Hatena::ブログ(Diary)

雑記帳

2009-09-14

教育問題に関して(前編)

閲覧者の方も増えたみたいなので、まとめて書いてみます。長いので、前・後編に分けます。

日教組を叩きたがる人たち - さだまさとの日記

http://d.hatena.ne.jp/sadamasato/20090913/1252865485

私的には自明なことだし、完全横入りなのであまり書きたくないが - 国士無双の名前負け日記 十三向聴くらい

http://d.hatena.ne.jp/thirteen_orphans/20090914/1252874358

トラバをいただいた日記は、上記の2つです。

議論を行う上での基本

まず、真面目に議論を行う場合の基本から。

(1)批判・反論(criticism)に対しての対応がきちんとできること(反論、抗弁、受け入れた上での自己論理の改善)

(2)違う意見に対して並立を良しとせず、妥協点を模索するか問題点の追及に勤める

→妥協点の模索を行う場合は、矛盾や妥協に対する想像力を持っている事が重要

(3)自己論理において一貫性、論理性がある事を理解できていること


次に、ウヨサヨ系の議論の特徴。

(1)議論の本質的な内容よりも、「議論の影響力」に注目する

(2)自分と違った意見を持つ人のポリティカル・バックグランウンドについての言及が中心となり、相手の「議論の影響力」を低下させるためのレッテル張りが中心になる


ウヨサヨ系に絡む「政治的意図」に関しては、真面目に反論すると以下のように周辺状況も含めて詳細に返す必要があって労力を要するのですが、参考として国籍法の時のものを引用します。

マスコミの陰謀

http://www7.atwiki.jp/epolitics/pages/12.html#id_ac934ec9

左翼思想と法曹界の陰謀

http://www7.atwiki.jp/epolitics/pages/44.html#id_b947eb50

国籍法とカルデロン一家問題の時の支援弁護士について。

(質問)それから、不可解なのは一外国人が最高裁まで闘うにはそれ相当のお金が必要だと思うのですが、何処かの団体のバックアップがあったのだろうと思います。

(私の返答)

まずは、一般論から。

弁護士は、民事や企業法務などの「儲かる」仕事以外に、持ち出しでボランティア的に取り扱う分野がある場合が多いです。それは刑事事件であったり、研修所や大学などでの行進育成であったり、日の当たらない人の支援だったりします。

この割合は人によって違いますが、刑事事件の場合は、自分の取扱い事件の10%程度だったら「かなり頑張っている」といわれるようですので、殆どの人はそれ以下の割合で出来る範囲でやっているのだと思います。

次に個別論になりますが、そういった日の当たらない人の支援の中で、外国人事件を趣味やライフワーク的に選ぶ弁護士もいます。

1999年にこの種の外国人事件で有名な在特一斉行動というのがありましたが、その時に集まった弁護団(弁護士)は32人で、その資金の大半が弁護士の持ち出しで残りはカンパで賄ったようです。

で、こういった疲れる反論はしたくないので率直に言いますが、私はサヨクではないですし、日本を脅かす外国の手先やネトウヨと戦う聖戦士でもないので(笑)、自民・民主・ネトウヨ・サヨク関係なしに、問題があると思ったり、その主張内容に賛同・擁護する点が少ない場合などは批判します。

日教組に関しては、「左翼」だから批判するのではなく、「失敗している教育政策の片棒を担ぎながらも責任をスルーしている集団」だから批判しますし、「ネトウヨの敵orサヨクの仲間だから批判しない」という行動様式はとりません。

補足しておくと、ブコメに関しては適当に感想を書いているだけの分野もありますが、真面目に議論をする場合は、法律問題はロースクール卒の人に、教育問題は教育政策を専門としている院生の人に聞いて確認を取るなどの事はしています(そして、それよりも上のレベルの議論に触れれば認識や記述は変更します)。

ウヨサヨ系の議論に関連する事は以上で、次は教員免許更新制度と日教組の関係について。

教員免許更新制度と日教組の関係

教員免許更新制の議論自体は1980年代からありますが、直接的な経緯は、教育改革国民会議の報告を受けた中教審への諮問から始まります。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/010401.htm

その報告は2002年に出されました。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/020202.htm

