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2008-11-09

seijotcp2008-11-09

「素手で集団トイレ掃除運動」の政治性について

chiki:「素手でトイレ掃除」「みんなでトイレ掃除」に関する記事が、最近また目立ってるので、その件についてtomomiさんとチャットしてみようのコーナー。


便教会」 教師も生徒もトイレで向き合う 素手・素足で2時間ゴシゴシ…

 「1人1便器。2時間集中して、いい汗を!」。大阪府立阿倍野高校(大阪市阿倍野区)で開かれた「第23回大阪便教会(べんきょうかい)」。小中高の教師、高校生、大学生ら参加者約70人がスポンジと網目状のサンドペーパーを手に、便器磨きに取りかかる。裃(かみしも)を脱ぎ捨て、上から目線ではなく教師が子供と向き合う一歩にと、愛知県の1人の高校教諭が立ち上げた「便教会」がいま、全国的な広がりを見せている。(…)

 耳を疑ったのは、「掃除は素手、素足で」というかけ声。大阪便教会の母体で「西宮掃除に学ぶ会」(兵庫県西宮市)代表の佐藤弘一さんの言葉だ。記者の驚きをよそに2、3回目の参加という男女15人の生徒らは、サッと靴下を脱ぎ、手際よく防菌スプレーを手にすり込んでいく。(…)

 便教会の正式名は「教師の教師による教師のためのトイレ掃除に学ぶ会」。愛知県の高校教諭、高野修滋さんが、全国に支部を持つ「日本を美しくする会 掃除に学ぶ会」(田中義人会長、本部・東京都)の活動に触発され、「『先生』と呼ばれる教師は傲慢(ごうまん)になりがち。だからこそ、内省し、ただ身を低くして実践あるのみ。人格を高めるのは、方法論や手法ではない」と平成13年に提唱。現在、京都、長野、大阪、広島などに広がる。

 大阪便教会の発足は18年12月。阿倍野高校を“ホーム便所”に、毎月第4土曜日に開催しており、依頼があれば近隣の中学や高校のトイレにも出向く。

 掃除の場を提供する阿倍野高校の奥野嘉彦校長も、今年4月の着任以来、便教会に毎回参加する一人だ。「最初に参加したときは強烈な体験だったが、2時間かけて一心不乱に便器を磨いて得たものは、とても大きかった」と振り返る。

 参加者は教師だけのときもある。生徒の参加は無料だが、教師や市民の参加費は500円。大阪便教会の発起人で兵庫県尼崎市の市立尼崎高校教諭の大谷育弘さんは「お金を払って掃除をする。そこに感謝があるんです」と話す。

 便教会の魅力は、目に見える達成感と、物事に向かう自分の気持ちがトイレにきちんと反映されること。

 今回が初参加という高校生の「最初は汚くて嫌やと思って中途半端に磨いたけど、せっかく早起きして来たんやから、と本気で磨いたら、きれいになった。何でも本気を出したら得るものがあると思った」という言葉にうなずく参加者の顔が、晴れやかだった。

http://sankei.jp.msn.com/life/education/081104/edc0811040807001-n1.htm


横浜市立学校、トイレ清掃復活へ/10年度から全校実施/教職員から賛否両論

横浜市教育委員会が、特別支援学校を除く全市立学校計五百校で、児童・生徒によるトイレ清掃をおよそ三十年ぶりに復活させることが四日、分かった。対象は小学三年生以上の予定。今月中旬以降、モデル校の小中学校十校前後に順次導入し、二〇〇九年度を試行期間と位置付けた上、一〇年四月から全校で本格実施する。教職員からは「身の回りのことを自らできるようになるのは重要」「感染症など衛生面に問題がある」など賛否両論が出ている。

 市教委によると、県内の公立学校では、横浜市の児童・生徒だけが全くトイレ清掃をしていない。トイレという共有スペースの便器や床、ドア、ノブなどを掃除することで、物を大切にする心や規範意識を養おうという狙い。少子化の影響からか、個人中心の考え方をしがちな子どもが増えているため、「公共の精神」を育てる目的もあるという。

 学校関係者のひとりは「トイレへの落書きや破損を含む暴力行為の件数が、〇五年度に過去最高に達したことも影響しているのではないか」と指摘する。

 過去に児童・生徒がトイレ清掃を実施していたこともあったが、一九七〇年代後半以降は「校務員の業務」と位置付けられてきたという。現在、小学校は昼休み、中学校が放課後にトイレを除く掃除を行っており、トイレ清掃もこの時間帯に行う予定。

 トイレ清掃の復活は教職員の反応を二分。反対派は「公共心が育つのか疑問」「ノロウイルスやO―157などに感染しない対策が取れるのか」と指摘。賛成派は「トイレをきれいに使うようになる」「身の回りのことを自らできるようになるのは重要」と主張する。

