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2006-05-08 あらら、サイバースペース。

AERA

AERAに取材を受けたときのレポ 〜まとめサイトの作られ方〜

本日発売の雑誌『AERA』に「グーグルが支配するIT民主主義」という特集が組まれており(参照)、そこにchikiの短いコメントが掲載されています。コメントは、4月の中旬に受けた取材が元になったもの。いちネチズンとして、google政治やサイバーカスケードについてどんなことを考えながらまとめサイトを作ったのかとか、大体そんなことを話しました。取材場所は新宿の喫茶店にて。取材はだいたい1時間ほどで終わりました。



コメントは短いですが、せっかくなので当日の取材でお話しさせていただいたことを一部を除いて掲載します。誤解を招きそうな言い回しを一部変更したり、参照リンクをつけたりはしましたが、会話はほとんどそのまま。話した順番なんかも全然直してないので、議論がいったり来たりして分かりづらいところもあるかと思いますがお許しを。「記者ってこういう質問をするんだなぁ」とか「この取材がこういう記事になるのね」とか「chikiの亜インテリっぷりワロス」とか「まとめサイトはこうやって作られるのか」とか「ここにネチズンの症候を読み取る」とか、それぞれ色んな楽しみ方をしてくださればいいと思う。



なお、特集には東浩紀さん、神保哲生さん、近藤淳也さん、山口貴士さん、佐々木俊尚さん、「悪徳商法?マニアックス」の管理人さんらもコメントを寄せており、昨今活発化している情報社会に関する議論について平易にまとめてあるので、一読の価値アリです。ちなみに今週のAERAには杉浦由美子さんの「文化系女子vs.東池袋オタク女子」って特集もあって、色んな意味でまた話題になりそうです。




――どうも、本日はお忙しい中、ありがとうございます。

いえ。今日はちょうどお休みなので、全然暇でしたし。



――それでですね、現代では「グーグルの検索にひっかかる」ということが持つ影響力が大きくなっているのではないか、という趣旨の記事を書こうとしてるんですよ。特に今後、政治的なキーワードのランキングが大きな関心ごとになっていくであろうと思うんです。そこで、「ジェンダーフリー」という言葉を検索したとき、アンチなサイトばかりが並んでいる状況で、まとめサイト(参照)を作ったうえでランキングをあげようと思った経緯などを伺えますでしょうか。

分かりました。私は人文系のニュースサイトをずっと運営していました。で、サイトではきまぐれに「○○特集」などのエントリーを書くことがあるんですが、そのノリで、2004年春頃かな、フェミニズムバッシングやジェンダーフリーバッシングを行っているサイトを特集してみたんです。それ以来、それらのサイトを継続的に興味深く読んでいました。ただ、自分はフェミニストでもなんでもなかったし、そこで語られている「フェミニスト」のメディアイメージが実像と異なりあまりに荒唐無稽だったので、まあ必要なら他の人が対処するだろうし、何かしらのアクションを起こす必要もないだろうと思っていました。ただ、時間がたっていくつかステージが変わったように思ったんですね。



それまで、産経新聞や『正論』、『世界日報』などの保守メディアがジェンダーフリーに対する批判的な記事を掲載し、それらのメディアと親和性の高い人がwebサイトなどで同様の言説を拡大再生産するということはあったんですが、2005年になると自民党が党としてバッシングに加わり、それまでの草の根的な動きが政治的なムーブメントと接続していくことが露骨に観察できるようになりました。例えば、web上でパブリックコメントを募集し、それをもって自らの「男女共同参画基本計画」を書き直すための政治アクションを正当化する、というような活動がありました。しかしそこに集められたパブリックコメントは、例えば当時webで検索して上位に引っかかっていたサイトと同レベルの、荒唐無稽なデマを前提としたうえでの反対意見がほとんどで、新たな情報はほとんどなく、期待されていた「実例」などもほとんどなかった。



今回こういった取材をされているということから、おそらく「google検索」の政治性や現代的な意味に着目されていると思います。私も、検索エンジンというのは大きな意味を持っていると思います。インターネットという象徴空間では、書かれていない情報や意見というのはほとんどこの世に存在しないのと同じであったりしますよね。サイトがあっても、誰にも読まれないと「ない」のと同じです。



例えば、誰かがジェンダーフリーに関するネガティブなデマに触れたとき、「じゃ、本当かどうか調べてみよう」と思って検索をし、いくつかのサイトを巡るとしますよね。検索エンジンは辞書的、字引的に用いられている側面も大きいですからね。そこでいくつかのサイトを巡るわけですが、例えば「ゴールデントライアングル」という言葉があるように、実際は検索者の視覚には上位5位くらいまでのサイトくらいしか入っていない。「ゴールデントライアングル」っていうのは、検索エンジンを使用しているときの人の視線の動きを観察した際、視線がページ上の左側にばかり集中していているという現象をサーモグラフのような形で可視化したものです。単に象徴的に存在しないばかりか、実際に視線の中にすら入っていない(笑)。つまり、相対化の言説がまったく存在しないのと同じなんですね。そこに相対化の言説がなければ、あらかじめ持っていた情報を強化していくでしょう。




