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日本基督教団 仙台南伝道所 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-02-27-Sun 「闇から光へ」 牧師 佐藤 義子

[]42章6−7節、16節

6 主であるわたしは、恵みをもってあなたを呼び/あなたの手を取った。民の契約、諸国の光として/あなたを形づくり、あなたを立てた。

7 見ることのできない目を開き/捕らわれ人をその枷から/闇に住む人をその牢獄から救い出すために。

16 目の見えない人を導いて知らない道を行かせ/通ったことのない道を歩かせる。行く手の闇を光に変え/曲がった道をまっすぐにする。わたしはこれらのことを成就させ/見捨てることはない。

[]26章1−23節

1 アグリッパはパウロに、「お前は自分のことを話してよい」と言った。そこで、パウロは手を差し伸べて弁明した。

2 「アグリッパ王よ、私がユダヤ人たちに訴えられていることすべてについて、今日、王の前で弁明させていただけるのは幸いであると思います。

3 王は、ユダヤ人の慣習も論争点もみなよくご存じだからです。それで、どうか忍耐をもって、私の申すことを聞いてくださるように、お願いいたします。

4 さて、私の若いころからの生活が、同胞の間であれ、またエルサレムの中であれ、最初のころからどうであったかは、ユダヤ人ならだれでも知っています。

5 彼らは以前から私を知っているのです。だから、私たちの宗教の中でいちばん厳格な派である、ファリサイ派の一員として私が生活していたことを、彼らは証言しようと思えば、証言できるのです。

6 今、私がここに立って裁判を受けているのは、神が私たちの先祖にお与えになった約束の実現に、望みをかけているからです。

7 私たちの十二部族は、夜も昼も熱心に神に仕え、その約束の実現されることを望んでいます。王よ、私はこの希望を抱いているために、ユダヤ人から訴えられているのです。

8 神が死者を復活させてくださるということを、あなたがたはなぜ信じ難いとお考えになるのでしょうか。

9 実は私自身も、あのナザレの人イエスの名に大いに反対すべきだと考えていました。

10 そして、それをエルサレムで実行に移し、この私が祭司長たちから権限を受けて多くの聖なる者たちを牢に入れ、彼らが死刑になるときは、賛成の意思表示をしたのです。

11 また、至るところの会堂で、しばしば彼らを罰してイエスを冒涜するように強制し、彼らに対して激しく怒り狂い、外国の町にまでも迫害の手を伸ばしたのです。」

12 「こうして、私は祭司長たちから権限を委任されて、ダマスコへ向かったのですが、

13 その途中、真昼のことです。王よ、私は天からの光を見たのです。それは太陽より明るく輝いて、私とまた同行していた者との周りを照らしました。

14 私たちが皆地に倒れたとき、『サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか。とげの付いた棒をけると、ひどい目に遭う』と、私にヘブライ語で語りかける声を聞きました。

15 私が、『主よ、あなたはどなたですか』と申しますと、主は言われました。『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。

16 起き上がれ。自分の足で立て。わたしがあなたに現れたのは、あなたがわたしを見たこと、そして、これからわたしが示そうとすることについて、あなたを奉仕者、また証人にするためである。

17 わたしは、あなたをこの民と異邦人の中から救い出し、彼らのもとに遣わす。

18 それは、彼らの目を開いて、闇から光に、サタンの支配から神に立ち帰らせ、こうして彼らがわたしへの信仰によって、罪の赦しを得、聖なる者とされた人々と共に恵みの分け前にあずかるようになるためである。』」

19 「アグリッパ王よ、こういう次第で、私は天から示されたことに背かず、

20 ダマスコにいる人々を初めとして、エルサレムの人々とユダヤ全土の人々、そして異邦人に対して、悔い改めて神に立ち帰り、悔い改めにふさわしい行いをするようにと伝えました。

21 そのためにユダヤ人たちは、神殿の境内にいた私を捕らえて殺そうとしたのです。

22 ところで、私は神からの助けを今日までいただいて、固く立ち、小さな者にも大きな者にも証しをしてきましたが、預言者たちやモーセが必ず起こると語ったこと以外には、何一つ述べていません。