 モデル校となった中学校の男性校長は「トイレ清掃を通して、自ら社会を良くしていこうという心を養いたい。衛生面には細心の注意を払っていく」と話している。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081105-00000000-kana-l14


chiki: 中心的な団体は、この記事にあるように「日本を美しくする会/掃除に学ぶ会」。イエローハットの創業者、鍵山秀三郎が1993年に発足させたものみたい。彼自身は「日本教育再生機構」や「道徳教育をすすめる有識者の会」など、さまざまな保守系団体に関わってるみたいですけど、トイレ掃除ブーム自体は、露骨な運動にはあまり見えない。日本の保守系運動のフィールドワークをしている、tomomiさんがこの現象をかなり以前からリサーチしていたので、僕も興味があって少しだけ調べていたりもしたんですが、端的に、この掃除ブームってなんなんでしょ。


tomomi: ひええ、すごい質問が突然きたな(笑)。鍵山自身は、日本会議の機関誌、『日本の息吹』にも登場したりしてますね。靖国に参拝しようと呼びかけてもいました。で、トイレ掃除なんですが、ポイントは「公共の場での掃除」かと思います。「自分の家のトイレを掃除しよう!」っていう運動ではなくて、そんなことは「日本を美しくする会」の人たちは誰もいってない。ほとんどの場合は学校、稀に公園、広場といった場所を掃除すること。あと、企業研修とかにも使われてます。「美しくする会」以外にも、別の宗教団体もトイレ掃除を唱えていたりもしますし。


鍵山は、『掃除道』という形で、本来は人が嫌がるようなトイレ掃除という活動について、普通では考えられないほどの徹底した掃除をすることで、公共施設へのありがたみを感じたり、謙虚な心がもてたり、無駄をなくすための「気づき」ができたり、感受性が豊かになり小さなことにも感謝できるようになるとか、人として心がきれいになれると説いたりしています。その結果、企業の社風が変わり、業績があがったとか、荒れた学校がよみがえった、犯罪が減少したなどの「効果」の説明つきで。


アメリカの授業でこの会のDVDみせると、学生は信じられないという反応なの。もともとアメリカの学校には、生徒が掃除をするという習慣そのものがない。掃除は職業としてやっている人がいるからね。で、「日本を美しくする会」の支部である「ニューヨーク掃除の会」で、学校や公共施設のトイレ掃除なんかしたら、そのひとたちの仕事を奪っているのでは……とちょっと気になる。


chiki:トイレ掃除を通して、「公共心」や「道徳」と絡めた、「教育効果」を期待しているみたいですね。そもそも最近は、日本でもトイレ掃除しない学校も増えてたみたい。昔は普通にしてた気もする。それが、「昔はしてた=あるべきはずのトイレ掃除がなくなった」という時系列に重ねあわされて、「だから昔はあったはずの美徳が失われた」「だからこういう社会問題が起こった」的なロジックにも使われやすいみたい。


もちろん、トイレ掃除すれば公共性が芽生えるとか、物を大事にするようになるって因果関係は普通に考えて、ない。自分の事を振り返っても、中学生時代とかはトイレ掃除が原因でいじめられたりしてて、身にしみてウソだと分かる(笑)。だから、教育論として妥当なのかという検証をすると同時に、「教育をめぐる政治」の場として、どういう方向に行こうとしているのか、興味があるかな。


tomomi: ははは。私も「掃除、命!」の管理教育をへてきているので、心から嘘だと(笑)。あと、こんなのもあるよ。自民党・民主党議員が一緒に国会のトイレ掃除行うって記事。


衆議院議員で自民党の馳浩氏(47)が国会のトイレ掃除を行ったことを自身のブログで報告した。トイレ掃除を行ったのは、6人の議員と河村建夫官房長官の妻。この会は「第1回 トイレ掃除に学ぶ会」と名付けられ「日本を美しくする会」の国会版だという。

「日本を美しくする会」は、カー用品チェーン・イエローハット創業者の鍵山秀三郎氏の掃除哲学に学ぼうという有志の集まりとして1993年に結成された会。同会ではトイレ掃除を推進しているが、その理由を「謙虚な人になれる」「気づく人になれる」「感動の心を育む」「感謝の心が芽生える」「心を磨く」か らだと説明している。

 馳氏はトイレ掃除の様子を「便器に向かい合って、一心に磨き上げる。便器を磨き、心を磨く!の合言葉で、1時間」と語っている。

 トイレ掃除を終え、馳氏は「心地よい1時間。素手で磨き上げた便器はピカピカ。心晴れ晴れ」とその効果を述べた。馳氏はトイレ掃除に参加した衆議院議員 で民主党の野田佳彦氏に「このトイレ掃除してから国会対策すると、国会運営も与野党も上手くいくんじゃないですかね?」と笑いかけると「そうですよ ね〜〜!」と苦笑いされたという。

 与野党双方の議員がトイレ掃除を通じて交流が図れたようだ。


tomomi: このへんなんかだと、偉い議員先生もトイレ掃除で仲良くとか。


chiki:すげーwwwwよくこんなん記事にしたなwww。「謙虚な人になれる」「気づく人になれる」「感動の心を育む」「感謝の心が芽生える」「心を磨く」って、完全にプラシーボ効果だと思うんだけど。前提としては、別にこういうのをやる分にはぜんぜんかまわないんだけれど、こうして会やサークルなど完全に有志で行われるものと、学校などで「教育」を期待して全員に強制される場合とでは意味が変わってくるよね。後者のような形で、良かれと思って展開されているものが、実際にはある種の政治選択でもあるということは、明らかにしておいた方がいいのかもしれない。その上でコンセンサス形成をもくろむのは、もちろん自由だろうけど。


tomomi:しかし、政界にも着々と進出するトイレ掃除の会ということで、けっこうすごいかも。あとはこんな記事もあって(小中学校編 心の教育<64>懸命さ見直し、見直され)。


