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陸前高田市復幸応援センターブログ

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2012-02-23

桜ライン311に参加しました

2月18日、桜ライン311のボランティア活動に参加しました!


当日は途中陽が射す時間帯もありましたが、小雪が舞い、冷たい風の吹く一日となりました。


集合場所でのオリエンテーション、植え方指導の後、グループごとにマッピングされた植付場所に移動、私たち3人は午前2本、午後1本の植え付けを任されました。



1か所目は、小友町にあるお宅の斜面。こんな場所まで津波が来たとは想像できない高さです。



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【まずは、桜を植える穴を掘ります】



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【掘ります】




ここでは1か所土が凍っていて、どんなにつるはしをふるっても掘れず、1本は植えるのを断念しました。



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【掘った土にお水を入れてこねます】



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【桜の木を入れて】



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【土をかぶせた後は、支え杭に苗を固定します】



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【完成です!セルフタイマーで撮ったら斜めになっちゃいました】





2か所目は広田町、南側斜面なので暖かく、土も掘りやすくてあっという間に植えることができました。

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お昼は、カセットコンロとお水を用意してのカップラーメン。

これがまた格別でした。



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実際に桜を植えてみて、なんとも言えない感動がありました。

私たちの植えた桜が大きく育ち、陸前高田のまちをピンク色に彩ってくれる日が来ることが楽しみです。

おおきくなぁれ!





ありがとう!陸前高田

越智 美保(愛媛県新居浜市




おまけ

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【海の男を演出する中谷さんを撮影する清水さん】

2012-02-22

高田人形

 相変わらず厳しい寒さが続いていますが、日差しの温かさを感じる瞬間があり、少しずつではありますが、厳しい冬も終わりつつあることを肌で感じています。



 私が陸前高田市の郷土玩具に興味を持ち、色々調べる中で、過去に「高田人形」という郷土玩具があったことを知りました。高田人形は、土に和紙を混ぜ乾燥させた人形で、赤い着物に梅の花が特徴、名工で有名な気仙大工が出稼ぎ先で作り方を学び郷土に持ち帰ったことが始まりだそうです。
 しかし、時代の流れと共に作られなくなり、昭和30年ころには絶えてしまったとのことです。

 高田人形を一度見てみたいとインターネットを調べたところ、陸前高田市の大町商店街で毎年開催されていた「雛めぐり」で高田人形が展示されていたことを知りました。
 また、民俗文化に詳しい方を探していたところ、郷土史誌を数多く出版されていた「高田活版」の佐々木松男さんとお会いさせていただき、高田人形や首ふりべえこ等の郷土玩具の話をさせていただきました。その中で、ご子息の佐々木高志さんが、昨年の雛めぐりの写真を撮っていらっしゃいました。その写真には、大事に受け継がれてきた多くの高田人形が映っています。こうなれば、是非本物を見てみたい。と思いましたが、写真に写っていた人形をお持ちの方も被災された方が多く、あまり残っていないのではないかとのことでした・・・。


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【写真提供:佐々木高志さん】


 そこで気仙大工発祥の地、小友町にある「気仙大工左官伝承館」に手がかりを求め、お伺いしたところ、案内人の武蔵さんがご自宅にお持ちとのこと。是非見せていただきたいとお願いし、後日拝見させていただきました。素朴だけれど、大切に人形と遊んでおられた武蔵さんの優しさが伝わってきます。


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 陸前高田市には、市立博物館がありました。東北で最初の公立の博物館として、人文系資料から自然系資料まで14万点を超える資料を所蔵されていたそうです。
 この博物館も甚大な被害受け、職員の方もお亡くなりになりました。


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【現在の陸前高田市博物館



 今は被災した膨大な資料の修復作業が行われています。修復作業所である米崎中学校に訪問しました。
 海水と汚泥に使った資料はカビ等が発生するなど状態が悪く、修復作業に着手するまで、他都市の冷凍倉庫で保管されています。
 書籍等の修復はまず、脱塩作業から始まり、塩分等を真水で何度も洗い、1ページ毎に紙を挟み水分を取り除くそうです。膨大な資料を前に1つずつ丁寧に作業をされています。
 また、貝と海のミュージアムの所蔵品である貝類については、その名前を判別する作業を行っています。膨大な資料と延々と続く緻密且つ地道な作業、いかにその作業の大変かを思い知らされました。
 またこれらの作業は、「文化財レスキュー」という事業で、全国の博物館でも修復作業が行われているそうです。



