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新・誠信堂徒然日記

2018-01-03 2018年元日新聞比べ読み

再開した元日の新聞比べ読みも3年目。それにしても元日の新聞入手が困難になってきたのはなんとかならないものか。

今年は平成30年天皇退位も来年に控え、「平成」の世相を振り返る紙面が目立つ。

朝日はずばり「平成とは」というタイトルの特集。元日紙面は矢沢永吉インタビューがトップで2面に音楽・映像・書籍、カラオケ、写真の平成のライフスタイルの変化を比べている。その大きな違いが「”みんなで”から”一人一人”へ」。文中、國分功一郎は、ハンナ・アーレントの「孤独と寂しさは違う」という言葉を引いている。そして、「孤独とは、私が自分と一緒にいること。自分と一緒にいられない人が淋しさを感じ、一緒にいてくれる他者を求める。だから自己と対話が出来ない。孤独にならなければ人はものを考えられない。孤独こそ現代社会で失われているもの」だという。「一人一人」の時代だが、自己と対話できているか、という指摘が鋭く響く。

讀賣は、協賛しているイベントがあったり、平昌五輪を間近に控えていることもあるが、スポーツ関連の紙面がやたらと目立つ。その中で面白かったのは「新春対談2018」という3日付との連載記事。国際日本文化研究センター准教授の磯田道史氏と読売新聞本社特別編集委員橋本五郎氏の対談。二人は奇しくも「年男」。歴史との対話の中で「今」を知るという見出しで、興味深い内容。2017年森友学園加計学園問題で「公文書の破棄」が話題になったが、「長い目で見ると記録をきちんと残すべきである」という磯田氏の指摘には納得。

毎日はトップ記事に、北朝鮮の元外交官が、「拉致問題解決と引き換えに、日本から巨額の資金援助を受けられることを望んでいる」という単独インタビューを掲載。社説は「国民国家の揺らぎ」。アメリカトランプ大統領が打ち出す「米国ファースト」、スペイン英国ベルギーで起こっている独立問題を引き合いに、国民国家の枠内に押し込まれた民族や地域の違和感について述べ、日本も例外でなく、沖縄を追い立てるような風潮に警鐘を鳴らし、「初めから同質の国はない」と締めくくっている。

日経はの新年特集は「パンゲアの扉 つながる世界」。グローバリゼーション大国大企業だけでなく、小さな国、小さな企業、個人にまで広がってきていることを取り上げている。また「明治150年」という節目の年ということで、明治維新で日本が世界に開かれたことを比較して、「新しい日本」への提案を行っている。ここ数年の日経の記事から見えるのは「改革・開放・開国で経済成長を再び」という主張。日経だから仕方ないが。面白いのは「ここ掘れ!ニッポンの眠れる宝」という連載で、元日付では”複業”についての記事。

産経は「予想通り」とも言えるが、「安倍政権賛美一色」。ここまで来るとすごいが。ご丁寧に「朝鮮半島有事シミュレーション」として2面3面の大半を使って掲載。その中でも社会面の「象徴 次代へ 皇太子さまの問い」は比較的良記事だが、特集からオピニオン、座談会記事まで「ヨイショ」記事が並ぶとさすがにげんなり。

今年も京都新聞は入手できず。図書館かどこかで閲覧することにしよう。

2017-08-07

移籍後初のフィールドワーク

16:21

この4月に本務校が変わった。

新しい職場は新学部。1回生しかいないので、本格的なフィールドワークは、演習の始まる次年度以降かと思っていたが、早くもその機会が巡ってきた。

フィールドは大学が立地する北区上賀茂学区。地域と学生とが連携して「学区ビジョン」を策定するにあたり、その担当となったのだ。

6月に地域、行政の担当者と顔合わせを行なったのだが、地域から来られていた方は、大学院時代、何もわからずにまちづくりの世界に飛び込んだ頃知り合った、元行政職員の方だった。

実は、こうした”再会”が前職でもあった。本当に偶然なのだが、それによって、一気に緊張はほぐれ、人間関係の構築もスムーズになるので本当にありがたい。

2ヶ月間、学生を連れて地域の方との話し合いの場に出向いたり、様々な調整を行なって、8月5日、地域のお祭りで学生たちが住民の方たちにインタビュー調査を行うために、お祭りの会場となる小学校に出向いた。

じっとしていても汗が吹き出る蒸し暑い中、上賀茂神社に集合し、11名の学生たちと小学校へ。校庭にはすでにステージやテントが設営されていた。暑い中、地域の方々が総出で準備をされてきたことがうかがえる。