23 つまり私は、メシアが苦しみを受け、また、死者の中から最初に復活して、民にも異邦人にも光を語り告げることになると述べたのです。」

はじめに

 カイサリアで、新総督フェストゥスのもと、パウロの裁判が再び始まりました。告発人であるエルサレムの宗教指導者達は、パウロを有罪にして死刑に持ち込もうとしましたが、結局、罪状は立証できませんでした。総督は、告訴の内容が宗教上のことであり、死罪にはあたらないと知っていましたが、ユダヤ人に気に入られようとして、ユダヤ人が願っているように「この裁判を再びエルサレムに行って続けたいか」とパウロに持ちかけました。パウロはこれ以上公平な裁判を期待できないことから、ローマの法廷で決着をつけるべく皇帝に上告しました。死罪に匹敵する罪を犯したなら、死を免れようとは思わないと断言し、自分の命を惜しんでの上告ではないことをここで明らかにしています。


 一方でパウロは、ローマ伝道への思いをずっと抱いており、夢の中でも「エルサレムで力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない」という主の言葉を聞いていたので(23:11)、たとえ「囚人」という形であれ、ローマ行きは神様の御心であると確信を与えられたのでしょう。この裁判で上告は受理され、パウロのローマへの護送が決定しました。

ヘロデ・アグリッパ2世と、その妹ベルニケの訪問

 アグリッパ王は新総督の就任祝いに訪れて、総督からパウロの話を聞き、自分も話を聞きたいと言い出したので、総督はアグリッパ王を始めとする町の主だった人達を集め、パウロに話をさせることにしました。思いがけず、「王」の前で話すチャンスが与えられたパウロは大変喜びました。

パウロの証しと説教

 パウロはこれまでの自分の歩みを語りました。ユダヤ教徒として、律法を厳格に守り、旧約聖書のメシアの預言や復活を信じて従ってきた歩みでした。しかし預言の成就として、神が主イエスを最初に復活させたことを知らずにキリスト者を大いに迫害していた最中、復活の主に出会いました。

天からの声

 ダマスコ途上で、真昼に突然、太陽より明るく輝く天からの光を見て、パウロ達一行が地に倒れた時、天からの主イエスの声を聞きました。なぜ主がパウロにご自身を現されたのか、その理由と目的が語られます(16節から18節)。


 第一に、復活のイエス様の証人および奉仕者になる為、第二に、パウロをユダヤ人や異邦人の間から救い出して、イエス様の証人として派遣する為です。つまりパウロは、これ迄生きてきた社会(この世=罪の支配する世界)から救い出されて、「神の支配する世界」に移されたのです。そして救い出して下さったイエス様から新しい使命を帯び、再び「罪の支配するこの世」に戻されますが、しかしその時のパウロは「以前と同じ」パウロではなく、この世から救い出された後の、「イエス様からこの世に派遣された」パウロ、という大転換が起きます。

闇から光へ

 パウロが遣わされた目的は、暗闇の世界に生きる人々の目を開かせて光の世界に導くこと。サタンの支配から神様の支配のもとに立ち帰らせることです。そして暗闇の世界に生きていた人々が、イエス・キリストへの信仰によって罪の赦しを得ること、彼らが神の民として、神の国を受け継ぐ者として生きることです。(私達にも同じ使命が与えられています)。


 暗闇の世界に生きる人々とは、自分の造り主を知らず自分を神として生きている人々、この世の支配(サタンの支配)の下にいる人々(ガラテヤ5:19−では、姦淫、わいせつ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、妬み、泥酔、酒宴など、肉の欲に支配されている人々)です。一方、光の支配のもとで結ぶ霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です。


 暗闇の世界から光の世界に導き出された私達はこの恵みを捨てて後戻りしてはなりません。信仰によって罪を赦された私達は、神の国の民として神の国を受け継ぐことが約束されています。「飽きずに励んでいれば、時が来て、実を刈り取る」(同6:9)と聖書は励ましています。導かれた光の世界の中で歩み続けましょう。