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/020202/020202d.htm

この時は可能性の検討という形でしたが、2004年に中教審に対して導入を前提とした諮問が行われます。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/04102201.htm

これは一度の中間報告を経て、2006年に答申が出て、それを元に2007年に教育職員免許法を改正して導入しました。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/05120802.htm

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/05120802/015.htm

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/06071910.htm

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/06071910/010.htm

これに対して、日教組は当初より反対の姿勢を示しています。

http://www.jtu-net.or.jp/2007/04/post-6.html

http://www.jtu-net.or.jp/proposal_05.html

07年の教員免許法「改正」をうけた教員免許更新制の導入(09年4月1日)に対し、教育現場から不安や不信の声が多く出されている。08年6?9月にかけて大学・法人等で試行が実施されたが、講習内容・修了認定、教職員への負担など問題点・課題が表面化している。学校現場の混乱を招かないよう、制度の分析・検証は必要不可欠である。多様な講習開設・受講機会、費用負担に関する国の支援策、講習と研修の整理・統合など、学校現場の実態に即した制度の見直しを求めていく必要がある。教職員の専門性の向上は本来、学校現場における教職員同士の学び合いなどの同僚性、自主的な研修・研究、子どもたちとの教育活動や地域・保護者とのつながりなど、日々の教育活動の中で高めるものである。免許更新制に特化するのではなく、養成・採用・研修一体となった改革が重要である。

1. 教員免許制度については、更新制を導入するのではなく、教職員の養成・研修を一体的のものとしてとらえ、十分議論すること。

民主党の有力な支持母体に日教組がある事は周知の通りですが、民主党も政策集で教員免許更新制の抜本見直しを掲げています。

http://www.dpj.or.jp/policy/manifesto/seisaku2009/11.html#

日教組の教育政策における思考の基盤となっているのは、いわゆる「内外事項区分論」という戦後教育界ではスタンダードな考え方です。

これは簡単に言うと、教育行政の仕事は「教育環境の整備(外的事項)」であり、「教育の中身(内的事項)」は教育に実際に当たる人々(基本は教員)が決める事であるとするものです。

民主党の政策方針がかなり忠実にこの考え方を踏襲しているのは、学習指導要領の大綱化(尚、これは教科書裁判の判例にも基づいている)や教科書採択の細分化方針、中央教育委員会設置の方針などを見れば明らかです。そして、最後の駄目押しとして、9月12日の輿石氏(日教組出身議員で参議院のボス)の発言があり、教員免許制度は廃止がほぼ確定になりました。


安部政権が導入した教員免許更新制度に関して詳しく説明すると、当初は「指導力不足」や「組合や政治活動で度重なる処分を受けた教員」が「不適格教員」の定義であり、この場合は左右対立の問題でした。導入の際には、「高校教師でありながら自分の教科の高校入試で50点も取れなかった教師」などがクローズアップされ、そういった問題意識や日教組の反対運動を背景に議論を積み重ねた結果、不適格教員の定義から「組合や政治活動で度重なる処分を受けた教員」という定義が外れ、文部科学省の方も「不適格教員を作らないようにするために強制的な研修を行わせる」という風に目的を変質させました。これが教員免許更新制度であり、現在の制度では、左右の政治思想は関係ありません。左右を問わずに、「意味がない」といっているのは、骨抜きにした現行制度ですが、この制度は運用を変更すれば不適格教員の問題に対処する事も可能です。


教員の資質改善に関しては、真面目な人は自主的に研究団体等で研鑽を積むなどの努力をしていますが、正直な所、そういう人は少数です。やる気の無い人はやっぱりやる気が無いわけで、それに対処するには、ある程度は恐怖を用いるしかないでしょうという事が、「教員免許更新」という形が採用された理由の一つです。そのため、教員免許更新制度に関係があるのは、「左翼としての日教組」ではなく、「労働組合としての日教組」です。

それを踏まえて、政治思想に関わらずに能力的な不適格教員への対処として、(1)免許更新制を維持した上で中身を変えるのか?(2)廃止するのか?という点が問われています。

