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新・誠信堂徒然日記

2018-11-02

2018年10月28日 綾むすび館開所式・綾むすびわざ講座

22:51

2018年10月28日、勤務校の京都産業大学が包括連携協定を結んでいる京都府綾部市において、「綾むすび館」の開所式、ならびに「綾むすびわざ講座」が執り行われた。

ゼミ生と私は前日に綾部入り。京都産業大学の綾部における交流拠点「綾むすび館」に位置付けられる綾部市里山交流研修センターで1泊。そこで、学生たちは、当日のプレゼン資料を完成させた。

朝10時、開所式開会。大城学長挨拶、山崎綾部市長の挨拶、ほか来賓の挨拶が続き、いよいよ学生たちのゼミ活動紹介の番。6名の学生のうち3名が、主に「綾むすび館」の活用アイデアとして、1「施設活用」としてピザ窯や畑の活用のアイデア、2「交流」として、地元の小中高生との交流や課題共有やワークショップの実施、そして「記録」として活動成果を冊子やパネル等記録を残し、地域で活用できるようにする、と言ったことを提案した。キャッチフレーズとしては「綾部と学生とをむすぶ」とした。

開所式後、庭で看板掛けと記念撮影。好天の中、絶好の開所式となった。

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その後、午後の「綾むすびわざ講座」のため、綾部駅北にある綾部市ものづくり交流館に移動。昼食のためまちなかへ。

合宿の時にお昼をいただいたお店が「大人数の場合は要予約」とのことであったので、西町商店街から市役所に繋がる道にあるお寿司屋さんへ。急な大人数対応でご迷惑をお掛けしたが、対応してくださった。お店では前々職時代にお世話になった事務職員さんと偶然再会。

会場に戻り、プレゼン準備。

13時半開会。大城学長、山崎綾部市長の挨拶の後、山田啓二教授(前京都府知事)の講演「海のない海の京都から」が始まる。その要点を記しておく。

地域活性化のために(1)働く人を増やす、(2)(定住人口に代わる存在としての)交流人口、(3)IoTAIの活用によるスマート化、(4)共生社会

京都のメリット:(1)多彩な文化、(2)大学生の存在、(3)伝統から先端まで多彩な産業、(4)高付加価値の農産物

京都のデメリット:(1)南北に長いが国土軸(東西)は狭い、(2)(特に南北間の)アクセスが悪い、(3)京都市一極集中、(4)広大な土地が少ない

・こうしたメリット、デメリットから発展のためのビジョンとして、(1)アクセスの改善、(2)高付加価値型産業、(3)文化、歴史、自然を生かした産業、(4)地域の個性化・ブランド化→南北軸と「十次産業」の確立によって人口減を補う(注:「十次産業」=6次産業+文化)→世界交流首都京都

京都府には京都市付近にある東西軸のほか「もう一つ」東西軸がある。それが綾部である。綾部で京都縦貫道と舞鶴若狭自動車道が交差する。この「交流軸」としての綾部をどう活かすか?大交流時代における北部での狙いである。

・産業はどうか。地域経済循環図上は「圏外流出」である。綾部の産業で強いのが(1)電機・機械、(2)食料品、逆に弱いのが卸、サービス、運輸である。農業はどちらかというと「弱い」。流出傾向である。すなわち綾部は「工業地域」と言える。

・強みを伸ばし、弱みを解消するためにどうすれば良いか。(1)二次産業の発展→ここ「北部産業創造センター」という新拠点の整備、(2)豊かな自然を生かす→農林水産業の新展開、その上に立った交流の創出(観光、地方・都市交流)。

農業にはどのようなものがあるか。(1)米、(2)生乳、(3)野菜、(4)卵、(5)肉牛、(6)茶、(7)果樹(クリ)がある。しかし担い手の問題がある。

・観光はどうか。観光には、ブランド力、拠点、特産品、宿泊施設がいる。綾部を見てみると、平日に訪れる人が多く、休日は減る。すなわち「出張族」の移動が多いことがわかる。「産業地域」なのである。

・そこで広域観光時代のブランドとして現職時代「海・森・お茶の京都」いわゆる「もう一つの京都」である。綾部を見てみると、観光客は増えたが宿泊は少ない。しかし、かつては1泊が多かったが、2〜3泊する人が増え、若い人も増えてきた。