学生たちとともに、挨拶に伺い、調査を開始する旨を伝え、調査開始。学生たちは、この間練ってきた調査票を手に、来場者や出店者の方々に地域について考えていることを質問して行く。これを集計し、夏休み明けに地域で報告会を行うのである。

学生たちは、最初戸惑いながらも、”予想以上に”スムーズにインタビューを行っていき、1時間あまりで60人以上の方々にインタビューを行うことができた。

そんな中、突然の夕立。なかなか止む気配がないため、調査は一旦打ち切り。質問数のノルマは達したとのことで、調査を終えることにした。学生たちが帰ろうとするので、調査終了の旨を報告、お礼の挨拶に行くことを促し、調査は終了。1時間近くの雨宿りで学生たちも疲れている様子だったので、ねぎらいの意味も込めて夕食に連れて行く。

食事をしながら、学生たちと話をしていると、「自分が学生だった頃にもこうして食事をしながら打ち上げのようなことをしたなあ」と思い出した。

その後、「まだ試験真っ最中」の学生たちと別れ、再びお祭りの会場へ。雨も上がり、月空の下、お祭りは再開されていた。会場には行政の担当の方々も来られていて挨拶。盆踊り、花火などむしろこれからがクライマックスであることを考えると、学生たちを連れて来られなかったことを悔やむ。

結局自分はお祭り終了まで会場にいたが、地域の方々はこれからぬかるんだ校庭で、濡れたテント等を撤収するはずである。そこまで想像すると、「果たして調査だけでよかったのか?」という疑問も湧いてくる。確かに、今回学生たちがやると決めたことは「来場者、地域の方々へのインタビュー」である。しかし、地域に入れば入るほど、「それだけ」では済まなくなる。なぜならば、お祭りという「表舞台」の裏でそれ以上の時間と労力をかけて準備や撤収に勤しむ人たちの姿が、「顔と名前を把握した個々のキャラクター」として想像できるようになるからである。そして、こうした「舞台裏」にこそ、地域の”真の姿”が潜んでいるからである。

移籍後初のフィールドワークで、こうした地域の実態、リアル、ダイナミズムについて伝えることができなかったのは反省点。だが、地域に関わる中で、自分たちが「第三者」のままではいられなくなることはわかるはず。それまでは足繁く地域に通う。そして話を聞く。矛盾やモヤモヤも見せる。こうした姿を見せていきたい。

思えばおよそ20年前、会社員の身分を捨てて研究者活動家への道を歩みだした。

そして、その頃出会った人たちと引き続き、あるいは”再会”を果たして、現在、仕事をさせていただいている。これも何かの”ご縁”なのだろう。多くの「現場の人たち」に出会ってきた。その人たちと共に、汗をかきながら、ともに考えながらまちづくりに関わってきたことは、20年近く前に再び学生になってからも、10年近く前に教員になってからも、変わらないスタンスである。

そこで、この20年間に指導を受けた、あるいは薫陶を受けた人たちから、自分は何を学んだのだろうかと考えた。思い起こしても、あまり「手取り足取り」何かを教わった記憶はない。むしろ、その人たちの「現場への向き合い方」を見て学んできたことが多いような気がする。

さて、これからは、自分が学生たちに持っているものを伝え、育てて行く番である。自分は学生たちに対して、今後「背中を見せて」伝えて行くことができるだろうか。

2017-01-02

2017年元日新聞読み比べ

01:44

昨年あたりからボチボチと再開した元日新聞読み比べ。朝日、読売、毎日、産経、そして日経の紙面を読み比べ、検討したい(京都新聞は手に入らず)。

それにしても、コンビニ元日の新聞を入手することが年々困難になってきた。元日付の分厚い新聞を扱うのが嫌なのか、それとも新聞離れで仕入れそのものを減らしているのか・・・

今年の紙面は、昨年の米大統領選の「トランプショック」に関連づけたトップ記事や社説が目立つ。朝日、読売、毎日、日経がこのことに言及している。

まずは朝日と毎日は「トランプショック」をはじめとした、排外主義不寛容の風潮が渦巻く世界を、朝日は民主主義、毎日は多文化主義危機と位置づけ、それぞれ、民主主義の暴走の歯止めとしての立憲主義の意義、国際協調の意義について主張している。毎日は、米国における差別思想の台頭のレポートに紙面を割いているが、なかなか迫力ある記事。