「ゆとり教育(のうちの「総合的な学習」)」に関しては、しつこいくらいにそれを行う教員の資質・指導力の改善が指摘され、求められ続けてきましたが、そういった教育政策は失敗に終わっておきながら、教員だけは「10年に1回、30時間程度の研修」も嫌だというのは……という事で、私の日教組への認識は「左翼としての日教組」ではなく、「失敗している教育政策の片棒を担ぎながらも責任をスルーしている集団」です。

「労働組合としての日教組と教員免許更新制度」について触れると、「教員免許更新制度」に関しての日教組の力の入れ具合は、日教組のサイト内では独立したテーマとして扱われ、専用のリーフレットもあります(http://www.jtu-net.or.jp/syun0902a.html)。

民主党が政権を取る前の訴えなので柔らかい表現になってますが、労働組合を名乗る以上看過出来ない問題だというのは見ての通りで、今回の選挙の際に、組合・非組合を問わずに教員票のかなりが民主党に流れた理由がこの制度の廃止のためとされています。そして、教員免許廃止制度は選挙の見返りの最重要項目として、真っ先に槍玉にあがったのはニュースの通りです。

日教組の自己防衛に関しては、イデオロギーの問題では無く、これに対処できない場合は教員の支持を失って自己崩壊を起こす事が目に見えているので、そういった事への組織防衛という意味です。

補足

現在の「不適格教員」の定義は、以下の通りです。

2.「指導が不適切である」教諭等の定義:文部科学省

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/jinji/08022711/003.htm

2 「指導が不適切である」ことの認定について(第25条の2第1項関係)

 「指導が不適切である」ことに該当する場合には、様々なものがあり得るが、具体的な例としては、下記のような場合が考えられること。

 各教育委員会においては、これらを参考にしつつ、教育委員会規則で定める手続に従い、個々のケースに則して適切に判断すること。

 教科に関する専門的知識、技術等が不足しているため、学習指導を適切に行うことができない場合(教える内容に誤りが多かったり、児童等の質問に正確に答え得ることができない等)

 指導方法が不適切であるため、学習指導を適切に行うことができない場合(ほとんど授業内容を板書するだけで、児童等の質問を受け付けない等)

 児童等の心を理解する能力や意欲に欠け、学級経営や生徒指導を適切に行うことができない場合(児童等の意見を全く聞かず、対話もしないなど、児童等とのコミュニケーションをとろうとしない等)

sadamasatosadamasato 2009/09/15 05:30 「日教組や教員の支持を失うのが怖くて教員免許更新制を廃止したのが自己防衛だ」とseijigakutoさんが考えておられるということですか?

そうではなく、日教組や、その他の教員が免許更新制に反対する合理的な理由があり、その合理性に基づいて免許更新制が廃止されたのではないでしょうか。日教組のページを見ても、妥当な批判だと思いますが。妥当な批判に基づく政策変更も「組織防衛」とするならば、あらゆる施策が組織防衛になりませんか?

>「ゆとり教育(のうちの「総合的な学習」)」に関しては、しつこいくらいにそれを行う教員の資質・指導力の改善が指摘され、求められ続けてきましたが、そういった教育政策は失敗に終わっておきながら、教員だけは「10年に1回、30時間程度の研修」も嫌だというのは……

安倍政権時代の朝生で日教組の委員長が、「総合的な学習の充実のために教員が割ける時間があまりにも少なすぎる」と言っていたのが印象に残っております。30時間も大学まで出かけて講習を受けている余裕がない、というのも首尾一貫した主張だと思います。

どうやら、「日教組が片棒を担いだゆとり教育や総合的な学習は失敗に終わった」というのがseijigakutoさんの持論のようですが、教育行政専門の院生のお知り合いもいらっしゃるようですし、そのようにゆとり教育を総括したような論文(査読付きの全国学会誌がベターです)をご教示いただけると幸いです。できれば、J-STAGEやJournal@rchiveで全文読めるようなものであればなお嬉しいのですが、とりあえず論文の情報だけでも。とにかく、「ゆとり教育は失敗だった」という空気ばかり先行して、教育学的・教育行政学的にきちんと分析されたものを見たことがないので、ぜひ教えて下さい。
個人的には、
http://d.hatena.ne.jp/kaikai00/20070314/1173802484
http://d.hatena.ne.jp/kaikai00/20070922/1190391320
といった主張に共感を覚えてしまうのですが。