google検索のゴールデントライアングル


そういう状況において、いわゆるフェミニストと呼ばれる方々でネットで活動している方もそれほど多くない、あるいは目立たないようにも思います。googleランキングにも全然入ってなかった。MLなどで情報交換などは行ってはいるようなのですが、それらはプライベートであったりクローズドであったりして表面には出てこない。また、そこでの情報交換も、基本的にはオフライン情報の交換がメインです。たまにネットに関して言及があったとき、「2ちゃんねるってこんなに保守的なの?ひどい!」みたいなMLがまわされたこともあってて、頭を抱えました(笑)。そういう書き込みをする人を、ベタに保守的な人とか思ってたりする。そういう状況では、単純にメディアリテラシーの問題でいけば、仮にそういうフェミニストがネットの「議論」に参加したとしても――例えばベテラン大学教授の人(フェミニスト)と中学二年生生くらいの2ちゃんねらーがweb上で論争をしても――2ちゃんねらーの方が圧勝するのではないかと思っています*1。中二の2ちゃんねらーの方が、そこで行われているゲームのルールを熟知しているからですね。議論で負けても、イメージ合戦や動員ゲームで圧勝です。



もちろんそういう「祭」やルールというのはこれまでもあったし、これからもあり続けることなのだから、特に驚く必要は全然ないんですが、自民党のケースではいとも簡単に「祭」的なノリが大文字の政治と結びついてしまっている部分があったので、さすがにちょっとそれはまずいだろうと思ったんですね。そこで、その動き、祭がテンプレの共有によって成り立っているのであれば、逆側のテンプレを準備して解毒・中和していくようなことをしてみようと思ったんです。



その際、『世界日報』や『正論』などの愛読者のような方がそのまとめサイトを見て、自分の意識を新たにしてバッシングをやめる、ということはまずないだろうと思っていました。人は見たいものしか見ないですし、インターネットではそれが顕著に観察できます。だから、もちろん各人への「説得」はするべきですが、そのレイヤーでの成果を得るのは難しいと思っていました。ただ、これからそれらの言説に触れるかもしれなかった人、あるいは「男女共同参画」や「フェミニスト」「ジェンダーフリー」の目的は男女同室着替えをさせることである、というようなデマを根拠にバッシングする人のモチベーションを緩和することくらいはできるだろうというのが一つありました。また、そういったバッシングに対して漠然と「おかしいな」と思っていたが、『週刊新潮』や『フライデー』『sapio』といった大手出版メディアも「ジェンダーフリー=男女同室着替え」レベルのバッシングを報道しているため、反論するにもソースがないよー、と鬱屈していた人に対してのテンプレを提供することくらいはできるだろうと。あるいは、2ちゃんねるなどで議論をする際、このサイトを張れば共通のテクストができるし、そのままバッシングをネタとして楽しむためには、まとめサイトやトラカレの象徴価値を貶めるような言説をワンクッション入れないといけなくなるとか、微妙な変化くらいは現れるだろうと思ってました。



でも、そのような成果をおさめるためには、ただ単にまとめサイトを作ってもだめなんです。まとめサイトの存在を知られなければならない。そうでなければ、元々そういう論争にコミットしていた人たちの関心の枠内から議論が広がりません。googleのランキングをあげさせないと、一部の人たちの関心をひきつけるだけで終わります。それでは何も変わらない。一般の人の選択肢の中に入らないといけない。そこで、とりあえず上位5位くらいに入ることを目的として被リンクキャンペーンを呼びかけさせていただきました。一番上がバッシング系のサイトでも、二番目のサイトにそれと反対のことが書かれていれば、受け取られ方も変わる。もちろん、もともとバッシングしたいがために検索をしていた人は無視しますよね。ただ、無視するにも、それなりの理由付けや反論が必要になってくるので、ヘイトサイトの内容をそのままコピペすることは多少躊躇するかもしれない。



幸いにして、こういう試みは前例がいくつかありました。日本でも、2,3年前に「ゲーム脳」をめぐって行われましたよね。「『「斎藤環氏に聞く ゲーム脳の恐怖」のGoogleランクを上げよう』運動」というものです。このケースの場合は、オタクの人、あるいはゲームに親和的なサブカル層にとって「分かりやすい図式」でしたよね。自分たちが好きなゲームをわけのわからない理論で規制しようとしている人たちがいる。それに対して反論をしてくれているこの偉い人を支持しよう、グッジョブ、と(笑)。その支持方法も、ただブログなどでリンクを貼ればよいというだけの、非常にイージーな方法で済む。自分が時間や労力や頭脳を使わなくても、簡単に反論ゲームに参加できる楽しさというのがあったので「成功」したと思うんです。ただ、その「成功」の持つ意味については、あとでまたお話させていただきたいと思います。



――そのサイト(「斎藤環氏に聞く ゲーム脳の恐怖」)はgoogleランキングの上位に来たんですか?

来ましたよ。一時期は1位で、昨日(取材前日)チェックしたら2位で、代わりに「Wikipedia」が1位でしたけど、常に上位にはありますよ。



――それは、「ゲーム脳」という議論がおかしい、と批判する内容のサイトなんですか?