懸命さ見直し、見直され

 「札幌掃除に学ぶ会」の指導で、トイレ掃除を経験した札幌市立新琴似中学校の生徒は、運動部員が中心だった。そのため、比較的、集団での規律ある行動習慣が備わっていた。

 横浜市の教育長、伯井美徳(43)は、トイレ掃除の教育効果を知って、「全小中学校で始めよう」と考えたことがある。しかし、校長たちの意見は、消極的だった。衛生上の問題、用務員の職域侵犯、保護者の反発など、壁は厚かった。伯井は「強制はできないが、せめてモデル校くらいはできないものか」と残念がる。

 教育困難校を変えた有名な例が広島県にある。県立安西高校校長の山広康子(56)が教頭時代、「掃除に学ぶ会」を招き、荒れる生徒に呼びかけて掃除を経験させた。実施までの苦労は大きかったが、学校は再生した。「きれいな環境は生徒の心も変えた」と山広は振り返る。

 「学ぶ会」の礎を築いたカー用品店「イエローハット」(東京)の創業者、鍵山秀三郎(72)は言う。

 「人が嫌う作業を、しかも徹底的にやると達成感が得られる。達成感は人を陽性にする。2時間半で気持ちがガラッと入れ替わる」

 鍵山は一緒にトイレ掃除をした暴走族が、「こんな大人もいるんだな」と言うのを聞いたことがある。「今の世の中、子どもには信じられない大人ばかり。寒い中、懸命にトイレを磨く大人を見て、見直す。大人も、掃除に打ち込む子どもを見て、相互に見直すことになる」。鍵山の実感だ。


tomomi: この記事にある、広島県立安西高校の例ってのは、鍵山氏の『掃除道』にも盛大に書かれていてね。まったく荒れていた学校が、この掃除をもとに再生したとかいうストーリー。校風が劇的に変わり、なくなっていた体育祭が開かれるようになったんだそうで。この本によれば、最初から広島県警や教育委員会の人たちも関わっているらしいことがわかる。校風が変わったというのは、警察のお世話にならない、服装の乱れがなくなった、、、などということらしい。で、平成14年度、文化庁と広島県庁主催の「学校トイレ美化運動」のモデル校に選ばれたと。そんな運動があったとは知らなかったが(笑)。ここにちょっと紹介されてる。


chiki: そんなに一丸となった取り組みなら、仮に「改善」してたとしても、トイレ掃除自体が理由じゃないと思うんだがww


tomomi: うん(笑)。いづれにせよ、トイレ掃除をきっかけとして、学校現場に入り込んで行ける、という面で、運動としてはすごい目のつけどころだなと関心。「便教会」ってのが学校の先生用の運動体らしいんだけど、トイレ掃除って、それ自体は「悪い事じゃない」みたいな印象を与えるし、実践しやすいから、広がりやすい。


chiki: ずいぶん地味な草の根運動だな(笑)。でも、「かなりゆるい運動」だからこそ、下手な政治運動よりも、着実な成果を挙げてるともいえる。「ボランティア=よきもの」という無前提のイメージもあるから、ブランディングにもなるだろうし。面白いなぁ。


tomomi: そうそう。あ、これですね、便教会。「日本を美しくする会」も、「便教会」も、主にうつってるのが男子トイレなのが不思議なんだが。「日本を美しくする会」のDVDでも、大便器掃除の方法解説より、むしろ男性用小便器解説のほうが「げげ……」って感じでインパクト大でした。


chiki: 便教会新聞とか、いい味だしてますねー(笑)。体験談・成功体験とかは、開運ものとか、宗教系フリペとかでよく見かける文法そっくり。こういう共同体メイキングな文章は、どうしても類型化していっちゃうんだろうか。いや、別にいいんだけど(笑)。


tomomi: ああ、そうでしょうねえ。ちなみに、京都市長に今年当選した門川大作氏は、前の教育長で、京都で 「便きょう会」 をせっせとやってた人。教育再生会議でもご活躍だった。


chiki:中には、そういう自覚的な保守運動家もいるわけね。メインの鍵山さんも、他にもいくつもの保守系政治に関心が高いみたいだしね。


tomomi: 鍵山さんは、つくる会が分裂する前あたりまではそんなに保守系媒体とかにでてきてはいなかった気がするのだけれど、教育再生機構ができたあたりから、かなり登場するようになったように思う。日本会議の機関誌にも出てたし。


chiki:元々、徳田虎雄政経塾とか、ローカルには色々関わってたみたいですけどね。


tomomi:いろいろな団体のリーダー的な役割として、表にがんがん出てくるようになってきたような。ちなみに、もともと私が「日本を美しくする会」に注目しだしたのは、「ジェンダーフリー騒動」の時のフェミニズムへのバックラッシュの動きに絡んでいるというウワサをきいたからなんです。地域でいろいろこの団体が動いているらしいという話を聞いて。あんま裏は取れてないんだけど。