教員免許更新制をどうデザインすれば不適格教員を排除できるのか、全く見当もつきませんが、その点については後編のお楽しみ、でしょうか。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2009/09/15 06:53 疑問だらけだなあ(笑い)
後編を読めば分かるのかもしれんが。

>ウヨサヨ系の議論の特徴。

ウヨサヨだって、マトモな議論をする人はいますが。それと「議論の影響力」や「議論のバックグラウンド」だって、時には必要な指摘でしょうに。

>「教育の中身(内的事項)」は教育に実際に当たる人々(基本は教員)が決める事であるとするものです。

「教育に実際に当たる人々」には少なくとも当事者である親は入っていたと思いますが何故書かないんですか?。
それと、考え方としては地方分権・教育版みたいなものでそれほど問題とは思いませんが。

>日教組に関しては、「左翼」だから批判するのではなく、「失敗している教育政策の片棒を担ぎながらも責任をスルーしている集団」だから批判しますし

「失敗している教育政策」とは何ですか?
「失敗している教育政策」もあなたが支持(?)する免許更新制も制度設計者は文科省なんですが後者は何故正しいと思えるんですか?
責任をスルーしてるって根拠は何ですか?
(また、id:sadamasato氏のコメントも指摘しているように思いますが、免許更新制を支持しないと責任をスルーしたことになるんですか?)
大体このあなたの理論だと、「医師会は失敗している医療制度の片棒を担いだのだから厚労省批判するな」「医師会が批判しているから後期高齢者医療制度を支持する」とか、とんでもないことになりませんか?
「主張する資格があるかどうか」と「主張が正しいかどうか」は別問題でしょうに?
(あなたの主張こそ、バックグラウンド(日教組がどうたらこうたら)を重視するウヨサヨの主張そのものでは?。日教組や教員以外にも批判者はいるのに!)
それと一億総懺悔的になってしまいますが、教員や文科省など教育関係者以外の人間も、教育には親として、あるいは選挙民として様々な責任があると思うのですがそれはスルーですか?

seijigakutoseijigakuto 2009/09/15 06:58 >sadamasatoさん
おはようございます。

日教組関連の所は、「ゆとり教育」の評価論になるので省略します。
「ゆとり教育」「子ども中心主義」は、端的にいって、親の年収・学歴・子供の学力が高い層を対象にして行った場合は一定程度機能し、そうでない層を対象にした場合は失敗します。
奇しくも、新自由主義者と進歩主義教育論者が同一歩調をとっているといわれていますが、これを全国的に展開した場合は、ただ単に学力・学習意欲の格差を拡大させるだけの結果を導きます。
そのもたらす帰結は階層化社会の促進で、その事は財界系の教育課程審議会会長も明言しています(「出来ん者は出来んままで結構、エリート以外は実直な精神だけ持っててくれればいい」「限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです」「魚屋の息子が官僚になるようなことがあれば不幸になる」などの発言)。

「総合的な学習」に関しては、日教組以外にも文部科学省が推進して自民党が了承を出しました。但し、現在でも「ゆとり教育を推進すべき」という主張を続けているのは日教組だけです(2007年7月1日、TBS「JNN報道特集」)。
「ゆとり教育」の総括論文に関しては、探してみます。とりあえず、書籍では、苅谷剛彦「教育改革の幻想」山内乾史/原清治「学力論争とはなんだったのか」などが、豊富なデータやインタビューを使って端的にまとめています。ゆとり教育擁護派の書籍も何冊か読んでみましたが、人文的なものばかりで、残念ながら説得力を感じるものはありませんでした。

後は、英国・米国・ドイツなどに留学している方などとも議論したり、理系の研究者の方にも、企業で求めらている水準を聞いて検討しましたが、「ゆとり教育」は到底擁護できるようなものではないという結論しか出てきませんでした。

「総合的な学習」に関しては、一番重要な所として「楽しい」でも、enjoyとinterestingの区別をつけるべきだと思います。
「考える力」「思考力」に関しては、英国での政治学のテストを例にとります。
political theory
Why, according to Hobbes, must political authority absolute? Are Hobbess' reasons for this view convincing?

