方向音痴な言説

地図・ナビゲーションにまつわる俗説を取り上げます

推測航法について

 方角と距離の情報をもとにナビゲーションする方法を「推測航法」といいます。目印(ランドマーク)を利用しにくい船舶・航空機でよく用いられます。 船舶であれば海流、航空機であれば風向・風速を考慮して補正します。
 当たり前の話ですが、船舶・航空機における方角・距離の割り出しは、計器が頼りです。間違っても人間の感覚など頼りにはしません。 

 最もシンプルな推測航法は、ツールを一切用いず、いわゆる「距離感覚」「方角(方向)感覚」のみに基づいたナビゲーションです。反対方向に行かないよう大まかに方向を定めたり、「大体これぐらい歩けば着くだろう」と見積もったりするのは、人間誰しも無意識にやっていることです。目的地が実際に見えていない場合、距離そのものを見積もるのではなく、所要時間から推定するのが普通でしょう。ただし、時計を用いた時点で「ツールを一切用いない」という条件から外れます。
 人間の方角・距離の感覚は不正確ですから、(ツールを用いない)推測航法のみでまともなナビゲーションをするのはまず無理で、ランドマーク航法(目印を利用する方法)を組み合わせる必要があります。感覚頼りの推測航法でホワイトアウト・ナビゲーションしようものなら、遭難街道まっしぐらだということはご理解いただけるでしょう。 


 これまで再三にわたって、人間の方角・距離の感覚は不正確だと述べてきました。というのも、こんな分かりきった当たり前のことを理解しないまま方向音痴な言説を流布する人たちが、少なからず存在するからです。方向音痴な言説においては、なぜか男は方角と距離を正確に把握できることになっています(←んなわけねーだろ)。女には無理らしい(←これが当然)。大抵の場合、怪しげなエセ進化心理学的説明がセットになっています。「原始時代、狩猟を担当していた男は、獲物を仕留めるために空間認識能力を発達させた。一方女は......」というやつです。読者の皆さんも、一度は耳にしたことがあるかもしれません。
 おかしな言説を信じている人が多い以上、分かりきった当たり前のことをクドクド繰り返し説明する羽目になります。誰も信じなければ、「人間の方角・距離の感覚は不正確です。ハイおしまい」の一言で済む話なのに。「トンデモはリソースの無駄遣い」とは、正によく言ったものです。