Hatena::ブログ(Diary)

雑記帳

2009-11-25

外国人の参政権に関して・その2

外国人参政権でひとこと - はてなハイク

http://h.hatena.ne.jp/keyword/%E5%A4%96%E5%9B%BD%E4%BA%BA%E5%8F%82%E6%94%BF%E6%A8%A9

コメント欄を承認制にしてみた。 - dj19の日記

http://d.hatena.ne.jp/dj19/20091125/p1

色々とカオスになっていましたが、法律の判例・通説やメリット・デメリットやPROS・CONSの議論などは、賛成・反対を問わずに議論のための共通の前提や土俵になるんじゃないか?と思って、少し書いてみます。

多分、一般的な見解だと思われるものを中心に説明していきますが、異論とか質問とかありましたら、書き込みをして下さい。

人権問題を考える場合の順序

(1)人権は、日本人・外国人問わずに保障されている。外国人についても、権利の性質上適用可能な人権規定はすべて及ぶものと考えられていて(マクリーン事件の判例、自由権規約2条1項、社会権規約2条2項)、現在は人権規定の種類と外国人の類型に応じた個別具体的な争点になっている。

(2) ある政策を反映して作成された法律が人権問題となるかは、当該法律によって制約されている行為が憲法の規定によって保障されているかどうかによる(保護範囲)。それに対して、「誰が」憲法によって保障されている権利を享有するかということは別個の問題になる(享有主体)。外国人の人権享有主体性については、日本国民に固有の人権(参政権・公務就任権)以外は、外国人も人権享有主体となる。

(3)一般的に言えば、自由権の制限は憲法問題になりやすく社会権の制限は立法政策上の問題になりがち。但し、社会権についても、現在は内外国人平等原則が採用されている関係(社会権規約2条2項)で、外国人との理由で排除することは、(その根本的な理由はともかく)技術的には許されていないといえる。

外国人に保障されない権利の御三家は、「参政権」「公務就任権」「入国の自由」になるが、「入国の自由」の場合は、「滞在」を上陸の延長と見て権利を認めない見解、上陸まで含めて権利を認める見解、上陸と滞在を分け、(滞在中の人権保障のために)滞在が一部権利として認識される見解があり、当事者の生活上の利益にも深く関わってくるので、人権問題としても捉えられる。

これに対し、参政権は一般的には、外国人に保証された権利とはいえない。そのため、参政権は人権問題というよりは政策論の問題になってくるが、日本には在日コリアンという特殊なカテゴリーの外国人が存在し、国籍取得において出生地主義的要素が極端に制限されている法制度が採用されている事もあり、これを単なる政策議論に任せておいてよいのかは検討が必要になり、人権問題として扱う事も可能になる。

と、ここまで細かく分けて、ようやく外国人への参政権付与が「人権問題」と認識される(特殊な)ケースについての言及になります。当たり前ですが、外国人への参政権付与は「自明」ではありません。認められるのは地方参政権の選挙権のみというのが一般的で(被選挙権は違憲の可能性が出てきます)、鳩山総理みたいに国政参政権も与えてもいいのではないか?(http://www.hatoyama.gr.jp/speech/ot02_2.html)という見解は、現段階では明確に違憲です(そういう学説もありますが、少数説です)。

外国人参政権を巡る状況

上記のような事を踏まえて、「外国人参政権」が話題になってきます。

(1)外国人参政権を巡る学説の状況

外国人参政権を巡る学説の状況を分類すると、以下のようになります。

〃法上、付与が禁止されている(禁止説)

憲法上、付与が要請されている(要請説)

7法上、付与は要請されていないが、付与しても違憲ではない(許容説)

判例・通説はの許容説を採用しています。細かくは、国政参政権は「国民主権」の原理から禁止説を、地方参政権は「地方自治」の観点から、選挙権は許容説を、被選挙権は(明示していませんが)論理的に考えると禁止説といった感じで解釈するのが一般的ではないかと思います。

この後は個人的な見解になりますが、許容説に立った上で、政策論として「外国人参政権を付与すべきだ」といった場合は、その事によるメリットやデメリット、PROS・CONSを語って議論をする必要があり、禁止説(外国人の地方参政権の違憲論)に立った場合は、「国政と地方の政治は一体といえるか?」という点に関して見解を明らかにして議論すべきではないかと思います。

(2)国政と地方政治の一体性

「国政と地方の政治は一体といえるか?」という点に関してですが、一般的な理解としては、地方議会の条例制定は「法律の範囲内で」行う事とされているため、地方で外国人の意向を反映した条例が制定されても、その内容が法律と矛盾する場合は、制度上常に法律の内容が優先されます。そのため、国政参政権と地方参政権は峻別され、別の原理によって付与・禁止を決める事ができ、国政は「国民主権」の原理から参政権が否定されても、地方は「地方自治」の観点から選挙権を付与しても大丈夫とされています。

これに対し、禁止説に立って外国人参政権を否定する側の見解は……あんまりちゃんとしたものが出ていないのが現状だったりします。そのため、禁止説にたって地方参政権も否定する議論をしようとした場合は、以下の点に言及する事が必要になってくると思います。

・地方政治と「国民主権」の関係性。地方政治に国民主権の要素が内包される事

・前述した法の上下関係を踏まえ、将来的に国政から地方政治への権限委譲が進んできた場合の政治システムはどうなるかについて

・(国の事務と自治体の事務をどう分けるかで、参政権付与が可能か決まるので)下位規範によって憲法解釈が左右される可能性があるが、その事への見解

ここから先は、賛成するにしろ反対するにしろ、色々な論拠がある訳ですが、とりあえず何か思う事などありましたら、コメントいただければ幸いです。

後、以下のページにも外国人参政権に関して色々まとめていますので、興味のある方は参考にして下さい。

e-politics - 外国人参政権

http://www7.atwiki.jp/epolitics/pages/216.html

2009-11-15

外国人の参政権などに関する補足

1.ハイクでのコメントへのお答え

http://h.hatena.ne.jp/irukanoirutaro/9234091128984291933

政治系の話題ではリベラル寄りの発言(人権が金科玉条になってるような)をしている人が、「死ね」等罵倒していると、政治系の話題でどんなに熱心に持論を展開されても、感情論にしか見えなくなって説得力を感じない。

この感覚っておかしいのかな?

……おかしくないと思います!