ええ。まず、森昭雄さんという方が『ゲーム脳の恐怖』という本を出して、結構話題になりましたよね。要するに、ゲームをすると脳のα波とβ波のバランスが悪くなって、それが既に脳に疾患を持っている人に類似しているとか、そういう内容の本です。で、その本の手法や結論がおかしいと斎藤環さんが丁寧に解説したインタビューが載っているサイトです。



一方、こういう「ゲーム脳」の場合と比べ、ジェンダーフリーの問題は多くの人にとってコミットしづらいように思いました。例えばゲームの場合は、好きか嫌いかのレベルで動員の問題は乗り切れるんですが、ジェンダーフリーってワケの分からないカタカナ言葉ですし、自分への利害関係も良く分からないし、「フェミニズム=田島陽子」みたいな変なメディアイメージもあるし、炎上しやすいテーマだから、「ゲーム脳」のときはコミットしたような人ですらバッシングしてたりする。もちろん本当は、「ゲーム脳」というロジックを使ってゲームを規制したがる人と、「ジェンダーフリー」を攻撃してある種の男女の生き方を復権させようと主張する人は、面子や利害がおんなじなんですよ。ただ、問題が一見異なるように見えるので、オタクの人がジェンダーフリーをバッシングしてたりする。



もちろん「ジェンダーフリー」という言葉にはいくつか問題点があるけれど、それは今批判されているような問題ではないし、私自身はむしろ「ジェンダーフリー」を批判したい部分もあるんだけれど、かようにデマが蔓延している状態で批判したとしてもその言葉は埋もれてしまうばかりか、バッシングが自己目的化している人に油を注ぐだけになってしまう可能性がある。だから批判するよりは、その前に議論のステージを変更したかったんですね。ある程度の水準を超えない議論や、新たなソースをもたないクリシェはまとめサイトを見ていただけばよい、それでも誤解や俗情で噴きあがる言説は、申し訳ないが一度議論のステージから退場していただく、という状況を作ろうと。このような分化の作業というものもまとめサイトの持つ性質のひとつでしょうし、それはある程度は「成功」したと思います。



――まとめサイトは、10月6日に自分で一気にまとめたんですか?

そうですね。10月2日に、ジェンダーフリーバッシングのソースとして使われている『新・国民の油断』を紹介させていただいたんですね(参照:「「新しい歴史教科書を作る会」会長&名誉会長コンビが出した「ジェンダーフリー・バッシング本」の面白さ」)。「つくる会」の八木秀次さん、西尾幹二さんの共著で、安部晋三さんとかがあるプロジェクトで自民党の各級議員に配布したものです。読んでみたら、ものすごくオモシロイ本だったのでエントリーでご紹介したところ、結構反響があったんです(はてなブックマークなど)。それで、これだけ関心を持っている人がいたのか、とちょっと驚いて。反論したいが、反論するだけの時間もなかったという人も結構いて。じゃ、まとめサイトを作ることには意義があるだろうと。幸いにして、1年以上前から反ジェンダーフリー系のサイトはチェックしていて、共通のテンプレ、論法というのはある程度把握していたので、念のため3日くらいかけて『正論』などの保守メディアを数年分目を通したうえで、えい、やー、とまとめサイトを作ったんです。現在は、延べ1000以上の被リンク数、アクセス数では現時点で8万くらい。被リンク数は、500件くらいまでは全部のサイトをチェックして数えていたんですが、それから数えるのが面倒になったのでやめました(笑)。BBSやコメント欄などでの言及も含めれば、もっといくと思います。



――リンクを呼びかけたのは、知り合いとかに対してメールとかしたんですか? それともサイトなどを利用してですか?

サイトだけです*2。私のサイトは人文系ニュースの配信をしているサイトなのですが、ありがたいことに毎日1000人〜2000人くらいの方はチェックしてくださっている。継続して読んでくださっている方の中には、私の意見に賛成とまではいかないまでも大きく反するわけではないとか、多少の親和性がある方が少なからずいるのではないかと思ったので。それに、サイトの性質上、デマをデマだと分かるだけの学問的な前提のある方が多いようにも思いますし。その人たちのうち、BLOGを持っているような方が最初にリンクを貼ってくれて、次にそれらのサイトを見た人がリンクをくれて、そのうちに私のサイトを知らない人でもリンクを貼ってくれて、SNSやBBSでも少しずつ話題になって…という形で広がっていったようです。「こういうサイト、まってたよー」という人が結構多かった気がしますね。もちろん批判的言及もありましたが、全体の1%くらいという印象です。



――リンクをしてくれた方々は、単にサイトを紹介するだけでなく、googleランキングをあげようという意思があったんですか?

