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日本基督教団 仙台南伝道所 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-05-22-Sun 「神の子とされる」    牧師 佐藤 義子

[]7章6−11節

あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。あなたの神、主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び、御自分の宝の民とされた。 主が心引かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。あなたたちは他のどの民よりも貧弱であった。 ただ、あなたに対する主の愛のゆえに、あなたたちの先祖に誓われた誓いを守られたゆえに、主は力ある御手をもってあなたたちを導き出し、エジプトの王、ファラオが支配する奴隷の家から救い出されたのである。あなたは知らねばならない。あなたの神、主が神であり、信頼すべき神であることを。この方は、御自分を愛し、その戒めを守る者には千代にわたって契約を守り、慈しみを注がれるが、御自分を否む者にはめいめいに報いて滅ぼされる。主は、御自分を否む者には、ためらうことなくめいめいに報いられる。 あなたは、今日わたしが、「行え」と命じた戒めと掟と法を守らねばならない。

[] 4章1−7節

つまり、こういうことです。相続人は、未成年である間は、全財産の所有者であっても僕と何ら変わるところがなく、 父親が定めた期日までは後見人や管理人の監督の下にいます。 同様にわたしたちも、未成年であったときは、世を支配する諸霊に奴隷として仕えていました。 しかし、時が満ちると、神は、その御子を女から、しかも律法の下に生まれた者としてお遣わしになりました。 それは、律法の支配下にある者を贖い出して、わたしたちを神の子となさるためでした。 あなたがたが子であることは、神が、「アッバ、父よ」と叫ぶ御子の霊を、わたしたちの心に送ってくださった事実から分かります。 ですから、あなたはもはや奴隷ではなく、子です。子であれば、神によって立てられた相続人でもあるのです。

はじめに

本日より、日本キリスト教団の「聖書日課」に従って、礼拝での聖書を取り上げていきたいと思います。これは、英国に本部をもつジョイント・リタージカル・グループが発行する、四年を一つのサイクルとして聖書を読み進んでいくプログラムを土台として、日本キリスト教団の「聖書日課編集委員会」が教会暦と合わせて作成しています。これ迄のように一つの福音書や手紙を読み通すという形ではありませんが、聖書を神様の言葉として聞く私達にとって「今朝、神様は聖書のどの言葉をもって私に語ろうとしておられるのか」を聞きとり、神様に従う毎週でありたいと願います。

不自由に気付かない

私達は、聖書の神様(創造主)を知らなかった時、どのような神様を神としていたのでしょうか。パウロの時代、宇宙万物を構成する四つの要素「地水火風」の背後に霊の力があると信じる信仰や、天体(月とか星)に霊の力を信じる信仰、自然界に住みついて自然現象を司り、人間の日常生活に影響を及ぼす超自然的な霊を信じる信仰などがありました。日本でも、結婚式は大安の日に、葬儀の日は友引の日を避ける、とか、立派な家を建てて住んだけれども、家族の病気が続くのは方角が悪いからと言われて大改造した話や、引っ越しを繰り返した話も聞きます。さらに、縁起が良い、悪いという言葉で、根拠のないまま自分の行動がそれにより左右された話なども聞きます。占いや迷信は、何かの霊が自分を支配しているかのように考え、恐れを抱き、時にはそれを信仰の対象にしています。それらに縛られて(奴隷状態)、多くの人々は、不自由な生活を強いられながら、そのことに気付かず、それを当たり前のように受け入れています。

未成年から成人へ

そのような束縛された生き方を、今日読んだガラテヤ4章3節では「未成年」という表現を使っています。3節には「同様に私達も、未成年であった時は、世を支配する諸霊に奴隷として仕えていました」とあります。日本では20歳で成人として認められますが、それ迄は一人前とはみなされず、たとえ家の全財産の相続者であっても、相続することは出来ません。しかし時が来て成人になった時には相続出来るように、神様の救いの御計画における「神様の時」が満ちた時、初めて私達は霊的において、成人になる道が開かれました。それは、神様の独り子、イエス・キリストがこの地上に遣わされて、私達を、「諸霊の奴隷状態」から救い出し、神の子として下さった時のことをさします。

イエス・キリスト派遣の目的

神様が、御子イエス・キリストを私達のもとに遣わして下さったのは、「律法の支配下にある者を贖い出して、私達を神の子となさる為」(5節)でした。本来なら神のもとにおられたイエス・キリストだけが神の御子であられたのですが、神様は私達人間をも神の子として受け入れて下さる為に、イエス様を私達と同じように「女から」(4節)、しかも、律法の支配下(律法の奴隷)にあるユダヤ人の一人として生れさせられました。律法の奴隷とは、律法を重んじるあまり律法に様々の解釈をほどこして生活上の細かい規則を作り、それを守ることによってのみ救われると信じ、非常に不自由な生活を、正しいとして生きていた人々のことです。

神の子として自由に生きる道

「諸霊」の奴隷であれ、「律法」の奴隷であれ、不自由な奴隷状態の中にいた私達を救い出し、神の子としての自由を与える為にイエス・キリストは神様から遣わされてきました。私達は御子によって「神の子」とされ、イエス様と同じように神様を「天の父よ」と、親しく祈ることが出来るようになりました。このことに感謝し、二度と奴隷状態に戻ることなく、「神の子」とされた道を感謝しつつ歩み続けたいと願うものです。

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