休日 Tadoussac 2日目 Saguenay river kayaking

朝5時半過ぎに目がさめた。よく寝た。起きてガスバーナーでお湯を沸かしてオートミールをいただく。朝からリスは元気に林の中を動き回っている。
テントを残したまま7時半頃キャンプサイトを出発。今日はサグネ川the Saguenay river)でカヤックをする予定。タドゥサックの満潮時刻が9:34なので、その少し先までサグネ川を遡って、その後降ってくる計画を立てていた。タドゥサック全体の地図はこちら。

L'Anse-de-Rocheというサグネ川の河口から18kmの左岸にある小さな港に向かう。7:45に到着。川面は静まり返って鏡のよう。他には誰もいない。カヤックを組み立てる。昨日管理人のおじさんは朝8時から営業しているよ、と話されていたのだけど、8時を過ぎても誰もいなかった。
8:25に出発。ここから約7.5km上流のBay Millを目指して漕ぎ始める。

水は塩分が混じって少ししょっぱい。水温は低くて、沖合で沈したら低体温症が恐ろしい。ドライスーツは日本に置いてきているので持っていなく、代わりに下は分厚い化繊のアンダーウェアを履き、上は防水のアノラックを着て、万一の際に少しでも時間稼ぎできるようにしてみた。GoProをカヤックの先端に取り付けるつもりが、リモコンのバッテリーが空になっていて、手の届く範囲に設置した。
左岸沿いに進む。天気は素晴らしい。ベルーガがいる気配はない。急峻な岸際に建てられた家の煙突からは煙が上がっている。異国情緒。人影はまだない。水鳥が空を駆け抜けていく。ふと振り返るとアザラシが顔を出している。慌ててカメラを向けたがピントが合う前に水の中に潜って行ってしまった。
出発地点の港から2kmの地点から州立公園の保護区となって家がなくなる。その先は岩場が続く。ぽちゃんという音に振り返ると、アザラシが再び現れて、撮影。嬉しい。


3kmの地点には上陸に適した小さな砂浜がある。その先は上陸できなくもないところもあるが、基本的には上陸し難いところが続く。断崖の岩場にかかる滝がきらめいて眩しい。送電線の鉄塔が圧倒的な存在感で迫ってくる。5km地点から先は名実ともに断崖が続き、上陸できるところはほぼない。岸辺からそのまま落ち込んだ岩肌は底の見えない深みへと続き、果たして水深は何メートルあるのだろうか、と考えながら漕ぐ。
時刻は9時50分。既に満潮時刻も過ぎて、さて、潮の流れがどう変わるだろうかと思いながら漕いでいた。海風が強くなり始め、鏡面のようだった川面は今や波立っている。と、漕ぐ速度ががくんと落ちたことに気がついた。岸辺に目をやると、岸際の流れの緩いところで秒速60cmほどの速度で流れが出てきたことに気がついた。このサグネ川のフィヨルド地形は100kmあってそこまでは海水が流れ込む。そして満潮位と干潮位の差が3−4mある。考えればすごい量の水が毎日動いている。それは頭ではわかっていたので満潮時刻に向けて遡って、その後引き返すことを考えていたのだけど、考えていたよりもその変化は早くやってきた。そして僕が今漕いでいるところはサグネ川の中で最狭窄部だった。最狭窄部といっても川幅は1kmもあるのだけど、上流は3−4kmの幅があるから、ぐっと狭まり、さらに岸際は断崖だ。とにかく最狭窄部の先のBay Millまで漕ぎ抜けよう、とパドリングを早める。が、それよりも早く川の流れはどんどん早くなり、白波が立ち始めた。これはまずい、と必死で漕ぐ。流速はおそらく秒速1m近くになってきていた。歩く速度ぐらい。カヤックは本気で漕げば時速8−9km/hは出るのだけど、こんな白波が立っているところではスピードも出ず、焦る気持ちに反してゆるゆるとカヤックは進む。その時間はとても長く思えた。こんなところをカヤックで漕いでいるのは僕だけだった。
10:15に波立ったところを漕ぎ抜けてほっとする。Bay Millの手前部分だ。 昨夕いた展望台が見えている。川幅の広がったところには白い帆を張ったヨットが一艘。ベルーガは見当たらず。写真を撮ってから、さてと、と引き返すことにした。
流れに逆らうわけではないから先ほどよりは気が楽だ。とはいえ、先ほどよりもさらに波立ち始めたので慎重に進む。中に岩が隠れているわけではないのだけど、巨大な水がぎゅっと縮められて奥深くからザワザワと川全体がざわついでいる様子はやはり迫力がある。向かい風にもかかわらず、流れに助けられてカヤックを上下させながら進む。と先方からスピードを出したモーターボート2隻がやってきて横を駆け抜けていく。少しの時を経てその横波が伝わってきて、前方からの波に加えて、その横波とさらに左手の断崖に跳ね返って戻って来た横波の合わさった非常に複雑な波の中を漕ぐ。カヤックの下はどこまでも深い。波の上からカヤックの先端が波の合間に落ちるたびにアドレナリンが出ていたような気もする。

