いんきん田虫、補遺  金子光晴

釣り部でも田虫の話題が出ましたが、紹介した金子光晴のエッセイ「どくろ杯」(以前は中公文庫にあったけど)の記事にはオモシロい落ちがあったのを言い忘れていました。
実際の記事どおりに引用しておきます。当時「牛込のボードレール」と呼ばれていた金子を兄貴分として、若き芸術家たちが集まっていました。

《私をはじめ勝彦や、弟たちも、誰がその発頭人かしれないが、いんきんたむしという、陰部のヒフ病にかかっていっしょに生活しているのでみんなに伝染した。誰もが見られないようにして股間に手をさし入れてポリポリ掻いていたが、掻くほどにひろがるばかりなので、一同を車座に坐らせ、私が、くすり瓶についた房楊子のようならちいさな刷毛で一人一人くすりを塗って廻った。たしか、ヨージ水という名のくすりで、つけるなり、硫酸でもでもぶっかけられたような熱さで、睾丸がちぢれあがるのであった。「強いぞ。強いぞ」と言って、私は一人一人を団扇であおいだ。歯を喰いしばってものも言えず坊主共が結跏趺坐(イチロー註〜座禅のかっこう)しているところへ、のぞき込むようなかっこうで、井口蕉花がはいってきた。気をのまれたようにその光景をじっとながめていた井口は、やがて二重廻し(イチロー註〜男子の和服用外套)の裾をひらき、黙って皺くれた前のものをつまみ出して人の輪のあいだのあいた場所に胡坐(あぐら)をかいて坐った。仲間入りの儀式とでもおもったらしい。笑い話とするには、こころが切なくなるような話である。》

「仲間入りの儀式」にはいつも爆笑してしまいますが、金子の自伝的エッセイ「ねむれ巴里」「西ひがし」「マレー蘭印紀行」には似たようなエピソードが満載なので一読をおススメします。
中公文庫は絶版だそうですが、講談社文芸文庫の『詩人 金子光晴自伝』も絶版なのかな?

『鮫』を始めとする金子の詩集は感動を呼びますが、エッセイには笑いを誘われます。
10日の法政大院では金子光晴の詩について議論しますが、(発表者は)エッセイには触れないと思います、たぶん。