chiki: でも、教育再生機構の理念とかをみると、隣接はしてるみたいですね。「心を重視する道徳教育を充実させます」(道徳教育の教材開発とともに、鍵山先生の「日本を美しくする会」などとも連携しながら、実践的な青少年育成活動を行います。教育基本法の改正に先立ち、宗教的情操心を涵養するための教材を作成致します)と、「男女の違いを尊重し、家族を再興します」(ジェンダーフリー教育や過激な性教育を排し、将来の家庭人にふさわしい教育のあり方を具体的に示します。地域の教育力を高めるべく、さまざまな団体と連携いたします)が並んでる。


tomomi: そうですねえ。「掃除に学んだ人生の法則」の出版社、到知出版社とかいうところなんだけれど。『到知』という雑誌を出していて、はさみこみのハガキで渡部昇一が推薦してたする。


chiki:渡部昇一さんの本もそうだけど、保守系の本って、自己啓発本から政治性へとアプローチするという王道パターンがあるよね。「かく生きるべし」という価値・規範モデルや「格好いい生き様」を示しつつ、その価値に基づいた共同体設計を支持する、って形で。左翼も似たようなことしてるけどね。60年代のヒッピーカルチャーとかも、似たようなもんだったし。てか、多くの政治運動や宗教運動もそうか。生き方の合理性を与えてあげて、同時に世界観の合理性を提供する、と。でも、やっぱ保守が一番上手いと思う。


tomomi: 日本を美しくする会(掃除に学ぶ会)で支部レベルで中心になってるのは、中小企業の社長さんとかが多いんですね。保守系出版物である、『日本の息吹』や『日本時事評論』などに広告だしたりしてるのも、ローカル中小企業が多い。


chiki: 確かに、経営術や帝王学を学ぶというスタンスから、中小企業の社長さんとか参加したりしてるみたいだね。日本政治の縮図だなぁ(笑)。で、ほとんどの人が「善意」でやってるんだろうね。自己啓発的に、いきいきしながら。支部のサイトにも「いきいき」って書いてた(笑)。


tomomi: そうそう。学校のトイレ掃除を子どもたちとかと一緒にやって、休みの日にいきいきと。で、いっしょに体育館でおにぎり食べて、と。


chiki: のどかだね(笑)。それはそれでいいんだけど、簡単に他のイデオロギーと結びつく言説空間があるから、動向は注視したいよね。「教育再生」という言葉に裏打ちされるように、「現状はまずい=過去はよかった」的な発想から、懐古主義的な政治扇動の議論に利用されやすいのが難点だし。


tomomi: 「学校」という、一番地域にはいりやすいところから、政治性・宗教性をうまく隠して入り込めますからね。さっきの広島の高校なんかでも、トイレ掃除の結果、服装が規律正しく……となったとかで、なんかおそろしげな気がするんだが。偉い人(鍵山氏)にもかかわらず、コツコツ掃除とかいうのにも、ひかれてしまうものがあるのだろう。地域の社長さんも、警察の人も、市長さんも、国会議員も同じようにみんな掃除だというスタンスが、いかにも、格差を否定してエコロジーな行動のようにみえたりして。


chiki: 「賎なるもの」に触れることで、「聖なるもの」へと自らを変えるのだという、日本の神話的物語論のベースそのまま採用されているわけですか。


tomomi: そうそう、そうです。鍵山氏は、トイレ掃除するときに、いちばん汚い箇所からはじめるんだそうで、すごい細かいところにこだわりがあって、洗剤は絶対カネヨンに限るとか、掃除用具にはできればそれぞれ名前をつけましょうとか、掃除用具の並べ方から何からすごくこだわる。


chiki: タームを見る限り、禊(みそぎ)をすることで、気を高めるっていう、呪術的な儀式みたいな動機付けをしてるね。「7つ道具」とかの発想とか、もろに神器というか、形式に対するこだわりが見て取れる(笑)。


tomomi: うん。完全に儀式ですね。この会の方法である、トイレ掃除には熱湯使おうとか、素手がいいということが、前にちょっと問題になっていましたよね。批判があったからか、この会発行のDVDには「素手、素足で行う必要はありません」という説明書きがでてくるんだけれど、サイトの写真にうつっている人たちは皆素手だし、鍵山さんも著書の中で、素手のよさを力説しています。素手のほうがよりよい、という価値観は充満してると思われます。


chiki:支部の写真とか見てると、今でも結構、子どもに素手でやらせてるみたいだね。それから、 最初ににおいも嗅ぐのもあるみたい。


tomomi: おおお。あと、そもそも便器をやすりでこすって、傷になってしまわないのか、というのはかなり気になるんだが(笑)。あと、この会のトイレ掃除の写真は、ほとんどのケースが和便器なんですよね。ウォシュレットなんて一度もみたことない。


chiki:まぁ、古い公衆トイレとか学校の設備とかは和便器が多いってのもあるかな。昔、学校がエアコンつけないことについて、「その代わり夏休みをもうけてるんだ。夏休み返上してもいいのか?」とか、先生が言い張っていたりしたよね(笑)。単に予算の問題とか、今まではなかったものだからとか、その程度の説明さえせずに、なにかと教育論とかに結びつけちゃう言説空間。単に「今までの環境の中ではベターな選択肢」だったにすぎないものを、そこまで絶対視する必要ないんだけどな。


