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自由と生存の家・茨城

2013-05-17

茨城反貧困メーデー2013

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2013年4月28日に開催された「茨城貧困メーデー」の集会で、自由と生存の家・茨城に居住する方が報告されました。

常陽新聞 5/13 一面

生活保護 生活困窮でも受給できず/派遣切りで「漂流」生活/再起図る男性に厳しい現実

 「子供たちから“もう、お父さんたち死んだかと思った”と言われた時はつらかった。親として会わす顔が無かった」―。4月28日につくば市内で開かれた「茨城貧困メーデーinつくば」のリレートークで、支援団体が運営する土浦市の生活困窮者向けのアパートに身を寄せている派遣社員男性(29)が、自分や家族が受けた苦境を赤裸々に語った。仕事と生活の困窮から一時的に子供との別離を強いられた男性の“漂流生活”から垣間見えたのは、困窮者に厳しい生活保護の運用実態と、生存権を規定した憲法25条が空しく響く世間の現実だった。(市毛勝三)


詳しい記事の内容は、ぜひお買い求めを!

常陽新聞本社販売局(代表・029−821−1780、平日9時〜17時45分・第1・3土曜日9時〜16時)

2011-06-19

住まいの貧困を茨城で考える 開催しました。

f:id:seizonIBK:20110619231127j:image:medium:left2011年6月19日(日)午後2時より、土浦市の県南生涯学習センター・第1和室にて、「家はじめました 住まいの貧困茨城で考える」のイベントを行いました。10名ほどの方が参加しました。

稲葉さんのお話 - 自由と生存の家・茨城
派遣切り当事者Mさんのお話 - 自由と生存の家・茨城

稲葉さんのお話

始めに、講師の稲葉剛さん(NPO自立生活サポートセンターもやい理事長)より、「ワーキングプアハウジングプアからの脱出」と題してお話をいただきました。
(以下、メモ的に)

日本の住宅問題
90年代半ばから路上生活者の支援活動を行ってきた経験から、2008年秋以降の「派遣切り」によって労働者失業と同時に住まいを失う状況は、日雇い労働者層の置かれていた状況が急速に中間層に拡大してきたと捉えられる。
中でも、住宅の問題は日本では自己責任の問題として「甲斐性」などと言われているが、アメリカ国民皆保険制度が無いのを日本人が違和感を感じるのと同様に日本に住宅保障の制度が無いことにヨーロッパの人々は違和感を表明する。ヨーロッパの国々では、住宅セーフティネットがあり、仕事を失っても路頭には迷わせないという合意があって、新宿炊き出しに並んでいる人はヨーロッパでは理解できない。
住宅と「溜め」
困難に陥った時に頼れるさまざまな資源を湯浅誠は「溜め」と言ったが、労働の状況としては、現在失業率は平均5.1%、若年層では10%を超えており、失業していなくても登録型派遣や警備業などの仕事では、仕事がある時のみ働く「半失業」の状況になっている。そのような中で特に東京など都市部では家賃の負担は大きく、収入の3〜4割を住宅費が占めると非常に厳しい状況になる。
日雇い派遣雇用のコマ切れ化の象徴であるとすると、居住のコマ切れ化の象徴は2000年から導入された定期借家制度である。借地借家法では、借家人の権利は守られており、家賃滞納でもすぐに出る必要はないが、定期借家導入後、3ヶ月、6ヶ月といった短期の契約や、滞納があればすぐに退去を求められる例が増えてきている。
そもそも、日本に住宅政策はあったのか?
震災後の被災者への住宅確保は厚生労働省がやるのか、国土交通省がやるのか?はっきりしない。どこが住宅政策を担うのか?
日本の唯一の施策は「持ち家政策」…戦後の労働政策とも共犯関係、「社畜」(佐高信)とも言われる。先日亡くなった笹森清元連合会長によれば、福田内閣の時にオイルショック後、政・官・財で談合した。その中で企業の福利厚生として社宅を充実させてきた。
かつては若いうちは社宅や住宅手当という形で住宅支援をして、一定の年齢になるとローンを組んで家を買うという一定の道筋があった。
この世のありとあらゆる差別の見本市は不動産屋の窓口。失業生活保護、外国人、母子家庭セクシャルマイノリティだからダメ。国によっては入居差別を禁止する法律がある国もある。
一方で、公的住宅、公営住宅がどうなっているか?東京では石原都政下では、都営住宅は増えていない。またUR(旧公団)住宅も事業仕分けの対象になって削減の一途。独立行政法人になって採算性を重視し、超高層住宅をつくっていたが、本来の中・低所得者層の住宅としては意味がなく迷走中。もともとURは東北に少ないが、今回の震災でもあまり活用できていない。削減計画の中にあるから。
UR高幡台団地(日野市)では、耐震不足を理由に住宅を取り壊そうとして、住民の追い出し訴訟も行われている。この結果は今後の低所得者住宅の政策に影響を与えるだろう。低所得者層向けの公的な保証制度をつくれと言っている。
ドイツなどで取り組まれている「社会住宅」、NPOなど非営利団体が住宅を作って低所得者に貸し出した場合、公的な支援を行う仕組みも必要。まさに自由と生存の家が取り組んでいるようなやり方。
震災後の状況
福島では、先の生活が見えないのが一番きつい。
多くの人がすでに土地を去っている。
首都圏に避難してきても、福島原発への出稼ぎが行われている。
加須市での福島県双葉町長の義援金拒否事件が象徴する「お世話になっている」感覚。日本人の権利意識の問題でもある。
生活保護でも一緒。水際作戦に対しては申請同行をして突破してきた。しかし自治体が悲鳴を上げており、政令指定都市市長会で、有期保護や医療費の一部負担などが話され始めた。最近も国と地方の協議が当事者抜きで進められている。このまま有期保護が導入されると命の有期化が進む。
避難所」とは、屋根があって食べ物があればいいという状況。避難所生活を理由に生活保護を停止する例も出てきている。生活保護制度が定めている範囲が本来の生存権ではない。生活保護制度は現在の利用できる資源に制約される。
本当の意味での生存権とは居住権+営生権。「営生権」=働くこと、なりわいを回復することへの支援。被災者も、派遣切りされた方も、救済される存在ではなく権利主体だということを考えながらその人たちと繋がっていきたい。「がんばろう日本」は個別のニーズを押さえつけるようなもの。