この場合、「ホッブスが何を論じたか」という知識は外せませんが、そこから一歩踏み込んだ場所では、知識の場所・論拠・粋な思考能力で持っても答えることができます。
教師には、(1)答案採点者として、生徒を遥かに上回る理解と能力(2)こういった問題に対して答える能力を養うにはどうすればいいのか?を考えて指導方法を改善していく能力、などが求められていて、「ゆとり教育」「総合的な学習」を有効に機能させるには、教師の方も相応の努力を行う必要があります。
で、「10年に1回の30時間程度の研修も嫌だ、代わりの制度は提案しない」という集団が、そういった「総合的な学習」を上手く機能させるための努力をしているようには見えません。

教員免許更新制度については、「ないよりはマシ」といった程度なので、どうデザインすればいいのか?については考えさせてください。

seijigakutoseijigakuto 2009/09/15 07:02 >bogus-simotukareさん
他の方の日記等での議論は拝見しています。
申し訳ありませんが、不毛な議論を続ける気力はありませんので、後編を読んだ上でbogus-simotukareさんの好きなように解釈して下さい。

testtest 2009/09/15 11:28 seijigakutoさん

いつも楽しく拝見させていただいております。
bogus-simotukareさんに関しては、あまり真剣に議論する必要は無いと思いますよ。
週間オブイェクトなど、さまざまなブログで不毛な因縁付けばかりしている人なので…。

bogus-simotukarebogus-simotukare 2009/09/15 19:06 seijigakutoさん
testさん

不毛な因縁ツケをしているつもりはないのですがね。(まあ、私の文章力がないせいかもしれませんが。少なくとも、この「右翼め!」みたいなレッテル貼りはしていないでしょうに?)
それと不毛な因縁ツケや誤読であっても、自分の考えをより多くの人に分かってもらうためにあえて反論するという選択肢もあるでしょうに(私の知ってる例ではid:mascka氏がそうですね)。
大体、ブコメを見てもあなたに賛同できないという人(もちろん、id:sadamasato氏もその一人ですが)は少なくないわけですし。勝手にどうぞ、応答しません(←ということですよね)というなら勝手にします(苦笑い)。(はてブをつけたり、自分のブログにネタにすることはあるかもしれないが、批判の必要がある明らかな事実誤認でもない限りあなたのエントリにコメントはつけないつもりです。応答されないのにコメントつけるのは荒らしみたいですし。まあ、明らかな事実誤認は私が突っ込まなくても誰か(id:sadamasato氏など)つっこむでしょうが)
それと様々なブログって私がブログ主に賛同できんと突っ込みを入れたのはJSFのところと久間和毅氏のところぐらいですよ(もしかしたら他にも突っ込みを入れたかもしれないが少なくとも因縁よばわりはされていない)。それなのに「様々」なんですか?

5963059630 2009/09/16 00:36 ご無沙汰しています。いつぞやはお世話になりました。お忙しい中申し訳ないのですが、情報提供板でコメント投稿をしようとしたところ、ブログ会員のみの書き込みを受け付けていると出たのですが、これは仕様なのでしょうか。できたらでかまいませんので、お答えいただければと思います

seijigakutoseijigakuto 2009/09/16 06:17 >sadamasatoさん
知人の院生に聞いてきましたが、指定された条件+論文という形式のものに関しては、ゆとり教育全体の評価に関してのものは、まだ「ゆとり教育」が撤回されていない事もあって、条件に沿うものはないそうです。
書籍に関しては、藤田英典『義務教育を問いなおす』ちくま新書(2005)などは全国紙に書評が載った教育社会学者の著作ですので、条件に近いと思います。

但し、私の論旨は「ゆとり教育は学力格差を拡大して総合的な学習は機能しない」というものであって、その責任の一端は教師や日教組にもあるというものですので、「日教組が片棒を担いだゆとり教育や総合的な学習は失敗に終わった」という風なイデオロギー的な解釈方法はしていませんので、その点はご了承下さい(というか、実証研究をする学者は、イデオロギー的な解釈方法は余りしません)。

教員免許更新制度に関しては、普段の教師に対する評価(査定)を用いる方法等も考えられます。
親・子供・同僚・管理職などによって複合的な評価(相対評価より絶対評価の方が望ましい)を行い、その内、著しく低い評価を連続して叩きだした教員(3年連続とか、5年の内3年とか)には退職してもらうという感じになります。