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【脱塩作業】



 私が学芸員の方に、高田人形を探しているという話をすると、博物館で唯一残った高田人形があるとのこと。地元の新聞社の方が取材に来られるということで、一緒に見せていただけることになりました。
 土人形はそのもろさゆえ、海水に溶け出し大半は原型をとどめない状態の中、1体だけ奇跡的に残ったそうです。
 とても素朴な人形なのですが、子供たちはこの人形を毎年買い集めるのが楽しみだったと聞きます。
 今まで博物館や、雛めぐりで簡単に見ることができた「高田人形」。今後どのような形で保存され継承されていくのでしょうか。


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【高田人形の特徴である赤い着物と梅の花の模様が見て取れます】



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【大半の高田人形がこのような状態です。】



 文化はいわゆる地層のようなもの。幾重にも重なりその基盤の上に今の生活文化があるといえます。都市としてのアイデンティティを失うやもしれない文化的損害をこの町は受けています。文化は目に見えるものばかりではありませんが、先人たちが長い年月にわたり受け継いできた文化復興も町づくりと同じほど需要な課題であるように思います。
 修復された文化の上に、新たな文化を積み重ねることができる日が一日でも早く訪れることを願ってやみません。



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【倒壊した彫刻(陸前高田駅前ロータリーにて)】



中谷 俊也(金沢市

2012-02-21

信州の思いを届けて頂きました。

 陸前高田でも少しずつ、春を思わせる日差しが注がれるようになりました。
まもなく、1年を迎え、”復幸元年”のスタートを切る陸前高田。時の流れは止まっていません。ゆっくり、ゆっくりと春の日差しと共に新たな陸前高田の未来に向かっています。



布ぞうりの制作に長野県佐久市自治労職員組合員より布が送られました。


太田仮設住宅にお住まいの「太田ほほえみ会」7名の皆さんが布ぞうりを制作し、明日の生活の糧になるようコツコツと取り組まれています。
そんな皆さんの制作に少しでもお役に立てればと長野県佐久市役所自治労職員組合員より布と佐久市平根・小田井脳トレ絵手紙教室の皆さんから寄せられた絵手紙をお送りさせていただきました。
  会の皆さんからは、「本当にありがたく、嬉しいです」との言葉を頂戴いたしました。早く皆さんの成果が、全国に届くこと心待ちしています。

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【太田ほほえみ会の皆さんに布を贈呈した佐久市職員代表5名の皆さん】




○気仙朝市の運営に長野県佐久物産振興会より寄付がされました。


毎週土・日に開催している気仙朝市。その伝統は、天保時代から歴史を刻まれているとのこと、これまで歩まれた300年以上の歴史の中には、幾多の困難もあったと思いますが、市民の皆さんに愛され、親しまれてきたからこそ現在に至っていると思います。その歴史を絶やさないためにがんばって気仙朝市事務局へ佐久物産振興会(荻原会長)より、寄付金並びに佐久物産振興会会員からお寄せ頂いた信州佐久の物産を気仙朝市で販売し、全額を寄付して頂きました。


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【気仙朝市に寄付をした佐久物産振興会の事務局の皆さん】

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○広田保育園児に佐久市社会福祉協議会からマスクが送られました。



去る17日(金)、お一人でボランティア活動を展開している後藤氏が復幸応援センターにお見えになり、「広田保育園の両隣(広田中学校・高田高等学校広田校舎)の解体作業が始まった中で、園児の皆さん(約100名)を粉塵から守るためマスクを用意できないか」の相談があり、長野県佐久市社会福祉協議会に相談。敏速に対応いただき園児用マスク約2,000枚を広田保育園に届けしました。
藤倉園長先生からは「えっ!こんなに早く・・・ありがとうございます」と第一声。
佐久市社会福祉協議会の敏速な対応に感謝いたします。