まとめ

1 産業の共生→工業出荷額は北陸よりも優位にある

2 地域の共生

3 交流のまち・綾部 新しいコミュニティマネジメント。地域の人たちに混じり、たくさんのボランティアがやってくる古屋の可能性。

山田教授と山崎市長のミニシンポ

山崎 綾部の市民性として、ものづくりを一生懸命、額に汗して働き、お金を使うのは外、ということがある。それゆえ、自分たちのまちで人をもてなす、という意識がこれまであまりなかった。バス駐車場、お茶の飲める場所、お土産を帰る場所がなかったことで整備したのがグンゼスクエアである。

山田 綾部の特徴は「どこへでもいける(アクセスの良い)地域」である。そんな場所が発展しないわけはない。グンゼスクエアも「海の京都道の駅」としても良いくらい。海のものと工業製品は売りになる。だが、課題として観光と物流が弱い。

交流のハブとしての綾部と考えると、物流拠点があるといい。中国の義鳥市(ぎゆう。浙江省)があるが、ここは中国中から物を買う人があふれるまち。綾部も「綾部ならではのものと物流」で、日本海側の義鳥になれる。

地方創生について

転入者もいるが転出者もいる。また自然減の中で成功の鍵は?

山崎 一つめは交通の要衝としての企業立地と産業開発、もう一つは田園回帰の動きである。

山田 自分のところの美味しいものを自分のところでやっていける。綾部の郷土料理の店が出てくれば。

山田 価値観の違いがある。地方の人は東京的な暮らしを求める。東京の人は地方的な暮らしに憧れる。

綾部は工業的にはいいまち。カルビー京セラといった大企業くるまちは少ない。鉄道高速道路、港湾。うまく生かしていけば魅力は出せる。

地域人材をどう育てる?

山崎 地域にとって大切なのは人材である。特に綾部は「小さなリーダー」「地域のリーダー」がいて、地域で一歩踏み出して頑張っている。綾部は1町11村の合併という昭和の大合併の経緯もあり、1つ1つの村に「小さな拠点」がある。それが現在はギリギリまだ機能している。それをどう残すか。その「村意識」が郷土愛につながっている。だから弱っているが、頑張っている。それが地域リーダー。

人が減っていくと心まで萎えるがその一歩手前で踏ん張っている。

コンパクトシティ」についての議論があるが、綾部は旧村単位の「クラスター」を大切にしたい。

山田 「この人はこれだけ、ここまで」というのでは難しい。半公半民でよい。現職時代、里の仕掛け人、公共員という制度を作ったが、一定の権限を与えることが重要。日本では消防団など、普段は地域の住民がいざという時は危険を押して消火に当たる。これは日本の良さ。公、民と分けるのではないコミュニティマネジメントが求められる。

山崎 綾部ではシステムにはなっていないが、地域のコミュニティが機能している面がある。一人が地域で何役もしながらコミュニティを維持している。

だが、少子高齢化で弱ってきているのは事実。制度的にどうするか。若い人にも入ってきてもらう必要。

山田 制度にすると若い人が入ってきやすくなる。「役割」であることが必要。

大学が地域に果たす役割とは

山田 現実はこう動いているということが理解できない人が多い。若い人には生き方を教えるようにしたい。

地域に入ると、地域の人の思い、暮らし方がわかる。

山崎 若者とシニアとのギャップはいつの時代にもある。きめ細かな指示をきちっとするとちゃんとする。マネジメント必要。

近年の学生は真面目。「地域に貢献したい」なんて尊敬の念を抱く。

綾部の皆様へ

山崎 人口減少を食い止めるには

毎年500人が亡くなり、200人が生まれている。300人の自然減、社会増はプラスだが、毎年18歳が出ていく。

多くの人が戻りたい、と思えるように

(1)医職住の充実、(2)教育、情報発信を行なっていく。

有効求人倍率も今やプラスで人不足である。

山田 綾部は田舎、都会のいいとこ取りの「トナカ」。京都まで1時間でいける。逆転の発想を。

知事や市長ができることはわずか。皆さんにもがんばってほしい。

我々ができるのは、頑張れる環境を作ること。

地域的、環境的に綾部は「伸びるところ」だ。

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この後、ゼミ生たちが、これまでの活動が異様、綾部の魅力、気になるところ、そして綾部でしていきたいことについて発表した。

