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せいぶきょうそブログ

2007-09-18

seikyourou2007-09-18

[]その15「ある保護者からの手紙」 05:45

 

 ある保護者の方から、手紙をいただいた。うれしかった。その返事をがんばって急いで書いた。

 

 こんにちは。お手紙受け取りました。ジンバブエはとてもいいところで、元気に快適な毎日を送っています。あと半年の任期を残したところでのお手紙。大変うれしく読ませていただきました。

 手紙では、日本の中学生をめぐる事件について心を痛めている様子がひしひしと伝わりました。

これらの事件については、私も大きな衝撃を受けました。神戸の事件ではインターネットで新聞を毎日読んでは気が重くなっていきました。ナイフの事件も驚きでした。

先生が殺された事件は、とてもひと事とは思えません。自分だっていつ「爆発」する子供を目の前にするかわかりませんから。

 ジンバブエから日本の子供を見たとき、彼らが受けられる教育の質の高さと教育環境の豊かさに彼ら自身が自覚していないこと、これが残念でなりません。私自身でさえ、日本の社会・教育について幻滅させられることばかりに目がいき、もがいていた時期がありました。ジンバブエの子供達を日本の学校へ連れていき、教育を受けさせることが可能だとしたら、どんなに彼らの未来は輝くでしょう。

 ご質問のあったジンバブエの子供達、学校、家庭などなど教育を巡る状況についてですが、私もこちらに来て注意深くそれらを観察してきました。手紙でお答えするにはとても難しく、私の言葉で正確に伝わるかちょっと心配です。

 ジンバブエと日本の子供は、社会の環境が全然違うので、その性質はかなり違います。もちろん子供一般にいえる無邪気さ・かわいらしさは共通のものですね。またジンバブエの子供はこうだ、学校はこんなところだ、と一口では言えません。

というのも、社会の中にいろいろな階層があってそれを平均するとかえって本当の姿が伝わらないのです。お金さえ出せば、日本と変わらない施設・設備・教師の質・カリキュラムが享受できます。またインド人やヨーロッパ系の人々は自分たちのコミュニティの中で独自の教育をしています。現地人が行く学校も、もと白人専用だったAスクールと呼ばれる学校と、黒人専用だったBスクールと呼ばれる学校があり、その差は授業料・施設・カリキュラムなどの違いとなっています。Aスクールに行ける子は豊かな家庭の子です。現地の人々の意識の中にも、貧しい人と豊かな人との意識の差は大きく、その差は広がる一方です。残念ながらその差をうめようとする努力は、ほんの一握りの教養人がするのみです。

 ここは大人でさえ、「生きる」ということが難しい社会です。子供(女性も)は弱い立場に置かれています。例えば、子供がスーパーで買ったばかりのパイをほおばろうとして、それを奪い取る大人がいるんです。これを目の前で見たときはとてもショックでした。体罰や児童労働も社会にずっしり根をはっています。近親者によるレイプ事件も多いです。ストリートキッズも問題です。エイズ感染者が大人の3分の1とも言われ、エイズ孤児と呼ばれる子供達も問題になっています。

 子供の人権を守ろうと新聞で意見を見かけますが、ある一部のジンバブエ人にとっては絵に描いた餅のようなものなのでしょう。貧富の格差、都市と農村の生活の格差、(現代と縄文時代?くらいの差)伝統と西洋的な考え方との確執などなど、社会の中の両極端の生活や価値観が混在しているのです。社会主義国とはいえ数年前から自由経済を取り入れ、多くの商品が町にあふれるようになり、物価上昇がすごい勢いで進んでいます。失業率も50%と言われ、大人も子供もみんな「生存競争」に忙しいのです。

 さらにイギリスから独立して18年という歴史。植民地であったという歴史がこれほど多くの負の遺産を残すのかと驚きます。富める者・権威ある者への依存心、弱者への横柄な態度、自分の頭で合理的に考える力の欠如、等々。また先進国からの援助は一方で依頼心を育てます。自分たちで苦労してモノを創り出す歴史をもたないためか、日本では当たり前の価値観である「モノを大切にする」「無駄をしない」「公共の場を汚さない」等々の意識が大人でさえ、とても低いのです。これらは、十分に教育を受けられるかどうかにかかっているんですが、特に今の20代後半から30代の人々は独立戦争の混乱の中、十分な教育を受けられなかったという背景があります。彼らに日本では当たり前(世界共通だと思っている類)の価値観を通用させるには、努力・忍耐が必要なのです。

 

 以上、おおざっぱな社会状況や歴史に触れましたが、要するにここは「何でもあり」の国です。日本と同じような生活もできるし、何百年変わらないような生活をしている人もいる。教育についてもいろいろな層の人がいるので、ジンバブエに限っては一般化できません。でも話を続けるために、私の関わっている人達から聞いた話をいくつか紹介しましょう。

