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日本基督教団 仙台南伝道所 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-06-01-Sun 「我は汝らを知らず」 牧師 佐藤 義子

[] 25章1−13節

1 「そこで、天の国は次のようにたとえられる。十人のおとめがそれぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く。

2 そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった。

3 愚かなおとめたちは、ともし火は持っていたが、油の用意をしていなかった。

4 賢いおとめたちは、それぞれのともし火と一緒に、壺に油を入れて持っていた。

5 ところが、花婿の来るのが遅れたので、皆眠気がさして眠り込んでしまった。

6 真夜中に『花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がした。

7 そこで、おとめたちは皆起きて、それぞれのともし火を整えた。

8 愚かなおとめたちは、賢いおとめたちに言った。『油を分けてください。わたしたちのともし火は消えそうです。』

9 賢いおとめたちは答えた。『分けてあげるほどはありません。それより、店に行って、自分の分を買って来なさい。』

10 愚かなおとめたちが買いに行っている間に、花婿が到着して、用意のできている五人は、花婿と一緒に婚宴の席に入り、戸が閉められた。

11 その後で、ほかのおとめたちも来て、『御主人様、御主人様、開けてください』と言った。

12 しかし主人は、『はっきり言っておく。わたしはお前たちを知らない』と答えた。

13 だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。」

はじめに

 ユダヤの結婚式は夜から始まります。聖書にある十人のおとめとは、花嫁の家で、花嫁と共に花婿が迎えに来るのを待っている人たちです。花婿が来る前に、花婿の友人は先ぶれとして花婿の到着を知らせます。これを聞くと花嫁の友人達は途中まで花婿を出迎えて、花嫁のいる場所へ案内し、その後、一行は花婿の家に向かい結婚式と祝宴が行われました。(順序には他の説もあります)。すべては夜行われるので足元を照らす明かりは必需品です。十人のおとめ達はそれぞれ明かりの用意をしていました。

花婿の到着が遅れて・・

 考えていた以上に花婿の到着が遅れた為、十人のおとめ達は眠ってしまいました。真夜中になってから先ぶれとして遣わされた花婿の友人の声がしました。花婿がまもなく到着します。みな起きて各々持ってきた明かりを点検しましたが明かりはすでに消えかかり、油の補充が必要でした。五人のおとめ達は予備の油を壺に入れて持ってきていましたので、花婿を出迎えたらすぐ出発できる状態でした。ところが他の五人のおとめは予備の油を用意していませんでした。このままでは花婿と一緒に祝宴の場所迄行くことは不可能です。そこで予備の油を持っていたおとめ達に油を少し分けてもらえないかと頼みましたが、みな、自分の分しかないと断られ、結局、店まで油を買いに出ることになりました。

不在の間に・・

 その間に花婿は到着し、花嫁と五人のおとめ達一行は婚宴の場所へと向かいました。婚宴会場の中に入ったと同時にとびらは閉められました。不審者から婚宴を守る為に、会場には鍵がかけられました。後から婚宴会場についた彼女達は扉をたたきますが、主人から「はっきり言っておく。わたしはお前達を知らない」といわれます。

たとえの意味

 花婿とは、イエス・キリストのことです。おとめ達とは信仰によってイエス・キリストが来られるという希望と確信に基づいて再臨を待っているキリスト者です。この世の中がどんなに悲惨でも、どんな試練が襲ってきても、神様は歴史を導き、イエス様が私達に対して約束された約束を必ず果たされる日が来るとの希望を与えられているキリスト者です。しかし約束の成就、希望の到来の為には、それを受け取るために必要なもの(油)を切らしてはなりません。

用意のないおとめ

 予備の油を用意していなかった五人のおとめ達は、油が切れて明かりが消える時のことを考えなかった人達です。彼女達は花婿が来るのを楽しみにし、喜こんで待ち、当然、婚宴の席につけると思い込んでいたでしょう。けれども花婿がついた時に彼女達は共に行くことが出来ませんでした。そして後から追いかけても、扉には鍵がかけられたのです。

学ぶこと

 神様の前で罪を悔い改め、その罪が赦されたキリスト者は祝宴に招かれて、花婿の到着を待つおとめにたとえられます。しかし招かれていても準備を怠るならば祝宴の席に座ることは出来ないことを、このたとえは警告しています。私達は賢いおとめにならなければなりません。賢いおとめとは来るべきものに対して目を開いており、ただ漫然と生きることをしない人達のことです。「わたしに向かって、『主よ、主よ』という者がみな、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。」(7:21)。とあります。用意の出来ているおとめの一人にしていただく為には、毎週の礼拝に集い、日々、聖書に親しみ、日々祈りを大切にしていくことは不可欠です。婚宴の席に座るのは、扉があいている「今」という時です。神様の恵みと憐れみの中で、私達は賢いおとめとして御言葉に従う者とさせて下さいと祈り願うものです。