Hatena::ブログ(Diary)

らくらくけんにっき。 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-05-07

嵐山レディースホテル

f:id:semi_rakuraku:20110412181128j:image:w360:left

京福電気鉄道、通称「嵐電」。

この嵐電嵐山駅の駅舎は現在、「嵐山駅はんなり・ほっこりスクエア」として土産物屋や飲食店などがはいっている3階建ての商業施設になっている。

2007年には外装(外観)が新しくなっている。(左の写真)


この嵐電嵐山駅舎の2・3階部分には1974年に日本初の女性専用ホテル「嵐山レディースホテル」が開業したのである。

個人的には意外な感じもするが、2002年まで営業を続けていたようである。(かなり最近ではないか!)

1974年という年代はちょうどいわゆる「アンノン族」が流行するすこし前。

(アンノン族とは、もう使われないが雑誌『an・an』と『non-no』を片手に多数の若い女性が観光地に押しかけたためにこのような言葉が生まれたようである。雑誌にはカラー写真による観光特集が組まれた。)

その象徴として嵐山に女性専用のホテルがつくられたのではなかと推測できる。

時代的に、それまで女性のみ(さらに女性ひとり)で旅行することは稀であった。

それが「アンノン族」のような旅行者層の出現に女性の「おひとりさま」をターゲットにする観光業も出現してきたのもこの時期ではないだろうか。


このような文脈から考えると嵐電嵐山駅舎の敷地内のはしっこに残されているこの看板は、女性一人旅をターゲットにしている風にもみえる。(下の写真)

f:id:semi_rakuraku:20110422104251j:image:w360:left



京都大原三千院〜」でおなじみのデューク・エイセス『女ひとり』の3番の歌詞は

京都嵐山(ランザン)大覚寺 恋に疲れた女が一人」

である。

この歌の発売は1966年。作詞を手がけた永六輔は「女」が「ひとり」で来ることを知ってかいたのか、それとも1970年代以前より「嵐山」という場所には女性が多く集まる場所であったのか。

にしても、嵐電嵐山駅舎に「嵐山レディースホテル」があったということがおもしろい。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/semi_rakuraku/20110507/1304778491