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日本基督教団 仙台南伝道所 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2013-11-03-Sun (召天者記念礼拝) 「復活の時」牧師 佐藤義子

詩編105:1−11

マルコ福音書12:18−27

           

はじめに

 本日は、召天された方々を覚える記念の礼拝です。毎年、11月の最初の日曜日の召天者記念日を迎える度に、私は信仰を与えられて生涯をおくることが許されているキリスト者の幸せを神様に感謝しています。なぜ幸せかと申しますと、ここに飾られている写真の方々も、ここにいる私達も、神様を知り、神様から知られているからです。そして神様を知っている者は、三つの命をもって生きる者であることを、聖書は私達に教えています。

霊の命

 三つの命とは、体の命、精神(こころ)の命、霊の命です。テサロニケの手紙に、「あなたがたの霊も魂(口語訳では心)も体も何一つ欠けたところのないものとして守られるように」との、祈りの言葉が記されています。神様を知らない人々は、自分の中に霊の命があることを知りません。人間は、神様からの呼びかけによって心が開かれて信仰が起こされ、神様と交わり、信仰の世界へと導かれます。聖書は、神様によって呼び覚まされた人間の霊的命を最も重要な命として考えています。霊的命がまだ目覚めていない人は、体と心がどんなにすぐれていても、十分ではないのです。

だからこそ私達は、多くの方々に神様に出会っていただきたくて伝道するのです。というわけで、ここにおられる方々は、すべて神様から呼びかけを受け、心が開かれて信仰が与えられた者であり、又、その途上にいる者です。与えられている霊の命が、いつも健やかに成長し続けられるように、私達は教会にしっかりとつながって歩んでいきたいと祈り、願っています。

サドカイ派の質問

 今朝の聖書は、「復活」を信じないサドカイ派の質問と、それに対するイエス様の返答です。質問とは「もし復活があるなら、再婚した兄弟達にとり、女は誰の妻になるのか」です。この問いの背景には、家名が絶えない為、又、家の財産を守る為、子供のないまま夫を亡くした妻が、夫の兄弟に嫁ぐように定められていた結婚形態(レビラト婚)があります。

「あなたたちは聖書も神の力も知らない。」

 イエス様は、サドカイ派の質問は大変な思い違いからきており、それは、彼らが聖書も神の力も知らないからであると断定しました。彼らは、「天上」のことを「地上」の延長としか考えませんでした。しかし復活の時には「男も女もなく天使のようになる」とイエス様は教えられました。神様の力は、人間の頭では考えられないことを創造します。人間は神様を簡単にとらえることは出来ません。さらに神様は生きている者の神です。かつてモーセに現れた神は、地上ではすでに死んでいたアブラハム、イサク、ヤコブの神として現れています。神様がアブラハム、イサク、ヤコブにカナンの地を与えると約束された以上、この約束により、甦らされた彼らの前に、神様は生きた者の神としてあるのです。

復活

「復活」は、「天上」のことがらです。私達は地上で肉体をもって生きており、天上のことは聖書を通して、又、信仰を通して知る以外、道はありません。私達の知識は一部分であり、復活については、おぼろにしか映らない鏡を見るようです(第一コリント13:12)。

私達が住む地上は、時間と空間の世界ですが、天上の世界は永遠の世界です。 

死者の復活については、第一コリント書15:32以下およびヨハネ第一3:2以下に記されています。

私達は今、地上で生きていますが、私達が復活する時、私達はイエス様に似た者とされる約束が与えられています。

こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば自分達の苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです。」(第一コリント15:58)