私は、「人権問題を理解できないのは、○○の頭が悪いか人でなしだから」といった系統の議論をする人の記事は(ブックマークで話題になった時は除いて)基本的に読みませんが(笑)、真面目に人権問題や他者支援の活動に取り組んでいる人は、(ネット以外では)こういった「人権派」は少数だといっている事が多いのではないかと思います。で、普段からそういう議論ばかり見ていても仕方ないと思いますし、人権問題に関しても、ちゃんとした理由がある場合なども紹介します。

東京弁護士会外国人の権利に関する委員会編『実務家のための入管法入門』から引用しますと、難民問題を例にとると、各法で必要とされる立証の程度は刑事法は「合理的な疑いを超える証明」が必要とされパーセンテージだと80〜90%程度、民事法では証拠保全の優越で51%を超えれば立証責任を尽くした事となるが、難民法における立証基準は、相当な可能性や合理的理由があればよいとされているそうです(%の明言はしていませんが、図では20%程度の辺りを指していました)。

この理由は、「刑事法における有名な格言『たとえ十人の犯罪者を逃しても、1人の無辜を処罰してはならない』に倣って、『たとえ十人の難民でない人を保護しても、1人の難民を取りこぼしてはならない』から」との事です。難民問題は外国人の人権の中でも特殊で極端な例ですが、人権問題の中には、他の問題とは違った基準が採用される分野もあり、その事を正確に理解している専門家などが、理解していない人の人権理解に対して疑問を呈す事は普通ではないかと思います。

次に、きちんとした議論を展開する人は、「人権問題」といっても、(特定の人達の人権の増進に対して対立する公益がある以上)全てにおいて「そういった(人権に有利な)基準を適用しろ・適用しないのは不正義だ」といっている訳ではなく、一定の留保をつけたり、相手のロジックを理解して対立する利益を正確に把握した上で立論をしていると思います。政策論と人権について補足しますと、政策論と人権は明確に区別できるものではなく、どの問題を扱っても他方の視点が入り込んできます。政策論に関しては、メリット・デメリットやPROS・CONSで議論するのが一般的だと思いますし、政策論として馴染まない問題でも、代わりに説得力のある誠実な論理の積み重ねが要求されるのではないかと思います。

外国人の人権問題に関しては、自分のイデオロギーのアピールや記号的に理解して極論を述べるのではなく、実際にこの国で暮らしている人達の生活上の利益をどう考えるかという視点を踏まえ、個々の権利の性質・対立する利益との考量を検討しながら、○○の権利ならばどの程度まで保障されるべきか?といった事を個別かつ具体的に考えていくべきではないかと思います。

ちなみに、外国人の参政権は人権とはいえ政治参加という特殊な問題なので、政策論のウェイトを高く置くのが普通で、この点を「人権問題」として押し切ろうとする議論は……という感覚は間違っていないと思います(最高裁の判例も立法政策の問題としていて、全面要請説とかもありますけど、少数説です)。

2.PROS・CONSに関する補足

メリット・デメリットやPROS・CONSの議論は深入りしませんが、代表的な移民問題に絡んだ懸念(外国人にのっとられる系のもの)についてお答えしますと、リスクの想定が実態に即していないという事が指摘できるのではないかと思います。

外国人の中でも、地方参政権の対象になる人の割合などのデータは以下のようになります。

外国人登録者数:215万2973人

うち特別永住者・永住者の合計:86万9986人

前回衆院選時の全国の有権者数:1億424万4170人(総務省発表)

永住外国人の有権者に占める割合:約0.86%

また、外国人といっても、投票率が100%に近く一致した投票行動を取る訳ではなく、既に導入した外国の実績では、投票率は国民よりも10%〜40%程度低くなっています(http://www7.atwiki.jp/epolitics/pages/224.html#id_28004dab)。

日本の地方選挙は投票率が低いので、日本国民との投票率の差は余りないかもしれませんが、一般的な傾向としては、外国人は地方参政権を得ても事前に反対派が想定していたような投票行動をする訳ではないという事はいえると思います。

3.判例に関する補足

http://b.hatena.ne.jp/entry/www7.atwiki.jp/epolitics/pages/216.html

amdgRCC 政治, 外国人参政権, 社会 なるほど、条例が法律と矛盾しないから地方の「立法」に外国人参加は許容という論理か。しかし(司法権は地方にないから関係ないが)三権の残りの、地方の「行政」が外国人許容な根拠は何なのだろう? 2009/11/15

判例では、外国人の(国政)参政権が否定される理由は、国民主権の原理との関係で説明されています。

http://space.geocities.jp/fundamental_human_rights_365/H7_2_28.html

憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、我が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものである。そこで、憲法一五条一項にいう公務員を選定罷免する権利の保障が我が国に在留する外国人に対しても及ぶものと解すべきか否かについて考えると、憲法の右規定は、国民主権の原理に基づき、公務員の終局的任免権が国民に存することを表明したものにほかならないところ、主権が「日本国民」に存するものとする憲法前文及び一条の規定に照らせば、憲法の国民主権の原理における国民とは、日本国民すなわち我が国の国籍を有する者を意味することは明らかである。そうとすれば、公務員を選定罷免する権利を保障した憲法一五条一項の規定は、権利の性質上日本国民のみをその対象とし、右規定による権利の保障は、我が国に在留する外国人には及ばないものと解するのが相当である。そして、地方自治について定める憲法第八章は、九三条二項において、地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が直接これを選挙するものと規定しているのであるが、前記の国民主権の原理及びこれに基づく憲法一五条一項の規定の趣旨に鑑み、地方公共団体が我が国の統治機構の不可欠の要素を成すものであることをも併せ考えると、憲法九三条二項にいう「住民」とは、地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するものと解するのが相当であり、右規定は、我が国に在留する外国人に対して、地方公共団体の長、その議会の議員等の選挙の権利を保障したものということはできない。

地方の参政権が許容される理由は、判例(の傍論部分)では以下のように述べられています。

憲法九三条二項は、我が国に在留する外国人に対して地方公共団体における選挙の権利を保障したものとはいえないが、憲法第八章の地方自治に関する規定は、民主主義社会における地方自治の重要性に鑑み、住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は、その地方の住民の意思に基づきその区域の地方公共団体が処理するという政治形態を憲法上の制度として保障しようとする趣旨に出たものと解されるから、我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められるものについて、その意思を日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるべく、法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である。

傍論による影響に関しては、Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%A4%96%E5%9B%BD%E4%BA%BA%E5%8F%82%E6%94%BF%E6%A8%A9#.E3.80.8C.E5.82.8D.E8.AB.96.E3.80.8D.E3.81.AB.E3.82.88.E3.82.8B.E5.BD.B1.E9.9F.BF)が詳しいです。

原典に当っていないので真偽は確認していませんが、傍論を強く主張した園部逸夫裁判官の発言は以下のようだと言われていて、反対派の人からは問題視されています。

「在日の人たちの中には、戦争中に強制連行され、帰りたくても祖国に帰れない人が大勢いる。帰化すればいいという人もいるが、無理やり日本に連れてこられた人たちには厳しい言葉である。私は判決の結論には賛成であったが、自らの体験から身につまされるものがあり、一言書かざるをえなかった・・・・・」(朝日新聞平成11年6月24日付 注「自らの体験」とは、園部自身が戦前日本統治下の朝鮮半島に生まれ育ったことを意味している)

「この傍論を重視するのは、法の世界から離れた俗論である」(『自治体法務研究』第9号、2007年)

4.外国人市民代表者会議

http://b.hatena.ne.jp/entry/www7.atwiki.jp/epolitics/pages/216.html%23id_d0a9d160

shibashuji 外国人, 民意 ドイツは「外国人市民代表者会議」を市の諮問機関とし、EU以外の市民の声を公的に反映させている。日本では川崎市がそれを取り入れてる。http://bit.ly/1nwFV1 民意の反映という趣旨ではもっと注目されていいはず。 2009/11/15

外国人市民代表者会議などはフォローしていないので、情報は助かります。外国人参政権による間接的なメリットとして、自治意識の向上により地域運営への積極的参加(ブラジル人のゴミ出し問題の解決)なども指摘されていますが、「市民の声を公的に反映する仕組み」という括りでの試みはもっと注目されてもいいですね。

