はじめに
今日の聖書で、イエス様は「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」(12節)と言われました。世とは、この世です。私達が生きているこの世界全体のことです。私達が生きているこの世は、明るいニュースより暗いニュースを聞くことが多く、新聞の社会欄に目を通せば、悲惨な出来事、罪深い出来事が毎日のように報道されています。いじめから自殺に至るケース、児童虐待、殺人や強盗、ストーカー事件、DVの問題、過労死の問題、原発事故による人体への影響の恐怖、家も仕事も失い生きる希望を失っている方達、又、ネット社会が生み出しているさまざまな問題、さらに世界に目を向ければ、テロの恐怖や、今、尚、死傷者が絶えないシリアでの内戦、そこから逃げる難民の問題など、私達の住むこの世は、暗く病んでいると言わざるをえません。
さらに、一見幸せそうに見える家庭の中にも、家族の思いの行き違いや、夫婦・親子・嫁・しゅうとめの関係などで悩んでいる家族が大勢おります。
ヨハネ福音書1章1節−
「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。・・・・・言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。」
ここで「言」と訳されているのは、イエス・キリストのことです。イエス様は神様の御子であられ、神様と共におられましたが、神様から遣わされて、この世にこられました。ヨハネ福音書ではイエス様のことを「光」と呼び、この世のことを「暗闇」と呼んでいます。
今日の聖書は、暗闇の、この世で生きている私達のもとに、イエス様は「光」として来て下さった。だから私達がイエス様を信じて従うならば、私達はもう暗闇の中を歩かなくてもよいばかりでなく、私達の内にも光を持つようになるというイエス様の素晴らしい約束です。
暗闇の恐ろしさ、不安を知る者にとって、光が約束され、光と共に歩くことが出来て、しかも私達自身がその光をもつことが出来るというイエス様の約束は、何と素晴らしい約束でしょう!