トイレ掃除運動について、もし教育効果云々するなら、「美しい心」とか、「町に尽くす心」とか、ある種のスピリチュアリズムにも通じる部分があるから、「水からの伝言」同様、こうしたイデオロギー分析だけでなく、衛生の観点や、効果論の視点からの検討も必要かもね。記事とかに対するネットの反応とかだと、「昔は普通にやってたの」とか「感染症なんてかからないよ」「モンスターペアレントめ」的な反応もけっこうあったけど、「昔の慣習」は、さまざまな理由で移り変わっていくものだし、「昔の慣習」の方がいいというなら、再選択する以上、改めてその論拠も正しく提示されたほうがベター。


tomomi: 私の管理教育時代も、無意味にわざわざ大変な掃除方法をとらせる、ということがあったけれど。冬の水拭きは、お湯ではなく冷たい水で行わねばならないとか。しもやけになりまくった記憶あり。床はモップを使わずぞうきんでふくとか、ぞうきんがけのとき、例の疲れる足腰鍛えられちゃう方法でやらせたりとか。雑草抜きも、大きな雑草でも鎌などは極力使わず、どう考えても時間がかかるばかりの竹べらでひとつひとつ抜かせる方法だったりとか。「便利な道具」をなるべく使わずに掃除させる、みたいなところがありました。このトイレ掃除も、そういうノリを感じます。


chiki:ああ、 キツイことを繰り返せば、崇高な精神が宿るとか思ってる人、多いよねー。ヤセ我慢の美学というか。昔の、運動中の水のみ禁止とかもそうだったし。いや、僕もそんなノリでバイト先選んだりもしてたけど(笑)。


tomomi: このトイレ掃除もそうですよね。いちばん汚そうなところにまずは手をつっこんで掃除とか。で、慣れれば楽しくなるよ……みたいな。「掃除」というのが、セルフコントロールの大きな方法になっている面もあるし。


chiki: さっきの記事とかに、《鍵山は一緒にトイレ掃除をした暴走族が、「こんな大人もいるんだな」と言うのを聞いたことがある。「今の世の中、子どもには信じられない大人ばかり。寒い中、懸命にトイレを磨く大人を見て、見直す。大人も、掃除に打ち込む子どもを見て、相互に見直すことになる」。鍵山の実感だ》って記述があったけど、意味なく現代社会を嫌ってる人、多いよね。「この世界はできそこないだ」って感覚は、いつの時代でも生まれるものだけど、今は普通にマシな時代になってると思うし、「今じゃなければすばらしかったはずだ」って発想は、「あるべき時代」に対して、大体は恣意的にしか観察されてない。


というかメディア論をやっていると、ある限定的な環境の中ではぐくまれた価値観や言説群が、その環境を自明視してしまうがゆえに、環境が変わっても、新たな価値への適応を拒むための言説として機能し、同時に「かつて作られた価値の再生」を強固に叫ぶあまり、巻き戻しをはかってむしろ周囲を変えようと試みる(で、失敗する)、という反復を何度も何度も目にするわけ。だからメディア論は、「聖書」も「ある環境に適応するために想像されたメディア」としてみちゃうわけだけれど(笑)。別の代替的なメディアが出てくれば、それで事足りるし、そちらの方が実際合理的だったりもする。だけど、価値観はそれにあわせて単線的に動いていくわけではない。そこが面白いんだけど。


tomomi: 鍵山本によれば、掃除に学ぶ会をやりはじめたのは、バブル崩壊の頃だったんだとか。それで必死だった中小企業経営者たちがわらをもつかむ思いで参加……とか書いてある。


chiki: なんて分かりやすい流言行動なんだ(笑)。


tomomi: うん、わかりやすいですねえ。


chiki: 実際にわら以外の何者でもないと思うんだけど。僕が社員だったら、そんな会社からは逃げ出しちゃいそうな予感。


tomomi: で、トイレ掃除という直接自分の利益に結びつかない行動を通して救われる気持ちになった説。


chiki: トイレ掃除して不況が乗り越えられるとは思えないけれど、そういう状況で、そういう合理性を作り上げる言説にとびつくのは、よくわかる。というか結構、しょうがないよね。でも、ねぇ……。


tomomi: この会に参加するのは、中小企業経営者とその社員が多いということで、社員は無理に参加させられている可能性高いとみたが。経営者は、富士山ふもとの企業研修みたいなノリで挑むんでしょうね。あれもあえて苦しいことをしてそれを乗り越えようとする、ブートキャンプみたいなもんだろうからな。


chiki: 100年後とかの歴史資料に、「この頃、《トイレ掃除をすれば美徳を取り戻せる》《経営にもいかせる》といった流言も流れ、中小企業や教育関係者が呼びかけるような運動もあった」とか書かれてそう。で、「うわー、さすが昔の人www」と小学生に笑われてそう。


tomomi: 笑われまくりだろうな。今すでにアメリカ人大学生に笑われているもんなあ。でも、今はそういう運動が、中小企業の後、学校にはいりこんで、今は政界と結びつきつつあると。


chiki: でも、こういう政治運動って、日本だけじゃなくて、アメリカにだってありそうだぞ(笑)。政治運動じゃないけど、「FREE HUG」とか、自分探し系の人が「世界を変える!」とか叫びだすための、一歩手前みたいな運動は、どの国でも行われてるし。そういう「ぬるい運動」自体より、それが何によって行われ、何によって価値付けられ、何と結びつきうるのかが重要で。ネットの集合行動同様にね。