5.重国籍問題に関して

http://b.hatena.ne.jp/entry/www7.atwiki.jp/epolitics/pages/216.html%23id_d0a9d160

nisshiey_s1 政治, @Wiki, 資料, 永住外国人地方参政権 重国籍容認かどうかもいるような。 2009/11/15

重国籍に関しては、別にまとめています(http://www7.atwiki.jp/epolitics/pages/129.html)。ただ、重国籍に関しては、純粋に法学の理屈や人権問題としては理解されておらず、各国でも国の都合や実情に合わせて緩くなったり厳しくなったりとコロコロ変わります。

また、「重国籍容認」といっても重国籍の推進派や人権に積極的な人の議論のような都合の良い運用はされておらず、気がついたら重国籍に対して厳しくなったなどの事が普通に起きています(http://www7.atwiki.jp/epolitics/pages/129.html#id_5062a864)。韓国では「国益に資するエリート外国人(朝鮮日報の表現)」限定で認める方向で議論されていますが、それ以外にも、兵役逃れのための手段として重国籍が使われているので、その弊害のケアとしての重国籍の容認問題なども話し合われています。

日本においても、重国籍は(「在日特権」のような他の外国人と比較して有利なだけの印象操作的なものとは違い)単国籍の日本人よりも有利な文字通りの「特権」を容認する事であり、法務省も「二重国籍者が属する各国の権利・特権を行使し得ることは、日本の国籍のみを有する通常の日本国民との間に、法律上の不公平を生ずる」として認めていません(出生によって重国籍となった重国籍者に対する運用は「黙認」ですが、悪意的な使い方をしている重国籍者に対しては、個別に督促などがいきます)。

以前のコメントへのお答え

http://b.hatena.ne.jp/entry/www7.atwiki.jp/epolitics/pages/216.html

okgwa これ読むと、「要請」はほとんどないようで、だとしたら全然後回しにしていい問題のような気がしてきた。ただ民主党は今のうちに成立させようとするだろうなあ。次はないもんなあ。 2009/09/06

一般的な理解は、判例・通説共に「許容説」であり、専ら立法政策の問題であるというものです。「外国人問題」という枠組みで捉えても、参政権問題は、在留資格問題のように当事者にとって緊急性のある問題や、外国人の子供の教育問題のように早めに手をつけないと悪化していく一方の問題とも違いますので、国民の理解を得るための手段を尽くして、じっくりと議論していっても支障はないと思います。

http://b.hatena.ne.jp/entry/www7.atwiki.jp/epolitics/pages/216.html

WinterMute 外国人参政権 Q&Aが相変わらず秀逸。海外事例に関しては帰化の難易度とあわせてみないとやっぱりよくわからないなぁ。 2009/04/13

海外の帰化の難易度に関しては、欧州は緩く、米国は日本よりは緩いけれども思想チェックなども行い、帰化に対して特別な意味を持たせているようです。

米国の帰化の際の思想チェックはこちら(http://www7.atwiki.jp/epolitics/pages/274.html#id_035a942b)に載せておきました。帰化の意味合いについては、米国の移民問題を扱った社会派の映画『正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官(http://www.seiginoyukue.jp/)』などを見ると、イメージがつかめるのではないかと思います。

なお、日本における帰化に関しては、旧植民地出身者(在日コリアン等)を対象に届出だけで国籍を取得できるようにする「国籍取得特例法案」というものが2001年頃から議論されており、旧植民地出身者の二世・三世・それ以降の世代の政治参加の問題はそちらで解決するという方法もあります(国籍取得特例法案は、参政権法案の代替案として出てきたものです)。

2009-09-28

教育問題に関して(後編)

日教組を叩きたがる人たち - さだまさとの日記

http://d.hatena.ne.jp/sadamasato/20090913/1252865485

教育問題に関して(前編) - 雑記帳

http://d.hatena.ne.jp/seijigakuto/20090914/1252942858

教育問題に関して(中編) - 雑記帳

http://d.hatena.ne.jp/seijigakuto/20090916/1253112967

前回の続きです。これで最後の記事になって、以降はこの枠組みでの議論は終了です)。

仕切り直し

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20090916/1253136664

日教組が行うべきは失敗に対応する改善であって、関係ない制度を維持することではないだろう。seijigakuto氏も、「失敗している教育政策の片棒を担ぎながらも責任をスルーしている」ことが問題と思えば、それ自体を批判すればいい。話題から連想しただけの意見ならば、それと明記すべき。無関係な苦労を負わせれば、むしろ失敗を解決へ導く手間や時間を奪うばかりだ。

ご指摘はその通りです。元々、私はマクロの教育政策が関心分野で、ゆとり教育と階層に伴う学力・意欲格差を論じたいので、ネオリベ問題がメインです。日教組に関しては、ブコメをつけたら色々言われて、その関係で説明しろといわれたからその枠組みで論じていますが、次以降の記事は本来の関心事に戻らせていただきたいと思っています。文言と論法の叩きあいはしたくないので、「組織防衛〜」などは撤回し、仕切り直しをさせていただきたいと思います。


仕切り直しの本論の方ですが、当り前の事として、教育行政の責任の半分以上は文部科学省と自民党にある事も確認しておきます。その上で議論を進めますが、主要な論点は以下になります。

(1)教員免許更新制度に絡む問題で、運用変更や改善のための法改正ならば、目的である教員の資質向上と真面目な教員の負担軽減も図れるが、社会から教員の資質向上と自己改革能力が求められている中「廃止ありき」という選択肢を採用する事(教職員大学院は、教員免許更新制度の項目で説明)

(2)教員免許更新制度の廃止に代わっての教員の資質向上の代替案としてあげられている「日々の研修」だが、46協定の内容やその後の対応を見る限り、日教組が教員の資質向上だけを目的に真面目に研修を行うという信頼性は保障されていない。

また、「責任」とまではいかないので本論からは除外しますが、「(自己改革能力を示す)努力の推奨」といった程度として、資質の向上と自己改革能力が求められている理由も述べておきます。

(3)ゆとり教育導入は文部科学省と自民党が責任の半分以上があるが、日教組にも一定の責任はある事(http://d.hatena.ne.jp/seijigakuto/20090916/1253112967

(4)公立学校への信頼性は大きく低下しているが、その中には教員の質・自己改革能力への疑問が大きな要素となっている事。そういった保護者の不満を和らげるために「公立学校選択制」という私立進学とは違った新自由主義的な「脱出オプション」が広がりを見せているが、これには教育環境の悪化を含む問題が含まれている事。選択肢としては、「公立学校選択制」を拡大してより幅広い層に「脱出オプション」を確保するか、教員の質・自己改革能力を社会に示すかのどちらかが求められている事。

(1)教員免許更新制度と不適格教員の問題

元々、教員免許更新制度というのは、指導力不足の「不適格教員」に対処するために作られた制度でした。問題となる不適格教員ですが、具体的にどの位の水準かという事を説明します。教員の人数は、管理職78,000人、指導教諭174人、一般教員97万人となっています。このうち、指導力不足を原因として依願退職が検討されるレベルの教員に関しては、指導力不足教員として506人存在し、その内訳は現場復帰が116人、再研修・次年度が259人で、分限・依願退職等131人です。

97万分の506という指導力不足教員の数字、97万分の131という分限・依願退職の数字は教員全体の0.1%にも満たない数字です。これに認定されるための基準がどの程度かについては、以下の記事があります。