派遣切り当事者Mさんのお話

続いて、県内で派遣切りに遭い、失業して住宅も失った茨城不安定労働組合のMさんから、ご自身の体験について報告がありました。

1993年ごろ 派遣業界に入った。
ロッテで寮付の仕事(12時間)働き始めた。
1999年、仕事が少しヒマになったら、毎週10人ずつ切られるようになり、自分も対象になった。住むところをどうしようかと思い、母親に保証人になってもらいアパートを借りた。
その後、家賃が払えなくなり、前の派遣会社で土浦群馬と寮付の仕事を渡り歩いた。
その頃はそれで何とかなると思っていた。
最後は、筑西市ユンボ等の部品を作る会社で働いていて、年越し派遣村もテレビで見て可哀そうだと思っていたら、2009年1月、来月で全員辞めてもらうと言われた。寮は3月15日で大家に返す。会社にいられるのは2月28日まで。
それまでは、派遣会社が次の職場を紹介してくれたが、もうどこにもないと言われた。
そこですぐに離職票を出してもらいハローワーク雇用促進住宅を紹介されたが、入るのにお金が必要だったし、もうほとんど空いていなかった。
働けば寮があるとどっぷりつかってしまっていたと反省した。
ハローワークから「市営住宅に入れる」と言われ市の建築課に連絡を取り、審査の上入居が決まった。
でも、市営住宅に行ってみたら、3DKで真冬に電気も風呂桶も、カーテンもなかった。
それでも、何とか仕事を探そうとしたが、仕事が見つからない。40歳以上は受け付けない、面接を受けても連絡もない。そういう会社が60〜70か所となった。宇都宮市まで自転車で面接を受けに行ったこともある。
だんだん市営住宅の退去期限(6ヶ月)が迫る。そんな時に、同じく派遣切りに遭った昔の同僚がテレビに映っていて、連絡を取った。その人に紹介してもらって菊地さん、加藤さんと守谷駅で会って話をした。生活保護を勧められたがその時はまだ決断できなかった。
新聞で見た総合支援資金を借りようと市の社協に行ったが、まずアパートを探すように言われた。不動産屋を回ったが、失業者は相手にされなかった。
総合支援資金利用の実績のある不動産屋を教えてもらって行ったら保障会社の保障を求められ、申請時に状況を説明したら審査が通らなかった。
その後、東京NPOもやいに連絡取って相談に行って、(本来は対象地域外だったが)どうにか保証人となってもらった。
それで、月29,000円のアパートに入って生活支援費(10万/月)も借りることができ、就職活動している中である会社のアルバイトが決まった。その後、半年ほどの間にその会社でパートナー社員、正社員と奇跡的に採用されることになった。118社目だった。