読売日経も、「トランプ流」が世界に拡大していくことに警鐘を鳴らす。共通点はトランプが掲げる関税引き上げ、保護貿易志向に異議を唱え、自由貿易を守れという主張。

日経は、「断絶を超えて」という新年の特集に関連する紙面。「創造と破壊」をキーワードに各分野の「変革者」にスポットを当て、取り上げている。「経済紙」として、世界の中でのプレゼンスが下がっていく日本、そしてそのことに対して変革し、再び成長するということに力強さを見出せない、現在の日本に苛立つかのような紙面は、ここ数年の傾向。

一方、今年の読売はおとなしい。あまり際立った記事やとんがったオピニオンが見られず総花的な印象。

産経のトップは「大阪万博 関西一円で開催」。大阪府2025年に誘致を目指す「大阪万博」の会場を大阪府内の他、関西一円で開催を計画している、という記事。

見出しだけ見れば「大阪万博開催」が既成事実かのように感じさせる紙面なのはいかがなものか。また、全体的に「ニッポンすごい!」色がプンプン臭ってくる紙面。五輪に続き万博で「すごい日本をもう一度」というのが社としてのオピニオンなのだろう。

一方、面白かったのが京都地方欄の談話記事。国際日本文化研究センター教授の井上章一さんと華道池坊次期家元池坊専好さんの「文化庁京都移転」に関する談話。井上氏の著書『京都ぎらい』で見せた京都人のいやらしさについての言及が全くないのはちょっと意外。

その他面白かった記事としては以下の通り。

朝日は「シェアの時代」。戦後のGDPと人口の推移を見ながら、経済成長の終わり、人口減少の時代となった現在の価値観を高度成長時代の「私有、高成長、モノの豊かさ」から「共有、低成長、心の豊かさ」と位置づけ、「中古もOK、みんなで1台」、すなわちシェアリングエコノミーの時代が来ていると位置付けている。

読売は「セカンド・チャンス」。かつてベンチャー企業「ハイパーネット」を設立したものの、倒産、『ぼくの会社がつぶれた理由』の著者・板倉雄一郎さんと、元レディース、現在は少年院出身者で作る自助グループ「セカンドチャンス!」女子部代表の中村こずえさんの記事。「1億総活躍プラン」で、失敗を経験した人たちの再チャンスを支援するという施策と関連づけ、失敗や挫折を経験した人たちに立ち上がってもらい、社会の底上げを目指すための特集として連載するらしい。

また、各紙共、「天皇退位」の扱いについての記事を載せているが、こちらについては、いずれもあまり突っ込んだ議論はなかった。

丁酉年

22:09

2017年、丁酉の年が明けました。

旧年中は大変お世話になりました。本年もよろしくお願いいたします。

さて、今年は生まれた年を含めて5回目の年男となる。

過去、年男の年は、おそらく偶然だと思うが、あらゆる意味で「転機」と重なったような気がする。

少し振り返ってみたい。

0歳(1969年)誕生。

12歳(1981年)小6の年に転校。それまで順風満帆だった人生で初めて壁にぶち当たる。

24歳(1993年)社会人1年目。卒論執筆で研究の面白さに目覚めたものの、経済的事情で進学がかなわず就職。学生への未練を引きずったままの社会人生活は、楽しくも煮え切らないことも多かった。

36歳(2005年)大学院博士後期課程入学。すでに齢36になっており、一般的な「就職」の道はほぼ閉ざされていた。NPOで食って行くのか、研究者として生きて行くのかしかなくなった中、腹を括ったのはこの年だったのかもしれない。

そして、48歳となる今年2017年は、5回目の年男。50歳も目前。デビューが遅かったとはいえども、大学教員としても「中堅」に差し掛かってきた。研究者としての方向性もそろそろ固めていかなければならないだろう。

さて、5回目の年男の年。どんな「転機」が待っていることだろう。楽しみでもある。

2016-11-27

久しぶりの伝統産業に触れる機会

00:13

 京都市指定有形文化財の京町家長江家住宅」で27日まで開催されていた「SUGITASU & HYOBODO EXHIBITION」を見てきた。

 知人からfacebookで招待があり、あまり趣旨を理解せぬまま会場へと向かった。

実はこの「長江家住宅」の町内にある会社で以前勤めていたことがあるのだが、これまで中には入ったことがなかった。

 建物に入ると、フージャーズコーポレーションという不動産デベロッパーの所有になっていることに気づく。かつて理事を務めていたNPOが、オーナーの意向で京町家を失うことになった経験があるので、やはり個人所有ではもはや町家の所有・保存・再生は難しいのか、ということを痛感する。