「三角形は曲線」大阪市が指導力不足教員を分限免職-教育ニュース - 教育情報サイトeduon!

http://eduon.jp/news/agencies/20080108-000232.html

 大阪市教育委員会は8日、指導力不足で研修を受けていた養護学校の男性教諭(43)を、指導力不足として分限免職処分にした。市教委が指導力不足による分限免職処分を行ったのは平成16年から」で5人目。

 男性は勤続20年のベテラン教諭で、市立中学校を経て養護学校に14年間勤務していた。特別支援学校では科目ごとの専任ではなく幅広い指導領域が求められる。

 市教委によると、教諭は授業で「三角形は一つの曲線と二つの曲線に囲まれる」と間違った説明をする、授業で漢字の誤りなどを繰り返し、誤りを指摘されても修正しないなど問題が多く、昨年1月から1年間校外研修を受けていたものの、授業の講評でも「言い過ぎだ」などと度々指導員に反論、席を立つなど改善が見られなかったという。

 分限免職処分は、懲戒免職とは異なり、退職金の受け取りができる。

現職の教員の方々に関しては、現場で真面目に頑張っている方が多数だと思いますが、「教員の質」に関しては上下の差が激しく、上記のような教員でも20年は教員を続けられて再研修というバッファーがあるような環境です。

この問題に対処するための施策として出てきたのが、教員免許更新制度です。但し、現在運用されている教員免許更新制は、導入を要求した側から見れば、完全に骨抜きにされた制度です。元々、教員免許更新制導入の動機は、顕在化していない不適格教員の排除であり、それに付随する効果として、教員の資質向上が見込まれるというものでしたが、これが導入の過程でひっくり返されており、導入を目論んだ側にしても大いに不満の残る制度であるというのが現在の状況です。教員免許更新制を巡ってはこういう状況にあるため、いざ、批判する段階になった時、その批判のあり方が違ってきます。元々免許更新に賛成の側にしてみれば、自分達の求めた制度では無い→自分達の求めた制度に変えろという批判になるのに対して、免許更新に反対の立場にしてみれば、制度そのものがおかしい→制度を止めろという批判になり、同じ批判であってもそのあり方が全く変わってきます。

また、現行の教員免許更新制度に関しても、批判一色ではありません。

福井のニュース:政治・行政 〜選挙後どうなる「教員免許更新制」 自・民の方針正反対〜 福井新聞

http://www.fukuishimbun.co.jp/modules/news2/article.php?storyid=8230

19、20の両日、福井市の福井大文京キャンパスで行われた必修講習「教育実践と教育改革」。受講した101人は5、6人ずつのグループに分かれ、教員生活を振り返り、児童生徒の指導で大切にしてきたことなどを披露し合った。「あいさつをしっかりさせることが大切」「他の生徒を引っ張っていくような子どもを育てたい」。それぞれの思いを語り合い、耳を傾け合う教員の姿が見られた。

 講習を担当する同大の長谷川義治教授は「単なる座学ではなく、グループ討議形式を多く取り入れた」と説明。更新講習受講者は年齢も違い、主な勤務が幼稚園、小学校、中学校、高校のどこなのかも異なる。それぞれの経験を受講者同士共有し、参考にしてもらう狙いだ。

 ある女性小学校教員(53)は「講習内容に工夫があり、参考になることが多かった。いろいろな研修を受けるのは良い刺激になる」。男性中学校教員(45)も「民間企業に勤務する人は常に勉強している。教員が最新知識を得ることは必要」と前向きにとらえる。

 ただ教員の間には「新たな負担増になる」と批判があるのも事実。「夏休み期間とはいえ、部活動・補習などの学校活動や、研修、出張などの業務もある。受講期間は同僚に代わりをお願いしなければならない」=男性中学校教員(33)=との声は少なくない。受講料約3万円の自己負担にも不満が聞かれる。

上記のように、負担を嫌う意見と平行して「民間企業に勤務する人は常に勉強している。教員が最新知識を得ることは必要」とする意見もあり、佐藤学氏のような一流の教育実践研究者の講義などは大人気で評判も上々です。

問題となっているのは、使いずらいシステムであり、ここをどう変えるかについてについては(1)運用変更(2)法改正をしての運用変更(3)廃止の3種類があります。

(1)に関しては、現在のものから、文部科学省令を変えて施行規則を弄るだけで、単位制にする事、「実績」や「外部評価」を単位にして、真面目にやっていて能力に定評のある教員は、30時間の研修を受けなくてもいいようにするなどの運用変更は可能です。

(2)に関しては、以前提示した「普段の教師に対する評価(査定)を用いる方法(保護者・子供・同僚・管理職などによって複合的な評価(相対評価より絶対評価の方が望ましい)を行い、その内、著しく低い評価を連続して叩きだした教員(3年連続とか、5年の内3年とか)には退職してもらう)」、全日本教職員組合連盟という右寄りの組合が提示しているもの(http://www.ntfj.net/j/pdf/191031menkyokousinsei.pdf)も、適切な運用を目的とした改善・法改正を行えば可能です。

(3)に関しては、「負担になるので廃止しよう」という事になりますが、再び教員の資質向上のためにはこの種の制度が必要となった場合に再導入を図る場合、現状を調査して問題の洗い出し→制度の設計→法案の審議・成立→制度導入の準備→導入という過程を辿らざるを得ず、少なくとも5年、再導入に向けた世論の動向次第では10年近くかかる場合があります。


ここまで説明してきたように、教員免許更新制度には、上記の3つのオプションがあり、「現在の制度の運用の問題点」以外にも、元々の問題である教員の資質向上と、社会からの不満にどう答えていくかという、自己改革能力が問われてもいます。その結果として、「運用改善」ではなく「廃止」を選ぶのは構いませんが、変わりの資質向上策として挙げられている「日々の研修」と「教職員大学院」について検討していくと、それが本当に信頼できるのか?という問題が出てきます。

「日々の研修」については後述しますが、教職員大学院も含めた教員免許制度の改正に関して説明すると、こちらは6年制に移行したくとも現状では受け皿となる教職大学院の数が全然足りず(施設としても足りないし、指導教官も足りない)、全く以って不可能という状況にあります。仮に必要な予算が確保できたとしても、それに向けた準備には最低でも5年はかかり、無理に実行すると、圧倒的な新卒教員不足という事態が起きます。教員免許更新制度自体は早ければ来年にも廃止法案が提出され、2011年度から廃止されますが、教員免許更新制度の廃止だけが先行して行われ、6年制の移行に関しては、民主党政権が次の総選挙でも勝利して続いて教員の資質問題が問われた場合……と実現する予定は「未定」という状況なのが実際です。

(2)「日々の研修」に絡んだ問題

教員免許更新制度に関して、日教組は「廃止」を主張して代替案として「日々の研修」を挙げていますが、問題としては、これを真面目にやって教員の資質向上に励むのか?という点で疑問符をつけざるを得ない点です。

それは「46協定」と呼ばれる、行政との「ヤミ協定」の発覚とその後の対応で、「日々の研修」を行うという建前を掲げておきながら、研修と名のつく組合活動をやっていたり、勤務中に仕事そっちのけで組合活動をやっているなどの事態が報告される不祥事がありましたが、それに対して自己批判も含めた過去の総括をした上での改善プランを出すなどの「自浄能力」を示す事ができなかったという点です。