tomomi: さっき日本教育再生機構のサイトみて、モラロジーが家庭教育シンポジウムとか頑張ってるなあと気づいたんですが。モラロジーってのは、宗教とは名乗ってないけれど、倫理修養団体みたいな位置づけの、柏のほうにある麗澤学園の母体。「道徳教育をすすめる有識者の会」で、挨拶してますね、モラロジーのひと。それと、同じく倫理修養団体系の倫理研究所の代表も挨拶しているな。ここは、まさに富士山の麓などで研修やセミナーをしている団体。「日本を美しくする会」も含め、「宗教ではない」ということになっている、こういう修養系団体が、今後は道徳教育・教科書運動で主要な役割を果たしていきそう。


chiki: この前、トイレの水飲む「野田聖子式」新人研修、4割が退社―江蘇省南京市って記事が話題になってましたよね。他にも、ビールを注いで飲むとか、そんな事例もあったり。この記事の場合、ちょっとソースが不透明な上に、ただの野田聖子バッシングに使われた感もあるけど、それは別にしてもいろいろな議員が「トイレ掃除」に関わってる状況はあるみたいだね。例えば山谷えり子の記事でも、唐突に「トイレ掃除」が例として出てくる。個別の団体との直接的な関係は別としても、政治運動って、「これに触れとけば目配せ可能」っていうトレンドが時期ごとに形成されていくもので、今は「トイレ掃除」に、保守運動がトレンドを形成しつつあるって感じなのかな。ちょっと前はジェンフリ批判だったけど。股間が好きなのかな(笑)。


tomomi: 山谷は山口県光市の「おっぱい都市宣言」も一時期ほめてたしね。保守派の興味が教育にかなりむいているので、トイレ掃除はネタとしてぴったりなんでしょう。発言小町にも、時々会社でのトイレ掃除ネタでてきますねえ。これとか(上司がトイレ掃除するが)。


chiki: 教育運動ですね。「有識者会議、道徳の「教科書」作成 22年秋には市販へ」って記事見ると、なんか道徳の教科書作るみたいだけど、トイレ掃除のことも書かれるのかな。


tomomi: あああ、ありえますね


chiki:《鍵山秀三郎・イエローハット相談役:「みっともない」「はしたない」「卑しい」「恥ずかしい」「世間に顔向けできない」といった古来からの文化がなくなった。当たり前でないことが当たり前になり、現在の忌まわしい事件につながっている。祖先が築いた世界に誇れる美徳を復活したい》って発言してるね。なんとティピカル。「と、21世紀の日本の保守運動家は語っていた」とか、「などと供述しており、関係者を困惑させている」とかつけたうえで、翻訳してあげたい。


tomomi:「教科書に載せたい道徳の話募集!」って企画もあるみたいだし、鍵山氏が、ひとりで掃除し続けた話はこの教科書にのりそうだな。「感動して泣いた」とか言ってた体験者もいたし。しかし、こうやってみてみると、道徳の教科書づくりとかを日本教育再生機構系統がはじめて、それをせっせと盛り上げる目的で、産経系メディアを筆頭にトイレ掃除報道がふえている、って面がありそう。


chiki: 産経は頻繁にとりあげてるよね、トイレ掃除。僕は、個別の団体とか、政治家とか、参加者とか、記者とかの内面には興味ないけど、それらのつながりがどう機能するかが気になってる。それから、ある言説の流れがこうやって構築されていくプロセスは、サンプルとして本当に興味深いよね。流言研究にも役立ちそう。


ロジックとして若干気になるのは、「不浄をきれいにしてあげる」というロジックを、「文化的価値」に対する評価とか、人間関係に適応すると、容易に「あなたもこちら側にいれてあげる」あるいは「完全ではない人たちを、完全にしてあげる」的な、「過剰包摂」的なモデルが透けてみえて、いやだな。


tomomi: 斉藤正美さんが前いってたけど、富山でも時々、トイレ掃除の報道あるらしくて。フェミ系集会とか、男女共同参画なんたら集会より、非政治的な印象だろうし、取り上げやすいのかな。


chiki: このブログには、《「トイレの心」を思い出し、「キレイになるように」と思いながらこすると「ツルッ」まるで本当に私の心が伝わったようだった。そして本当にトイレの心が分かったように思った。私は本当にビックリした。そしてまた心をこめてゴシゴシやった。するとトイレは私の気持ちに答えてくれる、その繰り返しの掃除がとても楽しくなってきた。》って書いてあるね。


tomomi: これの5番の心を磨く、ってのに、「特に、人のいやがるトイレをきれいにすると、心も美しくなる。人は、いつも見ているものに心も似てきます」ってあるから、心がトイレに似てきて、トイレの心もわかるということなのか。なんだか日本固有のアニミズム的信仰モードですねー。日本の草の根保守運動を支えているのが中小企業主系が多い構図と、その人たちがどうやってはまっていくかがこういうのから見えてくるなあ。