 建物に上がらせていただくと、店の間には漆と友禅の作品展示。見知らぬ空間と久々の「呉服屋さん」の雰囲気に緊張しながら奥に入っていくと、知り合いが手伝いをしていた。

知り合いから、この展示会の趣旨やこの京町家を会場に選んだ理由、近況などをひとしきり聞かせていただいた。

 興味を持ったのは漆の作品。これまでの京漆器の「定番」ともいえる棗等の茶道具はもちろんだが、目を引いたのはワイングラス等のガラス製品に漆を施した作品。茶道具等の需要が減少する中で、新しいチャレンジをされていることだが、パーティー等でも映えそうな「色漆に蒔絵」とか「箔押し」「螺鈿」といった漆器の技術を活かしながらも、現代の生活にマッチしたしゃれた作品が多く、目を引いた。

 知り合いから作者を紹介していただき、話を聞く。

 今回は、新しい意欲作の展示だが、寺社や仏壇の修復も手がけているらしく、その仕事内容についてもご説明いただいた。知り合いとともに意見交換をする中で、現在の伝統産業の若手職人が置かれている状況や課題をうかがい知ることができた。

 思えば今からおよそ20年ほど前、当時所属していた和装業界で感じた問題点が原点となって研究活動、市民活動に入った自分だが、大学教員になり、日々の仕事に忙殺される中で、原点である伝統産業研究や活性化に係る活動からは遠ざかっていた。一方で、伝統産業の抱える課題に果敢に取り組む若者やNPOが出てきたこともあり、「もう自分の役割は終わったかな」とも思っていた。

 だが、意見交換をする中で、今の自分の本分である「文化政策研究」の中で、自分なりにできることはまだあるのではないか、と感じた今回の展示会訪問であった。

2016-11-26 福知山公立大学開学記念連続講演会in綾部市

2016年11月26日、綾部市中心市街地にあるITビルで行われた講演会の備忘録。

福知山公立大学開学記念連続講演会の5回目京都府北部地域の各市町を回り同大学の教員と地域に関する地域や全国のキーパーソンによる講演やパネルディスカッションである。

基調講演は、明治大学農学部の小田切徳美教授。テーマは「田園回帰の時代〜未来の希望を求めて〜」。

昨年、学会で名刺交換させていただいた小田切先生の講演、公立大学の教員にも就任された半農半Xの塩見直紀さんのご登壇、そして綾部や京都府北部地域の動きをキャッチしておきたいということもあり、足を運んだ。実は先週から福知山マラソン含め4回目の北部来訪である。

12時半ごろ、綾部に到着し、付近をしばらくまち歩きした後、会場へ。受付では久々にお目にかかる公立大学のスタッフとも挨拶を交わす。

13:30開演、冒頭、同大学の説明があったのち、小田切先生の基調講演が始まった。

演題にもある「田園回帰」という言葉は、すでに政府公認の言葉になっているとのことである。

以下、要点並びに考えた点。

・近年の農山漁村移住は若者、ファミリー世代が中心になってきている。なお、女性の農山漁村移住願望がこの10年で特に高まっており、これは子育て世代になっても下がることはない。

NHK毎日新聞明治大学の合同調査によると、農山漁村への移住者はこの5年間で約4倍。ただし、「都道府県の差」「都道府県内の市町村の差」「市町村内の集落の差」という地域差が存在し、「移住者は偏る」ということが明らかになった。ちなみに京都府は多いとは言えないが、そのうち半分以上が綾部市へ移住している。

・移住者の特徴は、(1)2〜30代が中心で団塊の世代は少ない、(2)女性割合が上昇、(3)IターンがUターンを刺激と言える。また、第3のパターンとして「孫ターン」が見られる。

・移住者の仕事の割合は「就業」が半数近くと多いが、「起業」「就農」を合わせると全体の3割を超える。つまり自分でコトを起こしている(地域おこし協力隊修了者のケース。2015)。

・また一部で「多業」が見られる。例えば、農業観光業(ガイドや宿泊業等)+団体職員NPOといったケース。これは「半農半X」や「ナリワイ」、「パラレル・キャリア」といった概念に通ずる。