>testさん
>bogus-simotukareさん
傍で見る限りですが、macksaさんの苦労も、JSFさんの所での問題も、知っています。私にはそこまでできる気力と時間がないので、こういった対応をさせていただいています。

不賛同のブコメをされている方に関しては、それぞれ関連分野への知識や認識も違いますので、参考文献の要約や紹介なども絡めながら、追々説明させていただこうと思っています。
殆どが図書館で借りてきたものですが、今の所の参考文献リストを晒しておきます。
清水一彦編『最新教育データブック 第11版』時事通信社(2006)
立田慶裕『教育研究ハンドブック』世界思想社(2005)
寺脇研『21世紀へ教育は変わる』近代文芸社(1997)
寺脇研『何処へ向かう教育改革』主婦の友社(1998)
寺脇研『格差時代を生き抜く教育』ユビキタ・スタジオ(2006)
寺脇研『さらばゆとり教育 学力崩壊の「戦犯」と呼ばれて』光文社(2008)
苅谷剛彦『教育改革の幻想』ちくま新書(2002)
苅谷剛彦『なぜ教育論争は不毛なのか』中公新書(2003)
苅谷剛彦・山口次郎『格差社会と教育改革』岩波ブックレット(2008)
苅谷剛彦『教育再生の迷走』筑摩書房(2008)
藤田英典『教育改革―共生時代の学校づくり』岩波書店(1997)
藤田英典『教育改革のゆくえ―格差社会か共生社会か』岩波ブックレット(2006)
加藤幸次・高浦勝義編『学力低下論批判』黎明書房(2001)
市川伸一『学力低下論争』筑摩書房(2002)
苅谷剛彦・濱名陽子・木村涼子・酒井朗『教育の社会学 「常識」の問い方, 見直し方』有斐閣(2000)
苅谷剛彦『学力の社会学−調査が示す学力の変化と学習の課題』岩波書店(2004)
苅谷剛彦『学校・職業・選抜の社会学 高卒就職の日本的メカニズム』東京大学出版会(1993)
苅谷剛彦『階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ』有信堂高文社(2001)
苅谷剛彦『学力と階層 教育の綻びをどう修正するか』朝日新聞出版(2008)
本田由紀『若者と仕事――「学校経由の就職」を超えて』東京大学出版会(2005)
本田由紀『多元化する能力と日本社会――ハイパーメトクラシー化のなかで』NTT出版(2005)
本田由紀『若者の労働と生活世界――彼らはどんな現実を生きているか』大月書店(2007)
財務省財務総合研究所『日本の所得格差と社会階層』日本評論社(2003)
白波瀬佐和子編『変化する社会の不平等 少子高齢化にひそむ格差』東京大学出版会(2006)
苅谷剛彦・西研『考えあう技術』ちくま新書(2005)
山内乾史・原清治『学力論争とはなんだったのか』ミネルヴァ書房(2005)
東京学生教育フォーラム『学生による教育再生会議』平凡社新書(2007)
保坂展人・斎藤次郎・吉永みち子『こうすれば学校を救える』風媒社ブックレット(2000)
土井健郎編『「教育改革」は改革か 子供を救うための10大論点』PHP(2001)
尾木直樹『週休2日で子どもの頭が悪くなる?』主婦と生活社(2002)
堀尾輝久・波本勝年・石山久男『今、なぜ変える教育基本法』大月書店(2003)
辻井喬・藤田英典・喜多明人『なぜ変える教育基本法』岩波書店(2006)
検証 地方分権時代の教育改革『地域から教育課題を立ち上げる』岩波ブックレット(2005)
検証 地方分権時代の教育改革『杉並区立「和田中」の学校改革−』岩波ブックレット(2008)
検証 地方分権時代の教育改革『教育改革を評価する 犬山市教育委員会の挑戦』岩波ブックレット(2006)
検証 地方分権時代の教育改革『「教員評価」』岩波ブックレット(2009)
教育科学研究会『子どもの権利条約 学校は変わるのか』国土社(1991)
原田信之『確かな学力と豊かな学力 各国教育改革の実態と学力モデル』ミネルヴァ書房(2007)
岩波講座現代の教育『世界の教育改革』岩波書店(1998)