綾部のいいところとして、以下の点を挙げた。

高齢者が元気

・地元愛

・欲張らない性格

また、今後の展開として、午前中の「綾むすび館」開所式でも話したような内容について披露した。

最初は緊張気味であったが、堂々と話してくれた。

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結局時間がなく、私の出番はなかったが、もし時間があれば、次のようなことを話そうかと思っていた。

・(山田教授の「交流・共生」と関連づけて)地の人、移住者、都市との交流、学生の存在、その中で出会いや変容を通じてお互いが共生できる環境が作れれば。

・(山崎市長の「田園回帰」と関連づけて)いまや「いい大学、いい会社」に入ることがゴールではなくなっている。自分の価値観や新しい生き方を求めることができるのが綾部。

・取り組んでいきたいのは「交流」から、お互いが「学びあう」環境を作ること。

・(学生からの提案があった「記録」について)地域の人が何をしてきた、どう生きてきた、どのような思いでいたか、といったことを記録として残すことにより、それを後世に伝え、将来の地域づくりに繋げられる。

まあ、これらは、これから取り組んでいくこと。我々の態度で示していこう。

予定の15時半を少し回ったが、「綾むすびわざ講座」はこうして幕を閉じた。

私たちにとってはこれがキックオフである。地域と良い関係を作りながら、お互いに「学びあえる」関係、環境を作りながら、地域の人と協働して、新たに「コトを起こして行く」。これが我々のテーマである。

<11月3日追記

講座終了後、綾部に住んでいる大学時代の先輩が、来てくださっていた。5年ぶりぐらいの再開。嬉しかった。

あやべ市民新聞にも今日の様子を掲載していただいたようだ。

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2018-01-03 2018年元日新聞比べ読み

再開した元日の新聞比べ読みも3年目。それにしても元日の新聞入手が困難になってきたのはなんとかならないものか。

今年は平成30年天皇退位も来年に控え、「平成」の世相を振り返る紙面が目立つ。

朝日はずばり「平成とは」というタイトルの特集。元日紙面は矢沢永吉インタビューがトップで2面に音楽・映像・書籍、カラオケ、写真の平成のライフスタイルの変化を比べている。その大きな違いが「”みんなで”から”一人一人”へ」。文中、國分功一郎は、ハンナ・アーレントの「孤独と寂しさは違う」という言葉を引いている。そして、「孤独とは、私が自分と一緒にいること。自分と一緒にいられない人が淋しさを感じ、一緒にいてくれる他者を求める。だから自己と対話が出来ない。孤独にならなければ人はものを考えられない。孤独こそ現代社会で失われているもの」だという。「一人一人」の時代だが、自己と対話できているか、という指摘が鋭く響く。

讀賣は、協賛しているイベントがあったり、平昌五輪を間近に控えていることもあるが、スポーツ関連の紙面がやたらと目立つ。その中で面白かったのは「新春対談2018」という3日付との連載記事。国際日本文化研究センター准教授の磯田道史氏と読売新聞本社特別編集委員橋本五郎氏の対談。二人は奇しくも「年男」。歴史との対話の中で「今」を知るという見出しで、興味深い内容。2017年森友学園加計学園問題で「公文書の破棄」が話題になったが、「長い目で見ると記録をきちんと残すべきである」という磯田氏の指摘には納得。

毎日はトップ記事に、北朝鮮の元外交官が、「拉致問題解決と引き換えに、日本から巨額の資金援助を受けられることを望んでいる」という単独インタビューを掲載。社説は「国民国家の揺らぎ」。アメリカトランプ大統領が打ち出す「米国ファースト」、スペイン英国ベルギーで起こっている独立問題を引き合いに、国民国家の枠内に押し込まれた民族や地域の違和感について述べ、日本も例外でなく、沖縄を追い立てるような風潮に警鐘を鳴らし、「初めから同質の国はない」と締めくくっている。

日経はの新年特集は「パンゲアの扉 つながる世界」。グローバリゼーション大国大企業だけでなく、小さな国、小さな企業、個人にまで広がってきていることを取り上げている。また「明治150年」という節目の年ということで、明治維新で日本が世界に開かれたことを比較して、「新しい日本」への提案を行っている。ここ数年の日経の記事から見えるのは「改革・開放・開国で経済成長を再び」という主張。日経だから仕方ないが。面白いのは「ここ掘れ!ニッポンの眠れる宝」という連載で、元日付では”複業”についての記事。