・「閉鎖的」「空き家は貸してくれない」「仕事がないから人は来ない」といった農山漁村移住をめぐる「3つのハードル」は変化しつつある。例えば「空き家を貸さない」理由として「仏壇があるから」といった理由で断られることがあるが、実は「家の中が片付いていない」といった理由であることが多く、その問題をクリアすれば上手くいくことがある。こうした各家個別の問題については行政では扱うことが難しい問題が多く、住民主導の空き家対策の動きが全国で見られるが、綾部市行政がその問題に取り組んでいる例として全国でもトップレベルと言える。

・若者の中に新しい仕事観が生まれてきている。それが先述の「多業」などに見られるが、そうした生き方、働き方をむしろ積極的に選び取っているように見える。

・新しい課題としては2つある。1つは地域と移住者のマッチング。地域も移住者も多様であるがゆえに、ミスマッチが起こりやすい。それを行政ではなく、自治会レベルで行なっている地域も見られる。

・2つ目は移住者のライフステージに応じた支援である。移住後3年までの移住段階では、所得と時間の確保が課題であり、これは地域おこし協力隊制度等がある程度カバーしている。移住後4年から9年となる次の定住段階では「しごと」の安定などが課題となってくる、さらに定住が10年を超える永住段階になってくると大学の授業料等、教育費の問題が出てくる。だが行政の関心は「移住段階」に集中している。移住支援策における「家族目線」が重要である。それには移住コーディネーターの存在が重要である。

・田園回帰の意義とは何か。藤山浩氏の「1%戦略」の論を借りると、1000人の村に1%の4家族10人が移住すると、高齢化のピークアウトを早めることができる計算になる。したがって、「田園回帰」の持続により地域は大幅に若返る。それでも人口は減少する。

・田園回帰の意義とは何か。「地域づくり(地域みがき)」である。地域づくり(みがき)が人を呼び込み、移住者が地域づくりを刺激し、サポートするという循環が起こる。すなわち「田園回帰」と「地域づくり」の好循環である。やはり「前向きにもがく地域」に若者は引き寄せられる。「前向きの人」地域と「愚痴の人」地域との格差は出てこよう。

・最後に。今、地域でなすべきこととは何か。人口減少下でも、地域を磨き、人々が輝き、選択される地域を作ること。人口は増えないが「人財」は増える。それが農山村の「地方創生」の本質だろう。

・その原則は(1)内発性、(2)多様性、(3)革新性である。

後半はパネルディスカッションパネリストは平田佳宏氏(あやべ市民新聞社経営企画室長)、工忠衣里子氏(里山ゲストハウスチュール女将)、基調講演者の明治大学教授小田切徳美氏。コーディネーターは半農半X研究所・福知山公立大学准教授の塩見直紀氏。

1 プロフィール紹介

平田氏 

広告代理店で30年勤務。早期退職して綾部にやってきたのは、消費するだけの都会生活に疲れを感じたから。また、食べ物、薬品、環境などに対する疑問と不安を感じたから。

・そんな時に、塩見氏の「半農半Xという生き方」に出会う。昨年綾部に通い詰め、移住することに。

・現在は週3日間あやべ市民新聞勤務、残りは農業。「半農半新聞社」。

工忠氏

SEとして8年間勤めていたが、2012年、人生に迷い大学院へ。そこで現在のパートナーと出会う。

・パートナーの会社が倒産したのをきっかけに、日本中を回り、移住先を探す。そこ結果綾部に決め、まずはパートナーのみ移住。2015年ゲストハウスを開く。

2016年に移住。6月から市職員とゲストハウスの女将とを兼務。

小田切氏(二人の件について感想)

・2人に共通性は3つある。(1)生き方の見直しがきっかけでの移住であること、(2)綾部の魅力に引き寄せられたこと、(3)柔軟な生き方をされていることである。

2 「地域みがき」について

塩見氏

・「3つ集まればマニアックゾーン」ということを提唱している。これはまちなかではいえることだが、農村部でも応用できないかと考えた。

平田氏

・近所のそば屋さん、農家民宿がそれ。いずれも「移住者の基地」になっている。

工忠氏

オーガニックカフェ等、いくつか集まるカフェ。そこに周りの人が集まってきて、いろいろなことをしている。

小田切氏

・綾部には、必要なものはほぼ揃っている、人が人を呼ぶ。その魅力に人が惹きつけられている。

・移住に至った事例でも、「地域コーディネーターが24時間体制で世話をしてくれたのに惚れた」とか、「移住の先輩に惹きつけられた」とか、「地域のおじいちゃんおばあちゃんの(持っている)スゴ技」といったことが決め手となっていることが多い。