「46協定」を巡っては、第150〜153回国会においていくつかのやり取りが交わされています(議事録のリンクは時間がたつと見れなくなるので直接は貼れませんが、いくつか抜粋します)。

平成12年11月2日参議院文教科学委員会

亀井郁夫君 ぜひ広島県の場合と同じように厳しい姿勢で指導していただきたいと思うわけであります。

 次から次と驚くようなことを申し上げて申しわけないんですが、大臣。次は、夏休み、冬休みのときの勤務のとり方について、これも私はいかがか思いますのでお尋ねしたいと思います。

 夏休み、冬休みの長期休業日はすべて校外研修日とするということに決めてあるわけでありまして、一回も学校に出る必要がないということが四六協定で決められております。そういうことから、夏休みの間には学校で研修会をやったりあるいは教育委員会で研修会をやるということはできないわけでございます。と同時にまた、夏休みというのが三日あるんだそうですが、これは普通だったら夏休みの中でとるんだろうと思うんですが、そうじゃないんですね。七月から九月の間に学校がやっているときに三日間必ず休みなさいということなんですね。そういうことが決められておるわけでもございます。

 そしてまた、先生が帰省する、郷里に帰るという場合は、これは自宅研修扱いになって年休届は要らないというふうな形になっているんだそうでございます。校外研修も結構でございますけれども、しかし研修という以上は研修レポートぐらいはもらっていいんじゃないかと思うんですが、聞きますと、研修項目といる場所だけ届けておけばいいんだということでございますから楽な研修ですね。そういう意味では、こういうふうなものは私は研修とは言えないと思うんですけれども、こういう事実を文部省は御存じだったのかどうなのか、もしこういうことがあるとすれば、これに対してはどう考えたらいいのか、ちょっと理解に苦しむものですからお尋ねしたいと思います。

○政府参考人(矢野重典君) 教員はその職務遂行上研修が不断に行われる必要がありますことから、教員には授業に支障のない限り校長の承認を受けて勤務場所を離れて研修を行うことが法律によって認められているところでございます。この研修は職務専念義務が免除されるのみならず給与条例上有給の取り扱いとされておりまして、このため、職務研修に準ずる内容、意義を有するものであることが求められるものでございまして、その内容や実施態様等に照らし不適当と考えられるものにまで校長が安易に承認をすることは適当ではないものでございます。

 そこで、御指摘の四六協定やそれに基づく通達におきましては、夏季・冬季休業日等を原則として職専免研修扱いとしており、校長の承認の権限が大幅に制約され、研修が法令どおりに運用されないこととなること、また研修に当たっては単に研修項目と居場所を届けるのみで足りることとされ、研修の内容や計画を確かめた上での承認とはなっていないこと、また届け出だけで職専免が認められることとなっていることなどの問題があるというふうに私どもは考えているところでございます。

 こうしたことから、文部省といたしましては、北海道教育委員会に対しまして、学校現場において職専免研修が不適切に取り扱われていないかどうかを調査するよう求めたいと考えているところでございますし、あわせて、北海道教育委員会に対しまして、夏季・冬季休業日等を含め、職専免研修の趣旨を踏まえた適切な取り扱いをするよう指導してまいりたいと考えているところでございます。

46協定と研修の兼ね合いで言えば、行政側がチェックできないので、「本当に研修しているかどうか把握できない」という馬鹿馬鹿しい問題がありました。

平成13年6月21日参議院文教科学委員会

文部省の方からの指示もありまして、今、北海道では昨年の暮れから調査を始められまして、何か段ボール箱五十箱だったそうですが、中間的にデータがまとまったということで、先日の十四日ですか、発表がございましたので、ちょっとこの内容を皆さん方に御紹介しながら、今後の問題について大臣の御意見もちょうだいしたいと思うわけであります。

 お手元にきょう配っておりますけれども、まず勤務時間中の組合活動の実態でございますけれども、不適切な扱い。例えば鉛筆年休、鉛筆で年休届を書いていって戻ったら消してしまう、だから年休を使ったことになりませんね。これが五十五校。口頭年休。校長先生、行ってきますよ、年休ですよというのが五十五校。裏帳簿をつくって管理している学校が十三校ということで、合わせて百二十三校が確認されたようでございますが、この百二十三校のうち小中学校が百十八校ということですから、ほとんどが小中学校でこういうことが行われているということでございます。ほかに、要調査の学校が三百一校、確認を必要とする学校が百九十二校ですから、六百十六校が問題だろうというふうに言われておるわけでありますが、そういう意味では大変なことが現実に行われているのが第一です。

 二つ目が、組合役員の勤務の実態でございますけれども、この前も指摘いたしましたけれども、組合の役員の人は授業数を減して出かけているケースが多いわけでございますけれども、この調査でわかったのが、授業時間が十時間以内の者が二百四十一名。ゼロの人が何と六十三名おるということですから、少なくとも六十三名の人が学校に行って給料をもらいながら組合活動を一生懸命やっているということですね。それ以外に、不適切な勤務があるらしいという報告されたのが百二十三名で、そういうことから、三百六十四名は組合役員として勤務の実態が、まあ組合役員としては十分な活動をしておられるんでしょうけれども、教員としての勤務態度は問題があるというのが三百六十四名で、小中学校がそのうち三百名ですから、これまた小中学校が中心で、高等学校の先生は比較的まじめなんですね。

 それから三番目ですが、組合が主催する研修会への参加でございますが、これも三百六十九名が不適切に参加しているということでございまして、そのうち小中学校は三百六十七名です。これも口頭年休で二百六十名、口で、先生、年休ですよと言って二百六十名、鉛筆で書いていて戻って消すのが百八名、出張が一名ということです。それ以外に、職務専念義務免除としての研修だということで参加しているのが何と二千百七十八名いるということでございますから、全部足しますと二千五百四十七名の方々が組合へ参加するのに給料をもらいながら参加しているということでございまして、これも小中学校が二千五百十六名ということですから、ほとんどが小中学校ということでございますけれども、このように給料をもらいながら大勢の方々が組合運動をしているということでございます。

 それから、四番目が確認書でございますけれども、四六協定がその最たるものでございますけれども、北海道の教育委員会レベルでやられている確認書が三十八件、教育局のレベルで八十二件、それから市町村の教育委員会レベルでやっているのが三百八十七件、学校レベルで校長先生と分会長がやっているのが何と千六百四十五件あるそうでして、そのうちの小中学校が千五百三十二ですから、これもほとんど小中学校ですね。対象学校の場合、やっている学校が五百六十五校だそうですが、そのうち五百三十校が小中ということで、合わせますと二千百五十二件の確認書が確認されたわけであります。

上記のように、研修と名のつく組合活動をやっている教員が出たり、勤務中に仕事そっちのけで組合活動をやっている人が居たりなどの事態が報告されています。

尚、神奈川にもこうした協定があったようです。

平成13年3月8日参議院予算委員会

亀井郁夫君 次に、校外研修の乱用についてお尋ねしたいと思うわけであります。

 北海道では、夏休みだとか冬休み、休暇のとき、校外研修という形で先生方は全部家におるそうでございまして、それだけならいいんですけれども、家で校外研修していますから、学校で研修会をしようと思って出てくる必要はない、行く必要はないということでございます。二学期が始まりますと、夏休みをとっていないからという理由で今度は交代で夏休みをとるという想像もつかないようなことが行われておるわけでございますし、また教師が遠隔地の実家へ帰るときも、これも校外研修ということでちゃんと研修扱いで実家に帰るということでございますし、また勤務の日におきましても、きょうはちょっと校外研修ですからといって家に帰って在宅で研修すれば、これも校外研修ということでございます。