もっともっと怖い場所は過去に何度も漕いでいるので、その意味では絶対にひっくり返らない自信はあるのだけど、でも久々の流れに気持ちをうち勝たせるために、心の中ではひたすら気合を入れていた。また水温が低く、なのにドライスーツやウェットスーツを着ておらず、絶対にひっくり返れないということも頭の中にはのしかかっていて、波の見た目以上にドキドキしていた。自分が臆病であることを痛感する瞬間だ。潮の強い流れ。きっと新谷暁生さんがアクタン島に行った時はこの何倍も凄まじい潮の流れの中を行ったんだろうなと思う。新谷さんの「バトルオブアリューシャン」は冒険本の中で最も好きな本の一つだ。
最狭窄部を過ぎて波と川の底からの鳴り響くざわめきが落ち着き始めるとようやく気持ちに余裕が出てきた。ほ。もう大丈夫。下流方面の遠くを見るとカヤックが数隻いることに気がついた。ようやく他のカヤッカーも出てきたか、と仲間ができたようでちょっとほっとした。それまでは、上流で優雅な佇まいを見せていた白い帆の大きなヨットと、横波を作ってくれたモータボート2隻だけが僕の周りに浮かんでいる人工物だった。
川の流れと向かい風に挟まれながら、のんびりと下っていく。出発地点から3.5km程のところまで戻って来た時に、下流にいるカヤックを眺めていたら、霧が上がったのに気がついた。まさか!と思って目をこらすと、噴気があちこちで上がり始める。ベルーガだ!時刻は10:55。

プハー、ブフォー、という呼吸音も聞こえ始める。正直今回ベルーガを見ることは半ば諦めかけていただけに、大興奮。不安定なカヤックの上から、ズームし、できるだけぶれないように気をつけながら(しかしブレブレでしたが)動画を撮り続ける。たくさんいる。15頭以上はいたと思う。
上流部を向いて動画を撮っていたら、後方から呼吸音が聞こえたことに気がついた。振り向くとすぐそこにベルーガがいる!僕のカヤックを通り過ぎて距離5mのところで水面に頭を出して呼吸する。


2頭でペアを組んでいるのか、1頭が呼吸するとすぐに別の1頭もすぐ横で呼吸する。すぐに隣でまた2頭が顔を出す。すぐに後方から圧倒的な存在感を感じて、カヤックの下を見ると2頭のベルーガカヤックの下1mのところを通り抜けていく様子を見ることができた。


その時の動画はこちら(YouTube、1分)

下の動画は撮影している様子。その背景にもベルーガが出てくる。29秒過ぎからは、カヤックの後方でベルーガの呼吸が見られ、そのままカヤックの下をすり抜けていくのが見える。