平田氏

・自分の将来を明るいものにするために何をすれば良いのかを考えている人が増えている。それが「孫世代」だと思う。それを発信できるとすればメディアの役割だろう。

小田切氏

・町村レベルだと、各家庭の「孫」をリストアップできる。そこで孫に手紙を書いて、帰ってきてもらうようにラブコールを送るとかもできる。

平田氏

・綾部に来て思ったのは、新聞とラジオが力を持っているということ。世間的には「落ち目メディア」だが、これだけ地域的にそれらが元気なところはない。

・地域紙のシェアの高さ。そこから発信すると「みんな知っている」ということが起こる。

・ネット時代だが、生のコミュニケーション活字コミュニケーションが強いと思う。

工忠氏

・周りはIターンの友人が多いが、南丹市の「集落の教科書」のようなものがあれば、Uターン、Iターンしやすいと話していた。こういったものを作っていけたら。

塩見氏

・移住で●万円という移住政策はなかなかうまくいかないと思う。地域の特性を活かした呼び込みが必要。キーワードをあげれば「生きがい」とかがあるだろう。

・一方で綾部の悩みは高校を卒業すると出て行くこと。大学がないまちをどう考える?

小田切氏

・問題は進学で地域から出た後、「帰ってくるか」どうか。帰ってくるDNAを小中学校の段階で作る。また地域の誇りを堂々と語れる社会教育(親のDNA)。公民館運動と大学をどうするかという古くて新しい問題。

平田氏

・これまでの発想だと、「観光客が来そうだから宿を作る」。だが、イタリアのアグリツーリズモのように農村に構えた小さな宿に観光客は車を使ってわざわざ探しながらやってくる。こうして自分流に作り上げる旅を楽しんでいる。「宿そのものが観光地になる」という発想が必要だろう。

・綾部も郷土料理とかをもっと発信したらどうか。綾部の人はおしとやかでPRが下手というのは課題。

小田切氏

・一つ一つが楽しそう、一つ一つが綾部にしかない、というものを磨いて表に出すこと。これが綾部の地域みがきだと思う。二人(のパネリスト)はそれを実践しているし、水源の人に住んでいる人たちもやっている、綾部の人はそれをやっている。それをもって都会の若者たちとぶつかり合っている。そんな思いをしている。

3 最後に

工忠氏

・綾部で幸せに暮らしている。それを発信していきたい。何か関わっていただける人がいれば連絡してほしい。

平田氏

生活は満ち足りていて、好きになった。来てより一層好きになった。できるだけお金に頼らず、自分たちで作り出す生活。綾部ではそれができる。(その価値観に共感し)若い人たちはきっと来る。目を向けるのは早期退職を考えている人。彼らはお金を持っているので、ハードルも少ないはず。こういう人たちをつかめるか。

小田切氏

・大学と地域の連携というと「大学の専門的研究機関」としての役割や機能に期待しがち。だが、大学にはもう一つ「若者が集う場」という機能がある。地域と共に大学が育つプロセスが大切。

・「田園回帰」は大きなうねりになるか。政治の力でそれが止んでしまうこともありうる。都市と農村が共生する社会とする価値観を共有することが大切。それがないとこのうねりは持続しない。

所感

京都府北部にいる頃から、綾部の魅力には興味を持っていた。

確かに周りの舞鶴市福知山市に比べると規模も小さく、目立った大きな産業もない。

人口減少も顕著だし、インフラ的にも見劣りする。

今日的な「地方創生」の文脈でいうと、「選ばれないまち」の一つになってしまう。

だが、こうした「20世紀型」の価値観では測れないものが綾部にはある。

今日のパネルディスカッションでも話題になったが「人の魅力」に溢れている。その「人」というのは、地場の人もIターン、Uターンの人も含めて魅力的である。そしてその魅力的な人たちが、自分の世界を持っていて、その価値観を発信している。それに共感した人たちは、まさに「惹きつけられて」この地にやって来る。

そんな、北部赴任当初から抱いていた考えを再確認させてくれる今回の講演会であった。

最近刊行された『驚きの地方創生京都・あやべスタイル」』でも紹介されているように、綾部には今「風」が吹いている。これが「風」で終わらぬよう、まさに持続的に「人を惹きつける地域」であるために地域で何をすべきか、考え、行動していくことが今後の課題のように思える。


(了)