2011-05-22

【イベント】家はじめました 住まいの貧困を茨城で考える

活動を開始して間もない自由と生存の家・茨城ですが、このたび長く東京で住まいの貧困問題に取り組んできたNPOもやいの稲葉さんをお招きしてイベントを行います。

家はじめました 住まいの貧困茨城で考える


講師:稲葉剛さん(NPO自立生活サポートセンターもやい理事長)
発言:県内で派遣切りに遭った当事者

日時:6月19日(日)午後2時〜4時半
会場:県南生涯学習センター・和室 
   土浦市大和田町9-1ウララビル5階(JR土浦駅前)<交通
参加費:500円   
問合せ:自由と生存の家・茨城 090-8441-1457(加藤)

 「年越し派遣村」によって、職を失うと同時に住まいを失う人々の存在が多くの人に知られるようになったのは2008年末のことでした。
 年収200万円以下の労働者労働人口の5分の1となっている現在、それは残念なことですが「特殊な例」とは言えなくなっています。しかもそれは都市部に限ったことではなく、茨城県内でも起きていることです。私たちは住居に困っている人のための低家賃住居プロジェクト、自由と生存の家・茨城、をはじめました。現在土浦市内で一軒家を運営しています。
 このような取り組みがなぜ必要なのか、多くの人に知ってもらい、一緒に考えてもらいたいと思い、イベントをおこないます。東京を中心に生活困窮者の自立のために活動をしている「自立生活サポートセンター もやい」の稲葉剛さんに居住の貧困についてのお話をうかがい、さらに、茨城県内で派遣切りにあった方に具体的な話をうかがいます。



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PDF版チラシ

2011-05-17

自由と生存の家・茨城 毎日新聞で紹介されました

http://mainichi.jp/area/ibaraki/news/20110516ddlk08040074000c.html

自由と生存の家:失業者の駆け込み住居、土浦の地域労組が開設 /茨城
 ◇一軒家借り上げ、安く提供 東京に次ぎ全国2例目

 派遣切りなどで失業し、会社の寮から退去を命じられた人らの駆け込み住居を確保しようと、個人加盟の地域労組茨城不安定労働組合」(土浦市、約15人)が、同市中(なか)に「自由と生存の家・茨城」を開設した。一軒家を借り上げ、困窮者に安く提供するもので、東京都に次いで全国で2例目。【福沢光一】

 委員長の加藤匡通(まさみち)さん(42)=つくばみらい市在住=は、東京都内の建設現場などで10年以上日雇い労働を続けてきた経験から日雇いの労働条件に疑問を抱くようになった。「個人で雇い主と交渉するのは限界がある」として09年、県内の仲間3人と茨城不安定労働組合を結成。派遣社員やパート、アルバイトなど非正規雇用労働者が失職し、仕事と同時に住居を失って困窮するケースが相次いだ。

 そこで加藤さんは、非正規労働者の若者を中心に組織する「フリーター全般労働組合」が新宿区四谷の木造アパートを借り上げ、労働者用の住居として開設した「自由と生存の家」に着目。土浦市郊外の築約30年の木造2階建て一軒家を借り上げ、2階の3部屋を、失職して住居も失った労働者3人に家賃月3万5000円以下で貸し出すことを決めた。1階は組合事務所兼用で風呂やトイレ、台所は共用になっている。

 入居第1号は、小美玉市に住んでいた50代の男性。3月に住居を失い、1カ月間、自分の車の中で寝泊まりするなどして仕事を探したが、見つからなかった。男性は「就職面接を受けても『住所がない人はどういう人か分からない』という理由で落とされた」と話す。そんな時、地元新聞で茨城不安定労組の活動を知り、同組合に連絡。「加藤さんや組合員の方々が親身になって世話してくれた」と言い、4月末に同家に入居後、約1週間で県内のサービス業の仕事が見つかったという。