怖さよりも出会えたことへの興奮が強くて、恐怖は何も感じなかった。かつて、口永良部島で一人シーカヤックをしていた時にイルカの群れにあったことがあって、あの時は背びれを見てサメか!と最初戦慄したのだけど、その点ベルーガは大きいけど白くてかわいいのが恐怖感を感じなかった理由なのかもしれない。通過後もカメラを構えて動画・写真を撮り続ける。気がつけばカヤックが10隻近く浮かんでいる。遠くからモーターボートもやって来始めた。ベルーガ達はすぐに通り過ぎていくのではなくてこの部分でのんびりと泳ぎ回っていた。
11:20に出発地点から3kmのところにある小さな浜辺に上陸した。眺めの良い岩場がある。気持ちのいい場所だ。

水筒の水をごくりと飲んでから、岩に座ってさらにカメラを構えてベルーガ達を追いかけた。

30分前までは、頭の中で何度もタドゥサックに行ったのですが、見たのはアザラシとミンククジラ1頭だけでした、というフレーズを英語にしてそれがぐるぐると回っていたのだけど、今は確かな充実感があった。
その後はのんびりと出発地点のL'Anse-de-Rocheの港へと向かう。

向かい風がきつくなり、川面は波立っている。出発した時は静かだった港も、たくさんの人がいた。12:15に無事上陸。

その後は片付けをしていると、このカヤックはインフレータブルなの?いいね、と老夫婦が話しかけてこられた。このカヤックを持っていると、毎回誰かしらからは興味を持たれている。来年春にカナダを去るのだったら、その際にこのカヤックを売ってくれないかとも言われたのだけど、多分日本に持ち帰ります、という話をしたりした。受付にいた管理人のおじさんがやって来て、どうだった、と訊かれベルーガに会いました、と話をしていたら、ところで、カヤックでの港利用料+駐車料金で11.5ドル、と言われ、それを支払った。
カヤックを畳んで片付けてから、キャンプ場に向けて出発。キャンプサイトに戻ってくると、再びカヤックを広げ、バケツに水を汲んできて洗い、塩分を落とした。他の道具も全部塩抜きして日に干して乾かす。その間にキャンプ場の温水シャワー(25セント/分)を浴びて自分自身も塩抜きした。キャンプサイトではリスが近くにやって来て昼寝を始めた。僕ものんびりと過ごす。

15時を過ぎて、車に乗って昨日訪れたCentre d'Interpretation et d'Observation du Cap-de-Bon-Desirというクジラ観察ポイントに向かう。あの広大なセントローレンス湾の景色の中でクジラを待ってぼんやりと過ごすという贅沢な時間の使い方を今日も行っておきたかった。7.8ドル払って中に入り、16時前に観察を開始。

昨日を踏まえ、今日はおやつと暖かい衣類(風が冷たく震え上がるため)、そしてキャンプ用の折りたたみチェアを持っていく。今日のセントローレンス湾は昨日よりも穏やかだった。

シーカヤッカーも何隻もいる。しばらく待っていると、ネズミイルカ(Harbour porpoise)がちらほらと現れ始めた。

カヤックのすぐ横にひょっこりと上がってくる。素晴らしい。

1時間半ほどのんびりと過ごして、そろそろ帰ろうかと思い始めた頃、岸辺からわずか15mの距離にミンククジラが姿を現わす。観察者一同大興奮。

でもそのミンククジラがまた姿を現したのは200m程離れての場所だった。その後はさらに別のミンククジラが現れカヤックの近くに背を出していた。



右手からは30頭以上のハイイロアザラシの群れが現れて、非常に賑やかになる。



すごくラッキーな日だった。
18時に出発してキャンプ場に戻った。キャンプ場では焚き火をしてのんびりと過ごす。夜は空が曇って星は見えなかった。22時頃テントに入ると大粒の雨が降り始める。タープを叩く雨音の心地よさ。ビール・ワイン・芋焼酎の酔いもあって、その後はあっという間に眠りについた。