だんだんそうではなくなって行きますが、最初のうちはあったと思います。「こういう風にリンクしてください」というテンプレを準備してコピペだけでOKという形にしたんですね。そうすると、「リンクキャンペーンをやってるから、リンクしよう」と表明して貼ってくれる人が多かった。今はもう、そうではなくなって、単にアーカイブとして、あるいはテクストとして利用されているという感じです。



――ランクは、1月くらいまでは上下してましたが、今は1位になってますよね。

1月くらいまではそうでしたね。当時、ある学術的なIT情報研究にコミットしている方がメールで教えてくださったんですが、当時1位だったサイト――そのサイトってのは、「トップに戻る」という項目がないので分かりにくいんですけど、URLを見れば分かるように自由史観系、つくる会系のサイトなんですが――は数件しかリンクがなく、ページランクも当時それほど高くなかったのに、数百のリンクを集めた私のサイトはそのサイトをなぜか越えられなかったので、何かあるのかもしれないゾと勝手にドキドキしてました(笑)。もちろんその手の陰謀論は半分以上眉唾で捉えておいたほうがいいと思いますし、今では1位を含めた上位をうろちょろなので、ちょっと反省してますけど(笑)。



ところで、googleランキングの持つ政治的影響力に関連して言えば、「google八分」って言葉がありますよね。「google八分」については、いくつか実例があります。個人サイトだけでなく、大企業でも、スクリプトやFLASHなどが問題ではじかれたサイトがいくつかありますし、googleの他にはビデオジャーナリスト神保哲生さんのサイトがオーバーチュアにはじかれた件もありました(参照)。



この問題が難しいのは、検索エンジンが恣意的に検索をはじくのはOKなのかどうかが分からない点もありますよね。営利目的の企業なんだから、スポンサーの意向に反するサイトをはじくというのは別に良いだろうといわれたら、まあ良いっちゃ良いわけですけれど(笑)、しかしインターネットがパブリックスペースかどうかという議論が重要になってくる。例えばほとんどのサイトは、「yahoo!」にしろ「livedoor」にしろ「はてな」にしろ「seesaa」にしろ「楽天」にしろ、特定の企業によって場所を与えられているわけですよね。だから素朴に「インターネットはパブリックスペースなのだ」と思っていたら痛い目にあうかもしれない。ただ、一方でそういう共通認識はあったほうがいいとも思うんです。まあ、幸いにして私のサイトははじかれていないのですが(笑)、googleのスポンサーリンクで世界日報があったので、はじかれる可能性はあるかもなーとは思っていたんですけど。



――他にgoogle八分の例は知りませんか? 「悪徳商法?マニアックス」のケースは有名ですが。

ええとですね、最近だと、名前はナイショですがとあるサブカル系サイトが「はじかれたのではないか」と話題になっていました。あと、ちょっと趣旨が変わりますが、「キッズgooはじかれサイト同盟」ってのもあります(笑)。ただ、この問題が本当に難しいのは、私の普段チェックしているような話題に親和性の高いサイトならすぐに分かるわけですが、普段あまりアンテナを立てていない話題を扱っているサイトだと、はじかれたことを知りようがないんです。「google八分」の場合、その「知りようがない」ということが一番問題なんですよね。



――うーん。確かに「このサイトをはじきました」って出るわけではないですからね。いつの間にか、知らぬ間にいなくなっている。

例えば構文の問題ではじかれたサイトもあるわけです。それも結構微妙ですよね。多くのサイトはSEO対策はしてくるわけですよね。で、その場合、googleランキングを決めるアルゴリズムがある程度不透明だからこそ、ある種の公正さが確保されるという側面もあるし、逆に不透明であるがゆえにその政治性や公正さなどを再検討できないという側面もある。そういうジレンマはありますよね。



――「ジェンダーフリーとは」のときは、SEO対策は意識してたんですか?

作った段階で多少やろうかと思いましたが、私はSEOに明るくないので、もっとスマートにやるにはどうすればいいかという質問をBLOGを通して呼びかけたところ、数名の方からコメントやメールなどをいただきまして、その通りにやりました*3。それもネットルーツの長所ですよね。一人がスペシャリストである必要はなくて、一定の時間やリソースを割いた後はある程度オープンソース的にすれば、いろんな人がコミットできるので。



――「ジェンダーフリーとは」は、基本的には「成功」したということでいいんでしょうか?

そうですね…。実際の効果がどうだったかというと、正直分からないんですよね。ネットでイージーなバッシングがあったとしてもそれを相対化しやすくなったり、「誤解する前に、ここを見ろ」みたいな形で議論の際にBBSやコメント欄などで利用していただけたり、ということは実際にあるんです。また、認識を新たにしてくれた人も中にはいるとは思いますが…しかしそれほど多いとは思えない。バッシング自体が自己目的化している人に届いたとは思えないし、やっぱり相変わらず同じ議論を続けているんですよ。



それに、このサイトを作ったのは10月6日でしたが、時期的にも微妙だったかもしれません。男女共同参画基本計画が2005年の12月にアップデートされる予定になっていたわけなんで、いくつかのメディアはその時期に照準を合わせて特集記事を発表していました。それに比べると、10月というのはちょっと遅すぎたのかもなぁ、と。12月中旬に、自民党PTが男女共同参画局に要望書を出し、それを元に基本計画に「『ジェンダー・フリー』という用語を使用して、性差を否定したり、男らしさ、女らしさや男女の区別をなくして人間の中性化を目指すこと、また、家族やひな祭り等の伝統文化を否定することは、国民が求める男女共同参画社会とは異なる」という否定的注釈がついた。そういうものは成果が確認しやすいんですが、「バッシングの成果を中和できた、という成果」というのはなかなか視覚的、実感的に確認するのが難しい、そういう根本的な問題もあります。批判の動きは可視化されていきますけれども、かつて行われた批判が取り下げられた、という話は全然聞かないですね。もちろん多少の影響はあったかもしれませんが、これまでにマクロな意味で社会に影響を与えたかというと、微妙です。