 加藤さんは「東京非正規雇用労組の集会に参加しても、茨城に帰ってきたら労働環境の向上に取り組む人がいない。矛盾を感じ、自分たちの足元をどうにかしたいと思った」と話す。今後は県内で非正規雇用労働者を組織化し、労働環境改善に取り組む考えだ。

 同組合は今春から第2・4水曜の午後8〜10時、労働問題の相談を受けるホットライン(029・875・9289)も開設した。問い合わせは加藤さん(090・8441・1457)

2011-03-24

自由と生存の家・茨城 サポーターズクラブの呼びかけ

自由と生存の家・茨城 サポーターズクラブの呼びかけ

呼びかけ人:
■雨宮 処凛(作家・反貧困ネット副代表)
■稲葉 剛 (NPO自立生活サポートセンターもやい理事長)
■大平 正巳(自由と生存の家実行委員会
長田 満江(常陸24条の会会長 筑波学院大学名誉教授) 
■加藤 匡通(茨城不安定労働組合執行委員長)
ほか


活動内容:
1 自由と生存の家・茨城設立に賛同する会員を募る
2 会費およびカンパによって自由と生存の家の改修・円滑な維持運営を実現する

運 営:
1 「自由と生存の家実行委員会」が運営事務を担う
2 活動の現状は毎月呼びかけ人と会員に事務局が報告する

会 費:一口5,000円(可能な方は複数口の加入をお願いします)

その他:寄付、カンパも受け付けています。

●入会申し込みフォーム(FAXまたはメールでお申し込み下さい)
*****************************
上記呼びかけ・趣旨に賛同しサポーターズクラブに入会します。
氏名:
所属:(あれば)
住所:〒

メールアドレス
*****************************
返送先:(FAX)0297‐57‐0441 (メール)kick06@gmail.com

会費振込先:
ゆうちょ銀行
 【記号】10540   【番号】57668371
 【名義】自由と生存の家・茨城
 
ゆうちょ銀行以外からの振り込先)
 【店名】〇五八 【店番】058 【預金種目】普通預金 【口座番号】5766837
 【名義】自由と生存の家・茨城

お問い合わせ:
自由と生存の家・茨城
〒300-0841 土浦市中1184-51
電話:090-8441-1457(加藤) kick06@gmail.com

自由と生存の家・茨城をつくろう!

よびかけ


現在、国内労働者の約20%が年収200万円以下という生活保護基準ギリギリの生活を強いられています。更に、不安定な生活を強いられている仲間は派遣切りや雇い止め、解雇とぼろ屑のように使い捨てられ、住処までも奪われています。

労働者はやられてばかりなのか?こんな仕打ちを受けても、生きるためには忍従しなければならいいのか?そんな馬鹿な話はないというのが私たちの考えです。解決のためには、労働組合に加入する、労働組合を結成する、政治的な運動に加わる/起こす、専門家・専門団体に相談するなど、さまざまなアクションが必要です。

東京では、自らの生活の土台である住宅を自分たちで確保し、運営し、人々が支え合い、出会い、相談し合える場をつくる取組みを提案し、2009年2月に四谷三丁目で「自由と生存の家」を設立しました。古いアパート2棟を借り上げ、可能な限り自分たちで改修を行い、現在15室に派遣切りに遭った人やフリーター派遣社員などが入居しています。

f:id:seizonIBK:20110325011757j:image:left茨城でも、2008年後半からのリーマンショックによる経済不況の影響は大きく、多くの人が派遣切り等で職を失い、同時に住まいをなくす状況に追い込まれました。茨城不安定労組等で相談を受け、生活保護の申請支援などを行う中で、行政の支援も薄く、民間団体も無い茨城では、一度つまずくと、あっという間にどうにもならないところまで滑り落ちてしまう、まさに「滑り台社会」(湯浅誠)を実感しています。

そこで、茨城にこそパートやアルバイト、派遣社員でも安心して住める住宅の設立が必要と考え、土浦市に住宅を確保する取り組みをはじめました。すでに、一軒家を借上げ、1階を茨城不安定労働組合等の事務所、2階を不安定な人たちのための住居として利用することを検討しています。

ぜひ、多くの方にご協力いただきたく、呼びかけを行います。過去20年以上にわたり行われてきた新自由主義政策により、私たちが奪われ、ズタズタにされてきた人と人の繋がりや地域を、そして自治を再生する取り組みにご協力ください。

2011年3月

自由と生存の家・茨城
菊地 謙、加藤匡通