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羅馬チェロ

2012-09-25

ロストロポーヴィッチの2組のバッハ「無伴奏チェロ組曲」全曲録音

ロストロポーヴィッチが1991年3月にセッション録音したバッハ「無伴奏チェロ組曲」全曲は、95年のCD発売当時、随分と賛否両論があったようだ(録音日時はEMIのCDのブックレットに準拠。HMVでは92年3月の録音と紹介している)。待望の巨匠初の全曲盤ということで反響が大きく、過剰な期待を抱いたリスナーからは期待外れとこき下ろされたり、恰幅のいいスケールの大きさが称賛されたりといろいろ。技巧が衰えたとか音色が悪いとか、もう言いたい放題。内省的な音楽を聞かされ、プロ奏者の商業録音なのに、他人に聞かせることを念頭に置いた演奏ではないとコメントする人もいた。思い込みが強い感想が目立ったのは、ロストロポーヴィッチの存在の大きさゆえともいえる。ちなみに音色の良し悪しは主観的な好みの問題なので、安易なコメントは避けるべきというのが私の立場。砂糖漬の果実のような甘ったるい音が好きな人もいれば、塩昆布が好きな人もいる。

そもそも、ロストロポーヴィッチのバッハ「無伴奏チェロ組曲」全曲録音が発売されたのは91年盤が最初。いくつかの曲の録音は知られていたが(56年録音の第2番、第5番があった)、95年の時点では、ロストロポーヴィッチの全曲盤として比較できる材料は他にはなかった。そのためEMIの録音で聞く演奏が、このチェリストの生涯を貫くスタイルの反映なのか、それとも、たまたま録音した時のインスピレーションによる一回性のものなのかを判別することが困難だった。

そんな状況から16年。昨年、チェコのスプラフォンレーベルから1955年5月26日〜27日に収録された「プラハの春」音楽祭の全曲ライブ録音盤が発売された。放送局所蔵のオリジナル・マスターテープからのCD化で、ロストロポーヴィチは当時27歳。天才チェロ奏者としての名声が高まっていった時代のバッハ演奏である。CDを手に入れてEMI盤と聞き比べてみた。

録音はラジオ放送用に収録したもので、海賊盤でよくあるエアチェックとか、会場内での隠し録りとは一線を画す。放送局の蔵出し音源なので、モノーラルとはいえ非常に鮮明で、鑑賞には何の支障もない。演奏会場となったプラハのルドルフィヌムのホールは残響が多めだった気がするが、この録音ではチェロの直接音を主体に拾っていて、目の前で弾いている様な臨場感がある。多少、硬めで締まった音に聞こえるのはモノーラルだから、そんなものだろう。会場の座席から聞こえる咳などの雑音は少なく、最後の拍手がなければスタジオ録音かと思ってしまう。聴衆が聞き耳を立てて集中して聞いている気配を感じる。

収録日が2日にわたっているので、1日に3曲ずつわけて演奏したのか、6曲全部を2回弾いたのかは不明(前半3曲と後半3曲でレコーディング・ディレクターの名前が違う)。CD1枚目の第1番の冒頭では、まだ楽器がウォーミングアップしている最中のように聞こえるものの、2枚目の4番あたりになると俄然と鳴りっぷりが良くなってきて、半世紀以上前の古い録音であることを忘れてしまう。わずかな差ではあるが、2枚目(4番〜6番)の方がホールの残響が多めに入っていて、モノーラルの団子状の音がほぐれて聞きやすい(CD化に際してリマスタリングの過程で音質を加工した可能性もある)。

演奏スタイルは36年後の新録音と比べても大差はなく、ごつごつと節くれだったバッハで、モノローグ的に歌いこむ姿勢も後年と同様である。現在では市民権を得たピリオドスタイルが認知される以前の55年当時は、重厚長大型のバッハは普通だった。この演奏会に先立つ4年前の1951年、バッハの「無伴奏チェロ組曲」演奏に対してスターリン賞を授与されたそうだから、この人は20代で自分のバッハ解釈を確立していたのだろう。一方、91年の時点では、50年代のスタイルを踏襲する姿勢を保守的と見るリスナーが増えたとしてもおかしくはない。

91年盤よりも55年盤がスピーディに流れがちなのは、若さゆえかもしれないが、切れがいいので音楽に勢いがある。こちらを好むリスナーもいるだろう。
36年後の63歳当時の演奏は、遅めのテンポで細部の表現がより精妙になり、表情はますます濃密になっている。しかし、詠嘆する、あるいは詩吟するバッハという基本姿勢は変わっていない。雄弁だが軽口は決して叩かないところも同様。ヘビー級のスケール感とドスの利いたメリハリの良さが共存し、全体に粘っこさがあるのは、27歳のロストロポーヴィッチも63歳のロストロポーヴィッチも同じなのだ。冷戦時代のソ連楽団のホープが、同盟国の首都で演奏し、その様子がラジオで放送されるとは、当時はどういう政治的意味合いをもっていたのだろうか。生真面目で多少重苦しい空気が流れているように聞こえるので、つい余計なことも考えてしまう。

ファンなら両方の全曲盤を持つ価値はある(最近、スプラフォンから原盤を借りた Documentsが1000円前後の格安盤を売り出した)。どちらかひとつを選ぶならEMIの新盤がいいだろう。収録会場が教会なので、楽音にまとわりつく残響が、演奏をソフトフォーカス気味に伝えてくる。それを喜ばない人はいるかもしれないが、技巧の衰えや音の悪さは私には感じられない。仮にゴツゴツしたタッチの音の運びがそうだというのなら、27歳の時点でも同じことをしている。そういう解釈の結果であって、技術的な問題に由来する現象ではない。滑らかに磨かれた流線型のバッハなんて、ロストロポーヴィッチらしくない。




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