さっき後回しにした話で、ゲーム脳批判サイトの「成功」の話がありましたよね。あれは私は「成功」したと思うし、運動としても面白かったと思います。ネット上でゲーム脳を諸手を挙げて賛成するのは難しいというようなムードはできたと思いますし、擁護するにしても、それなりの手続きが要求されるようにはなったでしょう。ただ、ネットの常識は必ずしも世間の常識ではないですし、ネットで「みんなが知ってる」ことは、必ずしもオフラインで「みんなが知ってる」わけではない。ネット世論がオフラインにどれくらい影響を与えるかというのも、微妙な話なんです。



「成功」したと思えるゲーム脳批判運動だって、神奈川県や東京都、あるいは国の行政レベルで「ゲーム脳」レベルのお話を前提にした規制導入の議論が相変わらず行われていますよね。それに対して批判サイトが存在することの、どれくらいの効果が観測できるか。例えばその手の規制に批判的な人が議会などに電話で突撃、通称「電凸」などをして、それが具体的にどれくらい効果があったのかは観測しにくいんです。もちろん影響がないとは全然思いませんが、影響がないんじゃなくて影響を観察することが難しい。例えば、「電凸」の中で面白かったもので、ゲーム規制の根拠として県の職員が「社会全員が(悪いと)言ってるし」というのが、ゲーム規制の根拠であると答えたとするレポがあるんです。そのレポは、事実とか科学的にどうとかいうよりも、多くの人が事実だと思ったことの方が重要だとされるような情報社会のコンテクストを象徴的にあらわしていると思うテキストだと思うんですよ。「体感不安」という言葉も最近流行ってますけど、そういう大きなコンテクストには、googleランキングの上下はあまり根本的な影響力を持つわけではないかと思いますね。可視的な成果も求められてしまうかもしれない。



――今後ますます、検索エンジンが一般的に使われるようになると思いますが、そうするとその影響力も大きくなるのではないでしょうか。

そうですね。もちろん、検索エンジンにあがるようなコンテンツを作っている人も人間で、そこには必ずヒューマンファクターがある。例えばまとめサイトを作るためには、オフラインである程度資料を集めたり、参照すべき先行メディアや議論の蓄積があるわけです。例えば『AERA』でも『正論』でもいいのですが、そういう先行メディアを読んでその距離感の中で意見の整理をした結果まとめサイトを作る、という経緯も中にはありますし、google内部に相対化する意見がなければ社会においてまったく相対化が機能しないというわけではないですよね。



キャス・サンスティーンの議論で「サイバーカスケード」と呼ばれる現象がありますよね(参考:『インターネットは民主主義の敵か』)。インターネットが異なる意見をぶつけ合える民主的な場所かといえば、単純にそうはいえないと。むしろ、ネットで議論をすると、人々は元々もっていた傾向をより強化してくれる情報を好んで収集するし、多くの人がそのようにふるまう結果としてより極端な対立図式を生みやすいと。しかしこれは、ある意味では、前提となるような情報やニーズがあった上で検索エンジンが存在するという側面もあるわけで。もちろん、そこで実際にどのような議論が比較的飛びつきやすいのか、ということはやはり影響を持っている。だから単純にgoogle陰謀論のようなものはどうかと思いますが、でも、今言ったような側面も抑えておかないと、多くの人がしっぺ返しを食らうかもしれないですよね。




「嘘を嘘と見抜けない人には(googleを使うのは)難しい」と語るchikiさん(嘘)




――「ジェンダーフリーとは」というのは、サイバーカスケードを防ぐという目論見でもあったのではないでしょうか。多くの人に「こういう意見もあるんだよ」というような。

うーん。そうだといいんですけど…。



――そういう意識はなかったですか?

いや、サイバーカスケードという現象自体は意識はしていたんです。しかし、サイバーカスケード自体はなくすことができないと分かっていたので、さっきも言ったように、「争いをやめて説得しあって互いに歩み寄りましょう」という効果に対してはちょっと悲観的でした。そういう意識もちょっとはありましたけど…。


――サイバーカスケードは、確かに簡単にはなくならないですよね。

ジェンダーフリーの問題に限定せず、本当に様々な状況を通じて考えないと、サイバーカスケード自体が緩和されるというのは起こりにくいと思うんです。



例えば朝日新聞をバッシングするサイトはとてもたくさんありますよね。それらのサイトって、やっぱりどれも面白いんです。「自称インテリを嘲笑する」みたいな快楽が簡単に得られますし、発見もあるし、人気もある。一方、それをいさめるようなサイトって、やっぱりつまらないんです。マジメすぎて。やるなら、誰でも簡単に参加できて、しかも面白くて、というようなカウンターモデルをたてるしかないでしょうし、必要もあるとは思います。それは、むしろカスケード状況を再構築するような。



