村上春樹の短篇

中国行きのスロウ・ボート』中の「土の中の彼女の小さな犬」という論じにくい作品にチャレンジした留学生の意欲は大したもの。
結果はザンネンだったものの、まずはハルキのテクストを読む姿勢を正す機会にはなったと思う。
もっともそれは留学生に限らず、一般的なハルキ論の限界あるいは偏りなので、補助役の日本人院生も同じ轍(テツ)を踏んで難儀していたのがレジュメにも現れていた。
授業開始当初から強調してきた、留学生が陥りがちな《作家をテクストの読みに導入する時代ではない》ということは守られてきたのは良いけれど、最近留意するよう促してきた《物語内容ばかりではなく、言説や語り方に注目しよう》という点がまだまだ追求されていない。
ハルキを論じる際には、特にこの語り方に注目しないと短篇小説の面白さを捉えることが難しい。
「土の中の〜」などは特に物語内容を論じてようとしても、上手く捉えることができないと思われる。
発表者が、ハルキ得意のアナザー・ワールドが出現するような非現実的世界は現れない、と読んだのは正解だと思うものの、少女にかかってくる電話の不思議感が解けずにスルーするしかなかったのもその一端だろう。
スルーせざるをえないところまで読み込んだ点では評価し得ても、語り口を究明しようとしないとハルキの手口に上手く乗せられたまま、不思議な世界に閉じ込められてしまうだろう。

7月23日のヒグラシゼミで同作品を取り上げるのでこれ以上は突っ込まずに、授業では示した私見も記さずにおきたい。