chiki: そういう言説に頼るほかない状況って言うのは分かるけど、なんか合成の誤謬になりそうな予感。


tomomi: あと、この活動が怪しいと思っている教員がいても、表向きには「掃除のどこが悪い」になるから反対しづらそう。


chiki: 掃除は別にいいもんね。きれいな環境の方が、作業効率がよかったり、精神面にも快適に過ごせるのは確かだよ


tomomi: そうそう、それ自体は悪いことじゃないから


chiki: ただ、なぜかこれを思い出すんだよな。


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tomomi: はははは。でも、「トイレ掃除の精神=社会の汚物消去」なノリ、ありそうだな。新宿の街頭掃除とかの報告を読むと、ホームレスの立ち小便あとがクサくて大変とか、ホームレスのせいで段ボール使い捨てが多いとか、なんかホームレスすごい悪者扱い前提で書いてる。掃除してきれいになったら、新宿の犯罪件数がへった、とかすごい関連つけてるし(笑)。


chiki: 「破れ窓理論」でさえ批判されまくりなのに、それ以前だろ(笑)。そもそも何を「汚物」と捉えるかは、それ自体がコンセンサスの問題で。まず、トイレ掃除で勝手に公共心とか芽生えるって、普通にありえない。何が公共的かの議論が普通に必要なわけだ。てか、日本で「公共性」なるものが言われる場合、それは往々にして「コミュニティの空気」に置き換えられる程度のものなわけなんだけど。


tomomi: あー、鍵山の『掃除道』の最後のほうにがんがんに書いてあったんだけど、鍵山、横浜市長の後援会だ(笑)。意地でも横浜市にトイレ掃除導入させたいだろう。


chiki: ああ、だから横浜で突然、トイレ掃除が復活したんかな。


tomomi: そうかも。


chiki: わかりやすいな(笑)。今後はまだ広がるかもね。政治家にとっては得票にもつながるし。


tomomi: たしかにね。市民を巻き込めるし。この会、もはや全国組織だし。


chiki: 「2008年2月現在 122ヶ所(国内118ヶ所・海外4ヶ所)」って書いてあるからね。すごい!組織力まじパネェ!


tomomi: この運動はとくにうまいですよ。日本会議とかは宗教色強くなってなんか怪しい雰囲気もでてきたけれど、これなら大丈夫だろう。


chiki: もともと風水がはやる国だし、この程度ならね。地方によっては、昔からの迷信で、「トイレ掃除をたくさんすると、綺麗な子どもを授かる」とかってのがあったし。運気が上がる、ウンがつく、とかはよく言うけど。


tomomi: 宗教系で掃除を重要視するところも多いし。


chiki: 公式サイトでは、次のように書いてあるんだけど。


1. 「心磨き」の会です。 掃除を通して、自分たちの心を磨かせていただく運動です。

2. 特にトイレ掃除を通して、「心の荒み」と「社会の荒み」をなくすことを目指しています。

3. 利益追求の会ではありません。 収益や集票目的のために、活動することはありません。

4. 宗教には関係ありません。 参加される人の宗教も問わないかわりに、どんな宗教団体にも一切属しません。

5. 特定の組織や団体に属しません。 この運動に賛同された方々により、自主的に運営されています。

http://www.nydevolunteer.org/activities/2005/2005.05.22.html


chiki: なんか、ブログのプロフ欄に「中道です」とか書くやつの自意識に似たものを(笑)。本当に中道なやつは、そもそも政治的なターム自体を自己紹介欄にまぜない(笑)。それはさておき、やっぱり、この団体が政治体として活動しなくても、こうして築かれた語彙群とか、そのソーシャルネットが、何を生むかだよね。隣接性が高いから。今、改めてサイト見てみたら、ごく最近のでも、素手でゴシゴシやっとるな。素足で便器にも入ってる。てか、こういう「感想文書けといわれたんで、ウケそうなの書いてます」的なフィードバックを真に受けて、ガンガン先鋭化していくのかな。


tomomi: ネットで検索しても、批判的なのより、感動しました系のサイトのほうが多い気がするし。


chiki: それを聞くと、確かに日本の教育を嘆きたくなるな。リテラシー教育。


tomomi: 東京の掃除に学ぶ会が、新宿東口、歌舞伎町エリアにこだわるのもなんだろう。浄化作戦ノリなのかな? 


chiki: 目的としてそういうものがあるかは別にしても、そういう効果は生んでしまいそうだね。あるいは、ある種の俗情があるのは確か。感想とかみてると、身体論的な文法も目立つね。最初は躊躇→便器をみがく→気持ちのいい汗→心も磨かれる→生まれ変わった自分、的な。人が嫌がるイニシエーションを通じて、身体と精神が生まれ変わった、と。そうすると、身体や精神の「本当の声」が聞けるようになる、というロジックへとつながれば、宗教的身体論の完成だし、そうやって「あるべき日本人の姿」につながると説けば、政治的身体論の完成か。


tomomi: そうだねえ。あと、DVDに「リーダーとしての心得云々」って説明がけっこうあって、中小企業人にしては、リーダーシップを学ぶ機会みたいにも捉えられていそうだ。もちろん教育にも応用きく。リーダーとして大切なことは何ぞやと考える機会、みたいな。