産経は「予想通り」とも言えるが、「安倍政権賛美一色」。ここまで来るとすごいが。ご丁寧に「朝鮮半島有事シミュレーション」として2面3面の大半を使って掲載。その中でも社会面の「象徴 次代へ 皇太子さまの問い」は比較的良記事だが、特集からオピニオン、座談会記事まで「ヨイショ」記事が並ぶとさすがにげんなり。

今年も京都新聞は入手できず。図書館かどこかで閲覧することにしよう。

2017-08-07

移籍後初のフィールドワーク

16:21

この4月に本務校が変わった。

新しい職場は新学部。1回生しかいないので、本格的なフィールドワークは、演習の始まる次年度以降かと思っていたが、早くもその機会が巡ってきた。

フィールドは大学が立地する北区上賀茂学区。地域と学生とが連携して「学区ビジョン」を策定するにあたり、その担当となったのだ。

6月に地域、行政の担当者と顔合わせを行なったのだが、地域から来られていた方は、大学院時代、何もわからずにまちづくりの世界に飛び込んだ頃知り合った、元行政職員の方だった。

実は、こうした”再会”が前職でもあった。本当に偶然なのだが、それによって、一気に緊張はほぐれ、人間関係の構築もスムーズになるので本当にありがたい。

2ヶ月間、学生を連れて地域の方との話し合いの場に出向いたり、様々な調整を行なって、8月5日、地域のお祭りで学生たちが住民の方たちにインタビュー調査を行うために、お祭りの会場となる小学校に出向いた。

じっとしていても汗が吹き出る蒸し暑い中、上賀茂神社に集合し、11名の学生たちと小学校へ。校庭にはすでにステージやテントが設営されていた。暑い中、地域の方々が総出で準備をされてきたことがうかがえる。

学生たちとともに、挨拶に伺い、調査を開始する旨を伝え、調査開始。学生たちは、この間練ってきた調査票を手に、来場者や出店者の方々に地域について考えていることを質問して行く。これを集計し、夏休み明けに地域で報告会を行うのである。

学生たちは、最初戸惑いながらも、”予想以上に”スムーズにインタビューを行っていき、1時間あまりで60人以上の方々にインタビューを行うことができた。

そんな中、突然の夕立。なかなか止む気配がないため、調査は一旦打ち切り。質問数のノルマは達したとのことで、調査を終えることにした。学生たちが帰ろうとするので、調査終了の旨を報告、お礼の挨拶に行くことを促し、調査は終了。1時間近くの雨宿りで学生たちも疲れている様子だったので、ねぎらいの意味も込めて夕食に連れて行く。

食事をしながら、学生たちと話をしていると、「自分が学生だった頃にもこうして食事をしながら打ち上げのようなことをしたなあ」と思い出した。

その後、「まだ試験真っ最中」の学生たちと別れ、再びお祭りの会場へ。雨も上がり、月空の下、お祭りは再開されていた。会場には行政の担当の方々も来られていて挨拶。盆踊り、花火などむしろこれからがクライマックスであることを考えると、学生たちを連れて来られなかったことを悔やむ。

結局自分はお祭り終了まで会場にいたが、地域の方々はこれからぬかるんだ校庭で、濡れたテント等を撤収するはずである。そこまで想像すると、「果たして調査だけでよかったのか?」という疑問も湧いてくる。確かに、今回学生たちがやると決めたことは「来場者、地域の方々へのインタビュー」である。しかし、地域に入れば入るほど、「それだけ」では済まなくなる。なぜならば、お祭りという「表舞台」の裏でそれ以上の時間と労力をかけて準備や撤収に勤しむ人たちの姿が、「顔と名前を把握した個々のキャラクター」として想像できるようになるからである。そして、こうした「舞台裏」にこそ、地域の”真の姿”が潜んでいるからである。

移籍後初のフィールドワークで、こうした地域の実態、リアル、ダイナミズムについて伝えることができなかったのは反省点。だが、地域に関わる中で、自分たちが「第三者」のままではいられなくなることはわかるはず。それまでは足繁く地域に通う。そして話を聞く。矛盾やモヤモヤも見せる。こうした姿を見せていきたい。