>59630さん
設定等は変更していなかった(というか、放置していました)のですが、そうなっていた事に気が付かずに申し訳ありません。

今設定を変更してきましたが、書き込めるようになっているはずです。
ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。

じゅくじゅく 2009/09/16 09:14 教育基本法改正の件も含めて考えてみるに、左右対立の問題が提案から表面上は取り除かれたといっても、制度運用としてそのようにしたいという暗黙の意図があるのではないかという疑いは捨て切れませんね。制度として一度導入してしまえば、反抗的な教員に対していわば「伝家の宝刀」として使えるのですから。
また免許更新講習がかなり適当に運用されているとの報道があるので、文部官僚もこの制度をあまりまともに運用する気がないのではないかと推測しています。官僚というのは制度にイデオロギー対立を持ち込まれるのを好みませんので。

5963059630 2009/09/16 11:28 すばやい対応に感謝します。早川さんのブログもあの頃と違い、一部の人達を残して静かになってしまいました。例の法案(敢えてここでは語らず。トピック違いの話題ですので)に関する戦いはまだまだ続きそうな予感ですが、出来うる限りの付き合いをしていこうと思っています。

seijigakutoseijigakuto 2009/09/17 00:44 >じゅくさん
制度運用に関しては、文部科学省は制度を骨抜きにした事から分かる通り、余りやる気はないと思います。教育基本法改正にしても、文部科学省は教育財政の後退を食い止めるため、教育振興基本計画と抱き合わせで呑んだという解釈がありますが、私もそんな所ではないかと思います。

教員免許更新制度に関しては、教育再生会議の初期は、不適格教員の排除のためのツールとして積極的な位置づけをされていましたが、福田総理の時代になって、そういった使い方を示唆する事もやめたようです。

但し、不適格教員に対する社会の批判にどう対処するかは別の問題で、別に教員免許更新制度を廃止する事はかまいませんけど、日教組の現役教員への代替案は↓です(教員養成課程の6年制は、新人向けの改革案です)。
>>日教組の基本的認識
>>教職員の専門性の向上は本来、学校現場における教職員同士の学び合いなどの同僚性、自主的な研修・研究、子どもたちとの教育活動や地域・保護者とのつながりなど、日々の教育活動の中で高めるものである。

研修環境の充実という一般論には異論はありませんが、一般教員が97万人で、管理職が7万8,000人、指導力不足教員は506名で不適格教員は6,553人と1%以下のお手盛り裁定なので、自分達の身分保障を図ってゆとり教育推進になると……社会がどういう目線を向けるかにも注意を払う必要があると思います。

>59630さん
早川先生も引退してしまいましたからね。質の高い議論を行う場所になって、与野党の議員や官僚から注目されるようなブログになっていけばと思います。
例の法案に関しては、民主党政権になったので結構安心ですが、後退しないように、懸念を少しでも多く払拭できるように注目していこうと思います。

じゅくじゅく 2009/09/17 10:44 >但し、不適格教員に対する社会の批判にどう対処するかは別の問題
凡そ同感ではありますが、ではどうするかと言われると悩みますね。

ちなみに、地方部においては教員というのはかつての名士の末裔等が勤めていることが結構あり、その意味では特定郵便局の弱い版と行った趣きがありますので、そう簡単には扱える問題ではないように思います(ex.大分の教員昇進に纏わる汚職事件)。seijigakutoさんは主に都市部の公立学校を問題視されているようですから、それならば国政レベルよりも都道府県レベルでの解決を目指したほうが良いのかもしれません。具体的にどうという案があるわけではありませんが。

seijigakutoseijigakuto 2009/09/18 00:00 >じゅくさん
具体案になると、私も余り良いアイデアは思い浮かびません。
地方部においては、「特定郵便局の弱い版」という感じはおっしゃる通りで、私が東京生まれで東京在住のため、都市部に偏った見解になる事もありますので、地方の実情などを知らせていただけるのは助かります。

この辺りは、もう少し調べて何かいいアイデアがないか考えてみようと思います。
とはいえ、民主党政権だと、よっぽど世論が問題視しない限りは、政治日程にのぼる可能性はないと思いますけど。

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