chiki: わが国のリーダーに必要なのは、白を黒と言っても、それを場のムードでむりやり受け入れさせていくことですから、その意味では正しい(笑)。ただ、「日本を美しくする」といったとき、安倍ちゃんの「美しい国」同様、やっぱり「美」の内実が問題になるよね。美というのは、文化や慣習、時代、あるいは政治性や宗教観などによって異なるさまざまな価値観があって、人によってはゲイや風俗が排除された空間であったりするし、あるいはフリーセックスOKな空間のことを美的だというかもしれない。それは政治的対立を常に生んできたんだけど、政治的動員を図るために、分かりやすい、誰もが頷きやすい部分から導入していくっていう常套手段として「トイレ掃除」っていうのは、本当に面白い。繰り返すけど、だいたいの人は善意で、そこまで考えてないはず。ただ、無自覚=政治的効果がない、というわけでは全然無くて、むしろ多くの人が無自覚だからこそ、政治的効果を発揮する場面も往々にしてあるからねぇ。


tomomi: あと、ジェンダー的な側面もあるかもしれない。一般的に、女だとトイレ掃除なんて何も目新しくもないが、中小企業主系おじさんだと、長年やってないだろうから新鮮だろう。だから、常に男トイレが発見の場なのかな。


chiki: サイトの中に、「専業主婦はみな心が綺麗なの?」とか、「清掃師は心が綺麗なの?」みたいな想定問答に対して、「ただ漠然とやっている人とか、愚痴りながらやってる人はだめです」みたいな書き込みがあったじゃん。


tomomi: うんうん。「イヤなこと」であってはいけないんだろうな、家のトイレ掃除は。


chiki: 「意識しながらやってる自分」という、ある種の「意識」があってこそで、それが男性ジェンダー観と結びついている部分はあるのかもね。


tomomi: 「イヤなことを意識しながらやってるうちにイヤではなくなった」きれいな自分、か。


chiki: そうなると、もはやトイレ掃除関係ないね。奉仕として機能する苦行であれば、別のでもよさそうな。でも、やっぱトイレ掃除が一番分かりやすそうだ。


tomomi: 本当にイヤな、汚いトイレ選ぶなら、公園や駅でいくべきだろうが、それはしないところをみると、やっぱり学校へのこだわりが感じられるかな。


chiki: 報告を読むと駅でも公園でもやってるみたいだけど、学校の割合が圧倒的に多いみたいだね。単に、学校のトイレは業者が入ってないから許可もらいやすくて、公園のトイレは入ってるとかって関係もありそうかな。ていうか、「公園掃除申し出る→仕事奪う→失業→ホームレス→「ホームレスは浄化だー」→居場所無くなる→追い込まれる」とかってルートは嫌だな。


tomomi: でも、すごくありうるな。新宿あたり、狙ってそうだ。


chiki: 公共のトイレ掃除は、ビジネスの方がいいと思うんだけどな。ボランティアみたいに不透明な利害関係を生まずに済む。学校の掃除は別にしてもいいけど、素手である必要は無いし、過剰な意味づけは無駄だろうし。


tomomi: 道徳教育の教科書ができて、それを売るまでは、学校トイレ掃除活動どんどん広げるかな。


chiki: 教科書販売にもつながる可能性もありうるのかー。


tomomi: つながるだろうねえ。現場にはいりこんでいるから強い。教科書会社の営業だけじゃなくて、そちらからもプッシュできるし。「トイレ掃除にいらっしゃる、○○先生が執筆陣に、、」とかいわれたら。学校にはいりこんでいる=教育委員会にもはいりこんでいる可能性高いしね。それまでにその地域でトイレ掃除活動普及してたら、それについて掲載されている教科書に飛びつきたくなるかもしれない。


chiki: 確かに、語彙を浸透させるというのは、その語彙を使う準拠集団への親和性を高める機能もあるからね。掃除している人なら、関係者とごく自然なトークに持ち込んでプッシュもできるだろうし。密な関係も作ってるだろうし、同じジモト意識もあるだろう。もちろんそういうローカルな運動の存在は、別にまずいとは思わないよ。政治って、そういうものだから。


繰り返すと、トイレ掃除って、「美しくする会」のサイトにも書いてたように、それ自体で意味があるわけじゃない。そこでは、どのような「価値言説」とセットにするかが重要視されている。非科学的だったり、結果として排除的に振舞われがちな価値観と結びつくのはなんだかなって思うけど、実質、日本には地域共同体くらいしか機能しないんだから、その手の「運動」が登場するのは、ある意味で避けようはないのかも。それに対してどう付き合うか、というのは、あちこちで問われてくるんだよね。


tomomi: たしかになー。この運動の急速な広がりはすごいものがある。 政治色がなさげに見えることから、ローカルな報道もしやすいことでしょう。今後も展開を注目していきたいですね。



【おまけ】

http://www.sysnet.ne.jp/~legato/souzi/souji_kai-imeji.htm

このシンボルマークもすごいよね。男女関係が全ての根源って発想なのかな。


http://www.peacom.co.jp/fukuyama-onomichi-souji/syasin2005.10.30.htm

素手素足で掃除の後、よりによってカレーうどん食わなくてもw


http://www008.upp.so-net.ne.jp/n-souji/index5.htm

唐突な推薦図書ワロタw


http://www008.upp.so-net.ne.jp/n-souji/osakabenkyoukai/2009misogi.pdf

みそぎ説にエヴィデンスがつきましたwww


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掃除は日本の文化であり、文化を大事にしないと国が滅びると説く鍵山氏