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【取り壊しが始まった広田中学校(左)高田高等学校広田校舎(右)//広田保育園(中央)】





信州善光寺陸前高田普門寺にお地蔵さんが安置されることとなりました。



東日本大震災犠牲者の鎮魂を祈って、高田松原の倒木で母子地蔵菩薩4体を信州善光寺陸前高田地蔵制作に協力する会 (会長熊谷氏)、東京藝術大学の3者で建立を続けてきました。平成24年1月4日に陸前高田市の200名を超える皆さんがのみ入れを行い、完成までを東京藝術大学薮内教授らが制作に携わっているもので、今回は、その地蔵尊の安置場所として、1体は信州善光寺、3体を陸前高田市米崎町「普門寺」(熊谷住職)に安置することを善光寺よりお願いにあがりました。
熊谷住職は「今回の大震災での復興更には、犠牲者のご供養は宗派を超えて皆で取り組むことが大切」と受入れを快諾され、地蔵堂の建立場所も「境内どこでも皆さんの気に入った場所へ安置を」と、熊谷住職が境内を案内しながら、建立場所もその場で決まりました。

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がんばっぺし!  陸前高田!

全国の皆さんとの絆は、更に太くなっています。

清 水 淳 一 (長野県佐久市)

2012-02-20

ふるさとは遠きにありて思ふもの

私が使わせていただいている生出の宿舎、先週の土曜日から4日間、お水が出ませんでした。

「この辺は寒いから、毎朝毎晩水落とししてね〜」との前任者・竹内さんの教え通り、家中の水道という水道の水抜きをちゃんとしていたのですが、強烈な寒波の繰り返しのせいか、あっさりと凍ってしまいました。


その間、私はやかんやお鍋を抱えて隣の棟にお水を分けてもらいに行く日々。

日曜日には、どうしてもお風呂が沸かしたくて(ひっとするとお風呂を沸かした熱で凍っている部分が解けてお水がでるかもしれないし)、台所にあった空の一升瓶3本を抱えて、吹雪の中、お百度参りのように隣との間を行ったり来たり。

「水汲みに片道何時間…」というナレーションのCMを子どもの頃に見た記憶があるのですが、まさにそんな感じで、数十回往復してお水をため、なんとかお風呂を沸かしました。

往復している間、川向いの住人の方が雪をならす作業をされていたのですが、一升瓶を抱えて何度も往復している私を見て、「何やってんだろう?」と不審に思われているんだろうなと感じつつ、背に腹はかえられず、頑張っちゃいました。

その後も毎日もらい水をしてやり過ごしていたのですが、火曜日の午前中、事務所に来られた伊藤市議会議長さんにそのお話をすると、

「そりゃ困ってるでしょ。業者呼ばなきゃダメだよ。電話してあげようか?」

と、お知り合いの水道業者さんに連絡してくださり、午後、早速工事に来てもうことができました。


結論から言うと、各蛇口につながっている水道管ではなく、水道メーター本体とそのそばの止水管そのものが凍っていました。

最初に室内の水道の状態を確認した水道屋の社長さんも、「うん、ちゃんと水抜き出来てる。完璧だ」と言われたように、教えどおりにきちんとやっていたんです、水抜き。

なのに凍ってしまったメーターたち。




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ピンぼけしていますが、完全に凍っています】




「こんなの何年かぶりだ〜」と社長さんも言っていましたが、今年特別寒かったのが影響したのと、この宿舎自体が10年くらい使われていなかったので、後で見せてくれた止水管は錆びてしまって今にも破裂しそうなヒビが入っていました。

「原因として考えられるのは、雨どいからの水がメーターボックスの方に向かって流れてるから、その水で冷えて凍っちまったんだと思うね。あっちの棟はここみたいに雨どいからの水の直撃を受けなかったら大丈夫だったんだ。まあ、こっちを選んだのが失敗だったってこと(笑)」

選んだのは私じゃないんですけどね・・。(泣)

凍ったメーターを解かし止水管を交換した後、パイプをつないで、雨どいの水がボックスの方に流れ込まないようにする工事も一緒にしていただきました。

ありがとうございます!!

