました。

2012-09-03 ZARDを聴きながら

ZARDの曲を聴きながら作業。

坂井泉水という人の声にいまさらながら惚れ惚れ。

小学校3年生くらいで初めて買ったCDがZARDのアルバムだった。当時ZARDなんて知らないはずなのに、兄貴に確かCDを買うならこれだとほぼ命令され、祖母からの誕生日プレゼントのひとつで買ってもらったと思う。初めて聴いたときは、よく分からなかった感覚が残っている。そのCDを喜び、母親がほぼ1年間家でかけ続けていたので曲のリズムはしっかり記憶にある。

TODAY IS ANOTHER DAY

TODAY IS ANOTHER DAY

同時に買ったCDはドラゴンボールGTの主題歌だった「dandan心魅かれてく」。
確かに名曲(笑)

DAN DAN 心魅かれてく

DAN DAN 心魅かれてく

この曲の作詞は実は坂井泉水ということ。当時はそんなこと知りもしなかった偶然。

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坂井さんがこんなに早く亡くなられるとは誰も予想していなかったはず。
特にマスコミに登場しない人で有名だったけど、生きている間に1度ライブに行ってみたかった。
こんなに早く亡くなってしまうと分かっているのなら。「亡くなるとわかっているなら・・・」とは便利ないいわけだ。

生きていることが当たり前だと安心しきっているけど、何があるかわからない。
知りたいこと、聴きたい音楽、行ってみたい旅、会いたい人。

矢沢英吉とか、小田和正とか一度生のライブで聴いてみたい。
ゆずMr. Children も生で聴いてみたい。
すでに行った事があるけどもう一度、BUMP OF CHICKEN のライブにも行きたい。

2012-06-15

MY LIFE IS MY MESSAGE

少し前、知り合いの大学の先輩の方が亡くなりました。
20代後半の早過ぎる死でした。

知らせを聞いたときは、絶句でした。

こんなことを今ブログに書いていいのか、数日考えました。
深く親交があったわけでもないし、この文章を誰かが読んで不謹慎だと思うんじゃないか、とか。

でも書きたいと思いました。
その先輩なら「藤原君、伝えたいと思うなら書きなさい!」
と後押ししてくれる気がしました。



私は大学時代、国際協力の分野に関わっていました。
結構まじめに、この分野のことを考えたし、自分が必要と思えることを仲間と一緒にイベントをしたりしました。

よく動いた大学生活でした。

でも、大学1年の時には、本当に本当に何をしていいのかわかりませんでした。「国際協力、海外、援助、貧困」やらの大きなものがガツンと上の方にあって、何をしていいのか全くわからなかったのです。

うちの大学は海外志向のある学生が少なく、比較的穏やかに学生生活をすごす人の多い大学でした。

そんな時、その方は大学4年生でうちの大学の中では、国際協力の活動に飛びぬけて関わっている方でした。
関西圏フェアトレード学生団体のネットワーク組織の代表もしていたり、100人規模のイベントを成功させたりと、とにかくかっこよくて「同じ大学の人がこんなことをしでかすのか!」と衝撃を受けたことを今でも思い出します。

その後数年間、学部の勉強そっちのけで、NGO系の活動にのめりこむ自分になれたのは、この先輩のイメージが強烈にあったからだと思えます。


大学を卒業し、数年お会いしていなくて、記憶からどんどん抜けていくはずなのにその人は、頭のどこかの場所にいる人でした。

最後に少し話をした時に「インドで就職するんだって!」と
言われた記憶が少し残っています。


行動する人でした。
許せないことへの正直な思いからつきあげる力のある人でした。
19歳の自分に確実に影響を与えた人でした。

たぶん、何年たってもその人のことは忘れないはずです。
あの人に出会えてよかった。


マハトマ・ガンジー

MY LIFE IS MY MESSAGE

という言葉があります。デリーのガンジーが銃殺される直前まで住んでいた部屋にこの言葉のボードが埋め込まれています。

彼はたくさんの、名言を残していますが私にとって一番響くのものは、この言葉です。


生きて何かを成すこと自体、自分から誰かへ、世の中へのメッセージ
なんだと思います。


何もしなければ、逆に言えば長生きしても生きているとはいえないのじゃないか。

亡くなられた先輩は、MY LIFE IS MY MESSAGE が一番当てはまる方でした。自分の思い、不満、なぜそうなのか、という疑問を言葉に、行動にできる方でした。

ガンジーは、南アフリカ有色人種だからという理由で一等列車から、白人車掌につまみ出された苦い経験から独立運動へのめりこみます。

先輩の生き様もガンジーのような経験からつむぎだされているのかな・・とふと思いました。


MY LIFE IS MY MESSAGE
この言葉を胸に、インドの地で考えます。

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