 そういう意味では、校外研修が非常に乱れておるわけでございますけれども、こういうことも即刻是正する必要があるということで、昨年十一月、このことについて指摘したわけでございますけれども、その後どのようになっておるでしょうか。

○国務大臣(町村信孝君) 委員御指摘のその四六協定におきまして、夏、冬の休業日等を原則として職専免研修扱いというんでしょうかね、要するに職務に専念するあれは外して研修扱いとするということで、これも校長の承認権限を大幅に制約しているというようなこと、これは研修が法令の趣旨にのっとり適正に運用されていない、そして学校運営等に支障が生じているおそれがあるわけでございます。さらに、帰省のような私的、極めて私的な用事について、これはもう年次有給休暇で処理するのが当たり前でございますが、給与条例上有給の取り扱いとされている職専免研修とすることについては極めて問題であります。

 そうした実態について、今、北海道教育委員会に対して同じく詳細な調査を求めているところでありまして、実態が明らかになった段階で適正に対処するように、先ほどの問題と同様厳しく指導してまいりたいと考えております。

研修を隠れ蓑にして、こういう事もやっていたようです。

上記は「政治闘争」ではなく、単なる「不祥事」です。上記のような事をやっていた団体が「時間がない」といっている訳ですが、これからは真面目に研修をやるというなら、せめて、自己批判も含めた過去の総括をした上での改善プランを出すなどの「自浄能力」を見せる必要があります。

ただ、寡聞にして、日教組が自らの行いを自己批判する形で過去の総括をしたという話は聞きません。そのため、教員免許更新制度の廃止の代替案としての「日々の研修」による教員の資質向上と自己改革能力に対する期待は、低めに見積もらざるを得ないのではないかと思います。

(3)(4)教育環境の変化と「脱出オプション」

前段までで本論は終わりますが、「教員免許更新制度」の成立自体は安部政権の独走にしろ、その背景には(安部政権の存在とは関係なしに)公立学校・教員への不信感というものがあり、これへの対処という事も視野に入れる必要があります(安部政権の教育改革をそれ以前に巻き戻しても、社会からの教員への信頼が回復する訳ではありません)。

前のエントリーや以降のエントリーで説明する「ゆとり教育」の失敗と合わせて、公立学校の教育方針や教員の質・対応に不信感をもった場合、児童の保護者としての対応は<1>参加・意見表明オプション<2>脱出オプションという2つの選択肢が考えられ、この事について教育社会学者の藤田英典教授は以下のようにまとめています。

・組織が機能不全に陥る時、顧客や成員の取る選択肢には二つの選択肢がある。一つは、当該組織から「脱出」していくという選択肢(私立や別の公立学校を選ぶ)で、もう一つは組織の内部に留まって発言権を行使し、必要と思われる改革を実施しようとする事である。

・脱出は非常に簡単かつ容易であるが、成員全体としては、個人がそれを繰り返して見捨てた公立学校システムの社会的帰結を受け入れなければならない。

なお、現在の保護者の公立学校への不満は、藤田教授によると以下の6点になると指摘されています。

1.学校の「荒れ」に対する不安(校内暴力、いじめ、学級崩壊などの問題のある学校に子どもをいかせたくない)

2.指導力不足教員への不満(教員の資質・力量・配慮・専門性に関する不満・不信)

3.学校・教師の非感応性に対する不満(子ども、保護者の言い分や要望をきいてくれない)

4.学校教育の「強制性・画一性」への批判・不満(画一的な教育を指定校制で強制的に押し付ける事への不満)

5.学校の自己改革能力に対する不信・不満(公立学校には自己改革能力がないとする批判や学校・教師の守旧性・保身性への不満)

6.醸造され増幅される不信感

日本の全児童の25%程度が在籍し、私立学校という代替選択肢が用意されている首都圏では、こういった公教育の教員の質・自己改革能力に不信感をもって、ゆとり教育&公立学校からの「脱出オプション」としての中学受験をする家庭の割合は年々増えていますが、具体的な数字と推移は以下のようになります。

首都圏の中学受験率(日能研のデータより)

入試年度全国小6児童数首都圏小6児童数(首都圏割合)首都圏受験者数首都圏児童の中学受験率
1986年517,00044,0008.5%
2000年1,326,960308,363(23.2%)40,10013.0%
2001年1,301,375305,742(23.5%)41,80013.9%
2002年1,239,194290,560(23.4%)40,50013.9%
2003年1,214,274288,047(23.7%)43,50015.1%
2004年1,217,419293,219(24.1%)44,45015.2%
2005年1,203,193290,241(24.1%)47,00016.2%
2006年1,192,343293,775(24.6%)53,10018.0%
2007年1,232,292307,011(24.9%)58,00018.9%
2008年1,182,241295,792(25.0%)61,0020.6%

2000年以降の経済情勢はご承知の通り、どんどん中間層が取り崩されていって、家計に余裕がなくなっていく状況です。また、東大・京大・一橋・東工大を受験するのでなければ、中学受験の必要性はそこまではありません。それでも、ここまで「脱出オプション」を選択する家庭が増えているというのが、安部政権の教育改革を抜きにしても起きている状況です。

国民金融公庫の方のデータも載せておきますが、私立中学の授業料+塾の費用は、大学の授業料と同等以上のもので、家計への圧迫度は以下のようになります。

全国国公私立大学の事件情報 国民生活金融公庫、家計における教育費負担の実態調査

http://university.main.jp/blog3/archives/2005/10/post_586.html

2  在学費用は世帯年収の35% (本文7ページ) 

○ 世帯の年収に対する在学費用の割合は35.0%となった。

○ 世帯の年収に対する在学費用の割合は、年収が少ない世帯ほど高い。年収が「200万円以上400万円未満」の世帯では、57.3%に達している。

家計における教育費負担の実態調査 平成17年度

http://www.k.jfc.go.jp/pfcj/pdf/kyouikuhi_h17.pdf

このような状況の中、教員単位での質の向上による信頼回復は望めないので、保護者の不満を和らげるために採用されつつあるのが「公立学校選択制」という別の「脱出オプション」です。

「公立学校選択制」というのは、生徒が進学予定の公立の小学校・中学校を複数校の中から選ぶことができるという制度です。従来は子供は教育委員会が指定する学校に通学することが定められ、生徒は自分が通う公立学校を選ぶ事はできませんでしたが、1997年に文部省が「通学区域制度の弾力的運用について」という通知を出して以来、この制度を採用する自治体は増加して、内閣府が2006年に行った調査では小学校の14.9%、中学校の15.6%が導入しているという結果が出ました。

