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日本基督教団 仙台南伝道所 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-03-20-Sun 説教「ペトロの信仰告白」 伝道師 平賀真理子

[]23章5−6節

5 見よ、このような日が来る、と主は言われる。わたしはダビデのために正しい若枝を起こす。王は治め、栄え/この国に正義と恵みの業を行う。

6 彼の代にユダは救われ/イスラエルは安らかに住む。彼の名は、「主は我らの救い」と呼ばれる。

[]8章27−33節

27 イエスは、弟子たちとフィリポ・カイサリア地方の方々の村にお出かけになった。その途中、弟子たちに、「人々は、わたしのことを何者だと言っているか」と言われた。

28 弟子たちは言った。「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」

29 そこでイエスがお尋ねになった。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」ペトロが答えた。「あなたは、メシアです。」

30 するとイエスは、御自分のことをだれにも話さないようにと弟子たちを戒められた。

31 それからイエスは、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた。

32 しかも、そのことをはっきりとお話しになった。すると、ペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。

33 イエスは振り返って、弟子たちを見ながら、ペトロを叱って言われた。「サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている。」

はじめに

 先週の水曜日(9日)から、主イエス様のご受難を覚えて過ごす受難節に入りました。初日は「灰の水曜日」と言われ、「灰をかぶって我が身の罪を嘆くほど深く悔い改める」ことをもって始めますが、受難節三日目に今回の東北関東大震災に見舞われたことに、神様の御心が思い起こされます。そしてこのような時節に、今日の御言葉が与えられたことを、本当に神様の導きだと思わずに居られません。

「人々は私のことを何者だと言っているか」

 今日の聖書は、イエス様がフィリポ・カイサリア地方に出かけられた時のことです。ここは、イエス様が宣教活動されてきたガリラヤ湖周辺より北40キロにある異教の町でした。ギリシャの神々の一つである牧羊神パーンやローマ皇帝が神として祭られていた所です。この世の力を横取りしているサタン(神に敵対する力)の強い土地と考えられます。ここでイエス様は弟子達に、人々がイエス様をどう評価されているのかを問われました。ある者は「洗礼者ヨハネ」(この時、既に殺されていた)、ある者は「エリヤ」(旧約の預言で(マラキ書など)、再臨の前にもう一度来ると言われていた)、ある者は「旧約聖書の預言者の一人」だと言っていると、弟子達は答えました。

「それでは、あなた方は?」

 今日の聖書で大事なのは、「あなた方は私を何者だと言うのか。」との問いと、「あなたは、メシアです」というペトロの答えです(29節)。イエス様の、「私に従ってきたあなた方は私のことをどう認識しているのか」というこの問いこそ、神様が地上に神の国の基盤を作るのに必要な問いでした。(この問いは、信仰者私達一人一人にも向けられています)。このペトロの告白をイエス様が喜ばれたことは、マタイ福音書16章に記されています。この告白によってイエス様から「あなたは幸いだ」と言われ、「私はこの岩(=ペトロ)の上に教会を建てる」と祝福されました。

「あなたは、メシアです」

 「メシア」とはヘブライ語で「油注がれた者」という意味です。イスラエルの人々にとって油を注がれた人は、神様からの特別な使命の為に選ばれ、それを果たす為に神様から特別、力を与えられた存在でした。イスラエルの人々の「メシア」信仰は、BC千年頃栄えたダビデ王のような、民族を異邦人支配から救う政治的な指導者を意味していました。

「誰にも話さないように」

 イエス様は、ご自分がメシアであることを誰にも言ってはならないと命じられました。イエス様がメシアであることをこの世が受け入れるには、まだ時が来ていなかったからでしょう。31節で語られた「多くの苦しみを受け、殺され」るメシアは、人々の予想とはあまりにも違っていました。これは、イザヤ書52章〜53章に「苦難の僕」として預言されている御姿でした。しかし「三日後に復活する」との約束がありました。

ペトロの二重のあやまち

 イエス様の苦難と死の予告に対して、ペトロはイエス様を脇へお連れしました。これは、「主イエス様を中心とし」ていない姿です。さらにペトロは、イエス様の言葉をいさめました。イエス様のお言葉が、自分の考えや期待とは違っていたからです。私達もペトロのような過ち・・主を中心とせず、自分の思いが先行する・・を犯していないでしょうか。私達は共に信仰を告白し、神様の御旨に従って生きる本当の弟子として歩めるよう、主イエス・キリストに祈り求めてまいりましょう!