思えばおよそ20年前、会社員の身分を捨てて研究者活動家への道を歩みだした。

そして、その頃出会った人たちと引き続き、あるいは”再会”を果たして、現在、仕事をさせていただいている。これも何かの”ご縁”なのだろう。多くの「現場の人たち」に出会ってきた。その人たちと共に、汗をかきながら、ともに考えながらまちづくりに関わってきたことは、20年近く前に再び学生になってからも、10年近く前に教員になってからも、変わらないスタンスである。

そこで、この20年間に指導を受けた、あるいは薫陶を受けた人たちから、自分は何を学んだのだろうかと考えた。思い起こしても、あまり「手取り足取り」何かを教わった記憶はない。むしろ、その人たちの「現場への向き合い方」を見て学んできたことが多いような気がする。

さて、これからは、自分が学生たちに持っているものを伝え、育てて行く番である。自分は学生たちに対して、今後「背中を見せて」伝えて行くことができるだろうか。

2017-01-02

2017年元日新聞読み比べ

01:44

昨年あたりからボチボチと再開した元日新聞読み比べ。朝日、読売、毎日、産経、そして日経の紙面を読み比べ、検討したい(京都新聞は手に入らず)。

それにしても、コンビニ元日の新聞を入手することが年々困難になってきた。元日付の分厚い新聞を扱うのが嫌なのか、それとも新聞離れで仕入れそのものを減らしているのか・・・

今年の紙面は、昨年の米大統領選の「トランプショック」に関連づけたトップ記事や社説が目立つ。朝日、読売、毎日、日経がこのことに言及している。

まずは朝日と毎日は「トランプショック」をはじめとした、排外主義不寛容の風潮が渦巻く世界を、朝日は民主主義、毎日は多文化主義危機と位置づけ、それぞれ、民主主義の暴走の歯止めとしての立憲主義の意義、国際協調の意義について主張している。毎日は、米国における差別思想の台頭のレポートに紙面を割いているが、なかなか迫力ある記事。

読売日経も、「トランプ流」が世界に拡大していくことに警鐘を鳴らす。共通点はトランプが掲げる関税引き上げ、保護貿易志向に異議を唱え、自由貿易を守れという主張。

日経は、「断絶を超えて」という新年の特集に関連する紙面。「創造と破壊」をキーワードに各分野の「変革者」にスポットを当て、取り上げている。「経済紙」として、世界の中でのプレゼンスが下がっていく日本、そしてそのことに対して変革し、再び成長するということに力強さを見出せない、現在の日本に苛立つかのような紙面は、ここ数年の傾向。

一方、今年の読売はおとなしい。あまり際立った記事やとんがったオピニオンが見られず総花的な印象。

産経のトップは「大阪万博 関西一円で開催」。大阪府2025年に誘致を目指す「大阪万博」の会場を大阪府内の他、関西一円で開催を計画している、という記事。

見出しだけ見れば「大阪万博開催」が既成事実かのように感じさせる紙面なのはいかがなものか。また、全体的に「ニッポンすごい!」色がプンプン臭ってくる紙面。五輪に続き万博で「すごい日本をもう一度」というのが社としてのオピニオンなのだろう。

一方、面白かったのが京都地方欄の談話記事。国際日本文化研究センター教授の井上章一さんと華道池坊次期家元池坊専好さんの「文化庁京都移転」に関する談話。井上氏の著書『京都ぎらい』で見せた京都人のいやらしさについての言及が全くないのはちょっと意外。

その他面白かった記事としては以下の通り。

朝日は「シェアの時代」。戦後のGDPと人口の推移を見ながら、経済成長の終わり、人口減少の時代となった現在の価値観を高度成長時代の「私有、高成長、モノの豊かさ」から「共有、低成長、心の豊かさ」と位置づけ、「中古もOK、みんなで1台」、すなわちシェアリングエコノミーの時代が来ていると位置付けている。