アメリカに住んでいる友人に教えていただいたんですが、例えばアメリカには「moveon」というネットルーツがあって、それに100万人以上の人が登録している。家のそばで政治集会などがあるとメールマガジンで自動的にお知らせが着たり、あるパッケージをダウンロードして実行しさえすれば、比較的簡単に民主党の支持サイトが作れたりする。誰でも簡単にコミットできるところが重要だと思うんですよ。日本では、そういう動きはないですよね。匿名性の問題と、それに関わるアイデンティティポリティクスの問題があるからだとも思うんですけれど、まだ一億総中産階級的なノリの残滓があるのかもしれない。だからそのまま日本に持ってくる、というのは難しいでしょう。ただ、インターネットではそういうことも可能なのだということを踏まえたうえで、google政治などに限定しない、『スマートモブズ』参考1参考2)などの前例とともに考察しておく意味はあるんじゃないかなと思います。



――それは最初は民主党の手法であっても、共和党だって同じことはできますよね。

片方ばかりが一方的に牌を握るのは逆に問題で、パワーバランスの土俵を作るしかないんでしょうね。そこからは、ポピュリズムを前提としたイメージ闘争や政策闘争、情報闘争になっていくのでしょう。結構ダーティーな手法だったらこれまでだって共和党も得意としてましたよね。ただ、今は過渡期で、マッピングもアンフェアだと思います。



雑感ですが、日本の民主党と自民党、どちらがメディア受けがいいかといえば、やはり自民党だと思うんですね。2ちゃんねるに「今北産業」ってジャーゴンがありますけれど(笑)、そういう空気の中でもワンフレーズで分かりやすい。一方、但し書きをつけながら議論を構築していく民主党的なスタイルは時間とコストがかかる気がする。そういった状況で、テンプレの梃入れをしていくことはそれなりに効果はあるかもしれない。ネットでは「トリビアの泉」のように、3秒くらいで「へぇー」ってうなづけるネタは受け入れられやすい。そういうサイトがソーシャルブックマークとかでも頻繁に上位にくるんですよね。だから、「ジェンダーフリーに10兆円」というガセネタも「へぇー」って広がりますが、逆に「…というのはガセ」という程度だったらこれまた「へぇー」って言ってもらえると思う。もちろん、この程度で政局とかメディア体制が変わるってことは期待しないほうがいいでしょうけれど、陣地戦略的にやるくらいでちょうどいいと思うんですよね。



――ワンフレーズの応酬やポピュリズムが広がっていくと、googleに表示されることの影響力もますます大きくなると思うのですが。

そもそも「google政治」以前でもそういう情報合戦のようなものはずっと行われてきたし、それがこれからも行われていくんですよ。ネットでは頻繁に朝日新聞の非中立性というのが話題になっていますが、別に最近になって朝日新聞が非中立になったわけでもなんでもなくて、朝日に限らずどのメディアも昔から一定以上の「偏向」はあった。ただ、「公正さ」に対する期待の地平が変化したりして、公正だとおおむね信じられていたということに対する世代的なバックラッシュのようなものがあったりもする。で、それを後押しするネットの言論空間がある、という状態が20年ほど続けば、社会のメディアに対する期待値も今とは違ったものになるでしょうね。今までの期待値も、特に普遍的なものではなかったわけですし。



それでもweb上でgoogle的なものを相対化したいのであれば、ハブサイトやポータルサイトを乱立させたり、共生させていくことも意味があるかもしれません。なんなら保守限定の検索エンジン、リベラル限定の検索エンジンのようなものを互いに作りあえばいい。というか、勝手に作られそうですよね。ニーズもありそうですし。だから、状況の一発逆転みたいなものはありえませんが、今やってるゲームのルールを把握した上で、上手に戯れていくくらいしかないのではないかと(笑)。



――以前、「売国」で検索すると民主党や朝日新聞のサイトが上位にくるような時期がありましたね。

「胡散臭い」で検索すると亀井静香のサイトがトップにくる時期もありましたよ(笑)。



――あれはSEO的に意図的にやったというよりは、多くのブロガーがそういう言葉をそれらのサイトに好んで使ったということですよね。

ええ。その辺は、最低限のリテラシーがあれば「民主党を売国だと批判している人が多くいるんだな」程度に理解すると思いますし、ベタに「なるほど、民主党は売国なんだな」と理解する人がそれほど多くいるとは思えない(笑)。ただ、前景化されているものではなく、背景のゲームを多くの人が理解しているかというと、どうだろう。リベラルな人と「反リベラル」な人って、まったく違うことをやっていたりするので、厳しいんじゃないでしょうか。


――というと?

ジェンダーフリーの例で言えば、「フェミニスト」と呼ばれる立場の人って、本当に色んなスタンスがあってひとくくりにすることは不可能なんですが、日本人にバカな人がいるように、あるいは韓国人にバカな人がいるように、保守主義にバカな人がいるように、フェミニストにもバカな人は当然いる。で、それらの妄言だけを取り上げて、それを全体のイメージであると提示し、その作業を蓄積していけばイメージが固定化されていきますよね。そういう作業はとても面白い。で、一方でそういうゲームをやっている人がいたら、もう一方の側ではラベリングそのものを生真面目に批判するというゲームをやっている人がいる。でも、前者からすれば「必死だなwww」と、3秒で笑い飛ばして終わり*4