 学校で体育や音楽を教えている協力隊員の話を聞くと、ジンバブエの子供の特徴として、次のようなことが言えるようです。

・めだちたい、認められたい、という気持ちが強い。「先生、私を見て」「先生、私を指名して」とものすごいんだそうです。(中学生の年齢でさえ積極的)

・1人でも歌える、踊れる。自分の気持ちややりたいことを忠実に表現する。人と違ってもまったく気にすることはない。

・自分が評価されることやされたことを、とても誇りに思い、他人に誇示する。自分に権威がつく、箔がつくことがうれしい。日本では「どうだぁ?」と他人に誇示することはあまりないでしょう。

・教師(大人)は絶対。体罰・ひいきあり。ひいきと言っても子供はそれを「生存競争」として受けとめている。反発することはない。

  家庭の学校への関わりとして、PTAのような組織があるところとないところがあるようです。いい学校ほど親も関わりが深い。また親が金持ちだったり、偉い人だったりすると親の要求が通りやすいということもあるようです。

  学校教育に対する親の期待について。学校へ行けない子の中には、親が学校教育に何も期待していないという場合があります。実際、学校を出ても就職できないのですから、学校に行っても仕方がないということです。

 独立後のこの国の学校教育はイギリス流で、全国共通の普通レベル(Oレベル)と高校卒業レベル(Aレベル)の試験はイギリスのケンブリッジ大学でつくられたものを使っています。就職にはOレベルの教科いくつ以上、Aレベルの人に限るなどの限定がついたりします。この点は、日本よりもシビアな学歴社会といえそうです。アカデミック(学問的)な勉強を強いられているのに仕事につけないのは、この教育が悪いせい、という批判もあり、彼らはもっと音楽・家庭科・技術科・美術・体育・簿記・工業関係などの技術的な教科を取り入れようと主張します。ただし、先生が不足しています。

 学校のクラスは多くが能力別クラスです。親としては少しでも上のクラスへ上がってほしいし、普通レベルと高校卒業レベルの試験にパスすることも期待します。しかし優秀な子が学業を続けていくことは、経済的な援助がなければかなり難しい場合が多いです。そのために教会などの奨学金制度がありますが、まだまだほんの一部です。

 あるスポーツの会合で、小学校の校長がこんな発言をしました。地域のスポーツ大会にだすジュースや食べ物をどうするかという議題でした。「スポーツ大会はいいが、何もでないんじゃ、子供を参加させても可哀想だ。親が、腹を空かせて帰ってこさせて何事だ、と文句を言ってくる。だから何か食べるものをあげるべきだ。」

 スポーツに対する学校長や親の意識がこんなものなんだ、とショックを受けたのを覚えています。

親の期待とは、元気に楽しく事故なく学校生活を送ること、できれば多くの名誉(競争で1番になること)を得ること、というようなことじゃないかと思います。

 

 以上、今まで見たジンバブエの教育・学校・親・子供などについて感じたまま書いてきました。これからも、新聞を読んだり、話を聞いたりして勉強しようと思います。特に子供の特徴がなぜこんなに違うのかということを考えてみたいと思ってます。

 途上国に国際協力という仕事で入って、その国の発展にとって何が必要か、と問われたら自信をもって「教育」であると答えるでしょう。すぐに人々の意識、行動パターンは変わりません。何十年、という期間がどうしても必要です。「無教育」と思われる人達に出会うたびに思います。「ウィッチドクター」「ウィッチクラフト」「トラディショナルヒーラー」と呼ばれる何だかあやしげな人々に、教育がないために簡単にだまされたりします。例えば、腰痛で診察してもらったある女性がウィッチドク

ターに治療と称してレイプされたという信じられない事件が起きるのです。

それも2回も!お金を援助するより「教育」こそ必要なことでしょう。

 

 最後に、日本の子供達を巡る状況について私の考えていることを簡単に書きたいと思います。おっしゃるように「物質的に恵まれすぎて大切な事を見失っている」という状況です。なぜか。

私は、一つは子供が忙しすぎるという問題、もう一つは大人が過保護すぎるという問題を感じています。詳しく話すとキリがないので、機会があればお話ししましょう。

 

 3学期から丸中に勤務ということになっています。忙しいのは子供だけじゃなく教員も、ほかの日本人も同じですね。ジンバブエののんびりペースにどっぷりつかって、復帰できるか不安ですが、このペースこそ、日本人が忘れてしまっているものかもしれません。

「何が起こるかわからない、何でもありのジンバブエ」からのたくさんのお土産話をもって帰ります。お手紙を通して、日本の現実に目が向き、いろいろ考えをまとめるきっかけになりました。どうもありがとうございました。学校へ送っているジンバブエ通信にも学校特集がありますので、機会がありましたら、ご覧下さい。

 

それではさようなら