この制度のメリットとしては、(生徒数という目に見える数字が出るため)学校間の競争によって教育内容が向上する事、保護者や子供にとって複数の選択肢の中から公立学校を選べるため、自分の行きたい学校を選べ、行かせたくない学校を避けられる事が挙げられます。全国で最も制度が浸透している東京区部では、現在までに23区中19区が「学校選択制」を導入しています。保護者・生徒の満足度に関しても、墨田区が今年実施したアンケート結果によると、小中学校それぞれ85%前後の保護者が学校選択制を肯定し、2005年の内閣府調査では全国の保護者の64.8%が学校選択制の導入に賛成(反対は10.1%)するなどの支持を得ています。

但し、この制度には問題が山積みで、制度のデメリットとしては、保護者の学校選びの基準が風評(○○学校は荒れてるなど)や進学実績になってしまい、個々の学校単位では成功していて保護者の満足度が高くても、自治体の抱える公立学校全体で見ると、教員の負担増大や、子供の流出による学校間の生徒数の差の拡大、地域と学校の分断、低所得者層が住む地域の固定化、などの問題が発生してしまい、「脱出オプション」を採用する家庭の増大によって現在の義務教育を崩壊させる端緒になるのでは?などといわれています。

現在の公立中学の状況としては、藤原和博氏の学校改革で有名な杉並区立和田中の初年度を例にとると、杉並区は中学受験率が30%前後なので、金持ち、頭のいい子供を持つ家庭が公立学校を嫌ってごっそりと抜けていった結果、新入生の3割が就学援助世帯・2割が欠損家庭という状況が起こっています(和田中は藤原氏の改革によって、生徒数も生徒の学力・教員の質も大幅に改善されました)。

こういったものは、「ブライト・フライト(頭の良い子供の公立からの脱出)」「リッチ・フライト(金持ちの子供の公立からの脱出)」と呼ばれ、この現象は拡大していく傾向にあります。そして、「公立学校選択制」は元に戻そうにも、質の低い教員や問題のある学校から逃げるための選択肢が容易に与えられているために保護者からの支持率は高く、根本的な原因の国私立学校と公立学校の格差は拡大していくため、元に戻す事も難しくなっているのが現状です。

まとめと返信

ここまで長々と説明してきましたが、教員免許更新制度は来年にも廃止法案が提出されて、2011年度からは廃止される事がほぼ確実だと思います。ただ、教員免許更新制度の背景にあるのは、安部政権のイデオロギーではなく、社会からの教員の質・自己改革能力に関しての厳しい目線である事は忘れず、社会からの期待にこたえられるような努力をお願いできればと願います。

「責任」はないといって、教員免許更新制の廃止だけやって「日々の研修」に関する改革姿勢は見せないという対応でも構いませんが、その場合は、保護者からの不信感の増大と相まって、各種の弊害と合わせて「公立学校選択制」の拡大といった事が起きてくると思います。

選択肢としては、「公立学校選択制」を拡大してより幅広い層に「脱出オプション」を確保するか、教員の質・自己改革能力を社会に示すかのどちらかが求められている事を指摘して、議論を締めさせていただきます。

最後に、コメント欄にいただいたid:matcho226さんへの返信もさせていただきます。

http://d.hatena.ne.jp/seijigakuto/20090916/1253112967#c1253196742

疑問1

「15年の猶予を与えられて指導力の向上を図れなかった」のは教員の努力不足に由来するという論の根拠が良く分かりません。

教員の努力不足だけが原因ではありませんので、誤解を招くような表現であった事はお詫びします。

ただ、資源の制約がある事は理解していますし、改革して成果を挙げておられる方や日々の優れた教育実践を行っている方に対しての無駄な負担を押し付ける事は慎むべきで、運用の改善をもってそういった教員の方は負担の免除を図るべきだと思いますが、教員集団という単位で見た場合は、教育改革の根本的な理由となっている保護者からの不信感への対処は考えるべきではないかと思います。

「日々の研修」に関しては、それで成果を挙げている方、地域から信頼されている学校に勤めている方はそれで良いと思いますが、マクロで見た場合は、前の世代からの学力・学習時間の縮小再生産が始まっている事、階層によってその格差が拡大し、十分な学習資本をもたない若者が大量に社会に放り出され、職業に就いてからも十分な職業訓練の機会を与えられないため、訓練可能性につながる学習能力の格差拡大が深刻な問題になっている事なども合わせ認識しておいて下さればと思います。

もっとも、教員免許更新制度は廃止される事はほぼ確定しているため、あんまり意味のない議論だと思いますが。

疑問2

日教組の支持「政党」の教育政策=日教組自体が主張する教育政策=それが教師一人一人の教育に対する哲学の中央値であると考えて良いという論(教師に責任の一端があるという主張から,そう解釈しました)の「=」がなぜ「=」なのかが良く分かりません。

「日教組自体が主張する教育政策=それが教師一人一人の教育に対する哲学の中央値である」とは考えていません。ただ、組織の機能面ではそうならざるを得ない建前になっていると思います。

日教組は様々な側面があり、労働組合・教育研究団体・政治闘争団体としての側面があります。日教組は一応、労働組合ですから、当然、労働者の利益を代弁しなければなりません。労働組合である日教組と「組織として見れば」労働者である教員(子どもとの関係では別です)の考え方に多少の隔たりがある事は仕方ありませんが、当の労働者である教員と労働組合の考え方が大きく隔たっており、それを肯定してしまった場合、「日教組は「誰の」利益を代弁しているのか?」という根源的な問いが提起されてしまいます。

そして、考え方の隔たりに関して、大手を振って肯定した場合、「労働組合なのに労働者と立場が違うってどういう事?誰の為に活動してるの?」 という事になって、日教組の存在価値は消滅してしまいますので、建前上はそう通すしかないのではないかと思います。

2009-09-24

外国人参政権に関して・その1

ここギコ! 定住外国人参政権問題についていくつか

http://kokogiko.net/m/archives/002262.html

言及いただいたので、お返事を。

外国人参政権問題と歴史問題については、ネタ元となっている本の法律関係と絡む部分だけは要約して紹介していました。

定住外国人参政権についてまとめるならば、日本特有の問題とその生じた経緯、或いはそもそも自国民と外国人、この定義が諸外国でどのように違うのか、という部分を説かないと、スナップショットで「外国人」であるものに対して、やはりスナップショットで「どう扱われているか」という部分を説くだけでは、フェアではない気がするのです(飽くまで個人的着眼点では、ですが)。

或いは逆に、完全にスナップショット情報提供に徹するのであれば、そもそも「(スナップショットとして)定住外国人」であるということと、「強制連行」だの「国籍剥奪」だのは関係ないはずなので、その辺の歴史については一切説かないか、どちらかの方がよいと思うのです。

 でないと、たとえば「国籍剥奪」のところで、国籍選択権が付与されなかったのは韓国政府・在日朝鮮人側の責任、という情報だけが提供されて、その一方で外国人参政権は無理筋だよね、という印象が伝わってしまうと、在日朝鮮人は元々自分達が悪いくせに無理筋の要求を突きつけてくるいい加減な奴ら、という印象を持たれたり、攻撃材料にされたりする懸念がないか、というふうに思うのです。

で、上記のご指摘をいただいたのですが、個別項目を記述していた時は気がつきませんでしたが、全体を俯瞰してみるとなるほどと思いました。在日コリアンに関しては、簡単に歴史的経緯と国籍取得特例法案について触れておいた方がいいですね。

後、補足として。

【私も言いたい】永住外国人への地方参政権付与 「反対」圧倒的な9割超から、

 (1)永住外国人へ地方参政権付与を容認すべきか

  YES→5%、NO→95%

 (2)むしろ帰化の条件を緩和すべきか

  YES→11%、NO→89%

 (3)容認すれば、国益が損なわれると思うか

  YES→94%、NO→6%

まあ、(1)の「永住外国人へ地方参政権付与を容認すべきか」の方は、私も消極的反対(理由は後述)なので、判らんでもないと思います。

というか、反対する気持ちを理解すると言うよりは、これだけ反対する人が多いのだから、別の攻め口があるだろう、的な視点で。

だが、(2)の「むしろ帰化の条件を緩和すべきか」の方。

これだけの反対だったら別に問題ないのだが、(1)と合わせてのクロス集計で両方に反対したような人達は、何を考えてるのでしょうか?