読売は「セカンド・チャンス」。かつてベンチャー企業「ハイパーネット」を設立したものの、倒産、『ぼくの会社がつぶれた理由』の著者・板倉雄一郎さんと、元レディース、現在は少年院出身者で作る自助グループ「セカンドチャンス!」女子部代表の中村こずえさんの記事。「1億総活躍プラン」で、失敗を経験した人たちの再チャンスを支援するという施策と関連づけ、失敗や挫折を経験した人たちに立ち上がってもらい、社会の底上げを目指すための特集として連載するらしい。

また、各紙共、「天皇退位」の扱いについての記事を載せているが、こちらについては、いずれもあまり突っ込んだ議論はなかった。

丁酉年

22:09

2017年、丁酉の年が明けました。

旧年中は大変お世話になりました。本年もよろしくお願いいたします。

さて、今年は生まれた年を含めて5回目の年男となる。

過去、年男の年は、おそらく偶然だと思うが、あらゆる意味で「転機」と重なったような気がする。

少し振り返ってみたい。

0歳(1969年)誕生。

12歳(1981年)小6の年に転校。それまで順風満帆だった人生で初めて壁にぶち当たる。

24歳(1993年)社会人1年目。卒論執筆で研究の面白さに目覚めたものの、経済的事情で進学がかなわず就職。学生への未練を引きずったままの社会人生活は、楽しくも煮え切らないことも多かった。

36歳(2005年)大学院博士後期課程入学。すでに齢36になっており、一般的な「就職」の道はほぼ閉ざされていた。NPOで食って行くのか、研究者として生きて行くのかしかなくなった中、腹を括ったのはこの年だったのかもしれない。

そして、48歳となる今年2017年は、5回目の年男。50歳も目前。デビューが遅かったとはいえども、大学教員としても「中堅」に差し掛かってきた。研究者としての方向性もそろそろ固めていかなければならないだろう。

さて、5回目の年男の年。どんな「転機」が待っていることだろう。楽しみでもある。

2016-11-27

久しぶりの伝統産業に触れる機会

00:13

 京都市指定有形文化財の京町家長江家住宅」で27日まで開催されていた「SUGITASU & HYOBODO EXHIBITION」を見てきた。

 知人からfacebookで招待があり、あまり趣旨を理解せぬまま会場へと向かった。

実はこの「長江家住宅」の町内にある会社で以前勤めていたことがあるのだが、これまで中には入ったことがなかった。

 建物に入ると、フージャーズコーポレーションという不動産デベロッパーの所有になっていることに気づく。かつて理事を務めていたNPOが、オーナーの意向で京町家を失うことになった経験があるので、やはり個人所有ではもはや町家の所有・保存・再生は難しいのか、ということを痛感する。

 建物に上がらせていただくと、店の間には漆と友禅の作品展示。見知らぬ空間と久々の「呉服屋さん」の雰囲気に緊張しながら奥に入っていくと、知り合いが手伝いをしていた。

知り合いから、この展示会の趣旨やこの京町家を会場に選んだ理由、近況などをひとしきり聞かせていただいた。

 興味を持ったのは漆の作品。これまでの京漆器の「定番」ともいえる棗等の茶道具はもちろんだが、目を引いたのはワイングラス等のガラス製品に漆を施した作品。茶道具等の需要が減少する中で、新しいチャレンジをされていることだが、パーティー等でも映えそうな「色漆に蒔絵」とか「箔押し」「螺鈿」といった漆器の技術を活かしながらも、現代の生活にマッチしたしゃれた作品が多く、目を引いた。

 知り合いから作者を紹介していただき、話を聞く。

 今回は、新しい意欲作の展示だが、寺社や仏壇の修復も手がけているらしく、その仕事内容についてもご説明いただいた。知り合いとともに意見交換をする中で、現在の伝統産業の若手職人が置かれている状況や課題をうかがい知ることができた。

 思えば今からおよそ20年ほど前、当時所属していた和装業界で感じた問題点が原点となって研究活動、市民活動に入った自分だが、大学教員になり、日々の仕事に忙殺される中で、原点である伝統産業研究や活性化に係る活動からは遠ざかっていた。一方で、伝統産業の抱える課題に果敢に取り組む若者やNPOが出てきたこともあり、「もう自分の役割は終わったかな」とも思っていた。

 だが、意見交換をする中で、今の自分の本分である「文化政策研究」の中で、自分なりにできることはまだあるのではないか、と感じた今回の展示会訪問であった。