多岐川恭『目明しやくざ』(光文社時代小説文庫)★★★☆

多岐川は〈ゆっくり雨太郎捕物控〉をはじめ、捕物帳(やそれに類するもの)を10シリーズ以上手掛けている。本シリーズは、岡っ引の弥七の甥でやくざな男の伊佐吉が難事件に挑む連作。
1992年8月刊の本書は『江戸妖花帖』(1975年6月刊)改題となっているが、桃源社版『目明しやくざ』(1973年刊)収録の第一話、『江戸妖花帖』収録の第二〜六話に、単行本未収録の第七話を集成したもの。
第一話「目明しやくざ」
 悪評が絶えない岡っ引の富造が妾のお紺の家で殺され、彼女の兄の半助に嫌疑がかかる。二人は共犯と考えた弥七はお紺を拷問するが、半助と付き合いのある伊佐吉が助け舟を出してお紺を助け、姿を消した半助の行方を捜す――。
 捻りすぎて着地に失敗した気もするが、悪くはない。
第二話「力士の妾宅」
 鉄火場で出会った関取の妾のお万と一夜を過ごした伊佐吉。朝、目覚めると、隣で寝ていたお万が刺殺されていた。小柄な男が入ってきてお万を刺したのを夢うつつで見た記憶があるのだが、容疑者は大柄な男だった――。
 あることを誤認させるための(江戸時代が舞台だからこそ説得力がある)豪快なトリックが炸裂する、知られざるバカミスの秀作。
第三話「裸屋敷」
 大名の土屋が落馬し重篤な状態になった。お部屋様に生ませた男子は馬鹿息子で家を譲るわけにはゆかず、御正室が生んだあずさ姫に婿を取ることになったが、姫にはご乱行の噂があり、落馬事故の前日から屋敷を抜け出していた。摂津屋梶兵衛が持っている裸屋敷にいることが分かったが、面を被ったうえ洗い髪のため誰が姫なのか分からない。伊佐吉は屋敷に潜入し、姫を見付けて連れ出すことになった――。
 エロミス。おぼこにすぐに手を出さない(キスはしたけど)伊佐吉は紳士ですなぁ(笑)。
第四話「蟻地獄」
 三河屋庄吉が女に狂い、大金を貢いでいるという。相手は、おきせという碁の先生。女房のおいねから相談された弥七親分は、伊佐吉をおきせと夫婦約束をした男に扮させ、庄吉の目を覚まさせようとする――。
 アリバイものであり、復讐譚。
第五話「心中者は花の香り」
 青松寺で心中者が見つかった。死んでいたのは丹波屋の娘のお菊と儒学者の息子の菅谷小太郎。無理心中にしか見えないが、伊佐吉は疑問を持つ――。
 伏線不足なのが残念。
第六話「狂った長屋」
 弥七親分と喧嘩をした伊佐吉は、ひと月なんとか食いつないでいた。深川永代寺門前近くの居酒屋で土地のあぶれ者と喧嘩をやらかし、姿を消すよう忠告される。そこへ松さんという男に賭場に連れて行ってやると言われついていくと、桃源郷のような長屋に案内される――。
 バカミス。この時代だからこそ説得力のある真相が暴かれる一本。長屋のカラクリは勿論のこと逆説が面白い。
第七話「居候の失敗」
 弥七親分から日に一分の仕事を持ちかけられた伊佐吉。大伝馬町の木綿問屋梅村屋の主人夫婦がひと月前に毒キノコを食べて死に、残された子供たちのだれかが一家皆殺しを計っているかもしれないので見張ってほしいと番頭に頼まれたという。仕事を引き受けた伊佐吉が梅村屋に入ったその晩、総領の好助が殺される――。
 シリーズ最終話。端正なフーダニット。
あるネタを捻った表題作、顔を隠したヌーディストの中から姫君を探すフーダニットの「裸屋敷」などバラエティに富んでいて楽しめる連作だが、「力士の妾宅」「狂った長屋」の二編が出色。奇しくもバカミス二作が突出しているが、他の作品もよく出来ているのでオススメです。