こういう経験をすると、普段、簡単にお水がでることのありがたみをしみじみと感じます。

そして、いろんな方に助けられていることや出会えることのご縁も。

水道屋さんを紹介いただいた伊藤議長さんにも感謝感謝です。




水道屋さんから、「こうなってしまったらちょっとやそっとじゃ解けないんだから、すぐに電話しなきゃダメだ。気が長いんだか抜けてるんだかわかんないけど、ちゃんと言わなきゃ」って言われちゃいました。

前にもどこかでこんなこと言われたことがあるような気がするんですが、私、抜けてるんじゃなくて、気が長くて我慢強いんです。(そういうことにさせてください)




工事をしてもらっている途中、近所のおばあちゃんが前を通りがかり、社長さんと立ち話をしていきました。

その様子を眺めていたら、従業員さんが「何言ってるかわかります?うちら地元の人間でも何言ってるかわかんないですよ」と言うように、二人とも地元の言葉(「ケセン語」って言うんですよね?)で話していて、なんとなくのニュアンスはわかるのですが、正確な言葉はほとんどと言っていいほど聞き取れませんでした。

でも、好きです、こっちの言葉。

なんだか妙にハマってしまっています。

なんとなく郷愁を誘うというか、ものすごく愛着のわく感じがたまらなくいいです。

石川啄木の『ふるさとの訛り懐かし停車場の人ごみの中にそを聴きににゆく』という短歌がありますが、二人のやり取りを聞いていて、ふるさとの言葉が聴きたくなって駅まで出かけていってしまう気持ちがわかる気がしました。

高田松原にあった石川啄木の歌碑も津波で流され、未だ見つかっていません。できれば見つかって欲しいです)




先日行われた『子どもたちに山車を贈ろう!贈呈式』においても、株式会社マイヤの米谷社長が「郷愁は持ち続けなければならない」と、陸前高田で900年続く七夕祭りを復活させ、ふるさとを想う気持ちや子どもたちの夢を明日へとつなげていきたいと語っていました。

私の地元、愛媛県新居浜市でも、盆正月には帰らなくても「新居浜太鼓祭り」(毎年10月開催)には必ず帰る、という人が多いです。

こちらの生活にもずいぶん慣れ、派遣期間の残りが短くなってくると、帰りたくないような気持ちもわき起こってくるのですが、昨日、スーパーに寄って、柑橘コーナーに「愛媛県産」の文字を見て、思わず写真に撮ってしまっていました。





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しかも、柑橘類は苦手なのに(私も生粋の愛媛産ですが)、買っちゃいました。






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ポンカンとオレンジをかけあわせて生まれた愛愛柑だそうです】





こういうのも郷愁の一つなのでしょうか。




火曜日以降、お水も毎日きちんと出て、快適に過ごせています。

実は火曜の朝一番に、全国青年市長会事務局に電話をかけてしまいました。

遠くにいながら、私たち現地特派員のために奮闘していただいている事務局

ありがとうございます!!

皆さん、ご存知ないかと思いますが、この方です。

ご紹介します。愛媛県四国中央市、古東圭介さん!





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古東さん、請求書届きました。










ありがとう!陸前高田

越智 美保(愛媛県新居浜市

2012-02-19 陸前高田市の今

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陸前高田市役所】



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陸前高田市民体育館】



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ショッピングセンター



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陸前高田駅まで伸びる通り】



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【原型をとどめない車もまだ残っている】


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【いつになったらこの瓦礫の山は消えるのだろうか】



この寒々とした市街地を車で走り抜けていた時、カーラジオをつけると、国会中継の模様が流れてきた。


震災復興に関する代表質問


他の政党議員が野次を飛ばす。


その野次に笑いがおこった・・・・。



陸前高田の皆さんはどういう思いでこの放送を聞いているのだろうか。



なぜか涙が止まらなかった。