――両者が「遭遇」することはないんでしょうか。

まず、大きな傾向としては分極化していると思うんですよね。で、例えばたまに「炎上」とか「DQN祭」って起こるじゃないですか。あれ、毎回よく見つけてくるなぁと思うんです。自分たちの持っているDQNのイメージをトレースするようなアレゲな意見を本当に見事に見つけてくる。その反応に一定の正当性がある場合もあったりしますが、参加者は実際には自分と異なる意見の人と遭遇しているにもかかわらず、その意味では言説システム自体やトライブが他者と遭遇しているとは言えないかもしれない。



でも、そういう議論へのフリーライドは、時としてフリーライダー自体の首を絞めますよね。「若者層の小泉支持」などは社会学者や政治学者等によってよく指摘された図式ですが、今回のケースで言えば、ジェンダーフリーをオタクがバッシングするとか、男女共同参画推進関係予算を高齢の方が批判したりするのとかがそうです。ジェンダーフリーバッシングをする政治的意図に基づけば、オタクも「男らしくない身体」や「規範を失った若者」として否定される場合もありますが、何よりそれらを行う政治家や論者の多くはゲームやアニメを規制したがる人と面子が同じだったりする。



また、10兆円と言われている男女共同参画推進関係予算は、内閣府が握っているお金を各省庁に配分しているわけではなく、基本計画に関連する各省庁の関係予算を試算してみせたもので、そのほとんど(約9兆)は「高齢者等が安心して暮らせる条件の整備」にあてられており、特に年金の国庫負担が6割近くなんです。それらを知らされずに「ジェンフリに10兆円?」的な言説に、漠たるイメージで「削減しろ」と乗っかった場合、しかも「国防費の2倍!?」というフレーズがアホみたいに繰り返されてますけどそのような言説にもさらに乗っかった場合、「年金あきらめて軍隊に行こう」と言わんばかりの言説に転化してしまうことに気付いているのかすらあやしいですよね。そういう、既存のフレーズへのフリーライドが最悪の帰結を招くかもしれない、という警鐘くらいなら、聞く耳をもってくれるかもしれないので「遭遇」できるようには思います。



その意味で、フェミニズム/バックラッシュ、というような構図自体はそれほど重要ではないかもしれません。「バックラッシュ」自体は、自らの欲求や欲望をかなえるのに、どのような表現をすれば適切な効果が得られるかという点に関して、少なくとも政治的なレイヤーでは合理的ではないですよね。考えるならそっち(サイバーカスケードとシニシズム等の議論)かな、と。



――現在のインターネット社会をめぐる議論とかって行われているんですか?

結構行われていますよ。社会情報学なんてジャンルもできてますし、色んな大学で「情報学」と名のつく学部ができているようですね。東大にも情報学環ってのが数年前にできたようですし。また、法や経済の領域でも議論は盛んですよ。レッシグもサンスティーンも憲法学者ですしね。これまでの学問の蓄積だって応用できる。あとは、有名なところではisedの議論なんか、哲学者の東浩紀さんを代表として、それぞれの足場やディシプリンをもった参加者が集まっていてとても面白かったですね(参考:「ised@glocom : 情報社会の倫理と設計についての学際的研究」)。ところであれ、何人が読んでるんだろう(笑)。



――誰もがネット上で表現できる状態で、例えば多くの人が言っていることというのは本当に正しいのか、と思うんですが。

ポピュリズムの問題がありますよね。googleランキングも、正しさランキングではなく、あくまで人気度みたいなもので。それも、信頼度ではなく、どれだけの人が言及したかという指標程度です。もしかしたら「多くの人がこれを正しいと思った度」ですらなく、「多くの人がこれを正しいと思いたい度」くらいに捉えたほうがいいかもしれない。



それらはあくまでネタでやってるからOKっていう議論もありますけど、それが大文字の政治に接続することもあるわけですし、一方で、A対Bという強固な二項対立が存在している状態でネタとして反Aを主張したら、結果としてBを利するなんてことはザラにある。文脈が変われば意味も変わりますし。



――政党がネット世論を今後意識していくというのもあると思うんですけど。特に自民党はブロガーが喜びそうなこともやってますし。

うん、自民党の試みは面白いですよ。今後増えると思います。で、次の選挙でインターネットを利用することが可能かどうかというのは大きなトピックスじゃないですか。もし利用できるようになったら、今萌芽として点在している問題が露骨に顕在化してくると思います。結構まずい「祭」も起こるでしょう。特定の議員の落選運動も可能になるでしょうし。コメント欄解放してたら、社民党のBLOGなんてほぼ間違いなく炎上するじゃないですか(笑)。かといって、風評の流布なんかを禁じるべきか、メディア規制をするべきかというと、そうともいえない。でも、風評の流布自体は許されるべきだけど、風評ばかりだと困る。炎上もよしあしですよね。だから、なんのために風評の流布が許されるのかというコンセンサスがないときつい。まあ、そんなものは得られないと思いますけど(笑)。



インターネットで選挙活動をするなら、各議員ともにちゃんとネットに特化した人を雇用してほしいですよね。例えば田中康夫さんの支持サイトで、選挙期間中に出回っていた怪文書をあえて全部公開することで効果的に乗り切るとか。アメリカではもっと露骨な分断戦略がされていたので、ノウハウと耐性が蓄積されているけれど、日本は逆に識字率の高さや匿名への信頼の壁が逆に働いてしまいそうですよね、その辺は。



