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2009/11/25 このエントリーを含むブックマーク

「【エンタがビタミン♪】「色がなくて、目が大きい」。市川海老蔵が小林麻央に年貢を納めた本当の理由。」に関するコメント一覧 - livedoor ニュース

実を言うと、この大きすぎる目が映画やTVでは若干浮いてしまう一因になっているのだが・・・・

だが、

役者の命といえば、目と声ではないだろうか。

どちらも売りにならないようでは、後継者になれないというのはあると思う。



島根女子大生殺しの猟奇性 「羊たちの沈黙」とそっくり? - livedoor ニュース


猟奇事件が起きると現場付近のレンタルビデオ店も調べられるのか。

最近だと、オークションやネット通販サイトも極秘に調べられるのではないか。



妻が語る「荒木飛呂彦」と『ジョジョ』――『荒木麻美のジョジョと奇妙な生活』レポ - 反=アニメ批評


中身が子どもだから、50過ぎても老けないのか。

子どものままでい続ければいつまでも若く老けないということであれば、男性のみならず女性にとっても童心が必要不可欠なものだということがよくわかるではないか。

こういう人だから、漫画家になれたののだろうが、漫画家になれなかったら、世の中に馴染めず、ニートか精神病院にいたかもしれないというのは禁句なのか。特殊な才能に恵まれないただの変人は、生きるのが難しい世になりつつある。

頭が良くても、受験に強いというだけでは、大学を出てからが大変だ。


no title


今でこそ再評価されつつあるが、もしも戦後日本を離れることが出来なければ、失意のままロクに作品も残さず世を去っていたことだろう。世界的な評価を得た数少ない画家が日本ではずっと不遇だったという点に、この国が先進国といわれる地位にありながら、芸術や学術の面で未だに田舎臭さを残している。ピカソモディリアーニらのいた当時のパリにいれば、その影響で高水準の作品を残せるのは当然かもしれないが、同時代にパリに住んでいた日本人は他にも多数いる。

彼らが達しえなかった西洋人の水準に達した数少ない一人である。

こういうと単なる西洋コンプレックスに感じる人も多いだろうが、音楽でも美術でも本場のレベルは日本人が想像する以上のものがある。音楽コンクールで優勝したからといって、そのまま欧州で認められるわけではない。

本場のクラシックを聴くと、国内の楽団や演奏家を聴く気がしなくなるとしかいいようがない。

日本人は日本のもので勝負するしかないと言う気分になる。


ただでさえ低かった芸術方面のレベルが戦後更に低下したのは、バロン薩摩(薩摩治郎八)のようなパトロンがいないためかもしれない。


「バロン・サツマ」と呼ばれた男―薩摩治郎八とその時代

「バロン・サツマ」と呼ばれた男―薩摩治郎八とその時代

藤田嗣治画集  素晴らしき乳白色

藤田嗣治画集 素晴らしき乳白色


今も海外で認められて凱旋帰国する人もいるが、彼らが帰国して日本で地位を得ることよりも外国に留まって、時折帰国するほうがずっといい扱いを受けられることに気づいて、めったに帰らなくなる。

結局、日本で地位や権威を確立した人たちにとっては、そのような天才は邪魔な存在でしかないということではないか。

精神や文化の面での鎖国は今も続いている。


もしも、藤田が戦争画を描いていなければ、死後すぐに再評価されたと思う。

だが、この戦争画がなければ、芸術家にとって全盛時代のパリの空気を表現する画家として終わっていたのではないか。

戦後長生きしても、「藤田の全盛は、20年代までだね」といわれて終わっていたに違いない。

この絵がその輝かしい未来を奪ったが、生前と死後数十年の評価と引き換えに、日本の文化遺産であり、世界の美術史に残るであろう『アッツ島玉砕』『サイパン島同胞臣節を全うす』を世に残すことが出来た。

その意味では、本望だったのではないか。

今から百年も経てば、「猫と女」の画家から、戦争を通して、ゴーギャンのように死生観を表現する画家へと達したと言う評価を確立することになるのではないか。

今の画壇と美術愛好家のレベルでは、「猫と女の画家」でも十分だが、時代を超える普遍性と宗教観、死生観という面で言えば、これを抜きに藤田嗣治を語ることは出来ない。

これが現代の戦争ではなく、源平の絵巻物や戦国時代の合戦なら、誰も文句を言わないだろう。

カトリックの思想を素直に表現していたなら、日本では全く理解されなかっただろう。

このように、絵で表現される範疇を超えてしまうと、評価のものさしがないだけに評価が不当に低くなる。

批評家が信用を失ったのも、彼らが井の中の蛙だということがばれたからだ。

知識人文化人が消滅したのと、パトロンが消えたのはほぼ同じ時期だろうか。

芸術家でありながら、芸術家の枠に留まらない、千利休も本阿弥光悦も北大路魯山人も今はもういない。

彼らが現代に現れないのは、何よりそれが求められる土壌が失われたからだ。



評価が確立した30年代まではともかく、戦後の絵は大衆的というか、今見ると漫画的である。時代の空気をたくみに読み取る能力があったようだ。

大衆受けしやすい作風になった反面、戦争画のような鬼気迫るものがないと感じる向きがあるかもしれない。

もともと並外れた才能があるだけに、戦後の絵も他の日本人画家の及ぶものではない。








「来年以降は白紙......」格闘技K-1に消滅危機!? 戦極との合同開催の裏側 - livedoor スポーツ

本業のパチンコ屋の業績が悪化しているから、スポンサーから撤退しようとしているのではないか。

総合格闘技ブームが終わりつつあるのは誰の目にも明らか。

だからといって、プロレスが再浮上することは絶対にない。



宮崎あおい 業界での評判ガタ落ち - livedoor ニュース


「夫が一人前に稼げるようになるまで」というのが泣かせる。

そう考えているうちは、きっと駄目だろうに。

子どもが出来て夫に依存することになれば、今の関係では仲が悪くなって確実に離婚すると思っているのでは。



同じく大河ドラマの主役を演じるも、仕事を選ばないばかりに駄作率が高く作品に恵まれない仲間由紀恵はどうなる。

二人とも容姿はさることながら、声も特徴的なのだから、映画一本にするべきではないか。

俳優の名前しか見られていない今のTVドラマでは、持ち味を出そうとすれば二人とも空回りするだけだ

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