産経のアンケートなのでこんな数字が出ていますが、過去に外国人参政権がホットな話題になった時の世論調査では違った数字が出ています。

http://www7.atwiki.jp/epolitics/pages/224.html#id_a08ecb0d

川崎市(1993年)

外国籍市民の市政参加割合
是非とも必要29.8%
どちらかといえばあったほうがよい30.1%
必要ない23.8%
無回答16.2%

出展:梶田孝道「外国人参政権」

朝日新聞(1994/03/09)

地方参政権(選挙権・被選挙権)割合
認める47%
認めない41%
その他12%

※認めるのうち、近畿57%、関東48%

調査データ:3000人(面接)、回収率77%

毎日新聞(1995/03/29)

地方の首長・議員の参政権(選挙権・被選挙権とも)全体
与えるべきだ41%46%36%
与えるべきでない17%20%15%
どちらでもよい22%21%23%
わからない19%13%24%

調査データ:3000人(面接)、回収率71%

読売新聞(1999/03/05)

地方選挙での投票・立候補について
両方とも認めるべきだ32.2%
投票は認めるべきだ33.4%
両方とも認めるべきでない24.5%
答えない10%

調査データ:3000人(面接)、回収率67.2%

ちなみに、産経のアンケートの設問は以下のようになっていて、インターネットでの調査のようです。

「永住外国人への地方参政権付与」/「容認する?」 - MSN産経ニュース

http://sankei.jp.msn.com/life/lifestyle/090820/sty0908201225003-n1.htm

 民主党の鳩山由紀夫代表は今年4月(当時幹事長)、「日本列島は、日本人だけの所有物じゃない」と発言し、波紋を呼びました。しかし、参政権は憲法にもうたわれた国民固有の権利であり、地方参政権に限っても「外国籍者には認めるべきではない」という反対論が強く、同党内にも異論があります。

 そこで、

 (1)「永住外国人へ地方参政権付与を容認すべきか」

 (2)「むしろ帰化の条件を緩和すべきか」

 (3)「容認すれば、国益が損なわれるか」

 意見は25日午前11時までにMSN産経ニュースへ。

2009-09-21

子ども手当て関連のデータに関して

子ども手当:「所得制限を」社民と国民新 - 毎日jp(毎日新聞)

http://mainichi.jp/select/today/news/20090921k0000m010041000c.html

定量的なデータが不足しているとのコメントを見かけましたので、簡単に触れておきます。

子ども手当ての概要

現行の児童手当ては小学生(12歳)までで1人目〜2人目は月5,000円、3人目以降は月10,000円支給するもので、使っている予算は約1兆円です。民主党案は、これを中学生(15歳)までかつ1人26,000円に拡張しようというものです(少し前までは一人16,000円でしたが、選挙の際に26,000円に拡張しました)。

この施策のために必要な財源は年間5.3兆円で、民主党は財源として配偶者控除(0.6兆円)と扶養控除(0.8兆円)を廃止した増収分、現在の児童手当ての1兆円を転換する予定だそうです(合計2.4兆円)。但し、それでも差引きの2.9兆円が不足し、この分はどこから捻出するのかが問題となっています。

財源問題の厳しさ

民主党の施策は、10〜13年度の各年度ごとに所要額の内訳も示していますが、段階的に実施し、約束通りの規模で行った場合は2013年度には16.8兆円になります。本題から外れるので説明は省きますが、「官僚の無駄遣い」を改めたところで、こんな財源が確保できる訳はありません。

また、高齢化率の上昇に伴い、社会保障支出は年間で8,500億円〜1兆円の純増になります(小泉内閣の「社会保障費2,200億円削減」というのは、伸び幅を7,800億円にするといったもの)。 社会保障支出にしても、社会保障給付費(年金、医療、福祉その他)の国民所得費は11.5%(1980年)→23.87%(2006年)とかなり厳しい水準まで上昇していて、少しの財源を確保しても社会保障の自然増に呑み込まれてしまいます。

社会保障給付費の推移などは、以下の通りになります。

年度社会保障給費対前年伸び率高齢化率国民所得対前年伸び率社会保障給付費/国民所得
198024兆7,736億円12.7%9.1%203兆2,410億円11.5%12.19%
198536兆6,798億円6.1%10.3%261兆0,890億円7.4%13.67%
199047兆2,203億円5.2%12.0%348兆3,454億円8.1%13.56%
199564兆7,243億円7.0%14.5%374兆2,775億円0.1%17.29%
200078兆1,191億円4.1%17.3%371兆8,039億円2.0%21.01%
200587兆7,827億円2.2%20.1%366兆6,612億円0.8%23.94%
200689兆1,098億円1.5%20.8%373兆2,466億円1.8%23.87%
所得制限を行った場合に確保できる財源

上記までの議論を踏まえて、現実的に財源を確保するためには所得制限というのを考慮する必要があります。

1 年次推移別の所得の状況 厚生労働省

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa03/2-1.html

厚生労働省のデータを見ると、世帯年収1,000万円以上は15%の割合になっていますので(世帯なので、共働きの場合は夫と妻の年収を合算)、単純計算で5.3兆円×15%で7,950億円が毎年節約できます(共働き世帯は1,011万世帯で、専業主婦世帯は825万世帯の割合です)。

なお、15%という割合の妥当性ですが、児童をもっている世帯の年収の正確なデータはありませんが、子育て家庭は、平均の世帯年収よりも100万円以上世帯年収が高いため、大きくは下回らないか、むしろ増えるのではないかと思います。

この浮いた7,950億円は子ども手当ての足りない財源とするのが通常だと思いますが、視点を変えて「子育て支援」の枠組みの一環として捉えると、以下の少子化対策の他の施策を行う事もできます。

(1)自民党が主張していた幼児教育(3〜5歳児に対する幼稚園・保育所などを通じた幼児教育費)の無償化:7,900億円

(2)自民党が主張していた奨学金の充実・授業料減免制度拡充:2,293億円

(3)民主党が主張している高校教育の無償化:4,500億円

(4)民主党が主張している出産育児一時金の38万円→55万円への増額:1,400億円

(5)民主党が廃止する予定の配偶者控除の廃止取りやめ:6,000億円

(6)民主党が廃止する予定の扶養控除の廃止取りやめ:8,000億円

結論

結論は特にありませんが、(1)親の所得の調査は市役所ないし国税庁がしっかり把握している(2)所得制限を行うと7,950億円が節約でき、それによってできる少子化対策の施策はたくさんある、という事だけは提示しておきます。