――(ジェンダーフリー)反対意見のサイトはランキング運動をしてたんでしょうか。

ランキング運動はしてなかったようです。変わりに相互リンクをしたり、ブログランキングに登録したりしていますが、それが結構効果あったと思いますね。それらは単にランキングをあげたり、同属意識を作れたりするだけでなくて、似たような意見を立て続けに次々と読ませることで一つの情報を強化していくというような効果もありますから。



――まとめサイトに対して、「あそこはジェンダーフリーの味方をしているので、対抗として別のサイトのランキングをあげよう」というような反応はなかったんですか。

そもそも私はジェンダーフリー自体を支持する気はまったくないんですけどね*5。ただ、どういう効果があるかは自覚的ではありました。で、そういう対抗運動が起こるんじゃないかと想定はしていましたが、今のところないですね。仮にgoogle八分にあったとしても、それなりの準備もあったんですけれど、もう「ジェンダーフリー」という言葉をめぐる闘争はある程度の役目を終えてるようにも思いますから、必要ないかもしれません。例えば(省略)とか(省略)とかって効果的じゃないですか?



――なるほど、それは面白そうです。ところで、googleの広告表示欄がありますけれど、例えばもし世界日報が「ジェンダーフリー」という言葉での広告表示を買っていたら…。

あ、買ってましたよ。



――買ってるんですか?

ええ。買ってました。一時期、googleで検索すると広告が表示されてましたよ(参考:画像アリ)。だから、誰かが「連続でクリックしまくって、世界日報に広告料をたくさん払わせよう」みたいなことを提案してましたけれど、1クリック数円だからたぶん途中で飽きたはず(笑)。でも、そういうバカバカしいの、好きですよ。で、googleエンジンの広告はgoogleだけでなくて、例えばブラウザの検索バーとか、mixiとかinfoseekとか、他の検索にも表示されますから、それも結構大きいですよね。




グーグルの広告表示は、mixiや他のいくつかのサイトでも表示される。




――では、BLOGなどでジェンダーフリーに言及しているサイトがあって、googleアドセンスがもう少し広がっていたりしたら…。

既に載っているサイト、結構ありましたよ。「はてな」でも表示されるので、「ジェンダーフリーとは」のブックマークに世界日報が紹介されてるという時期もあったし(笑)。「はてな」といえば、はてなキーワードwikipedia編集合戦が行われてましたね。ネットが用語検索的に使われることが分かっているためか、まとめサイトをそこから削除しようとする人もいましたし。これもひとつの象徴闘争ではありますよね。



――wikipediaなら、「このページは保護されてます」というように明記されて、あとはノートや編集履歴をチェックするというのができますよね。

できますね。ジェンダーフリーも「中立的な観点」という警告が表示されてます。ただ、みんながノートとか履歴とかチェックするわけじゃないですよ。注意書きも、どうでしょうか。私の場合、「自由主義」とか「クロード・レヴィ=ストロース」とか好きな声優とか映画とか洋服とか、普段から知っているものの価値付けなら距離をとって見れるんですが、理系の議論とかはあっさり信じちゃいますよ。健康法とか(笑)。なぜなら距離のとり方、遠近法が分からないですから。wikiが編集合戦の場であるということすら知らない人もかなり多くいるでしょうし。分かっていたとしても、ある程度自分にとって好ましい情報であればやっぱり信じたくなりますし。かといって全部信じるかというわけでもないでしょうけれど。



結局、上手なサーフィン法を共有するか、アーキテクチャについて吟味するか、どっちかしかないんでしょうね。「はてな」も一つのアーキテクチャですが、あれは優れたアーキテクチャだと思います。「おとなり日記」とか「はてなキーワード」とか「○○を含む注目エントリー」とか、同じキーワードに言及しているサイトが勝手に表示させられるので、例えば肯定意見を書いているサイトと否定意見を書いているサイトが隣接させられたりする。「はてなブックマーク」などのソーシャルブックマークもありますが、あれも相対化の力がよい形で働きやすいシステムだと思います。「はてな」の利用者はあまり増えてないという指摘もありますし、はてなダイアラー以外の人がどれだけ見ているのか、ユーザー以外には閉鎖的に見えるのではないかという疑問もありますけれども。例えば私のサイトも、読者の半分近くがはてなダイアラーなんです。約2000人のうち、800人から1000人近くが「はてなアンテナ」から来る。これって結構すごいことで、そういう問題は別途考えなきゃいけないなぁ、とか思ってます。でも、とてもヒントになると思います。



――本日はいろいろとありがとうございました。勉強になりました。

いえ、こちらこそ。どうもお疲れ様でした。



(了)

*1id:macskaさんのように、PCリテラシーもあって議論のうまい人ももちろんいる。

*2:TBなどでお願いした人も数人いますが、それもこみで。

*3:それでも、今でも結構デタラメです(笑)。先日もある人に「ソースが汚すぎる!」と怒られた。

*4:この一方/もう一方は、右/左では全然ないので注意。

*5:肯定的な部分と、それ以上に批判的な部分があるという意味で。